説明

軸受密封装置

【課題】簡単な構造でありながら、積重ねた際の径方向の相互の横ずれを防止し、アキシャルリップに塗布されたグリースが、他方の芯金等に付着することを有効に防止することができる新規な軸受密封装置を提供する。
【解決手段】軸受1の外輪内周部2aに圧入嵌合される嵌合円筒部71と、嵌合円筒部の一端部71aより連成され、求心方向に屈曲形成された内向鍔状部73とよりなる芯金7と、一端部から湾曲形状部分72を含む鍔状部の内周縁部73aに亘る外面側部に一体に固着されたリップ基部80と、リップ基部に形成された複数のアキシャルリップ81…とを備える軸受密封装置5である。リップ基部は、当該軸受密封装置の複数を同心的に積重ねた際、隣接密封装置における前記嵌合円筒部の他端部71bを受支する受支部80bを含み、嵌合円筒部の筒壁を、途中から他端部に至る部分が薄肉71cになるよう形成し、積重ね状態の軸受密封装置同士の横ずれが生じないよう構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受密封装置に関し、特に、自動車用車輪を回転自在に支持するハブベアリングにおいて、ハブフランジ側に装着される軸受密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用車輪は、内輪、外輪及び内外輪間に介在される転動体によって構成される軸受部を介して回転自在に支持される。そして、軸受部はハブベアリングによって構成され、ハブベアリングは、車体側に固定される外輪と、回転(駆動回転或いは従動回転)シャフトに固定され、外輪に対し前記転動体を介して相対回転可能に支持される内輪としてのハブ輪とよりなる。該ハブ輪の一端には、遠心方向に延びるハブフランジが連成され、該ハブフランジにタイヤホイールがボルトによって固定される。前記転動体が介在される軸受空間は、内外輪間に介装された軸受密封装置(シールリング)によって密封され、軸受空間内に装填されたグリース等の潤滑剤の漏出防止や、外部からの汚泥等の浸入の防止が図られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
そして、ハブフランジ側の軸受密封装置は、軸受の外輪内周部に圧入嵌合される芯金と、該芯金に一体に固着された弾性体からなるシールリップ部材とよりなり、シールリップ部材は、複数のアキシャルリップを含み、外輪内周部に圧入嵌合された際には、このアキシャルリップがハブ輪のハブフランジに弾接されるよう構成される。この一例を、図6を参照して説明する。図6に示す軸受密封装置(シールリング)100は、ハブベアリング(不図示)に組込む前で、複数を上下に積重ねた状態を示している。このシールリング100は、ハブベアリングの外輪内周部に圧入嵌合される芯金110と、該芯金110に一体に固着された弾性体からなるシールリップ部材120とよりなり、前記芯金110は、前記外輪内周部に圧入嵌合される嵌合円筒部111と、該嵌合円筒部111の一端部111aより連成され、湾曲形状部分112aを含んで求心方向に屈曲形成された内向鍔状部112とよりなる。
【0004】
また、前記シールリップ部材120は、前記一端部111aから前記湾曲形状部分112aを含む前記鍔状部112の内周縁部112bに亘る外面側部112cに一体に固着されたリップ基部121と、該リップ基部121より遠心方向に拡径するよう同心円錐状に形成された複数のアキシャルリップ122,123とを備えている。更に、図示のシールリップ部材120は、1個のラジアルリップ124を備えている。また、リップ基部121の、前記一端部111aの近傍部位には、嵌合円筒部111の外周部より外方に突出するよう形成された環状突部(ノーズ部)121aが形成され、この環状突部121aから前記湾曲形状部分112aの外面を覆ってアキシャルリップ122の根元部に至る部分は、本軸受密封装置100を、治具(不図示)によって外輪内周部に圧入嵌合する際の治具の作用部121bとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−127203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
図6に示すようなシールリング(軸受密封装置)100は、ハブベアリング(図1及び図2参照)に装着されるが、ハブベアリングの組立工程(組立工場)に至るまでは、図6に示すように複数を同心的に積重ねた状態で梱包され、搬送及び搬入される。このとき、前記アキシャルリップ122,123の先側内周部にはグリースG1,G2が塗布されるが、これらグリースG1,G2は、ハブベアリングの組立工程の効率化を図る為に、梱包段階で事前に塗布されている。そして、複数のシールリング100は、各芯金110における嵌合円筒部111の他端部111bを、前記リップ基部121の各作用部121bの上に載せるようにして、順次積重ねられる。このような積重ね状態では、前記搬送過程等において、各シールリング100が径方向に横ずれし、アキシャルリップ122,123に塗布されたグリースG1,G2が、上積みされるシールリング100の芯金110における鍔状内向鍔状部112の内面側部112dに付着する。このように、グリースG1,G2が上積みされたシールリング100に付着すると、シール性や摺動性等の観点から設計された所定のグリース量が減り、密封装置としての所期の意図する性能が得られなく事態が生じる。
【0007】
因みに、ハブベリング用のシールリングの場合、ハブ輪からハブフランジに至る凹曲面部に対して弾接する複数のシールリップの形成スペースを確保する為、図示のように、嵌合円筒部111に連成される内向鍔状部112が、湾曲形状部分112aを含んで屈曲形成された形状とされることが多い。その為、図のように複数の軸受密封装置100を積重ねた際、特に、アキシャルリップ122の先側部が、前記湾曲形状部分112aの内面凹曲空間部分に入り込むような形状とならざるを得ず、軸受密封装置100が互いに径方向に少しでも横ずれした場合、このアキシャルリップ122に塗布されたグリースG1が、上積みされるシールリング100の芯金110に付着し易くなる。また、ラジアルリップ124の形成態様によっては、アキシャルリップ123に塗布されたグリースG2が、ラジアルリップ124或いはその形成基部等に付着することもある。
【0008】
特許文献1は、前記のようなグリースの付着を防止する為、シールリップ(アキシャルリップ)に塗布したグリースの表面と、隣接する密封装置との間に所要の隙間を保持する保持部を基部ゴム層(リップ基部)に設けている。このような保持部としては、突起や環状段差が例示されている。しかし、本特許文献1で例示される保持部は、軸受外輪の内周部に圧入嵌合させる際に治具を作用させる部位に形成される為、この作用部位が狭められることになり、治具による圧入嵌合の作業性が低下することが予想されるところであった。また、このような、保持部を基部ゴム層に設ける場合、シールリップ部材の成型用金型の構造が複雑となり、コストアップの原因の1つになることは否めなかった。
【0009】
本発明は、前記実情に鑑みなされたものであり、簡単な構造でありながら、積重ねた際の径方向の相互の横ずれを防止し、アキシャルリップに塗布されたグリースが、他方の芯金等に付着することを有効に防止することができる新規な軸受密封装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る軸受密封装置は、芯金と、該芯金に一体に固着された弾性体からなるシールリップ部材とよりなる軸受密封装置であって、前記芯金は、軸受外輪に嵌合一体とされる嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の一端部より連成され、湾曲形状部分を含んで求心方向に屈曲形成された内向鍔状部とよりなり、前記シールリップ部材は、前記一端部から前記湾曲形状部分を含む前記鍔状部の内周縁部に亘る外面側部に一体に固着されたリップ基部と、該リップ基部より遠心方向に拡径するよう同心円錐状に形成された複数のアキシャルリップとを備え、前記リップ基部は、当該軸受密封装置の複数を同心的に積重ねた際、隣接密封装置における前記嵌合円筒部の他端部を受支する受支部を含み、前記嵌合円筒部の筒壁は、途中から前記他端部に至る部分が薄肉に形成されていることを特徴とする。
【0011】
本発明において、前記受支部としては、粗面化処理による高摩擦係数化処理面からなるもの、前記嵌合円筒部の他端部を傾斜面で受支するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状テーパー形状部からなるもの、更には、前記嵌合円筒部の他端部を嵌受するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状凹溝部からなるもの、等であっても良い。加えて、前記嵌合円筒部の他端部の断面形状を先細状としても良い。高摩擦係数化処理面は、前記粗面化処理によって形成することができ、この粗面化処理の方法としては、ショットブラスト法等が望ましく採用される。
【0012】
本発明において、本発明の軸受密封装置をハブベアリング用の密封装置とし、前記芯金をしてハブベアリングの外輪内周部に圧入嵌合された状態では、前記アキシャルリップの先側がハブ輪のハブフランジに弾接されるよう構成されているものとすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る軸受密封装置は、芯金の嵌合円筒部をして、軸受の外輪に嵌合されて、外輪に一体化される。軸受がハブベアリングである場合には、前記複数のアキシャルリップの先側がハブ輪のハブフランジに弾接される。従って、回転側の内輪としてのハブ輪と外輪との間の軸受空間が、アキシャルリップのハブフランジに対する弾性摺接によりシールされ、軸受空間内への外部からの汚泥や塵埃等の侵入が防止され、また、軸受空間内に充填されたグリース等の潤滑剤の外部への漏出が防止される。各アキシャルリップの先側内周部にグリースが塗布されている場合は、前記弾接部分にグリースが介在され、アキシャルリップの前記弾性摺接時の低トルク化が図られると共に、弾性摺接部のシール性も維持される。そして、このグリースは事前に塗布された状態で軸受の組立てに供されるから、軸受組立工程の効率化が図られる。
【0014】
そして、本発明の軸受密封装置は、前述のように、複数のアキシャルリップの先側内周部にグリースが塗布され、このグリースが隣接軸受密封装置に付着しない状態で、複数が同心的に積重ねられて前記組立工程に持ち込まれることが多い。この輸送過程等においては、当該軸受密封装置に対して径方向に相互に横ずれするような外力が作用する。而して、前記受支部によって受支される隣接軸受密封装置の前記他端部が、薄肉に形成された嵌合円筒部の筒壁の先端部となるから、前記積重ね状態ではその荷重が付加され、弾性体からなるシールリップ部材のリップ基部に食い込み、相互の横ずれが阻止される。従って、前記事前に塗布されたグリースが、当該隣接軸受密封装置の前記芯金等に付着することがなく、事前に塗布された所定量のグリースが減ることがない。これにより、所期の意図する前記性能が得られなくなるような事態が生じる懸念がない。
【0015】
前記受支部を、粗面化処理による高摩擦係数化処理面からなるものとした場合、この受支部と嵌合円筒部の他端部との摩擦抵抗と、前記他端部の受支部に対する食い込み機能とが相俟って、前記相互の横ずれの阻止がより確実になされ、隣接軸受密封装置にグリースが付着する事態がより生じ難くなる。また、前記受支部を、前記嵌合円筒部の他端部を傾斜面で受支するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状テーパー形状部からなるものとした場合、積重なった当該軸受密封装置の荷重が加わって、互いに楔合するような嵌合関係の受支状態となり、同心的な積重ね状態が安定し、相互の横ずれの阻止がより確実になされる。更に、前記受支部を、前記嵌合円筒部の他端部を嵌受するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状凹溝部からなるものとした場合、他端部がこの環状凹溝部に嵌まり込むよう受支されるから、同様に同心的な積重ね状態が安定し、相互の横ずれの阻止がより確実になされる。そして、前記嵌合円筒部の他端部の断面形状を先細状とした場合、該他端部の前記受支部に対する食い込み機能がより顕著になり、同様に同心的な積重ね状態が安定する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態の軸受密封装置を組み込んだ軸受の一例を示す縦断面図である。
【図2】図1におけるX部の拡大図である。
【図3】同軸受密封装置を積重ねた状態の断面図である。
【図4】他の実施形態の軸受密封装置の断面図である。
【図5】更に他の実施形態の軸受密封装置の断面図である。
【図6】従来の軸受密封装置を積重ねた状態の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明の最良の実施の形態について、図面に基づいて説明する。図1は自動車の車輪を回転自在に支持するハブベアリング(軸受)1の構造の一例を示すものであり、外輪2は、車体の懸架装置(不図示)に取付固定される。内輪3を構成するハブ輪3Aのハブフランジ3aにボルト3bによりタイヤホイール(不図示)が固定される。また、ハブ輪3Aに形成されたスプライン軸孔3cには駆動シャフト(不図示)がスプライン嵌合されて、該駆動シャフトの回転駆動力がタイヤホイールに駆動伝達される。そして、ハブ輪3Aは内輪部材3Bと共に内輪3を構成する。この外輪2と前記内輪3との間に2列の転動体(玉)4…がリテーナ4aで保持された状態で介装されている。この転動体4…及び内外輪2,3に形成された各軌道面により軸受空間1Aが構成され、軸受空間1Aを介して、内輪3が外輪2に対して軸回転可能に支持される。前記シャフトが従動回転するものである場合は、該シャフトは、ハブ輪3Aと共に外輪2に対してフリー回転可能とされる。2列の転動体(玉)4…の軌道面の軸心L方向に沿った外側、即ち、前記軸受空間1Aの軸心L方向の両側には、前記転動体4…の転動部(軸受空間1A)に装填される潤滑剤(グリース)の漏出或いは外部からの汚泥等の浸入を防止するためのシールリング(軸受密封装置)5,6が、外輪2と内輪3との間に圧入装着されている。
【0018】
図2は、反車体側(アウター側)シールリング5の装着部の拡大断面図を示し、図3をも参照してシールリング5の構造を説明する。該シールリング5は、外輪2の内周部に圧入嵌合一体に装着される芯金7と、該芯金7に固着一体とされ3個のシールリップ81,82,83を備えるシールリップ部材8とよりなる。芯金7は、前記外輪2の内周部2aに圧入嵌合される嵌合円筒部71と、該嵌合円筒部71の一端部71aより連成され、湾曲形状部分72を含んで求心方向に屈曲形成された内向鍔状部73とよりなる。嵌合円筒部71の筒壁は、途中から他端部71bに至る部分が薄肉(以下、薄肉部分と言う)71cに形成されている。この薄肉部分71cは、嵌合円筒部71の筒壁の内径が、途中から段差状に径大化した状態で形成されている。また、薄肉部分71cの先端となる他端部71bは、その断面形状が先細状に形成されている。
【0019】
また、前記シールリップ部材8は、前記芯金7の一端部71aから前記湾曲形状部分72を含む前記鍔状部73の内周縁部73aに亘る外面側部73bに一体に固着されたリップ基部80と、前記3個のシールリップ81,82,83とよりなる。図示のシールリップ部材8はゴムの成型体からなり、ゴム材の芯金7に対する加硫一体成型により形成したものを示している。該リップ基部80は、前記内向鍔状部73の内周縁部73aを回り込むように固着一体とされている。シールリップ83は、ラジアルリップ(グリースリップ)であり、前記内周縁部73aを回り込む部分より前記軸受空間1A側に向かい求心方向に縮径するよう、前記軸心Lを中心とする円錐状に形成されている。シールリップ81,82は、アキシャルリップであり、前記リップ基部80より前記軸受空間1Aとは反対側に向かい遠心方向に拡径するよう、前記軸心Lを中心とする同心円錐状に形成されている。
【0020】
前記リップ基部80の前記一端部71aの近傍部位には、嵌合円筒部71の外周部より外方に突出するよう形成された環状突部(ノーズ部)84が形成されている。この環状突部84から前記湾曲形状部分72の外面を覆って前記最外周側のアキシャルリップ81の根元部に至る部分は、シールリング5を、白抜矢印に示すように治具(不図示)を作用させることによって、外輪2の内周部2aに圧入嵌合する際の治具の作用部80aとされる。この作用部80aの表面は、前記治具の作用力ができるだけ均等に作用するよう平坦面とされるが、この作用部80aの外周側部分は、後記する積重ねの際における嵌合円筒部71の他端部71bを受支する受支部80bとされる。図例では、この受支部80bの表面はショットブラスト法等の粗面化処理により形成された細かな凹凸面からなる高摩擦係数化処理面とされているが、ゴムの材質が高摩擦係数のものであれば、このような粗面化処理を特に施さなくても良い。
【0021】
前記圧入嵌合により、前記環状突部84が外輪2の内周部2aと前記小径円筒部72aの外周部との間に圧縮弾性変形状態で挟圧され、この復元弾力による相互の面圧によって、外輪2とシールリング5との間の良好な密封性が維持される。そして、図例では、嵌合円筒部71の一端部71aから湾曲形状部72に連なる部分は漸次縮径状とされているから、この部分が前記環状突部84の圧縮弾性変形時の逃げ部とされ、前記圧入嵌合時の抵抗が緩和される。
【0022】
上記構造のシールリング5は、複数が図3に示すように積重ねられて梱包され、ハブベアリング1の組立現場(不図示)に搬入される。図3では、便宜上2個を積重ねた例を示しているが、実際には、10個単位、20個単位或は1ダース単位等で積重ね梱包されるものであり、積重ね個数は、搬送性やユーザー側の要望等により適宜定められる。そして、この積重ねの際に、アキシャルリップ81,82及びラジアルリップ83の各先側内周部には、所定量のグリースG1,G2,G3が事前に塗布される。塗布されたグリースG1,G2,G3の層厚は、経験的に略一定とされ、上部のシールリング5に付着しないよう設計される。前記組立現場に搬入された梱包体は、開梱され、シールリング5が1個ずつばらされて、前述のように治具を用いて、芯金7の嵌合円筒部71をして、外輪2の内周部2aに圧入嵌合される。そして、ハブ輪3Aが所定の部位に嵌合され、この嵌合によって、図2に示すように、アキシャルリップ81,82が弾性変形して、グリースG1,G2を介した状態でハブ輪3Aのハブフランジ3aに弾接し、また、ラジアルリップ83も弾性変形して、グリースG3を介した状態でハブ輪3Aのラジアル面に弾接する。
【0023】
図1のように組立てられたハブベアリング1の使用状態においては、外輪2に対してハブ輪3A(内輪3)が軸心L周りに回転する。この回転に伴い、前記アキシャルリップ81,82及びラジアルリップ83は、ハブ輪3A及びハブフランジ3aの表面に弾性摺接する。従って、この弾性摺接部分で密封性が維持され、軸受空間1Aが密封され、軸受空間1A内への汚泥や塵埃の侵入、及び、軸受空間1A内に装填されたグリース(不図示)の外部への漏出が阻止される。また、この弾性摺接部分には、前記グリースG1,G2,G3が介在されるから、その潤滑作用によって前記弾性摺接を伴ったハブ輪3Aの軸回転が円滑になされると共に、この弾性摺接部分の密封性もより向上する。
【0024】
前記構成のシールリング5は、図3に示すように複数が上下方向に積重ねられる。この時、下部のシールリング5における前記リップ基部80の受支部80bに対して、上部のシールリング5における前記嵌合円筒部11の他端部(下端部)71bを載せ置くようにして、順次同心的に積重ねられる。この積重ね状態では、下部のシールリング5におけるグリースG1,G2,G3が塗布された状態の各アキシャルリップ81、82及びラジアルアリップ83と、上部の芯金7の内面(下面)とは互いに干渉しないよう設計される。即ち、塗布されたグリースG1,G2,G3は上部のシールリング5のいずれの部位にも接触することがないよう設計される。また、最外周側のアキシャルリップ81の先側部は、上部シールリング5における前記湾曲形状部72の上向き凹湾曲部内に入り込むよう設計され、これにより、積重ね嵩を低くすることができる。また、湾曲形状部72の形成により、前記ハブ輪3Aからハブフランジ3aに至る凹曲面部に対して弾接するアキシャルリップ81,82の形成スペースを確保し易く、設計自由度が向上すると共に、リブ効果により芯金7が補強され、前記治具による圧入嵌合の際の耐座屈強度が高められる。
【0025】
そして、上部のシールリング5の前記他端部71bは、前記薄肉部分71cの先端部とされ、しかも、先細状に形成されているから、下部のシールリング5に対し、上部のシールリング5の荷重が加わり、ゴム弾性を有する受支部80bの表面に食い込むように載せ置かれる。その為、このような積重ね状態で輸送する際等において、振動等の外力が径方向に作用しても、他端部71bの受支部80bに対する食い込みによって、積重ねられた複数のシールリング5の相互間の横ずれが抑止される。特に、図例では、受支部80bが高摩擦係数化処理面からなるから、これによる相互の摩擦抵抗と、前記食い込みによる作用とが相俟って、一層シールリング5の相互間の横ずれ抑止が効果的になされる。これによって、下部のシールリング5における前記アキシャルリップ81,82及びラジアルリップ83に塗布されたグリースG1,G2,G3が、隣接する上部のシールリング5の下面部(芯金7の内面側部やラジアルリップ83)に付着することがない。従って、グリースG1,G2,G3の所期の塗布量が維持された状態でハブベアリング1に対する組付けがなされ、意図したグリースG1,G2,G3の前記性能が充分に発揮される。
図3の拡大部では、前記食い込み状態、及び、高摩擦係数化処理面の形成状態を概念的に示している。
【0026】
図4は、他の実施形態を示し、前記シールップ部材8における治具の作用部80aの外周側部分に、嵌合円筒部71に向かい漸次拡径する環状テーパー形状部80cが形成され、この環状テーパー形状部80cが、その傾斜面(テーパー面)によって前記嵌合円筒部71の他端部71bを受支する受支部とされている。該受支部(環状テーパー形状部)80cは、嵌合円筒部71と同心的に形成されており、積重ね状態の各上部のシールリング5における嵌合円筒部71の下端部71bは、受支部80cにおけるテーパー面で食い込むように受支される。
【0027】
その為、積重なったシールリング5の重量が加わることにより、下端部71bと受支部80cとが互いに楔合するような嵌合関係の受支状態となり、各シールリング5の同心的な積重ね状態が安定し、相互の横ずれの阻止がより確実になされる。従って、前記と同様に、下部のシールリング5における前記アキシャルリップ81,82及びラジアルリップ83に塗布されたグリースG1,G2,G3が、隣接する上部のシールリング5の下面部に付着することがなく、グリースG1,G2,G3の所期の塗布量が維持された状態でハブベアリング1に対する組付けがなされ、意図したグリースG1,G2,G3の前記性能が充分に発揮される。
【0028】
この例の場合、作用部80aの外周側部分が環状テーパー形状部80cとされるから、作用部80aにおける治具の作用部位が狭められることになる。しかし、嵌合円筒部71の前記薄肉部分71cは、嵌合円筒部71の筒壁の内径が、途中から段差状に径大化した状態で形成されているから、その先端の前記他端部71bの当り代としての前記環状テーパー形状部80cは、作用部80aの外周側部分の狭い領域に確保すれば充分である。従って、前記作用部位の実質的な狭まりは、前記圧入嵌合の作業性に影響を及ぼす程のものになるものではない。
その他の構成は、前記実施形態と同様であるから、共通部分に同一の符号を付しその説明を割愛する。
【0029】
図5は、更に他の実施形態を示し、前記シールリップ部材8における治具の作用部80aの外周側部分に、前記嵌合円筒部71の他端部71bを嵌受する環状凹溝部80dが形成され、この環状凹溝部80dが前記嵌合円筒部71の他端部71bを受支する受支部とされている。該受支部(環状凹溝部)80dは、嵌合円筒部71と同心的に形成されており、積重ね状態の各上部のシールリング5における嵌合円筒部71の下端部71bは、受支部80dにおける凹部で受支される。その為、各シールリング5の同心的な積重ね状態が安定し、相互の横ずれの阻止がより確実になされる。従って、前記と同様に、下部のシールリング5における前記アキシャルリップ81,82及びラジアルリップ83に塗布されたグリースG1,G2,G3が、隣接する上部のシールリング5の下面部に付着することがなく、グリースG1,G2,G3の所期の塗布量が維持された状態でハブベアリング1に対する組付けがなされ、意図したグリースG1,G2,G3の前記性能が充分に発揮される。
【0030】
この例の場合も、作用部80aの外周側部分に環状凹溝部80dが形成されることにより、作用部80aにおける治具の作用部位が狭められることになるが、前記と同様の薄肉部分71cの形成態様により、環状凹溝部80dが外周側部分の限られた部位に形成されることになる。従って、前記作用部位の実質的な狭まりは、前記圧入嵌合の作業性に影響を及ぼす程のものにならないことは、前記と同様である。
その他の構成は、前記実施形態と同様であるから、ここでも共通部分に同一の符号を付しその説明を割愛する。
【0031】
尚、前記実施形態では、シールリップ部材8が、ゴムの加硫成型体である例について述べたが、弾性合成樹脂の成型体であっても良い。また、本発明の軸受密封装置が適用される軸受が、ハブベアリングである例について述べたが、これに限定されず、同様に構成されたその他の軸受にも適用することができる。さらに、シールリップ部材8の形状(シールリップの数も含む)、芯金7の形状等も例示のものに限定されるものではない。特に、前記他端部71bの先細状の断面形状は、図例のような略二等辺三角形の所謂両刃形状に限らず、外周側に寄った所謂片刃形状であっても良い。また、芯金7の嵌合円筒部71が外輪2の内周部2aに圧入嵌合されるものとしたが、外輪2の外周部に外嵌一体とされるものであっても良い。
【符号の説明】
【0032】
1 ハブベアリング(軸受)
2 外輪
2a 外輪の内周部
3A ハブ輪
3a ハブフランジ
5 シールリング(軸受密封装置)
7 芯金
71 嵌合円筒部
71a 一端部
71b 他端部(下端部)
72 湾曲形状部
73 内向鍔状部
73a 鍔状部の内周縁部
73b 外面側部
8 シールリップ部材
80 リップ基部
80b 受支部(高摩擦係数化処理面)
80c 受支部(環状テーパー形状部)
80d 受支部(環状凹溝部)
81 アキシャルリップ
82 アキシャルリップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯金と、該芯金に一体に固着された弾性体からなるシールリップ部材とよりなる軸受密封装置であって、
前記芯金は、軸受外輪に嵌合一体とされる嵌合円筒部と、該嵌合円筒部の一端部より連成され、湾曲形状部分を含んで求心方向に屈曲形成された内向鍔状部とよりなり、
前記シールリップ部材は、前記一端部から前記湾曲形状部分を含む前記鍔状部の内周縁部に亘る外面側部に一体に固着されたリップ基部と、該リップ基部より遠心方向に拡径するよう同心円錐状に形成された複数のアキシャルリップとを備え、
前記リップ基部は、当該軸受密封装置の複数を同心的に積重ねた際、隣接密封装置における前記嵌合円筒部の他端部を受支する受支部を含み、
前記嵌合円筒部の筒壁は、途中から前記他端部に至る部分が薄肉に形成されていることを特徴とする軸受密封装置。
【請求項2】
請求項1に記載の軸受密封装置において、
前記受支部は、粗面化処理による高摩擦係数化処理面とされていることを特徴とする軸受密封装置。
【請求項3】
請求項1に記載の軸受密封装置において、
前記受支部が、前記嵌合円筒部の他端部を傾斜面で受支するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状テーパー形状部からなることを特徴とする軸受密封装置。
【請求項4】
請求項1に記載の軸受密封装置において、
前記受支部が、前記嵌合円筒部の他端部を嵌受するべく該嵌合円筒部と同心に形成された環状凹溝部からなることを特徴とする軸受密封装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の軸受密封装置において、
前記嵌合円筒部の他端部の断面形状が先細状とされていることを特徴とする軸受密封装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載の軸受密封装置において、
前記軸受がハブベアリングであって、前記芯金をしてハブベアリングの外輪内周部に圧入嵌合された状態では、前記アキシャルリップの先側が前記ハブ輪のハブフランジに弾接されるよう構成されていることを特徴とする軸受密封装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−185491(P2010−185491A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−28974(P2009−28974)
【出願日】平成21年2月10日(2009.2.10)
【出願人】(000225359)内山工業株式会社 (204)
【Fターム(参考)】