説明

軸受用密封装置

【課題】一定の姿勢(形状)を維持するのに十分な剛性を有し、かつ、エンコーダの接着面におけるせん断応力の発生を低減することで、当該エンコーダの剥がれ防止を可能にするスリンガを備えた軸受用密封装置を提供する。
【解決手段】一方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出したシール本体19と、他方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出し、その外周面にエンコーダ28が設けられたスリンガ20とを備える。シール本体とスリンガとの間の径方向隙間には、ラビリンス30が構成されていると共に、スリンガの径方向延出端20sには、エンコーダを覆うように周方向に沿って連続して延在した保護フランジ20cが設けられている。保護フランジとエンコーダとの間には、径方向に沿って所定の隙間Hが構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受内部を軸受外部から密封する軸受用密封装置に関し、特に、軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)を検出するためのエンコーダが付加されたパックシールに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば自動車や鉄道などの車両には、その車軸を回転自在に支持する軸受が用いられており(例えば、特許文献1参照)、当該軸受には、相対回転可能に対向配置された軌道輪間に区画された軸受内部(具体的には、軸受内部空間)を軸受外部から密封する種々の軸受用密封装置が設けられている。
【0003】
一例として図2(a)には、駆動輪用の軸受ユニットが示されており、当該軸受ユニットは、車体側構成品に固定されて常時非回転状態に維持される一方の軌道輪(例えば、静止輪(外輪)2)と、静止輪(外輪)2の内側に対向して配置され、かつ、車輪側構成品に接続されて車輪と共に回転する他方の軌道輪(例えば、回転輪(内輪)4)と、1本の回転軸Axを中心に相対回転する静止輪2と回転輪4との間に複列(例えば、2列)で転動自在に組み込まれた複数の転動体6,8とを備えている。なお、転動体6,8として、図面では「玉」を例示しているが、軸受ユニットの使用目的や使用環境に応じて「ころ」が適用される場合もある。
【0004】
静止輪(外輪)2は中空円筒状を成しており、回転輪(内輪)4の外周を覆うように配置されている。この場合、静止輪2と回転輪4との間には、軸受ユニットの軸受内部(即ち、静止輪2と回転輪4との間に区画された環状の軸受内部空間)を、その軸方向両側から密封するための軸受用密封装置(車輪側のリップシール10a、車体側のパックシール10b)が設けられている。なお、軸方向とは、回転軸Axに沿って平行を成す方向を指す。
【0005】
また、静止輪(外輪)2には、その外周側から外方に向って放射状に突出した固定フランジ2aが一体成形されている。この場合、固定フランジ2aの固定孔2bに固定用ボルト(図示しない)を挿入し、これを車体側構成品に締結することで、静止輪2を例えばナックル(図示しない)に固定することができる。
【0006】
一方、回転輪(内輪)4には、車輪側構成品を支持しつつ共に回転し、かつ、中空の円筒形状を成すハブ12が設けられており、ハブ12には、例えばディスクホイール(図示しない)が固定されるハブフランジ12aが突設されている。ハブフランジ12aは、静止輪(外輪)2を越えて外方(ハブ12の径方向外側)に向って放射状に延出しており、その延出縁付近には、周方向に沿って所定間隔で配置された複数のハブボルト14が設けられている。なお、径方向とは、回転軸Axに直交する方向を指す。
【0007】
ここで、複数のハブボルト14を例えばディスクホイールに形成された各ボルト孔(図示しない)に差し込んで、ハブナット(図示しない)で締付けることにより、当該ディスクホイールをハブフランジ12aに対して位置決めして固定することができる。なお、このとき、ハブ12の車輪側に突設されたパイロット部12dによって車輪側構成品の径方向の位置決めが成される。
【0008】
また、ハブ12には、その外周面4mにおいて車体側端部に嵌合面4nが構成されており、当該嵌合面4nに環状の回転輪構成体16(ハブ12と共に回転輪(内輪)4を構成する部材)を嵌合(圧入)させることができるようになっている。この場合、例えば、静止輪2と回転輪4との間に各転動体6,8を保持器18で保持した状態で、回転輪構成体16を嵌合面4nに形成された段部12bまで嵌合した後、ハブ12の車体側端部の加締め領域12cを塑性変形させて、当該加締め領域12cを回転輪構成体16の周端部16sに沿って加締める(密着させる)ことで、当該回転輪構成体16をハブ12に固定することができる。
【0009】
このとき、軸受ユニットには所定の予圧が付与された状態となり、この状態において、各転動体6,8は、互いに所定の接触角を成して静止輪2と回転輪4の各軌道溝(静止軌道溝2s、回転軌道溝4s)にそれぞれ接触して回転可能に組み込まれる。この場合、2つの接触点を結んだ作用線(図示しない)は、各軌道溝2s,4sに直交し、かつ、各転動体6,8の中心を通り、軸受ユニットの中心線上の1点(作用点)で交わる。これにより背面組合せ形(DB)軸受が構成される。
【0010】
このような軸受構成において、車両走行中に車輪に作用した力は、全てディスクホイールから軸受ユニットを通じてナックルに伝達されることになり、その際、軸受ユニットには、各種の荷重(ラジアル荷重、アキシアル荷重、モーメント荷重など)が作用する。しかし、軸受ユニットは、上述したような背面組合せ形(DB)軸受となっているため、各種の荷重に対して高い剛性が維持される。
【0011】
また、上記した軸受ユニットに設けられた軸受用密封装置において、リップシール10aは、静止輪(外輪)2の車輪側の固定面2n-1に固定され、回転輪4(ハブ12)の摺動面4n-1に対して摺動自在に位置決めされている。一方、パックシール10bは、静止輪(外輪)2の車体側の固定面2n-2と、他方の軌道輪4(回転輪構成体16)との間に摺動自在に位置決めされている。具体的には、回転輪構成体16には、静止輪(外輪)2の固定面2n-2に対向して嵌合面16mが形成されており、パックシール10bは、当該嵌合面16mと上記固定面2n-2との間に圧入されて嵌合された状態で位置決めされている。
【0012】
ここで、パックシール10bについて説明する。
図2(b)に示すように、パックシール10bは、一方の軌道輪(静止輪(外輪)2)の車体側の固定面2n-2に嵌合(圧入)され、軌道輪間(静止輪2と回転輪4との間)に区画された軸受内部(空間)を覆うように延出したシール本体19と、他方の軌道輪4(回転輪構成体16)の嵌合面16mに嵌合(圧入)され、軌道輪間(静止輪2と回転輪4との間)に区画された軸受内部(空間)を覆うように延出したスリンガ20とを備えて構成されている。
【0013】
シール本体19は、心金22の内周面(スリンガ20に対向する面)にシール材24を加硫して構成されており、シール材24には、複数(例えば、3つ)のシールリップ24a,24b,24cが一体成形されている。なお、心金22は、固定面2n-2に圧入されて嵌合される中空円筒状を成す中空円筒部22aと、中空円筒部22aから回転輪構成体16(嵌合面16m)に向けて折り返され、軸受内部(空間)を覆うように延出した中空円板状を成す環状折返部22bとを備えて構成されている。
【0014】
一方、スリンガ20は、軸受外部寄りに位置付けられ、軸受内部(空間)を覆うように径方向に延出した中空円板状を成すスリンガ壁部20aと、スリンガ壁部20aから軸受内部(空間)に向けて軸方向に延出し、他方の軌道輪4(回転輪構成体16)の嵌合面16mに圧入されて嵌合される中空円筒状を成すスリンガ基部20bとを備えて構成されている。なお、上記した3つのシールリップ24a,24b,24cにおいて、そのうちの1つのシールリップ24aはスリンガ壁部20aに摺接し、残りの2つのシールリップ24b,24cはスリンガ基部20bに摺接する。
【0015】
このようなパックシール10bによれば、軸受回転中(静止輪2と回転輪4とが相対回転する間)或いは、軸受非回転中において、上記した3つのシールリップ24a,24b,24cがスリンガ20に対して常に摺接状態となる。これにより、軸受内部(空間)を軸受外部から密封することができるため、軸受内部(空間)への異物(例えば、水、塵埃)の浸入防止、及び、軸受外部への潤滑剤の漏洩防止を図ることができる。なお、シール材24としては、例えばゴムやエラストマーなどの弾性材を適用することができると共に、当該シール材24を心金22の内周面に付加する方法としては、例えば焼き付けや加硫接着により付加すればよい。
【0016】
また、上記したパックシール10bは、回転輪構成体16の嵌合面16mと静止輪(外輪)2の固定面2n-2との間に嵌合(圧入)されるため、そのときの嵌合(圧入)力によっては、例えば、心金22(中空円筒部22a)と固定面2n-2との嵌合面同士が損傷してしまう虞がある。そうなると、損傷の程度によっては、軸受内部(空間)の密封状態が低下してしまう。
【0017】
そこで、密封対策として例えば図2(b)に示すように、心金22(中空円筒部22a)の車体側端部22c(環状折返部22bとは反対側の端部)に、シール材24でノーズカスケット26を形成する方法が知られている。ノーズカスケット26は、心金22の車体側端部22cを覆うようにシール材24を回し込んで形成されており、その一部を静止輪(外輪)2側に膨出させて構成されている。これにより、軸受内部(空間)に対する密封性の維持向上が図られている。
【0018】
更に、上記したパックシール10bには、軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)を検出するためのエンコーダ28が付加される場合がある。図2(b)では一例として、エンコーダ28は、スリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの反軸受内部側の壁部側面20gから径方向延出端20sに亘る外周面)に設けられている。
【0019】
エンコーダ28は、例えば磁性ゴムをスリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの壁部側面20gから径方向延出端20sに亘る外周面)に加硫接着し、その周方向に沿って交互に極性(N極、S極)を反転させて着磁させたものが一般的であるが、車輪用軸受ユニットのように、風雨や跳ね石に晒される過酷な使用環境での耐久性や耐摩耗性を考慮し、熱可塑性樹脂をバインダとし、磁性粉を混合して成るプラスチックマグネットを使用したエンコーダ28を、あらかじめ接着剤を塗布したスリンガ20に成形接着(モールディング)して使用することもある。
【0020】
このようなパックシール10bによれば、軸受回転中においてエンコーダ28の極性変化(磁束密度と磁束の流れる方向の変化)をセンサ(図示しない)で計測することにより、当該軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)を正確に検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開2005−256897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
ところで、上記したパックシール10bにおいて、各シールリップ24a,24b,24cへの泥水の直撃を防止(或いは、軽減、抑制)するために、シール本体19とスリンガ20との間の径方向隙間には、ラビリンス30が構成されている。即ち、ラビリンス30は、スリンガ20の径方向延出端20s(具体的には、径方向延出端20sに亘って加硫接着されたエンコーダ28の径方向端面28s)と、当該径方向端面20s(28s)に径方向で対向するシール本体19の嵌合部内径19sとの間の径方向隙間に構成されている。なお、径方向隙間とは、回転軸Axに直交する方向に沿った隙間を指す。
【0023】
ここで、シール性(耐泥水性)の向上を図るためには、ラビリンス30の隙間を狭くすること、即ち、エンコーダ28の径方向端面28sと、当該径方向端面28sに対向するシール本体19の嵌合部内径19sとの間の径方向隙間を狭くすることが好ましい。
【0024】
しかしながら、そうすると、軸受ユニットに各種の荷重(例えば、モーメント荷重)が作用した際に、静止輪(外輪)2と回転輪(内輪)4とが相対的に傾斜した場合、そのときの傾斜の程度(傾斜角)によっては、エンコーダ28の径方向端面28sと、当該径方向端面28sに対向するシール本体19の嵌合部内径19sとが、互いに接触してしまう場合がある。
【0025】
この場合、エンコーダ28の径方向端面28sと、当該径方向端面28sに対向するシール本体19の嵌合部内径19sとが接触すると、摩擦損失が発生するだけでなく、その接触の程度(接触量、接触圧)によっては摩耗が発生する。このとき、シール本体19の嵌合部内径19sは、潤滑性に優れる上に強靭なシール用ゴム材料であるのに対し、エンコーダ28の径方向端面28sは、ゴムをバインダとして磁性粉を混合して成る磁性ゴムであり脆弱なため、摩耗はエンコーダ28の径方向端面28s側に発生し、スリンガ20の径方向延出端20sが露出するようになると、接着面28gの接着力が低下し、当該スリンガ20の外周面からエンコーダ28が剥がれ易くなってしまう虞がある。
【0026】
一方、エンコーダ28の材質がプラスチックマグネットの場合は、エンコーダ28の径方向端面28sに摩耗が集中的に発生することはない。しかし、プラスチックマグネット製のエンコーダ28は、磁性ゴム製のものに比べてその弾力性が小さいため、エンコーダ28の径方向端面28sの軸受外側方向部分がシール本体19の嵌合部内径19sに押されると、その力がエンコーダ28の接着面28gに伝播してせん断応力が発生し易い。
【0027】
また、磁性ゴム又はプラスチックマグネットのエンコーダ28と、金属であるスリンガ20との間には、線膨張係数の差があり、温度変化に伴う膨張収縮量が異なるが、弾力性が小さいプラスチックマグネット製のエンコーダ28は、その接着面28gにせん断応力を、より発生し易い。このため、これらのせん断応力が重なると、当該スリンガ20の外周面からエンコーダ28が剥がれ易くなってしまう虞がある。
【0028】
エンコーダ28に剥がれが発生すると、スリンガ20に対するエンコーダ28の接着位置がズレたり、或いは、当該エンコーダ28がスリンガ20から脱落したりする虞がある。そうなると、軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)を正確に検出することが困難になってしまう。
【0029】
また、上記したパックシール10bにおいて、スリンガ20は、スリンガ壁部20aとスリンガ基部20bとを断面視でL字状に連続させて構成したものが一般的である。しかしながら、かかる構成では、十分な剛性を維持することが困難な場合があり、一定の姿勢(形状)を維持することができなくなってしまう虞がある。
【0030】
例えば、スリンガ20(具体的には、スリンガ基部20b)を、回転輪(内輪)4(具体的には、回転輪構成体16)の嵌合面16mに嵌合(圧入)させる際に、スリンガ壁部20aと共にエンコーダ28が傾斜して(倒れて)しまう虞がある。そうなると、軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)を正確に検出することが困難になってしまう。
【0031】
本発明は、この問題を解決するためになされており、その目的は、一定の姿勢(形状)を維持するのに十分な剛性を有し、かつ、エンコーダの接着面におけるせん断応力の発生を低減することで、当該エンコーダの剥がれ防止を可能にするスリンガを備えた軸受用密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0032】
このような目的を達成するために、本発明は、相対回転可能に対向配置される軌道輪間に設けられ、当該軌道輪間に区画された軸受内部を密封するための軸受用密封装置であって、一方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出したシール本体と、他方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出し、その外周面にエンコーダが設けられたスリンガとを備え、シール本体とスリンガとの間の径方向隙間には、ラビリンスが構成されていると共に、スリンガの径方向延出端には、エンコーダを覆うように周方向に沿って連続して延在した保護フランジが設けられており、保護フランジとエンコーダとの間には、径方向に沿って所定の隙間が構成されている。
本発明において、スリンガは、軸受外部寄りに位置付けられ、軸受内部を覆うように径方向に延出した中空円板状を成すスリンガ壁部と、スリンガ壁部から軸受内部に向けて軸方向に延出し、他方の軌道輪に嵌合される中空円筒状を成すスリンガ基部とを備え、保護フランジは、スリンガ壁部の径方向延出端から軸方向に沿って延在し、エンコーダを覆うように周方向に沿って連続しており、ラビリンスは、保護フランジと、当該保護フランジに径方向で対向するシール本体の嵌合部内径との間の径方向隙間に構成されている。
本発明において、スリンガは、シール本体に一体成形されたシールリップが摺接すると共に、エンコーダのバックヨークとして兼用されている。
本発明において、シールリップの径方向位置は、保護フランジよりも径方向に窪ませた位置に設定されている。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、一定の姿勢(形状)を維持するのに十分な剛性を有し、かつ、エンコーダの接着面におけるせん断応力の発生を低減することで、当該エンコーダの剥がれ防止を可能にするスリンガを備えた軸受用密封装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態に係る軸受用密封装置の構成を示す断面図。
【図2】(a)は、軸受用密封装置が適用されている軸受ユニットの構成を示す断面図、(b)は、従来の軸受用密封装置の構成を示す断面図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の一実施形態に係る軸受用密封装置について、添付図面を参照して説明する。なお、本実施形態は、図2に示された軸受用密封装置の改良であるため、以下、改良部分の説明にとどめる。この場合、上記した軸受用密封装置(図2)と同一の構成については、その構成に付された参照符号と同一の符号を本実施形態に用いた図面上に付すことで、その説明を省略する。
【0036】
図1に示すように、本実施形態の軸受用密封装置(パックシール10b)において、スリンガ20(具体的には、スリンガ壁部20)の径方向延出端20sには、エンコーダ28をその外周側から覆うように周方向に沿って連続して延在した中空円筒状の保護フランジ20cが設けられている。保護フランジ20cは、スリンガ壁部20aの径方向延出端20sから、反軸受内部方向(換言すると、軸受外部方向)に向けて軸方向に沿って延在し、エンコーダ28を覆うように周方向に沿って連続している。
【0037】
この場合、保護フランジ20cの軸方向長さ(軸方向幅)は、例えばエンコーダ28の大きさ(例えば、軸方向幅、肉厚)や形状などに応じて設定されるため、ここでは特に限定しない。なお、エンコーダ28は、スリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの壁部側面20gに亘る外周面である平坦面)に、エンコーダ28が磁性ゴム製の場合は加硫接着、プラスチックマグネットの場合は成形接着されている。
【0038】
また、ラビリンス30は、保護フランジ20cと、当該保護フランジ20cに径方向で対向するシール本体19の嵌合部内径19sとの間の径方向隙間に構成されている。ここで、ラビリンス30の(径方向隙間)の大きさは、想定されるモーメント荷重負荷による外内輪2,4の相対的な傾斜を考慮し、当該モーメント荷重により保護フランジ20cとシール本体19の嵌合部内径19sとが互いに接触しないように設定される。
【0039】
この場合、保護フランジ20cの軸方向長さ(軸方向幅)を大きくすることで、当該保護フランジ20cとシール本体19の嵌合部内径19sとの間で構成される径方向隙間が延長され、その分だけ、ラビリンス30の密封性能をより向上させることができる。これにより、軸受外部からの泥水の浸入を確実に抑制することができる。
【0040】
更に、保護フランジ20cとエンコーダ28との間には、径方向に沿って所定の隙間Hが構成されている。ここで、エンコーダ28の径方向端面28sの径寸法は、スリンガ20の保護フランジ20cへの移行開始点20dの径寸法を越えないように設定することが好ましい。
【0041】
これにより、エンコーダ28をスリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの壁部側面20gに亘る外周面)に加硫接着させる際に、平坦状の壁部側面20gで加硫材を止め、フラッシングを防止している。従って、保護フランジ20cとエンコーダ28との隙間Hは、移行開始点20dを越えるように設定することが好ましい。
【0042】
また、シール本体19に一体成形されたシールリップ24a,24b,24cの径方向位置は、保護フランジ20cよりも径方向に窪ませた(凹ませた)位置(換言すると、保護フランジ20cから突出しない位置)に設定することが好ましい。これにより、ラビリンス30を通過した泥水がシールリップ24a,24b,24cを直撃し、その際の水圧(水力)により当該シールリップ24a,24b,24cがめくれ上がるのを防止することができる。
【0043】
図面では一例として、シールリップ24a(サイドリップともいう)が最も保護フランジ20cに向けて延出しているが、その延出端の径方向位置を保護フランジ20cよりも径方向に窪ませた(凹ませた)位置に設定することで、ラビリンス30を通過した泥水がシールリップ(サイドリップ)24aを直撃し、その際の水圧(水力)により当該シールリップ(サイドリップ)24aがめくれ上がり、これにより、泥水が軸受内部に浸入するのを防止している。
【0044】
この場合、シールリップ(サイドリップ)24aの延出端面24tを、実線で示すように軸方向に沿って平行な円筒形状とするか、或いは、点線で示すように軸受内部に向けて先細り状に傾斜させることが好ましい。そうすると、ラビリンス30を通過した泥水は、シールリップ(サイドリップ)24aをめくり上げる力を発生することなく、当該シールリップ(サイドリップ)24aの根元部24pを押圧する。このとき、スリンガ20(具体的には、スリンガ壁部20a)に対する面圧が上昇し、これにより、密封性を高めることができる。
【0045】
以上、本実施形態によれば、スリンガ20の径方向延出端20sに、エンコーダ28を覆うように周方向に沿って連続して延在した保護フランジ20cを設けたことで、当該スリンガ20全体をクランク状に構成することができるため、一定の姿勢(形状)を維持するのに十分な剛性を確保することができる。これにより、スリンガ20(スリンガ基部20b)を、回転輪(内輪)4(回転輪構成体16)の嵌合面16mに嵌合(圧入)させる際に、スリンガ壁部20aと共にエンコーダ28が傾斜して(倒れて)しまうといった不具合の発生を完全に無くすることができる。
【0046】
このように、十分な剛性を有するスリンガ20によれば、シール本体19に一体成形されたシールリップ24a,24b,24cが安定して摺接すると共に、エンコーダ28の姿勢や位置を一定に保持することができる。これにより、軸受内部(空間)の密封性の維持向上と共に、軸受の回転状態(例えば、回転速度、回転方向など)の検出精度の維持向上とを1つのスリンガ20のみで同時に実現することができる。
【0047】
ここで、軸受ユニットに想定外の大きな荷重(例えば、モーメント荷重)が作用した際に、静止輪(外輪)2と回転輪(内輪)4とが相対的に傾斜した場合でも、従来のようにエンコーダ28の径方向端面28sと、当該径方向端面28sに対向するシール本体19の嵌合部内径19sとが、ダイレクトに接触することは無く、スリンガ20の保護フランジ20cがシール本体19の嵌合部内径19sに接触することで、また、保護フランジ20cとエンコーダ28との間に、径方向に沿って所定の隙間Hを構成したことにより、エンコーダ28への上記接触に伴う荷重負荷を完全に無くすことができる。
【0048】
このとき、スリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの壁部側面20gに亘る外周面である平坦面)に加硫接着、或いは、成形接着されるエンコーダ28の接着面28gに、上記接触に伴うせん断応力が発生することは一切無く、これにより、スリンガ20の外周面からエンコーダ28を剥がれ難くすることができる。この効果は、特にエンコーダ28がプラスチックマグネット製の場合に顕著となる。
【0049】
また、本実施形態によれば、保護フランジ20cとエンコーダ28との間に、径方向に沿って所定の隙間Hを構成し、保護フランジ20cの内径とエンコーダ28の外径とが接着されていないので、使用環境下における温度変化により、エンコーダ28が径方向に沿って伸び縮み(膨張収縮)し、このとき、エンコーダ28に対して、径方向への押し込み力が作用したり、径方向への引っ張り力が作用した場合でも、スリンガ20の外周面(具体的には、スリンガ壁部20aの壁部側面20gに亘る外周面)に加硫接着されるエンコーダ28の接着面28gに、せん断応力が発生することは一切無く、これにより、スリンガ20の外周面からエンコーダ28を剥がれ難くすることができる。この効果も、特にエンコーダ28がプラスチックマグネット製の場合に顕著となる。
【0050】
更に、本実施形態によれば、軸受ユニットに想定外の大きな荷重(例えば、モーメント荷重)が作用し、静止輪(外輪)2と回転輪(内輪)4とが相対的に傾斜した際、スリンガ20の保護フランジ20cがシール本体19の嵌合部内径19sに接触した場合でも、当該嵌合部内径19sは、潤滑性に優れる上に強靭なシール用ゴム材で被覆されているため、ある程度の摩擦損失は発生するものの、当該保護フランジ20c自体、及び、スリンガ20全体、並びに、シール本体19のシールリップ24a,24b,24cとスリンガ20との摺接状態には、何ら影響は生じない(支障を来たすことは無い)。
【0051】
これにより、保護フランジ20cと、当該保護フランジ20cに径方向で対向するシール本体19の嵌合部内径19sとの間の径方向隙間を狭くすることが可能となり、その結果、密封性を飛躍的に向上させたラビリンス30を実現することができる。
【0052】
また、上記した実施形態では、スリンガ20の素材や製造方法について言及しなかったが、素材については、例えばフェライト系ステンレス(例えば、SUS430)などの強磁性体かつプレス加工性のよいステンレス鋼板を用いればよい。また、製造方法については、例えば既存のプレス加工法により断面クランク状に曲げて成形すればよい。
【符号の説明】
【0053】
2 一方の軌道輪(静止輪(外輪))
4 他方の軌道輪(回転輪(内輪))
19 シール本体
20 スリンガ
20a スリンガ壁部
20b スリンガ基部
20c 保護フランジ
20s 径方向延出端
28 エンコーダ
30 ラビリンス
H 保護フランジとエンコーダとの径方向隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対回転可能に対向配置される軌道輪間に設けられ、当該軌道輪間に区画された軸受内部を密封するための軸受用密封装置であって、
一方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出したシール本体と、
他方の軌道輪に嵌合され、軸受内部を覆うように延出し、その外周面にエンコーダが設けられたスリンガとを備え、
シール本体とスリンガとの間の径方向隙間には、ラビリンスが構成されていると共に、
スリンガの径方向延出端には、エンコーダを覆うように周方向に沿って連続して延在した保護フランジが設けられており、
保護フランジとエンコーダとの間には、径方向に沿って所定の隙間が構成されていることを特徴とする軸受用密封装置。
【請求項2】
スリンガは、軸受外部寄りに位置付けられ、軸受内部を覆うように径方向に延出した中空円板状を成すスリンガ壁部と、スリンガ壁部から軸受内部に向けて軸方向に延出し、他方の軌道輪に嵌合される中空円筒状を成すスリンガ基部とを備え、
保護フランジは、スリンガ壁部の径方向延出端から軸方向に沿って延在し、エンコーダを覆うように周方向に沿って連続しており、
ラビリンスは、保護フランジと、当該保護フランジに径方向で対向するシール本体の嵌合部内径との間の径方向隙間に構成されていることを特徴とする請求項1に記載の軸受用密封装置。
【請求項3】
スリンガは、シール本体に一体成形されたシールリップが摺接すると共に、エンコーダのバックヨークとして兼用されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の軸受用密封装置。
【請求項4】
シールリップの径方向位置は、保護フランジよりも径方向に窪ませた位置に設定されていることを特徴とする請求項3に記載の軸受用密封装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−53672(P2013−53672A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192254(P2011−192254)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】