説明

近赤外吸収フィルタ用ガラス

【課題】フッ化物を含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、実用的な耐候性と安定性を有し、しかも分光特性が良好であり、通常の熔融設備で大量生産可能な近赤外吸収フィルタ用ガラスを提供する。
【解決手段】実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が45.0〜55.0%、Al2O3が0〜3.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜10.0%、CaOが0〜15.0%、SrOが0〜10.0%、BaOが23.0〜40.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が35.0〜55.0%)、ZnOが0〜13.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0〜3.0%含有するガラスを近赤外吸収フィルタとして用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外線領域、特に波長800〜1000nmの光を効率的に吸収し、尚かつ可視域において高い透過率を有するフィルタ用ガラスに関するものである。また、本発明のフィルタ用ガラスは、主にカラー撮影機器における受光素子の感度補正用フィルタなどとして使用される。
【背景技術】
【0002】
カラー撮影機器に使用される撮像管あるいは固体撮像素子の分光感度は可視域から近赤外域の広い範囲にわたっている。このため近赤外域の800〜1000nmを吸収し可視域を透過して通常の視感度に補正する近赤外吸収フィルタは必要欠くべからざる光学部品となっている。このようなフィルタ用のガラスは、800nm以上の波長域における吸収係数が大きく、400〜700nmの波長域においては高い透過特性をもたなければならない。そして、このようなガラスはリン酸塩系ガラスにCuOを添加することによって得られる。すなわち、波長800nm付近に吸収帯をもつCu2+がP2O5を主成分としたガラス中に存在した場合、800〜1000nmの波長域の光を十分に吸収し、波長500nmを中心とした可視域において高い透過率を有するガラスとなることが知られている。しかしながら、このガラスは吸湿性の強いP2O5から形成されているため通常の使用に対して十分な耐水性、耐候性を得ることが非常に困難で、長時間使用するとガラス表面が変質し、光学的特性が劣化する。これに対して、Al2O3を多量に含有させることによって耐候性を改善したガラスとして、特許文献1が開示されている。しかし、Al2O3を多量に含有した場合には、熔融温度が上昇し、ガラス中のCu2+イオンが熱還元によってCu+イオンになり十分な分光特性が得られない。また、このように多量のAl2O3を含有することによって耐候性を改善しても限界があり、さらに耐候性の改善が求められていた。これに対して、フツ燐酸塩ガラスは一般に耐候性に優れていることが知られており、これにCuOを含有した近赤外吸収フィルタが現在一般に広く使用されている。このようなガラスとして、特許文献2、特許文献3、特許文献4等が知られている。
【0003】
【特許文献1】特開平02−263730号公報
【特許文献2】特開平01−219037号公報
【特許文献3】特開平03−83834号公報
【特許文献4】特開平03−83835号公報
【0004】
しかし、一般にフツ燐酸塩ガラスは安定性が低く、フッ素の揮発を伴うため、得率が低く大量生産には適していない。また、排ガス処理装置等の熔融設備に伴う費用もかさむため製品のコスト高が避けられないという欠点を有する。また、フツ燐酸塩ガラスの場合、熔解雰囲気によってCu+イオンになりやく分光特性が悪化しやすいという欠点を有する。さらに、近年のフィルタの薄型化に伴い着色剤であるCuO含有量の増大によりガラスの安定性の悪化も大きな問題となっている。
【0005】
これに対して、リン酸塩系ガラスにおいても耐候性の改善が行なわれ、特許文献5、特許文献6、特許文献7が公知となっている。
【0006】
【特許文献5】特開2006−001808号公報
【特許文献6】特開平09−100136号公報
【特許文献7】特開2006−248850号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献5、特許文献6、特許文献7は、アルカリ酸化物およびZnOを必須として比較的多量に含有しており、分光特性を悪化させる傾向が大きいことが分かった。本発明者らは、アルカリ酸化物を全く含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、アルカリ土類酸化物を相当量含有し、ZnOを必要量に抑えることによって、耐候性および安定性を維持したまま、分光特性が改善されることを見出し本発明にいたった。
すなわち、本発明の目的は、フッ化物を含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、実用的な耐候性と安定性を有し、しかも分光特性が良好であり、通常の熔融設備で大量生産可能な近赤外吸収フィルタ用ガラスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の本発明の課題は、以下に要約した各発明ないしは態様によって達成される。
(1) 実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が45.0〜55.0%、Al2O3が0〜3.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜10.0%、CaOが0〜15.0%、SrOが0〜10.0%、BaOが23.0〜40.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が35.0〜55.0%)、ZnOが0〜13.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。
【0009】
(2) 実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が45.0〜52.0%、Al2O3が1.5〜2.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜7.0%、CaOが3.0〜10.0%、SrOが0〜7.0%、BaOが25.0〜35.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が38.0〜47.5%)、ZnOが3.0〜9.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0.5〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。
【0010】
(3) 実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が48.0〜51.0%、Al2O3が1.5〜2.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜5.0%、CaOが5.0〜10.0%、SrOが0〜5.0%、BaOが26.0〜35.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が40.0〜45.0%)、ZnOが3.0〜7.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0.5〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フッ素およびアルカリ成分を含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、アルカリ土類酸化物とZnOを所定の割合とすることによって、耐候性および安定性を維持しつつ分光特性の優れたガラスを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の近赤外吸収フィルタ用ガラスは、フッ素およびアルカリ成分を含有しないリン酸塩系ガラスで、耐候性、安定性および分光特性に優れており、その主成分は、P2O、Al2O3、RO(R:Mg、Ca、Sr、Ba)、ZnO、CuO、Sb2O3である。
【0013】
本発明の近赤外吸収フィルタ用ガラスの各成分範囲を上記(1)基本組成、(2)好ましい組成、(3)更に好ましい組成、のように限定した理由は次のとおりである(以下の記載において、%は全て重量%を表す。)
【0014】
P2O5はガラス形成成分であり、45.0%未満であるとガラス形成が困難となり、また55.0%を超えると耐候性が低下する。好ましい範囲は45.0〜52.0%であり、更に好ましい範囲は、48.0〜51.0%である。
B2O3は任意成分であり、ガラスの安定性を改善する働きをするが、2.0%を超えると耐候性が悪化する。
Nb2O5は任意成分であり、ガラスの安定性を改善する働きをするが、5.0%を超えると分光特性が悪化する。
【0015】
Al2O3は、耐候性を改善する成分であるが、3.5%を超えると熔解性が悪化する。好ましい範囲は、1.5〜2.5%であり、更に好ましい範囲も1.5〜2.5%である。
【0016】
MgOは任意成分であり、耐候性を改善する成分であるが、10.0%を超えると安定性が悪化する。好ましくは、7.0%以下であり、更に好ましくは、5.0%以下である。
CaOもMgOと同様耐候性を改善する成分であるが、15.0%を超えると安定性が悪化する。好ましい範囲は、3.0〜10.0%であり、更に好ましい範囲は、5.0〜10.0%である。
SrOもMgO、CaOと同様耐候性を改善する成分であるが、10.0%を超えると安定性が悪化する。好ましくは、7.0%以下であり、更に好ましくは、5.0%以下である。
BaOは、安定性および分光特性を改善する成分であるが、23.0%未満であるとその効果が十分でなく、また40.0%を超えると安定性が悪化する。好ましい範囲は、25.0〜35.0%であり、更に好ましい範囲は、26.0〜35.0%である。
また、MgO、CaO、SrO、BaOの合量は、35.0〜55.0%である。35.0%未満であると、分光特性が悪化する。また、55.0%を超えると安定性が悪化する。好ましい範囲は、38.0〜47.5%であり、更に好ましい範囲は、40.0〜45.0%である。
【0017】
ZnOは、安定性および耐候性を改善する成分であるが、13.0%を超えると安定性および分光特性が悪化する。好ましい範囲は、3.0〜9.0%であり、更に好ましい範囲は、3.0〜7.0%である。
Gd2O3は任意成分であり、耐候性を改善する成分であるが、4.0%を超えると熔解性が悪化する。
【0018】
CuOは、基礎ガラス100重量部に添加される成分であり、ガラスに近赤外吸収特性を付与する成分である。使用されるフィルタの厚みと分光特性によって含有されるCuOの量が選択される。その量が0.9%未満であると、実用的な分光特性が得られず、7.0%を超えるとガラスの安定性が低下し製品化が難しくなる。
【0019】
Sb2O3は、脱泡効果の他に分光特性を改善する効果を有する成分であるが、3.0%を超えても分光特性改善効果は大きく変わらない。好ましい範囲は、0.5〜3.0%であり、更に好ましい範囲も0.5〜3.0%である。
【0020】
以上説明したとおり、本発明者らは、フッ素およびアルカリ酸化物を全く含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、アルカリ土類酸化物を相当量含有し、ZnOを必要量に抑えることによって、耐候性および安定性を維持したまま、分光特性が改善されることを見出し本発明にいたったものである。
【0021】
本発明の近赤外吸収フィルタ用ガラスは原料として正リン酸、五酸化リン、あるいはメタリン酸塩などの塩類、炭酸塩、硝酸塩、水酸化物など、通常光学ガラスで使用される一般のガラス原料を用いて、通常のガラス製造方法で作製できる。溶融温度は、900〜1300℃程度で白金ルツボを用い、十分に溶融したガラス融液をカーボンなどで作られた型に流し出すと、透明なガラスが得られる。その後、ガラス転移温度付近でアニールをすることにより、熱的に安定なガラスとなる。
【0022】
耐候性試験は、両面光学研磨したガラスを恒温恒湿槽に設置し、温度60℃;湿度90%;保持時間500hrの条件で行ない、表面の状態を目視により観察した。いずれも外観上の変化は認められず、実用上まったく問題とならない事を確認した。
【実施例】
【0023】
以下実施例と比較例をあげて本発明の近赤外吸収フィルタ用ガラスを具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0024】
(実施例1〜42)
各成分の原料として、各々相当するメタ燐酸塩、酸化物、炭酸塩、硝酸塩等を使用し、ガラス化後に以下の表1〜5に示した成分割合となるように秤量し、十分混合した後に白金ルツボに投入し電気炉中900〜1300℃の温度で数時間から十数時間溶融し、攪拌により均質化、清澄した後に金型に流し出し徐冷する事によって均質なガラスを得た。得られたガラスブロックを20mm×20mm×0.3〜1.5mm(縦×横×厚み)に加工し両面光学研磨によって耐候性試験サンプルを作製した。
次に、恒温恒湿槽中で、温度60℃;湿度90%;保持時間500hr試験後の研磨面の変化を目視により観察した。実施例1〜42においては、いずれも試験前後における違いは確認されなかった。
【0025】
(比較例1)
比較例1として、実施例41のBaOをZnOに15wt%置換した組成を熔解した。
各成分の原料として、各々相当するメタ燐酸塩、酸化物、炭酸塩、硝酸塩等を使用し、ガラス化後に以下の表5の比較例1に示した成分割合となるように秤量し、十分混合した後に白金ルツボに投入し電気炉中実施例41と同様1100℃で4時間熔解し、攪拌により均質化、清澄した後に金型に流し出し徐冷する事によって均質なガラスを得た。
実施例41と同様に、得られたガラスブロックを20×20×1mmに加工し両面光学研磨によって透過率測定サンプルを作製し、分光透過率を測定した。
図1に実施例41と比較例1の分光透過率曲線を示した。ZnO含有量が増加することによって明らかに分光特性が悪化していることが確認できた。
次に、恒温恒湿槽中で、温度60℃;湿度90%;保持時間500hr試験後の研磨面の変化を目視により観察した。比較例1についても試験前後における違いは確認されなかった。
【0026】
(比較例2)
比較例2として、特許文献7(特開2006−248850号公報)の請求範囲から任意に組成を選択し、実施例42と同量のCuOおよびSb2O3含有量にて比較した。
比較例2についても、各成分の原料として、各々相当するメタ燐酸塩、酸化物、炭酸塩、硝酸塩等を使用し、ガラス化後に以下の表5の比較例2に示した成分割合となるように秤量し、十分混合した後に白金ルツボに投入し電気炉中900〜1100℃の温度で数時間熔解し、攪拌により均質化、清澄した後に金型に流し出し徐冷する事によって均質なガラスを得た。
実施例42と同様に、得られたガラスブロックを20×20×0.31mmに加工し両面光学研磨によって透過率測定サンプルを作製し、分光透過率を測定した。
図2に実施例42と比較例2の分光透過率曲線を示した。実施例42の方がより優れた分光特性を示していることが確認できた。
次に、恒温恒湿槽中で、温度60℃;湿度90%;保持時間500hr 試験後の研磨面の変化を目視により観察した。比較例2についても試験前後における違いは確認されなかった。
【0027】
【表1】

【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
【表5】

【0032】
以上の結果から、本発明に係る実施例と比較例とを対比することにより、本願発明によれば、アルカリ酸化物を全く含有しないリン酸塩系ガラスにおいて、アルカリ土類酸化物を相当量含有し、ZnOを必要量に抑えることによって、耐候性および安定性を維持したまま、分光特性が改善されることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の近赤外吸収フィルタ用ガラス組成物は、赤外線領域、特に、800〜1000nmの光を効率的に吸収し、かつ可視領域において高い透過率を有するフィルタ用ガラスとして有用であり、例えばカラー撮影機器における受光素子の感度補正用フィルタ等に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例41の組成および比較例1で得られたガラスの1.0mm厚の分光透過率曲線を示すグラフである。
【図2】特許文献7の任意組成を比較例2とし、CuOおよびSb2O3含有量を実施例42と同量として熔解し、得られたガラスの0.31mm厚の分光透過率曲線を実施例42とともに示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が45.0〜55.0%、Al2O3が0〜3.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜10.0%、CaOが0〜15.0%、SrOが0〜10.0%、BaOが23.0〜40.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が35.0〜55.0%)、ZnOが0〜13.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。
【請求項2】
実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が45.0〜52.0%、Al2O3が1.5〜2.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜7.0%、CaOが3.0〜10.0%、SrOが0〜7.0%、BaOが25.0〜35.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が38.0〜47.5%)、ZnOが3.0〜9.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0.5〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。
【請求項3】
実質的にフッ素およびアルカリ成分を含有せず、重量パーセントで、P2O5が48.0〜51.0%、Al2O3が1.5〜2.5%、B2O3が0〜2.0%、Nb2O5が0〜5.0%、MgOが0〜5.0%、CaOが5.0〜10.0%、SrOが0〜5.0%、BaOが26.0〜35.0%、(但し、MgO、CaO、SrO、BaOの合量が40.0〜45.0%)、ZnOが3.0〜7.0%、Gd2O3が0〜4.0%、を含む基礎ガラス100重量部に、CuOを0.9〜7.0%、Sb2O3を0.5〜3.0%含有する近赤外吸収フィルタ用ガラス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−298634(P2009−298634A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153967(P2008−153967)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(391009936)株式会社住田光学ガラス (59)
【Fターム(参考)】