説明

近赤外線カットフィルタガラスおよび近赤外線カットフィルタガラスの製造方法

【課題】リドロー成形時に安定して生産でき、また失透などがガラス表面に発生することのない、リドロー成形に好適なガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスを提供すること。
【解決手段】CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を加熱しながら延伸成形したことを特徴とする近赤外線カットフィルタガラスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体撮像素子の視感度補正に用いられる近赤外線カットフィルタガラスとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、CCDやCMOS等の固体撮像素子を搭載する光学機能部品を含むカメラの小型・薄型化が進展し、これに伴って搭載されるカメラモジュールをはじめとする光学機能部品も同様に小型・薄型化が進んでいる。
このような光学機能部品は、主として画像を集光し固体撮像素子に導くためのガラス材あるいはプラスチック材から成るレンズと、赤みがかる色調を補正するための金属錯体を含有する近赤外線カットフィルタと、モアレや偽色を低減するためのローパスフィルタと、固体撮像素子を保護するため固体撮像素子パッケージに気密封着されるカバーガラス等から構成されている。
【0003】
近赤外線カットフィルタとしては、リン含有ガラスからなる基礎ガラスに近赤外線カット成分であるCuOを含有した各種ガラスが提案されている。例えば、リン酸塩系ガラスとしては特許文献1に、フツリン酸塩系ガラスとしては特許文献2に、ケイリン酸塩系ガラスとしては特許文献3に記載されている。これらガラスの製造方法は一例として、所定の組成となるように原料を混合し、白金ルツボに収容して蓋をして800〜1300℃の温度で溶融し、撹拌・清澄後金型内に鋳込み、徐冷した後、切断・研磨して所定の厚さの平板状に成形する。
このように近赤外線カットフィルタガラスは一般的に平板状で用いられるため、所望の板厚に加工するための研磨工程が必須である。しかし、近年この研磨加工によるガラスの薄板化が困難になりつつある。理由として、特に加工能力の高い両面研磨機において、上下の研磨定盤間にガラスを保持する研磨キャリアの厚さをこれまで以上に薄くすることがキャリアの耐久性やコスト等の問題から難しく、これがガラスの薄板化を妨げる要因となっている。
【0004】
これに対して、光学ガラスの原板をリ・ドロー法を用いて薄板加工する方法が提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−242439号公報
【特許文献2】特開平6−16451号公報
【特許文献3】特開平5−78148号公報
【特許文献4】特開2009−137794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献4に記載の薄板加工方法は、リ・ドロー法による延伸の前に光学ガラスの原板の両面にダミーガラスを溶融接合することおよびリ・ドロー法による延伸の後にそのダミーガラスを研磨加工にて除去する必要があり、非常に加工工数が多く、製造コストが高くなるという問題がある。また、この薄板加工方法は、研磨加工が必須であるため、前述の研磨加工に起因する薄板化の問題を解決することはできない。
【0007】
また、リドロー成形においては、加熱時の母材の温度が適切である必要がある。特に、板状母材をリドロー成形する場合、板面方向(リドロー時の引張り方向と直交する方向)の中央部と端部との温度分布を均一にする必要がある。リドロー成形後の板厚が非常に薄い場合、ガラス温度を平均的に制御すると、ガラス端部の温度が所望の温度より低くガラスの粘度が端部のみ低くなる傾向があり、延伸時の引張り力にガラスが追従できずに破損する可能性が高くなる。また、ガラス端部の温度のみを制御すると、中央部の温度が高くなり過ぎ、ガラス表面の失透傾向が高くなるという問題がある。しかしながら、板面方向の中央部と端部との温度を均一に精密制御するには、非常に高価な設備が必要となる。
そのため、板状母材となるガラスには、リドロー成形時の温度のばらつきをある程度許容できる、リドロー成形可能な温度範囲が極力広いガラスが求められる。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、リドロー成形時に安定して生産でき、また失透などがガラス表面に発生することのない、リドロー成形に好適なガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは、結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を加熱しながら延伸成形したことを特徴とする。
【0010】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いる前記リン含有ガラスは、
カチオン%表示で、
5+ 20〜42%、
Al3+ 1〜25%、
Li 1〜30%、
Na 0〜30%、
2+ 1〜50%
(ただし、R2+はMg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+およびZn2+の合計量)、
およびCu2+ 1〜15%を含むと共に、
アニオン%表示で、F 10〜65%およびO2− 35〜90%を含む
ことを特徴とする。
【0011】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いる前記リン含有ガラスは、
質量%表示で、
40〜80%、
Al 1〜20%、
LiO+NaO+KO 0.5〜30%、
CuO 1〜8%、
RO 0.5〜40%(ただし、ROは、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnOの合計量)
ことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いる前記リン含有ガラスは、
質量%表示で、
35〜60%、
Al 10〜30%、
SiO 1〜15
0〜15%、
CuO 1〜15%、
を含有することを特徴とする。
【0013】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法は、CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは、結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を加熱しながら延伸成形する工程とを含むことを特徴とする。
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法は、前記板状母材を加熱しながら延伸成形する前に、母材表面をエッチング処理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、リドロー成形時に安定して生産でき、また失透などがガラス表面に発生することのない、リドロー成形に好適なCuOを含有するリン含有ガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスを提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の近赤外線カットフィルタガラスのリドロー成形に用いる加熱延伸装置の概略図である。
【図2】本発明の近赤外線カットフィルタガラスの実施例のガラスの分光透過率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスにおいて、CuOを含有し、ΔT=Tx−Tgが100〜220℃であるリン含有ガラスを用いる理由について説明する。
【0017】
本発明における加熱しながら延伸成形する方法は、いわゆるリドロー成形法であり、ガラスをヒーターで昇温し、ガラスの粘性が10〜10dPa・sになった後に、ガラスの端部を延伸することで、成形前後でほぼ相似の外観形状を備えたガラスを得る方法である。
【0018】
ガラスが所望の粘性となる温度は、ガラス組成により異なるが、通常はガラスの結晶化開始温度(Tx)より多少低い温度でリドロー成形を行うのが好ましいとされている。しかし、リドロー成形時の延伸性を考慮しガラスの粘性をより下げるため、結晶化開始温度より高い結晶化温度(Tc)付近の温度域でリドロー成形されることが多い。その際、ガラス温度は、当然結晶化開始温度を超えてしまうため、ガラス表面に失透が発生することが懸念される。
しかしながら、近赤外線カットフィルタガラスは、固体撮像装置の光学部材として用いられるものであり、ガラス中を透過する光が固体撮像素子に入射するため、ガラス表面には失透などが一切ない高い透明性が求められる。
【0019】
本願発明者は、CuOを含有するリン含有ガラスにおいて、リドロー成形可能な温度範囲が広いガラスについて、各種ガラスの物性・組成を検討したところ、ΔT=Tx−Tg(Tx:結晶化開始温度、Tg:ガラス転移点)が100〜220℃のCuO含有するリン含有ガラスを用いることで、リドロー成形可能な温度範囲を広くできることがわかった。
ガラスはガラス転移点Tg以上で骨格構造が変形し始め、温度が高くなるほどガラスの粘度は低下し変形しやすくなる。一方、結晶化開始温度Tx以上では、結晶が生じ光学的な欠点となる。結晶化開始温度とガラス転移温度の差であるΔT=Tx−Tgは、ガラスの成形性を示す指標の一つであり、ΔTが100℃以上であれば、リドロー成形時の失透が発生しにくくなると考えられる。
そのため、本発明の必須構成として、ガラスのΔT=Tx−Tgを100〜220℃とすることで、リドロー成形時の温度ばらつきをある程度許容でき、失透が発生し難く、透明性の高い薄板の近赤外線カットフィルタガラスを得ることができる。なお、ガラスのΔT=Tx−Tgの好ましい範囲は、100〜150℃である。
【0020】
本発明のCuOを含有するリン含有ガラスには3つの態様があり、まず第1の態様のガラス(以下、ガラスAと称する。)について説明する。
本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いるガラスAはフツリン酸塩系ガラスであり、カチオン%表示で、P5+ 20〜42%、Al3+ 1〜25%、Li 1〜30%、Na 0〜30%、R2+ 1〜50%(ただし、R2+はMg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+およびZn2+の合計量)、およびCu2+ 1〜15%を含むと共に、アニオン%表示で、F 10〜65%およびO2− 35〜90%であることが好ましい。上記各成分の含有量(カチオン%、アニオン%表示)を上記のように限定した理由を以下に説明する。
【0021】
5+は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、可視領域の透過率を向上させ、近赤外領域のカット性高めるための必須成分であるが、20%未満ではその効果が十分得られず、42%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となること、液相温度が高くなること、また耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは25〜40%であり、より好ましくは28〜37%である。
【0022】
Al3+は、耐候性を高めるための必須成分であるが、1%未満ではその効果が十分得られず、25%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となる、分光特性が低下するため好ましくない。好ましくは5〜20%であり、より好ましくは、10〜15である。
【0023】
Liは、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスを軟化させるための必須成分であるが、1%未満ではその効果が十分得られず、30%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは、5〜25%であり、より好ましくは10〜20%である。
【0024】
Naは、必須成分ではないものの、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスを軟化させる効果があるが、30%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは、1〜20%であり、より好ましくは5〜15%である。
【0025】
2+(ただし、R2+はMg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+およびZn2+の合計量)は、ガラスの耐失透性、加工性を向上させる必須成分であるが、1%未満ではその効果が十分ではなく、50%を超えると耐候性が悪化するため好ましくない。好ましくは、10〜40%であり、より好ましくは20〜30%である。
【0026】
Cu2+は、近赤外線カットための必須成分である。近赤外線カットフィルタガラスの近赤外線カット機能は、ガラス中のCu2+の含有量およびガラスの透過方向の厚さに大きく依存する。本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、リドロー成形することにより、従来の同様のガラスと比較し、より薄いガラスを低コストで製造することが可能であり、ガラスを薄板で用いる場合に所望の近赤外線カット機能を得るには、上記理由によりガラス中のCu2+の含有量をより多くすることが必要である。Cu2+は、1%未満であると効果が十分に得られず、15%を超えると可視域透過率が低下するため好ましくない。好ましくは4〜13%であり、より好ましくは7〜12%である。
【0027】
2−は、ガラスを安定化させる、分光特性を向上させるための必須成分であるが、35%未満であるとその効果が十分得られず、90%を超えるとガラスが不安定となるため好ましくない。好ましくは40〜85%であり、より好ましくは45〜80%である。
【0028】
は、ガラスを安定化させるため、耐候性を向上させるための必須成分であるが、10%未満であるとその効果が十分得られず、65%を超えると可視域透過率が低下するおそれがあるため好ましくない。好ましくは15〜60%であり、より好ましくは20〜55%である。
【0029】
その他の成分として、硝酸塩化合物や硫酸塩化合物を、酸化剤あるいは清澄剤として添加することができる。硝酸塩化合物や硫酸塩化合物は、400〜450nm付近におけるガラスの透過率を改善する効果がある。硝酸塩化合物や硫酸塩化合物の添加量は、原料混合物に対し外割添加で0.5〜10質量%であることが好ましい。添加量が0.5質量%未満では透過率改善の効果がなく、10質量%を超えるとガラスの形成が困難になる。より好ましくは1〜8質量%であり、一層好ましくは3〜6質量%である。またガラスを形成する陽イオンをもった硝酸塩化合物を用いることで、よりガラスを安定化できる。硝酸塩化合物としては、Al(NO 、Ba(NO 、Ca(NO 、Mg(NO 、LiNO 、Sr(NO 、NaNO 、KNO 、Zn(NO、Cu(NO 等がある。硫酸塩化合物としては、Al(SO・16HO 、BaSO 、CaSO 、MgSO 、LiSO 、SrSO 、NaSO 、KSO 、ZnSO 、CuSOがある。
【0030】
次に、本発明のCuOを含有するリン含有ガラスの第2の態様(以下、ガラスBと称する。)について説明する。
本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いるガラスBはリン酸塩系ガラスであり、質量%表示で、P 40〜80%、Al 1〜20%、LiO+NaO+KO 0.5〜30%、CuO 1〜8%、RO 0.5〜40%(ただし、ROは、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnOの合計量)を含有することが好ましい。上記各成分の含有量(質量%表示)を上記のように限定した理由を以下に説明する。
【0031】
は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、可視領域の透過率を向上させ近赤外領域のカット性高めるための必須成分であるが、40%未満ではその効果が十分得られず、80%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となること、液相温度が高くなること、また耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは42〜75%であり、より好ましくは45〜70%である。
【0032】
Alは、耐候性を高めるための必須成分であるが、1%未満ではその効果が十分得られず、20%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となる、分光特性が低下するため好ましくない。好ましくは3〜18%であり、より好ましくは、6〜16%である。
【0033】
LiO+NaO+KOは、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスを軟化させるための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、30%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは、1〜25%であり、より好ましくは2〜20%である。
【0034】
RO(ただし、ROは、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnOの合計量)は、ガラスの耐失透性、耐久性、加工性を向上させる必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分ではなく、40%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは、1〜35%であり、より好ましくは2〜30%である。
【0035】
CuOは、近赤外線カットための必須成分である。近赤外線カットフィルタガラスの近赤外線カット機能は、ガラス中のCu2+の含有量およびガラスの透過方向の厚さに大きく依存する。本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、リドロー成形することにより、従来の同様のガラスと比較し、より薄いガラスを低コストで製造することが可能であり、ガラスの透過方向の厚さが薄くなった分の近赤外線カット機能をガラス組成にて補うものである。ガラスを薄板で用いる場合に所望の近赤外線カット機能を得るには、上記理由によりガラス中のCuOの含有量をより多くすることが必要である。CuOは、1%未満であると効果が十分に得られず、8%を超えると可視域透過率が低下する、ガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは3〜8%であり、より好ましくは4〜7%である。
【0036】
その他の成分として、ガラスAと同様に硝酸塩化合物や硫酸塩化合物を、酸化剤あるいは清澄剤として添加することができる。
【0037】
次に、本発明のCuOを含有するリン含有ガラスの第3の態様(以下、ガラスCと称する。)について説明する。
本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いるガラスCはケイリン酸塩系ガラスであり、質量%表示で、P 35〜60%、Al 10〜30%、SiO 1〜15、B 0〜15%、CuO 1〜15%を含有することが好ましい。上記各成分の含有量(質量%表示)を上記のように限定した理由を以下に説明する。
【0038】
は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、可視領域の透過率を向上させ近赤外領域のカット性高めるための必須成分であるが、35%未満ではその効果が十分得られず、60%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となること、液相温度が高くなること、また耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは40〜55%であり、より好ましくは45〜50%である。
【0039】
Alは、耐候性を高めるための必須成分であるが、10%未満ではその効果が十分得られず、30%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となる、分光特性が低下するため好ましくない。好ましくは12〜28%であり、より好ましくは、15〜25%である。
【0040】
SiOは、ガラスの耐候性を高める、ガラスの機械強度を高めるための必須成分であるが、1%未満ではその効果が十分得られず、15%を超えるとガラスが不安定になりΔTが100℃未満となるため好ましくない。好ましくは、3〜13%であり、より好ましくは5〜11%である。
【0041】
は、ガラスの耐失透性、加工性を向上させる成分であるが、15%を超えると耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは、1〜12%であり、より好ましくは2〜10%である。
【0042】
CuOは、近赤外線カットための必須成分である。近赤外線カットフィルタガラスの近赤外線カット機能は、ガラス中のCu2+の含有量およびガラスの透過方向の厚さに大きく依存する。本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、リドロー成形することにより、従来の同様のガラスと比較し、より薄いガラスを低コストで製造することが可能であり、ガラスを薄板で用いる場合に所望の近赤外線カット機能を得るには、上記理由によりガラス中のCuOの含有量をより多くすることが必要である。CuOは、1%未満であると効果が十分に得られず、15%を超えると可視域透過率が低下するため好ましくない。好ましくは4〜13%であり、より好ましくは7〜12%である。
【0043】
その他の成分として、ガラスAやガラスBと同様に硝酸塩化合物や硫酸塩化合物を、酸化剤あるいは清澄剤として添加することができる。
【0044】
次に本発明の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法について説明する。
まず、CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは、結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を成形する。
CuOを含有するリン含有ガラスを板状に成形する方法は、公知の方法を用いることができるが、一例として、次のようにして作製することができる。
得られるガラスが所望の組成範囲になるように原料を秤量、混合する。この原料混合物を白金ルツボに収容し、電気炉内において800〜1500℃の温度で加熱溶融する。十分に撹拌・清澄した後、金型内に鋳込み、徐冷した後、切断・研磨して所定の厚さを備えた板状母材を得ることができる。なお、次工程である加熱延伸工程により、所定の外形の板状のガラスを得るが、加熱延伸工程では加工前の母材の幅と板厚の比と加工後のガラスの幅と板厚との比は変化せず、加工前後でほぼ相似する外観形状を呈する。したがって、板状母材となるガラスの外形寸法は、近赤外線カットフィルタガラスの幅と板厚との比に近い比であることが好ましい。
【0045】
上記成形した前記板状母材を加熱しながら延伸成形する方法は、図1に示す加熱延伸装置を用いて説明する。まず、板状母材11を加熱炉18の中に入れ、板状母材11の上端を支持部12にセットして、炉内温度を所定の温度に制御する。ヒーター13で加熱することで軟化し、自重落下により伸長した板状母材11の下端を引き出しローラ15にセットする。そして引き出しローラ15および板状母材11の供給装置(不図示)を駆動することにより、板状母材11が延伸されて成形後のガラス17となる。この際、延伸部分の外形が所定の寸法となるように、レーザー寸法測定器14によって外形を検出しながら、引き出しローラ15の駆動速度および板状母材11の供給速度等を制御するため、得られるガラス17の外形寸法のばらつきが非常に小さい。引き出されたガラスは、引き出しローラ15の下に配置されたカッター16で所望の長さに切断されるため、延伸方向に任意の長さのガラス17が得られる。また、加熱延伸することでガラス表面の表面粗さが小さく(中心線平均粗さRa:5nm以下)なるため、リドロー成形後に研磨加工を行うことなく、近赤外線カットフィルタガラスとして用いることが可能である。
上記加熱延伸装置を用いてリドロー成形する場合、加熱炉においてリドロー母材を所望の温度に制御する必要がある。具体的には、引き出しローラによる引張り方向と直交する方向の温度分布を均一にすることで、引張りによるガラスの破損やガラスの寸法がばらつかない、安定したリドロー成形が可能となる。しかし、母材の幅と厚さとの比が大きい板状母材であると、温度分布を均一にすることは、非常に高価な設備が必要である。本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、板状母材でのリドロー成形可能な温度範囲が広く、安定したリドロー成形を行うことが可能である。
【0046】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法は、板状母材を加熱しながら延伸成形する前に、母材表面をエッチング処理してもよい。
板状母材が成形される際、板状母材の板面(光学作用面)は、研磨加工される。この研磨加工においては、通常加工表面に加工変質層が形成されるが、この加工変質層が、リドロー成形による失透発生の起点となることがある。これについて詳しい理由はわからないが、研磨加工によりガラス加工面のアルカリ等の成分が流出することで加工変質層の組成が板状母材と比べて変化するため、これが影響するものと考えられる。そこで、板状母材を形成し、研磨加工を行ったのち、ガラスをエッチング処理することで、研磨加工により生じた加工変質層を除去し、この板状母材をリドロー成形することで、ガラス表面の失透の発生を一層抑制することが可能となる。また、リドロー成形時のガラス表面の失透が発生し難いため、加熱時の板状母材の温度が多少ばらついたとしても、安定してリドロー成形することが可能である。
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスに用いるリン含有ガラスは、比較的硬度が低いため、板状母材工程にて入った端面の微細なキズを起点にリドロー成形工程にて割れが発生する場合がある。そのため、板状母材を成形した後にエッチング処理を行うことにより、板状母材の端面の微細なキズを除去し、これによりリドロー成形時の延伸の引張り力によるガラスの破損を抑制することが可能となる。
【0047】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法は、前記板状母材を加熱しながら延伸成形した後、ガラスを切断する前もしくは後に、反射防止効果を有する薄膜をガラス表面に形成してもよい。このようにすることで、加熱延伸工程から連続的に薄膜をガラス表面に形成することが可能である。
薄膜を形成する方法としては、樹脂を有機溶剤に溶かし溶液とした後、スプレーコート法やバーコート法などの塗布法を用いてもよく、重合性モノマーとしてガラス上に塗布した後、光、熱、もしくは放射線等により重合反応を引き起こし硬化成膜させても良い。
後者の手法を用いる場合、重合性モノマーにあらかじめ光重合開始剤、もしくは熱重合開始剤を添加させておくことができる。光重合開始剤としてはアセトフェノン類、ベンゾフェノン類、ベンゾイン類、ベンジル類、ミヒラーケトン類、ベンゾインアルキルエーテル類,ベンジルジメチルケタール類、およびチオキサントン類等が挙げられる。熱重合開始剤としては,過酸化ベンゾイル類、ビスアゾブチロニトリル類等を挙げることが出来る。重合開始剤は光重合開始剤、もしくは熱重合開始剤の各々範疇において1種または2種以上を使用できる。重合開始剤の量は、重合性モノマーの全体量に対して0.005〜5質量%が好ましい。
また、その他の薄膜の形成方法として、CVD法により形成してもよい。CVD法によれば、ガラス表面に存在する異物を覆い隠すような薄膜形成が可能となり、実質的に欠陥数を少なくできるため固体撮像素子による画像検出時の問題を生じることが少なくなる。CVD法としては、いわゆる減圧CVD法および常圧CVD法のいずれでもよく、また、光CVD法、プラズマCVD法、熱CVD法などいずれの種類のCVD法でもよい。
【実施例】
【0048】
本発明の実施例および比較例を表1、表2に示す。なお、本明細書において、例1〜例10は本願の第1の態様であるガラスAの実施例であり、例12と例13は本願の第2の態様であるガラスBの実施例であり、例16は本願の第3の態様であるガラスCの実施例であり、例11、例14、例15は比較例である。
これらガラスは、各表に示す組成(カチオン%、アニオン%、質量%)となるよう原料を秤量・混合し、内容積約300ccの白金ルツボ内に入れて、800〜1500℃で1〜3時間溶融、清澄、撹拌後、およそ300から500℃に予熱した縦50mm×横50mm×高さ20mmの長方形のモールドに鋳込み後、約1℃/分で徐冷してガラスサンプルを得た。ガラスの溶解性等については、上記ガラスサンプル作製時に目視で観察し、得られたガラスサンプルには泡や脈理のないことを確認した。なお、各ガラスの原料は、ガラスA(フツリン酸塩系ガラス)においては、P5+の場合はHPOまたはAl(POを、Al3+の場合はAlFまたはAl(POまたはAl(比較例のみ)を、Liの場合はLiFまたはLiNOまたはLiOを、Mg2+の場合はMgFまたはMgOを、Sr2+の場合はSrFまたはSrOを、Ba2+の場合はBaFまたはBaOを、Na、K、Ca2+、Zn2+、Y3+の場合はフッ化物を、Cu2+の場合はCuOを、それぞれ使用した。また、各ガラスの原料は、ガラスB(リン酸塩系ガラス)およびガラスC(ケイリン酸塩系ガラス)においては、Pの場合はHPOまたはメタリン酸塩原料を、Alの場合はAl(POまたはAlを、SiOの場合はSiOを、Bの場合はHBOを、LiOの場合はLiPOまたはLiCOを、NaOの場合はNaPOまたはNaCOを、KOの場合はKPOまたはKCOを、MgOの場合はMgOを、CaOの場合はCaCOを、SrOの場合はSrCOを、BaOの場合はBaCOを、ZnOの場合はZnOを、CuOの場合はCuOを、Sbの場合はSbを、それぞれ使用した。
次いで、前述のガラスサンプルを切断、研磨加工することで、縦315mm×横67mm×厚さ0.6mmの板状母材を得た。
この板状母材を、図1に概略を示す加熱延伸装置の加熱炉の中にセットし、炉内温度を各ガラスのガラス転移点Tg+120℃になるよう制御し、板状母材を加熱した。そして、軟化・自重落下により伸長した板状母材の下端を手動で引き出し、引き出しローラにセットした。そして、供給速度(10mm/min)、引き出し速度(370mm/min)で延伸した。そして、延伸したガラスを引き出しローラの下方に配置されたカッターで所定の長さに切断した。これにより、幅:5mm、厚さ:100μmの板状のガラスを得た。
【0049】
各ガラスのTg(ガラス転移点)およびTx(結晶化開始温度)は、示差熱分析装置(セイコーインスツル社製、商品名:Tg/DTA6300)を用いて測定し、リファレンス(標準サンプル)としてα−アルミナを用い、加熱速度10℃/分、温度範囲25℃(室温)〜800℃の測定条件で測定すると共に、その結果から熱的安定性ΔT=Tx−Tgを算出した。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
評価結果より、実施例の各ガラスは、いずれもΔTが100〜220℃であり、リドロー成形に好適なガラスであることがわかる。これに対し、比較例の各ガラスは、いずれもΔTが100℃未満であり、リドロー成形時にガラスが破損しやすく生産性が悪いと考えられ、またガラス表面に失透が発生することが懸念される。
また、板厚100μmの実施例ガラス(例9、例10)における、波長300〜1200nmの分光透過率を図2に示す。これによれば、実施例のガラスは、可視域の透過率が高く近赤外線を吸収する透過率特性を備えたガラスであることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、リドロー成形時に安定して生産でき、また失透などがガラス表面に発生することのない、リドロー成形に好適なCuOを含有するリン含有ガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスを提供することが可能となる。そのため、固体撮像装置に用いる近赤外線カットフィルタガラスとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは、結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を加熱しながら延伸成形したことを特徴とする近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項2】
前記リン含有ガラスは、
カチオン%表示で、
5+ 20〜42%、
Al3+ 1〜25%、
Li 1〜30%、
Na 0〜30%、
2+ 1〜50%
(ただし、R2+はMg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+およびZn2+の合計量)、
およびCu2+ 1〜15%を含むと共に、
アニオン%表示で、F 10〜65%およびO2− 35〜90%を含む
ことを特徴とする請求項1の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項3】
前記リン含有ガラスは、
質量%表示で、
40〜80%、
Al 1〜20%、
LiO+NaO+KO 0.5〜30%、
CuO 1〜8%、
RO 0.5〜40%(ただし、ROは、MgO、CaO、SrO、BaO、ZnOの合計量)
を含有することを特徴とする請求項1の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項4】
前記リン含有ガラスは、
質量%表示で、
35〜60%、
Al 10〜30%、
SiO 1〜15
0〜15%、
CuO 1〜15%、
を含有することを特徴とする請求項1の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項5】
CuOを含有する、ΔT=Tx−Tg(ただし、Txは、結晶化開始温度、Tgはガラス転移点)が100〜220℃であるリン含有ガラスからなる板状母材を加熱しながら延伸成形することを特徴とする近赤外線カットフィルタガラスの製造方法。
【請求項6】
前記板状母材を加熱しながら延伸成形する前に、母材表面をエッチング処理することを特徴とする請求項5の近赤外線カットフィルタガラスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−162409(P2011−162409A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28776(P2010−28776)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】