説明

透明導電膜製造用焼結体ターゲット

【課題】非晶質であって、かつ高仕事関数であって、可視域での屈折率が低く、摺動や曲げによる剥離、割れなどが起こりにくく、膜面が極めて平坦であり、さらには室温近傍で成膜可能な透明導電膜を製造するのに好適な透明導電膜製造用焼結体ターゲットを提供する。
【解決手段】本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主としてβ−GaInO3相とIn23相から構成され、In23相(400)/β−GaInO3相(111)X線回折ピーク強度比が15%以下であり、さらに密度が5.8g/cm3以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング法やイオンプレーティング法で用いる透明導電膜製造用焼結体ターゲット、および、それを用いて製造される表示ディスプレイの透明電極や帯電防止機能、もしくは液晶光学素子に用いられる透明導電膜、透明導電性基材に関する。
【背景技術】
【0002】
透明でかつ電気抵抗の小さい透明導電膜、ならびに、それを透明基板に形成した透明導電性基材は、その透明性と導電性を必要とする用途、例えば、液晶ディスプレイ、ELディスプレイといったフラットパネルディスプレイや、タッチパネルの透明電極など、表示デバイスの用途、帯電防止フィルムの用途、さらには液晶光学素子の用途など、多種多様の電気分野、電子分野の用途に広く使用されている。一般に透明導電膜としては、酸化インジウムにスズを添加した膜、すなわちITO(ndium−in−xide)の結晶膜が広く用いられている。ITO結晶膜は比抵抗が低く、可視光域の光透過率が良好な、優れた材料である。これまでは、ほとんどの用途において、ITOの特性を制御することによって対応してきた。
【0003】
しかし、最近、有機もしくは無機ELや電子ペーパーなど、新しい表示デバイスの開発が進むとともに、透明導電膜への要求も多様化し、通常のITO結晶膜では、もはや対応できなくなってきている。
例えば、有機ELの透明電極として用いる場合には、結晶膜ではなく非晶質膜であることが好ましい。上記ITOのような結晶膜では、結晶成長による突起状の組織が存在するため、局部的な電流集中が起こり、均一な表示が難しくなるという問題がある。すなわち、膜表面が極めて平坦な非晶質膜が求められている。
また、有機ELの陽極として用いる場合には、仕事関数が大きいほうが、正孔は注入されやすいため好ましいが、ITOを含めた多くの透明導電膜の仕事関数は5eV未満であるため、それ以上の値であれば発光効率を高めることができ都合がよい。
さらに、より低い屈折率の透明導電膜が好ましい。ITO膜などよりも屈折率の低い透明導電膜を用いることによって、発光層からの光の取り出し効率を高めることができる、光学設計がし易いなどのメリットがある。
別の例として、タッチパネルでは視認性を重要視する傾向にある。視認性を落とさないためには、屈折率の低い透明導電膜が必要となる。ITOの屈折率は2.0〜2.2程度と高く、視認性が良くないため、少なくとも屈折率1.8前後の透明導電膜が必要とされている。
【0004】
また結晶膜ではなく、非晶質膜であることも重要になってきている。一般に、酸化物の結晶膜は結晶粒界が弱く、強度的に弱いという問題がある。
特許文献1で課題とされているように、結晶膜は、特に摺動に弱く、膜にクラックや剥離が発生してしまうため、ペン入力を行うタッチパネルには不向きである。
上記以外の例として、フレキシビリティを特徴とする電子ペーパー用途においては、曲げに対して割れにくい透明導電膜が必須となる。一般に、酸化物の結晶膜は結晶粒界が弱く割れやすいのに対し、結晶粒界が存在しない非晶質膜は割れにくいことが知られていることから、曲げに対して強い透明導電膜として、非晶質の透明導電膜の適用が提案されている。またこの用途では、PETフィルムなど、熱に弱い基板を用いるため、室温近傍で非晶質の透明導電膜を成膜することが求められる。この非晶質の透明導電膜は、タッチパネルの場合と同様に、低屈折率であることが重要なのは言うまでもない。
【0005】
非特許文献1のFig10、11および12には、各透明導電膜の仕事関数が示されているが、それによれば仕事関数が5eVを超える透明導電膜は(Ga,In)23結晶膜、GaInO3結晶膜、ZnSnO3結晶膜およびZnO結晶膜に限られている。すなわち、室温成膜可能な非晶質膜で仕事関数が5eVを超えるものはないのが現状である。
特許文献2には、陽極と陰極との間に有機発光層を含む有機層が挟持されてなる有機エレクトロルミネッセンス素子において、陰極が、有機層に接する側から電子注入電極層、透明導電膜、抵抗率1×10-5Ω・cm以下の金属薄膜の順で積層されてなるとともに、陰極の外側に透明薄膜層が形成されている有機エレクトロルミネッセンス素子が提案されており、インジウム(In)、亜鉛(Zn)、酸素(O)からなる酸化物を用いた非晶質透明導電膜が用いられている。
【0006】
特許文献3には、可視光透過率が高く、低抵抗な特性を有する透明導電膜として、In、SnおよびZnを含む複合金属酸化物膜が、少なくとも1種のIn4Sn312結晶、もしくはIn、SnおよびZnから構成される微結晶あるいは非晶質を形成し、含まれる金属成分組成として、Sn×100/(In+Sn)で示されるSn量が40〜60原子%であり、Zn×100/(In+Zn)で示されるZn量が10〜90原子%含有する透明導電膜が記載されている。
【0007】
また、特許文献4には、従来の透明導電膜とほぼ同様のバンドギャップ3.4eVと光屈折率2.0を有し、MgIn24やIn23より一段と高い導電性、すなわち、より低い抵抗率と、優れた光学的特性を有する透明導電膜として、マグネシウム(Mg)、インジウム(In)を含む酸化物、MgO−In23で示される擬2元系において、In/(Mg+In)で示されるIn量が70〜95原子%含有する透明導電膜が提案されている。
しかしながら、特許文献2〜4に代表される、従来から提案されている多くの非晶質の透明導電膜は、いずれも仕事関数が5eV未満である上、屈折率が2.0以上であるため、先に述べた用途に適しているとはいえない。
【0008】
また、特許文献5には、四価原子のような異価ドーパントを少量ドープしたガリウム・インジウム酸化物(GaInO3) が提案されている。該酸化物の結晶膜は、透明性に優れ、約1.6の低い屈折率を示すため、ガラス基板との屈折率整合が改善される上、現在用いられている広禁制帯半導体と同程度の電気伝導率が実現できることが記載されている。非特許文献1にあるように、仕事関数は5eVを超えるが、最近の表示デバイスに求められる非晶質膜ではなく結晶膜であること、加えて、結晶膜を得るためには、工業的に不利な、基板温度250〜500°Cでの高温成膜が必要であることから、そのまま利用することが難しいのが現状である。
【0009】
他に、特許文献6には、従来知られているGaInO3とはかなり異なる組成範囲で、GaInO3やIn23より一段と高い導電性、すなわち、より低い抵抗率と、優れた光学的特性を有する透明導電膜として、Ga23−In23で示される擬2元系において、Ga/(Ga+In)で示されるGa量が15〜49原子%含有する透明導電膜が提案されている。特に、該透明導電膜の光屈折率は組成を変えることにより約1.8から2.1まで変えることができるという特長を有すると記載されている。しかし、実施例には、屈折率や仕事関数に関しては何ら記載されていない。さらに詳しい内容については、特許文献6の発明者らによって、別に非特許文献1および非特許文献2に報告されている。前述の通り、非特許文献1には、基板温度350℃で成膜された(Ga、In)23結晶膜の仕事関数が示されているのみであり、非晶質膜の仕事関数は示されていない。また非特許文献2のFig.6には、特に室温で成膜したGa、InおよびOからなる透明導電膜の屈折率が示されている。それによれば、In23膜の屈折率は約2.1、Ga/(Ga+In)で示されるGa量が5〜80原子%含有する透明導電膜の屈折率は1.9〜2.3、Ga23膜の屈折率は約1.8であり、特にGa/(Ga+In)で示されるGa量が50原子%含有する透明導電膜は約2.0であると記載されている。
上記からもわかるように、室温近傍での成膜が可能であって、非晶質であり、仕事関数が5eVを超え、かつ屈折率の低い透明導電膜は未だに得られていないのが実状である。
【0010】
したがって、上記の有機EL、タッチパネルならびに電子ペーパー用途における、高仕事関数ならびに低屈折率の透明導電膜の要請や、摺動や曲げに対して割れにくい非晶質の透明導電膜の要請、膜面が極めて平坦な非晶質の透明導電膜の要請、さらには室温近傍で成膜可能であることの必要性等に対して、いまだバランスよく十分に答えているものは無く、これらの要求に応える、新たな透明導電膜が求められている。さらに、前記透明導電膜をスパッタリング法やイオンプレーティング法を用いて得るための透明導電膜製造用焼結体ターゲットが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−313141号公報
【特許文献2】特開平10−294182号公報
【特許文献3】特開平10−83719号公報
【特許文献4】特開平8−264023号公報
【特許文献5】特開平7−182924号公報
【特許文献6】特開平9−259640号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】T.Minami et al:J.Vac.Sci.Technol.A17(4),Jul/Aug 1999 P1765−1772
【非特許文献2】T.Minami et al:J.Vac.Sci.Technol.A14(3),May/Jun 1996 P1689−1693
【非特許文献3】R.D.Shannon et al:J.inorg.nucl.Chem.,1968,Vol.30,pp.1389−1398
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、以上のような最近の表示デバイスの技術的背景から、非晶質であって、かつ高仕事関数であって、可視域での屈折率が低く、摺動や曲げによる剥離、割れなどが起こりにくく、膜面が極めて平坦であり、さらには室温近傍で成膜可能な透明導電膜を製造するのに好適な透明導電膜製造用焼結体ターゲットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願発明者等は、前記課題を解決するため、透明導電膜製造用焼結体ターゲットを各種作製し、透明基板上に多くの酸化物膜を形成し、該酸化物膜の光学特性や非晶質膜の作製の容易さ等について調査を行った。その結果、主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、密度が5.8g/cm3以上であることを特徴とする透明導電膜製造用焼結体ターゲット
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
を用いることによって好適な透明導電膜が得られることを見出し、本願発明に至った。
【0015】
すなわち、本発明による透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相(以下、特に断らない限り、β−GaInO3相、In23相と略す)から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、さらに密度が5.8g/cm3以上であることを特徴とする。
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
【0016】
また、本発明による透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、好ましくは、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であることを特徴とする。
【0017】
上記焼結体ターゲットを用いて製造される透明導電膜は、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、かつ仕事関数が5.1eV以上であることを特徴とする。
【0018】
また、上記透明導電膜は、好ましくは、波長633nmにおける屈折率が1.65以上1.85以下であることを特徴とする。
【0019】
また、上記透明導電膜は、好ましくは、比抵抗値が1.0×10-2〜1.0×10+8Ω・cmであることを特徴とする。
【0020】
また、上記透明導電膜は、好ましくは、算術平均高さ(Ra)が2.0nm以下、好ましくは1.0nm以下であることを特徴とする。
【0021】
上記透明導電膜を用いる透明導電性基材は、ガラス板、石英板、樹脂板および樹脂フィルムから選ばれた透明基板の片面もしくは両面に、上記いずれかの透明導電膜を形成してなることを特徴とする。
【0022】
また、上記透明導電性基材は、好ましくは、樹脂板および樹脂フィルムから選ばれた透明基板の片面もしくは両面上に、少なくとも一層以上のガスバリア膜、ならびに上記いずれかの透明導電膜を順に形成してなることを特徴とする。
【0023】
また、上記透明導電性基材は、好ましくは、ガスバリア膜として、窒化シリコン、酸化窒化シリコンまたは酸化シリコンから選ばれた、いずれか1種類以上の膜が含まれることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、仕事関数が5.1eV以上であり、好適な光学特性や導電性を有する透明導電膜を得るために、主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、密度が5.8g/cm3以上であり、
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
さらには、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下である。したがって、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲット、および本発明の焼結体ターゲットを用いて製造される該透明導電膜、それを形成した透明導電性基材は、今後も多岐に広がる表示デバイスの各用途に有用である。
【0025】
また、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて製造される透明導電膜は、主としてGa、InおよびOからなる非晶質酸化物膜透明導電膜であって、かつGaを全金属原子に対して49.1%以上65原子%以下含有し、仕事関数が5.1eV以上であり、波長633nmにおける屈折率1.65以上1.85以下であって、さらには比抵抗値が1.0×10-2〜1.0×10+8Ω・cmである透明導電膜である。
すなわち、該透明導電膜は、従来得られていなかった、高仕事関数ならびに可視域における低屈折率を有し、さらには非晶質膜特有の割れにくさや、算術平均高さの低さといった優れた特徴を併せ持っている。また、室温近傍で成膜可能であり、工業的にも利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】焼結体のICP発光分光分析法で求めた焼結体のGa量、純水を用いてアルキメデス法で算出した密度、四端子法で測定した比抵抗、ならびにX線回折(CuKα線使用)によって得られたIn23相(400)/β−GaInO3相(111)ピーク強度比、をまとめた表である。
【図2】焼結温度1350°Cの焼結体のCuKα線によるX線回折パターンを示した図である。
【図3】1350°Cで焼結したターゲットを用いて成膜した薄膜のX線回折図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
次に、本発明の実施の形態を示すが、本発明は下記例に限定されるものではない。
本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、密度が5.8g/cm3以上であることを特徴とする。
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
【0028】
また、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、好ましくは、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であることを特徴とする。
【0029】
ここで、In23相は酸素欠損が導入されたものでもよく、Inの一部にGaが置換されたものでもよい。またGa/In原子数比が化学量論組成から多少ずれたものでもよく、β−GaInO3相は酸素欠損が導入されたものでもよい。
上記のようなGa組成範囲外になると、形成された非晶質膜がターゲットと同じ組成になった場合、高い仕事関数と低い屈折率を実現することができない。ただし、成膜条件によってターゲット組成と非晶質組成がほぼ同等とならない場合は、この限りではない。
【0030】
また、本発明のターゲットは、In23相の占める割合が少ないほうが好ましい。すなわち、上式(A)で定義される、X線回折におけるβ−GaInO3相の(111)反射とIn23相の(400)反射のピーク強度比(回折ピークの面積強度比)が45%以下であることが好ましい。さらに、より好ましくは15%以下であることが好ましい。このピーク強度比が45%を超える場合、上記組成範囲内であっても、2.0〜2.2の高い屈折率を示すIn23相による影響が大きくなり、5.1eV以上の高い仕事関数、ならびに1.65以上1.85以下の低い屈折率を実現することができない。
【0031】
なお、JCPDSカード(ASTMカード)によれば、X線回折におけるβ−GaInO3相ならびにIn23相の主ピークは、それぞれ(111)反射および(222)反射によるが、In23相(222)反射はβ−GaInO3相(002)反射と重なるため、In23相に関しては、次に強度の高い(400)反射で評価している。
【0032】
非特許文献3には、特に、Ga23:In23=1:1のβ−GaInO3相を作製する場合に、未反応のIn23相が残りやすいことが記載されている。In23相は、4.8〜4.9eVの低い仕事関数ならびに2.0〜2.2の高い屈折率を示すため、透明導電膜製造用焼結体ターゲットに含まれた場合、それを用いて成膜した膜の仕事関数は低くなり、そして屈折率も高くなってしまう。
【0033】
本発明では、上記透明導電膜製造用焼結体ターゲット中に、この未反応のIn23相が生成することを抑制するべく、原料粉末、混合条件、および焼結条件の検討を行った。
すなわち、常圧焼結法を用いる場合、原料粉末は、純度3N以上が好ましく、また解砕によって平均粒径は3μm以下に調整されていることが好ましい。配合粉末、有機バインダおよび分散剤などは均一な状態が得られるまで混合することが好ましい。成形には、均一な応力をかけることが可能な、静水圧プレスなどを用いることが好ましい。焼結温度は1250°C以上1400°C以下、焼結時間は12時間以上とすることが好ましく、酸素気流中で焼結すればなお好ましい。なお、上記の条件は、常圧焼結の場合に好ましい条件であり、ホットプレス法などの加圧焼結法を用いる場合はその限りではない。
【0034】
また、本発明の透明導電膜製造用焼結ターゲットの作製工程において、原料粉末の解砕後の平均粒径や焼結条件などによっては、GaInO3相とは異なる(Ga,In)23相や不可避生成相のGa23相が生成する場合がある。本発明の焼結ターゲットは、主にβ−GaInO3相とIn23相からなるが、上記の(Ga,In)23相が、次式(B)で定義されるX線回折強度比で70%以下であれば含まれていても良い。
(Ga,In)23相による反射(2θ=28°近傍)/{In23相(400)
+β−GaInO3相(111)}×100 [%] (B)
ここで(Ga,In)23相による反射(2θ=28°近傍)と記述しているが、それは、JCPDSカード(ASTMカード)によれば、(Ga,In)23相の結晶構造と面指数は特定されておらず、面間隔とX線回折相対強度比のみが特定されているためである。
【0035】
上式(B)で70%を超える(Ga,In)23相を含む透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いた場合でも、形成された非晶質透明導電膜は5.1eV以上の高い仕事関数、および1.65以上1.85以下の低い屈折率を示す。しかし、(Ga,In)23単相の焼結体は5〜10Ω・cm程度の高い比抵抗を示すため、透明導電膜製造用焼結体ターゲット中に上式で70%を超える量の(Ga,In)23相が含まれると、成膜速度が低下し、生産性が悪くなる。したがって、上式で(Ga,In)23相の含有率は70%以下であることが好ましい。なお、Ga23等未反応物などの不可避不純物については、X線回折でピークが観測されない程度であれば含まれていても良い。
【0036】
また、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、焼結体の密度が5.8g/cm3以上であることが好ましい。焼結体の密度が5.8g/cm3未満である場合、スパッタリングにおける異常放電の発生頻度が高まり、結果として良質の低屈折率の非晶質透明導電膜を得ることができない。
【0037】
他に、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットは、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であることが好ましい。比抵抗値が上記値を超える場合、DCマグネトロンスパッタリングが可能であっても、成膜速度が低下するため、生産性が低くなる。
【0038】
これらの条件を満足しない透明導電膜製造用焼結体ターゲットで成膜を行った場合、5.0eVを超える高い仕事関数を示す非晶質透明導電膜を得ることができない。さらに特許文献6および非特許文献2に記載されているように、導電性をほとんど示さないGa23膜を除き、1.85を超える高い屈折率の非晶質膜のみしか得ることができず、しかも生産性も低くなる。
【0039】
さらには、波長633nmにおける屈折率が1.85を越えると、反射率が大きくなってしまい、光透過率が低下してしまう。また、屈折率1.65未満であることは、光透過性に優れていると言うことができて好ましいが、本発明では、このような低い屈折率は得られていない。
【0040】
本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて製造される透明導電膜は、主としてGa、InおよびOからなり、非晶質酸化物膜透明導電膜であって、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有することが好ましい。Ga量49.1原子%未満では、仕事関数は低く、そして屈折率は高くなり、従来の透明導電膜と同等になってしまう。また、Ga量が65原子%を超えた場合には、透明電極として用いるのに必要な導電性が十分得られなくなってしまう。
【0041】
また、仕事関数ならびに屈折率は、同一組成であっても、薄膜形成源である焼結体ターゲットの構成相によって影響を受ける。前記式(A)で示したIn23相(400)ピーク強度比が45%より高い場合、透明導電膜の仕事関数が5.1eVより低くなり、また屈折率が1.85を超えてしまい、従来の透明導電膜と同等になってしまう。
【0042】
また、比抵抗値は、成膜時に非晶質膜中に導入する酸素量に依存するが、1.0×10-2〜1.0×10+8Ω・cmの範囲で比抵抗値の制御が可能である。さらに多量の酸素を導入すれば、絶縁膜とすることも可能である。上記範囲であれば、透明電極や帯電防止フィルムなど広範囲な応用が可能であるが、この範囲を外れると、特殊な用途に限られてしまう。
【0043】
また、透明導電膜は、算術平均高さ(Ra)が2.0nm以下であることが好ましい。ここで、算術平均高さ(Ra)は、JIS B0601−2001の定義に基づいている。算術平均高さ(Ra)が2.0nmを超えていると、有機ELなど、膜面の平坦性が要求される用途において好ましくない。
【0044】
透明導電膜を成膜する方法としては、スパッタリング法、イオンプレーティング法などが挙げられる。生産性などの理由を考慮すれば、直流プラズマを用いたマグネトロンスパッタリング法(DCマグネトロンスパッタリング法)が好ましい。
イオンプレーティング法の場合、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットと同様の製造方法で得られたペレットを蒸発源として用いることにより、透明導電膜を得ることができる。
【0045】
基板には、ガラス板、石英板、樹脂板および樹脂フィルムから選ばれた透明基板を用いることが好ましいが、表示デバイス用基板であればこの限りではない。
【0046】
スパッタリング法、イオンプレーティング法を用いて透明導電膜を作製する場合、仕事関数が高く、屈折率の低い非晶質透明導電膜を得るためには、本発明のターゲットを用いることが重要である。
【0047】
透明導電性基材は、透明基板の片面もしくは両面上に、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて製造される透明導電膜を形成してなる。
【0048】
表示デバイスがガスバリア性を必要とする場合は、透明導電性基材にガスバリア機能を付与するため、透明基板と透明導電膜の間に、少なくとも一層以上のガスバリア膜を形成することが好ましい。ガスバリア膜には、窒化シリコン、酸化窒化シリコンまたは酸化シリコンのうち、いずれか1種類以上を含むことが好ましい。また、ガスバリア膜には、無機膜に限らず、有機膜を含んでもよい。
【0049】
透明導電膜は、5.1eVを超える仕事関数を示し、波長633nmにおいて1.65以上1.85以下の低い屈折率を示すという特長を有することから、この特長を活かせる用途であれば、透明電極以外への応用も可能である。例えば、電気抵抗が高くてもよい帯電防止膜や、絶縁膜でもよい単なる光学薄膜としての応用が可能である。
【実施例】
【0050】
(実施例2及び比較例8〜9)
純度4NのGa23粉末およびIn23粉末を、それぞれ平均粒径3μm以下にボールミル解砕して調整した。その後、Ga/(Ga+In)で表されるGaが50原子%となるよう配合し、有機バインダ、分散剤ならびに可塑剤とともにボールミルによって48時間混合し、スラリーを作製した。続いて、得られたスラリーを、スプレードライヤーによって噴霧乾燥し、造粒粉末を作製した。
【0051】
次に、得られた造粒粉末をゴム型に入れ、静水圧プレス機によって191mmφ厚さ約6mmの成形体を作製した。同様にして得られた成形体を酸素気流中、それぞれ1250°C(比較例8)、1350°C(実施例2)、1400°C(比較例9)で、20時間、常圧焼結した。各焼結体に円周加工ならびに表面研削加工を施し、直径約6inch、厚さ約5mmの形状にした。
【0052】
ICP発光分光分析法(セイコーインスツルメンツ製SPS4000使用)で求めた焼結体のGa量、純水を用いてアルキメデス法(東洋精機製作所製高精度自動比重計使用)で測定した密度、四端子法(三菱化学製LORESTA−IP、MCP−T250使用)で測定した比抵抗、ならびにX線回折(理学電機工業製、CuKα線使用)によって得られたIn23相(400)/β−GaInO3相(111)ピーク強度比、を図1に示した表にまとめた。また、図2には実施例2の焼結温度1350°Cで得た焼結体のCuKα線によるX線回折パターンを示した。
【0053】
次に、これらの焼結体を冷却銅板にボンディングし、透明導電膜製造用焼結体ターゲットとして用いた。スパッタリング装置は、アネルバ製特SPF−530Hを使用した。基板にはコーニング社7059基板と屈折率測定用のSi基板(コマツ電子金属製)を用い、ターゲット面と平行になるように配置した。基板−ターゲット間距離は60mmとした。スパッタリングガスはArとO2からなる混合ガスとし、酸素の比率を1.5%、全ガス圧を0.5Paに設定した。投入電力は200Wとした。以上の条件でDCマグネトロンスパッタリングによる室温成膜を行った。放電は安定し、アーク放電の発生など、異常は確認されなかった。成膜時間を調整し、膜厚200nmの透明導電膜を得た。
【0054】
図3に実施例2の1350°Cで焼結したターゲットを用いて成膜した薄膜のX線回折図を示す。明確なピークはなく、非晶質膜であることが確認された。他のターゲットで成膜した膜でも同様に非晶質であった。図1に、各ターゲットで成膜した膜のICP発光分光分析法で求めた組成、屈折率(エリプソメータ:溝尻光学工業所製DHA−XA使用)、比抵抗、算術平均高さ(Ra)(原子間力顕微鏡:Digital Instruments製Nanoscope III使用)、ならびに仕事関数(光電子分光装置:理研計器製AC−2使用)の測定結果を示した。
【0055】
(実施例5〜6及び比較例10)
Ga/(Ga+In)で表されるGa量を49.5(比較例10)、55(実施例5)、65(実施例6)原子%に変更して、実施例2と同様の条件にてターゲットを作製し、成膜を行った。
実施例2と同様、異常な放電は確認されなかった。図1に、実施例2と同様、ターゲットならびに薄膜について調べた結果を示した。また、得られた薄膜の構造をX線回折によって調べたところ、実施例2と同様、全て非晶質膜であった。
【0056】
(実施例7)
基板温度を200℃に変更して、実施例2と同様の成膜を行った。基板温度を200℃に上げたにもかかわらず、実施例2,5〜6と同様、得られた膜は非晶質膜であることが、X線回折によって確認された。図1に、この膜の諸特性を示した。
【0057】
(実施例8,9)
スパッタガス中の酸素の比率を3.0%および5.0%に変更して、実施例6と同様の成膜を行った。実施例2,5〜7と同様、得られた膜は非晶質膜であることが、X線回折によって確認された。図1に、この膜の諸特性を示した。
【0058】
(実施例10)
片面ハードコート付きの厚さ125μmのPETフィルムに、実施例2と同様の条件で厚さ50nmの膜を室温で成膜し、ペン摺動耐久性試験で評価した。ポリアセタール製のペン(先端の形状:0.8mmR)に5.0Nの荷重をかけ、10万回(往復5万回)の直線摺動試験を、上記透明導電膜付きPETフィルム基板に行った。この時の摺動距離は30mm、摺動速度は60mm/秒とした。この摺動耐久性試験後に、目視および実体顕微鏡によって観察したが、摺動部の白化や膜の剥離、割れは認められなかった。
【0059】
(比較例1〜3)
Ga/(Ga+In)で表されるGaを40.0、49.0および66原子%に変更した以外は実施例2と同条件として、透明導電膜製造用焼結体ターゲットを作製した。図1に、焼結体の密度、比抵抗、ならびにX線回折によって得られたIn23相(400)/β−GaInO3相(111)ピーク強度比を示した。
次に、これらの焼結体ターゲットを用いて、実施例2と同様の方法で成膜した。成膜時に、異常な放電は発生しなかった。得られた膜の構造をX線回折で調べたところ、いずれも非晶質であった。図1に、これらの膜の諸特性を示した。
【0060】
(比較例4、5)
実施例2と同様の焼結体ターゲットを、焼結温度1100ならびに1200°Cに変更して作製した。図1に、焼結体の相対密度および比抵抗を示した。なお、X線回折によって構造解析を行ったところ、焼結温度1100°Cの場合、β−GaInO3相はほとんど生成せず、(Ga,In)23相とIn23相のみが生成していた。したがって、In23相(400)/β−GaInO3相(111)ピーク強度比を求めることができなかった。なお、In23相(400)のピーク強度は実施例2より高く、多量のIn23相が生成していることが明らかであった。また、焼結温度1200°Cでは、β−GaInO3相、(Ga,In)23相、ならびにIn23相の3相が生成していた。図1に、1200°CのIn23相(400)/β−GaInO3相(111)ピーク強度比のみを示した。
焼結温度1100°Cのターゲットを用いて成膜したところ、成膜中にアーク放電が頻発した。焼結温度1200°Cのターゲットを用いた場合でも、1100°Cほどではないが、アーク放電は多発した。すなわち、1100°Cならびに1200°Cで焼結した、密度が5.8g/cm3未満のターゲットを用いた場合、スパッタ成膜中にアーキングが多発してしまい、膜の破損や成膜速度の変動が大きい等の問題が生じるなど、安定した成膜ができない問題が生じた。得られた膜はX線回折による構造解析の結果、いずれも非晶質膜であった。図1に、これらの膜の諸特性を示した。
【0061】
(比較例6)
スパッタガス中の酸素の比率を6.0%に変更して、実施例8,9と同様の成膜を行った。実施例8,9と同様、得られた膜は非晶質膜であることが、X線回折によって確認された。図1に、この膜の諸特性を示した。
【0062】
(比較例7)
実施例10と同様の基板に、ITO(10wt%SnO2)ターゲットを用いて、酸素比率2.0%に変更した点を除けば、実施例2と同様の要領で室温にて成膜した。AFM(原子間力顕微鏡:Digital Instruments製Nanoscope III使用)によって膜の表面観察を行ったところ、非晶質中に10nm前後の突起状の結晶相が認められた。このITO膜付きフィルム基板で、実施例10と同様の直線摺動試験を行った。試験後に、目視および実体顕微鏡によって観察したところ、摺動部の白化ならびに膜の剥離、割れが認められた。
【0063】
「評価」
図1の実施例2,5〜9の結果から、主としてGa、InおよびOからなり、かつGa/(Ga+In)で表されるGaを49.1原子%以上65原子%以下含有する本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて製造された透明導電膜の特徴がわかる。すなわち、該膜は、仕事関数が5.1eV以上と高く、波長633nmにおける屈折率が1.65以上1.85以下と低く、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であって、算術平均高さ(Ra)が2.0nm以下の膜面が極めて平坦な、表示デバイスとして必要にして十分な特性を有する。
【0064】
同様に、実施例2,5〜9の結果から、主としてGa、InおよびOからなり、かつGa/(Ga+In)で表されるGaを49.1原子%以上65原子%以下含有する本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットの特徴がわかる。すなわち、次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、さらに密度が5.8g/cm3以上、比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であって、上記透明導電膜を得るために必要にして十分な特性を有する。
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
【0065】
特に、実施例2,5〜6から、密度が6.2g/cm3以上の透明導電膜製造用ターゲットを用いて、室温成膜を行った場合、仕事関数は5.2eV以上であり、かつ波長633nmにおける屈折率は、1.7以上1.8以下の範囲にあることがわかる。
【0066】
比較例1〜3から、Ga/(Ga+In)で表されるGaが49.1原子%以上65原子%以下とする本発明の透明導電膜の組成範囲をはずれた場合、本来の特徴が発揮されないことがわかる。すなわち、Gaが49.1原子%未満、もしくは65原子%を超えた場合には、仕事関数は5.1eV未満となり、屈折率は1.85を超えてしまう。
【0067】
また、比較例4,5から、上記定義の透明導電膜製造用焼結体ターゲットのX線ピーク強度比が45%を超えた場合、そのターゲットを用いて作製した膜は、上記組成範囲内であっても、仕事関数は5.1eV未満となり、屈折率は1.85を超えてしまう。
【0068】
比較例6から、過剰な酸素を導入して成膜した場合、比抵抗値が1.0×10-2〜1.0×10+8Ω・cmの範囲を超えた高い抵抗となってしまう。しかし、導電性を必要とせず、光学用途でのみ用いる場合、この膜は有用である。
【0069】
実施例10と比較例7の比較から、本発明の透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて製造される透明導電膜が、従来のITO膜と比較して、外部からの力学的作用に対して劣化しにくい膜であることが実証された。すなわち、本発明による透明導電膜製造用焼結体ターゲットを用いて作製した透明導電膜は、タッチパネルや電子ペーパーなどの表示デバイスに必要にして十分な特性を有することが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、密度が5.8g/cm3以上であることを特徴とする透明導電膜製造用焼結体ターゲット。
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)
【請求項2】
主としてGa、InおよびOからなり、Gaを全金属原子に対して49.1原子%以上65原子%以下含有し、主にβ−Ga23型構造のGaInO3相とビックスバイト型構造のIn23相と(Ga,In)23相から構成され、かつ次式(A)で定義されるX線回折ピーク強度比が15%以下であり、かつ、次式(B)で定義されるX線回折ピーク強度比が70%以下であり、密度が5.8g/cm3以上であることを特徴とする透明導電膜製造用焼結体ターゲット。
In23相(400)/β−GaInO3相(111)×100 [%] (A)

(Ga,In)23相による反射(2θ=28°近傍)/{In23相(400)
+β−GaInO3相(111)}×100 [%] (B)
【請求項3】
比抵抗値が9.0×10-1Ω・cm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の透明導電膜製造用焼結体ターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−195963(P2011−195963A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140979(P2011−140979)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【分割の表示】特願2006−48701(P2006−48701)の分割
【原出願日】平成18年2月24日(2006.2.24)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】