説明

遺伝子導入剤、核酸複合体及び遺伝子導入材料

【課題】遺伝子導入活性が高く、また細胞外へ排出され易い遺伝子導入剤を提供する。
【解決手段】分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、カチオン性ポリマーブロックとアニオン性ポリマーブロックとを有しており、該カチオン性ポリマーブロックの重合度がアニオン性ポリマーブロックの重合度よりも大きく、複数の分岐鎖が多価陽イオンを介して架橋されていることを特徴とする遺伝子導入剤。好ましくはN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるホモポリマーに対し、4−ビニル安息香酸などの酸性官能基を有したアニオン性モノマーをブロック重合させ、カルシウムイオン又はマグネシウムイオンで架橋させたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子導入剤と、この遺伝子導入剤を用いた核酸複合体及び遺伝子導入材料とに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
DNAを細胞中に運搬するための非ウイルス系ベクターとして、カチオン性のスター型ポリマーがWO2004/092388及び特開2007−70579に記載されている。
【特許文献1】WO2004/092388
【特許文献2】特開2007−70579
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
遺伝子治療を目指す場合には、生体内へのベクターの蓄積を防ぐ必要がある。なお、蓄積したベクターは補体C3aを活性化させ、免疫活性化、毒性、発ガンなどの要因になる可能性がある。また、In Vitroでも細胞内への残留は細胞機能に変化をきたす可能性がある。
【0005】
上記のスター型ポリマーは、分子量が大きいため、細胞内への蓄積や、代謝性が低いことが懸念される。
【0006】
本発明は、遺伝子導入活性が高く、また細胞外へ排除され易い遺伝子導入剤と、この遺伝子導入剤を用いた核酸複合体及び遺伝子導入材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、カチオン性ポリマーブロックとアニオン性ポリマーブロックとを有しており、該カチオン性ポリマーブロックの重合度がアニオン性ポリマーブロックの重合度よりも大きく、複数の分岐鎖が多価陽イオンを介して架橋されていることを特徴とするものである。
【0008】
なお、本発明でいうポリマーとは、モノマーの2量体などのオリゴマーも包含するものとする。
【0009】
上記アニオン性ポリマーブロックは、酸性官能基を有した側鎖を有することが好ましい。この酸性官能基としてはカルボキシル基が好適である。側鎖のpkaは1〜6程度であることが好ましい。
【0010】
前記ポリマー材料は、少なくともカチオン性モノマーと酸性官能基を有したアニオン性モノマーとの共重合ブロックを有する重合体であることが好ましい。
【0011】
アニオン性ポリマーブロックはポリカルボキシビニルベンゼン又はその誘導体が好適であり、特にアニオン性ポリマーブロックはポリカルボキシスチレン又はその誘導体が好適である。また、カチオン性ポリマーブロックの重合度はアニオン性ポリマーブロックの重合度の2〜100倍が好適である。
【0012】
多価陽イオンとしては多価金属イオンが好適であり、特にカルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンが好適である。
【0013】
このブロック共重合体は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにカチオン性モノマーと、酸性官能基を有したアニオン性モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることが好ましい。そして、複数のこの分岐型重合体同士が多価陽イオンを介して架橋されていることが好ましい。
【0014】
このN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が結合しているものが好ましい。
【0015】
アニオン性モノマーとしては、4−ビニル安息香酸が好適である。カチオン性モノマーはビニル系モノマーが好適である。
【0016】
このビニル系モノマーは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N−ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレートからなる群から選択される1種以上が好ましい。
【0017】
本発明の核酸複合体は、かかる本発明の遺伝子導入剤と核酸との複合体よりなるものである。
【0018】
本発明の遺伝子導入剤は、この核酸複合体を基材に担持させたものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明の遺伝子導入剤は、多価陽イオンによって架橋されたものである。本出願人らは特願2007−114339号にスター型ポリマーを光架橋することで遺伝子導入効率を非架橋体の数倍に向上させることができることを記載している。ただし、光架橋されたスター型ポリマーは高分子量化され、かつ、この架橋結合は不可逆的なものであり、遺伝子導入効率の向上と同時に細胞内、生体内への蓄積の可能性を合わせ持つものであった。本発明による遺伝子導入剤は、強酸性のエンドソーム内でイオン結合の破壊によって解離して、イオン複合体からの遺伝子を拡散を促進できるほか、ポリマー自体も低分子量化が進み、細胞外への排除が容易に行われる。すなわち、本発明の遺伝子導入剤は、DNAとの混合時、細胞への作用時である生理的pHにおいては、キレーションによる分子間架橋を維持しているが、細胞内へ取り込まれた後、強酸性のエンドソーム内では2価金属イオンのキレーションによる分子間結合は容易に解離し、架橋前のスター型ポリマーへ可逆的に戻ることができる。
【0020】
なお、アニオン性ブロック鎖がpKa=1〜6程度の酸性官能基を側鎖に有するものである場合、強酸性のエンドソーム内で疎水変性し、エンドソームからの脱出効率の向上をも期待することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、カチオン性ポリマーブロックとアニオン性ポリマーブロックとを有しており、該カチオン性ポリマーブロックの重合度がアニオン性ポリマーブロックの重合度よりも大きく、複数の分岐鎖が多価陽イオンを介して架橋されていることを特徴とするものである。好ましくは遺伝子導入剤は、該アニオン性ポリマーブロックは酸性官能基を有した側鎖を有する分岐型重合体が、複数個、多価陽イオンを介して架橋されたものである。
【0022】
上記の分岐型重合体としては、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくともカチオン性モノマーと酸性官能基を有したアニオン性モノマーとを光照射リビング重合させた分岐型重合体が好適である。
【0023】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0024】
N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとナトリウムN,N−ジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンである。
【0025】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン、中でも特にトルエンが好適である。
【0026】
このイニファターに重合させるカチオン性モノマーとしては、ビニル系モノマー、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等、とりわけビニル系モノマーが好適であり、具体的には3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH及び2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。
【0027】
酸性官能基としてはカルボキシル基が好適であり、酸性官能基を有したアニオン性モノマーとしては、カルボキシスチレン具体的には4−ビニル安息香酸(4−カルボキシスチレン)又は3,4−カルボキシスチレンなどのカルボキシビニルベンゼンが好適である。なお、カルボキシビニルベンゼンは置換基を有していてもよい。
【0028】
本発明の一態様では、イニファターに対し、まずカチオン性モノマーを重合させてカチオン性ホモポリマーを得、これに酸性官能基を有したアニオン性モノマーをブロック共重合させる。
【0029】
カチオン性ポリマーブロックの重合度はアニオン性ポリマーブロックの重合度の2〜100倍が好適である。
【0030】
イニファターと上記カチオン性モノマーとを反応させるには、イニファター及びモノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しモノマーが結合した反応生成物を生成させる。この溶液の溶媒としては、アルカン、アルケン、アロマチック、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、具体的にはベンゼン、トルエン、クロロホルム、四塩化炭素又は塩化メチレンが挙げられ、中でもトルエン又はクロロホルムが好適である。
【0031】
このモノマーの該原料溶液中の濃度は0.5M以上、例えば0.5〜2.5Mが好適である。イニファターの濃度は0.1〜100mM程度が好適である。
【0032】
照射する光の波長は300〜400nmが好適である。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜60分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1分〜30分程度が特に好適である。
【0033】
なお、この光照射工程(第1の光照射工程)の後にさらに第2の光照射工程を行ってもよい。すなわち、この反応生成物を含む溶液をアルコール、好ましくは上記モノマーのアルコール溶液で希釈する。このアルコールとしてはメタノール又はエタノール、特にメタノールが好適である。アルコール溶液中のモノマー濃度としては、終濃度として、100mM〜5M程度が好適である。
【0034】
上記第1の光照射工程からの反応生成物含有液1体積部に対し、このアルコール溶液5〜500体積部を添加するのが好ましい。
【0035】
このようにアルコール溶液で希釈した希釈液を、第2の光照射工程に供し、上記反応生成物に対しさらに上記モノマーを重合させる。この際の照射光源としては240〜400nmの波長の光を含むものであればよく、例えば低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光照射時間は10分〜120分程度が好適である。
【0036】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製して分岐型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを得る。
【0037】
このカチオン性ホモポリマーの分子量は分岐鎖の鎖数によるが、2,000〜500,000、特に2,000〜150,000、とりわけ2,000〜100,000程度が好ましい。
【0038】
このようにして生成した分岐型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーに対し、酸性官能基を有したアニオン性モノマーをブロック共重合させてカチオン性ポリマーブロック及びアニオン性ポリマーブロックを有した分岐型重合体とする。
【0039】
酸性官能基を有したアニオン性モノマーをブロック共重合させるには、上記のようにして合成したカチオン性分岐型重合体(ホモポリマー)をメタノール等の溶媒に溶解させ、これにアニオン性モノマーを混合し、光を照射して重合させればよい。この重合反応を開始する際の溶液中におけるカチオン性分岐型ホモポリマーの濃度は0.01〜10重量%程度が好適であり、アニオン性モノマーの濃度は0.3〜30重量%程度が好適である。光の照射条件は、光波長250〜400nm、照射時間1〜150分、照射強度100〜10,000μW/cm程度が好適である。
【0040】
本発明の別の一態様では、上記イニファターに対し、まず酸性官能基を有したアニオン性モノマーを重合させてアニオン性ホモポリマーを形成し、その後、このアニオン性ホモポリマーに上記ビニル系モノマーなどのカチオン性モノマーをブロック共重合させて遺伝子導入剤を得るようにしてもよい。
【0041】
本発明のさらに別の一態様では、モノマーとして、カチオン性モノマーと、アニオン性モノマーと、非イオン性モノマーとを用いる。イニファターに対する重合の順序は、任意である。即ち、1つの分岐鎖を構成するカチオン性ブロック、アニオン性モノマーのブロック、非イオン性ポリマーブロックの配列順序は任意である。
【0042】
非イオン性モノマーとしては、N,N−ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、ポリビニルピロリドンなどを用いることができる。非イオン性ポリマーブロックの分子量は、2,000〜500,000が好適である。
【0043】
この分岐型重合体の分子量は3,000〜600,000、特に3,000〜150,000であることが好ましい。
【0044】
本発明の遺伝子導入剤は、好ましくはpKa=3〜5程度の酸性官能基を側鎖に有するアニオン性ポリマーブロック(好ましくは4−ビニル安息香酸のポリマーブロック)をカチオン性ポリマーへ重合、好ましくはブロック重合した分岐型重合体を多価陽イオンで架橋したものである。
【0045】
この多価陽イオンとしては多価金属イオン特に2価の金属イオンとりわけカルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンが好適である。
【0046】
多価陽イオンを介して分岐型重合体同士を架橋させるには、多価陽イオン好ましくは多価陽イオンの塩の水溶液を分岐型重合体の水溶液に添加し、常温又は加温下で10〜60分程度撹拌するのが好ましい。この塩としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、りん酸塩、炭酸塩、カルボン酸塩などが好適であり、具体的には塩化カルシウム、塩化マグネシウムが好ましい。この塩の水溶液の濃度は通常は0.1wt%〜飽和濃度程度が好ましい。添加する塩の量は、分岐型重合体の酸性官能基の当量の0.1倍〜10倍程度が好ましい。
【0047】
架橋反応させた後は、水を透析液として透析処理し、未反応の塩や残留する酸根を除去するのが好ましい。
【0048】
このようにして生成したカチオン性ポリマーブロックを有した遺伝子導入剤(ベクター)が核酸を核酸含有複合体として包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0049】
この遺伝子導入剤は、強酸性のエンドソーム内でイオン結合の破壊によって解離して、イオン複合体からの遺伝子を拡散を促進できるほか、ポリマー自体も低分子量化が進み、細胞外への排除が容易に行われる。すなわち、DNAとの混合時、細胞への作用時である生理的pHにおいては、多価陽イオンのキレーションによる分子間架橋を維持しているが、細胞内へ取り込まれた後、強酸性のエンドソーム内ではこのキレーションによる分子間結合は容易に解離し、架橋前のスター型ポリマーへ可逆的に戻ることができる。
【0050】
なお、アニオン性ブロック鎖がpKa=1〜6程度のカルボキシル基などの酸性官能基を側鎖に有するものである場合、強酸性のエンドソーム内で疎水変性し、エンドソームからの脱出効率の向上をも期待することができる。
【0051】
本発明のベクターと核酸とを複合させるには、このベクターの濃度1〜1000μg/mL程度の分散液に対し、常温にて核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対してベクターを過剰量添加し、ベクターを核酸に対し飽和状態に核酸含有複合体として複合化させるのが好ましい。
【0052】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0053】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。また、上記のようなDNAの導入、遺伝子発現のみならず、細胞内のmRNAを破壊するRNA干渉をsiRNAの導入で行うことも可能である。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0054】
核酸含有複合体の粒径は50〜400nm程度が好適である。これよりも小さいと、核酸含有複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0055】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0056】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0057】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0058】
本発明のベクターを用いた核酸含有複合体は任意の方法で生体に投与することができる。
【0059】
当該投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0060】
この核酸含有複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0061】
また、この核酸含有複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0062】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0063】
この核酸含有複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【0064】
また、この核酸を複合した遺伝子導入剤の水溶液を基材に塗布などにより付着させ、必要に応じ乾燥させることにより、核酸を担持したポリマーのコーティング等が形成される。
【0065】
上記の核酸複合遺伝子導入剤を基材に付着させる場合、基材としてはシート状のものが好適である。このシート状基材の大きさは、方形の場合、一辺が1〜20mmであり他辺が1〜20mmであり厚さが0.05〜10mm程度であることが好ましい。円形又は楕円形の場合、径は1〜20mm程度が好ましい。基材の材料としては、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、シリコン樹脂、フッ素樹脂などの合成樹脂が好適である。この基材は多孔質であってもよい。
【0066】
この基材に対する核酸複合遺伝子導入剤の付着量は、基材表面1cm当り0.001〜10mg程度が好ましい。
【0067】
核酸複合遺伝子導入剤を担持させた基材よりなる遺伝子導入材料は、皮下組織、心筋組織、病変組織、病変血管を包囲するようにシート状基材を配置したり、カバードステントのフィルムへ塗布することによって生体内に配置したり、生体外面に粘着テープを用いて貼り付けたりするようにして用いられる。
【実施例】
【0068】
実施例1
i)イニファターの合成
下記反応式に従って、1,2,4,5−テトラキス(N−Nジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0069】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)1.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミル酸ナトリウム4.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下で室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、減圧乾燥後、クロロホルム200mLへ溶解し、150mLの水を加えて抽出分離し、臭化ナトリウムを除去した。この操作を3回繰り返した後、クロロホルム層を硫酸マグネシウムで24時間乾燥させて、濾過後、n−ヘキサンを加え、再結晶を行って精製し、白色の1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0070】
H NMR(in CDCl)の測定結果はδ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)となった。
【0071】
【化1】

【0072】
ii)光重合による4分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーの合成
下記反応式に従い、次のようにして、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAPAAmと記載することがある。)よりなるカチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0073】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(3−N,N−DMAPAAm)7.9gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で250nm−400nmの混合紫外線を20分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.500mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型ホモポリマーpDMAPAAmよりなるカチオン性ホモポリマーを得た(重合率40%)。分子量はGPCにより40,000(Mw/Mn=1.3)と測定された。
【0074】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)となった。
【0075】
【化2】

【0076】
iii)カチオン性ホモポリマーへの4−ビニル安息香酸のブロック共重合によるカチオン性/アニオン性分岐型重合体(4分岐型pDMAPAAm−b−pCS)の合成
下記反応式に従い、次のようにして、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)−ポリ(4−カルボキシスチレン)−ブロック−ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAPAAm−b−pCSと記すことがある。)の合成を行った。
【0077】
即ち、上記ii)で合成した4分岐型pDMAPAAmホモポリマー4.8mgを約50mLのメタノールへ溶解した。ガラス容器中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後に、同様に高純度窒素ガスでパージを行ったメタノールにて全量を48mLに調整した。溶液を3.5mL分取し、4−ビニル安息香酸1.0gを7mLのメタノールへ溶解した溶液3.5mLと混合した。ii)と同様の手法で光照射重合を行い、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行い、15mLの水へ溶解した後に水酸化ナトリウム0.1グラムを加えて3日間透析して精製し、テトラキス{N,N−ジエチルジチオカルバミル−ポリ(4−カルボキシルスチレン)−ブロック−ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル}ベンゼン(4分岐型pDMAPAAm−pCSブロックポリマー)を得た(重合率38%)。
【0078】
GPCによる分子量測定は、両イオン性の高分子化合物であることによってイオン排除・イオン吸着作用により正確には測定できなかった。示差屈折率計−紫外可視分光光度計のタンデム式検出システムにて、ポリマー分子の強いUV吸収が確認され、芳香環が導入されたことが示唆された。ブロック化前の溶出曲線において、吸光度と屈折率の曲線が重なるように軸スケールを調整したGPCチャートを図2に示す。図2の上側の曲線がii)のカチオン性ホモポリマーの溶出曲線であり、下側の曲線がiii)のカチオン性/アニオン性分岐型重合体の溶出曲線である。図2の通り、ブロック化後のUV吸収が跳ね上がっており、ブロック化によってポリマーに芳香環が導入されたことが分かる。
【0079】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−)、δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH)、δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N)、δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH)、δ7.4−7.8ppm(d,0.1H,3−,5−of Aromatic Ring)、(d,0.1H,2−,6−of Aromatic Ring)と測定された。以上より、4分岐型ポリマーのポリマー鎖に252個モノマー単位からなる3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのポリマーブロックと、19個モノマー単位からなる4−ビニル安息香酸のポリマーブロックが導入された4分岐型pDMAPAAm−pCSブロックポリマーが合成されたことが確認された。
【0080】
【化3】

【0081】
iv)架橋処理
4分岐型pDMAPAAm−pCSブロックポリマー0.4グラムを40mLの水へ溶解し、塩化カルシウム飽和溶液40mLを混合して24時間攪拌した後、水を透析液として3日間透析を行った。透析完了後に凍結乾燥を行って4分岐型pDMAPAAm−pCSブロックポリマーのカルシウムイオン架橋体を得た。図1(a)の通り、GPCによるピークの歪と高分子量側へのシフトが確認された。これより分子間に結合が形成されたことが示唆された。
【0082】
次に、このカルシウムイオン架橋体0.5グラムを1N塩酸50mLへ溶解し、60分間攪拌後、3日間水で透析処理を行った後に凍結乾燥を行った。
【0083】
塩酸で処理したカルシウムイオン架橋体のGPCチャートは、図1(b)の通り、架橋処理によって歪んだピーク形状及び高分子量側へのシフトが架橋前の元の溶出曲線に近づき、カルシウムイオン性架橋が酸性の環境下で可逆的に解離することが確認された。
【0084】
これによって、DNAとのイオン複合体形成及び細胞への作用の際(生理的pHにおいては)は架橋体を形成してスターポリマー架橋体の構造的優位性を発現し、細胞内のエンドソーム内(強酸性下)で解離し、架橋体よりも低分子量化され代謝や蓄積性に有利となることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】実施例の結果を示すGPCチャートである。
【図2】合成したポリマーのGPCチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、
該分岐鎖は、カチオン性ポリマーブロックとアニオン性ポリマーブロックとを有しており、
該カチオン性ポリマーブロックの重合度がアニオン性ポリマーブロックの重合度よりも大きく、
複数の分岐鎖が多価陽イオンを介して架橋されていることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項2】
請求項1において、該アニオン性ポリマーブロックは酸性官能基を有した側鎖を有することを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項3】
請求項2において、前記酸性官能基はカルボキシル基であり、側鎖のpkaが1〜6であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項4】
請求項3において、前記アニオン性ポリマーブロックはポリカルボキシビニルベンゼン又はその誘導体よりなることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項5】
請求項4において、前記アニオン性ポリマーブロックはポリカルボキシスチレン又はその誘導体よりなることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、前記カチオン性ポリマーブロックの重合度はアニオン性ポリマーブロックの重合度の2〜100倍であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記多価陽イオンは多価金属イオンであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項8】
請求項7において、該金属イオンはカルシウムイオン及びマグネシウムイオンの少なくとも一方であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記ポリマー材料は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも前記カチオン性モノマーとアニオン性モノマーとを光照射リビング重合させた分岐型重合体であり、
複数の分岐型重合体が前記多価陽イオンを介して架橋されていることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項10】
請求項9において、アニオン性モノマーが4−ビニル安息香酸であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項11】
請求項9又は10において、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が結合していることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項12】
請求項9ないし11のいずれか1項において、カチオン性モノマーがビニル系モノマーであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項13】
請求項12において、ビニル系モノマーが3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド及び2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項14】
請求項1ないし13のいずれか1項の遺伝子導入剤と核酸との複合体よりなることを特徴とする核酸複合体。
【請求項15】
請求項14の核酸複合体を基材に担持させてなる遺伝子導入材料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−57321(P2009−57321A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−226330(P2007−226330)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】