説明

配向酸化物膜の製造方法および配向酸化物膜、酸化物超電導体

【課題】任意の基板上に成膜され、基板から厚み方向に1750nm以内の領域で良好に配向した配向酸化物膜を提供する。
【解決手段】基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜を形成し、前記基板を加熱炉に設置し、加湿酸素含有ガス雰囲気下において磁場を印加しながら熱処理を施すことを特徴とする配向酸化物膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は配向酸化物膜の製造方法および配向酸化物膜、酸化物超電導体に関する。
【背景技術】
【0002】
配向酸化物を形成する手法は超電導分野や半導体分野などで行われている。しかし、半導体分野の配向層は成膜温度が概して400℃以下と低く、原子レベルでの配向層を作るものではない。また、一部に配向層が形成されていても大部分がランダム配向を示す層となっている。たとえば抵抗変化型ランダムアクセスメモリー(RRAM)に用いられるNiOも配向酸化物といわれている。しかし、NiO層を断面TEM観察すると、原子レベルの配向層が全面で均一に形成されているとはいえない。また、NiO層をXRD測定すると、観測ピークが弱く、原子レベルでの配向層が全面に形成されているとはいえない。RRAMにペロブスカイト構造のPr−Ca−Mn−O配向酸化物を用いることも知られている。この配向酸化物は超電導層形成技術を応用して成膜され、成膜温度は700℃以上と高く、かつ成膜圧力は常圧に比べて1E−8〜1E−9倍の高真空である。そして、これら材料は下地のSi単結晶の配向性やそれを熱酸化したSiO2の配向を利用するものである。
【0003】
一方、超電導層分野においては、配向を持たない基材上での配向層形成技術が開発されている。無配向の基材から原子レベルの配向層を形成する技術としてはion-beam-assisted deposition IBAD(非特許文献1)とrolling assisted biaxially-textured substrate RABiTS(非特許文献2)という2種類の手法が現在のところ中心になっている。
【0004】
IBADは1990年ごろに考案された手法であり、常圧に比べて7桁程度低い高真空中(4E−2Pa)でAr+イオンを斜め約55度の方角からアシスト照射し、同時に酸化物を堆積することにより、徐々に配向性を改善させて配向層を形成する技術である。この手法では金属基材としてHastelloy-C(登録商標)を用いているが、基本的にどのような基材でもよい。Ar+イオン照射によって原子レベルでの配向層形成の起源となるエネルギーが与えられる。
【0005】
この手法は高真空を用いるばかりでなく、配向酸化物膜の配向度を改善するまでに、かなりの厚さの酸化物中間層を堆積する必要がある。これは、初期に無配向基板の上に成膜された層の面内配向を徐々に改善させるためである。配向度を示すΔφが7度以下の配向酸化物層を実現する場合、まず1500nm(1.5μm)のIBAD層を堆積させて12度のΔφを実現し、その上部に更に配向性を改善しやすいCeO2層を250nm堆積させて7〜8度のΔφを実現し、その上に酸化物超電導膜を成膜する(非特許文献3)。このように、この方法では、無配向の金属基板上に合計1750nmの酸化物中間層を堆積して7度程度のΔφを実現していた。
【0006】
一方のRABiTS法は直接酸化物層を配向させる技術とは無関係ではある。ただし、酸化物配向層を形成する技術であるため、参考として紹介する。RABiTS法はNiベースの基材を圧延および熱処理により再結晶化させて配向度を改善し、その上に配向酸化物層を形成する技術である。金属基材の圧延などには真空プロセスが不要である。しかし、その上部に配向酸化物層を形成する際にPLD(パルスレーザー堆積)法を用いるため、大気圧に比べて約10桁も低い高真空(10E−6Torr)を必要とする。この手法は本質的に金属基材の配向技術であり、配向酸化物層を直接成膜する技術ではない。
【0007】
RABiTSで配向酸化物層を形成するには、中間層にCeO2などの酸化物層をPLD法により成膜する必要があり、その成膜条件も大気圧に比べて約9桁低い10E−5Torrである。酸化物中間層のΔφはRABiTS層に依存し、RABiTS層を高配向にすることにより配向酸化物層のΔφを小さくできる。ただし、配向酸化物層がたとえばペロブスカイト構造を持つYBa2Cu37-xの場合、Niとの格子整合性の制約から複数層の酸化物中間層を必要とし、金属基材上に200nmの酸化物中間層を介して目的の配向酸化物層を形成することになる。なおここで言う格子整合性とは、積層する物質と下地物質の格子定数の差異が7%以下であり、cube-on-cube成長可能であることを示している。また、この技術で配向酸化物層を成膜する場合、金属基材が延性展性を示すことが必要になる。このため、5%WドープのNiを使うことはできても、Hastelloy-C(登録商標)などの酸化耐性が強くて強度に優れた金属基材を使えないという課題がある。
【0008】
上記のようにこれまでのIBAD法やRABiTS法での酸化物配向層形成技術はかならず高真空を必要としていた。それに対して高真空を必要としない配向酸化物層形成技術が検討されている。原子レベルで酸化物層を配向させるには何らかの外力が必要となるが、その外力に磁場を用いる磁場配向技術が知られている。磁場配向技術には大別して3種類の技術がある。
【0009】
第1の技術(非特許文献4)は水溶液中に粒子を分散させて磁場を印加し、水を抜いてから焼結しておおむね酸化物層の方位が揃ったバルク体を形成する技術である。Al23などでその報告がなされている。その技術は焼結という現象を使っているために基本的に基板上に薄膜を形成することができず、薄膜を形成しようとしても空隙が多く、また熱膨張係数の違いから焼成時に剥離する。そのためこの手法では厚みが数mmを超えるバルク体のみが報告されている。そのバルク体もおおむね方位が揃った組織が塊として存在し、粒界に間隙が存在する。このように、この技術では格子マッチングが良好でない基板上に配向酸化物の薄膜を形成することはできない。
【0010】
第2の技術(非特許文献5)は溶融した金属酸化物を融点まで加熱し、10〜20Tという大きな磁場を印加して酸化物配向組織を得る手法である。たとえばYBa2Cu37-xを用いた例では融点(1020〜1040℃)にかなり近い1000℃まで加熱するため、熱擾乱が激しく内部の粒子が振動する。その振動を抑えて配向させるには10〜20Tというかなり強力な磁場が必要となる。また、ルツボ中で金属酸化物を溶融させるため、第1の技術と同様に基板上に薄膜を形成することができない。
【0011】
第3の技術(非特許文献6)は真空プロセスを用い、基材上に配向薄膜を成膜する技術である。磁場で酸化物を配向させるには、磁場を受けて自由に粒子が回転できる液相が必要であるとされている。固相では磁場の影響を受けても粒子が動くことは難しいためである。その液相をより低温で実現するために、YBa2Cu37-xに銀を添加し、常圧に比べて3桁程度低い圧力下で850℃まで加熱して酸化物を配向させる。しかし、この手法では無配向基板上に配向層を形成させることは難しい。実際に、配向基板上に酸化物層を成膜し、850℃で4〜8Tという大きな磁場を印加し、磁場なしの場合に比べて配向が改善したことが報告されている。
【0012】
なお上記の第1〜第3の技術とは無関係であるが、ゾルゲル法の一種であるMOD法(metal organic deposition法)でも磁場印加により配向酸化物層を形成した例はない。この手法における配向組織形成は、後述するTFA−MOD法以外は、全て固相成長である。そのために磁場を印加しても粒子が自由に動けるわけではなく、組織を形成する瞬間だけ磁場による外力が働くことになる。その時間は酸化物を配向させるには不十分であり、報告に値するほどの配向組織形成が実現できなかったためにこれまで報告例がなかったものと思われる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Yasuhiro Iijima, et al., IEEE Trans. Appl. Supercond. 11 (2001) 2816-2819.
【非特許文献2】Dominic F.Lee, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) L178-L180.
【非特許文献3】Takemi Muroga, et al., Physica C 412-414 (2004) 807-812.
【非特許文献4】鈴木 達、他、「セラミックス」、40巻、2005年、168頁
【非特許文献5】堀井 滋、他、「セラミックス」、40巻、2005年、178頁
【非特許文献6】淡路 智、他、「セラミックス」、40巻、2005年、173頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、任意の基板上に成膜され、基板から厚み方向に1750nm以内の領域で良好に配向した配向酸化物膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の一態様によれば、基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜を形成し、前記基板を加熱炉に設置し、加湿酸素含有ガス雰囲気下において磁場を印加しながら熱処理を施すことを特徴とする配向酸化物膜の製造方法が提供される。
【0016】
本発明の他の態様によれば、格子整合性がない基板上に成膜された酸化物膜であって、高分解能断面TEMにより観察される前記基板から厚み方向に1750nm以内の領域で配向領域が15%以上であることを特徴とする配向酸化物膜が提供される。
【0017】
さらに本発明の他の態様によれば、基材上に上記配向酸化物膜を形成したことを特徴とする酸化物超電導体が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、任意の基板上に成膜され、基板から厚み方向に1750nm以内の領域で良好に配向した配向領域を有する配向酸化物膜を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施形態に係る配向酸化物膜を製造するために用いられる加熱炉の構成図。
【図2】図1の加熱炉へのガス供給系を示す構成図。
【図3】本発明の実施形態におけるコーティング溶液調製のためのフローチャート。
【図4】本発明の実施形態における酸化物超電導体製造のためのフローチャート。
【図5】本発明の実施形態における仮焼時の温度プロファイルを示す図。
【図6】本発明の実施形態における本焼時の温度プロファイルを示す図。
【図7】実施例1においてYSZ基板上で磁場を印加せずに750℃で焼成して製造されたDyBCO膜のXRD測定結果を示す図。
【図8】実施例1においてYSZ基板上で1Tの磁場を印加しながら750℃で焼成して製造されたDyBCO膜のXRD測定結果を示す図。
【図9】実施例1においてLaAlO3基板上で磁場を印加せずに750℃で焼成して製造されたDyBCO膜のXRD測定結果を示す図。
【図10】実施例1において磁場を印加しながら750℃で焼成して製造されたDyBCO膜の配向度の改善を示すグラフ。
【図11】実施例1においてYSZ基板上で磁場を印加せずに750℃で焼成して製造されたDyBCO膜の高分解能TEM像。
【図12】実施例1においてYSZ基板上で1Tの磁場を印加しながら750℃で焼成して製造されたDyBCO膜の高分解能TEM像。
【図13】実施例1においてYSZ基板上で1Tの磁場を印加しながら750℃で焼成して製造されたDyBCO膜の図12とは別視野の高分解能TEM像。
【図14】実施例2において磁場を印加しながら800℃で焼成して製造されたDyBCO膜の配向度の改善を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
【0021】
本発明の実施態様によれば、基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜を形成し、基板を加熱炉に設置し、加湿酸素含有ガス雰囲気下において磁場を印加しながら熱処理を施して配向酸化物膜を製造する。
【0022】
本発明の実施態様においては、たとえばTFA(三フッ化酢酸塩)−MOD法により、基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜(後述する仮焼膜が相当する)を形成し、水蒸気で加湿した酸素含有ガス雰囲気下において熱処理を施し、酸化物の液相を生じさせる。このとき、磁場を印加することにより、酸化物粒子を配向させ、配向酸化物膜を製造する。
【0023】
図1は実施形態に係る配向酸化物膜を製造するために用いられる加熱炉の構成図である。炉心管11の周囲に、ヒーター12、冷却ジャケット13、および超電導マグネット14が配置されている。冷却ジャケット13は、超電導マグネット14が加熱により損傷を受けるのを防止する機能を有する。炉心管11内に、フッ素を含む酸化物前駆体の薄膜が成膜された基板を設置する。基板の支持部材としては、ボートを用いてもよいし、テーブルを用いてもよい。炉心管11には、ガス供給系(図1には図示せず)から、三方弁15の操作により、ドライライン16を通して乾燥ガスを供給することもできるし、加湿器17を備えた加湿ライン18を通して加湿ガスを供給することもできる。
【0024】
図2は図1の加熱炉へのガス供給系を示す構成図である。純酸素は、純酸素ボンベ21からニードルバルブ22、マスフローコントローラ23、三方弁15、ドライライン16を通して炉心管11に供給される。一方、混合ガス供給系として、1,000ppm酸素混合アルゴンガスボンベ24および純アルゴンガスボンベ26が設けられている。それぞれのガスボンベからマスフローコントローラ25、27により流量調整された酸素混合アルゴンガスは、三方弁15、加湿器17を経由して加湿され、加湿ライン18を通して炉心管11に供給される。
【0025】
基板の材料は限定されず、製造される配向酸化物膜との格子整合性(格子マッチング)のない基板を用いることができる。具体的には、金属基板、ガラス基板、単結晶酸化物基板などが挙げられる。
【0026】
基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜(後述する仮焼膜が相当する)を形成し、炉心管に加湿酸素含有ガスを供給して炉心管内の圧力を1〜760Torrに調整し、700℃以上850℃未満の温度で熱処理する。このとき、超電導マグネットにより試料に磁束密度4T未満の磁場を印加する。この熱処理により、酸化物の液相が生じ、これに磁場を印加することにより、酸化物粒子が配向して配向酸化物膜が成長する。
【0027】
本発明の実施形態によれば、常圧近傍で配向酸化物膜を製造でき、熱処理温度の低温化に伴い熱擾乱が少なくなるため、従来に比べ印加磁場を低減できる。また、条件が穏やかなので、再現性の向上も期待できる。
【0028】
ここで、配向酸化物膜とは酸化物のユニットセルが同一の軸方向に揃ったものを意味する。具体的には、高分解能断面TEMにより観察される基板から厚み方向に1750nm以内の領域で配向領域が15%以上である観察像が少なくとも確認できることを意味する。なおここで言う配向領域とは基板面に垂直な方位に前後7度の配向粒子(Δωが7度以下)が確認される領域を示しており、配向粒子はTEM観察においては手前方向に5度以下で並んでいないと(Δφが5度以下)観測できない。配向領域とはその部分のΔφが5度以下、Δωが7度以下の領域を示す。
【0029】
最良の条件で得られた配向領域は基板から60nm以下で80%にも達しており、基板から20nm以下の領域でも50%を占めることがわかっている。またTFA−MOD法で成膜された配向酸化物膜には、従来と同様、SIMS分析によって測定される残留フッ素量が3E+17〜1E+20atom/ccとなる特徴を有しており、フッ素による化学平衡を用いた痕跡ともなっている。
【0030】
本発明の実施形態において、配向酸化物膜がペロブスカイト構造を有するものであることが好ましい。ペロブスカイト構造を有する配向酸化物膜としては、LnBa2Cu37-x(ここで、LnはY,La,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,およびYbからなる群より選択される少なくとも1種の元素である)で表される超電導体が挙げられる。また、LuBa2Cu37-xのような非超電導の配向酸化物膜を製造することもできる。
【0031】
本発明の実施形態に係る配向酸化物膜は、配向度の高度化により、超電導薄膜および線材、コンデンサー、各種ガスセンサー、半導体積層構造など、金属基板上にナノ領域を挟んで配向酸化物膜を形成することが要求される分野への応用が可能である。特に、超電導薄膜は、基板上に中間層なしでの成膜できるという利点がある。コンデンサー応用では電極間距離を非常に小さくできるため従来にない大容量が得られるという利点がある。
【0032】
次に、例として、TFA−MOD法により超電導薄膜を製造する方法を説明する。図3はコーティング溶液調製のフローチャートであり、図4はコーティング溶液から超電導体成膜までのフローチャートである。
【0033】
まず、図3を参照して、金属酢酸塩をフルオロカルボン酸と反応させ、精製する工程を説明する。図3において、a1の金属酢酸塩とは、金属Lnを含む金属酢酸塩、酢酸バリウムおよび酢酸銅の総称として用いている。金属Lnは、Y,La,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,およびYbからなる群より選択される少なくとも1種の元素である。各々の酢酸塩を個別に調製した後、混合して溶液を得ることもでき、各溶液の混合時期は特に限定されない。金属Ln、バリウム、銅のモル比はおよそ1:2:3である。ただし、これらのモル比が1:2:3から10%程度ずれても、得られる超電導体の特性に致命的な影響が及ぶことはない。
【0034】
混合金属酢酸塩に対してa2のフルオロカルボン酸(a2)を混合して反応させ精製する。フルオロカルボン酸は、トリフルオロ酢酸(TFA)、ペンタフルオロプロピオン酸(PFP)、およびヘプタフルオロブタン酸(HFB)からなる群より選択される。ただし、酢酸バリウムはPFPまたはHFBとの反応により沈殿を生成するので、酢酸バリウムとPFPまたはHFBとの組み合わせは避けることが好ましい。他の酢酸塩との反応にPFPまたはHFBを用いる場合には、少なくとも酢酸バリウムはTFAと反応させて精製しておき、その後に他の酢酸塩の反応生成物と混合する。酢酸バリウムとTFAで溶液を調製する場合、途中で得られる精製物は半透明白色の粉末となるが、そのほかは図3に示す通常の手法と大差はない。トリフルオロ酢酸バリウムとその他のペンタフルオロプロピオン酸金属塩は濃度を一定以上にしたときに沈殿が生じなくなる。
【0035】
なお上記のフルオロカルボン酸は部分的にフッ素が水素に置換された物質を用いても大きな変化は見られない。ただ水素量が増大すると解離定数が小さくなり、未反応の酢酸塩が多量に残ることになるので、水素モル量は全フッ素量の10%程度以下が望ましい。フルオロカルボン酸にTFAを主としたもの、すなわち炭素数2のフルオロカルボン酸を用いる場合は沈殿を生じる物質がないため全ての酢酸塩を一度にイオン交換水に溶解・反応させることが可能である。TFA主体のフルオロカルボン酸内に部分的にフッ素が水素置換されたジフルオロ酢酸やモノフルオロ酢酸が合計10モル%程度の少量含まれる場合も超電導体の致命的特性低下は見られない。
【0036】
カルボン酸とフルオロカルボン酸はその化学的性質が著しく異なり、カルボン酸が弱酸であるのに対して、フルオロカルボン酸は非常に強い酸であることが知られている。これは酸が解離しイオンとなる時に対をなす酸素がマイナスに帯電しやすいか否かで決まるためである。フッ素のないカルボン酸では炭素に直結した水素が炭素を通して酸素に電子を供与するため解離時に酸素がマイナスに帯電しやすく、強力に水素と引き合うために解離定数は小さな値すなわち弱酸となる。一方、フルオロカルボン酸の場合は電気陰性度が酸素よりも強いフッ素が酸素の電子を炭素を経由して吸引するため、解離時に酸素が中性化し安定する。そのため水素イオンがイオン化したままの状態を維持しやすく強酸となる。このため例えば酢酸とトリフルオロ酢酸では解離定数が4桁も違うため、酢酸塩とトリフルオロ酢酸を混合した瞬間にほぼ全ての物質が置換すると考えられる。
【0037】
また、金属Lnを含む金属酢酸塩を炭素数3以上のフルオロカルボン酸、例えばペンタフルオロプロピオン酸と反応させた後、より炭素数の少ないフルオロカルボン酸基たとえばトリフルオロ酢酸基で置換してもよい。TFA−MOD法では仮焼時に炭素追い出し機構が作用し、有害な炭素は除去されやすいが、少量の炭素は残留する可能性があるためペンタフルオロプロピオン酸よりもトリフルオロ酢酸が望ましい物質である。より炭素数の小さなフルオロカルボン酸に置換しても溶解度などで問題となることはなく、むしろ溶解度は改善する。すなわち、全ての塩をトリフルオロ酢酸塩とした後に混合すれば任意の濃度で沈殿が生じることはない。
【0038】
酢酸塩とフルオロカルボン酸塩とを反応させた後に精製するが、この精製時にSolvent-Into-Gel(SIG)法を用いる。SIG法ではゲルに対して多量のメタノールを加えて、不純物(水と酢酸)を置換し、メタノールを敢えて取り込ませることにより不純物含有量が少ない粉末またはゲルを得る。このように粉末またはゲルを再びメタノールに溶解して高純度溶液を得るSIG法を用いることによって、TFA−MOD法に特に有害な水を1/20程度に低減することができる。
【0039】
次に、図4を参照して、複数の溶液を混合したコーティング溶液を調製し、このコーティング溶液を基材上に成膜してゲル膜を形成し、仮焼および本焼を行い、酸化物超電導体を得る工程を説明する。上述したように、コーティング溶液は、金属La、バリウムおよび銅のモル比がおよそ1:2:3になっている。このコーティング溶液を基板上に成膜してゲル膜を形成する。その後、仮焼(一次熱処理)および本焼(二次熱処理)、さらに純酸素アニールを行い、酸化物超電導体を得る。
【0040】
図5は熱処理(仮焼)温度プロファイルであり、図6は本焼熱処理プロファイルである。
【0041】
形成されたゲル膜は電気炉中にて仮焼を経ることにより金属酸化フッ化物からなる仮焼膜となる。図5に仮焼時の温度プロファイル(および雰囲気)の一例を示す。
【0042】
(1)時刻0からta1(熱処理開始から7分程度)の間に熱処理炉内の温度を室温から100℃まで急激に上昇させる。このとき熱処理炉内を常圧の乾燥した酸素雰囲気に置く。なお、この後の熱処理工程は全て常圧下で行うことができる。
【0043】
(2)時刻ta1になったとき熱処理炉内の雰囲気を加湿した常圧の純酸素雰囲気に変更する。そして、時刻ta1からta2(熱処理開始から42分程度)の間に熱処理炉内の温度を100℃から200℃に上昇する。このとき加湿した純酸素雰囲気を、例えば、湿度1.2%〜12.1%の範囲に設定する。上記の湿度は露点10℃および50℃に相当する。湿度は所定の温度の水に雰囲気ガス(酸素ガス)の気泡を通すことで調整できる。すなわち、水中を通過したときの気泡内の飽和水蒸気圧によって湿度が決まる。飽和水蒸気圧は温度によって決定される。湿度の露点相当温度を室温よりも低く設定するにはガスを分流して一部のみ水に雰囲気ガスの気泡を通した後に混合する。なおこの加湿は主に最も昇華しやすいフルオロ酢酸銅の部分加水分解を行うことによりオリゴマーとし、見掛けの分子量を上げて昇華を防止することにある。フルオロ酢酸がトリフルオロ酢酸の場合には、下記のように加水分解が行われ、銅塩の両端のFとH原子で水素結合を作り、4〜5分子がつながることによりみかけの分子量が増大するため昇華が抑制される。
CF3COO-Cu-OCOCF3 + H2O → CF3COO-Cu-H + CF3COOH↑。
【0044】
(3)時刻ta2からta3(4時間10分から16時間40分程度)の間に炉内の温度を200℃から250℃に緩やかに上昇させる。緩やかに上昇させるのは部分加水分解された塩が急激な反応により燃焼し炭素成分が残ることを防止するためである。長時間の分解反応により塩の共有結合部が開き、一時的に金属原子と酸素の結合(Y−O,Ba−O,Cu−O)または金属酸化物(Y23、BaO、CuO)が形成され、YとBaに関してはフッ素置換が起こり、酸素フッ素との不定比化合物を形成する。この状態で徐々に反応が進み温度が保持されるため、単一物質であるCuOのみが粒成長して数十nmのナノ微結晶となる。フッ素と酸素が不定比のYおよびBa成分は粒成長できずにアモルファスとなる。
【0045】
(4)時刻ta3からta4およびta4からta5(この間2時間程度)の間に熱処理炉内の温度を250℃から400℃まで上昇させる。時刻ta2からta3の間に分解した不要な有機物が水素結合などで膜中に残存している。この工程では、不要な有機物を加熱により除去する。
【0046】
(5)時刻ta5以降はガスを流しながら炉冷を行う工程である。
【0047】
このようにして得られた仮焼膜は、電気炉中で本焼熱処理と純酸素アニールを経て超電導体となる。図6に本焼時の温度プロファイル(および雰囲気)の一例を示す。
【0048】
(6)時刻0からtb1(熱処理開始から7分程度)の間に熱処理炉内の温度を室温から100℃まで急激に上昇させる。このとき熱処理炉内を常圧の酸素混合アルゴンガス雰囲気中に置く。この時の酸素濃度は焼成を行う超電導体の金属種や焼成温度により最適濃度が決まる。たとえば、Y系(YBa2Cu37-x)の最適焼成条件は、800℃焼成の場合の酸素分圧は1000ppmであり、温度を25℃低下させるたびに酸素濃度をほぼ半減させるのが好ましい。なお、この後の熱処理工程は全て常圧下で行うことができる。
【0049】
(7)時刻tb1からtb2(33分間から37分間程度、最高到達温度まで20℃毎分程度で加熱)およびtb2からtb3(5分程度)で熱処理炉内温度を750℃〜825℃の熱処理最高温度まで上昇させる。時刻tb1において、仮焼時と同様の方法で、乾燥ガスを加湿する。このときの加湿量は1.2%(露点10℃)から30.7%(露点70℃)まで広い範囲で選択できる。加湿量を増大させると反応速度が増大する。その増加量は0.5乗と見積もられている。tb2からtb3で昇温速度を小さくするのはtb3において電気炉温度の行き過ぎを小さくするためである。温度650℃程度で仮焼膜と水蒸気で膜内部に疑似液相形成が始まり、膜内部にそのネットワークが形成される。
【0050】
(8)時刻tb3からtb4(45分から3時間40分程度、この時間は最高温度と最終膜厚に依存し温度が低く膜厚が厚いときに最長となる)の間に疑似液相ネットワークからLnBa2Cu36が基板上に順次形成され、同時にHFガスなどが放出される。このときの簡略化された化学反応は以下のように記述される。本発明の実施形態においては、少なくともこの段階で磁場を印加する。
【0051】
(Ln-O-F:アモルファス) + H2O → Ln2O3 + HF↑
(Ba-O-F:アモルファス) + H2O → BaO + HF↑
(1/2)Ln2O3 + 2BaO + 3CuO → LnBa2Cu3O6
(9)時刻tb4からガスを乾燥ガスに切り替える。tb4までに形成された酸化物LnBa2Cu36は800℃付近の高温では水蒸気に安定であるが、600℃付近では水蒸気により分解してしまうため乾燥ガスに切り替える。
【0052】
(10)時刻tb4からtb5(10分間程度)に引き続き、時刻tb5からtb6(2時間から3時間30分程度)に至るまで熱処理炉内の温度を下げ続ける。この間、形成された酸化物に変化はない。
【0053】
(11)時刻tb6でガスを酸素混合アルゴンガスから乾燥純酸素ガスへ切り替える。この純酸素アニールにより、LnBa2Cu36は、LnBa2Cu37-x(x=0.07)となり超電導体が得られる。この純酸素切り替え温度は金属Lnにより異なる。
【0054】
なお、本発明の実施形態においては、加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成開始から酸素アニール終了までの間に磁場を印加することが好ましい。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上にDyBa2Cu37-x(以下、DyBCOと略す)の超電導酸化物膜を製造する例を説明する。YSZ基板とDyBCO膜とは互いに格子整合性(格子マッチング)がない。
【0056】
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてDy(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0057】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0058】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で1.52Mのコーティング溶液Aを得た。
【0059】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Aを加速時間0.4秒、回転速度4,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、2枚の仮焼膜Fm1Ac(calcined)、Fm1Bcを得た。図1および図2に示す装置を用い、試料を図1の炉心管中心部に設置した。図6に示すように、4.2%加湿250ppm酸素混合アルゴン雰囲気下において750℃で焼成し、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。磁場を印加せずに本焼して得られた膜をFm1Af(fired)、磁束密度1Tの磁場を印加しながら本焼して得られた膜をFm1Bfという。
【0060】
図7および図8に、Fm1AfおよびFm1Bfについて薄膜X線回折法(2θ−ω)により相同定を行った結果を示す。
【0061】
図7は磁場を印加せずに本焼して得られた膜Fm1Afの結果である。YSZ基板の強いピーク以外に、DyBa2Cu37-x(以下、DyBCO)(00n)の弱いピークが検出されている。これはYSZ基板とDyBCOが格子マッチしないため、YSZ基板上に無配向に近い膜が形成されているためである。36度付近の強いピークはYSZ基板に帰属する。7度付近、23度付近、38度付近、46度付近の弱いピークはDyBCO(00n)に帰属する。DyBCO(00n)のそれぞれのピーク強度は、YSZ基板の(200)のピーク強度との相対比で4桁ほど低い。これは、格子マッチしない基板上に形成されたDyBCO粒子がランダムな方向を向いているためピーク強度が弱くなっていると考えられる。
【0062】
参考として、単結晶基板としてYSZ基板の代わりにLaAlO3の(100)配向単結晶基板を用い、LaAlO3基板上にコーティング溶液Aをスピンコートし、仮焼および本焼を行った。得られた膜をFm1Cfという。LaAlO3の(100)配向単結晶基板はDyBCOとの格子マッチングが良好である。図9に、Fm1Cfの結晶相を薄膜X線回折法(2θ−ω)により同定した結果を示す。図9は典型的な高特性DyBCO超電導体のXRD測定結果を示しており、(001)、(003)、(005)、(006)ピーク強度が強い。具体的には、膜厚0.15μmのDyBCOのピーク強度は、LaAlO3基板のピーク強度に対して約25%となっている。この結果から、DyBCOが強く2軸配向しており、酸素アニールによって酸素数が6.93に調整され、良好な超電導特性が得られることを示している。なお、酸素アニール前のDyBCOは酸素数が6.0であり、超電導特性を示さない酸化物である。
【0063】
図8は1Tの磁場を印加しながら本焼して得られた膜Fm1Bfの結果である。図8では、図7と比較して、それぞれの結晶相のピーク強度が強くなっていることがわかる。これは、TFA−MOD法における本焼時に液相が生じ、1Tの磁場を印加したことにより、磁気異方性を有する酸化物のc軸を基板に垂直な方向に向けるような力が働き、その状態で結晶成長が起きたためであると考えられる。
【0064】
DyBCOは核生成および成長の時点ではDyBa2Cu36の酸化物であり、正方晶構造を持つ。一般に酸化物は金属と酸素の配置が結晶軸により異なれば磁化率に異方性を持つことになる。DyBCOの場合はc軸方向の磁化率がa軸およびb軸方向の磁化率よりも大きいことが報告されており、磁場を印加することにより液相中で自由に回転できるユニットのc軸方向が磁場の方向に揃うと考えられる。
【0065】
磁場によるDyBCOの配向度の改善は、図8のピーク強度を図7のピーク強度と比較することによって評価することができる。図10に両者のピーク強度を比較して示す。図10において、横軸は磁場、縦軸はDyBCO(Dy123と表記)の(001)および(003)のピーク強度の基板のピーク強度に対する相対強度である。「基準」と表示した磁場を印加せずに成長させた膜(図7)に比べ、磁場を印加した成長させた膜(図8)は、(001)および(003)のピーク強度がそれぞれ2.94倍および4.70倍に改善されていることがわかる。この値は小さな改善に見えるが、この条件では磁場による酸化物の捕捉度合いが小さいため、成長した粒子には面内で大きなゆれがあることが想定され、XRD測定でのピーク強度改善が小さく出ているものと考えられる。
【0066】
磁場によって粒子の面内配向が±1度以下に収まらないと、XRD回折強度は改善しない。磁場による粒子の配向度の改善具合を調査するため、高分解能TEM観察を行った。
【0067】
図11は磁場を印加せずに成長させることにより得られたDyBCO膜(Fm1Af)の高分解能TEM像である。倍率は200万倍であり、原子像の直接観察が可能である。図の下側の色の濃い部分がYSZ単結晶基板であり、上側の色の薄い部分がDyBCO酸化物である。YSZとDyBCOとの界面が乱れて見えるが、これは試料の成膜時に空隙が生じたためであり、本質的に反応などが起きて界面が乱れたものではないと考えられる。
【0068】
図11のDyBCO領域に示した直線に垂直な方向がc軸方向である。DyBCO領域には、一部にc軸が基板に垂直な方向に向いている部分も見られるが、c軸が基板に垂直ではない方向に向いている部分が多く存在することが確認できる。これは、YSZとDyBCOとの格子マッチングが不良なため、DyBCO粒子がランダムな方向に成長したことを示している。YSZ上のDyBCO成膜はおおよそ文献での報告どおりである。このように、YSZ基板上のDyBCO粒子がランダムな方向に成長していることが、XRD測定におけるピーク強度が弱い原因になっていることを示している。
【0069】
また、図11から、基板との界面から厚み方向に60nm以内の配向領域(高分解能TEMで基板垂直方向から7度以内、すなわちΔωが7度以内の方位に揃った領域。なお配向粒子が確認できる部分は回折の関係からΔφが5度以内である。)は10%しかなく、基板から20nm以内では8%しかない。格子マッチしない条件でランダムな配向が基本的に起きている系でもこの程度の配向領域が確認できるが、全てのTEM観察視野での平均で配向領域が15%を越える部分は観測できなかった。
【0070】
図12は1Tの磁場を印加しながら成長させることにより得られたDyBCO膜(Fm1Bf)の高分解能TEM像である。図12でも図11と同じく、下側の色の濃い部分がYSZ単結晶基板であり、上側の色の薄い部分がDyBCO酸化物である。
【0071】
図12から、基板にほぼ垂直な方向にDyBCO粒子のc軸が配向している部分が多いことがわかる。YSZ基板直上ではアモルファス領域が確認されるが、20nm以下の領域では配向領域が50%に達し、60nm以下では配向領域が80%に達していることがわかる。なおフッ素が関与する化学平衡と磁場を組み合わせて本発明においてのみ、初めて格子マッチしない基板上に配向領域が、基板から60nm以下で15%を超えており、基板付近の20nmの領域で15%を超えることがわかった。
【0072】
図12から、YSZ基板から厚み方向に20nmの位置で既にDyBCO粒子のc軸が基板にほぼ垂直な方向に配向した部分が多く、それより上部ではDyBCO粒子のc軸が基板にほぼ垂直な方向に配向した部分がより多いことが確認されている。ただし、DyBCO粒子のc軸は基板にほぼ垂直な方向に並んでいるが、垂直方向に対して1度以上のずれも見られる。このことが原因となって、XRD測定によるピーク強度が弱くなったと考えられる。
【0073】
図13は1Tの磁場を印加しながら成長させることにより得られたDyBCO膜(Fm1Bf)について、図12とは別視野で観察した高分解能TEM像である。この観察は、図12の構造が特定の視野にだけ見られる構造でないことを確認するために行ったものである。図13では、YSZ基板から厚み方向に10〜20nmの領域では配向がよくない粒子が並んでいるが、基板から20nm以内に配向領域が15%以上存在することが確認できる。このように、互いに格子マッチングが不良な酸化物基板上に別の酸化物を成膜した場合に、20nm以下の厚み位置で急激に配向性が改善した例はこれまで報告されていない。IBAD法ではYSZ層とCeO2層を合計1750nmより厚く成膜してはじめてΔφを7度、すなわちここで言う配向領域が得られることがわかっている。これに対して、本実施例では、図12および図13に示すように、20nmという1750nmに比べてはるかに基板に近い位置で、配向領域を15%以上とすることができることがわかった。
【0074】
次に、Fm1AfおよびFm1BfについてSIMS測定を表面から深さ方向に行った。バックグラウンドが1E+17atom/ccであるのに対し、Fm1AfおよびFm1Bfともに残留フッ素量は表面近傍で5E+19であり、表面から深さ方向に向けて残留フッ素量が減少し、3E+18atom/ccになっていた。
【0075】
この残留フッ素量はTFA−MOD法で成膜された膜に独特の痕跡である。すなわち、通常のMOD法ではフッ素成分を用いておらず、MOCVD法でもフッ素成分を用いておらず、PLD法でも残留フッ素成分はバックグラウンドレベルとなる。なお、EB法でBaF2を用いた場合には残留フッ素成分が上記と同程度になることがわかっている。
【0076】
(実施例2)
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてDy(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0077】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0078】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で1.52Mのコーティング溶液Bを得た。
【0079】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Bを加速時間0.4秒、回転速度4,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、2枚の仮焼膜Fm2Ac、Fm2Bcを得た。図1および図2に示す装置を用い、試料を図1の炉心管中心部に設置した。図6に示すように、4.2%加湿1,000ppm酸素混合アルゴン雰囲気下において800℃で焼成し、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。磁場を印加せずに本焼して得られた膜をFm2Af、磁束密度1Tの磁場を印加しながら本焼して得られた膜をFm2Bfという。
【0080】
Fm2AfおよびFm2Bfについて薄膜X線回折法(2θ−ω)により相同定を行った。図14に、実施例1と同様に、両者のピーク強度を比較して示す。この図でも、DyBCO(00n)のそれぞれのピーク強度をYSZ基板の(200)のピーク強度との相対比で表している。図14の結果を図10の結果と比較すると、かなりピーク強度が強くなっていることがわかる。これは焼成温度が高く、DyBCOの結晶性が改善したためであると考えられる。一方、図14では磁場印加によるピーク強度の改善は、図10の結果に比べて相対的に小さく、(001)および(003)のピーク強度の改善効果は最高で1.86倍であった。
【0081】
なお、図14では(001)および(003)のピーク強度が強くなっているが、それでも格子マッチングの良好な基板上に成膜された膜のピーク強度と比較すると最高でも1/100以下である。このため製造された膜には、ランダムに配向したDyBCO粒子と、磁場の印加により基板に垂直方向に配向したDyBCO粒子とが含まれると考えられる。
【0082】
磁場による膜の内部構造への影響を調査するため、(006)面に照準を合わせたロッキングカーブ測定を行った。Fm2AfのΔωは1.86度とやや広かったが、Fm2BfのΔωは1.42度であった。磁場の影響により隣接する粒子が捕捉されながら結晶成長するため、Δωが小さくなったものと思われる。
【0083】
磁場を印加せずに得られた膜Fm2Afおよび磁場を印加して得られた膜Fm2Bfについて高分解能TEM観察を行った。Fm2Afではランダム配向した組織が観測され、基板から200nmの領域での配向領域は10%以下であることがわかった。一方、Fm2Bfでは配向領域が全面積の15%以上であった。実施例1で説明したのと同様に、TFA−MOD法における焼成時に液相が生じ、磁場の影響によりYSZ基板上でも配向組織が得られたと考えられる。また、実施例1と同様に、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置から配向領域が形成されていることがわかった。
【0084】
(実施例3)
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてY(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0085】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0086】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で1.52Mのコーティング溶液Cを得た。
【0087】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Cを加速時間0.4秒、回転速度4,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、12枚の仮焼膜を得た。
【0088】
このうち6枚の仮焼膜Fm3Ac、Fm3Bc、Fm3Cc、Fm3Dc、Fm3Ec、Fm3Fcの各々を、図1および図2に示す装置の炉心管中心部に設置し、種々の条件の4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成開始から酸素アニール終了まで1Tの磁場を印加しながら本焼を行った。4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成時の酸素分圧と焼成温度は以下の通りである。
【0089】
Fm3Ac 1,000ppm酸素 850℃
Fm3Bc 1,000ppm酸素 820℃
Fm3Cc 1,000ppm酸素 800℃
Fm3Dc 500ppm酸素 775℃
Fm3Ec 250ppm酸素 750℃
Fm3Fc 125ppm酸素 750℃。
【0090】
その後、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。得られた膜をFm3Af、Fm3Bf、Fm3Cf、Fm3Df、Fm3Ef、Fm3Ffという。
【0091】
残りの6枚の仮焼膜Fm3Gc、Fm3Hc、Fm3Ic、Fm3Jc、Fm3Kc、Fm3Lcの各々を、図1および図2に示す装置の炉心管中心部に設置し、磁場を印加しない以外は上記と同一の条件で本焼を行った。4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成時の酸素分圧と焼成温度は以下の通りである。
【0092】
Fm3Gc 1,000ppm酸素 850℃
Fm3Hc 1,000ppm酸素 820℃
Fm3Ic 1,000ppm酸素 800℃
Fm3Jc 500ppm酸素 775℃
Fm3Kc 250ppm酸素 750℃
Fm3Lc 125ppm酸素 750℃。
【0093】
その後、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。得られた膜をFm3Gf、Fm3Hf、Fm3If、Fm3Jf、Fm3Kf、Fm3Lfという。
【0094】
12枚の膜について薄膜X線回折法により相同定を行い、磁場を印加して得られた膜と磁場を印加せずに得られた膜とで比較を行った。いずれの焼成条件を用いた場合でも、磁場を印加しながら本焼して得られた膜は、磁場を印加せずに本焼して得られた膜と対比して、(001)および(003)のピーク強度が改善し、最高で3.24倍になった。
【0095】
磁場を印加して得られた膜Fm3Cf、Fm3Ef、Fm3Ffと、磁場を印加せずに得られた膜Fm3If、Fm3Kf、Fm3Lfについて高分解能TEM観察を行った。磁場を印加せずに得られた膜Fm3If、Fm3Kf、Fm3Lfではランダム配向した組織が観測され、基板から150nm以下での配向領域は10%以下であった。これに対して、磁場を印加して得られた膜Fm3Cf、Fm3Ef、Fm3Ffでは基板から150nmにおいても、基板から20nmにおいても配向領域が15%を超える像が確認された。実施例1で説明したのと同様に、TFA−MOD法における焼成時に液相が生じ、磁場の影響によりYSZ基板上でも配向組織が得られたと考えられる。また、実施例1と同様に、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置で配向組織が形成されていることがわかった。さらに、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置より上方では配向領域が15%を超すことが確認された。
【0096】
(実施例4)
本実施例では超電導体ではない酸化物膜であるLuBa2Cu37-xを製造する方法を説明する。なお、その製造方法は、実施例1〜3で説明した超電導体の製造方法と同様である。
【0097】
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてLu(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0098】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0099】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で0.56Mのコーティング溶液Dを得た。
【0100】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Dを加速時間0.4秒、回転速度4,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、4枚の仮焼膜Fm4Ac、Fm4Bc、Fm4Cc、Fm4Dcを得た。
【0101】
4枚の仮焼膜Fm4Ac、Fm4Bc、Fm4Cc、Fm4Dcの各々を、図1および図2に示す装置の炉心管中心部に設置し、種々の条件で本焼を行った。4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成時の酸素分圧と焼成温度と印加磁場は以下のとおりである。
【0102】
Fm4Ac 2,000ppm酸素 800℃ 1T
Fm4Bc 2,000ppm酸素 800℃ 0T
Fm4Cc 500ppm酸素 750℃ 1T
Fm4Dc 500ppm酸素 750℃ 0T。
【0103】
その後、500℃以下で乾燥純酸素を導入し、475℃で保持して純酸素アニールを行った。Fm4AcおよびFm4Ccは、4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成開始から酸素アニール終了まで1Tの磁場を印加した。得られた膜をFm4Af、Fm4Bf、Fm4Cf、Fm4Dfという。
【0104】
4枚の膜について薄膜X線回折法により相同定を行い、磁場を印加して得られた膜と磁場を印加せずに得られた膜とで比較を行った。いずれの焼成条件を用いた場合でも、磁場を印加しながら本焼して得られた膜は、磁場を印加せずに本焼して得られた膜と対比して、(001)および(003)のピーク強度が改善し、最高で2.56倍になった。
【0105】
磁場を印加して得られた膜Fm4Af、Fm4Cfと、磁場を印加せずに得られた膜Fm4Bf、Fm4Dfについて高分解能TEM観察を行った。磁場を印加せずに得られた膜Fm4Bf、Fm4Dfではランダム配向した組織が観測され、基板から全膜厚に相当する150nm以内において配向領域は10%以下であった。これに対して、磁場を印加して得られた膜Fm4Af、Fm4Cfでは基板から150nmの領域で配向領域が15%以上であった。実施例1で説明したのと同様に、TFA−MOD法における焼成時に液相が生じ、磁場の影響によりYSZ基板上でも配向組織が得られたと考えられる。また、実施例1と同様に、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置で配向組織が形成されていることがわかった。また、実施例1と同様に、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置で配向組織が形成されていることがわかった。さらに、YSZ基板から厚み方向に10nmの位置より上方の全膜厚(150〜200nm)にわたって、配向領域が15%以上存在することがわかった。
【0106】
(実施例5)
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてY(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0107】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0108】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で2.76Mのコーティング溶液Eを得た。
【0109】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Eを加速時間0.4秒、回転速度4,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、2枚の仮焼膜Fm5Ac、Fm5Bcを得た。
【0110】
2枚の仮焼膜Fm5Ac、Fm5Bcの各々を、図1および図2に示す装置の炉心管中心部に設置し、以下の条件で本焼を行った。4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成時の酸素分圧と焼成温度と印加磁場は以下のとおりである。
【0111】
Fm5Ac 250ppm酸素 750℃ 0T
Fm5Bc 250ppm酸素 750℃ 1T
その後、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。Fm5Bcは、4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成開始から酸素アニール終了まで1Tの磁場を印加した。得られた膜をFm5Af、Fm5Bfという。
【0112】
磁場を印加せずに得られた膜Fm5Afと、磁場を印加して得られた膜Fm5Bfについて高分解能TEM観察を行った。磁場を印加せずに得られた膜Fm5Afでは全膜厚(300nm)にわたって配向領域が10%を超えることはなかった。なお視野は幅200nm、高さ100nmの領域である。これに対して、磁場を印加して得られた膜Fm5BfではYSZ基板から20nmの厚み位置で配向領域が15%以上であった。また、YSZ基板から厚み方向に20nmの位置より上方の全膜厚(300nm)にわたって、配向領域が15%を超えて存在していた。
【0113】
(実施例6)
図3に示すフローチャートに従ってコーティング溶液を調製した。金属酢酸塩としてY(OCOCH33、Ba(OCOCH32、およびCu(OCOCH32の水和物粉末を各々イオン交換水中に溶解して溶液を調製した。各溶液に、金属酢酸塩と等モル量のCF3COOHを混合して攪拌した。3種の溶液を、金属イオンのモル比が1:2:3となるように混合して混合溶液を得た。得られた混合溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0114】
得られたゲルまたはゾルを、その約100倍の重量に相当するメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のf)。この溶液をナス型フラスコ中に入れ、ロータリーエバポレータを用いて再び減圧下で反応および精製を12時間行い、半透明青色のゲルまたはゾルを得た。
【0115】
得られたゲルまたはゾルをメタノールに溶解して溶液を調製した(図3のj)。この溶液を、メスフラスコを用いて希釈し、金属イオン換算で2.76Mのコーティング溶液Fを得た。
【0116】
図4に示すフローチャートに従い、図5に示す温度プロファイルで仮焼を行い、図6に示す温度プロファイルで本焼を行って超電導体を作製した。9%−Y23添加ZrO2(以下、YSZと略す)の(100)配向単結晶基板上に、コーティング溶液Fを加速時間0.2秒、回転速度2,000rpm、保持時間150秒の条件でスピンコートした。図5に示すように、4.2%加湿純酸素雰囲気下において200から250℃まで11時間43分熱処理して、2枚の仮焼膜Fm6Ac、Fm6Bcを得た。
【0117】
2枚の仮焼膜Fm6Ac、Fm6Bcの各々を、図1および図2に示す装置の炉心管中心部に設置し、以下の条件で本焼を行った。4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成時の酸素分圧と焼成温度と印加磁場は以下のとおりである。
【0118】
Fm6Ac 250ppm酸素 750℃ 0T
Fm6Bc 250ppm酸素 750℃ 1T
その後、525℃以下で乾燥純酸素を導入し、450℃で保持して純酸素アニールを行った。Fm6Bcは、4.2%加湿酸素混合アルゴン雰囲気下での焼成開始から酸素アニール終了まで1Tの磁場を印加した。得られた膜をFm6Af、Fm6Bfという。
【0119】
磁場を印加せずに得られた膜Fm6Afと、磁場を印加して得られた膜Fm6Bfについて高分解能TEM観察を行った。磁場を印加せずに得られた膜Fm6Afでは全膜厚(430nm)にわたって配向領域が10%を超えることは無かった。視野は200nm幅と100nm厚みである。これに対して、磁場を印加して得られた膜Fm6BfではYSZ基板から20nmの厚み位置で配向領域が15%であり、おおむね50%のものが多く観測された。また、YSZ基板から厚み方向に20nmの位置より上方の全膜厚(430nm)にわたって、配向領域が15%である部分が観測されていた。
【符号の説明】
【0120】
11…炉心管、12…ヒーター、13…冷却ジャケット、14…超電導マグネット、15…三方弁、16…ドライライン、17…加湿器、18…加湿ライン、21…純酸素ボンベ、22…ニードルバルブ、24…酸素混合アルゴンガスボンベ、26…純アルゴンガスボンベ、23、25、27…マスフローコントローラ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上にフッ素を含む酸化物前駆体の薄膜を形成し、前記基板を加熱炉に設置し、加湿酸素含有ガス雰囲気下において磁場を印加しながら熱処理を施すことを特徴とする配向酸化物膜の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理温度が850℃未満であることを特徴とする請求項1に記載の配向酸化物膜の製造方法。
【請求項3】
前記配向酸化物膜がペロブスカイト構造を有することを特徴とする請求項1に記載の配向酸化物膜の製造方法。
【請求項4】
前記ペロブスカイト構造を有する配向酸化物膜が、LnBa2Cu37-x(ここで、LnはY,La,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,およびYbからなる群より選択される少なくとも1種の元素である)で表される超電導体からなることを特徴とする請求項3に記載の配向酸化物膜の製造方法。
【請求項5】
格子整合性がない基板上に成膜された酸化物膜であって、高分解能断面TEMにより観察される前記基板から厚み方向に1750nm以内の領域で配向領域が15%以上である領域を有する配向酸化物膜。
【請求項6】
前記配向領域は、基板面から7度以内に格子が配列され、TEM観察で原子像が観測できる面内配向度が5度以内であることを特徴とする請求項5に記載の配向酸化物膜。
【請求項7】
前記基板から厚みが60nm以下である領域において、配向領域が15%を超える領域を持つことを特徴とする請求項5に記載の配向酸化物膜。
【請求項8】
前記基板から厚みが20nm以下である領域において、配向領域が15%を超える領域を持つことを特徴とする請求項5に記載の配向酸化物膜。
【請求項9】
基材上に請求項5から8のいずれか1項記載の配向酸化物膜を形成したことを特徴とする酸化物超電導体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−201712(P2011−201712A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−68933(P2010−68933)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.RRAM
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】