説明

酸無水物残基含有有機ケイ素化合物の安定化剤および安定化方法ならびに該組成物を含むシランカップリング剤組成物

【課題】酸無水物残基と加水分解性シリル基とを有する有機ケイ素化合物の経時変化を抑制する安定化剤および安定化方法、ならびに、該組成物を含み、該安定化剤により経時安定性が付与されたシランカップリング剤組成物を提供する。
【解決手段】活性水素含有化合物の捕捉剤からなる、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物の安定化剤;上記安定化剤を酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物と共存させることを含む、該有機ケイ素化合物の安定化方法;酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物、および、上記安定化剤、を含んでなるシランカップリング剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酸無水物残基含有有機ケイ素化合物の安定化剤および安定化方法ならびに該組成物を含むシランカップリング剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ基、アミノ基、アクリロイル基、メタクリロイル基、メルカプト基、イソシアナート基、酸無水物残基に代表される、有機材料との反応性を有する官能基と、加水分解性シリル基等の、無機材料と反応する官能基とを併せ持つ有機ケイ素化合物は一般的にシランカップリング剤と称され、通常では結合させにくい有機材料と無機材料とを結合させる媒介物として作用する。このような特性を用いてシランカップリング剤は、有機材料および無機材料の改質剤、両材料の接着に用いられる接着助剤、ならびに各種添加剤などとして幅広く用いられている。
【0003】
その中でも酸無水物残基と加水分解性シリル基とを有するシラン、その部分加水分解縮合物等の酸無水物残基と加水分解性シリル基とを有する有機ケイ素化合物は、粘着剤組成物における粘着力調整剤(特許文献1)、エポキシ樹脂ベースの硬化性組成物の架橋剤(特許文献2)などが代表的な用途として挙げられ、他にもポリイミド樹脂改質剤等の様々な分野で使用されている。このように、該有機ケイ素化合物は、シランカップリング剤として幅広い用途においてその効果が実証されているが、製造直後より経時で変化してしまい純度が低下することが課題となっている。
【0004】
以上のことから、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを有する有機ケイ素化合物の経時変化を抑制する安定化剤および安定化方法の開発が望まれている。
【特許文献1】特開平8−302320号公報
【特許文献2】特開2006−22158号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記事情に鑑みなされたものであり、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを有する有機ケイ素化合物の経時変化を抑制する安定化剤および安定化方法、ならびに、該組成物を含み、該安定化剤により経時安定性が付与されたシランカップリング剤組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、上記有機ケイ素化合物の経時変化を引き起こす原因が空気中の水分やアルコキシシリル基の加水分解により発生するアルコール等の活性水素含有化合物であることを見出した。更に、本発明者は、このような活性水素含有化合物を捕捉し、かつ、酸無水物残基及び加水分解性シリル基と非反応性である化合物が上記有機ケイ素化合物の経時変化を抑制できることを見出して、本発明をなすに至った。
【0007】
即ち、本発明は第一に、活性水素含有化合物の捕捉剤からなる、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物の安定化剤を提供する。
本発明は第二に、上記安定化剤を酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物と共存させることを含む、該有機ケイ素化合物の安定化方法を提供する。
本発明は第三に、
酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物、および
上記安定化剤
を含んでなるシランカップリング剤組成物を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の安定化剤を酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物と共存させることにより、室温及び高温(30〜100℃、好ましくは40〜80℃)のいずれにおいても該有機ケイ素化合物を長期にわたって安定に保存することができる。本発明のシランカップリング剤組成物は、該有機ケイ素化合物および本発明の安定化剤を含んでなり、室温及び高温のいずれにおいても長期での経時安定性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0010】
[安定化剤]
本発明の安定化剤は、活性水素含有化合物の捕捉剤からなる、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物の安定化剤である。
【0011】
・酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物
本発明の安定化剤および安定化方法により経時的な変化が抑制される化合物は、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物である。前記有機ケイ素化合物はケイ素原子を1個のみ有しても2個以上有してもよい。前記有機ケイ素化合物としては、例えば、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有するシラン、その部分加水分解縮合物、またはこれらの組み合わせ等が挙げられる。
【0012】
本明細書において、酸無水物残基とは、酸無水物から炭素原子に結合した水素原子1個を除いた残りの原子団をいう。酸無水物残基は、前記有機ケイ素化合物中に1個のみ存在しても2個以上存在してもよく、2個以上存在する場合は同種であっても異種であってもよい。酸無水物残基は特に限定されず、例えば、コハク酸無水物残基、マレイン酸無水物残基、フタル酸無水物残基、酢酸無水物残基、プロピオン酸無水物残基、安息香酸無水物残基等が挙げられ、中でもコハク酸無水物残基が好ましい。
【0013】
本明細書において、加水分解性シリル基は、ケイ素原子に直結した1価の加水分解性原子(水と反応することでシラノール基を生成する原子)およびケイ素原子に直結した1価の加水分解性基(水と反応することでシラノール基を生成する基)の少なくとも一方を有するシリル基である限り特に限定されない。加水分解性シリル基は、前記有機ケイ素化合物中に1個のみ存在しても2個以上存在してもよく、2個以上存在する場合は同種であっても異種であってもよい。加水分解性シリル基としては、例えば、下記一般式:
【0014】
【化1】


(式中、R4は独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、Yは独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、mは1〜3の整数である。)
で表されるシリル基等が挙げられる。
【0015】
上記R4の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基等のアルキル基;これらの基の炭素原子に結合した水素原子の一部または全部をハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)等で置換したアルキル基が挙げられ、中でもメチル基、エチル基が好ましい。
【0016】
上記Yの具体例としては、上記R4の具体例と同様のアルキル基;これらの基の炭素原子に結合した水素原子の一部または全部をアルコキシ基(例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、sec-ブトキシ基、tert-ブトキシ基等)で置換したアルキル基が挙げられ、中でもメチル基、エチル基が好ましい。
【0017】
前記有機ケイ素化合物としては、例えば、下記一般式(2):
【0018】
【化2】


(式中、Aは非置換又は置換の炭素原子数1〜6のアルキレン基であり、R4、Yおよびmは前記のとおりである。)
で表される化合物、その部分加水分解縮合物、又はこれらの組み合わせが挙げられる。ここで、該部分加水分解縮合物は、上記化合物を上記一般式(2)中のAよりも左側の加水分解性シリル基部分で部分加水分解・縮合して得られるものである。
【0019】
上記Aは直鎖状でも分岐鎖状でもよい。上記Aの具体例としては、メチレン基、エチレン基、メチルメチレン基、プロピレン基(トリメチレン基およびメチルエチレン基)、ブチレン基(例えば、テトラメチレン基、1,2−ブチレン基、1,3−ブチレン基、2,3−ブチレン基)、ペンテン基(例えば、ペンタメチレン基)、ヘキセン基(例えば、ヘキサメチレン基)等のアルキレン基;これらの基の炭素原子に結合した水素原子の一部または全部をハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)等で置換したアルキレン基が挙げられ、メチレン基、プロピレン基が好ましく、特にプロピレン基が好ましい。
【0020】
・活性水素含有化合物
本明細書において、活性水素含有化合物とは酸無水物残基と反応性を有する水素原子含有基(以下、「活性水素含有基」という場合がある。)を含む化合物を指す。該水素原子含有基としては、例えば、水酸基(−OH)、アミノ基(−NH)、イミノ基(−NH−)、メルカプト基(−SH)等が挙げられる。よって、活性水素含有化合物としては、例えば、水、アルコール、カルボン酸等の水酸基含有化合物;アンモニア、1級アミン等のアミノ基含有化合物;2級アミン等のイミノ基含有化合物;硫化水素、チオール等のメルカプト基含有化合物等が挙げられる。該アルコールの具体例としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール等が挙げられる。該カルボン酸の具体例としては、酢酸、プロピオン酸、ギ酸等が挙げられる。該1級アミンの具体例としては、メチルアミン、エチルアミン、ブチルアミン等が挙げられる。該2級アミンの具体例としては、ジメチルアミン、ジエチルアミン、エチルメチルアミン等が挙げられる。該チオールの具体例としては、メチルチオール、エチルチオール等が挙げられる。
【0021】
上記活性水素含有化合物が酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物と共存していると、まず、該活性水素含有化合物が該有機ケイ素化合物の経時変化の開始剤となり、その後、活性水素含有化合物が新たに生成しつつ、該有機ケイ素化合物は経時変化が連鎖的に進行して純度が低下する。具体的には、例えば、開始剤となる活性水素含有化合物が大気中に湿気として存在する水であり、前記有機ケイ素化合物が無水コハク酸プロピルトリメトキシシランである場合、下記の反応1が開始反応となり、その後、反応2および3が繰り返し進行して、無水コハク酸プロピルトリメトキシシランの純度は経時的に低下する。
【0022】
反応1:大気中の水分によるメトキシシリル基の加水分解→メタノール生成
【0023】
【化3】


反応2:生成したメタノールによる酸無水物環の開環反応→カルボン酸生成
【0024】
【化4】


反応3:生成したカルボン酸とメトキシシリル基とのエステル交換反応→メタノール生成
【0025】
【化5】

【0026】
・活性水素含有化合物の捕捉剤
本明細書において、「活性水素含有化合物の捕捉剤」とは、活性水素含有化合物と反応して該活性水素含有化合物中の活性水素含有基を消滅させる物質をいい、活性水素含有化合物中の活性水素含有基を消滅させることを「捕捉する」という。
【0027】
活性水素含有化合物によって酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物が経時変化する上記の反応機構を考慮すると、活性水素含有化合物の捕捉剤が満たすべき条件は下記のとおりである。
条件1:該捕捉剤は、開始剤となる活性水素含有化合物(上記の具体例では大気中の水分)を捕捉できること
条件2:該捕捉剤は、反応系で新たに生成する活性水素含有化合物(上記の具体例ではメタノール及び反応2で生成するカルボン酸)を捕捉できること
条件3:該捕捉剤が活性水素含有化合物と反応して生成する捕捉生成物自身が酸無水物残基及び加水分解性シリル基と非反応性であること
条件4:該捕捉剤と活性水素含有化合物との反応性が酸無水物残基及び加水分解性シリル基おのおのと該活性水素含有化合物との反応性よりも優れること
【0028】
活性水素含有化合物の捕捉剤としては、以上の条件を満たす限り、いかなる捕捉剤でも特に限定されずに使用することができるが、好ましくは、例えば、α−シリル脂肪族エステル化合物が挙げられる。本明細書において、α−シリル脂肪族エステル化合物とは、α位の炭素原子にシリル基が直結した脂肪族カルボン酸のエステルをいう。該シリル基は、活性水素含有基を含まない限り、いかなるものでもよいが、例えば、活性水素含有基を含まない加水分解性シリル基等が挙げられる。該加水分解性シリル基としては、例えば、アルコキシ基、アリールオキシ基等を含むものが好ましく、アルコキシ基を含むものが特に好ましい。
【0029】
前記α−シリル脂肪族エステル化合物は、下記一般式(1):
【0030】
【化6】


(式中、R1は水素原子又はメチル基であり、R2は非置換もしくは置換の炭素原子数1〜20のアルキル基、非置換もしくは置換の炭素原子数5〜20のシクロアルキル基、又は非置換もしくは置換の炭素原子数6〜20のアリール基であり、R3は独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、Xは独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、nは1〜3の整数である。)
で表される化合物であることが好ましい。
【0031】
上記R2はアルキル基である場合、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。上記R2の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等のアルキル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基等のシクロアルキル基;フェニル基、トリル基、ナフチル基等のアリール基;これらの基の炭素原子に結合した水素原子の一部または全部をハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)等で置換した基が挙げられ、中でもエチル基、オクチル基が好ましい。
【0032】
上記R3の具体例としては、上記R4の具体例と同様のものが挙げられ、中でもメチル基、エチル基が好ましい。
【0033】
上記Xの具体例としては、上記Yの具体例と同様のものが挙げられ、中でもメチル基、エチル基が好ましい。
【0034】
α−シリル脂肪族エステル化合物の具体例としては、α−トリメトキシシリルプロピオン酸メチル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸エチル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸デシル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−トリメトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸メチル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸エチル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸デシル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−トリエトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸メチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸エチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸デシル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸メチル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸エチル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸デシル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−メチルジエトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸メチル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸エチル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸デシル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−ジメチルメトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸メチル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸エチル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸プロピル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸ブチル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸ペンチル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸ヘキシル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸オクチル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸デシル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸イソプロピル、α−ジメチルエトキシシリルプロピオン酸フェニル、α−トリメチルシリルプロピオン酸メチル、α−トリメチルシリルプロピオン酸エチル、α−トリメチルシリルプロピオン酸プロピル、α−トリメチルシリルプロピオン酸ブチル、α−トリメチルシリルプロピオン酸ペンチル、α−トリメチルシリルプロピオン酸ヘキシル、α−トリメチルシリルプロピオン酸オクチル、α−トリメチルシリルプロピオン酸デシル、α−トリメチルシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−トリメチルシリルプロピオン酸イソプロピル、α−トリメチルシリルプロピオン酸フェニル、α−トリエチルシリルプロピオン酸メチル、α−トリエチルシリルプロピオン酸エチル、α−トリエチルシリルプロピオン酸プロピル、α−トリエチルシリルプロピオン酸ブチル、α−トリエチルシリルプロピオン酸ペンチル、α−トリエチルシリルプロピオン酸ヘキシル、α−トリエチルシリルプロピオン酸オクチル、α−トリエチルシリルプロピオン酸デシル、α−トリエチルシリルプロピオン酸シクロヘキシル、α−トリエチルシリルプロピオン酸イソプロピル、α−トリエチルシリルプロピオン酸フェニルなどが挙げられる。これらの中でも捕捉反応性の高さ及び材料の入手のしやすさからα−トリメトキシシリルプロピオン酸エチル、α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸オクチルがより好ましい。
【0035】
α−シリル脂肪族エステル化合物が活性水素含有化合物と反応すると、α位の炭素原子からシリル基が分離して、活性水素含有基を含まない有機ケイ素化合物と活性水素含有基を含まない脂肪族カルボン酸エステルとが生成する。いずれの生成物も活性水素含有基を含まないので、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物とは反応性を有しない。具体的には、例えば、活性水素含有化合物がメタノールであり、活性水素含有化合物の捕捉剤がα−トリメトキシシリルプロピオン酸エチルである場合、下記式に示した捕捉反応により生成する化合物はテトラメトキシシラン及びプロピオン酸エチルであり、いずれも酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物とは反応性を有しない。
【0036】
【化7】


なお、本発明で用いるα−シリル脂肪族エステル化合物は、α−シリル脂肪族エステル化合物とケト−エノール平衡の関係にあるシリルケテンアセタールとの混合物であってもよく、この場合、α−シリル脂肪族エステル化合物の量とは、α−シリル脂肪族エステル化合物とシリルケテンアセタールとの合計の量をいうものとする。
【0037】
[安定化方法]
本発明の安定化方法は、本発明の安定化剤を酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する上記の有機ケイ素化合物と共存させることを含む、該有機ケイ素化合物の安定化方法である。該安定化方法により、室温及び高温のいずれにおいても該有機ケイ素化合物を長期にわたって安定に保存することができる。
【0038】
安定化剤の使用量は該有機ケイ素化合物100質量部に対して、好ましくは0.01〜10質量部であり、より好ましくは0.1〜5質量部である。該使用量が0.01〜10質量部の範囲であると、該有機ケイ素化合物の純度を安定化剤の添加によって不要に低下させることなく、使用量に応じた安定化効果を得ることができる。
【0039】
[シランカップリング剤組成物]
本発明のシランカップリング剤組成物は、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する上記の有機ケイ素化合物および本発明の安定化剤を含んでなるものである。該組成物は、本発明の安定化剤を含むため、室温及び高温のいずれにおいて長期に保存した後であっても、該有機ケイ素化合物の純度の低下が生じにくく、シランカップリング剤の作用を効果的に発揮することができる。該有機ケイ素化合物および該安定化剤のおのおのは1種単独で用いても2種以上を併用してもよい。また、該有機ケイ素化合物および該安定化剤の配合量は、本発明の安定化方法について説明した使用量と同様である。本発明のシランカップリング剤組成物は、該有機ケイ素化合物と該安定化剤とを均一に混合することにより得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例、比較例を用いてより詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、GPCはゲルパーミエーションクロマトグラフィーの略である。
【0041】
100g広口ガラス瓶に酸無水物残基含有有機ケイ素化合物と安定化剤とを表1に示したとおりに入れて混合し、テストサンプルを調製した。実施例では安定化剤としてα−シリル脂肪族エステル化合物を使用したのに対して、比較例1では安定化剤を使用せず、比較例2および3では安定化剤としてそれぞれモレキュラーシーブスおよび乾燥用シリカゲルを使用した。
【0042】
〔保存安定性試験〕
テストサンプルを室温で又は50℃の恒温槽で一ヶ月保存した後、GPCにかけて、得られたGPCチャートのピークの面積から前記酸無水物残基含有有機ケイ素化合物の純度を測定した。結果を表2に示す。なお、参考例として製造直後の無水コハク酸プロピルトリメトキシシラン(X-12-967, 信越化学工業社製)の純度をGPCで測定した結果を表2に示す。なお、参考例のGPCチャートを図1に示し、50℃で1ヶ月保存後の実施例3のテストサンプルのGPCチャートを図2に示し、50℃で1ヶ月保存後の比較例1のテストサンプルのGPCチャートを図3に示す。
【0043】
【表1】


《酸無水物残基含有有機ケイ素化合物》
A:無水コハク酸プロピルトリメトキシシラン(X-12-967, 信越化学工業社製)
《安定化剤》
ECMS:α−トリメトキシシリルプロピオン酸エチル
OCMS−2:α−メチルジメトキシシリルプロピオン酸オクチル
MS−4A:モレキュラーシーブス4A(和光純薬製)
シリカゲル:乾燥用シリカゲル(和光純薬製)
【0044】
【表2】

【0045】
以上の結果は、室温及び高温のいずれにおいても長期での経時安定性に優れた酸無水物残基含有シランカップリング剤組成物を本発明が提供できることを実証するものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】参考例のGPCチャートを示す図である。GPCチャート中の数字はピークの保持時間を表す(図2および3でも同じ)。
【図2】50℃で1ヶ月保存後の実施例3のテストサンプルのGPCチャートを示す図である。
【図3】50℃で1ヶ月保存後の比較例1のテストサンプルのGPCチャートを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性水素含有化合物の捕捉剤からなる、酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物の安定化剤。
【請求項2】
前記捕捉剤がα−シリル脂肪族エステル化合物である請求項1に係る安定化剤。
【請求項3】
前記α−シリル脂肪族エステル化合物が下記一般式(1):
【化1】


(式中、R1は水素原子又はメチル基であり、R2は非置換もしくは置換の炭素原子数1〜20のアルキル基、非置換もしくは置換の炭素原子数5〜20のシクロアルキル基、又は非置換もしくは置換の炭素原子数6〜20のアリール基であり、R3は独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、Xは独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、nは1〜3の整数である。)
で表される化合物である請求項1または2に係る安定化剤。
【請求項4】
前記酸無水物残基がコハク酸無水物残基である請求項1〜3のいずれか1項に係る安定化剤。
【請求項5】
前記有機ケイ素化合物が下記一般式(2):
【化2】


(式中、Aは非置換又は置換の炭素原子数1〜6のアルキレン基であり、R4は独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、Yは独立に非置換又は置換の炭素原子数1〜4のアルキル基であり、mは1〜3の整数である。)
で表される化合物、その部分加水分解縮合物、又はこれらの組み合わせである請求項1〜4のいずれか1項に係る安定化剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の安定化剤を酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物と共存させることを含む、該有機ケイ素化合物の安定化方法。
【請求項7】
酸無水物残基と加水分解性シリル基とを含有する有機ケイ素化合物、および
請求項1〜5のいずれか1項に記載の安定化剤
を含んでなるシランカップリング剤組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−116324(P2010−116324A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288491(P2008−288491)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】