量子カスケードレーザ
【課題】広いゲイン幅と素子特性との両立を図ることが可能な量子カスケードレーザを提供する。
【解決手段】量子カスケードレーザ1は、半導体基板と、基板上に設けられ、発光層及び注入層からなる単位積層体16が多段に積層されたカスケード構造を有する活性層15と、回折格子層20とを備える。単位積層体16は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位Lup1と、第2発光上準位Lup2と、複数の発光下準位Llowとを有し、第1、第2上準位の一方は第1井戸層での基底準位に起因する準位であり、他方は第1井戸層を除く井戸層での励起準位に起因する準位である。また、第1上準位と第2上準位とのエネルギー間隔は、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定され、第2上準位と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔は、LOフォノンのエネルギーよりも大きく設定される。
【解決手段】量子カスケードレーザ1は、半導体基板と、基板上に設けられ、発光層及び注入層からなる単位積層体16が多段に積層されたカスケード構造を有する活性層15と、回折格子層20とを備える。単位積層体16は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位Lup1と、第2発光上準位Lup2と、複数の発光下準位Llowとを有し、第1、第2上準位の一方は第1井戸層での基底準位に起因する準位であり、他方は第1井戸層を除く井戸層での励起準位に起因する準位である。また、第1上準位と第2上準位とのエネルギー間隔は、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定され、第2上準位と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔は、LOフォノンのエネルギーよりも大きく設定される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子井戸構造でのサブバンド間遷移を利用した量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
中赤外の波長領域(例えば、波長5μm〜30μm)の光は、分光分析分野において重要な波長領域となっている。このような波長領域での高性能な半導体光源として、近年、量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)が注目を集めている(例えば、特許文献1〜8、非特許文献1〜9参照)。
【0003】
量子カスケードレーザは、半導体量子井戸構造中に形成されるサブバンドによる準位構造を利用し、サブバンド間での電子遷移によって光を生成するモノポーラタイプのレーザ素子であり、量子井戸構造で構成され活性領域となる量子井戸発光層を多段にカスケード結合することによって、高効率、高出力動作を実現することが可能である。また、この量子井戸発光層のカスケード結合は、発光上準位へと電子を注入するための電子注入層を用い、量子井戸発光層と注入層とを交互に積層することによって実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5457709号公報
【特許文献2】米国特許第5745516号公報
【特許文献3】米国特許第6751244号公報
【特許文献4】米国特許第6922427号公報
【特許文献5】特開平8−279647号公報
【特許文献6】特開2008−177366号公報
【特許文献7】特開2008−60396号公報
【特許文献8】特開平10−4242号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M.Beck et. al., “Continuous Wave Operation of aMid-Infrared Semiconductor Laser at Room Temperature”,Science Vol.295 (2002) pp.301-305
【非特許文献2】J. S.Yu et. al., “High-Power Continuous-Wave Operation of a6μm Quantum-Cascade Laser at RoomTemperature”, Appl. Phys. Lett.Vol.83 (2003) pp.2503-2505
【非特許文献3】A.Evans et. al., “Continuous-Wave Operation of λ〜4.8μm Quantum-Cascade Lasers at Room Temperature”, Appl. Phys. Lett. Vol.85 (2004) pp.2166-2168
【非特許文献4】A.Tredicucci et. al., “A Multiwavelength Semiconductor Laser”, Nature Vol.396 (1998) pp.350-353
【非特許文献5】A.Wittmann et. al., “Heterogeneous High-Performance Quantum-CascadeLaser Sources for Broad-BandTuning”, IEEE J. QuantumElectron. Vol.44 (2008) pp.1083-1088
【非特許文献6】A.Wittmann et. al., “High-Performance Bound-To-Continuum Quantum-CascadeLasers for Broad-Gain Applications”, IEEE J. Quantum Electron. Vol.44 (2008)pp.36-40
【非特許文献7】R.Maulini et. al., “Broadband Tuning of External Cavity Bound-to-ContinuumQuantum-Cascade Lasers”, Appl. Phys. Lett. Vol.84 (2004)pp.1659-1661
【非特許文献8】A.Wittmann et. al., “Intersubband Linewidths in Quantum CascadeLaser Designs”, Appl. Phys. Lett. Vol.93 (2008)pp.141103-1-141103-3
【非特許文献9】Claire Gmachl et.al., “Complex-Coupled Quantum Cascade Distributed-Feedback Laser”, IEEE Photon.Technol. Lett., Vol.9 (1997) pp.1090-1092
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した量子カスケードレーザでは、レーザ発振に成功した当初は素子の駆動温度は極低温に限られていたが、2002年には M. Beck らによって発振波長9.1μmでの室温CW動作が達成された(非特許文献1)。また、その後、M. Razeghiらのグループによって発振波長6μm、及び4.8μmにおいても室温CW動作が達成された(非特許文献2、非特許文献3)。現在では、3.8〜11.5μmの広い波長範囲で室温連続発振が達成され、既に実用化の段階に到達している。
【0007】
量子カスケードレーザの室温連続発振の達成後、レーザ素子を外部共振器(EC:External Cavity)とともに用いることで、広い波長領域で単一モード発振をする量子カスケードレーザを作製する試みが行われている。また、単一波長をスキャン可能な室温CW動作の分布帰還(DFB:Distributed Feed Back)型量子カスケードレーザの開発も進められている(例えば、非特許文献9参照)。
【0008】
これまでのDFB型量子カスケードレーザにおいては、1つの発光上準位から1つの発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光を生成する構造により、その発光のゲインを集中させることで、素子特性の向上が図られてきた(例えば特許文献6)。具体的には、この構造により、レーザ動作の低閾値化、高スロープ効率、室温CW動作を達成することが可能となった。
【0009】
しかしながら、このような単一モードのDFB型量子カスケードレーザをガスの分光分析に用いる場合、レーザの発振波長のゲイン幅が狭かったため、レーザの発振波長のゲインピークと回折格子の周期で決まるブラッグ波長とを精度よく合わせ込むのが難しい。そのためには結晶成長を高精度にコントロールしなければならず、歩留まりに影響を及ぼしていた。
【0010】
この課題に対して、量子カスケードレーザのゲイン幅を広げることによって、結晶成長に要求される精度を緩和することも考えられる。しかしながら、一般に、ゲイン幅と素子特性とはトレードオフの関係にある。そのため、ゲイン幅を広げた場合には、閾値の上昇や出力低下など素子特性の低下を招いてしまう。
【0011】
そこで、本発明は、広いゲイン幅と素子特性との両立を図ることが可能な量子カスケードレーザを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る量子カスケードレーザは、半導体基板と、半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層で構成される単位積層体が多段に積層されることで量子井戸発光層と注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層と、活性層上に設けられた回折格子層とを備え、単位積層体は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位と、第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位と、それぞれ第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位とを有し、量子井戸発光層における第1発光上準位及び第2発光上準位から複数の発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成され、サブバンド間遷移を経た電子は、注入層内の準位を介して後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるとともに、量子井戸発光層はn個(nは2以上の整数)の井戸層を含み、第1発光上準位及び第2発光上準位の一方は、最も前段の注入層側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方は、第1井戸層を除く井戸層における励起準位に起因する準位であり、第1発光上準位と第2発光上準位とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学フォノンのエネルギーよりも小さく設定されるとともに、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54は、縦光学フォノンのエネルギーよりも大きく設定される。
【0013】
本発明に係る量子カスケードレーザでは、発光層及び注入層から構成される単位積層体でのサブバンド準位構造において、発光に関わる準位として、第1、第2発光上準位の2個の発光上準位と、複数(2個以上)の発光下準位とを設けている。このように、2個の発光上準位と2個以上の発光下準位とを組み合わせることにより、広いゲイン幅を実現することができる。
【0014】
加えて、本発明に係る量子カスケードレーザでは、第1、第2発光上準位について、具体的に、その一方を、発光層の第1井戸層における基底準位に起因する準位によって構成し、かつ、他方を、第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位に起因する準位によって構成している。さらに、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43を、縦光学(LO:Longitudinal Optical)フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定(ΔE43<ELO)するとともに、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54を、LOフォノンのエネルギーELOよりも大きく設定(ELO<ΔE54)している。
【0015】
このような構成によれば、各井戸層における励起準位によって構成されたミニバンドを発光上準位として用いる超格子構造を利用した活性層構造とは異なり、各準位間の結合の強さ、エネルギー間隔等の設計により、発光遷移によって得られる発光スペクトルなどの特性を好適に設定、制御することができる。以上により、広いゲイン幅と素子特性とを両立させることができ、広い波長範囲での発光を好適に得ることが可能な量子カスケードレーザが実現される。なお、上記のような単位積層体でのサブバンド準位構造は、活性層を構成する単位積層体での量子井戸構造の設計によって制御することが可能である。
【0016】
回折格子層は、活性層上に設けられた下地部と、下地部に設けられ、互いに離間した複数の突出部とで構成されていてもよい。このようにすると、活性層から、回折格子として機能する突出部までの距離を、下地部の厚さによって調整できる。すなわち、下地部の厚さを調整することで、回折格子の結合係数を波長に応じて調整することが可能となる。
【0017】
回折格子層は位相シフト部を有していてもよい。このようにすると、製造工程における回折格子の劈開位置のずれに起因するバイモード発振を抑制することができ、安定して単一モード発振をする量子カスケードレーザを得ることが可能となる。このとき、回折格子の中央近傍で回折格子の凹凸の位相を反転させたλ/4位相シフト回折格子を採用すると、発振閾値利得を最小モードの1つだけにできるため、特によい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、広いゲイン幅と素子特性との両立を図ることが可能な量子カスケードレーザを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本実施形態に係る量子カスケードレーザの構成を示す図である。
【図2】図2は、量子カスケードレーザの活性層におけるサブバンド準位構造について示す図である。
【図3】図3は、活性層を構成する単位積層体の構成の一例を示す図である。
【図4】図4は、活性層における1周期分の単位積層体の構造の一例を示す図表である。
【図5】図5は、量子カスケードレーザで得られる発光スペクトルを示すグラフである。
【図6】図6は、発光半値幅の電圧依存性を示すグラフである。
【図7】図7は、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔の電界強度依存性を示すグラフである。
【図8】図8は、第1、第2発光上準位のそれぞれの発光層の第1井戸層以外での電子の存在確率の電界強度依存性を示すグラフである。
【図9】図9は、量子カスケードレーザの電流−電圧−光出力特性を示すグラフである。
【図10】図10は、閾値電流密度の温度依存性を示すグラフである。
【図11】図11は、量子カスケードレーザの発振スペクトルを示すグラフである。
【図12】図12は、量子カスケードレーザの発振スペクトルと、各回折格子の周期に対応した単一モード発振とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
[量子カスケードレーザの全体構成]
本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、半導体量子井戸構造におけるサブバンド間の電子遷移を利用して光を生成するモノポーラタイプのレーザ素子である。この量子カスケードレーザ1は、図1に示されるように、半導体基板10上に、基板10側から順に、クラッド層13aと、下部コア層11と、活性層15と、上部コア層12と、回折格子層20と、クラッド層13bと、コンタクト層14とが順次積層されて構成されている。
【0022】
[活性層の構成]
活性層15は、光の生成に用いられる量子井戸発光層と、発光層への電子の注入に用いられる電子注入層とが交互かつ多段に積層されたカスケード構造を有する。具体的には、量子井戸発光層及び注入層からなる半導体積層構造を1周期分の単位積層体16とし、この単位積層体16が多段に積層されることで、カスケード構造を有する活性層15が構成されている。量子井戸発光層及び注入層を含む単位積層体16の積層数は適宜設定されるが、例えば数100程度である。活性層15は、本実施形態においては下部コア層11を介して半導体基板10上に設けられているが、半導体基板10上に直接設けられていてもよい。
【0023】
活性層15に含まれる複数の単位積層体16のそれぞれは、図2に示されるように、量子井戸発光層17と、電子注入層18とによって構成されている。これらの発光層17及び注入層18は、後述するように、それぞれ量子井戸層及び量子障壁層を含む所定の量子井戸構造を有して形成される。これにより、単位積層体16中においては、量子井戸構造によるエネルギー準位構造であるサブバンド準位構造が形成される。
【0024】
本実施形態に係る量子カスケードレーザ1において活性層15を構成する単位積層体16は、図2に示されるように、そのサブバンド準位構造において、サブバンド間遷移による発光に関わる準位として、第1発光上準位(準位3)Lup1と、第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位(準位4)Lup2と、それぞれ第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位(準位2)Llowとを有している。
【0025】
また、本実施形態において、発光層17は、n個(nは2以上の整数)の井戸層を含んで構成されるとともに、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2について、その一方が、最も前段の注入層18a側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方が、第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位に起因する準位である構成となっている。
【0026】
また、サブバンド準位のエネルギー間隔については、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学(LO)フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定されている(ΔE43<ELO)。また、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位(準位5)Lhについて、第2発光上準位Lup2と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔ΔE54は、LOフォノンのエネルギーELOよりも大きく設定されている(ELO<ΔE54)。
【0027】
ここで、LOフォノンのエネルギーELOは、例えば、量子井戸層の半導体材料としてInGaAsを想定した場合、ELO=34meVである。また、LOフォノンのエネルギーELOは、量子井戸層をGaAsとした場合に36meV、InAsとした場合に32meVであり、上記した34meVとほぼ同程度である。
【0028】
このような準位構造において、2つの発光上準位Lup1、Lup2は、好ましくは、動作電界の条件下で、それぞれの準位のエネルギー位置が一致し、波動関数が強く結合(アンチクロッシング)するように設計される。この場合、これらの2つの上準位は、エネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞う。このような構造では、2つの上準位の結合の大きさを変化させることにより、発光の半値幅(FWHM)を制御することが可能である。また、複数の発光下準位Llowは、複数の準位を含む下位ミニバンドMBを構成しており、第1、第2発光上準位からの発光遷移は下位ミニバンドへ分散する。
【0029】
また、図2に示す単位積層体16では、発光層17と、前段の単位積層体での注入層18aとの間に、注入層18aから発光層17へと注入される電子に対する注入障壁(injection barrier)層が設けられている。また、発光層17と、注入層18との間においても、発光層17から注入層18への電子に対する抽出障壁(exitbarrier)層が必要に応じて設けられる。ただし、図2では、発光層17と注入層18との間については、充分に波動関数が染み出す程度の薄い障壁層のみを設ける構成を例示している。
【0030】
また、本準位構造において、ミニバンドMBは、量子井戸発光層17内でのミニバンドと、注入層18内でのミニバンドとが結合して、発光層17から注入層18まで複数の準位が広がって分布するバンド構造を有している。このような構成により、ミニバンドMBは、そのうちの高エネルギー側で発光層17内にある部分が、上述した複数の発光下準位Llowからなる下位ミニバンドとして機能するとともに、低エネルギー側で注入層18内にある部分が、発光遷移後の電子を発光下準位Llowから後段の発光層17bへと緩和させる緩和準位(準位1)Lrを含む緩和ミニバンドとして機能している。
【0031】
このように、発光下準位Llow及び緩和準位Lrに連続準位を用いることで、極めて高効率に反転分布を形成することができる。また、緩和ミニバンドを構成する複数の緩和準位Lrのうちで、注入層18内の基底準位Lgは、好ましくは、動作電界の条件下で、後段の単位積層体での発光層17bにおける第2発光上準位Lup2と強く結合するように設計される。
【0032】
このようなサブバンド準位構造において、前段の注入層18aでの緩和準位Lrからの電子e−は、注入障壁を介して共鳴トンネル効果によって発光層17へと注入され、これによって、緩和準位Lrと結合している第2発光上準位Lup2が強く励起される。また、このとき、電子−電子散乱などの高速散乱過程を介して、第1発光上準位Lup1にも充分な電子が供給されて、2つの発光上準位Lup1、Lup2の両方に充分なキャリアが供給される。
【0033】
第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2に注入された電子は、下位ミニバンドを構成する複数の発光下準位Llowのそれぞれへと遷移し、このとき、上準位Lup1、Lup2と、下準位Llowとのサブバンド準位間のエネルギー差に相当する波長の光hνが生成、放出される。また、このとき、上記したように、2つの上準位がエネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞うため、得られる発光スペクトルは均一な広がりを有するスペクトルとなる。なお、図2においては、図の見易さのため、上準位Lup1、Lup2から最も高エネルギー側の下準位Llowへの発光遷移のみを示し、他の下準位への遷移については図示を省略している。
【0034】
発光下準位Llowへと遷移した電子は、発光下準位Llow、及び注入層18内の緩和準位Lrを含むミニバンドMBにおいて、LOフォノン散乱、電子−電子散乱などを介したミニバンド内緩和によって、高速で緩和される。このように、ミニバンド内緩和を利用した発光下準位Llowからのキャリアの引き抜きでは、容易に、2つの上準位Lup1、Lup2と複数の下準位Llowとの間で、レーザ発振を実現するための反転分布が形成される。また、発光下準位Llowから注入層18内の準位Lrへと緩和された電子は、低エネルギー側の緩和準位である注入層18内の基底準位Lgを介して後段の発光層17bでの発光上準位Lup1、Lup2へとカスケード的に注入される。
【0035】
このような電子の注入、発光遷移、及び緩和を活性層15を構成する複数の単位積層体16で繰り返すことにより、活性層15においてカスケード的な光の生成が起こる。すなわち、量子井戸発光層17及び注入層18を多数交互に積層することにより、電子は積層体16をカスケード的に次々に移動するとともに、各積層体16でのサブバンド間遷移の際に光hνが生成される。また、このような光がレーザ1の光共振器において共振されることにより、所定波長のレーザ光が生成される。
【0036】
[回折格子層の構成]
図1に戻り、回折格子層20は、上部コア層12を介して活性層15上に設けられた下地部20aと、下地部20a上に設けられた複数の突出部20bとを有する。下地層20aは、上部コア層12の表面全面に形成されている。下地層20aは、突出部20bをエッチングで作製する際にエッチングのストッパとして機能すると共に、活性層15から各突出部20bまでの距離を調整する機能を有している。
【0037】
各突出部20bは、互いが均等に離間した状態で、所定のパターンとなるように下地部20a上に配列されている。例えば、ターゲット波長が5.26μm(波数1901cm−1)である場合、一次の回折を利用すると、各突出部20bのピッチを824nmに設定することができる。量子カスケードレーザ1の幅方向中央近傍に位置する突出部21は、図1に示されるように、それ以外の突出部22よりも幅が2倍程度に設定されている。そのため、突出部21は位相シフト部として機能することとなる結果、突出部20b(回折格子層20)は本実施形態においてλ/4位相シフト回折格子として機能する。なお、各突出部20bの間には、クラッド層13bが入り込むように形成されている。
【0038】
各突出部20bは、干渉露光法、EB露光法、ナノインプリント法などで形成することができる。各突出部20bの間隔(周期)は、例えば、ターゲット波長が5.26μm(波数1901cm−1)である場合、824nm程度であり、回折格子の作成精度は±0.8nm以下程度である。そのため、特にナノインプリント法を用いて各突出部20bを形成することが好ましい。ナノインプリント法によれば、位相シフト回折格子を高精度に大面積で作製でき、バイモード発振を抑制できるためである。
【0039】
[活性層での量子井戸構造を含む素子構造の具体例]
活性層15での量子井戸構造を含む素子構造の具体例について、図1、図3及び図4に基づいて説明する。
【0040】
本構成例に係る半導体基板10は、n型InP単結晶から構成されている。クラッド層13a,13bは共に、InPから構成されており、その厚さは3.5μm程度に設定することができる。下部コア層11は、InGaAsから構成されており、その厚さは300nm程度に設定することができる。上部コア層11は、InGaAsから構成されており、その厚さは300nm程度に設定することができる。コンタクト層14は、InGaAsから構成されており、その厚さは10nm程度に設定することができる。下地層20aは、InPから構成されており、その厚さは200nm〜300nm程度に設定することができる。各突出部20bは、InGaAsから構成されており、その厚さ100nm程度に設定することができる。
【0041】
本構成例に係る活性層15の量子井戸構造では、発振波長を8.7μm(発振エネルギー:142meV)、動作電界を41kV/cmとして設計された例を示している。図3においては、活性層15での発光層17及び注入層18による多段の繰返し構造のうちの一部について、その量子井戸構造及びサブバンド準位構造を示している。また、図1及び図3に示した素子構造は、例えば、分子線エピタキシー(MBE)法、または有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法による結晶成長で形成することができる。
【0042】
本構成例に係る活性層15は、量子井戸発光層17及び電子注入層18を含む単位積層体16が40周期で積層されて構成されている。また、1周期分の単位積層体16は、図3に示されるように、11個の量子井戸層161〜164、181〜187、及び11個の量子障壁層171〜174、191〜197が交互に積層された量子井戸構造として構成されている。
【0043】
これらの単位積層体16の各半導体層のうち、量子井戸層は、In0.53Ga0.47As層によって構成されている。また、量子障壁層は、Al0.52In0.48As層によって構成されている。これにより、活性層15は、InP基板50に格子整合するInGaAs/InAlAs量子井戸構造によって構成されている。
【0044】
また、このような単位積層体16において、発光層17と注入層18とについては、図3に示される積層構造において、4層の井戸層161〜164、及び障壁層171〜174から構成される積層部分が、主に発光層17として機能する部分となっている。また、7層の井戸層181〜187、及び障壁層191〜197から構成される積層部分が、主に注入層18として機能する部分となっている。また、発光層17の各半導体層のうちで、1段目の量子障壁層171が、前段の注入層と、発光層17との間に位置し、前段の注入層から発光層17への電子に対する注入障壁層となっている。
【0045】
なお、本構成例においては、発光層17と、注入層18との間に位置し、発光層17から注入層18への電子に対する抽出障壁層については、実効的に抽出障壁として機能している障壁層は存在していない。図3においては、後述する発光上準位Lup1、Lup2の波動関数が単位積層体16における5番目の障壁層191の手前で減衰しているため、この障壁層191を形式的に抽出障壁層と規定し、その前後で、発光層17と注入層18とを機能的に区分している。図4に、活性層15における1周期分の単位積層体16の具体的な構造の一例を示す。
【0046】
このような構成において、単位積層体16は、その図3に示すサブバンド準位構造において、第1発光上準位(準位3)Lup1、第2発光上準位(準位4)Lup2、複数の発光下準位(準位2)Llow、及び緩和準位(準位1)Lrを有している。具体的には、図3の準位構造において、レーザ動作に寄与する準位は12個あり、発光下準位Llow及び緩和準位Lrには、それぞれ複数の準位が対応している。これらの複数の発光下準位及び複数の緩和準位は、上述したように、発光層17から注入層18まで複数の準位が広がって分布するミニバンドMBを構成している。また、発光層17及び注入層18での井戸層、障壁層のそれぞれの層厚は、量子力学に基づいて設計されている。
【0047】
[量子井戸構造の具体的な設計手順]
図3に示した単位積層体16における量子井戸構造の具体的な設計手順について説明する。まず、レーザ素子での発振波長を与えるために、第1発光上準位(準位3)Lup1と発光下準位(準位2)Llowとの間のエネルギー間隔、及び発光下準位からの電子の引き抜き構造を決定する。上記したサブバンド準位構造では、発光下準位Llowとして複数の準位からなる下位ミニバンドを用いている。
【0048】
第1発光上準位Lup1と、複数の発光下準位Llowを含む下位ミニバンドとのエネルギー間隔は、発光層17内の井戸層161、162、163、164の井戸幅、障壁層172、173、174の厚さ、及び動作電界によって決まる。また、動作電界は、予想される1周期当たりの積層体の膜厚及び電圧降下量に基づいて設定される。本構成例では、上述したように、動作電界を41kV/cmとしている。
【0049】
ここで、発光波長を決める井戸層161〜164の井戸幅、障壁層172〜174の厚さ、及び注入層18の障壁層191の厚さは、それぞれの準位の波動関数が敏感にそれぞれの量子井戸層と障壁層との影響を受けているため、単独では決定することができない。このため、これらの半導体層については、数値計算を用いて量子力学的に各層の層厚を決定する。また、次の設計ステップで第2発光上準位Lup2の準位位置を決定する際に、設計波長は再び変化する。そのため、ここでは、はじめに量子井戸層162、163、164、及び障壁層173、174の構成を大まかに決定する。
【0050】
次に、第2発光上準位(準位4)Lup2を設定するための量子井戸層161の井戸幅を決定する。発光層17における第1井戸層である井戸層161の層厚は、第1井戸層161が単一量子井戸層として存在した場合の基底準位が第2発光上準位Lup2に対応するため、必然的に発光層17における他の井戸層よりも薄くなる。
【0051】
また、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2は、動作電界の条件下において波動関数が結合し、充分に重なっている必要がある。このため、第1井戸層161の厚さは、井戸層161における基底準位と、第1発光上準位Lup1とが、動作電界においてほぼ同じエネルギーになるように設定される。なお、この場合、第1発光上準位Lup1は、第1井戸層161以外の井戸層における励起準位である。
【0052】
また、第2障壁層172の厚さは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2が結合している状態におけるアンチクロッシングの大きさ(完全に結合しているときの準位3、準位4間のエネルギー差ΔE43)を決定している。アンチクロッシングの大きさは、障壁層172が薄ければ大きく、また、障壁層172が厚ければ小さくなる。
【0053】
本発明による量子カスケードレーザは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2から発光下準位Llowへの遷移を制御することによって、広い発光半値幅を実現するものである。このため、障壁層172の厚さが適切でない場合には、そのような機能が損なわれることとなる。すなわち、障壁層172が薄すぎる場合には、ΔE43が大きくなるため、発光下準位Llowへの遷移は、第1発光上準位Lup1もしくは第2発光上準位Lup2のどちらかからの遷移に偏り、発光半値幅は狭いものとなる。仮に偏らずに発光したとしても、その発光スペクトルはミニバンド間遷移の場合のように不均一なものとなる。
【0054】
一方、障壁層172が厚すぎる場合は、ΔE43が小さくなりすぎるが、それ以前に、注入障壁層171よりも厚い障壁層がカスケード構造内に存在すると、キャリアの輸送が困難となり、レーザ動作そのものが損なわれる可能性がある。これらの観点から、障壁層172の厚さは、注入障壁層171よりは薄い層厚で、適切に設定する必要がある。図4に示した構成例では、この障壁層172の厚さを2.7nmに設定することで、発光上準位Lup1、Lup2のエネルギー差ΔE43を18meVとしている。
【0055】
また、複数の発光下準位Llowについては、上記したようにミニバンドMBを用いている。このミニバンドMB内では、波動関数が空間的に広がった状態で準位が多数存在している。このような構成条件を満たすためには、発光層17を構成するすべての障壁層を薄い層厚とし、それぞれの準位が強く結合した状態とする必要がある。
【0056】
また、本来、電子注入層18内に存在する準位もミニバンドMBを構成する準位として使用するため、これらの準位の波動関数が発光層17まで染み出すように、注入層18の第1障壁層(抽出障壁層)191の層厚も薄く設定することが重要である。この抽出障壁層191については、厚すぎると発光層17内から注入層18への電子の流れが損なわれるのみならず、下位ミニバンドMBの形成が妨げられることとなるため、注意深く設計する必要がある。なお、本構成例では、上述したように、第1障壁層191は、実効的には抽出障壁としては機能していない。
【0057】
これらの設計過程において、設計波長、及び各準位の間隔等は常に変化するが、そのたびに微調整を行うことにより、発光層17内のすべての量子井戸層、障壁層の厚さを決定する。最終的に、発光層17内の井戸層161、162、163、164の層厚は、それぞれ3.1nm、7.5nm、5.8nm、5.2nmとした。また、障壁層172、173、174、及び注入層18の障壁層191の層厚は、それぞれ2.7nm、0.9nm、1.0nm、1.2nmとした。
【0058】
続いて、電子注入層18の設計を行う。本構成例では、この注入層18の構造として、Funnel Injector(特許文献8:特開平10−4242号公報)を用いた。このように、Funnel Injectorを用いることにより、次周期に近づくにしたがって、ミニバンドMBのエネルギー幅を狭くして、第2発光上準位Lup2への電子の注入効率を高めることができる。このような準位構造は、注入層18内において、発光層17側から次周期の発光層17bに近づくにしたがって、量子井戸層の層厚を薄くし、障壁層の層厚を厚くすることによって実現することができる。
【0059】
図3に示した構造では、注入層18の設計は、まず次周期の発光層17bと隣り合っている量子井戸層187の設計から行う必要がある。これは、井戸層187に存在する準位の波動関数(動作電界での注入層18内の基底準位)を、動作電界以下のどの電界においても、発光上準位に追従する状態にしておく必要があるためである。
【0060】
このような状態を実現するためには、井戸層187の層厚は井戸層161よりも若干厚く(数Å程度)する必要がある。本構成例では、発光層17の井戸層161の厚さ3.1nmに対して、注入層18の井戸層187の厚さを3.3nmに設定している。これにより、緩和ミニバンドからの電子の注入によって、第2発光上準位Lup2を励起することが可能となり、広い発光半値幅が実現可能となる。
【0061】
ここで、例えば井戸層187を井戸層161よりも6Å(0.6nm、2原子層)ほど厚くした場合を考えると、低電界の条件下において、井戸層187内の緩和準位は、井戸層161内の第2発光上準位Lup2よりも低エネルギーとなるのみでなく、第1発光上準位Lup1よりもさらに低エネルギーに位置することとなる。このような準位構造では、動作電界に近づいたときに、電子が先に第1発光上準位Lup1に注入され、広い発光半値幅を得ることが困難となる。
【0062】
井戸層187の層厚の決定後、従来と同様の方法によって、注入層18内の他の量子井戸層、障壁層の層厚を決定する。なお、注入層18の第1障壁層191の層厚の設定については、上述したとおりである。
【0063】
注入層18を構成する各半導体層のうちで、抽出障壁層191側の井戸層、障壁層の厚さについては、発光層17内に存在する準位からの電子がすべて、注入層18内のミニバンドに輸送可能なように設計する。一方、次周期の注入障壁層171側の井戸層、障壁層の厚さについては、注入層18からの電子が次周期の第2発光上準位Lup2のみに注入され、それよりも高エネルギー側の準位Lhには注入されないように、緩和ミニバンドを充分に狭窄する必要がある。
【0064】
以上の点を考慮した設計の結果、注入層18内の井戸層181〜187の層厚は、それぞれ4.1nm、3.8nm、3.5nm、3.4nm、3.4nm、3.4nm、3.3nmに設定した。また、障壁層192〜197の層厚は、それぞれ1.5nm、1.6nm、1.7nm、2.0nm、2.3nm、2.8nmに設定した。
【0065】
最後に、量子井戸発光層17における注入障壁層171の層厚を決定する。この障壁層171は、多段の単位積層体16のカスケード構造における各周期の結合の強さを決定するものであり、投入できる最大電流を決定している。波動関数の結合の強さはアンチクロッシングギャップによって決定されるが、本構成例では、アンチクロッシングギャップを7.3meVとし、従来技術と同等の電流を投入可能なように設計を行った。このときの注入障壁層171の厚さは3.7nmとなる。
【0066】
[量子カスケードレーザの特性等]
上記のように設計した構成例による量子カスケードレーザの特性等について、図5〜図8を参照して説明する。
【0067】
図5は、量子カスケードレーザで得られる発光スペクトルの動作電圧依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は発光エネルギー(meV)を示し、縦軸は発光強度(a.u.)を示している。また、グラフA1〜A7は、それぞれ、印加電圧が5.9V、6.8V、7.6V、8.3V、9.0V、9.7V、10.3Vのときの発光スペクトルを示している。これらのグラフA1〜A7に示すように、活性層において上記の準位構造(dual-state-to-continuum)を採用することにより、その発光スペクトルにおいて広く、フラットな発光が確認されている。この場合の発光半値幅は、例えば2stack型のBTC(bound-to-continuum)構造と同程度であり、単一の設計レシピで広く、良質な発光が実現されている。
【0068】
図6は、発光半値幅(発光スペクトルのFWHM)の電圧依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は印加電圧(V)を示し、縦軸は発光半値幅に対応するFWHM(meV)を示している。ここでは、動作温度を300K(グラフB1)または303K(グラフB2、B3)としたときの動作例を示している。また、グラフ(データプロット)B1、B2、B3は、それぞれ、上記した新規構造、従来のbound-to-bound構造、及びBTC構造を用いた場合の発光半値幅の電圧依存性を示している(例えば、非特許文献8:A. Wittmann et al., Appl. Phys. Lett. Vol.93(2008)pp.141103-1-141103-3 を参照)。
【0069】
これらのグラフB1〜B3に示すように、上記した新規構造では、他の構造と比べて非
常に大きい発光半値幅が得られていることがわかる。また、発光半値幅の電圧依存性をみると、BTC構造では、電圧の増大に伴って発光半値幅が減少している。これに対して、新規構造では、発光半値幅はほぼ一定であり、電圧依存性は非常に小さい。これは、DFB型、EC型などのレーザ素子への適用を考慮すると、上記した新規構造が、非常に大きな優位性を有していることを示すものである。
【0070】
上記構成による量子カスケードレーザでは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2から複数の発光下準位Llowへの発光遷移について、上述したように、2つの準位Lup1、Lup2のそれぞれから充分な遷移強度が得られるときに、はじめて充分な特性、機能が得られる。このため、2つの上準位は、動作状態では充分に結合されており、それぞれの波動関数が発光層17内全体に広がっている必要がある。第1、第2発光上準位の一方は、基本的には発光層17の第1井戸層に局在しており、他方の上準位と結合したときにのみ発光層17内全体に波動関数が広がる。
【0071】
ここで、図7は、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔の電界強度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は活性層15に印加されている電界強度(kV/cm)を示し、縦軸は第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43(meV)を示している。
【0072】
また、図8は、第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2のそれぞれの発光層17の第1井戸層161以外での電子の存在確率の電界強度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は図7と同様に電界強度(kV/cm)を示し、縦軸は発光上準位の第1井戸層161以外での電子の存在確率を示している。また、グラフC1は、第1発光上準位の第1井戸層161以外での存在確率を示し、グラフC2は、第2発光上準位の第1井戸層161以外での存在確率を示している。
【0073】
これらのグラフに示すように、上記した構成例では、図7、図8においてそれぞれ範囲R1、R2によって示した、電界強度が36〜47kV/cmの範囲内において、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2が強く結合し、それらの発光上準位の両者について、第1井戸層161以外での電子の存在確率が30%以上となる好適条件を満たしている。また、このとき、2つの発光上準位のエネルギー間隔が最も小さくなっている。上記した新規構造の量子カスケードレーザでは、このような第1、第2発光上準位の結合状態、エネルギー間隔、及び波動関数(存在確率)の広がりの条件を考慮して、単位積層体16における量子井戸構造、及びそれによるサブバンド準位構造を設計することが好ましい。
【0074】
上記構成例による量子カスケードレーザの特性等について、図9〜図11を参照してさらに説明する。ここでは、共振器長を4mm、リッジ導波路型の構成におけるリッジ幅を14μmとして構成したレーザ素子の特性を示す。なお、レーザ素子において、レーザ端面はへき開によって形成されており、特別なコーティング等は施していない。
【0075】
図9は、量子カスケードレーザの電流−電圧−光出力特性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は電流(A)または電流密度(kA/cm2)を示し、縦軸は電圧(V)または光強度(W)を示している。ここでは、具体的には、パルス幅100ns、繰返し周波数100kHzでパルス動作させたときのレーザ素子特性を示す。また、グラフD0は、動作温度300Kでの電流−電圧特性を示し、グラフD1〜D6は、それぞれ動作温度300K、320K、340K、360K、380K、400Kでの電流−光出力特性を示している。
【0076】
これらのグラフD0〜D6に示すように、上記した新規構造により、極めて良好なレーザ特性が得られている。また、室温での閾値電流密度は2.6kA/cm2と低く、狭いゲイン幅のレーザ素子と比較しても遜色無い値となっている。また、レーザ素子の両端面からの合計光出力は室温で1Wにも達しており、極めて高出力なレーザ素子を実現可能であることがわかる。また、スロープ効率については、約1W/Aが得られている。
【0077】
図10は、閾値電流密度の温度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は温度(K)を示し、縦軸は閾値電流密度(kA/cm2)を示している。このグラフに示すように、閾値の温度特性は極めて良好である。また、閾値の温度による上昇の割合を示す特性温度T0の値は約340Kで、これまで報告されている量子カスケードレーザの値と比較すると、約2倍の値が得られている。なお、特性温度T0は、下記の式
Jth=J0exp(T/T0)
によって定義される。また、図10において、最高動作温度は400K以上であり、閾値及び特性温度からの推定では、470K程度まで発振すると考えられる。
【0078】
図11は、量子カスケードレーザの発振スペクトルを示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は強度(a.u.)を示している。また、グラフE1〜E3は、それぞれ電流1.75A、2.3A、2.7Aでの発振スペクトルを示している。
【0079】
これらのグラフE1〜E3に示すように、新規構造の量子カスケードレーザについて、発振直後は利得のピーク付近で発振しているが、電流を増大させていくとコヒーレントの不安定性が原因と考えられるスペクトルの広がりが確認され、極めて広い波長範囲で発振の軸モードが発生している様子が観測されている。このような広範囲での軸モードの発生からも、上記した新規構造の利得が極めて広いことを確認することができる。
【0080】
図12は、量子カスケードレーザの発振スペクトルと、各回折格子の周期に対応した単一モード発振とを示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は強度(a.u.)を示している。
【0081】
グラフFは、電流1.4Aでの発振スペクトルを示している。この発振スペクトルの短波長側、中央付近、長波長側のそれぞれに対応した、3種類の回折格子を作製した。回折格子の周期は、短波長側からそれぞれ、Λ=994.5nm、1023.0nm、1062.8nmに設定した。その結果、周期Λ=994.5nmの回折格子に対して1573cm−1(6.36μm)で単一モード発振が得られ(図12のG1参照)、周期Λ=1023.0nmの回折格子に対して1531cm−1(6.53μm)で単一モード発振が得られ(図12のG2参照)、周で単一モード発振が期Λ=1062.8nmの回折格子に対して1476cm−1(6.77μm)で単一モード発振が得られた(図12のG3参照)。
【0082】
このように、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1では、同一のウエハから約100cm−1にわたる広い波長範囲で単一モード発振が得られることが確認された。これは、回折格子の周期を決めれば、量子カスケードレーザのゲインが短波長側又は長波長側にずれても、安定して1つの波長で単一モード発振が得られることを示している。また、回折格子の周期を選択することによって、複数種類の単一モード発振する量子カスケードレーザを一つのウエハから作製することが可能である。
【0083】
[作用及び効果]
本実施形態の作用及び効果について説明する。
【0084】
図1及び図2に示した量子カスケードレーザ1では、発光層17及び注入層18から構成される単位積層体16でのサブバンド準位構造において、発光に関わる準位として、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2の2個の発光上準位と、複数(2個以上)の発光下準位Llowとを設けている。このように、2個の発光上準位と2個以上(より好ましくは3個以上)の発光下準位とを組み合わせることにより、広い波長範囲での発光を好適に実現することができる。
【0085】
また、上記構成では、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2について、具体的に、その一方を、発光層17の第1井戸層における基底準位(基底準位に起因する準位)によって構成し、かつ、他方を、発光層の第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位(励起準位に起因する準位)によって構成している。さらに、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43を、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定するとともに、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54を、LOフォノンのエネルギーよりも大きく設定している。
【0086】
このような構成によれば、各井戸層における励起準位によって構成されたミニバンドを発光上準位として用いる超格子構造を利用した活性層構造とは異なり、各準位間の結合の強さ、エネルギー間隔等の設計により、発光遷移によって得られる発光スペクトルなどの特性を好適に設定、制御することができる。
【0087】
特に、動作電界の条件下で、2つの発光上準位Lup1、Lup2の波動関数が強く結合するように設計した場合、これらの2つの上準位は、上述したように、エネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞う。このとき、得られる発光スペクトルは、超格子構造のような不均一なスペクトルとはならず、均一な広がりを有するスペクトルとなる。このような発光スペクトルは、例えばEC型やDFB型などの広帯域単一軸モード光源に適している。また、通常の半導体レーザにおいて良く知られているように、準位間の高速の電子−電子散乱のために、レーザ発振時に利得スペクトルのホールバーニングは生じないこととなり、このため、単一軸モード発振を維持することが可能になる。
【0088】
また、図2に示したサブバンド準位構造では、量子井戸発光層17でのサブバンド間の発光遷移を経た電子は、注入層18内の緩和準位Lrを介して発光下準位Llowから高速に引き抜かれる。これにより、発光層17において反転分布を効率的に形成することができる。以上により、広い波長範囲での発光を好適に得ることが可能な量子カスケードレーザ1が実現される。
【0089】
なお、上記した単位積層体16でのサブバンド準位構造は、活性層15を構成する単位積層体16での量子井戸構造の設計によって制御することが可能である。また、複数の発光下準位Llow、及び注入層18内の緩和準位Lrについては、図2に示したサブバンド準位構造では、発光下準位Llowを含む下位ミニバンドとしての機能と、緩和準位Lrを含む緩和ミニバンドとしての機能とを有し、発光層17から注入層18まで広がるミニバンドMBを設ける構成としている。このような構成によれば、2個の上準位及び複数の下準位による発光遷移構造と、発光遷移後の電子の緩和構造との両者を好適に実現することができる。また、発光層17でのミニバンドと、注入層18でのミニバンドとが強く結合したバンド構造を利用することにより、発光層17から注入層18への高効率な電子輸送を実現することができる。
【0090】
上記した量子カスケードレーザ1でのサブバンド準位構造において、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔ΔE43は、さらに、10meV以上25meV以下の条件
10meV≦ΔE43≦25meV
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。これにより、第1、第2上準位から複数の下準位への発光遷移によって得られる発光スペクトルなどのレーザ素子特性を好適に設定することができる。
【0091】
ここで、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔の設定について具体的に説明すると、これらの2つの上準位は、それぞれ、散乱や温度の影響によってある程度の幅にブロードニングしている。この準位のブロードニングの程度は、温度や結晶中の界面、不純物などによって決定されるが、一般的には±〜10meV程度である。これは、吸収または発光の半値幅によって確認することができる。したがって、このような上準位のブロードニングの幅を考慮して、エネルギー間隔ΔE43を適切に設定することにより、これらの2つの上準位は擬似的に1本の発光上準位とみなせるようになる。
【0092】
また、2つの上準位でのキャリア分布については、上記したように擬似的に1本の発光上準位として機能する2つの上準位内において、充分に均一にキャリアが分布している必要がある。ここで、低エネルギー側の第1発光上準位(準位3)でのキャリア数をN3、高エネルギー側の第2発光上準位(準位4)でのキャリア数をN4とすると、それらのキャリア数の比は、次式
N4/N3=exp(−ΔE43/kT)
によって与えられる。
【0093】
例えば、室温(kT=25meV)では、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔をΔE43〜20meVに設定した場合、平衡状態でもN4/N3〜0.45であり、第2発光上準位Lup2には、第1発光上準位Lup1の半分程度のキャリアが存在することとなる。さらに、前段の注入層18aからの電子を第2発光上準位Lup2側に注入するように構成すれば、キャリア数N3、N4を同程度とすることが可能である。
【0094】
また、複数の発光下準位(下位ミニバンド)については、複数の発光下準位Llowの隣接する準位同士のエネルギー間隔ΔE2(図2参照)は、いずれも、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定(ΔE2<ELO)されることが好ましい。このような構成によっても、第1、第2上準位から複数の下準位への発光遷移によって得られる発光スペクトルなどのレーザ素子特性を好適に設定することができる。
【0095】
また、この複数の発光下準位Llow内でのエネルギー間隔ΔE2については、第1、第2発光上準位と同様に、さらに、10meV以上25meV以下の条件
10meV≦ΔE2≦25meV
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。また、複数の発光下準位Llowの個数については、3個以上とすることが好ましい。
【0096】
また、第2発光上準位Lup2と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔ΔE54は、さらに、50meV以上の条件
50meV≦ΔE54
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。これにより、前段の注入層18a内の準位Lrから第1、第2発光上準位Lup1、Lup2へと注入される電子のうちで、発光上準位よりも高エネルギーの準位への電子の漏れ出しを抑制することができる。このように、第1、第2発光上準位から高エネルギー準位が充分に離れている準位構造は、超格子構造を利用した活性層での上位ミニバンドとは決定的に異なるものである。
【0097】
また、前段の注入層18a内の準位Lrから量子井戸発光層17への電子e−は、第2発光上準位Lup2へと注入されることが好ましい。このように、第1、第2発光上準位のうちで、高エネルギー側の第2発光上準位へと電子を注入することにより、上記したように、2つの上準位内でキャリアを均一に分布させて、第1、第2上準位のそれぞれから複数の下準位への発光遷移を好適に実現することができる。
【0098】
また、第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2は、いずれも、活性層内で量子井戸発光層17の第1井戸層以外での、波動関数の二乗で与えられる電子の存在確率が30%以上であることが好ましい。このように、第1、第2発光上準位それぞれの波動関数を発光層内で第1井戸層に局在させずに第2〜第n井戸層においても充分な確率で電子を存在させて、それぞれの波動関数がいずれも発光層17内全体に広がっている構成によれば、第1、第2発光上準位のそれぞれを複数の発光下準位に対する発光遷移用の準位として好適に機能させて、均一な発光遷移を実現することが可能となる。
【0099】
また、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、回折格子層20が、活性層15上に設けられた下地部20aと、下地部20aに設けられ、互いに離間した複数の突出部20bとで構成されている。そのため、活性層15から、回折格子として機能する突出部20bまでの距離を、下地部20aの厚さによって調整できる。すなわち、下地部20aの厚さを調整することで、回折格子の結合係数を波長に応じて調整することが可能となる。
【0100】
また、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、突出部20b(回折格子層20)が位相シフト回折格子として機能する。そのため、製造工程における回折格子の劈開位置のずれに起因するバイモード発振を抑制することができ、安定して単一モード発振をする量子カスケードレーザ1を得ることが可能となる。
【0101】
[他の実施形態]
本発明による量子カスケードレーザは、上記した実施形態及び構成例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、上記した構成例では、半導体基板としてInP基板を用い、活性層をInGaAs/InAlAsによって構成した例を示したが、量子井戸構造でのサブバンド間遷移による発光遷移が可能であって上記したサブバンド準位構造を実現可能なものであれば、具体的には様々な構成を用いて良い。
【0102】
このような半導体材料系については、上記したInGaAs/InAlAs以外にも、例えばGaAs/AlGaAs、InAs/AlSb、GaN/AlGaN、SiGe/Siなど、様々な材料系を用いることが可能である。また、半導体の結晶成長方法についても、様々な方法を用いて良い。
【0103】
また、量子カスケードレーザの活性層における積層構造、及びレーザ素子全体としての半導体積層構造については、図1、図3、図4に示した構造以外にも様々な構造を用いて良い。一般には、量子カスケードレーザは、半導体基板と、半導体基板上に設けられた上記構成の活性層とを備えて構成されていれば良い。また、上記構成例では、InP基板に対して格子整合する構成について説明したが、例えばInP基板に対して格子不整合を導入した構成を用いることも可能である。この場合、素子設計の自由度の増大、効率的なキャリア閉じ込め、及び発振波長の短波長化が可能となる。
【0104】
また、本実施形態においては、回折格子層20をλ/4位相シフト回折格子として形成したが、回折格子層20は、位相シフト量がλ/4以外の回折格子であってもよい。ただし、本実施形態のようにλ/4位相シフト回折格子を採用すると、発振閾値利得を最小モードの1つだけにできるため、特に好ましい。
【0105】
また、本実施形態においては、回折格子層20が下地部20aを有していたが、下地部20aを有さず、突出部20bが直接活性層15(上部コア層12)上に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0106】
1…量子カスケードレーザ、10…半導体基板、11…下部コア層、12…上部コア層、13a,b…クラッド層、14…コンタクト層、15…活性層、16…単位積層体、17…量子井戸発光層、18…注入層、20…回折格子層、Lup1…第1発光上準位、Lup2…第2発光上準位、Llow…発光下準位、Lr…緩和準位、Lg…注入層内の基底準位、Lh…高エネルギー準位、MB…ミニバンド。
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子井戸構造でのサブバンド間遷移を利用した量子カスケードレーザに関する。
【背景技術】
【0002】
中赤外の波長領域(例えば、波長5μm〜30μm)の光は、分光分析分野において重要な波長領域となっている。このような波長領域での高性能な半導体光源として、近年、量子カスケードレーザ(QCL:Quantum Cascade Laser)が注目を集めている(例えば、特許文献1〜8、非特許文献1〜9参照)。
【0003】
量子カスケードレーザは、半導体量子井戸構造中に形成されるサブバンドによる準位構造を利用し、サブバンド間での電子遷移によって光を生成するモノポーラタイプのレーザ素子であり、量子井戸構造で構成され活性領域となる量子井戸発光層を多段にカスケード結合することによって、高効率、高出力動作を実現することが可能である。また、この量子井戸発光層のカスケード結合は、発光上準位へと電子を注入するための電子注入層を用い、量子井戸発光層と注入層とを交互に積層することによって実現される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5457709号公報
【特許文献2】米国特許第5745516号公報
【特許文献3】米国特許第6751244号公報
【特許文献4】米国特許第6922427号公報
【特許文献5】特開平8−279647号公報
【特許文献6】特開2008−177366号公報
【特許文献7】特開2008−60396号公報
【特許文献8】特開平10−4242号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M.Beck et. al., “Continuous Wave Operation of aMid-Infrared Semiconductor Laser at Room Temperature”,Science Vol.295 (2002) pp.301-305
【非特許文献2】J. S.Yu et. al., “High-Power Continuous-Wave Operation of a6μm Quantum-Cascade Laser at RoomTemperature”, Appl. Phys. Lett.Vol.83 (2003) pp.2503-2505
【非特許文献3】A.Evans et. al., “Continuous-Wave Operation of λ〜4.8μm Quantum-Cascade Lasers at Room Temperature”, Appl. Phys. Lett. Vol.85 (2004) pp.2166-2168
【非特許文献4】A.Tredicucci et. al., “A Multiwavelength Semiconductor Laser”, Nature Vol.396 (1998) pp.350-353
【非特許文献5】A.Wittmann et. al., “Heterogeneous High-Performance Quantum-CascadeLaser Sources for Broad-BandTuning”, IEEE J. QuantumElectron. Vol.44 (2008) pp.1083-1088
【非特許文献6】A.Wittmann et. al., “High-Performance Bound-To-Continuum Quantum-CascadeLasers for Broad-Gain Applications”, IEEE J. Quantum Electron. Vol.44 (2008)pp.36-40
【非特許文献7】R.Maulini et. al., “Broadband Tuning of External Cavity Bound-to-ContinuumQuantum-Cascade Lasers”, Appl. Phys. Lett. Vol.84 (2004)pp.1659-1661
【非特許文献8】A.Wittmann et. al., “Intersubband Linewidths in Quantum CascadeLaser Designs”, Appl. Phys. Lett. Vol.93 (2008)pp.141103-1-141103-3
【非特許文献9】Claire Gmachl et.al., “Complex-Coupled Quantum Cascade Distributed-Feedback Laser”, IEEE Photon.Technol. Lett., Vol.9 (1997) pp.1090-1092
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した量子カスケードレーザでは、レーザ発振に成功した当初は素子の駆動温度は極低温に限られていたが、2002年には M. Beck らによって発振波長9.1μmでの室温CW動作が達成された(非特許文献1)。また、その後、M. Razeghiらのグループによって発振波長6μm、及び4.8μmにおいても室温CW動作が達成された(非特許文献2、非特許文献3)。現在では、3.8〜11.5μmの広い波長範囲で室温連続発振が達成され、既に実用化の段階に到達している。
【0007】
量子カスケードレーザの室温連続発振の達成後、レーザ素子を外部共振器(EC:External Cavity)とともに用いることで、広い波長領域で単一モード発振をする量子カスケードレーザを作製する試みが行われている。また、単一波長をスキャン可能な室温CW動作の分布帰還(DFB:Distributed Feed Back)型量子カスケードレーザの開発も進められている(例えば、非特許文献9参照)。
【0008】
これまでのDFB型量子カスケードレーザにおいては、1つの発光上準位から1つの発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光を生成する構造により、その発光のゲインを集中させることで、素子特性の向上が図られてきた(例えば特許文献6)。具体的には、この構造により、レーザ動作の低閾値化、高スロープ効率、室温CW動作を達成することが可能となった。
【0009】
しかしながら、このような単一モードのDFB型量子カスケードレーザをガスの分光分析に用いる場合、レーザの発振波長のゲイン幅が狭かったため、レーザの発振波長のゲインピークと回折格子の周期で決まるブラッグ波長とを精度よく合わせ込むのが難しい。そのためには結晶成長を高精度にコントロールしなければならず、歩留まりに影響を及ぼしていた。
【0010】
この課題に対して、量子カスケードレーザのゲイン幅を広げることによって、結晶成長に要求される精度を緩和することも考えられる。しかしながら、一般に、ゲイン幅と素子特性とはトレードオフの関係にある。そのため、ゲイン幅を広げた場合には、閾値の上昇や出力低下など素子特性の低下を招いてしまう。
【0011】
そこで、本発明は、広いゲイン幅と素子特性との両立を図ることが可能な量子カスケードレーザを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る量子カスケードレーザは、半導体基板と、半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層で構成される単位積層体が多段に積層されることで量子井戸発光層と注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層と、活性層上に設けられた回折格子層とを備え、単位積層体は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位と、第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位と、それぞれ第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位とを有し、量子井戸発光層における第1発光上準位及び第2発光上準位から複数の発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成され、サブバンド間遷移を経た電子は、注入層内の準位を介して後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるとともに、量子井戸発光層はn個(nは2以上の整数)の井戸層を含み、第1発光上準位及び第2発光上準位の一方は、最も前段の注入層側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方は、第1井戸層を除く井戸層における励起準位に起因する準位であり、第1発光上準位と第2発光上準位とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学フォノンのエネルギーよりも小さく設定されるとともに、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54は、縦光学フォノンのエネルギーよりも大きく設定される。
【0013】
本発明に係る量子カスケードレーザでは、発光層及び注入層から構成される単位積層体でのサブバンド準位構造において、発光に関わる準位として、第1、第2発光上準位の2個の発光上準位と、複数(2個以上)の発光下準位とを設けている。このように、2個の発光上準位と2個以上の発光下準位とを組み合わせることにより、広いゲイン幅を実現することができる。
【0014】
加えて、本発明に係る量子カスケードレーザでは、第1、第2発光上準位について、具体的に、その一方を、発光層の第1井戸層における基底準位に起因する準位によって構成し、かつ、他方を、第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位に起因する準位によって構成している。さらに、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43を、縦光学(LO:Longitudinal Optical)フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定(ΔE43<ELO)するとともに、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54を、LOフォノンのエネルギーELOよりも大きく設定(ELO<ΔE54)している。
【0015】
このような構成によれば、各井戸層における励起準位によって構成されたミニバンドを発光上準位として用いる超格子構造を利用した活性層構造とは異なり、各準位間の結合の強さ、エネルギー間隔等の設計により、発光遷移によって得られる発光スペクトルなどの特性を好適に設定、制御することができる。以上により、広いゲイン幅と素子特性とを両立させることができ、広い波長範囲での発光を好適に得ることが可能な量子カスケードレーザが実現される。なお、上記のような単位積層体でのサブバンド準位構造は、活性層を構成する単位積層体での量子井戸構造の設計によって制御することが可能である。
【0016】
回折格子層は、活性層上に設けられた下地部と、下地部に設けられ、互いに離間した複数の突出部とで構成されていてもよい。このようにすると、活性層から、回折格子として機能する突出部までの距離を、下地部の厚さによって調整できる。すなわち、下地部の厚さを調整することで、回折格子の結合係数を波長に応じて調整することが可能となる。
【0017】
回折格子層は位相シフト部を有していてもよい。このようにすると、製造工程における回折格子の劈開位置のずれに起因するバイモード発振を抑制することができ、安定して単一モード発振をする量子カスケードレーザを得ることが可能となる。このとき、回折格子の中央近傍で回折格子の凹凸の位相を反転させたλ/4位相シフト回折格子を採用すると、発振閾値利得を最小モードの1つだけにできるため、特によい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、広いゲイン幅と素子特性との両立を図ることが可能な量子カスケードレーザを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本実施形態に係る量子カスケードレーザの構成を示す図である。
【図2】図2は、量子カスケードレーザの活性層におけるサブバンド準位構造について示す図である。
【図3】図3は、活性層を構成する単位積層体の構成の一例を示す図である。
【図4】図4は、活性層における1周期分の単位積層体の構造の一例を示す図表である。
【図5】図5は、量子カスケードレーザで得られる発光スペクトルを示すグラフである。
【図6】図6は、発光半値幅の電圧依存性を示すグラフである。
【図7】図7は、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔の電界強度依存性を示すグラフである。
【図8】図8は、第1、第2発光上準位のそれぞれの発光層の第1井戸層以外での電子の存在確率の電界強度依存性を示すグラフである。
【図9】図9は、量子カスケードレーザの電流−電圧−光出力特性を示すグラフである。
【図10】図10は、閾値電流密度の温度依存性を示すグラフである。
【図11】図11は、量子カスケードレーザの発振スペクトルを示すグラフである。
【図12】図12は、量子カスケードレーザの発振スペクトルと、各回折格子の周期に対応した単一モード発振とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0021】
[量子カスケードレーザの全体構成]
本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、半導体量子井戸構造におけるサブバンド間の電子遷移を利用して光を生成するモノポーラタイプのレーザ素子である。この量子カスケードレーザ1は、図1に示されるように、半導体基板10上に、基板10側から順に、クラッド層13aと、下部コア層11と、活性層15と、上部コア層12と、回折格子層20と、クラッド層13bと、コンタクト層14とが順次積層されて構成されている。
【0022】
[活性層の構成]
活性層15は、光の生成に用いられる量子井戸発光層と、発光層への電子の注入に用いられる電子注入層とが交互かつ多段に積層されたカスケード構造を有する。具体的には、量子井戸発光層及び注入層からなる半導体積層構造を1周期分の単位積層体16とし、この単位積層体16が多段に積層されることで、カスケード構造を有する活性層15が構成されている。量子井戸発光層及び注入層を含む単位積層体16の積層数は適宜設定されるが、例えば数100程度である。活性層15は、本実施形態においては下部コア層11を介して半導体基板10上に設けられているが、半導体基板10上に直接設けられていてもよい。
【0023】
活性層15に含まれる複数の単位積層体16のそれぞれは、図2に示されるように、量子井戸発光層17と、電子注入層18とによって構成されている。これらの発光層17及び注入層18は、後述するように、それぞれ量子井戸層及び量子障壁層を含む所定の量子井戸構造を有して形成される。これにより、単位積層体16中においては、量子井戸構造によるエネルギー準位構造であるサブバンド準位構造が形成される。
【0024】
本実施形態に係る量子カスケードレーザ1において活性層15を構成する単位積層体16は、図2に示されるように、そのサブバンド準位構造において、サブバンド間遷移による発光に関わる準位として、第1発光上準位(準位3)Lup1と、第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位(準位4)Lup2と、それぞれ第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位(準位2)Llowとを有している。
【0025】
また、本実施形態において、発光層17は、n個(nは2以上の整数)の井戸層を含んで構成されるとともに、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2について、その一方が、最も前段の注入層18a側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方が、第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位に起因する準位である構成となっている。
【0026】
また、サブバンド準位のエネルギー間隔については、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学(LO)フォノンのエネルギーELOよりも小さく設定されている(ΔE43<ELO)。また、第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位(準位5)Lhについて、第2発光上準位Lup2と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔ΔE54は、LOフォノンのエネルギーELOよりも大きく設定されている(ELO<ΔE54)。
【0027】
ここで、LOフォノンのエネルギーELOは、例えば、量子井戸層の半導体材料としてInGaAsを想定した場合、ELO=34meVである。また、LOフォノンのエネルギーELOは、量子井戸層をGaAsとした場合に36meV、InAsとした場合に32meVであり、上記した34meVとほぼ同程度である。
【0028】
このような準位構造において、2つの発光上準位Lup1、Lup2は、好ましくは、動作電界の条件下で、それぞれの準位のエネルギー位置が一致し、波動関数が強く結合(アンチクロッシング)するように設計される。この場合、これらの2つの上準位は、エネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞う。このような構造では、2つの上準位の結合の大きさを変化させることにより、発光の半値幅(FWHM)を制御することが可能である。また、複数の発光下準位Llowは、複数の準位を含む下位ミニバンドMBを構成しており、第1、第2発光上準位からの発光遷移は下位ミニバンドへ分散する。
【0029】
また、図2に示す単位積層体16では、発光層17と、前段の単位積層体での注入層18aとの間に、注入層18aから発光層17へと注入される電子に対する注入障壁(injection barrier)層が設けられている。また、発光層17と、注入層18との間においても、発光層17から注入層18への電子に対する抽出障壁(exitbarrier)層が必要に応じて設けられる。ただし、図2では、発光層17と注入層18との間については、充分に波動関数が染み出す程度の薄い障壁層のみを設ける構成を例示している。
【0030】
また、本準位構造において、ミニバンドMBは、量子井戸発光層17内でのミニバンドと、注入層18内でのミニバンドとが結合して、発光層17から注入層18まで複数の準位が広がって分布するバンド構造を有している。このような構成により、ミニバンドMBは、そのうちの高エネルギー側で発光層17内にある部分が、上述した複数の発光下準位Llowからなる下位ミニバンドとして機能するとともに、低エネルギー側で注入層18内にある部分が、発光遷移後の電子を発光下準位Llowから後段の発光層17bへと緩和させる緩和準位(準位1)Lrを含む緩和ミニバンドとして機能している。
【0031】
このように、発光下準位Llow及び緩和準位Lrに連続準位を用いることで、極めて高効率に反転分布を形成することができる。また、緩和ミニバンドを構成する複数の緩和準位Lrのうちで、注入層18内の基底準位Lgは、好ましくは、動作電界の条件下で、後段の単位積層体での発光層17bにおける第2発光上準位Lup2と強く結合するように設計される。
【0032】
このようなサブバンド準位構造において、前段の注入層18aでの緩和準位Lrからの電子e−は、注入障壁を介して共鳴トンネル効果によって発光層17へと注入され、これによって、緩和準位Lrと結合している第2発光上準位Lup2が強く励起される。また、このとき、電子−電子散乱などの高速散乱過程を介して、第1発光上準位Lup1にも充分な電子が供給されて、2つの発光上準位Lup1、Lup2の両方に充分なキャリアが供給される。
【0033】
第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2に注入された電子は、下位ミニバンドを構成する複数の発光下準位Llowのそれぞれへと遷移し、このとき、上準位Lup1、Lup2と、下準位Llowとのサブバンド準位間のエネルギー差に相当する波長の光hνが生成、放出される。また、このとき、上記したように、2つの上準位がエネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞うため、得られる発光スペクトルは均一な広がりを有するスペクトルとなる。なお、図2においては、図の見易さのため、上準位Lup1、Lup2から最も高エネルギー側の下準位Llowへの発光遷移のみを示し、他の下準位への遷移については図示を省略している。
【0034】
発光下準位Llowへと遷移した電子は、発光下準位Llow、及び注入層18内の緩和準位Lrを含むミニバンドMBにおいて、LOフォノン散乱、電子−電子散乱などを介したミニバンド内緩和によって、高速で緩和される。このように、ミニバンド内緩和を利用した発光下準位Llowからのキャリアの引き抜きでは、容易に、2つの上準位Lup1、Lup2と複数の下準位Llowとの間で、レーザ発振を実現するための反転分布が形成される。また、発光下準位Llowから注入層18内の準位Lrへと緩和された電子は、低エネルギー側の緩和準位である注入層18内の基底準位Lgを介して後段の発光層17bでの発光上準位Lup1、Lup2へとカスケード的に注入される。
【0035】
このような電子の注入、発光遷移、及び緩和を活性層15を構成する複数の単位積層体16で繰り返すことにより、活性層15においてカスケード的な光の生成が起こる。すなわち、量子井戸発光層17及び注入層18を多数交互に積層することにより、電子は積層体16をカスケード的に次々に移動するとともに、各積層体16でのサブバンド間遷移の際に光hνが生成される。また、このような光がレーザ1の光共振器において共振されることにより、所定波長のレーザ光が生成される。
【0036】
[回折格子層の構成]
図1に戻り、回折格子層20は、上部コア層12を介して活性層15上に設けられた下地部20aと、下地部20a上に設けられた複数の突出部20bとを有する。下地層20aは、上部コア層12の表面全面に形成されている。下地層20aは、突出部20bをエッチングで作製する際にエッチングのストッパとして機能すると共に、活性層15から各突出部20bまでの距離を調整する機能を有している。
【0037】
各突出部20bは、互いが均等に離間した状態で、所定のパターンとなるように下地部20a上に配列されている。例えば、ターゲット波長が5.26μm(波数1901cm−1)である場合、一次の回折を利用すると、各突出部20bのピッチを824nmに設定することができる。量子カスケードレーザ1の幅方向中央近傍に位置する突出部21は、図1に示されるように、それ以外の突出部22よりも幅が2倍程度に設定されている。そのため、突出部21は位相シフト部として機能することとなる結果、突出部20b(回折格子層20)は本実施形態においてλ/4位相シフト回折格子として機能する。なお、各突出部20bの間には、クラッド層13bが入り込むように形成されている。
【0038】
各突出部20bは、干渉露光法、EB露光法、ナノインプリント法などで形成することができる。各突出部20bの間隔(周期)は、例えば、ターゲット波長が5.26μm(波数1901cm−1)である場合、824nm程度であり、回折格子の作成精度は±0.8nm以下程度である。そのため、特にナノインプリント法を用いて各突出部20bを形成することが好ましい。ナノインプリント法によれば、位相シフト回折格子を高精度に大面積で作製でき、バイモード発振を抑制できるためである。
【0039】
[活性層での量子井戸構造を含む素子構造の具体例]
活性層15での量子井戸構造を含む素子構造の具体例について、図1、図3及び図4に基づいて説明する。
【0040】
本構成例に係る半導体基板10は、n型InP単結晶から構成されている。クラッド層13a,13bは共に、InPから構成されており、その厚さは3.5μm程度に設定することができる。下部コア層11は、InGaAsから構成されており、その厚さは300nm程度に設定することができる。上部コア層11は、InGaAsから構成されており、その厚さは300nm程度に設定することができる。コンタクト層14は、InGaAsから構成されており、その厚さは10nm程度に設定することができる。下地層20aは、InPから構成されており、その厚さは200nm〜300nm程度に設定することができる。各突出部20bは、InGaAsから構成されており、その厚さ100nm程度に設定することができる。
【0041】
本構成例に係る活性層15の量子井戸構造では、発振波長を8.7μm(発振エネルギー:142meV)、動作電界を41kV/cmとして設計された例を示している。図3においては、活性層15での発光層17及び注入層18による多段の繰返し構造のうちの一部について、その量子井戸構造及びサブバンド準位構造を示している。また、図1及び図3に示した素子構造は、例えば、分子線エピタキシー(MBE)法、または有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法による結晶成長で形成することができる。
【0042】
本構成例に係る活性層15は、量子井戸発光層17及び電子注入層18を含む単位積層体16が40周期で積層されて構成されている。また、1周期分の単位積層体16は、図3に示されるように、11個の量子井戸層161〜164、181〜187、及び11個の量子障壁層171〜174、191〜197が交互に積層された量子井戸構造として構成されている。
【0043】
これらの単位積層体16の各半導体層のうち、量子井戸層は、In0.53Ga0.47As層によって構成されている。また、量子障壁層は、Al0.52In0.48As層によって構成されている。これにより、活性層15は、InP基板50に格子整合するInGaAs/InAlAs量子井戸構造によって構成されている。
【0044】
また、このような単位積層体16において、発光層17と注入層18とについては、図3に示される積層構造において、4層の井戸層161〜164、及び障壁層171〜174から構成される積層部分が、主に発光層17として機能する部分となっている。また、7層の井戸層181〜187、及び障壁層191〜197から構成される積層部分が、主に注入層18として機能する部分となっている。また、発光層17の各半導体層のうちで、1段目の量子障壁層171が、前段の注入層と、発光層17との間に位置し、前段の注入層から発光層17への電子に対する注入障壁層となっている。
【0045】
なお、本構成例においては、発光層17と、注入層18との間に位置し、発光層17から注入層18への電子に対する抽出障壁層については、実効的に抽出障壁として機能している障壁層は存在していない。図3においては、後述する発光上準位Lup1、Lup2の波動関数が単位積層体16における5番目の障壁層191の手前で減衰しているため、この障壁層191を形式的に抽出障壁層と規定し、その前後で、発光層17と注入層18とを機能的に区分している。図4に、活性層15における1周期分の単位積層体16の具体的な構造の一例を示す。
【0046】
このような構成において、単位積層体16は、その図3に示すサブバンド準位構造において、第1発光上準位(準位3)Lup1、第2発光上準位(準位4)Lup2、複数の発光下準位(準位2)Llow、及び緩和準位(準位1)Lrを有している。具体的には、図3の準位構造において、レーザ動作に寄与する準位は12個あり、発光下準位Llow及び緩和準位Lrには、それぞれ複数の準位が対応している。これらの複数の発光下準位及び複数の緩和準位は、上述したように、発光層17から注入層18まで複数の準位が広がって分布するミニバンドMBを構成している。また、発光層17及び注入層18での井戸層、障壁層のそれぞれの層厚は、量子力学に基づいて設計されている。
【0047】
[量子井戸構造の具体的な設計手順]
図3に示した単位積層体16における量子井戸構造の具体的な設計手順について説明する。まず、レーザ素子での発振波長を与えるために、第1発光上準位(準位3)Lup1と発光下準位(準位2)Llowとの間のエネルギー間隔、及び発光下準位からの電子の引き抜き構造を決定する。上記したサブバンド準位構造では、発光下準位Llowとして複数の準位からなる下位ミニバンドを用いている。
【0048】
第1発光上準位Lup1と、複数の発光下準位Llowを含む下位ミニバンドとのエネルギー間隔は、発光層17内の井戸層161、162、163、164の井戸幅、障壁層172、173、174の厚さ、及び動作電界によって決まる。また、動作電界は、予想される1周期当たりの積層体の膜厚及び電圧降下量に基づいて設定される。本構成例では、上述したように、動作電界を41kV/cmとしている。
【0049】
ここで、発光波長を決める井戸層161〜164の井戸幅、障壁層172〜174の厚さ、及び注入層18の障壁層191の厚さは、それぞれの準位の波動関数が敏感にそれぞれの量子井戸層と障壁層との影響を受けているため、単独では決定することができない。このため、これらの半導体層については、数値計算を用いて量子力学的に各層の層厚を決定する。また、次の設計ステップで第2発光上準位Lup2の準位位置を決定する際に、設計波長は再び変化する。そのため、ここでは、はじめに量子井戸層162、163、164、及び障壁層173、174の構成を大まかに決定する。
【0050】
次に、第2発光上準位(準位4)Lup2を設定するための量子井戸層161の井戸幅を決定する。発光層17における第1井戸層である井戸層161の層厚は、第1井戸層161が単一量子井戸層として存在した場合の基底準位が第2発光上準位Lup2に対応するため、必然的に発光層17における他の井戸層よりも薄くなる。
【0051】
また、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2は、動作電界の条件下において波動関数が結合し、充分に重なっている必要がある。このため、第1井戸層161の厚さは、井戸層161における基底準位と、第1発光上準位Lup1とが、動作電界においてほぼ同じエネルギーになるように設定される。なお、この場合、第1発光上準位Lup1は、第1井戸層161以外の井戸層における励起準位である。
【0052】
また、第2障壁層172の厚さは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2が結合している状態におけるアンチクロッシングの大きさ(完全に結合しているときの準位3、準位4間のエネルギー差ΔE43)を決定している。アンチクロッシングの大きさは、障壁層172が薄ければ大きく、また、障壁層172が厚ければ小さくなる。
【0053】
本発明による量子カスケードレーザは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2から発光下準位Llowへの遷移を制御することによって、広い発光半値幅を実現するものである。このため、障壁層172の厚さが適切でない場合には、そのような機能が損なわれることとなる。すなわち、障壁層172が薄すぎる場合には、ΔE43が大きくなるため、発光下準位Llowへの遷移は、第1発光上準位Lup1もしくは第2発光上準位Lup2のどちらかからの遷移に偏り、発光半値幅は狭いものとなる。仮に偏らずに発光したとしても、その発光スペクトルはミニバンド間遷移の場合のように不均一なものとなる。
【0054】
一方、障壁層172が厚すぎる場合は、ΔE43が小さくなりすぎるが、それ以前に、注入障壁層171よりも厚い障壁層がカスケード構造内に存在すると、キャリアの輸送が困難となり、レーザ動作そのものが損なわれる可能性がある。これらの観点から、障壁層172の厚さは、注入障壁層171よりは薄い層厚で、適切に設定する必要がある。図4に示した構成例では、この障壁層172の厚さを2.7nmに設定することで、発光上準位Lup1、Lup2のエネルギー差ΔE43を18meVとしている。
【0055】
また、複数の発光下準位Llowについては、上記したようにミニバンドMBを用いている。このミニバンドMB内では、波動関数が空間的に広がった状態で準位が多数存在している。このような構成条件を満たすためには、発光層17を構成するすべての障壁層を薄い層厚とし、それぞれの準位が強く結合した状態とする必要がある。
【0056】
また、本来、電子注入層18内に存在する準位もミニバンドMBを構成する準位として使用するため、これらの準位の波動関数が発光層17まで染み出すように、注入層18の第1障壁層(抽出障壁層)191の層厚も薄く設定することが重要である。この抽出障壁層191については、厚すぎると発光層17内から注入層18への電子の流れが損なわれるのみならず、下位ミニバンドMBの形成が妨げられることとなるため、注意深く設計する必要がある。なお、本構成例では、上述したように、第1障壁層191は、実効的には抽出障壁としては機能していない。
【0057】
これらの設計過程において、設計波長、及び各準位の間隔等は常に変化するが、そのたびに微調整を行うことにより、発光層17内のすべての量子井戸層、障壁層の厚さを決定する。最終的に、発光層17内の井戸層161、162、163、164の層厚は、それぞれ3.1nm、7.5nm、5.8nm、5.2nmとした。また、障壁層172、173、174、及び注入層18の障壁層191の層厚は、それぞれ2.7nm、0.9nm、1.0nm、1.2nmとした。
【0058】
続いて、電子注入層18の設計を行う。本構成例では、この注入層18の構造として、Funnel Injector(特許文献8:特開平10−4242号公報)を用いた。このように、Funnel Injectorを用いることにより、次周期に近づくにしたがって、ミニバンドMBのエネルギー幅を狭くして、第2発光上準位Lup2への電子の注入効率を高めることができる。このような準位構造は、注入層18内において、発光層17側から次周期の発光層17bに近づくにしたがって、量子井戸層の層厚を薄くし、障壁層の層厚を厚くすることによって実現することができる。
【0059】
図3に示した構造では、注入層18の設計は、まず次周期の発光層17bと隣り合っている量子井戸層187の設計から行う必要がある。これは、井戸層187に存在する準位の波動関数(動作電界での注入層18内の基底準位)を、動作電界以下のどの電界においても、発光上準位に追従する状態にしておく必要があるためである。
【0060】
このような状態を実現するためには、井戸層187の層厚は井戸層161よりも若干厚く(数Å程度)する必要がある。本構成例では、発光層17の井戸層161の厚さ3.1nmに対して、注入層18の井戸層187の厚さを3.3nmに設定している。これにより、緩和ミニバンドからの電子の注入によって、第2発光上準位Lup2を励起することが可能となり、広い発光半値幅が実現可能となる。
【0061】
ここで、例えば井戸層187を井戸層161よりも6Å(0.6nm、2原子層)ほど厚くした場合を考えると、低電界の条件下において、井戸層187内の緩和準位は、井戸層161内の第2発光上準位Lup2よりも低エネルギーとなるのみでなく、第1発光上準位Lup1よりもさらに低エネルギーに位置することとなる。このような準位構造では、動作電界に近づいたときに、電子が先に第1発光上準位Lup1に注入され、広い発光半値幅を得ることが困難となる。
【0062】
井戸層187の層厚の決定後、従来と同様の方法によって、注入層18内の他の量子井戸層、障壁層の層厚を決定する。なお、注入層18の第1障壁層191の層厚の設定については、上述したとおりである。
【0063】
注入層18を構成する各半導体層のうちで、抽出障壁層191側の井戸層、障壁層の厚さについては、発光層17内に存在する準位からの電子がすべて、注入層18内のミニバンドに輸送可能なように設計する。一方、次周期の注入障壁層171側の井戸層、障壁層の厚さについては、注入層18からの電子が次周期の第2発光上準位Lup2のみに注入され、それよりも高エネルギー側の準位Lhには注入されないように、緩和ミニバンドを充分に狭窄する必要がある。
【0064】
以上の点を考慮した設計の結果、注入層18内の井戸層181〜187の層厚は、それぞれ4.1nm、3.8nm、3.5nm、3.4nm、3.4nm、3.4nm、3.3nmに設定した。また、障壁層192〜197の層厚は、それぞれ1.5nm、1.6nm、1.7nm、2.0nm、2.3nm、2.8nmに設定した。
【0065】
最後に、量子井戸発光層17における注入障壁層171の層厚を決定する。この障壁層171は、多段の単位積層体16のカスケード構造における各周期の結合の強さを決定するものであり、投入できる最大電流を決定している。波動関数の結合の強さはアンチクロッシングギャップによって決定されるが、本構成例では、アンチクロッシングギャップを7.3meVとし、従来技術と同等の電流を投入可能なように設計を行った。このときの注入障壁層171の厚さは3.7nmとなる。
【0066】
[量子カスケードレーザの特性等]
上記のように設計した構成例による量子カスケードレーザの特性等について、図5〜図8を参照して説明する。
【0067】
図5は、量子カスケードレーザで得られる発光スペクトルの動作電圧依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は発光エネルギー(meV)を示し、縦軸は発光強度(a.u.)を示している。また、グラフA1〜A7は、それぞれ、印加電圧が5.9V、6.8V、7.6V、8.3V、9.0V、9.7V、10.3Vのときの発光スペクトルを示している。これらのグラフA1〜A7に示すように、活性層において上記の準位構造(dual-state-to-continuum)を採用することにより、その発光スペクトルにおいて広く、フラットな発光が確認されている。この場合の発光半値幅は、例えば2stack型のBTC(bound-to-continuum)構造と同程度であり、単一の設計レシピで広く、良質な発光が実現されている。
【0068】
図6は、発光半値幅(発光スペクトルのFWHM)の電圧依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は印加電圧(V)を示し、縦軸は発光半値幅に対応するFWHM(meV)を示している。ここでは、動作温度を300K(グラフB1)または303K(グラフB2、B3)としたときの動作例を示している。また、グラフ(データプロット)B1、B2、B3は、それぞれ、上記した新規構造、従来のbound-to-bound構造、及びBTC構造を用いた場合の発光半値幅の電圧依存性を示している(例えば、非特許文献8:A. Wittmann et al., Appl. Phys. Lett. Vol.93(2008)pp.141103-1-141103-3 を参照)。
【0069】
これらのグラフB1〜B3に示すように、上記した新規構造では、他の構造と比べて非
常に大きい発光半値幅が得られていることがわかる。また、発光半値幅の電圧依存性をみると、BTC構造では、電圧の増大に伴って発光半値幅が減少している。これに対して、新規構造では、発光半値幅はほぼ一定であり、電圧依存性は非常に小さい。これは、DFB型、EC型などのレーザ素子への適用を考慮すると、上記した新規構造が、非常に大きな優位性を有していることを示すものである。
【0070】
上記構成による量子カスケードレーザでは、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2から複数の発光下準位Llowへの発光遷移について、上述したように、2つの準位Lup1、Lup2のそれぞれから充分な遷移強度が得られるときに、はじめて充分な特性、機能が得られる。このため、2つの上準位は、動作状態では充分に結合されており、それぞれの波動関数が発光層17内全体に広がっている必要がある。第1、第2発光上準位の一方は、基本的には発光層17の第1井戸層に局在しており、他方の上準位と結合したときにのみ発光層17内全体に波動関数が広がる。
【0071】
ここで、図7は、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔の電界強度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は活性層15に印加されている電界強度(kV/cm)を示し、縦軸は第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43(meV)を示している。
【0072】
また、図8は、第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2のそれぞれの発光層17の第1井戸層161以外での電子の存在確率の電界強度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は図7と同様に電界強度(kV/cm)を示し、縦軸は発光上準位の第1井戸層161以外での電子の存在確率を示している。また、グラフC1は、第1発光上準位の第1井戸層161以外での存在確率を示し、グラフC2は、第2発光上準位の第1井戸層161以外での存在確率を示している。
【0073】
これらのグラフに示すように、上記した構成例では、図7、図8においてそれぞれ範囲R1、R2によって示した、電界強度が36〜47kV/cmの範囲内において、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2が強く結合し、それらの発光上準位の両者について、第1井戸層161以外での電子の存在確率が30%以上となる好適条件を満たしている。また、このとき、2つの発光上準位のエネルギー間隔が最も小さくなっている。上記した新規構造の量子カスケードレーザでは、このような第1、第2発光上準位の結合状態、エネルギー間隔、及び波動関数(存在確率)の広がりの条件を考慮して、単位積層体16における量子井戸構造、及びそれによるサブバンド準位構造を設計することが好ましい。
【0074】
上記構成例による量子カスケードレーザの特性等について、図9〜図11を参照してさらに説明する。ここでは、共振器長を4mm、リッジ導波路型の構成におけるリッジ幅を14μmとして構成したレーザ素子の特性を示す。なお、レーザ素子において、レーザ端面はへき開によって形成されており、特別なコーティング等は施していない。
【0075】
図9は、量子カスケードレーザの電流−電圧−光出力特性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は電流(A)または電流密度(kA/cm2)を示し、縦軸は電圧(V)または光強度(W)を示している。ここでは、具体的には、パルス幅100ns、繰返し周波数100kHzでパルス動作させたときのレーザ素子特性を示す。また、グラフD0は、動作温度300Kでの電流−電圧特性を示し、グラフD1〜D6は、それぞれ動作温度300K、320K、340K、360K、380K、400Kでの電流−光出力特性を示している。
【0076】
これらのグラフD0〜D6に示すように、上記した新規構造により、極めて良好なレーザ特性が得られている。また、室温での閾値電流密度は2.6kA/cm2と低く、狭いゲイン幅のレーザ素子と比較しても遜色無い値となっている。また、レーザ素子の両端面からの合計光出力は室温で1Wにも達しており、極めて高出力なレーザ素子を実現可能であることがわかる。また、スロープ効率については、約1W/Aが得られている。
【0077】
図10は、閾値電流密度の温度依存性を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は温度(K)を示し、縦軸は閾値電流密度(kA/cm2)を示している。このグラフに示すように、閾値の温度特性は極めて良好である。また、閾値の温度による上昇の割合を示す特性温度T0の値は約340Kで、これまで報告されている量子カスケードレーザの値と比較すると、約2倍の値が得られている。なお、特性温度T0は、下記の式
Jth=J0exp(T/T0)
によって定義される。また、図10において、最高動作温度は400K以上であり、閾値及び特性温度からの推定では、470K程度まで発振すると考えられる。
【0078】
図11は、量子カスケードレーザの発振スペクトルを示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は強度(a.u.)を示している。また、グラフE1〜E3は、それぞれ電流1.75A、2.3A、2.7Aでの発振スペクトルを示している。
【0079】
これらのグラフE1〜E3に示すように、新規構造の量子カスケードレーザについて、発振直後は利得のピーク付近で発振しているが、電流を増大させていくとコヒーレントの不安定性が原因と考えられるスペクトルの広がりが確認され、極めて広い波長範囲で発振の軸モードが発生している様子が観測されている。このような広範囲での軸モードの発生からも、上記した新規構造の利得が極めて広いことを確認することができる。
【0080】
図12は、量子カスケードレーザの発振スペクトルと、各回折格子の周期に対応した単一モード発振とを示すグラフである。このグラフにおいて、横軸は波数(cm−1)を示し、縦軸は強度(a.u.)を示している。
【0081】
グラフFは、電流1.4Aでの発振スペクトルを示している。この発振スペクトルの短波長側、中央付近、長波長側のそれぞれに対応した、3種類の回折格子を作製した。回折格子の周期は、短波長側からそれぞれ、Λ=994.5nm、1023.0nm、1062.8nmに設定した。その結果、周期Λ=994.5nmの回折格子に対して1573cm−1(6.36μm)で単一モード発振が得られ(図12のG1参照)、周期Λ=1023.0nmの回折格子に対して1531cm−1(6.53μm)で単一モード発振が得られ(図12のG2参照)、周で単一モード発振が期Λ=1062.8nmの回折格子に対して1476cm−1(6.77μm)で単一モード発振が得られた(図12のG3参照)。
【0082】
このように、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1では、同一のウエハから約100cm−1にわたる広い波長範囲で単一モード発振が得られることが確認された。これは、回折格子の周期を決めれば、量子カスケードレーザのゲインが短波長側又は長波長側にずれても、安定して1つの波長で単一モード発振が得られることを示している。また、回折格子の周期を選択することによって、複数種類の単一モード発振する量子カスケードレーザを一つのウエハから作製することが可能である。
【0083】
[作用及び効果]
本実施形態の作用及び効果について説明する。
【0084】
図1及び図2に示した量子カスケードレーザ1では、発光層17及び注入層18から構成される単位積層体16でのサブバンド準位構造において、発光に関わる準位として、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2の2個の発光上準位と、複数(2個以上)の発光下準位Llowとを設けている。このように、2個の発光上準位と2個以上(より好ましくは3個以上)の発光下準位とを組み合わせることにより、広い波長範囲での発光を好適に実現することができる。
【0085】
また、上記構成では、第1、第2発光上準位Lup1、Lup2について、具体的に、その一方を、発光層17の第1井戸層における基底準位(基底準位に起因する準位)によって構成し、かつ、他方を、発光層の第1井戸層を除く井戸層(第2〜第n井戸層)における励起準位(励起準位に起因する準位)によって構成している。さらに、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔ΔE43を、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定するとともに、第2発光上準位と高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54を、LOフォノンのエネルギーよりも大きく設定している。
【0086】
このような構成によれば、各井戸層における励起準位によって構成されたミニバンドを発光上準位として用いる超格子構造を利用した活性層構造とは異なり、各準位間の結合の強さ、エネルギー間隔等の設計により、発光遷移によって得られる発光スペクトルなどの特性を好適に設定、制御することができる。
【0087】
特に、動作電界の条件下で、2つの発光上準位Lup1、Lup2の波動関数が強く結合するように設計した場合、これらの2つの上準位は、上述したように、エネルギーに幅を持つ1本の発光上準位のように振舞う。このとき、得られる発光スペクトルは、超格子構造のような不均一なスペクトルとはならず、均一な広がりを有するスペクトルとなる。このような発光スペクトルは、例えばEC型やDFB型などの広帯域単一軸モード光源に適している。また、通常の半導体レーザにおいて良く知られているように、準位間の高速の電子−電子散乱のために、レーザ発振時に利得スペクトルのホールバーニングは生じないこととなり、このため、単一軸モード発振を維持することが可能になる。
【0088】
また、図2に示したサブバンド準位構造では、量子井戸発光層17でのサブバンド間の発光遷移を経た電子は、注入層18内の緩和準位Lrを介して発光下準位Llowから高速に引き抜かれる。これにより、発光層17において反転分布を効率的に形成することができる。以上により、広い波長範囲での発光を好適に得ることが可能な量子カスケードレーザ1が実現される。
【0089】
なお、上記した単位積層体16でのサブバンド準位構造は、活性層15を構成する単位積層体16での量子井戸構造の設計によって制御することが可能である。また、複数の発光下準位Llow、及び注入層18内の緩和準位Lrについては、図2に示したサブバンド準位構造では、発光下準位Llowを含む下位ミニバンドとしての機能と、緩和準位Lrを含む緩和ミニバンドとしての機能とを有し、発光層17から注入層18まで広がるミニバンドMBを設ける構成としている。このような構成によれば、2個の上準位及び複数の下準位による発光遷移構造と、発光遷移後の電子の緩和構造との両者を好適に実現することができる。また、発光層17でのミニバンドと、注入層18でのミニバンドとが強く結合したバンド構造を利用することにより、発光層17から注入層18への高効率な電子輸送を実現することができる。
【0090】
上記した量子カスケードレーザ1でのサブバンド準位構造において、第1発光上準位Lup1と第2発光上準位Lup2とのエネルギー間隔ΔE43は、さらに、10meV以上25meV以下の条件
10meV≦ΔE43≦25meV
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。これにより、第1、第2上準位から複数の下準位への発光遷移によって得られる発光スペクトルなどのレーザ素子特性を好適に設定することができる。
【0091】
ここで、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔の設定について具体的に説明すると、これらの2つの上準位は、それぞれ、散乱や温度の影響によってある程度の幅にブロードニングしている。この準位のブロードニングの程度は、温度や結晶中の界面、不純物などによって決定されるが、一般的には±〜10meV程度である。これは、吸収または発光の半値幅によって確認することができる。したがって、このような上準位のブロードニングの幅を考慮して、エネルギー間隔ΔE43を適切に設定することにより、これらの2つの上準位は擬似的に1本の発光上準位とみなせるようになる。
【0092】
また、2つの上準位でのキャリア分布については、上記したように擬似的に1本の発光上準位として機能する2つの上準位内において、充分に均一にキャリアが分布している必要がある。ここで、低エネルギー側の第1発光上準位(準位3)でのキャリア数をN3、高エネルギー側の第2発光上準位(準位4)でのキャリア数をN4とすると、それらのキャリア数の比は、次式
N4/N3=exp(−ΔE43/kT)
によって与えられる。
【0093】
例えば、室温(kT=25meV)では、第1、第2発光上準位のエネルギー間隔をΔE43〜20meVに設定した場合、平衡状態でもN4/N3〜0.45であり、第2発光上準位Lup2には、第1発光上準位Lup1の半分程度のキャリアが存在することとなる。さらに、前段の注入層18aからの電子を第2発光上準位Lup2側に注入するように構成すれば、キャリア数N3、N4を同程度とすることが可能である。
【0094】
また、複数の発光下準位(下位ミニバンド)については、複数の発光下準位Llowの隣接する準位同士のエネルギー間隔ΔE2(図2参照)は、いずれも、LOフォノンのエネルギーよりも小さく設定(ΔE2<ELO)されることが好ましい。このような構成によっても、第1、第2上準位から複数の下準位への発光遷移によって得られる発光スペクトルなどのレーザ素子特性を好適に設定することができる。
【0095】
また、この複数の発光下準位Llow内でのエネルギー間隔ΔE2については、第1、第2発光上準位と同様に、さらに、10meV以上25meV以下の条件
10meV≦ΔE2≦25meV
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。また、複数の発光下準位Llowの個数については、3個以上とすることが好ましい。
【0096】
また、第2発光上準位Lup2と高エネルギー準位Lhとのエネルギー間隔ΔE54は、さらに、50meV以上の条件
50meV≦ΔE54
を満たす範囲内で設定されることが好ましい。これにより、前段の注入層18a内の準位Lrから第1、第2発光上準位Lup1、Lup2へと注入される電子のうちで、発光上準位よりも高エネルギーの準位への電子の漏れ出しを抑制することができる。このように、第1、第2発光上準位から高エネルギー準位が充分に離れている準位構造は、超格子構造を利用した活性層での上位ミニバンドとは決定的に異なるものである。
【0097】
また、前段の注入層18a内の準位Lrから量子井戸発光層17への電子e−は、第2発光上準位Lup2へと注入されることが好ましい。このように、第1、第2発光上準位のうちで、高エネルギー側の第2発光上準位へと電子を注入することにより、上記したように、2つの上準位内でキャリアを均一に分布させて、第1、第2上準位のそれぞれから複数の下準位への発光遷移を好適に実現することができる。
【0098】
また、第1発光上準位Lup1及び第2発光上準位Lup2は、いずれも、活性層内で量子井戸発光層17の第1井戸層以外での、波動関数の二乗で与えられる電子の存在確率が30%以上であることが好ましい。このように、第1、第2発光上準位それぞれの波動関数を発光層内で第1井戸層に局在させずに第2〜第n井戸層においても充分な確率で電子を存在させて、それぞれの波動関数がいずれも発光層17内全体に広がっている構成によれば、第1、第2発光上準位のそれぞれを複数の発光下準位に対する発光遷移用の準位として好適に機能させて、均一な発光遷移を実現することが可能となる。
【0099】
また、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、回折格子層20が、活性層15上に設けられた下地部20aと、下地部20aに設けられ、互いに離間した複数の突出部20bとで構成されている。そのため、活性層15から、回折格子として機能する突出部20bまでの距離を、下地部20aの厚さによって調整できる。すなわち、下地部20aの厚さを調整することで、回折格子の結合係数を波長に応じて調整することが可能となる。
【0100】
また、本実施形態に係る量子カスケードレーザ1は、突出部20b(回折格子層20)が位相シフト回折格子として機能する。そのため、製造工程における回折格子の劈開位置のずれに起因するバイモード発振を抑制することができ、安定して単一モード発振をする量子カスケードレーザ1を得ることが可能となる。
【0101】
[他の実施形態]
本発明による量子カスケードレーザは、上記した実施形態及び構成例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、上記した構成例では、半導体基板としてInP基板を用い、活性層をInGaAs/InAlAsによって構成した例を示したが、量子井戸構造でのサブバンド間遷移による発光遷移が可能であって上記したサブバンド準位構造を実現可能なものであれば、具体的には様々な構成を用いて良い。
【0102】
このような半導体材料系については、上記したInGaAs/InAlAs以外にも、例えばGaAs/AlGaAs、InAs/AlSb、GaN/AlGaN、SiGe/Siなど、様々な材料系を用いることが可能である。また、半導体の結晶成長方法についても、様々な方法を用いて良い。
【0103】
また、量子カスケードレーザの活性層における積層構造、及びレーザ素子全体としての半導体積層構造については、図1、図3、図4に示した構造以外にも様々な構造を用いて良い。一般には、量子カスケードレーザは、半導体基板と、半導体基板上に設けられた上記構成の活性層とを備えて構成されていれば良い。また、上記構成例では、InP基板に対して格子整合する構成について説明したが、例えばInP基板に対して格子不整合を導入した構成を用いることも可能である。この場合、素子設計の自由度の増大、効率的なキャリア閉じ込め、及び発振波長の短波長化が可能となる。
【0104】
また、本実施形態においては、回折格子層20をλ/4位相シフト回折格子として形成したが、回折格子層20は、位相シフト量がλ/4以外の回折格子であってもよい。ただし、本実施形態のようにλ/4位相シフト回折格子を採用すると、発振閾値利得を最小モードの1つだけにできるため、特に好ましい。
【0105】
また、本実施形態においては、回折格子層20が下地部20aを有していたが、下地部20aを有さず、突出部20bが直接活性層15(上部コア層12)上に設けられていてもよい。
【符号の説明】
【0106】
1…量子カスケードレーザ、10…半導体基板、11…下部コア層、12…上部コア層、13a,b…クラッド層、14…コンタクト層、15…活性層、16…単位積層体、17…量子井戸発光層、18…注入層、20…回折格子層、Lup1…第1発光上準位、Lup2…第2発光上準位、Llow…発光下準位、Lr…緩和準位、Lg…注入層内の基底準位、Lh…高エネルギー準位、MB…ミニバンド。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板と、
前記半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層で構成される単位積層体が多段に積層されることで前記量子井戸発光層と前記注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層と、
前記活性層上に設けられた回折格子層とを備え、
前記単位積層体は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位と、前記第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位と、それぞれ前記第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位とを有し、
前記量子井戸発光層における前記第1発光上準位及び前記第2発光上準位から前記複数の発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成され、前記サブバンド間遷移を経た電子は、前記注入層内の準位を介して後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるとともに、
前記量子井戸発光層はn個(nは2以上の整数)の井戸層を含み、前記第1発光上準位及び前記第2発光上準位の一方は、最も前段の注入層側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方は、前記第1井戸層を除く井戸層における励起準位に起因する準位であり、
前記第1発光上準位と前記第2発光上準位とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学フォノンのエネルギーよりも小さく設定されるとともに、前記第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、前記第2発光上準位と前記高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54は、縦光学フォノンのエネルギーよりも大きく設定される量子カスケードレーザ。
【請求項2】
前記回折格子層は、前記活性層上に設けられた下地部と、前記下地部に設けられ、互いに離間した複数の突出部とで構成されている、請求項1に記載された量子カスケードレーザ。
【請求項3】
前記回折格子層は位相シフト部を有する、請求項1又は2に記載された量子カスケードレーザ。
【請求項1】
半導体基板と、
前記半導体基板上に設けられ、量子井戸発光層及び注入層で構成される単位積層体が多段に積層されることで前記量子井戸発光層と前記注入層とが交互に積層されたカスケード構造を有する活性層と、
前記活性層上に設けられた回折格子層とを備え、
前記単位積層体は、そのサブバンド準位構造において、第1発光上準位と、前記第1発光上準位よりも高いエネルギーを有する第2発光上準位と、それぞれ前記第1発光上準位よりも低いエネルギーを有する複数の発光下準位とを有し、
前記量子井戸発光層における前記第1発光上準位及び前記第2発光上準位から前記複数の発光下準位への電子のサブバンド間遷移によって光が生成され、前記サブバンド間遷移を経た電子は、前記注入層内の準位を介して後段の単位積層体の量子井戸発光層へと注入されるとともに、
前記量子井戸発光層はn個(nは2以上の整数)の井戸層を含み、前記第1発光上準位及び前記第2発光上準位の一方は、最も前段の注入層側の第1井戸層における基底準位に起因する準位であり、他方は、前記第1井戸層を除く井戸層における励起準位に起因する準位であり、
前記第1発光上準位と前記第2発光上準位とのエネルギー間隔ΔE43は、縦光学フォノンのエネルギーよりも小さく設定されるとともに、前記第2発光上準位に対して高エネルギー側で隣接する高エネルギー準位について、前記第2発光上準位と前記高エネルギー準位とのエネルギー間隔ΔE54は、縦光学フォノンのエネルギーよりも大きく設定される量子カスケードレーザ。
【請求項2】
前記回折格子層は、前記活性層上に設けられた下地部と、前記下地部に設けられ、互いに離間した複数の突出部とで構成されている、請求項1に記載された量子カスケードレーザ。
【請求項3】
前記回折格子層は位相シフト部を有する、請求項1又は2に記載された量子カスケードレーザ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2013−98251(P2013−98251A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237702(P2011−237702)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
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