説明

金属ワイヤの製造方法、ゴム物品補強用金属コード及び車両用タイヤ

【課題】 金属ワイヤの伸線加工性を損なうことなく、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下を十分抑制することができる金属ワイヤの製造方法、ゴム物品補強用金属コード及び車両用タイヤを提供する。
【解決手段】 ゴム物品補強用金属コードを構成する金属ワイヤ2を製造する場合、まず金属素線3の表面にCuめっき層6及びZnめっき層7を形成した後、Cuめっき層6及びZnめっき層7を熱拡散させることにより、金属素線3の表面にブラスめっき層4を形成する。このとき、凝固後のブラスめっき層4のCu含有比が51〜61wt%となるように、金属素線3の表面にCuめっき層6及びZnめっき層7を形成する。続いて、ブラスめっき層4に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層4の表面に燐酸鉄皮膜8を形成する。続いて、燐酸鉄皮膜8が形成された金属ワイヤ2に対して伸線加工を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属素線の表面にブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法、及び当該金属ワイヤを用いて形成して成るゴム物品補強用金属コード及び車両用タイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用タイヤ等といったゴム物品の補強部材としては、補強効果に優れる金属コードが従来から多用されている。このようなゴム物品補強用金属コードは、複数本の金属ワイヤを撚り合わせて成る構造のものが一般的である。ゴム物品補強用金属コードを形成する金属ワイヤを製造する方法としては、例えば特許文献1に記載されている方法が知られている。
【0003】
特許文献1に記載のものでは、まずスチールワイヤの表面にCuめっき層及びZnめっき層を形成して熱拡散処理を行うことにより、Cu含有比が55%以上のCu−Zn合金層(ブラスめっき層)を形成する。そして、その被覆スチールワイヤを燐酸塩化溶液中に浸漬させて、被覆スチールワイヤの表面に、所定量の燐を含有する燐酸塩を付着させる。その後、被覆スチールワイヤの伸線加工を行う。
【特許文献1】特公平7−8917号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術においては、ブラスめっき層のCu含有比を55%以上としているが、この下限レベルは、結晶組織としては延性の少ないβ相である。このため、ブラスめっき層のCu含有比が55%程度である場合には、被覆スチールワイヤの伸線加工性が悪化してしまう。一方、ブラスめっき層のCu含有比を高くすると、ゴム物品に対する湿熱接着性及び経年接着性(以下、湿熱・経年接着性という)が低下するという問題がある。
【0005】
上記従来技術では、ゴム物品に対する湿熱・経年接着性の低下の抑制を目的として、所定量の燐を含有する燐酸塩を被覆スチールワイヤの表面に付着させている。しかし、その後で過酷な伸線加工を施すときや複数本の被覆スチールワイヤを撚り合わせるときに、ブラスめっき層の擦れや剥離等が起こる可能性がある。この場合には、被覆スチールワイヤの表面に存在する燐の量が不均一になるので、湿熱・経年接着性の低下を抑制する効果が十分に発揮されなくなる。
【0006】
本発明の目的は、金属ワイヤの伸線加工性を損なうことなく、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下を十分抑制することができる金属ワイヤの製造方法、ゴム物品補強用金属コード及び車両用タイヤを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、金属素線の表面にCu−Zn合金からなるブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法であって、金属素線の表面にCuめっき層とZnめっき層とを形成して熱拡散させることにより、金属素線の表面にブラスめっき層を形成する工程と、ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成する工程とを含み、ブラスめっき層を形成する工程においては、ブラスめっき層のCu含有比が51〜61wt%となるように、金属素線の表面にCuめっき層とZnめっき層とを形成することを特徴とするものである。
【0008】
金属素線の表面にブラスめっき層を形成して成る金属ワイヤでは、ブラスめっき層のCu含有比を63wt%以上にすると、ブラスめっき層の結晶組織としては、比較的柔らかくて延性に富むα相または(α+β)相となるため、金属ワイヤの伸線加工性は良好になるが、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性が低下するという問題がある。
【0009】
そこで、本発明では、ブラスめっき層のCu含有比が61wt%以下となるように、金属素線の表面にCuめっき層とZnめっき層とを形成して熱拡散させるようにする。これにより、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下を抑制することができる。
【0010】
しかし、ブラスめっき層のCu含有比を低くしすぎると、ブラスめっき層の結晶組織としてβ層、γ層を析出するようになり、ブラスめっき層が硬くて脆くなるため、金属ワイヤの伸線加工性が悪化する。具体的には、金属ワイヤの伸線加工を施す際には、金属ワイヤの表面に伸線用潤滑剤を付着させた状態で、金属ワイヤをダイスで引き抜くことになるが、ブラスめっき層が硬くて脆いと、ダイスに対して損傷等の悪影響を与えやすくなる。その結果、伸線後の金属ワイヤの表面性状が悪化し、最悪の場合には金属ワイヤの断線を引き起こしてしまう。
【0011】
そこで、本発明では、ブラスめっき層のCu含有比が51wt%以上となるように、金属素線の表面にCuめっき層とZnめっき層とを形成して熱拡散させるようにする。これにより、ダイスを用いた金属ワイヤの伸線加工に対して、現状考えられる必要最低限の硬さを有するブラスめっき層を得ることができる。また、金属素線の表面にブラスめっき層を形成した後、ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成する。これにより、ブラスめっき層を燐酸塩化溶液中に浸漬させて燐酸塩皮膜を形成する、いわゆる非電解による化成皮膜処理を施した場合と異なり、ブラスめっき層の表面には燐酸塩皮膜が均一に形成されるようになる。従って、金属ワイヤの伸線加工を行うときに、ダイスに損傷等が生じにくくなるので、金属ワイヤの伸線加工性を良好にすることができる。
【0012】
好ましくは、燐酸塩皮膜を形成する工程においては、ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成する。線表面残留物を嫌うゴム物品補強用材料では、伸線用潤滑剤として湿式(液体)の潤滑剤が多用されている。また、燐酸塩皮膜としては燐酸亜鉛が一般的であるが、この燐酸亜鉛は、湿式潤滑剤との相性が悪い。このため、ブラスめっき層の表面に燐酸亜鉛皮膜を形成すると、かえって金属ワイヤの伸線加工性を悪化させる可能性がある。これに対し燐酸鉄は、湿式の伸線用潤滑剤との親和力があり、また皮膜の形成に支障をきたすことも殆ど無い。従って、燐酸塩皮膜として燐酸鉄皮膜を形成するのが最も好適である。
【0013】
このとき、燐酸鉄皮膜の付着量が5〜40mg/mとなるように、ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことが好ましい。この場合には、燐酸鉄皮膜の付着量が少な過ぎることが無いので、金属ワイヤの伸線加工時に生じる金属ワイヤとダイスとの摩擦抵抗の増加が十分抑えられる。これにより、金属ワイヤの焼付きや断線を引き起こすことが確実に防止される。また、燐酸鉄皮膜の付着量が多過ぎることも無いので、伸線加工後に金属ワイヤの表面に燐酸鉄皮膜が残存しにくくなる。これにより、ゴム物品に対する金属ワイヤの初期接着性の低下を十分抑制することができる。
【0014】
また、本発明のゴム物品補強用金属コードは、上述した金属ワイヤの製造方法により製造された金属ワイヤを用いて撚り合わせ形成したものである。このように上述した金属ワイヤの製造方法を採用することにより、金属ワイヤの伸線加工性が良好になると共に、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下が十分抑制されるようになる。
【0015】
さらに、本発明の車両用タイヤは、上述したゴム物品補強用金属コードでゴム材を補強したことを特徴とするものである。このように上述した金属ワイヤの製造方法によって得られたゴム物品補強用金属コードを用いることにより、ゴム物品補強用金属コードの金属ワイヤの伸線加工性が良好になると共に、車両用タイヤに対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下が十分抑制されるようになる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、金属ワイヤの伸線加工性を損なうことなく、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下を十分抑制することができる。これにより得られたゴム物品補強用金属コードと車両用タイヤ等のゴム物品との接着性能を安定化させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係る金属ワイヤの製造方法、ゴム物品補強用金属コード及び車両用タイヤの好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0018】
図1は、本発明に係るゴム物品補強用金属コードの一実施形態を備えた車両用タイヤを示す断面図である。同図において、車両用タイヤ30はタイヤ本体31を備え、タイヤ本体31は、トレッド部33と、このトレッド部32の両端からタイヤ径方向内側に延びる1対のサイドウォール部33とを有している。タイヤ本体31の内部には、カーカス34及び2層のベルト部35が埋設されている。カーカス34は、トレッド部32から各サイドウォール部33にかけて設けられている。ベルト部35は、トレッド部32におけるカーカス34のタイヤ径方向外側に設けられている。
【0019】
ベルト部35は、図2に示すように、複数本のゴム物品補強用金属コード1を並列に配置した状態で、これらのゴム物品補強用金属コード1をゴム材36により一括して被覆してなるものである。ゴム物品補強用金属コード1は、車両用タイヤ30の補強材として使用されるものである。ゴム材36としては、タイヤ本体31を形成するゴムよりも接着性の良いものを使用するのが望ましい。
【0020】
図3は、ゴム物品補強用金属コード1の斜視図であり、図4は、ゴム物品補強用金属コード1の拡大断面図である。各図において、ゴム物品補強用金属コード1は、3本の金属ワイヤ2A〜2Cを互いに螺旋状に撚り合わせて成るものである。金属ワイヤ2A〜2Cは、鋼線材からなる金属素線3と、この金属素線3の表面に形成され、Cu−Zn合金からなるブラスめっき層4とを有している。
【0021】
金属ワイヤ2Aには、図3及び図5に示すように、屈曲状の波付け部5が金属ワイヤ2Aの撚りピッチよりも細かいピッチで形成されている。金属ワイヤ2B,2Cには、そのような波付け部5は形成されていない。金属ワイヤ2Aに屈曲状の波付け部5を形成することにより、金属ワイヤ2Aと金属ワイヤ2B,2Cとの間には所定間隔毎に隙間が形成されることになる。このため、ゴム物品補強用金属コード1が内蔵された車両用タイヤ30を製造する際に、ゴム物品補強用金属コード1の内部へのゴムの浸透度が高くなる。従って、車両用タイヤ30の損傷部からの水の浸入によるゴム物品補強用金属コード1の腐食等を抑制することができる。
【0022】
次に、上記の金属ワイヤ2A〜2C(以下、金属ワイヤ2という)を製造する工程について、図6及び図7により説明する。まず、鋼線材からなる金属素線3の表面に、Cu−Zn合金からなるブラスめっき層4を形成する。
【0023】
具体的には、金属素線3を銅めっき浴に浸漬させて、金属素線3の表面にCuめっき層6を形成する。そして、このCuめっき層6が形成された金属素線3を亜鉛めっき浴に浸漬させて、Cuめっき層6上にZnめっき層7を形成する(図6の工程51)。なお、銅めっき浴としては、例えばピロリン酸銅浴や硫酸銅浴等が使用され、亜鉛めっき浴としては、例えば硫酸亜鉛浴等が使用される。
【0024】
例えば、Cuめっき層6の形成条件としては、ピロリン酸銅液の濃度を56〜120g/リットルとし、銅めっき浴の処理槽を複数槽で且つ亜鉛めっき浴の処理槽よりも多くし、処理電流密度を2.0〜20.0A/dmとする。また、Znめっき層7の形成条件としては、硫酸亜鉛液の濃度を60〜200g/リットルとし、亜鉛めっき浴の処理槽を複数槽とし、処理電流密度を3.0〜30.0A/dmとする。
【0025】
続いて、Cuめっき層6及びZnめっき層7が形成された金属素線3を所定の温度(例えば520℃程度)で加熱して、Cuめっき層6及びZnめっき層7を熱拡散させることにより、金属素線3の表面にブラスめっき層4を形成し、引き続き水冷等によってブラスめっき層4を凝固させた後、希硝酸等による酸洗によって線表面酸化物を除去する(図6の工程52)。
【0026】
以上の工程においては、凝固後のブラスめっき層4のCu含有比が51〜61wt%、好ましくは51〜57wt%となるように、金属素線3の表面にCuめっき層6及びZnめっき層7を順に形成する。ここで、Cuめっき層6及びZnめっき層7を熱拡散させると、ブラスめっき層4のCu含有比としては、ブラスめっき層4全体として均一にならずに勾配がつくようになる。このため、ここでいうブラスめっき層4のCu含有比は、平均値として表したものである。また、ブラスめっき層4のCu含有比の設定は、上述したCuめっき層6及びZnめっき層7の形成条件の範囲内において、Cuめっき層6の付着量とZnめっき層7の付着量とを調整することで容易に行うことができる。
【0027】
なお、上記の熱拡散法によるブラスめっき層4の形成においては、まず金属素線3の表面にZnめっき層7を形成し、そのZnめっき層7上にCuめっき層6を形成しても良い。
【0028】
続いて、ブラスめっき層4に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層4の表面に燐酸鉄皮膜8を形成する(図6の工程53)。具体的には、例えば鉄イオン、燐酸イオン及び硝酸イオンを所定量ずつ含有する燐酸塩皮膜形成用の溶液を電解液として使用し、金属素線3を陰極にして電流を流すことにより、ブラスめっき層4の表面に燐酸鉄皮膜8を形成する。このとき、例えば電解液の処理槽を1槽または複数槽とし、処理電流密度を2.5〜25.0A/dmとする。
【0029】
続いて、電解による化成皮膜処理によって得られた金属ワイヤ2に対して伸線加工を施す(図6の工程54)。具体的には、図8に示すように、化成皮膜処理により得られた金属ワイヤ2を複数段のダイス9(図8では1つのみ図示)に通して引き抜くことにより、金属ワイヤ2の径を順次細くしていく。このとき、ダイス9に対する金属ワイヤ2の滑り性を良くするために、金属ワイヤ2の表面に伸線用潤滑剤を付着させた状態で伸線加工を行う。伸線用潤滑剤としては、湿式(液体)の潤滑剤が使用される。
【0030】
以上により、ブラスめっき層4を表面に有する所望径の金属ワイヤ2が得られる。なお、金属ワイヤ2の最表面に形成された燐酸鉄皮膜8は伸線加工によって逐次脱落するため、伸線加工後には、金属ワイヤ2の表面に燐酸鉄皮膜8が殆ど存在しない状態となる。そして、このような金属ワイヤ2を複数本(ここでは3本)に対して撚線加工を施すことにより、上記のゴム物品補強用金属コード1が形成されることになる(図6の工程55)。
【0031】
ところで、ブラスめっき層が形成された金属ワイヤを有する従来のゴム物品補強用金属コードでは、ブラスめっき層のCu含有比は63〜68wt%程度となっている。この場合には、ブラスめっき層の結晶組織としては、比較的柔らかくて延性に富むα相または(α+β)相であるため、ゴム物品に対する金属コードの初期接着性は良好になるが、ゴム物品に対する金属コードの湿熱・経年接着性は低下する。この対策としては、接着性低下の原因であるCuの腐食を抑制するために、熱拡散の温度制御によって金属ワイヤの最表面にCuが露出しないようにしたり、ブラスめっき層にCo、Ni等のめっき第3元素を添加したり、ブラスめっき層に化学合成物を付着させること等が挙げられるが、何れも根本的な対策には至っていないのが実状である。金属ワイヤの最表面のCu量を低減するには、熱拡散前のCu付着量を全体的に少なくすれば良いが、ブラスめっき層のCu含有比が63wt%より低くなると、凝固後のブラスめっき層の結晶組織としては(α+β)相からβ層となり、硬くて脆いブラスめっき層となり、金属ワイヤの伸線加工性が悪化してしまう。
【0032】
そこで、本実施形態では、熱拡散して凝固した後のブラスめっき層4のCu含有比が51〜61wt%となるように、金属素線3の表面にCuめっき層6及びZnめっき層7を形成して熱拡散させると共に、ブラスめっき層4に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、ブラスめっき層4の表面に所定量の燐酸鉄皮膜8を形成する。
【0033】
ブラスめっき層4のCu含有比を51〜61wt%とすることにより、従来のゴム物品補強用金属コードと比較して、金属ワイヤ2におけるブラスめっき層4のCu含有量が少なくなるため、Cuに起因するブラスめっき層4の腐食が抑制されるようになる。これにより、従来のゴム物品補強用金属コードに比べて、ゴム物品に対する金属ワイヤ2の湿熱・経年接着性を高めることができる。ここで、Cu含有比の下限を51wt%とするのは、ダイス9を用いて金属ワイヤ2の伸線加工を行う上でブラスめっき層4として必要最小限の硬さを確保するためである。
【0034】
ここで、非電解方式による化成皮膜処理、つまり金属ワイヤ2を燐酸塩皮膜形成用の溶液に浸漬させる処理によって燐酸塩皮膜を形成する場合には、ブラスめっき層に燐酸塩皮膜を均一に付着するのが困難である。このため、そのような燐酸塩皮膜が形成された金属ワイヤをダイスに通して伸線加工を行うときに、金属ワイヤとダイスとの摩擦抵抗が局部的に高くなるため、ダイスの損傷等を引き起こすことがある。この場合には、ダイスの寿命が短くなるばかりでなく、伸線後の金属ワイヤの表面性状が悪くなり、最悪の場合には金属ワイヤの断線が発生してしまう。
【0035】
これに対し本実施形態では、ブラスめっき層4の表面に燐酸鉄皮膜8を形成する手法として、電解方式による化成皮膜処理を用いることにより、ブラスめっき層4の表面に燐酸鉄皮膜8を均一に安定して形成することができる。従って、そのような燐酸鉄皮膜8が形成された金属ワイヤ2をダイス9に通して伸線加工を行うときに、金属ワイヤ2とダイス9との摩擦抵抗が低くなるため、ダイス9に与える影響が軽減され、ダイス9の寿命が長くなる。また、金属ワイヤ2の伸線加工性が向上するため、伸線後の金属ワイヤ2の表面性状が良好になると共に、金属ワイヤ2の断線を防止することができる。
【0036】
また、ブラスめっき層4に形成する燐酸塩皮膜を燐酸鉄皮膜8とするのは以下の通りである。即ち、金属ワイヤ2の伸線加工においては、上述したように湿式の伸線用潤滑剤が使用されるが、この湿式の伸線用潤滑剤に含まれる金属イオン(Cu、Zn等)が一定量を超えると、伸線用潤滑剤は劣化してしまう。燐酸塩皮膜を燐酸亜鉛皮膜とした場合には、伸線加工時に燐酸亜鉛皮膜に含まれるZnが脱落してイオン化することがあるため、伸線用潤滑剤の劣化を早めることになり、かえって金属ワイヤの伸線加工性を損ねてしまう。また、燐酸塩皮膜を燐酸マンガン皮膜や燐酸コバルト皮膜等とすることも考えられるが、燐酸マンガンや燐酸コバルト等は皮膜されにくいため、所望の皮膜量を得るにはコストアップとなる。一方、燐酸鉄は、湿式の伸線用潤滑剤との親和性が良好であり、皮膜形成にも殆ど支障をきたさないので、ブラスめっき層4に形成する燐酸塩皮膜として効果的である。
【0037】
このとき、化成皮膜処理後の燐酸鉄皮膜8の付着量が5〜40mg/mとなるように、電解方式による化成皮膜処理を行うのが好ましい。燐酸鉄皮膜8の付着量を5mg/m以上とすることにより、金属ワイヤ2の伸線加工を行うときに、金属ワイヤ2とダイス9との摩擦抵抗が増大して金属ワイヤ2の焼付けや断線を起こすことを確実に防止できる。また、燐酸鉄皮膜8の付着量を40mg/m以下とすることにより、金属ワイヤ2の伸線加工後においては、ブラスめっき層4の表面に形成された燐酸鉄皮膜8が殆ど無くなるため、ゴム物品に対する初期接着性の低下を抑えることができる。
【0038】
以上のように本実施形態によれば、金属ワイヤ2の伸線加工性を損なうことなく、ゴム物品に対する金属ワイヤ2の湿熱・経年接着性の低下を十分抑えることができる。これにより、車両用タイヤに対するゴム物品補強用金属コード1の湿熱・経年接着性の低下を十分抑えることができるため、車両用タイヤ30とゴム物品補強用金属コード1との安定した接着性を確保することが可能となる。
【0039】
次に、本発明に係る金属ワイヤの製造方法についての実施例を以下に述べる。実際に、金属素線の表面にCuめっき層及びZnめっき層を形成し、これらを熱拡散させてブラスめっき層を形成した後、20〜22段のダイスを有する湿式伸線機により伸線加工を行った。金属素線としては、JIS規格SWRS 82A相当の鋼線材を使用した。また、伸線加工前の金属ワイヤの線径は1.50mmであり、伸線加工後の最終的な金属ワイヤの線径は0.27mmである。
【0040】
具体的には、表1に記載されているような複数種類のサンプルを製造した。表1において、比較例1〜4のサンプルは、ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成しないものであり、比較例5,6のサンプルは、電解方式による化成皮膜処理を用いて、ブラスめっき層の表面に燐酸亜鉛皮膜を形成したものであり、実施例1〜7のサンプルは、電解方式による化成皮膜処理を用いて、ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成したものである。各サンプルの製造条件は、表1に示す通りである。なお、電解方式による化成皮膜処理では、燐酸塩皮膜の付着量を増やすために電流を上げると、抵抗が増えて処理電流密度が上がる。また、表1中の燐酸塩皮膜量は、伸線加工前の皮膜量である。
【表1】

【0041】
比較例1〜6及び実施例1〜7について、湿式伸線機による伸線速度を200m/min、400m/min、600m/min、800m/minとして、金属ワイヤの伸線加工を行ったときに、金属ワイヤの断線が発生したかどうかを確認した。その結果は、表1に示す通りである。
【0042】
比較例1、2では、ブラスめっき層のCu含有比がそれぞれ63%、66%と高いことから、伸線速度800m/minで伸線加工を行っても、金属ワイヤの断線は発生していない。また、比較例4、6では、ブラスめっき層のCu含有比が61%と少し低くなっていることから、伸線速度800m/minで伸線加工を行うと、金属ワイヤの断線が発生するが、Cu含有比が同じであり且つ同じ伸線速度で伸線加工を行った実施例2〜5では、金属ワイヤの断線は発生していない。また、比較例3、5では、ブラスめっき層のCu含有比が57%と更に低くなっていることから、伸線速度400m/minで伸線加工を行うと、金属ワイヤの断線が発生しているが、Cu含有比が同じであり且つ同じ伸線速度で伸線加工を行った実施例6では、金属ワイヤの断線は発生していない。さらに、実施例7では、ブラスめっき層のCu含有比が54%と更に低くなっているにも拘わらず、伸線速度400m/minで伸線加工を行っても、金属ワイヤの断線は発生していない。
【0043】
このような実験結果から、電解方式による化成皮膜処理を用いて、ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成することにより、金属ワイヤの伸線加工性が良くなり、金属ワイヤが断線しにくくなると考えられる。
【0044】
また、比較例1〜6及び実施例1〜7について、接着性評価用の試験片を作成し、この試験片を用いて、ゴム物品に対する金属コードでの湿熱・経年接着性の試験を行った。
【0045】
具体的には、伸線速度400m/minで製作した3本の金属ワイヤを二度撚り撚線機で撚り合わせて、図1に示すような構造を有する金属コードとした。なお、比較例3,5の金属ワイヤについては、断線する迄の金属ワイヤの良好な部分を用いて、金属コードを作製した。
【0046】
また、図9に示すような接着性評価用の試験片10を、以下のようにして作製した。即ち、上記のようにして作製した金属コード11を約140mmに切断し、その金属コード11を幅49mmのゴムシート12に隙間無く並べた状態で、もう1枚のゴムシート13をかぶせてサンドイッチ状にした後、165℃で18分という初期接着加硫条件で加熱加硫して、試験片10を得た。
【0047】
そして、この試験片10を、温度80℃、湿度95%という湿熱雰囲気のオーブンに1日(24h)、3日間(72h)、5日間(150h)、7日間(168h)放置した後、非放置(初期接着用)も含めて試験片10の剥離試験を行った。
【0048】
具体的には、試験片10の剥離幅Wが40mmとなるように試験片10の両側からそれぞれ5mm内側の部分に切れ目14を入れ、矩形状のゴム把持部15を形成する。なお、ゴムシート13のコード/ゴム境界面におけるゴム把持部15に対応する部分には、金属コード11と接着されないようにセロハン(登録商標:図示せず)が予め貼り付けられている。そして、引っ張り試験機16によりゴム把持部15とゴムシート12の一端側部分とを挟み込んだ状態で、100mm/分の速度で、金属コード11とゴムシート13との境界面Kを剥離していくことにより、ゴム物品である試験片10に対する金属コード11の接着性の評価を行った。
【0049】
このとき、試験片10の剥離面Kについて、金属コード11がゴムで覆われている面積によって接着性を評価した。その評価基準は、下記の通りである。
5点:金属コードのゴム被覆率が約100%
4.5点:金属コードのゴム被覆率が約90〜99%
4点:金属コードのゴム被覆率が約80〜89%
3.5点:金属コードのゴム被覆率が約70〜79%
3点:金属コードのゴム被覆率が約60〜69%
2.5点:金属コードのゴム被覆率が約50〜59%
2点:金属コードのゴム被覆率が約40〜49%
1.5点:金属コードのゴム被覆率が約30〜39%
1点:金属コードのゴム被覆率が約30%未満
【0050】
金属コードの接着性の試験結果は、表1に示す通りである。比較例1、2では、ブラスめっき層のCu含有比がそれぞれ63%、66%と高いことから、初期接着性は良好であるが、湿熱・経年接着性については時間の経過と共にかなり低下している。また、比較例4、6では、ブラスめっき層のCu含有比が61%と少し低くなっていることから、比較例1、2に比べて湿熱・経年接着性の低下が抑えられているが、Cu含有比が同じ実施例1〜5では、それよりも更に湿熱・経年接着性の低下が抑えられている。また、比較例3、5では、ブラスめっき層のCu含有比が57%と更に低くなっていることから、比較例4、6に比べて湿熱・経年接着性の低下が抑えられているが、Cu含有比が同じ実施例6では、それよりも更に湿熱・経年接着性の低下が抑えられている。さらに、実施例7では、ブラスめっき層のCu含有比が54%と十分低くなっているため、実施例1〜6に比べて湿熱・経年接着性の低下が抑えられている。
【0051】
このような実験結果から、ブラスめっき層のCu含有比を51〜61wt%とすることにより、ゴム物品に対する金属コードの湿熱・経年接着性の低下が抑制されると考えられる。
【0052】
ここで、表1に示す試験結果では、ブラスめっき層のCu含有比を下げるほど、ゴム物品に対する金属コードの初期接着性が低下しているが、これは比較例1、2のCu含有比条件に合わせて作成した配合ゴムシート12,13(試験片10)を使った為である。低Cu比金属コードの初期接着性の向上については、従来品以上に加硫促進剤を入れることで達成可能である。
【0053】
以上のような実施例によって、熱拡散後のブラスめっき層のCu比を51〜61wt%とすると共に、ブラスめっき層に対して電解方式による化成皮膜処理を施すことにより、金属ワイヤの伸線加工性を損なうことなく、ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の低下を十分抑制できるという本発明の効果が実証された。
【0054】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば上記実施形態は、ゴム物品補強用金属コード1を車両用タイヤ30の中に埋設するものであるが、本発明のゴム物品補強用金属コードは、車両用タイヤの他に、搬送ベルトやホース等といったゴム物品の補強材としても適用可能である。
【0055】
また、上記実施形態では、3本の金属ワイヤ2A〜2Cでゴム物品補強用金属コード1を構成したが、ゴム物品補強用金属コードとしては、1本の金属ワイヤだけで構成しても良いし、複数本の金属ワイヤで構成しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係るゴム物品補強用金属コードの一実施形態を備えた車両用タイヤを示す断面図である。
【図2】図1に示すベルト部の断面図である。
【図3】図2に示すゴム物品補強用金属コードの斜視図である。
【図4】図3に示すゴム物品補強用金属コードの拡大断面図である。
【図5】図3に示す3本の金属ワイヤのうちの1本を示す側面図である。
【図6】図3に示す金属ワイヤ及び金属コードを製造する手順を示すフローチャートである。
【図7】図4に示す金属素線の表面にブラスめっき層及び燐酸鉄皮膜を順次形成する工程を示す断面図である。
【図8】図7に示す金属ワイヤを伸線加工する方法を示す断面図である。
【図9】ゴム物品に対する金属ワイヤの湿熱・経年接着性の試験方法を示す図である。
【符号の説明】
【0057】
1…ゴム物品補強用金属コード、2,2A〜2C…金属ワイヤ、3…金属素線、4…ブラスめっき層、6…Cuめっき層、7…Znめっき層、8…燐酸鉄皮膜(燐酸塩皮膜)、30…車両用タイヤ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属素線の表面にCu−Zn合金からなるブラスめっき層を施して成る金属ワイヤの製造方法であって、
前記金属素線の表面にCuめっき層とZnめっき層とを形成して熱拡散させることにより、前記金属素線の表面に前記ブラスめっき層を形成する工程と、
前記ブラスめっき層に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、前記ブラスめっき層の表面に燐酸塩皮膜を形成する工程とを含み、
前記ブラスめっき層を形成する工程においては、前記ブラスめっき層のCu含有比が51〜61wt%となるように、前記金属素線の表面に前記Cuめっき層と前記Znめっき層とを形成することを特徴とする金属ワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記燐酸塩皮膜を形成する工程においては、前記ブラスめっき層の表面に燐酸鉄皮膜を形成することを特徴とする請求項1記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記燐酸鉄皮膜の付着量が5〜40mg/mとなるように、前記ブラスめっき層に対して前記電解による化成皮膜処理を施すことを特徴とする請求項2記載の金属ワイヤの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載の金属ワイヤの製造方法により製造された金属ワイヤを用いて形成して成ることを特徴とするゴム物品補強用金属コード。
【請求項5】
請求項4記載のゴム物品補強用金属コードでゴム材を補強したことを特徴とする車両用タイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−186736(P2007−186736A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−4005(P2006−4005)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【出願人】(504211429)栃木住友電工株式会社 (50)
【Fターム(参考)】