説明

金属材の表面処理方法

【課題】 硫化水素ガスを用いることなく、金属材の表面にナノカーボン類を含む炭素膜を形成する。
【解決手段】 鉄を主成分とする金属材の表面に、希硫酸を塗布する第1工程と、第1工程の後に、金属材の表層に窒化層が形成される窒化条件の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理することによって、金属材の窒化層の表面に、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜を形成する第2工程と、を有する、金属材の表面処理方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属材の表面処理方法に関する。特に、金属材の表面に炭素膜を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
焼き付きを防止するなどの目的で金型(特に鋳造型や鍛造型)の表面に特定の処理(表面処理)を行うことがある。その一つに、金属材(金型)の表層に窒化層を形成するとともに、その窒化層の上に炭素膜を形成する表面処理方法が開発されている(例えば特許文献1および2)。特許文献1および2では、窒化雰囲気下でアセチレンガス、硫化水素ガスとともに金型を熱処理するナノカーボン炭素膜形成工程を行う。ここで、ナノカーボン炭素膜とは、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜を意味する。ナノカーボン炭素膜形成工程によって、金型の表面近傍(表層)に窒化層が形成されるとともに、その上にナノカーボン炭素膜が形成される。ここで、窒化層とナノカーボン炭素膜との界面には化合物層が形成される。なお、「窒化層」とは、鉄製、或いは鉄を含む合金製の金型の表層に窒素が浸入することによって形成される層である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−36194号公報
【特許文献2】特開2008−105082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および2に記載の表面処理方法において、硫化水素ガスは、金属材に含まれる鉄(Fe)と反応してFe−S化合物を形成し、このFe−S化合物の触媒作用によって、金属材の表面にナノカーボン炭素膜が形成されていると考えられる。硫化水素ガスが反応ガスに含まれていると、ナノカーボン炭素膜が金属材の表面に形成される。しかしながら、硫化水素ガスを用いた反応系では、設備、製造のコストが大きくなる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願が提供する技術は、硫化水素ガスの代りに希硫酸を用いて金属材表面にナノカーボン炭素膜を形成する。即ち、本願は、鉄(Fe)を主成分とする金属材の表面に、希硫酸を塗布する第1工程と、第1工程の後に、金属材の表層に窒化層が形成される窒化条件の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理することによって、金属材の窒化層の表面に、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜を形成する第2工程と、を有することを特徴とする。
【0006】
本願によれば、金属材に含まれるFeは、希硫酸と反応してFe硫酸塩を形成し、これによって、ナノカーボン炭素膜が金属材の表面に形成される。硫化水素ガスを反応ガスに含める必要がない。希硫酸は、硫化水素ガスよりも扱い易いため、設備コストおよび製造コストを低減できる。
【0007】
なお、窒化層が形成される条件下で金属材を熱処理するとは、一例として、アンモニアガス、窒素ガス、尿素等を用いた窒化ガス雰囲気下で金属材を熱処理することである。その他、ガス以外の窒化成分とともに金属材を熱処理することであってもよい。別言すれば、窒化層が形成される条件下で金属材を熱処理するとは、「金属材の表面に窒化層が形成されるまで気体又は液体状の窒素含有物質とともに金属材を加熱する」ことに相当する。また、有機ガスは、窒化雰囲気下で熱処理を行うことによって金属材の表面に、ナノカーボン炭素膜を形成可能な従来公知の有機ガスを利用することができる。有機ガスとしては、例えば、炭素数が1〜4程度の炭化水素ガス(アセチレンガス、エチレンガス、プロパンガス、ブタンガス、メタンガス等)もしくはこれらの混合ガス(天然ガス等)を好適に用いることができ、アセチレンガスを特に好適に用いることができる。
【0008】
第2工程では、アンモニアガス雰囲気下で金属材の表層に窒化層を形成することが好ましい。
【0009】
第1工程の前に、応力付与工程をさらに含んでいてもよい。また、第2工程の後に、フラーレン類塗布工程をさらに含んでいてもよく、フラーレン塗布工程の後に、焼成工程をさらに含んでいてもよい。
【0010】
また、本願は、表面処理方法による炭素膜がキャビティ面に形成された金型を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本願によれば、硫化水素ガス用いることなく、ナノカーボン炭素膜を金属材の表面に形成することができる。ナノカーボン炭素膜を金属材の表面に形成するための設備コストおよび製造コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例に係る金属材の試料片を模式的に示す図である。
【図2】実施例に係る熱処理炉を概念的に示す図である。
【図3】実施例の第2工程に係る温度プロファイルを示す図である。
【図4】ナノカーボン炭素膜の生成メカニズムを概念的に示す図である。
【図5】実施例に係る試料のSEMによる二次電子像である。
【図6】実施例に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図7】実施例に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図8】図5の未処理面を拡大した像である。
【図9】図5のショットブラスト面を拡大した像である。
【図10】比較例1に係る試料のSEMによる二次電子像である。
【図11】比較例1に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図12】比較例2に係る試料のSEMによる二次電子像である。
【図13】比較例2に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図14】比較例2に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図15】比較例3に係る試料のSEMによる二次電子像である。
【図16】比較例3に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図17】比較例3に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図18】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図19】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図20】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図21】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図22】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図23】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図24】実施例に係る炭素膜のEDSマッピング結果を示す図である。
【図25】実施例に係る炭素膜のEDSマッピング結果を示す図である。
【図26】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図27】実施例に係る試料の表面に形成された炭素膜のTEM像である。
【図28】実施例に係る炭素膜のEDSマッピング結果を示す図である。
【図29】実施例に係る炭素膜のEDSマッピング結果を示す図である。
【図30】実施例に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図31】実施例に係る試料のEDSマッピング結果を示す図である。
【図32】実施例、比較例および参考例に係るX線回折の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本願は、鉄(Fe)を主成分とする金属材の表面処理方法を開示する。この表面処理方法は、第1工程と、第2工程とを含んでいる。第1工程では、鉄(Fe)を主成分とする金属材の表面に、希硫酸を塗布する。第2工程は、第1工程の後に行われ、金属材の表層に窒化層が形成される窒化条件の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理することによって、金属材の窒化層の表面に、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜(ナノカーボン炭素膜)を形成する。
【0014】
第1工程で、金属材の表面に希硫酸を塗布する方法は、特に限定されないが、希硫酸を布や刷毛を使って塗布してもよいし、希硫酸液中に金属材を浸漬してもよい。金属材に希硫酸を塗布した後は、任意に、自然乾燥または加熱乾燥等によって、金属材の表面の水分を除去しても良い。希硫酸の濃度は、0.01mol/L以上かつ20mol/L以下であればよく、1.0mol/L以上かつ5.0mol/L以下であれば好ましい。0.3mol/L以上かつ0.6mol/L以下であれば特に好ましい。
【0015】
希硫酸を塗布すると、下記(1)または(2)式に示すように、金属材の主成分であるFeと希硫酸が反応し、Feの硫酸塩および水素が生成する。これによって生成するFeの硫酸塩(FeSO、Fe(SO)がナノカーボン炭素膜を生成する反応の触媒として機能し、第2工程におけるナノカーボン炭素膜生成反応が促進される。
Fe + HSO → FeSO + H ↑ … (1)
2Fe + 3HSO → Fe(SO + 3H ↑ … (2)
【0016】
一方、本願に係る反応系では、下記(3)および(4)に示す反応が起こる場合にHSが発生する。FeSが生成しない限り、式(4)の反応は起こらないことから、HSガスが発生する反応(式(4)に示す反応)は殆ど起こらない。希硫酸を塗布することによってHSガスが発生することは殆ど無いから、設備コストおよび製造コストを低減できる。
Fe + S → FeS … (3)
FeS + HSO → FeSO + HS ↑ … (4)
【0017】
第2工程では、金属材の表層に窒化層が形成される条件(以下、窒化条件という)の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理する。これによって、金属材の表面近傍(表層)に窒素が浸入し、元々の金属材料が窒化して窒化層が形成されるとともに、その窒化層の表面に、ナノカーボン炭素膜が形成される。なお、窒化層が形成される条件下で金属材を熱処理する好適な一例は、前述したようにアンモニアガス、窒素ガス、尿素等を用いた窒化ガス雰囲気下で金属材を熱処理することである。有機ガスは、窒化雰囲気下で熱処理を行うことによって金属材の表面に、ナノカーボン炭素膜を形成可能な従来公知の有機ガスを利用することができる。そのような有機ガスの好適な一例は前述したようにアセチレンガス等の炭化水素ガスである。
【0018】
本願に係る製造方法は、第1工程および第2工程以外の工程を含むものであってもよい。例えば、第2工程の後に、第2工程によって形成されたナノカーボン炭素膜の表面にフラーレン類を塗布するフラーレン類塗布工程を含んでいてもよい。ここで、フラーレンとは、閉殻構造を有する炭素クラスタであり、通常は炭素数が60〜130の偶数である。具体例としては、C60、C70、C76、C78、C80、C82、C84、C86、C88、C90、C92、C94、C96及び、これらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスタが挙げられる。本明細書でいうフラーレン類とは、上記のフラーレンの他、フラーレン分子に他の分子や官能基を化学的に修飾したフラーレン誘導体を含む。フラーレン類塗布工程は、例えば、特開2010−36194号公報に記載した方法を用いて行うことができる。
【0019】
また、例えば、フラーレン類塗布工程の後に、炭素膜が形成された金属材の焼成を行う焼成工程をさらに含んでいてもよい。焼成工程を行うと、ナノカーボン炭素膜と非晶質化したフラーレン類が金属結合する。これによって、炭素膜が緻密化して強固になり、炭素膜の耐久性が向上する。焼成工程では、金属材を400℃以上に加熱することが好ましい。
【0020】
また、例えば、第1工程の前に、金属材の表層に応力を付与する応力付与工程を含んでいてもよい。より具体的には、例えば、金属材の表面にショットブラスト処理を行い、金属材の表層から所定の深さに結晶欠陥や結晶歪みを有する残留応力層を形成する工程をさらに含んでいてもよい。また、ショットブラスト処理を行うと、処理面の表面応力の均一化、残留圧縮応力の付与の作用により、処理面の表面研削や付着物除去、または処理面の耐久性向上等の効果を得ることができる。例えば、ショットブラスト処理の条件を調整することで、処理面の表面粗さを調整することができる。
【0021】
ショットブラスト処理で用いる投射方法としては、限定されないが、例えば、機械式、空気式、湿式の投射方法が挙げられる。投射材としては、例えば、金属系、セラミック系等の投射材が挙げられ、処理する金型と同じ金属材料を用いることが好ましいが、これに限定されない。投射材の大きさや材料、ショットブラスト処理の圧力(投射材の投射圧力)を調整することによって、処理面の状態を調整することができる。例えば、処理面が所望の表面粗さになるように調整することができる。
【0022】
本願によれば、ナノカーボン類を含む炭素膜を備えた金属材を製造することができる。この金属材では、ナノカーボン炭素膜は、鉄(Fe)を主成分とする金属材の表面に希硫酸を塗布した後で、金属材の表層に窒化層が形成される窒化条件の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理することによって金属材の表面に形成される。金属材は、金型であってもよく、この場合、炭素膜は、少なくとも金型のキャビティ面に形成されていることが好ましい。
【実施例1】
【0023】
本実施例では、金属材として、図1に模式的に示すSKD61製の試料片1を用いた。試料片1は、上下面が直径20mm、高さ8mmの円柱形状である。
【0024】
(ショットブラスト処理工程)
本実施例では、第1工程の前に、応力付与工程として、ショットブラスト処理工程を行う。試料片1の左半分(図1に示す参照番号11側)にのみマスキングテープを貼り付けた状態で、ショットブラスト処理を行い、その後、マスキングテープを剥がした。これによって、試料片1の上表面に、未処理面11と処理面12を形成した。
【0025】
ショットブラスト処理は、自重式ノズルブラスト装置を用いて、直径0.075mm〜0.300mmのスチールグリッドを0.5MPaのショットブラスト処理圧(エア圧)で、金属材の表面に30秒間投射した。ショットブラスト処理後の処理面12の表面粗さRaは、Ra=1.5±0.4μm以内であった。
【0026】
(第1工程)
3mol/Lの希硫酸に浸した布を用いて、試料片の上表面に、3mol/Lの希硫酸を塗り付け、自然乾燥させた。
【0027】
(第2工程)
第2工程では、試料片1を図2に示す熱処理炉2に入れ、図3に示すプロファイルに従って、反応ガスを流通させながら試料片1を加熱した。熱処理炉2は、チャンバ201と、ガス流路232と、ヒータ221と、試料台203と、試料観察窓240とを備えている。試料台203に試料片1を載置して、チャンバ201内を真空ポンプ(図示しない)で減圧して空気をパージした後に、窒素ガス(N)を流通させ、N雰囲気とした。次に、反応ガス(アセチレン(C)ガス、アンモニア(NH)ガス)を流通させながら、5分間で520℃まで昇温し、520℃に到達した後で3時間保持した。反応ガス中の各成分の流量は、NHガスが0.15L/min、Cガスが0.045L/min、Nガスが0.07L/minであり、チャンバ内の圧力は大気圧であった。520℃で3時間保持した後、NHガスおよびCガスの供給を停止し、Nガスに切り替え、室温程度まで降温した。なお、図4は、FeSO等のFe硫酸塩の存在によってナノカーボンが成長するメカニズムを説明する図であるが、その説明は実施例の最後に述べる。
【0028】
(比較例1)
試料片1と同様の試料片を準備し、第1工程を行わないこと以外は、実施例と同様の工程を行った。
【0029】
(比較例2)
試料片1と同様の試料片を準備し、第1工程で、希硫酸に替えて、6mol/Lの塩酸(HCl)を試料片に塗布したこと以外は、実施例と同様の工程を行った。
【0030】
(比較例3)
試料片1と同様の試料片を準備し、第1工程で、希硫酸に替えて、6mol/Lの硝酸(HNO)を試料片に塗布したこと以外は、実施例と同様の工程を行った。
【0031】
(SEM、TEMによる観察およびEDS分析)
試料片1を実施例および比較例1〜3に係る手順で処理した後、図1に示す試料片1の観察部位10(未処理面11および処理面12の一部およびその境界を含む)を、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した。併せて、SEMによる観察部位について、エネルギー分散型X線分析(EDS)を実施した。なお、SEM観察およびEDS分析は、(株)島津製作所製 走査電子顕微鏡 SUPERSCAN SS−550を用いて行った。
【0032】
まず、実施例と比較例1〜3とを比較して、第1工程によって得られる作用効果について考察する。図5は実施例に係る試料片1の観察部位10の二次電子像であり、図6は図5に示された部位における炭素のKα線像であり、図7は図5に示された部位における酸素のKα線像である。図8は、図5に示す観察部位10の未処理面11を拡大した図であり、図9は、図5に示す観察部位10の処理面12を拡大した図である。図10は、比較例1に係る試料片1の観察部位10の二次電子像であり、図11は図10に示された部位における炭素のKα線像である。図12は比較例2に係る試料片1の観察部位10の二次電子像であり、図13は図12に示された部位における炭素のKα線像であり、図14は図12に示された部位における酸素のKα線像である。図15は比較例3に係る試料片1の観察部位10の二次電子像であり、図16は図15に示された部位における炭素のKα線像であり、図17は図15に示された部位における酸素のKα線像である。図6,7,11,13,14,16および17では、対象元素(炭素または酸素)が多く存在する部分から多くの対象元素の特性X線(Kα線)が補充されるため、対象元素の濃度が高いほど白色に表示されている。
【0033】
図6には、対象元素である炭素(C)の組成情報が示されており、炭素が多く検出されている箇所は、白っぽくなっている。図5,6,8,9に示すように、処理面12には多くの炭素膜が形成され、未処理面11にも炭素膜は僅かに観察された。図11には、炭素(C)の組成情報が示されている。実施例とは異なり、比較例1においては、白っぽい箇所が殆どなく、点在している程度であった。つまり、未処理面11および処理面12には炭素が連続して存在しておらず、炭素膜が観察されなかった。なお、点在している炭素は比較的容易に除去することができたため、アセチレンガスによるすすが付着したものと考えられる。HSを含まない反応ガスを用いた場合、第1工程を行わない比較例1では、炭素膜が形成されなかった。これに対して、第1工程で試料片1の表面に希硫酸を塗布した実施例においては、HSを含まない反応ガスを用いた場合であっても、炭素膜が形成されることが明らかになった。
【0034】
次に、実施例と比較例2,3とを比較して、試料片に塗布する酸の種類について考察する。図6,13,16には、炭素(C)の組成情報が示されており、炭素が多く検出されている箇所は、白っぽくなっている。図7,14,17には、酸素(O)の組成情報が示されており、酸素が多く検出されている箇所は、白っぽくなっている。図6,7に示すように、実施例では、炭素(C)は検出されたが、酸素(O)は殆ど検出されなかった。これは、希硫酸によって試料片の表面に形成されたFe酸化物(Fe等)が除去され、炭素膜の成長が促進されたことを示していると考えられる。一方、図13,14,16,17に示すように、比較例2,3では、炭素(C)および酸素(O)が検出された。比較例2,3で用いた塩酸、硝酸によっては、Fe等のFe酸化物を除去することができず、炭素膜の成長が促進されなかったためであると考えられる。
【0035】
実施例において観察された炭素膜を、透過型電子顕微鏡(TEM)によって観察した。結果を図18〜21に示す。図18〜21に示すように、ファイバー状の炭素が観察されており、実施例に係る炭素膜が、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含むナノカーボン炭素膜であることが分かった。なお、TEMによる観察は、日本電子社製 透過電子顕微鏡 JEM−2100を用いて、加速電圧120kVで行った。
【0036】
さらに、透過電子顕微鏡 JEM−2100を用いて、実施例に係る炭素膜のTEMによる観察およびEDS分析を行った。分析は、2箇所について行い、図22〜25は一箇所の分析結果を示しており、図26〜29は別の一箇所の分析結果を示している。図22,24,26,28は、硫黄(S)の分析結果であって、図22,26は二次電子像であり、図24,28は硫黄のKα線像である。図23,25,27,29は、鉄(Fe)の分析結果であって、図23,27は二次電子像であり、図25,29は鉄のKα線像である。図24,28において,点状に白っぽく光っている箇所は硫黄元素が検出された箇所である。図25,29において,点状に白っぽく光っている箇所は鉄元素が検出された箇所である。図22〜29に示すように、実施例に係る炭素膜からは、鉄(Fe)は検出されたが、硫黄(S)は殆ど検出されなかった。特に図26と図29を比較すると、鉄(Fe)がカーボンナノファイバーの先端に存在していることがわかる。図26,29から、鉄(Fe)を基点としてカーボンナノファイバーが成長していることが理解できる。
【0037】
実施例に係る試料片1の表面について、図6等と同様に、(株)島津製作所製 走査電子顕微鏡 SUPERSCAN SS−550を用いてEDS分析を行い、硫黄(S)および窒素(N)の組成分析を行った。図30は、図5に示された部位における硫黄(S)のKα線像であり、図31は、図5に示された部位における窒素(N)のKα線像である。図30,31に示すように、試料片1の表面から、硫黄(S)および窒素(N)が検出された。図30,31に示す結果によれば、実施例に係る第1工程によって試料片1の表面に塗布された希硫酸に含まれる硫黄(S)は、試料片1の主成分であるFeと化合物を形成し、FeSOまたはFe(SOとして試料片1の表面に存在しているものと推定される。
【0038】
図32は、実施例および比較例2,3に係る試料片1のX線回折(XRD)測定の結果を示している。図32には、参考例として、特許文献1に記載の硫化水素ガスを含む反応ガスを用いて金属材の表面に形成したナノカーボン炭素膜のX線回折測定の結果も併せて図示されている。図32において、四角でマークしたピークは鉄(Fe)のピークであり、一重丸でマークしたピークは硫酸鉄(FeSO)のピークであり、二重丸でマークしたピークは窒化鉄(FeN)のピークであり、三角でマークしたピークは、酸化鉄(III)(Fe)のピークである。図32に示すように、実施例および参考例では、試料片1の表面に硫酸鉄が生成していることがわかった。実施例では、参考例と同様に、試料片1の表面にFe硫酸塩が形成されており、これによって、試料片1の表面にナノカーボンが成長したものと考えられる。
【0039】
FeSO等のFe硫酸塩52の存在によってナノカーボンが成長するメカニズムは、次のように推測される。図4に示すように、FeSO等のFe硫酸塩52が試料片1の表面に存在していることによって、第2工程において活性炭素4が試料片のFeとFe−C化合物42を形成し、これを介して試料片1の内部に侵入していくことが抑制される。このため、活性炭素4は、試料片1の表面でFeSO等のFe硫酸塩52を基点として、ナノカーボン43として成長するものと考えられる。
【0040】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0041】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0042】
1 試料片
2 熱処理炉
4 活性炭素
10 観察部位
11 未処理面
12 処理面
42 Fe−C化合物
43 ナノカーボン
51 試料片
52 Fe硫酸塩
201 チャンバ
203 試料台
221 ヒータ
232 ガス流路
240 試料観察窓


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を主成分とする金属材の表面に、希硫酸を塗布する第1工程と、
第1工程の後に、金属材の表層に窒化層が形成される窒化条件の下でCO、COおよび有機ガスからなる群から選ばれる少なくとも一種とともに金属材を熱処理することによって、金属材の窒化層の表面に、カーボンナノコイル、カーボンナノチューブおよびカーボンナノフィラメントからなる群から選ばれる少なくとも1種のナノカーボン類を含む炭素膜を形成する第2工程と、
を有する、金属材の表面処理方法。
【請求項2】
第2工程では、アンモニアガス雰囲気下で金属材の表層に窒化層を形成する、請求項1の表面処理方法。
【請求項3】
第1工程の前に、応力付与工程をさらに含む、請求項1または2に記載の表面処理方法。
【請求項4】
第2工程の後に、フラーレン類塗布工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の表面処理方法。
【請求項5】
フラーレン塗布工程の後に、焼成工程をさらに含む、請求項4に記載の表面処理方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の表面処理方法による炭素膜がキャビティ面に形成された金型。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図32】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate

【図24】
image rotate

【図25】
image rotate

【図26】
image rotate

【図27】
image rotate

【図28】
image rotate

【図29】
image rotate

【図30】
image rotate

【図31】
image rotate


【公開番号】特開2012−233221(P2012−233221A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101602(P2011−101602)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(592032636)学校法人トヨタ学園 (57)
【出願人】(593078257)株式会社メックインターナショナル (24)
【Fターム(参考)】