鉄鋼材料の表面改質方法
【課題】母材としての鉄鋼材料の表面を改質することによって、剥離が起こらないようにし、耐食性を向上させることである。
【解決手段】 鉄鋼材料の表面に、Crを含む電極を用いた放電加工、及び電子ビーム加工を順次行って、Crが溶融拡散された改質層を形成することを特徴とする鉄鋼材料の表面改質方法。改質層を20μm以上形成することを特徴とする。
【解決手段】 鉄鋼材料の表面に、Crを含む電極を用いた放電加工、及び電子ビーム加工を順次行って、Crが溶融拡散された改質層を形成することを特徴とする鉄鋼材料の表面改質方法。改質層を20μm以上形成することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料の表面を改質することによって耐食性を向上させた表面改質層を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の耐食性向上を目的とした表面処理方法としては、CrメッキやCrNコーティングが主流であり、これらの表面処理方法は図5に示すように皮膜を製造するものである。しかし、皮膜は母材の上に密着しているものであるため、図6(a)(b)に示すように母材から皮膜が全部又は部分的に剥離することがあり、その場合に耐食性が一挙に失われるという欠点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は上記実情を考慮して創作されたもので、母材としての鉄鋼材料の表面を改質することによって、剥離が起こらないようにし、耐食性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、Crを含む電極を用いた放電加工方法による処理や、電子ビーム加工方法による処理を鉄鋼材料の表面に順番に施すことによって、これら問題をできるのではないかと考えて実験を行った。その結果、Crが拡散された分厚い改質層を鉄鋼材料の表面に形成できることを確認した。
【0005】
上述の放電加工方法とは、図7に示すように、Crの微粉末を主成分とした電極を用い、被加工物を電極に対向させ、被加工物と電極との間に専用のパルス電源から電圧を印加し、油中で放電を行う方法である。放電が行われると、電極のCrが溶け、被加工物である鉄鋼材料表面にCr皮膜が生成される。
【0006】
放電加工方法による処理の後に電子ビーム加工方法による処理を行うことにより、Crが拡散された改質層が鉄鋼材料表面に形成される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法により、鉄鋼材料の表面にはCrが溶融拡散された改質層が形成される。この改質層を有する鉄鋼材料は、耐食性評価試験結果により、TiC又はCoが拡散された改質層を有する鉄鋼材料に比べて、顕著な腐食防止効果を有することが分かった。また、この改質層を有する鉄鋼材料は、耐摩耗性評価試験の結果により、樹脂材料に対して、優れた耐摩耗性を有することが分かった。更に、CrC電極を用いた放電加工を行った後に電子ビーム加工を行うことにより形成された改質層の場合には、樹脂材料に対して、特に優れた耐摩耗性を有することが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】被加工材の断面図であって、(a)図はEDC処理後、(b)図はEDC+EBC処理後のものを示す。
【図2】耐食性評価試験の結果を示す試験前後の写真である。
【図3】EDC+EBC処理後の被加工材を簡略化して示す説明図である。
【図4】EDC+EBC処理後の被加工材が損傷した状態を示す説明図である。
【図5】従来の表面処理技術(母材の表面に皮膜処理を施す技術)を示す説明図である。
【図6】(a)(b)図は、皮膜が部分的に、又は全面剥離した状態を示す説明図である。
【図7】Cr電極を用いた放電加工方法を示す説明図である。
【図8】摩耗摩擦試験に用いる試験片の摩擦係数を示すグラフである。
【図9】摩耗摩擦試験に用いた樹脂材料(ポリアセタール)のボール摩耗量を示す棒グラフである。
【図10】摩耗摩擦試験を行った試験片の一部を拡大して示す写真である。
【図11】摩耗摩擦試験を行った試験片の外観を示す写真である。
【図12】(a)(b)図は、摩耗摩擦試験を行った試験片(鏡面処理、及び#220に研磨されたSKD61)の一部を拡大して示す写真である。
【図13】色々な表面処理が行われた試験片の摩擦係数を示す棒グラフである。
【図14】摩耗摩擦試験のボールに複数の樹脂材料を用いた場合における、試験片の摩擦係数を示す棒グラフである。
【図15】摩耗摩擦試験のボールに複数の樹脂材料を用いた場合における、樹脂材料のボール摩耗量を示す棒グラフである。
【図16】摩耗摩擦試験を行った試験片の一部を拡大して示す写真である。
【実施例1】
【0009】
本発明の鉄鋼材料の表面改質方法においては、鉄鋼材料の一つとしてSKH51を被加工材として用いた。SKH51については、その表面を機械加工により平らになるように研削した。研削されたSKH51の表面を、放電面にCrの電極を用いる放電加工方法で処理(EDC処理)した後に、電子ビーム加工方法で処理(EB処理)し、改質層を形成した。EDC処理及びEB処理を行う際の試験条件は、表1に示す通りである。
【表1】
ここでの電子ビーム加工方法は、被加工物の表面のごく狭い一部領域だけを電子ビームによってスポット的に溶融しながら、その溶融箇所をずらすことによって被加工物の表面改質を行う方法である。
【0010】
図1(a)には、上述した複合化処理のうちEDC処理を行った段階での被加工材の断面が示されている。これにより、母材であるSKH51の表面にCrの層が明確に区別された状態で形成されていることが分かる。
図1(b)には、上述した複合化処理を最後まで行った段階での被加工材の断面が示されている。これにより、純粋な母材の原料であるSKH51の上に、熱の影響を受けたSKH51からなる熱影響層が形成され、その上にCrとSKH51とが溶融して区別不明な程度に混在している改質層が形成されていることが分かる。この改質層がCrの溶融拡散層であり、図示の例では約25μmの厚みとなっている。
【0011】
図1(b)を簡略化して示すのが、図3である。このように、複合化処理後の被加工材の表面側においては、SKH51とCrとが混在した溶融拡散層となっており、SKH51が母材を構成する材料であることから、この溶融拡散層も母材の一部と言える。
つまり、溶融拡散層は、母材の一部であることから、剥離ということが起こらない。従って、溶融拡散層は、通常、その表面側が部分的に損傷するだけであり、損傷した箇所の下には未だに溶融拡散層が残っている状態となっている。このような状態を図4は、示している。
【0012】
上述した試験条件で製造された被加工材(以後、Cr+EBという。)について、耐食性評価試験(中性塩水噴霧試験)を行った。そのために、次の3つの比較例を用いた。
(比較例1)SKH51の無処理のもの。
(比較例2)放電加工の電極の放電面にTiを用いること以外は、表1の試験条件と同じ条件で製造されたもの(以後、TiC+EBという。)。
(比較例3)放電加工の電極の放電面にCoを用いること以外は、表1の試験条件と同じ条件で製造されたもの(以後、Co+EBという。)。
また、中性塩水噴霧試験条件は表2に示す通りである。
【表2】
【0013】
上記した中性塩水噴霧試験の結果が、図2に示されている。図2には、モノクロ写真が組み込まれているが、実際はフルカラー写真である。
耐食性が1番良く、腐食が少ないのは、本願発明により製造されたCr+EBである。試験前には、表面全域が黒色になっているが、試験後には、表面のほぼ全域が少し薄い黒色になり、表面の所々に拭けば落ちる程度の黄色の斑点が表れている。
それに対して比較例の3つは、本願発明に比べて明らかに耐食性が悪く、腐食が多い。
無処理のものは、試験前には、表面全域が青みを帯びた灰色となっており、試験後には、表面の大部分にこげ茶色の錆の斑点が散在し、表面の残りの部分が灰色となっている。
TiC+EBは、試験前には表面全域が薄い黒色になっていたが、試験後には、表面のほぼ全域が赤錆で覆われており、灰色の非常に狭い点のような領域が所々表れている。
Co+EBは、試験前には表面全域がCr+EBに比べて明るい黒色となっていたが、試験後には、表面の大部分に赤茶色の錆の斑点が散在し、表面の残りの部分が黒味を帯びた灰色になっている。
このように比較例の3つは、いずれも赤色や茶色の錆が発生しているが、本願発明のものは、黄色の斑点である。従って、本願発明のものは、錆になる前段階で留まっているものと思われる。
【0014】
上述した本発明の鉄鋼材料の表面改質方法において、EDC処理と、EB処理の処理条件を調整することによって、Crを被加工材の表面から最大100μm程度の深さまで溶融拡散浸透させることができる。また、被加工材の表面が少し損傷した場合においても、その損傷を溶融拡散層内で留め、純粋な母材成分であるSKH51に到達させないようにするには、溶融拡散層の厚みを20〜100μm程度にすることが望ましい。
【実施例2】
【0015】
次に、本願発明により製造された被加工材(EDC(Cr、CrC)+EB)について、樹脂材料(ポリアセタール(以後、POMとも言う。))との耐摩耗性評価試験を行った。この試験に用いる試験片には、EDC処理のみを行ったものを4水準と、EDC+EB処理を行ったものを4水準と、無処理のもの(SKD61鏡面)を用いた。そして、この試験片を得る際に行われるEDC処理とEB処理の条件、並びに試験片の表目粗さが、次の表3に示されている。
【表3】
【0016】
そして、上記試験片を用いて計測された摩擦係数、及びボール摩耗量の結果が図8、図9にそれぞれ棒グラフとして示され、以下の表4に数値として示されている。
【表4】
【0017】
図8、図9、表4から次の事項が確認できる。
(1)EDC処理のみの場合よりも、EDC処理の後にEB処理を行った場合の方が、試験片の摩擦係数が低下している。
(2)TiCよりCr系のEDC処理を行った方が、試験片の摩擦係数が低く、ボール摩耗量が少ない。
(3)EDC+EB処理を行った方が、無処理(SKD61(鏡面))よりも試験片の摩擦係数が低い。
【0018】
また、図10には、耐摩耗性評価試験に用いた試験片の摩耗痕を顕微鏡によって100倍に拡大した観察結果が示されている。この試験結果により、以下の事実が確認できる。
(1)EDC処理のみ試験片の場合、EDC処理に用いる電極の種類に関係なく、POMが太い縦筋状に付着している。
(2)EDC+EB処理の試験片では、EDC処理にTiC電極を用いたものの場合、POMが少量付着している。
(3)EDC+EB処理の試験片では、EDC処理にCr電極を用いたものの場合、POMの付着はないが、摩耗痕が僅かに見られる。
(4)EDC+EB処理では、EDC処理にCrC電極を用いたものの場合、POMの付着が無く、摩耗痕も無い。
これら(1)〜(4)の結果より、Cr系の電極を用いたEDC処理が望ましく、その中でもCrCの電極を用いたEDC処理がより望ましいことが分かる。
【0019】
図11には、EDC処理にTiC、CrC(C14%)電極を用いた試験片の外観が示されている。これによれば、TiCの場合、EB処理の有無に関係なく、POMの付着が円形に見られるが、CrC(C14%)電極を用いた場合、その後にEB処理を行った場合にのみ、POMの付着が全く見られないこととなった。なお、EDC処理にCr、CrC(C20%)電極を用いた場合も、CrC電極を用いた場合と同様の結果が得られた。
【0020】
なお、図12には、耐摩耗性評価試験を行った試験片(SKD61に鏡面処理を行ったもの、SKD61に#220研磨処理を行ったもの)の表面が拡大して示されている。いずれも、摩耗痕が確認されている。
【0021】
図13には、表3と同条件で耐摩耗性評価試験を行った場合の、他の表面処理との比較結果が示されている。これによれば、EDC(Cr系電極)+EB処理は、他の表面処理よりPOMとの摩擦係数が少なくとも0.1小さいことが分かる。
【0022】
以上より、EDC(Cr系電極)+EB処理を行うと、他の処理に比べると、耐摩耗性に優れていることが確認された。
【実施例3】
【0023】
POM以外の他の樹脂材料でも同様の効果が得られるか、さらに試験を行った。この試験に用いる試験片には、EDC+EB処理を行ったものを4水準用いた。そして、この試験片を得る際に行われるEDC処理とEB処理の条件、並びに試験片の表目粗さが、次の表5に示されている。
【表5】
【0024】
そして、上記試験片を用いて計測された摩擦係数、及びボール摩耗量の結果が図14、図15にそれぞれ棒グラフとして示され、以下の表6に数値として示されている。
【表6】
【0025】
図14、図15、表6から次の事項が確認できる。
(1)TiC電極を用いた試験片の摩擦係数はボール材質に関係なく、0.3程度である。
(2)ボール材質にPEEKを用いた場合の試験片の摩擦係数は、CrC(C14%)電極を用いた場合で0.2程度と若干低い傾向を示したが、CrC(20%)電極及びCr電極を用いた場合で0.3程度であり、TiCと同等である。
(3)ボール材質にMCを用いた場合の摩擦係数は、電極材料に関係なく、0.3程度である。
(4)ボール材質にPOMを用いた場合の摩擦係数は、Cr系の電極材料に優位性が見られる。
(5)ボール摩耗量は、Cr系の電極材料に大きな優位性が見られる。
【0026】
また、図16には、耐摩耗性評価試験に用いた試験片を顕微鏡によって100倍に拡大し、摩耗痕を明示した観察結果が示されている。この試験結果により、以下の事実が確認できた。
(1)TiC電極を用いた場合、ボール材質に関係なく、摩耗痕が明確にある。
(2)Cr系電極を用いた場合、摩耗痕があっても少量であり、特にボール材質にPOMを用いると、摩耗痕が殆ど無い。
以上より、Cr系電極を用いた場合、樹脂材料(特にPOM)において優れた耐摩耗性が得られることが分かる。また、ボール摩耗量が極めて少量であることから、樹脂材料に対して優れた滑り性が得られることが分かる。
【0027】
本発明は上記実施例に限定されない。たとえば、鉄鋼材料として、代表的なSKH51、SKD61について試験を行ったが、鉄鋼材料であれば他のものであっても同様な結果が得られることが想定される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼材料の表面を改質することによって耐食性を向上させた表面改質層を形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料の耐食性向上を目的とした表面処理方法としては、CrメッキやCrNコーティングが主流であり、これらの表面処理方法は図5に示すように皮膜を製造するものである。しかし、皮膜は母材の上に密着しているものであるため、図6(a)(b)に示すように母材から皮膜が全部又は部分的に剥離することがあり、その場合に耐食性が一挙に失われるという欠点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は上記実情を考慮して創作されたもので、母材としての鉄鋼材料の表面を改質することによって、剥離が起こらないようにし、耐食性を向上させることである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、Crを含む電極を用いた放電加工方法による処理や、電子ビーム加工方法による処理を鉄鋼材料の表面に順番に施すことによって、これら問題をできるのではないかと考えて実験を行った。その結果、Crが拡散された分厚い改質層を鉄鋼材料の表面に形成できることを確認した。
【0005】
上述の放電加工方法とは、図7に示すように、Crの微粉末を主成分とした電極を用い、被加工物を電極に対向させ、被加工物と電極との間に専用のパルス電源から電圧を印加し、油中で放電を行う方法である。放電が行われると、電極のCrが溶け、被加工物である鉄鋼材料表面にCr皮膜が生成される。
【0006】
放電加工方法による処理の後に電子ビーム加工方法による処理を行うことにより、Crが拡散された改質層が鉄鋼材料表面に形成される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法により、鉄鋼材料の表面にはCrが溶融拡散された改質層が形成される。この改質層を有する鉄鋼材料は、耐食性評価試験結果により、TiC又はCoが拡散された改質層を有する鉄鋼材料に比べて、顕著な腐食防止効果を有することが分かった。また、この改質層を有する鉄鋼材料は、耐摩耗性評価試験の結果により、樹脂材料に対して、優れた耐摩耗性を有することが分かった。更に、CrC電極を用いた放電加工を行った後に電子ビーム加工を行うことにより形成された改質層の場合には、樹脂材料に対して、特に優れた耐摩耗性を有することが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】被加工材の断面図であって、(a)図はEDC処理後、(b)図はEDC+EBC処理後のものを示す。
【図2】耐食性評価試験の結果を示す試験前後の写真である。
【図3】EDC+EBC処理後の被加工材を簡略化して示す説明図である。
【図4】EDC+EBC処理後の被加工材が損傷した状態を示す説明図である。
【図5】従来の表面処理技術(母材の表面に皮膜処理を施す技術)を示す説明図である。
【図6】(a)(b)図は、皮膜が部分的に、又は全面剥離した状態を示す説明図である。
【図7】Cr電極を用いた放電加工方法を示す説明図である。
【図8】摩耗摩擦試験に用いる試験片の摩擦係数を示すグラフである。
【図9】摩耗摩擦試験に用いた樹脂材料(ポリアセタール)のボール摩耗量を示す棒グラフである。
【図10】摩耗摩擦試験を行った試験片の一部を拡大して示す写真である。
【図11】摩耗摩擦試験を行った試験片の外観を示す写真である。
【図12】(a)(b)図は、摩耗摩擦試験を行った試験片(鏡面処理、及び#220に研磨されたSKD61)の一部を拡大して示す写真である。
【図13】色々な表面処理が行われた試験片の摩擦係数を示す棒グラフである。
【図14】摩耗摩擦試験のボールに複数の樹脂材料を用いた場合における、試験片の摩擦係数を示す棒グラフである。
【図15】摩耗摩擦試験のボールに複数の樹脂材料を用いた場合における、樹脂材料のボール摩耗量を示す棒グラフである。
【図16】摩耗摩擦試験を行った試験片の一部を拡大して示す写真である。
【実施例1】
【0009】
本発明の鉄鋼材料の表面改質方法においては、鉄鋼材料の一つとしてSKH51を被加工材として用いた。SKH51については、その表面を機械加工により平らになるように研削した。研削されたSKH51の表面を、放電面にCrの電極を用いる放電加工方法で処理(EDC処理)した後に、電子ビーム加工方法で処理(EB処理)し、改質層を形成した。EDC処理及びEB処理を行う際の試験条件は、表1に示す通りである。
【表1】
ここでの電子ビーム加工方法は、被加工物の表面のごく狭い一部領域だけを電子ビームによってスポット的に溶融しながら、その溶融箇所をずらすことによって被加工物の表面改質を行う方法である。
【0010】
図1(a)には、上述した複合化処理のうちEDC処理を行った段階での被加工材の断面が示されている。これにより、母材であるSKH51の表面にCrの層が明確に区別された状態で形成されていることが分かる。
図1(b)には、上述した複合化処理を最後まで行った段階での被加工材の断面が示されている。これにより、純粋な母材の原料であるSKH51の上に、熱の影響を受けたSKH51からなる熱影響層が形成され、その上にCrとSKH51とが溶融して区別不明な程度に混在している改質層が形成されていることが分かる。この改質層がCrの溶融拡散層であり、図示の例では約25μmの厚みとなっている。
【0011】
図1(b)を簡略化して示すのが、図3である。このように、複合化処理後の被加工材の表面側においては、SKH51とCrとが混在した溶融拡散層となっており、SKH51が母材を構成する材料であることから、この溶融拡散層も母材の一部と言える。
つまり、溶融拡散層は、母材の一部であることから、剥離ということが起こらない。従って、溶融拡散層は、通常、その表面側が部分的に損傷するだけであり、損傷した箇所の下には未だに溶融拡散層が残っている状態となっている。このような状態を図4は、示している。
【0012】
上述した試験条件で製造された被加工材(以後、Cr+EBという。)について、耐食性評価試験(中性塩水噴霧試験)を行った。そのために、次の3つの比較例を用いた。
(比較例1)SKH51の無処理のもの。
(比較例2)放電加工の電極の放電面にTiを用いること以外は、表1の試験条件と同じ条件で製造されたもの(以後、TiC+EBという。)。
(比較例3)放電加工の電極の放電面にCoを用いること以外は、表1の試験条件と同じ条件で製造されたもの(以後、Co+EBという。)。
また、中性塩水噴霧試験条件は表2に示す通りである。
【表2】
【0013】
上記した中性塩水噴霧試験の結果が、図2に示されている。図2には、モノクロ写真が組み込まれているが、実際はフルカラー写真である。
耐食性が1番良く、腐食が少ないのは、本願発明により製造されたCr+EBである。試験前には、表面全域が黒色になっているが、試験後には、表面のほぼ全域が少し薄い黒色になり、表面の所々に拭けば落ちる程度の黄色の斑点が表れている。
それに対して比較例の3つは、本願発明に比べて明らかに耐食性が悪く、腐食が多い。
無処理のものは、試験前には、表面全域が青みを帯びた灰色となっており、試験後には、表面の大部分にこげ茶色の錆の斑点が散在し、表面の残りの部分が灰色となっている。
TiC+EBは、試験前には表面全域が薄い黒色になっていたが、試験後には、表面のほぼ全域が赤錆で覆われており、灰色の非常に狭い点のような領域が所々表れている。
Co+EBは、試験前には表面全域がCr+EBに比べて明るい黒色となっていたが、試験後には、表面の大部分に赤茶色の錆の斑点が散在し、表面の残りの部分が黒味を帯びた灰色になっている。
このように比較例の3つは、いずれも赤色や茶色の錆が発生しているが、本願発明のものは、黄色の斑点である。従って、本願発明のものは、錆になる前段階で留まっているものと思われる。
【0014】
上述した本発明の鉄鋼材料の表面改質方法において、EDC処理と、EB処理の処理条件を調整することによって、Crを被加工材の表面から最大100μm程度の深さまで溶融拡散浸透させることができる。また、被加工材の表面が少し損傷した場合においても、その損傷を溶融拡散層内で留め、純粋な母材成分であるSKH51に到達させないようにするには、溶融拡散層の厚みを20〜100μm程度にすることが望ましい。
【実施例2】
【0015】
次に、本願発明により製造された被加工材(EDC(Cr、CrC)+EB)について、樹脂材料(ポリアセタール(以後、POMとも言う。))との耐摩耗性評価試験を行った。この試験に用いる試験片には、EDC処理のみを行ったものを4水準と、EDC+EB処理を行ったものを4水準と、無処理のもの(SKD61鏡面)を用いた。そして、この試験片を得る際に行われるEDC処理とEB処理の条件、並びに試験片の表目粗さが、次の表3に示されている。
【表3】
【0016】
そして、上記試験片を用いて計測された摩擦係数、及びボール摩耗量の結果が図8、図9にそれぞれ棒グラフとして示され、以下の表4に数値として示されている。
【表4】
【0017】
図8、図9、表4から次の事項が確認できる。
(1)EDC処理のみの場合よりも、EDC処理の後にEB処理を行った場合の方が、試験片の摩擦係数が低下している。
(2)TiCよりCr系のEDC処理を行った方が、試験片の摩擦係数が低く、ボール摩耗量が少ない。
(3)EDC+EB処理を行った方が、無処理(SKD61(鏡面))よりも試験片の摩擦係数が低い。
【0018】
また、図10には、耐摩耗性評価試験に用いた試験片の摩耗痕を顕微鏡によって100倍に拡大した観察結果が示されている。この試験結果により、以下の事実が確認できる。
(1)EDC処理のみ試験片の場合、EDC処理に用いる電極の種類に関係なく、POMが太い縦筋状に付着している。
(2)EDC+EB処理の試験片では、EDC処理にTiC電極を用いたものの場合、POMが少量付着している。
(3)EDC+EB処理の試験片では、EDC処理にCr電極を用いたものの場合、POMの付着はないが、摩耗痕が僅かに見られる。
(4)EDC+EB処理では、EDC処理にCrC電極を用いたものの場合、POMの付着が無く、摩耗痕も無い。
これら(1)〜(4)の結果より、Cr系の電極を用いたEDC処理が望ましく、その中でもCrCの電極を用いたEDC処理がより望ましいことが分かる。
【0019】
図11には、EDC処理にTiC、CrC(C14%)電極を用いた試験片の外観が示されている。これによれば、TiCの場合、EB処理の有無に関係なく、POMの付着が円形に見られるが、CrC(C14%)電極を用いた場合、その後にEB処理を行った場合にのみ、POMの付着が全く見られないこととなった。なお、EDC処理にCr、CrC(C20%)電極を用いた場合も、CrC電極を用いた場合と同様の結果が得られた。
【0020】
なお、図12には、耐摩耗性評価試験を行った試験片(SKD61に鏡面処理を行ったもの、SKD61に#220研磨処理を行ったもの)の表面が拡大して示されている。いずれも、摩耗痕が確認されている。
【0021】
図13には、表3と同条件で耐摩耗性評価試験を行った場合の、他の表面処理との比較結果が示されている。これによれば、EDC(Cr系電極)+EB処理は、他の表面処理よりPOMとの摩擦係数が少なくとも0.1小さいことが分かる。
【0022】
以上より、EDC(Cr系電極)+EB処理を行うと、他の処理に比べると、耐摩耗性に優れていることが確認された。
【実施例3】
【0023】
POM以外の他の樹脂材料でも同様の効果が得られるか、さらに試験を行った。この試験に用いる試験片には、EDC+EB処理を行ったものを4水準用いた。そして、この試験片を得る際に行われるEDC処理とEB処理の条件、並びに試験片の表目粗さが、次の表5に示されている。
【表5】
【0024】
そして、上記試験片を用いて計測された摩擦係数、及びボール摩耗量の結果が図14、図15にそれぞれ棒グラフとして示され、以下の表6に数値として示されている。
【表6】
【0025】
図14、図15、表6から次の事項が確認できる。
(1)TiC電極を用いた試験片の摩擦係数はボール材質に関係なく、0.3程度である。
(2)ボール材質にPEEKを用いた場合の試験片の摩擦係数は、CrC(C14%)電極を用いた場合で0.2程度と若干低い傾向を示したが、CrC(20%)電極及びCr電極を用いた場合で0.3程度であり、TiCと同等である。
(3)ボール材質にMCを用いた場合の摩擦係数は、電極材料に関係なく、0.3程度である。
(4)ボール材質にPOMを用いた場合の摩擦係数は、Cr系の電極材料に優位性が見られる。
(5)ボール摩耗量は、Cr系の電極材料に大きな優位性が見られる。
【0026】
また、図16には、耐摩耗性評価試験に用いた試験片を顕微鏡によって100倍に拡大し、摩耗痕を明示した観察結果が示されている。この試験結果により、以下の事実が確認できた。
(1)TiC電極を用いた場合、ボール材質に関係なく、摩耗痕が明確にある。
(2)Cr系電極を用いた場合、摩耗痕があっても少量であり、特にボール材質にPOMを用いると、摩耗痕が殆ど無い。
以上より、Cr系電極を用いた場合、樹脂材料(特にPOM)において優れた耐摩耗性が得られることが分かる。また、ボール摩耗量が極めて少量であることから、樹脂材料に対して優れた滑り性が得られることが分かる。
【0027】
本発明は上記実施例に限定されない。たとえば、鉄鋼材料として、代表的なSKH51、SKD61について試験を行ったが、鉄鋼材料であれば他のものであっても同様な結果が得られることが想定される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料の表面に、Crを含む電極を用いた放電加工、及び電子ビーム加工を順次行って、Crが溶融拡散された改質層を形成することを特徴とする鉄鋼材料の表面改質方法。
【請求項2】
放電加工がCrC電極を用いることを特徴とする請求項1記載の鉄鋼材料の表面改質方法。
【請求項3】
改質層を20μm以上形成することを特徴とする請求項1又は2記載の鉄鋼材料の表面改質方法。
【請求項1】
鉄鋼材料の表面に、Crを含む電極を用いた放電加工、及び電子ビーム加工を順次行って、Crが溶融拡散された改質層を形成することを特徴とする鉄鋼材料の表面改質方法。
【請求項2】
放電加工がCrC電極を用いることを特徴とする請求項1記載の鉄鋼材料の表面改質方法。
【請求項3】
改質層を20μm以上形成することを特徴とする請求項1又は2記載の鉄鋼材料の表面改質方法。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図1】
【公開番号】特開2013−6262(P2013−6262A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152886(P2011−152886)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省「戦略的基盤技術高度化支援事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503221573)株式会社北熱 (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省「戦略的基盤技術高度化支援事業」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503221573)株式会社北熱 (6)
【Fターム(参考)】
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