説明

鉛含有鋼の製造方法

【課題】取鍋内溶鋼をガス攪拌しながら溶鋼中へワイヤー添加法により鉛を添加し、均一に溶解および分散させることのできる鉛含有鋼の溶製方法を提供する。
【解決手段】取鍋内の溶鋼に鍋底部から不活性ガスを吹き込み、形成されたプルームの領域へ、粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%含有する粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを装入する溶鋼への鉛の添加方法であって、鉄製ワイヤー装入前の溶鋼温度(V)、溶鋼中のC含有率(X)、Si含有率(Y)、およびMn含有率(Z)が、下記式の関係を満足するように制御する鉛の添加方法である。V≧1630−90×X−6.2×Y−1.7×Z。
前記鉄製ワイヤーとして、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmの角型管に粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを用い、鉛換算装入速度で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の鉛を溶鋼中へ装入することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の取鍋精錬の過程において、溶鋼中に鉛を均一に添加し、均一に溶解させることのできる鉛の添加方法、および鉛快削鋼を対象とした鉛含有鋼の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉛含有鋼は、快削性元素である鉛を含有する鋼である。鉛は鋼中において単独または硫化物として存在し、鋼の材質を劣化させることなく切削性を向上させる作用を有する元素である。特に、鉛快削鋼は切削性に優れていることから、需要が多い。鉛含有鋼は、鉛の含有率が高く、かつ溶鋼中に均一に溶解し、分散しているほど優れた切削性を発揮する。
【0003】
しかしながら、溶鋼中の鉛の含有率を高め、かつ溶鋼中に均一に溶解させ、分散させることは、下記の理由により難しい。
【0004】
(a)溶鋼中における鉛の溶解度は0.3〜0.4質量%程度と低い。
【0005】
(b)溶鋼の比重が7.1程度であるのに対して、鉛の比重は11.3程度と大きいため、取鍋内において強度の攪拌を行わない限り、溶解度を超えて添加された鉛分は取鍋内の底部に沈降することとなる。
【0006】
そこで、この問題を解決するため、溶鋼中への鉛の添加方法に関する様々な技術開発が行われてきた。その中で、鉛の代表的な添加方法として、下記の(1)〜(3)に示す方法を挙げることができる。
【0007】
(1)インジェクションランスを用いて、取鍋内の溶鋼の内部に鉛含有物質を不活性ガスとともに吹き込む方法(特許文献1、特許文献2など)。
【0008】
(2)取鍋の底部に設置したガスバブリング装置から、不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、その攪拌されている溶鋼表面へ、上方から鉛含有物質を自由落下させて添加する方法(特許文献3など)。
【0009】
(3)取鍋の底部に設置したガスバブリング装置から、不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、その溶鋼中へ鉛含有物質を内装したワイヤーを添加する方法(特許文献3など)。
【0010】
しかしながら、上記の鉛の添加方法には、なお、それぞれに下記の問題が存在する。
【0011】
例えば、上記(1)にて述べたインジェクションランスを用いる添加方法は、他の方法に比較して、耐火物のコストが高くなる。
【0012】
また、上記(2)にて述べた、攪拌されている溶鋼表面へ鉛含有物質を自由落下させる添加方法は、簡易な設備により実施することができ、また、鉛以外の合金の添加も容易に行うことができるという利点がある。しかしながら、前記のとおり、鉛の比重は11.3程度と、溶鋼の比重7.1程度に比較して圧倒的に大きく、かつ溶鋼中での溶解度が0.30〜0.40質量%と小さい。したがって、溶鋼に対する添加量が0.30質量%を超える多量の鉛を添加する場合に、粒径の大きな鉛を用いると、溶鋼中に均一に溶解させ、分散させることは極めて難しくなる。
【0013】
鉛含有物質を自由落下させて添加する方法において、溶鋼中への鉛の均一な溶解および分散を実現させるためには、鉛含有物質の粒径は小さくするほど良いが、一方では、粒径が小さすぎると、溶鋼からの輻射熱によりシュート内において鉛が溶融し、シュート出口を閉塞するおそれがある。
【0014】
これに対し、上記(3)にて述べた、鉛含有物質を内装したワイヤーを添加する方法では、上記のシュート閉塞の問題を回避することができる。前記の特許文献1や特許文献3では、鉛含有物質の平均粒径を小さくし、攪拌力を高めて、鉛含有物質の添加速度を低くすることにより、溶鋼中の鉛含有率が0.30質量%以上の場合であっても、鉛含有物質の溶け残りを生じることなく、鉛を微細に、且つ均一に分散させることができるとされている。
【0015】
しかしながら、(3)に記載されたワイヤーを添加する方法であっても、溶鋼中への鉛の溶解およびその分散性は、温度や溶鋼中C含有率に基づく溶鋼の流動性、ワイヤーの外径や肉厚といったワイヤーの特性、およびその添加速度によって、大きく変動することが判明した。
【0016】
【特許文献1】特開昭61−199050号公報(特許請求の範囲および2頁右下欄10行〜3頁右上欄12行など)
【特許文献2】特開昭62−60815号公報(特許請求の範囲および2頁左下欄13〜19行))
【特許文献3】特開平4−308021号公報(特許請求の範囲、段落[0004]および[0008]〜[0009])
【非特許文献1】(社)日本鉄鋼協会編 第3版鉄鋼便覧 第1巻 基礎(昭和58年3月):205頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、前記の問題に鑑みてなされたものであり、その課題は、取鍋の底部から溶鋼中に不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、溶鋼中へ鉛含有物質を内装したワイヤーを添加することにより、溶鋼中へ鉛を均一に溶解させ、分散させることのできる溶鋼への鉛の添加方法を提供することにある。特に、上記の方法を用いて、鉛含有率が0.30質量%以上の鉛快削鋼を対象とした鉛含有鋼を溶製する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記の従来技術の問題を解決し、溶鋼中へ鉛を均一に溶解させ、分散させることのできる溶鋼への鉛の添加方法について研究開発を行った。そして、前記の特許文献3に記載の方法、すなわち、取鍋の底部に設置したガスバブリング装置から溶鋼中に不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、その攪拌されている溶鋼中へ鉛含有物質を内装したワイヤーを添加する方法であっても、溶鋼中に鉛を均一に溶解させ、分散させるためには、下記の(a)〜(c)に示す条件を満足することが必要、または好ましいとの知見を得て本発明を完成させた。
【0019】
(a)鉛含有物質を内装したワイヤーは、取鍋内溶鋼へ鍋底部からガスを吹き込んで強攪拌されている領域(以下、「プルーム」とも称する)内へ装入する必要がある。ワイヤーが装入されて溶鋼中に溶解した直後から、鉛含有物質が溶鋼により激しく攪拌され、溶鋼と混合されて、溶鋼中に速やかに溶解し、分散されるからである。
【0020】
図1は、取鍋内溶鋼に鍋底部から不活性ガスを吹き込みながら上部から鉛を添加する方法を説明するための図である。
【0021】
上記の「プルーム」とは、同図中の符号5で示されるとおり、鍋1の底部から溶鋼2中へ吹きこまれた不活性ガス3の気泡4と溶鋼2とが混在し、激しく攪拌混合されている領域を意味する。この領域では、溶鋼2およびガス気泡4は、激しい乱流混合状態となっている。
【0022】
(b)溶鋼中への鉛の均一な溶解および分散を促進するためには、溶鋼中のC含有率および溶鋼温度を適正範囲に制御する必要がある。溶鋼中のC含有率が低下すると、溶鋼の融点が上昇することにより、その流動性が低下し、溶鋼中への鉛の均一な分散が阻害されるからである。したがって、溶鋼中における溶解度以上に多量に添加された鉛分を速やかに溶鋼中に均一に分散させるためには、溶鋼中C含有率の低下に伴いワイヤー装入前の温度を高めることが有効である。Siは、鋼の脱酸元素であるとともに、鋼に焼入れ性を付与して鋼の強化に寄与する元素であることから、これを含有させる。また、Mnは、鋼の脱酸作用を有すると同時に、鋼に焼入れ性を付与して鋼を強化し、さらに、MnSを形成して鋼の切削性を向上させ、FeSの形成を抑制して熱間加工性を向上させる作用を有することから、これらの効果を得るために含有させる。
【0023】
(c)上記プルーム中でのワイヤーの溶解速度を高めるためには、ワイヤーの断面形状を角型管とし、その寸法および肉厚を好適適正に調整することが好ましい。断面形状を角型管とする理由は、溶鋼中へのワイヤーの装入時におけるトラブルを回避しやすいからである。
【0024】
本発明は上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記の(1)〜(3)に示される溶鋼への鉛の添加方法および鉛含有鋼の製造方法にある。
【0025】
(1)取鍋内に収容された溶鋼に鍋底部から不活性ガスを吹き込み、吹き込まれた不活性ガスと溶鋼とが混在して激しく攪拌混合される領域へ、粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%含有する粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを装入する溶鋼への鉛の添加方法であって、鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度、溶鋼中のC含有率、溶鋼中のSi含有率、および溶鋼中のMn含有率が、下記(1)式で表される関係を満足するように制御することを特徴とする溶鋼への鉛の添加方法(以下、「第1発明」とも記す)。
【0026】
V≧1630−90×X−6.2×Y−1.7×Z ・・・・(1)
ここで、Vは鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度(℃)、Xは溶鋼中のC含有率(質量%)、Yは溶鋼中のSi含有率(質量%)、Zは溶鋼中のMn含有率(質量%)をそれぞれ表す。
【0027】
(2)前記鉄製ワイヤーとして、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmの角型管に粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%含有する粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを用い、鉛換算装入速度で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の鉛を溶鋼中へ装入することを特徴とする前記(1)に記載の溶鋼への鉛の添加方法(以下、「第2発明」とも記す)。
【0028】
(3)質量%で、C:0.03〜0.50%、Si:0.60%以下およびMn:0.50〜2.00%を含有する溶鋼中に、前記(1)または(2)に記載の鉛の添加方法により鉛を添加し、鋼中の鉛の含有率を0.3〜0.4質量%とすることを特徴とする鉛含有鋼の製造方法(以下、「第3発明」とも記す)。
【0029】
本発明において、「不活性ガス」とは、周期律表の18族元素に属するアルゴン、ヘリウム、ネオンなどのガスを意味し、実用的には経済性などの面からアルゴンガスの使用が好ましい。
【0030】
「粉状の鉛含有物質」とは、粒径が0.6mm以下であって、鉛の含有率が89質量%以上98質量%以下である鉛混合物および/または鉛化合物と、炭酸カルシウムとの混合物を意味する。
【0031】
「鉄製」とは、炭素鋼製 、高合金鋼製、低合金鋼製、ステンレス鋼製などを意味する。
【0032】
なお、以下の説明において、鋼の成分組成を表示する「質量%」を単に「%」とも記載する。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、取鍋の底部に設置したガスバブリング装置から溶鋼中に不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、溶鋼中へ鉛含有物質を内装したワイヤーを添加することにより、溶鋼中へ鉛を均一に溶解させ、分散させることができる。したがって、本発明の方法を用いることにより、鉛含有率が0.30質量%以上の鉛快削鋼を対象とし、鉛が均一分散した高品質の鉛含有鋼を溶製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
本発明を完成するに至った経過とともに、本発明の内容および本発明の好ましい態様について、以下にさらに詳細に説明する。
【0035】
1.発明の基本構成
前記図1に示されたとおり、取鍋1内に収容された質量:約70トン(t)、温度:1540〜1640℃、C含有率:0.03〜0.50%、Si含有率:0.60%以下、Mn含有率:0.50〜2.00%である溶鋼2中へ、取鍋底部からArガス3を1.56〜2.47Nl/(min・t−溶鋼)の流量で吹き込みながら、矢印Aで示されるようにプルーム5内へ、または矢印Bで示されるようにプルーム以外の領域へ、下記の方法により鉛を添加した。すなわち、粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%添加して鉛混合物とした粉状の鉛含有物質を、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmの角型の鉄製管に内装した鉄製ワイヤーを、鉛量換算で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の供給速度にて溶鋼中に装入した。なお、上記の鉄製管としては、溶鋼中での溶解を容易とするため、炭素鋼製の管を用いた。
【0036】
その結果、ワイヤーをプルーム以外の領域に装入した場合に比較して、プルーム内の領域に装入した場合の方が、鉛が溶鋼中により均一に溶解し、分散されることが判明した。本発明では、この評価を溶解性の確認のため、鉛歩留により評価した。但し、上記ワイヤーをプルーム内へ投入した場合であっても、溶鋼中の鉛の均一分散の程度にばらつきの生じることがわかった。
【0037】
一般に、溶鋼処理においては、不慮の溶鋼温度低下時への余裕代の確保や、後工程における温度低下への配慮などを踏まえて、溶鋼の過熱度(ΔT)(すなわち、溶鋼温度から液相線温度(凝固開始温度)を減じた値)をある程度以上の値に保持している。しかし、本発明が対象とする鉛含有鋼の溶製においては、溶鋼中での溶解度が0.3〜0.4%しかない鉛を、その溶解度の限界近傍まで溶解させる必要がある。鉛の溶解度は、溶鋼中のC含有率が高く、溶鋼温度が高いほど高くなる。また、溶鋼中のC含有率が高く、溶鋼温度が高いほど、溶鋼の流動性も上昇することから、溶鋼の均一攪拌には有利となる。しかし、溶鋼温度が高くなると、鉛が気化しやすくなり、鉛の歩留りが低下するだけでなく、作業環境上も好ましくない。また、必要以上に溶鋼の温度を高くすることは、精錬エネルギーコストの面からも回避すべきである。
【0038】
そこで、上記の点を考慮し、溶鋼中C含有率が低い領域では溶鋼の過熱度(ΔT)を高目とし、溶鋼中C含有率が高い領域では溶鋼の過熱度(ΔT)を低目とすることを想到し、その効果を実験的に確認した。
【0039】
溶鋼の液相線温度は、例えば、非特許文献1によれば、下記(2)式により表される。
【0040】
L=1536−{90×(%C)+6.2×(%Si)+1.7×(%Mn)+・・・} ・・・(2)
ここで、(%C)、(%Si)および(%Mn)は、それぞれ溶鋼中のC、SiおよびMn含有率(質量%)を表す。
【0041】
上記(2)式によれば、例えば溶鋼中C含有率が0.05%では、TL=1530.7〜1524.4℃であり、溶鋼中C含有率が0.45%では、TL=1494.7〜1488.4℃である。
【0042】
そこで、本発明についての研究および調査においては、溶鋼中C含有率が約0.05%の低炭素側ではΔT=90℃近傍が、また溶鋼中C含有率が約0.45%の高炭素側ではΔT=85℃近傍が適切と考えて、鉛添加開始時の溶鋼温度と鉛の歩留との関係を調査した。
【0043】
図2は、鉛添加開始時の溶鋼温度と溶鋼中における鉛の歩留りとの関係を示す図である。同図の結果から、溶鋼中C含有率が約0.05%の低炭素側ではΔT=90℃近傍において、また、溶鋼中C含有率が約0.45%の高炭素側ではΔT=85℃近傍において、溶鋼の高温化に伴う鉛歩留の上昇効果が確認された。
【0044】
図3は、溶鋼中のC含有率および鉛添加開始時の溶鋼温度が鉛歩留り上昇に及ぼす影響を示す図である。同図は、前記図2の結果を整理し直したものである。
【0045】
上記の結果から、本発明においては、溶鋼中C含有率が0.03〜0.50%、溶鋼中Si含有率が0.60%以下および溶鋼中Mn含有率が0.50〜2.00%の溶鋼処理において、鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の適正温度範囲を下記(1)式のとおり規定した。
【0046】
V≧1630−90×X−6.2×Y−1.7×Z ・・・・(1)
ここで、Vは鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度(℃)、Xは溶鋼中のC含有率(質量%)、Yは溶鋼中のSi含有率(質量%)、Zは溶鋼中のMn含有率(質量%)をそれぞれ表す。
【0047】
なお、溶鋼温度が高すぎる場合の鉛歩留への悪影響については、今回の調査では明らかにならなかった。しかしながら、精錬エネルギーロスの低減や耐火物寿命などを考慮した操業上の制約から、鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度Vは、下記(3)式により表される範囲内に調整することが好ましい。
【0048】
V≦1660−90×X−6.2×Y−1.7×Z ・・・・(3)
さらに、鉛含有物質内装ワイヤーとしては、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmである角型管の内部に粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを用い、これを溶鋼中に装入することが好ましいことが判明した。溶鋼中の鉛含有率の平均値が一層上昇し、しかも溶鋼内における鉛含有率のばらつきが低減されるからである。
2.構成要件の規定理由および好ましい態様
2−1.溶鋼中への鉛含有物質内装ワイヤーの装入領域
鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーは、プルーム領域に装入する必要がある。プルーム内においては、溶鋼は吹き込まれた不活性ガスにより激しく攪拌され、気泡と不活性ガスとが乱流混合状態となっている。したがって、ワイヤーをプルーム内の領域に装入することにより、ワイヤーをプルーム以外の領域に装入する場合よりも、ワイヤーに内装された鉛含有物質を溶鋼内で激しく攪拌混合させ、より均一に分散させることができるからである。
【0049】
これに対して、ワイヤーをプルーム以外の領域に装入した場合には、溶鋼中に鉛が均一に分散しなかったのはもちろんのこと、プルーム以外の領域では、スラグが固いことから、ワイヤーが溶鋼中に十分に浸入しないという問題も発生した。
【0050】
2−2.炭酸カルシウムの粒度および含有率、ならびに粉状の鉛含有物質
粉状の鉛含有物質に含有させる炭酸カルシウムの粒径は0.6mm以下とし、その含有率は2〜10質量%とする。炭酸カルシウムを含有させる理由は、炭酸カルシウムの分解反応により炭酸ガスを発生させ、気泡による攪拌を活発に行わせるためである。また、その粒子径を0.6mm以下とするのは、溶鋼中において急速に溶解させ、炭酸カルシウムの分解反応を促進させるためである。粉状の鉛含有物質中の炭酸カルシウムの含有率が2%未満では上記の効果が得られず、他方、その含有率が10%を超えて高くなると、鉛含有物質の鉛含有率が低下してワイヤーの装入量が増加し、ワイヤーの装入時間が長くなって操業を阻害する。
【0051】
粉状の鉛含有物質は、前記のとおり、粒径が0.6mm以下であって、鉛の含有率が89%以上98%以下である鉛混合物および/または鉛化合物と、炭酸カルシウムとの混合物である。粒径が0.6mmを超えて大きいと、溶鋼中における鉛の溶解が不均一となりやすく、また、鉛の均一な分散を妨げる要因となりやすい。
【0052】
2−3.鉛含有物質内装ワイヤー装入前における溶鋼温度
前記のとおり、鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーの装入前における溶鋼の適正温度範囲は、前記(1)式により表される範囲である。(1)式の関係を満足する条件でワイヤーを装入することにより、溶鋼中に鉛を均一に溶解させ、また、鉛の均一分散性を高めることができるからである。
【0053】
溶鋼中C含有率が低下すると、溶鋼の融点が上昇することに起因して溶鋼の流動性が低下し、鉛が溶鋼中に均一に分散しなくなる。したがって、溶鋼の溶解度以上に添加された鉛分を速やかに溶鋼中へ均一に分散させるためには、溶鋼中C含有率の低下に伴って、ワイヤー装入前の溶鋼温度を上昇させることが有効である。
【0054】
2−4.鉛含有物質内装ワイヤーの断面形状および寸法、ならびにワイヤー装入速度
鉛含有物質内装ワイヤーは、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmである角型管の内部に粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを用い、これを溶鋼中に装入することが好ましい。溶鋼中の鉛含有率の平均値がさらに上昇し、しかも、そのばらつきが低減されるからである。また、ワイヤーとして断面が角型の管を用いることが好ましい理由は、溶鋼中へのワイヤーの装入時におけるワイヤーの巻きぐせなどによるトラブルを回避しやすいからである。
【0055】
鉛含有物質内装ワイヤーの断面の外寸法が15mm×7.0mm未満の場合には、ワイヤーの熱間強度が低下して、ワイヤーを溶鋼中へ深く浸入させることが難しくなる。そのため、ワイヤー中の鉛が溶鋼中に均一に分散しにくくなる。他方、ワイヤー断面の外寸法が17mm×8.0mmを超えて大きくなると、溶鋼中でワイヤーが溶解した際に比較的多量の鉛含有物質がプルーム内の局所的な領域で溶鋼と急激に接触するため、鉛含有物質の周囲の溶鋼温度が低下し、溶鋼中における鉛の分散性が低下することとなる。
【0056】
鉛含有物質内装ワイヤーの肉厚が0.3mm未満の場合には、プルーム内の比較的上層部においてワイヤーが溶解するので、鉛が溶鋼と十分に攪拌混合される以前に、鉛がプルーム内からプルーム以外の比較的流動状態の緩やかな領域へと移動し、その結果、溶鋼中での鉛の分散性が低下する。他方、ワイヤーの肉厚が0.5mmを超えて厚くなると、ワイヤーがプルーム内の下方まで到達し、プルームと比較的流動の緩やかな領域との境界付近でワイヤーが溶解することから、鉛がプルーム内で十分に攪拌混合されにくくなり、その結果、溶鋼中における鉛の分散性が低下する。
【0057】
鉛含有物質内装ワイヤーの装入速度は、鉛換算装入速度で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の範囲とすることが好ましい。上記の装入速度が0.4kg/(min・t−溶鋼)未満では、溶鋼の表層部においてワイヤーが溶解し、鉛の蒸気が発生しやすくなって歩留まりが低下するので好ましくない。また、同速度が0.7kg/(min・t−溶鋼)を超えて速くなると、逆に溶解位置が取鍋の底部付近となり、鉛が沈殿しやすくなって歩留まりが低下し、好ましくないからである。
【0058】
2−5.溶鋼の成分組成
溶鋼の主な成分組成は、下記の範囲であることが好ましい。
【0059】
C:0.03〜0.50%
Cは、鋼を強化する作用を有する元素である。C含有率が0.03%未満では、必要な強度が得られにくくなるため好ましくない。他方、C含有率が0.50%を超えて高くなると、硬度が高くなりすぎて切削性が低下するので好ましくない。
【0060】
Si:0.60%以下
Siは、鋼を脱酸する脱酸作用とともに、鋼に焼入れ性を付与して鋼を強化する作用を有する元素である。その含有率が0.60%を超えて高くなると、鋼の硬度が上昇しすぎて切削性が低下するので、好ましくない。
【0061】
Mn:0.50〜2.00%
Mnは、鋼の脱酸作用を有するとともに、鋼に焼入れ性を付与して鋼を強化し、さらに、MnSを形成して鋼の切削性を向上させ、FeSの形成を抑制して熱間加工性を向上させる作用を有する元素である。Mn含有率が0.50%未満では、必要な強度が得られにくく、また、熱間延性が低下して熱間加工性が悪化するので、好ましくない。他方、その含有率が2.00%を超えて高くなると、これらの効果が飽和し、合金コストが上昇するので、好ましくない。
【実施例】
【0062】
本発明の溶鋼への鉛の添加方法の効果を確認するため、下記の鉛含有鋼の溶製試験を行い、その結果を評価した。
【0063】
取鍋内に収容された質量が約70tで、温度が1540〜1640℃、C含有率が0.05〜0.10%、Si含有率が0.01〜0.02%、Mn含有率が0.90〜1.30%の溶鋼中へ、取鍋底部からArガスを1.95Nl/(min・t−溶鋼)の流量で吹き込みながら、プルーム内またはプルーム以外の領域へ、下記の方法により、鉛を添加する試験を行った。
【0064】
すなわち、粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%添加して鉛混合物とした粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を、横断面の外寸法が16mm×7.5mmであり、肉厚が0.4mmの角型の鉄製管に内装した鉄製ワイヤーを、鉛量換算で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の供給速度にて、溶鋼中に7分間装入した。この鉛装入量は、溶鋼中の鉛含有率では0.30質量%に相当する。なお、一部の試験では、ワイヤーの断面形状を変更した試験も行った。
【0065】
試験条件および試験結果を表1に示した。
【0066】
【表1】

【0067】
同表において、ワイヤー装入位置の「A」は、鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーをプルーム内の領域に装入したことを、また、「B」は、同ワイヤーをプルーム以外の領域に装入したことを表す(図1参照)。
【0068】
また、試験結果は、鉛の分散性を均一溶解性により評価するため、下記(4)式により算出される鉛の歩留りを求め、この値により評価した。鉛歩留りの値が大きいほど鉛の分散性が良好なことを意味する。
【0069】
鉛歩留り=製品中の鉛含有率(%)/{(鉛含有物質の質量(kg)×鉛含有率(%))/溶鋼の質量(kg)}×100(%) ・・・・(4)
試験番号2〜9および11〜13は、本発明(第1発明)で規定する条件を満足する本発明例についての試験であり、試験番号1および2は、本発明で規定する条件を満たさない比較例についての試験である。
【0070】
鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーをプルーム以外の領域に装入した比較例である試験番号1、および同ワイヤー装入前の溶鋼温度が低く、(1)式により表される関係を満たさない比較例である試験番号10は、いずれも、鉛の歩留りが比較的低く、溶鋼中における鉛の分散性が劣っていた。
【0071】
これに対して、本発明例である試験番号2〜9および11〜13は、いずれも、鉛の歩留りが高く、良好な分散性を示した。とりわけ、第2発明および第3発明で規定する要件をも満足する試験番号3、4、7、8および11〜13では、鉛の歩留りが63%以上の高い値が得られ、極めて良好な鉛の分散性が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の溶鋼への鉛の添加方法によれば、取鍋の底部に設置したガスバブリング装置から溶鋼中に不活性ガスを吹き込んで溶鋼を攪拌しながら、溶鋼中へ鉛含有物質を内装したワイヤーを添加することにより、溶鋼中へ鉛を均一に溶解させ、分散させることができる。特に、本発明の方法は、鉛含有率が0.30質量%以上の鉛快削鋼を対象とし、鉛が均一に分散した高品質の鉛含有鋼の溶製に適している。したがって、本発明の鉛の添加方法は、被削性に優れ、また需要の多い鉛快削鋼の製造技術分野において広範に適用できる技術である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】取鍋内溶鋼に鍋底部から不活性ガスを吹き込みながら上部から鉛を添加する方法を説明するための図である。
【図2】鉛添加開始時の溶鋼温度と溶鋼中における鉛の歩留りとの関係を示す図である。
【図3】溶鋼中のC含有率および鉛添加開始時の溶鋼温度が鉛歩留り上昇に及ぼす影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
取鍋内に収容された溶鋼に鍋底部から不活性ガスを吹き込み、吹き込まれた不活性ガスと溶鋼とが混在して激しく攪拌混合される領域へ、
粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%含有する粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを装入する溶鋼への鉛の添加方法であって、
鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度、溶鋼中のC含有率、溶鋼中のSi含有率、および溶鋼中のMn含有率が、下記(1)式で表される関係を満足するように制御することを特徴とする溶鋼への鉛の添加方法。
V≧1630−90×X−6.2×Y−1.7×Z ・・・・(1)
ここで、Vは鉄製ワイヤーを装入する前の溶鋼の温度(℃)、Xは溶鋼中のC含有率(質量%)、Yは溶鋼中のSi含有率(質量%)、Zは溶鋼中のMn含有率(質量%)をそれぞれ表す。
【請求項2】
前記鉄製ワイヤーとして、断面の外寸法が(15〜17mm)×(7.0〜8.0mm)であり、肉厚が0.3〜0.5mmの角型管に粒径が0.6mm以下の炭酸カルシウムを2〜10質量%含有する粒径が0.6mm以下の粉状の鉛含有物質を内装した鉄製ワイヤーを用い、鉛換算装入速度で0.4〜0.7kg/(min・t−溶鋼)の鉛を溶鋼中へ装入することを特徴とする請求項1に記載の溶鋼への鉛の添加方法。
【請求項3】
質量%で、C:0.03〜0.50%、Si:0.60%以下およびMn:0.50〜2.00%を含有する溶鋼中に、請求項1または2に記載の鉛の添加方法により鉛を添加し、鋼中の鉛の含有率を0.3〜0.4%とすることを特徴とする鉛含有鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−62567(P2009−62567A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−230109(P2007−230109)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】