説明

鉛蓄電池

【課題】深放電サイクル寿命が長く、回復充電性が良好で、腐食伸びを抑制して短絡の危険性を低減できる鉛蓄電池を提供することにある。
【解決手段】本発明の鉛蓄電池の正極格子体は、主としてPb−Ca−Sn合金を含む基材と、基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉を粉末圧延して得た表面層、又は、高純度鉛の急冷凝固粉を粉末圧延して得た表面層、と有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛蓄電池に関し、特に、鉛蓄電池の正極及び負極に用いられる格子体の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池の正極及び負極は、格子体とそれを充填する活物質を有する。特許文献1には、シートを穿孔することによって形成された格子体が記載されている。このシートは、鉛−カルシウム系合金を基材とし、この基材の片面に鉛−銀系合金層を形成し、他面に鉛−錫系合金層を形成したものである。この例では、鉛−銀系合金における、銀の含有率は0.01〜2.0%、錫の含有率は0〜10%である。鉛−錫系合金における、錫の含有率は1〜30%である。この格子体を使用した鉛蓄電池では、高温下で放置されても、格子の腐食が抑制され、また、腐食された酸化層が活物質化して活物質との密着性を維持できる。
【0003】
特許文献2には、鉛−カルシウム系合金板と鉛−錫系合金板とを用いて一体化した板片を電極基体として用いることが記載されている。特許文献3には、鉛−カルシウム−0.3%錫合金シートを、厚さ0.5mmの鉛−3%錫合金で挟み込んで圧延し、一体化させた合金板を格子体に用いる方法が記載されている。特許文献4には、錫を1.6%以下含有する鉛−カルシウム−錫系合金の表面に、錫を1.8%以上含有する鉛−錫系合金層を貼り合わせた圧延板を格子体に用いる方法が記載されている。
【0004】
これらの例では、長期間放置や過放電放置後の回復性が改善され、高温使用時の寿命が延長することができる。
【0005】
特許文献5には、格子腐食を低減し、より長寿命な電池を得るために、アンチモンを含まない純鉛からなる圧延シートを加工して得た格子を用いることが記載されている。この格子の桟幅は、シート厚さの1.2倍以上である。
【0006】
さらに、特許文献6には、表面に圧延一体化された高純度鉛金属の薄層を備えた格子体を用いる方法が記載され、特許文献7には、純鉛板の表面に鉛−錫系合金層を一体化する方法が開示されている。いずれも、高純度鉛(99.9%以上)によって格子体の不働態化を回避し、優れた寿命特性を得ることができる。
【0007】
また、特許文献8には、鉛含有コア部材を平均結晶粒径が少なくとも100マイクロメートルのPbシートで被覆させた格子体により、電池雰囲気内で良好な侵食抵抗を示すことが示されている。
【0008】
【特許文献1】特開昭63−211567号公報
【特許文献2】特開平1−140557号公報
【特許文献3】特開2000−195524号公報
【特許文献4】特開昭61−124064号公報(特公平4−81307号公報)
【特許文献5】特開2004−14431号公報
【特許文献6】特開2004−152578号公報
【特許文献7】特開2003−208898号公報
【特許文献8】特開平10−27616号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の自動車では、パワステやブレ−キなど油圧駆動系の電動化に伴い、電力消費量が増大している。そのため、自動車用電源は、深い放電サイクルに対する耐久性が要求されている。鉛蓄電池は、深い放電サイクルを繰り返すと集電体界面に硫酸鉛の不働態層、即ち絶縁層が形成される。これが起きると、早期容量低下が起き、寿命となることが知られている。また、鉛蓄電池が、高温下、過放電状態で放置されると、集電体の錫含有量が低い場合、又は、純鉛の場合、界面が腐食して回復充電性が低下することが知られている。
【0010】
一方、自動車では、鉛蓄電池のUPS(スタンバイユ−ス)が行われる。これは、常に充電状態が続く使用方法である。自動車に搭載されたナビゲ−ション画面がちらつくことがないように、システム側で過放電にしないための対策、例えば、頻繁な充電が行われることがある。このような使用方法は、正極の格子腐食を進行させ、電池寿命が短くする。更に、腐食伸びによる短絡の危険性が発生するなどの問題点が指摘されている。
【0011】
さらに、自動車の燃費向上対策の一つとして、電源の軽量化が要求されている。鉛蓄電池では、従来、正極の格子腐食の問題を回避するために、格子厚さが厚い鋳造格子を使用している。それに対して、圧延シートをエキスパンド加工することにより形成されるエキスパンド格子や、圧延シートを穿孔することにより形成される打ち抜き格子は、格子の厚さが薄く、軽量化が可能であるメリットがある。しかしながら、エキスパンド格子や打ち抜き格子は、活物質との密着性が悪く、活物質層が剥離し易い欠点がある。そのため、深放電サイクル寿命が短い。また、圧延シートは微細層状組織であるため、粒界腐食が主に進行する鋳造格子と異なり、層状に腐食層が剥離し易い。そのため、見かけの膨張率が高く、腐食伸びによる短絡を起し易い。
【0012】
純鉛を格子体に使用すると、不働態化を回避し、寿命特性を向上させることができるが、純鉛は強度が低い欠点がある。そのため、純鉛のエキスパンド格子や打ち抜き格子に、活物質を充填すると、変形して一定形状の電極にならない。
【0013】
そこで、強度の高い鉛−カルシウム系合金を基材とし、その表面に純鉛の薄板を張り合わせる構造も考えられる。しかしながら、基材の上に強度が低い純鉛の薄板を載せた状態で圧延加工すると、純鉛が基材に比べて伸び易く、両者を一体的に張り合わせることはできない。
【0014】
逆に、純鉛を基材とし、その表面に鉛−錫系合金層を張り合わせて一体化する構造も考えられる。しかしながら、強度が低い純鉛が基材であるため、正極格子体として十分な強度を得ることができない。
【0015】
上述のように鉛蓄電池用正極格子体は、深放電サイクルを繰り返しても、早期における容量低下を抑制し、鉛蓄電池の寿命を延長させることが望ましい。更に、高温下、過放電状態で放置しても回復充電性が低下しないことが必要である。また、充電状態が続く使用方法においても、格子腐食を抑えて電池寿命を延長し、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できることが望ましい。
【0016】
更に、エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、活物質との密着性が改善されて深放電サイクル寿命が長いことや、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる必要がある。また、高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られることが望ましい。また、製造面では、純鉛の圧延薄板を用いても、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができ、腐食による割れがなく、寿命が長いことが望ましい。
【0017】
本発明の目的は、深放電サイクル寿命が長く、回復充電性が良好で、腐食伸びを抑制して短絡の危険性を低減でき、高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られる鉛蓄電池及び鉛蓄電池用正極格子体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の鉛蓄電池の正極格子体は、主としてPb−Ca−Sn合金を含む基材と、基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉を粉末圧延して得た表面層、又は、高純度鉛の急冷凝固粉を粉末圧延して得た表面層、とを有する。
【0019】
表面層は、アスペクト比が3〜13の特定方向に配向した結晶粒子を有し、Bi,Ag,Ba,Sr,Alのうち少なくとも一つを含有してよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の目的は、深放電サイクル寿命が長く、回復充電性が良好で、腐食伸びを抑制して短絡の危険性を低減でき、高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られる鉛蓄電池及び鉛蓄電池用正極格子体を提供することにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明の第1実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。まず、本発明の一例として、簡素な構造である単板鉛蓄電池と、これに組み込まれる正極格子体とについて説明する。参照する図面において、図1は、本実施形態に係る正極格子体が組み込まれた単板鉛蓄電池の構成説明図である。
【0022】
図1に示すように、本例の単板鉛蓄電池は、正極板1、負極板2、及び、セパレータ3を有し、これらの部材は、硫酸(HSO)を含む電解液(図示せず)によって含浸されている。正極板1は、正極格子体5と正極格子体5の隙間を充填する正極活物質4を有し、同様に、負極板2は、負極格子体7と負極格子体7の隙間を充填する負極活物質6を有する。正極板1には正極耳8が接続され、負極板1には負極耳9が接続されている。正極耳8及び負極耳9は、負荷に接続するための端子に接続される。
【0023】
正極格子体5は、機械加工により網状体に形成される。例えば、圧延シートに打ち抜き加工をすることによって、又は、圧延シートに切込を入れて引き伸ばすエキスパンド加工によって得られる。
【0024】
正極活物質4は、公知のものでよく、鉛粉、鉛丹、硫酸鉛、塩基性硫酸鉛、添加剤等を含む正極用活物質ペ−ストを正極格子体5の集電体に充填した後に、これを乾燥させて得ることができる。なお、正極格子体5の集電体に接する正極活物質4は、周知のとおり、化成化することによって、二酸化鉛(PbO)となる。
【0025】
図2は本発明の正極格子体5を作成するのに用いる圧延シートの例を示す。本例の圧延シートは基材10とその上の表面層11を含み、両者は一体化されている。表面層11の厚さは基材10の厚さより薄いことが望ましい。
【0026】
基材10は主としてPb−Ca−Sn合金で構成されている。本発明によると、表面層11は基材10に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の薄膜である。尚、表面層11のPb−Sn合金には、Bi,Ag,Ba,Sr,Alのうち少なくとも一つを含有していることが望ましい。これらの元素を添加することによって、耐食性、密着性等の様々な特性が向上する。これについては、後に説明する。
【0027】
通常、錫は鉛金属中を容易に拡散する。基材10のみで正極格子体を作製した場合、活物質と正極格子体の集電体の界面に、高含有量の錫の層が形成される。この高含有量の錫層は導電性が高く、充電性に富むため、周囲の鉛は容易に酸化されてβ−PbOとなる。β−PbOは深放電サイクルにおいて、極めて早い段階で硫酸鉛化し、不働態層を形成する。即ち、深放電サイクル寿命が短くなる。
【0028】
本発明によると、正極格子体の集電体と活物質の界面は、基材の上の表面層11と活物質の間の接触界面によって形成される。表面層11は、基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金を薄膜化したものである。従って、集電体と活物質の界面に形成される錫層に含まれる錫の含有量は、従来技術と比べて低い。この錫層は、錫の含有量が低いため、導電性が低い。そのため、周囲の鉛は、β−PbOに変化しない。従って、深放電のサイクル寿命が延長する。
【0029】
圧延シートの表面層11における錫の含有量は0.1wt%以上1.0wt%未満であることが望ましい。この範囲の錫の含有量では、周囲の鉛がβ−PbOへ酸化することを抑制できる効果が顕著である。
【0030】
本例によると、表面層11の錫の含有量は基材の錫の含有量より低い。従って、錫は、基材から表面層に拡散する。そのため、表面層の厚さYが大きいほど、基材から表面層に進入する錫の量が多くなる。即ち、表面層の厚さYを大きくすると、基材中の錫の含有量が減少する。基材中の錫の含有量が減少すると、腐食伸びが大きくなり、短絡の危険性が高くなる。従って、表面層の厚さYはあまり大きくすることができない。逆に、表面層の厚さYが小さいと、基材から表面層に錫が進入することによって、表面層の錫の含有量が高くなる。それによって、表面層の電池特性に及ぼす効果、特に、深放電サイクル寿命の延長が得られなくなる。
【0031】
基材10の厚さをX、表面層11の厚さをYとする。表面層の厚さYと基材の厚さXの比、即ち、Y:Xは1:10〜1:60の範囲であることが望ましい。尚、これについては後に図16に示した実施例2の説明を参照されたい。
【0032】
本発明によると、基材は機械的強度の高いPb−Ca−Sn合金を用いるため、正極格子体の強度を確保することができる。一方、表面層は、錫含有量の低いPb−Sn合金を用いるため、基材に比べて機械的強度に劣る。そのために、基材の上に、基材より薄い表面層を重ねることによって、ハンドリング性を確保することができる。
【0033】
ここでは、表面層11として、基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の薄膜を用いる場合を説明した。しかしながら、表面層11として、高純度鉛の薄膜を用いてもよい。
【0034】
次に、表面層の製造方法を説明する。表面層は、Pb−Sn合金又は高純度鉛の急冷凝固粉を圧延加工することによって形成される。急冷凝固粉は、Pb−Sn合金又は高純度鉛の溶湯を、窒素等の不活性ガス雰囲気中、又は、乾燥空気中に、噴霧することによって、又は、高速で回転する円盤上に滴下させることにより得ることができる。
【0035】
急冷凝固粉の酸化度が2000ppmを超えるとβ−PbOが生成し始め、深放電サイクル寿命を劣化させる。従って、急冷凝固粉の酸化度は、少なくも、2000ppm未満とすることが望ましい。急冷凝固粉の酸化度が高いと、正極格子体の腐食量が増加し、好ましくない。β−PbOの生成抑制によって深放電サイクル寿命を延長し、更に、格子腐食抑制によって充電状態での電池寿命を延長するには、500ppm未満が好ましい。以上より、急冷凝固粉の酸化度は、製造プロセスで混入する酸素や水分の濃度に依存するが、2000ppm未満とすることが望ましく、好ましくは500ppm未満である。
【0036】
図3(A)及び図3(B)は本発明による高純度鉛の急冷凝固粉の断面14を示し、図3(C)及び図3(D)は、本発明によるPb−Sn合金の急冷凝固粉の断面15を示す。急冷凝固粉の平均粒径は2マイクロメートル以上、50マイクロメートル以下であることが望ましい。また、図3(B)に示すように高純度鉛の急冷凝固粉には結晶粒16が存在し、図3(D)に示すように、Pb−Sn合金の急冷凝固粉には結晶粒17が存在することが確認できる。結晶粒の大きさは急冷凝固粉の粒径の1/1〜1/10の範囲である。
【0037】
図4及び図5は、圧延シートを製造する圧延装置の例を示す。図4に示す例では、ホッパ18に投入された急冷凝固粉19は、粉末圧延ロ−ル20によって圧延され、表面層の原材料である粉末圧延シート21が得られる。粉末圧延シート21は、基材の原材料である基材圧延シート22に重ね合わされて圧延ロ−ル23に挿入される。圧延ロ−ル23からは、基材10と表面層11からなる2層の圧延シート24が形成される。
【0038】
図5に示す例では、先ず、急冷凝固粉19を型に入れ、加圧成型することによって成型板26を製造する。この成型板26は、一段目圧延ロ−ル25によって圧延され、表面層の原材料である粉末圧延シート21が得られる。粉末圧延シート21は、基材の原材料である基材圧延シート22に重ね合わされて圧延ロ−ル23に挿入される。圧延ロ−ル23からは、基材10と表面層11からなる2層の圧延シート24が形成される。
【0039】
Pb−Ca−Sn合金を主として含む基材圧延シート22は、公知のものでよく、従来技術にある鋳造圧延シートでよい。圧延ロ−ル23や一段目圧延ロ−ル25は複数の圧延ロ−ルを有する多段ロ−ルであってもよい。
【0040】
図6は本発明の正極格子体の材料である圧延シートの断面図を示す。図示のように、圧延シートの表面層11は、圧延シートの表面に直交し、且つ、圧延方向27に対して平行な面によって切断した断面28と、圧延シートの表面に直交し、且つ、圧延方向に対し垂直な面によって切断した断面29と、圧延シートの表面に平行な面によって切断した断面30の3つの断面を有している。
【0041】
図7(A)、図7(D)、図7(G)は、従来技術によるPb−Sn合金の鋳造圧延シートの組織写真である。図7(B)、図7(E)、図7(H)は、本発明による高純度鉛の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の組織写真、図7(C)、図7(F)、図7(I)は、本発明によるPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の組織写真である。
【0042】
図7(A)、図7(B)、図7(C)は、圧延シートの表面に直交し、且つ、圧延方向に対し垂直な面によって切断した表面層11の断面29の組織写真、図7(D)、図7(E)、図7(F)は、圧延シートの表面に平行な面によって切断した表面層11の断面30の組織写真、図7(G)、図7(H)、図7(I)は、圧延シートの表面に直交し、且つ、圧延方向27に対して平行な面によって切断した表面層11の断面28の組織写真である。尚、これらの組織写真の上下方向は、図6の各断面に示した両矢印の方向に対応している。
【0043】
図7(A)、図7(D)、図7(G)に示す従来技術によるPb−Sn合金の鋳造圧延シートの組織写真と、図7(B)、図7(E)、図7(H)及び図7(C)、図7(F)、図7(I)に示す本発明による表面層11の組織写真を比較すると明らかなように、両者は結晶粒子の状態が異なる。即ち、図7(A)、図7(D)、図7(G)に示す従来技術では、鋳造圧延シートは再結晶化しているため、結晶形状は等方的に結晶成長した大きな結晶粒の集合体からなり、塊状である。結晶粒の平均粒径は100マイクロメートルを超える。一方、図7(B)、図7(E)、図7(H)及び図7(C)、図7(F)、図7(I)に示す本発明による表面層11では、アスペクト比が3〜13の特定方向に配向した結晶粒の集合体からなる組織を有する。更に、結晶粒の平均粒径は、100マイクロメートルよりも小さく、結晶形状は扁平状である。
【0044】
急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の場合、結晶粒の表面における組成、分散物の組成(水酸基、カルボニル基、SnOx、PbOx、PbCOx、吸着水など)、分散物の粒径及び分散状態、歪や転移の状況が、鋳造圧延シートの結晶粒とは異なる。本発明による表面層11では、急冷凝固粉の粒子の表面同士が結合して粒子と粒子の界面を形成している。この界面は、鋳造圧延シートの結晶粒の粒界とは全く異なっており、鋳造圧延シートにて見られた再結晶の進行を抑制し、粒子の粗大化を防いでいる。更に、この界面は、圧延によって受ける変形に対する抵抗を生成し、圧延方向に伸ばされた結晶形状を維持するように作用する。
【0045】
図8を参照して、本発明による圧延シートの表面層11の引っ張り試験の測定結果を説明する。図8(A)は、引っ張り試験に用いた試験片の形状を示す。試験片の長手方向の寸法は52mm、縊れ部の長さは30mm、幅は10mm、厚さは0.2mmである。本発明による粉末圧延シートから2つの試験片を作成し、従来の鋳造圧延シートから2つの比較例の試験片を作成した。
【0046】
即ち、第1の試験片は、Pb−Sn合金の急冷凝固粉を金型によって圧粉成型し、これを圧延して作製した。第2の試験片は、高純度鉛の急冷凝固粉を金型によって圧粉成型し、これを圧延して作製した。第1の比較例の試験片は、従来のPb−Sn鋳造圧延シートより作製した。第2の比較例の試験片は、従来の高純度鉛鋳造シートより作成した。
【0047】
図8(B)は、引っ張り試験の結果を示す。測定装置は島津オ−トグラフAGS−H500Nを使用した。標点距離は27mmであり、歪速度は5mm/分である。図示のように、本発明による圧延シートから作成した2つの試験片では、従来技術による鋳造圧延シートから作成した2つの比較例と比較して、明らかに引張り強度が増加し、伸び率が減少している。本発明の粉末圧延シートの引張り強度は、測定点のばらつきも考慮に入れると、25±2N/mm2以上、46±2N/mm2以下である。粉末圧延シートは、微細結晶粒の集合体であるため、粒界が増加する。そのため、粒界強度によって従来技術の鋳造圧延シートに比べて引張り強度が増す。また、粉末圧延シートは、急冷凝固粉の粒子の表面同士が結合して形成された人工的な界面で連結されているから、引っ張り力を受けても、変形が伝達され難く、伸びも抑制できる。
【0048】
図9は、本発明による圧延シートの表面層11と正極活物質4との密着性を確認するため、正極活物質4を剥した後の表面層11の組織写真である。図9(A)は、比較例である基材のPb−Ca−Sn合金の写真である。即ち、Pb−Ca−Sn合金と正極活物質の密着性を確認するために、正極活物質を剥した後の基材の表面を観察した。図9(B)は、本発明によるPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の写真、図9(C)は、本発明によるBiを添加したPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の写真、図9(D)は、本発明によるSrを添加したPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の写真、である。正極活物質4は、公知のものでよく、鉛粉と鉛丹を硫酸水溶液で練合した正極用活物質ペ−ストを圧延シート上面に塗布した後に、これを乾燥させて得ている。
【0049】
図9(A)に示すように、基材のPb−Ca−Sn合金の場合、茶色の正極活物質の残存がほとんど認められず、正極活物質が完全に剥れている。従って、基材のPb−Ca−Sn合金は、正極活物質に対する密着性が低い。
【0050】
これに対して、図9(B)、図9C、図9(D)に示す、本発明による粉末圧延シートによる表面層11の場合、茶色の正極活物質の残存が認められる。即ち、本発明による粉末圧延シートによる表面層11は、正極活物質に対する密着性が高い。特に、Bi又はSrを添加することによって、さらに密着性が向上することがわかる。
【0051】
図10は、高温度、且つ、過充電条件下における、本発明による圧延シートの表面層11の腐食試験の測定結果を示す。図10(A)は、比較例である基材のPb−Ca−Sn合金シートの測定結果、図10(B)は、本発明によるPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の測定結果、図10(C)は、本発明によるAgを添加したPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11の測定結果である。表面層11と基材のPb−Ca−Sn合金の厚さが同一となるように、表面層11は、厚さ0.5mmの一体化前の粉末圧延シートである。
【0052】
腐食試験の条件は、温度が75℃、電解液が比重1.28の硫酸水溶液である。各シートに対して、電流密度10mA/cm2にて6時間充電し、次に、6時間休止するサイクルを14サイクル実施した。対極には、公知の鉛電極を用いた。腐食量は、厚さ方向に沿って測定した浸食深さで表した。
【0053】
図示のように、基材のPb−Ca−Sn合金は、腐食量が多く、耐食性に劣ることがわかる。これに対して、本発明による表面層11では腐食量が少なく、耐食性が高いことがわかる。更に、Pb−Sn合金にAgを添加することによって腐食量が低減し、耐食性が向上することがわかる。
【0054】
図11は、深放電サイクル実験の結果を示す。深放電サイクル試験後に、X線回折装置によって、表面層11の腐食層(酸化層)を測定し、α−PbOの(111)面の面間隔d値を得た。X線回折装置は、リガク製、RINT2500を用いた。測定条件は、X線源がCukα、X線出力が50kV−250mA、光学系がモノクロメ−タ付集中法、走査速度が0.5deg/min、サンプリング間隔が0.01deg/stepであった。
【0055】
深放電サイクル試験に使用した電池は、図1に示す構成を有する。深放電サイクルでは、0.2Cで充電し、それから1時間休止し、0.2Cで1.75Vまで放電することを繰り返した。放電容量が、1サイクル目の放電容量の80%まで低下したときのサイクル数を深放電サイクル寿命と判定した。深放電サイクル寿命に達した電極を充電状態で解体し、水洗乾燥して、腐食層のみを掻き落してx線回折装置によって測定した。
【0056】
本発明による圧延シートを用いて3つの正極格子体を用意し、従来技術による2つの比較例の正極格子体を用意した。本発明の第1の正極格子体は、高純度鉛の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層を有し、本発明の第2の正極格子体は、0.05wt%のAgを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有し、本発明の第3の正極格子体は、Pb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有し、基材はいずれもPb−Ca−Sn合金シートからなる。
【0057】
第1の比較例の正極格子体は、基材よりも高濃度のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有し、第2の比較例の正極格子体は、表面層を含まない基材のPb−Ca−Sn合金のみからなる。これらの粉末圧延シートは、図4に示す製造プロセスによって作製した。
【0058】
図11(A)に示すように、本発明による正極格子体の表面層11に形成された腐食層(酸化層)の結晶構造はα−PbOを含み、且つ、α−PbOの(111)面の面間隔d値が0.3140±0.0001ナノメートル以下である。本発明による圧延シートを正極格子体に使用した場合、深放電サイクル寿命が向上する。一方、比較例の正極格子体は、深放電サイクル寿命が短かった。
【0059】
図11(B)は、図11(A)のα−PbOの(111)面の面間隔d値と、深放電サイクル寿命の関係をグラフに表したものである。これより、深放電サイクル寿命を延長するには、α−PbOの(111)面の面間隔d値が0.3140±0.0001ナノメートル以下且つ0.3120±0.0001ナノメートル以上であることが好ましい。
【0060】
図9の密着性の評価試験、図10の耐食性の評価試験、及び、図11の深放電サイクル寿命の評価試験の結果から、以下のことがわかる。先ず、正極格子体として、基材のPb−Ca−Sn合金のみを用いると、正極活物質に対する密着性が低く、耐食性が低く、更に、深放電サイクル寿命が短い。一方、本発明の正極格子体のように、基材の上に、基材よりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を圧延した2層構造の場合、密着性及び耐食性が高い。更に、基材よりも高含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有する正極格子体の場合、深放電サイクル寿命が短い。一方、本発明のように、基材よりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有する正極格子体の場合、深放電サイクル寿命が長い。また、高純度鉛の急冷凝固粉の粉末圧延シートによる表面層11を有する正極格子体の場合も深放電サイクル寿命が長い。
【0061】
次に、本発明による表面層に、Bi、Ag、Srを添加した場合を説明する。基材よりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉に、Bi、Ag、Srを添加することによって、表面層の特性が向上する。
【0062】
先ずBiについて説明する。図9(C)に示す正極活物質に対する密着性の評価結果から、正極格子体の表面層に、Biが含まれると、正極格子体の表面層と正極活物質の間の密着性が向上する。そのため、Biは、エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、深放電サイクル寿命を延長させる働きがある。更に、Biは、深放電サイクル寿命を延長させる上で不可欠なα−PbOの生成をさらに促進させる働きがある。図9(C)の例では、正極格子体の表面層のBiの含有量は5wt%である。しかしながら、以下に説明する図17の実施例3及び図18の実施例4の結果から、Biの含有量は、好ましくは、0.1wt%以上15wt%以下であり、より好ましくは、0.5wt%以上15wt%以下である。
【0063】
次に、Agについて説明する。図10(C)に示す耐食性の評価結果から、正極格子体の表面層に、Agが含まれると、耐食性が向上する。Agは高温条下、過充電条件における格子腐食を抑えるので、電池寿命を延長させる。更に、図11(A)に示す深放電サイクル寿命の評価結果から、正極格子体の表面層に、Agが含まれると、深放電サイクル寿命が長くなる。Agは、深放電サイクル寿命を低下させる原因物質である硫酸鉛の生成を抑制する働きがある。Agの含有量は、図10(C)に示す例では0.5wt%、図11(A)に示す例では、0.005wt%である。しかしながら、図17の実施例3及び図18の実施例4の結果から、Agの含有量は、好ましくは、0.005wt%以上0.5wt%以下であり、より好ましくは、0.005wt%以上0.01wt%以下である。
【0064】
次に、Srについて説明する。図9(D)に示す正極活物質に対する密着性の評価結果から、正極格子体の表面層に、Srが含まれると、正極格子体の表面層と正極活物質の間の密着性が向上する。正極格子体の表面層11にSrを添加すると、微細な析出物を反応させて正極活物質との密着性を高める。そのため、エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、深放電サイクル寿命を延長させる働きがある。図9(D)に示す例では、Srの含有量は1.0wt%である。しかしながら、図17の実施例3及び図18の実施例4の結果から、Srの含有量は、好ましくは、0.01wt%以上1.0wt%以下である。
【0065】
図12を参照して本発明の第2実施形態について詳細に説明する。ここでは、本発明の一例として、自動車用鉛蓄電池と、これに組み込まれる正極格子体について説明する。参照する図面において、図12は、本実施形態に係る正極格子体が組み込まれた自動車用鉛蓄電池の構成を説明するための斜視図であり、電槽および電極群の一部に切欠きを含む図である。
【0066】
図12に示すように、自動車用鉛蓄電池は、正極板36(鉛蓄電池用電極体)および負極板37(鉛蓄電池用電極体)とを備えている。正極板36と負極板37は、ポリエチレン等の樹脂からなるセパレータ38を介して配置されており、正極板36、負極板37およびセパレータ38からなる組が、複数積層されることによって積層極板群39を形成している。そして、図示しないが、電槽40内には、硫酸(H2SO4)を含む電解液とともに、6つの積層極板群39が収納されている。電槽40には蓋42が装着されている。
【0067】
積層極板群39における正極板36同士は、正極端子43に接続された正極耳41によって電気的に並列に接続されている。また、負極板37同士は、負極端子44に接続された負極耳によって電気的に並列に接続されている。積層極板群39同士は電気的に直列に接続されている。
【0068】
正極板36には、本発明の正極格子体が設けられている。正極格子体の形状は特に限定されず、打ち抜き格子でもエキスパンド格子でも、その他の形状でも、シート状でもよい。以上のような本例の自動車用鉛蓄電池によれば、第1実施形態に係る単板鉛蓄電池と同様の作用効果を奏することができる。
【0069】
本実施形態の自動車用鉛蓄電池は、従来の鉛蓄電池(例えば、特許文献1〜8参照)と比較して以下の効果を確認した。本実施形態の自動車用鉛蓄電池は、深放電サイクル寿命を延長することができる。また、高温下、及び、過放電状態で放置しても回復充電性が低下しない。また、充電状態においても、格子腐食を抑えて電池寿命を延長し、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、活物質との密着性が改善されて深放電サイクル寿命が長くなる。また、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。
【0070】
高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られ、低コスト化に貢献できる。製造面では、純鉛の圧延薄板を用いても、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができる。また、腐食による割れがなく、耐食性に優れ、寿命が長い。さらに、従来の鉛−カルシウム系合金を基材とし、この基材の片面に鉛−銀系合金層を他面に鉛−錫合金層をそれぞれ形成させたシートの穿孔板を格子体に用いる(例えば、特許文献1参照)方法や鉛−カルシウム系合金板と鉛−錫系合金板とを用いて一体化した板片を電極基体として用いる(例えば、特許文献2、3、4参照)方法に比べて、SnやAgが引き金となって起こる電解液の減液を抑制でき、深放電サイクル寿命を延長させることができる。
【0071】
図13を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。ここでは、本発明の一例として、捲回式鉛蓄電池と、これに組み込まれる正極格子体とについて説明する。参照する図面において、図13は、本実施形態に係る正極格子体が組み込まれた捲回式鉛蓄電池の構成を説明するための斜視図であり、電槽および電極群の一部に切欠きを含む図である。なお、本実施形態において、第2実施形態と同様の構成要素については同じ符号を付して、その詳細な説明は省略する。
【0072】
図13に示すように、捲回式鉛蓄電池は、正極板36(鉛蓄電池用電極体)および負極板37(鉛蓄電池用電極体)とを備えている。捲回式鉛蓄電池では、ガラス繊維からなるリリテ−ナ45、負極板37、リテ−ナ45、及び、正極板36がこの順に、重ね合わせられるとともに、所定の中心軸線周りに捲回されることによって円柱状の捲回極板群46が形成されている。そして、図示しないが、電槽40内には、硫酸(H2SO4)を含む電解液とともに、6つの捲回極板群46が収納されている。電槽40には蓋42が装着されている。
【0073】
積層極板群39における正極板36同士は、正極端子43に接続された正極耳41によって電気的に並列に接続されている。また、負極板37同士は、負極端子44に接続された負極耳によって電気的に並列に接続されている。また、捲回極板群46同士は電気的に直列に接続されている。
【0074】
正極板36には、本発明の正極格子体が設けられている。正極格子体の形状は特に限定されず、打ち抜き格子でもエキスパンド格子でも、その他の形状でも、シート状でも良い。以上のような本例の捲回式鉛蓄電池によれば、第1実施形態に係る単板鉛蓄電池と同様の作用効果を奏することができる。
【0075】
本実施形態の捲回式鉛蓄電池は、従来の鉛蓄電池(例えば、特許文献1〜8参照)と比較して以下の効果を確認した。本実施形態の捲回式鉛蓄電池は、深放電サイクル寿命を延長でき、高温下、過放電状態で放置しても回復充電性が低下しない。また、充電状態においても、格子腐食を抑えて電池寿命を延長し、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、活物質との密着性が改善されて深放電サイクル寿命が長く、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られ、低コスト化に貢献できる。製造面では、純鉛の圧延薄板を用いても、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができる。また、腐食による割れがなく、耐食性に優れ、寿命が長い。さらに、従来の鉛−カルシウム系合金を基材とし、この基材の片面に鉛−銀系合金層を他面に鉛−錫合金層をそれぞれ形成させたシートの穿孔板を格子体に用いる(例えば、特許文献1参照)方法や鉛−カルシウム系合金板と鉛−錫系合金板とを用いて一体化した板片を電極基体として用いる(例えば、特許文献2、3、4参照)方法に比べて、SnやAgが引き金となって起こる電解液の減液を抑制でき、深放電サイクル寿命を延長させることができる。
【0076】
図14を参照して、本発明の第4実施形態について説明する。ここでは、本発明の一例として、制御弁式鉛蓄電池と、これに組み込まれる正極格子体とについて説明する。
【0077】
参照する図面において、図14は、本実施形態に係る正極格子体が組み込まれた制御弁式鉛蓄電池の構成を説明するための斜視図であり、電槽および電極群の一部に切欠きを含む図である。なお、本実施形態において、第2、第3実施形態と同様の構成要素については同じ符号を付して、その詳細な説明は省略する。
【0078】
図14に示すように、制御弁式鉛蓄電池は、正極板36(鉛蓄電池用電極体)および負極板37(鉛蓄電池用電極体)とを備えている。制御弁式鉛蓄電池では、正極板36と負極板37とがガラス繊維からなるリテ−ナ45を介して配置されており、正極板36、負極板37およびリテ−ナ45からなる組が、複数積層されることによって積層極板群47を形成している。そして、図示しないが、電槽40内には、硫酸(HSO4)を含む電解液とともに、積層極板群39が収納されている。電槽40には蓋42が装着されている。
【0079】
積層極板群39における正極板36同士は、正極端子43に接続された正極耳41によって電気的に並列に接続されている。また、負極板37同士は、負極端子44に接続された負極耳によって電気的に並列に接続されている。積層極板群39同士は電気的に直列に接続されている。制御弁式鉛蓄電池では、電槽40内の圧力を調整するための制御弁46が取り付けられている。
【0080】
正極板36には本発明の正極格子体5が設けられている。本発明の正極格子体5の形状は特に限定されず、打ち抜き格子でもエキスパンド格子でも、その他の形状でも、シート状でも良い。以上のような本例の捲回式鉛蓄電池によれば、第1実施形態に係る単板鉛蓄電池と同様の作用効果を奏することができる。
【0081】
本実施形態の制御弁式鉛蓄電池は、従来の鉛蓄電池(例えば、特許文献1〜8参照)と比較して以下の効果を確認した。本実施形態の制御弁式鉛蓄電池は、深放電サイクル寿命を延長でき、高温下、過放電状態で放置しても回復充電性が低下しない。また、充電状態においても、格子腐食を抑えて電池寿命を延長し、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、活物質との密着性が改善されて深放電サイクル寿命が長く、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。
【0082】
高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られ、低コスト化に貢献できる。製造面では、純鉛の圧延薄板を用いても、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができる。また、腐食による割れがなく、耐食性に優れ、寿命が長い。
【0083】
さらに、従来の鉛−カルシウム系合金を基材とし、この基材の片面に鉛−銀系合金層を他面に鉛−錫合金層をそれぞれ形成させたシートの穿孔板を格子体に用いる(例えば、特許文献1参照)方法や鉛−カルシウム系合金板と鉛−錫系合金板とを用いて一体化した板片を電極基体として用いる(例えば、特許文献2、3、4参照)方法に比べて、SnやAgが引き金となって起こる電解液の減液を抑制でき、深放電サイクル寿命を延長させることができるので、注水が必要なくなり、メンテナンスフリ−を実現できる。
【0084】
本発明によれば、従来の鉛蓄電池と比較して深放電サイクル寿命を延長させることが可能であり、高温下、過放電状態で放置しても回復充電性が低下しない鉛蓄電池を提供することができる。また、充電状態においても、格子腐食を抑えて電池寿命を延長し、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。エキスパンド格子や打ち抜き格子においても、活物質との密着性が改善されて深放電サイクル寿命が長いことや、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。さらに、高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られる。また、製造面では、純鉛の圧延薄板を用いても、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができ、腐食による割れがなく、耐食性に優れ、寿命が長い鉛蓄電池を提供することができる。次に、本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0085】
<正極格子体の作製>
図15(A)に示すように、本発明の実施例1による圧延シートF〜Lと比較例1の圧延シートMと比較例2の圧延シートO〜Qを製造した。図15(A)は、圧延シートの基材10と表面層11の構成を示す。
【0086】
本発明の実施例1による圧延シートF〜Lの製造方法を説明する。Snの含有量が1.2wt%以上、2.5wt%以下のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金であり、Caの含有量は0.02〜0.11wt%である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。
【0087】
次に、Snの含有量が0.01wt%以上、0.95wt%以下のPb−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。この鋳造スラブのSnの含有量は、基材10のSnの含有量よりも少ない。性能改善のため、AgやAl、Ba、Bi、Srなどを微量含んでもよい。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して厚さ0.2mmの表面層11を作製した。
【0088】
基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、基材10と表面層11が一体化した圧延シートF〜Lを作製した。この圧延シートF〜Lをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。尚、基材10と表面層11はそれぞれ時効処理を施すこともできる。
【0089】
比較例1の圧延シートMの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して厚さ1.2mmの基材10を作製した。この基材10が比較例1である。比較例1の圧延シートMは基材10からなり、表面層11は含まれない。この圧延シートMをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。
【0090】
比較例2の圧延シートO〜Qの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。
【0091】
次に、Snの含有量が1.4wt%以上、4wt%以下のPb−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。この鋳造スラブのSnの含有量は、基材10のSnの含有量より多い。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して厚さ0.2mmの表面層11を作製した。
【0092】
基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、基材10と表面層11が一体化した圧延シートO〜Qを作製した。この圧延シートO〜Qをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。尚、基材10と表面層11はそれぞれ時効処理を施すこともできる。
【0093】
<正極板の作製>
鉛粉と鉛丹との混合物に、ポリエステル繊維を添加し、それに水と希硫酸(比重1.26、20℃)とを加えた。これを混練して正極用活物質ペ−ストを作製した。この正極用活物質ペ−スト58gを、上述の本発明の実施例1による圧延シートF〜Lから得た正極格子体5と比較例1、2の圧延シートM、O〜Qから得た正極格子体5に充填した。正極格子5の集電体格子の寸法は116mm×100mm×1.2mmであった。これらの正極格子5を、温度50°C、湿度98RH%の雰囲気下で18時間放置して熟成した後に、温度110℃で2時間放置して乾燥させ、未化成の正極板1を作製した。
【0094】
<負極板の作製>
鉛粉に対して、0.3 質量%のリグニン、0.2質量%の硫酸バリウム、及び0.1質量%のカ−ボン粉末を加えた。これにポリエステル繊維を添加して混練機で約10分混練した。そして、得られた混合物に、さらに前記鉛粉に対して、12質量%の水を加えて混合し、さらに前記鉛粉に対して13質量%の希硫酸(比重1.26、20℃)を加えて負極用活物質ペ−ストを調製した。この負極用活物質ペ−スト47gを、寸法が116mm×100mm×0.9mmの鉛−カルシウム−錫合金からなる集電体格子に充填した。この負極板を、温度50℃、湿度98RH%の雰囲気下で18時間放置して熟成した後に、温度110℃で2時間放置して乾燥させ、未化成の負極板2を作製した。
【0095】
<単板鉛蓄電池の作製>
作製した正極板1および負極板2を使用して、図1に示す単板鉛蓄電池を作製した。電解液には、比重1.225(20℃)の希硫酸が使用された。なお、単板鉛蓄電池の化成は、2.4Aで時間行った。そして、化成後に比重1.4(20℃)の希硫酸を追加して、電解液が比重1.28(20℃)の濃度の希硫酸となるように調整した。得られた単板鉛蓄電池の電池容量は7Ahであり、平均放電電圧は2Vであった。
【0096】
比較例1の圧延シートMを用いて、本発明の実施例1と同様にして単板鉛蓄電池を作製した。
【0097】
<深放電サイクル寿命の評価>
これらの単板鉛蓄電池に対して深放電サイクル実験を行った。充電電流は1.4Aで放電容量の130%を充電した。放電電流1.4Aで下限電圧が1.75Vに到達するまでの放電時間から、放電容量を求めた。
【0098】
図15(B)は、深放電サイクル特性を示す。縦軸は放電容量(Ah)、横軸はサイクル数(回)を表す。図15(B)に示すように、本発明による圧延シートF〜Lを用いた単板鉛蓄電池は優れた深放電サイクル寿命を示した。基材中のCaの含有量は、ハンドリング性と耐食性の両者を考慮すると、0.05〜0.09wt%が好ましい。また、基材中のSnの含有量は、コストと電解液の減液量抑制の両者を考慮すると、1.2wt%〜1.9wt%が好ましい。比較例1、2の圧延シートM、O〜Qを用いた単板鉛蓄電池は深放電サイクル寿命が短い。
【0099】
<回復充電特性の評価>
放電電流1.4Aで下限電圧が1.6Vに到達するまで過放電し、45℃で2週間放置した。放置後の単板鉛蓄電池を充電電流1.4Aで放電容量の150%充電した。放電電流1.4Aで下限電圧が1.75Vに到達するまでの放電時間から、過放電放置回復充電後の放電容量を求めた。本発明の実施例1による圧延シートF〜Lを用いた単板鉛蓄電池は回復充電特性が良く、放電容量は電池容量の80%以上であった。
【0100】
本発明の単板鉛蓄電池では、電解液に0.01wt%以上且つ5wt%以下の硫酸マグネシウム、又は、硫酸ナトリウムを添加した硫酸水溶液を用いることが望ましい。このような硫酸水溶液を用いることにより、過放電時における回復充電性能を向上させることができる。
【実施例2】
【0101】
図16(A)に示すように、本発明の実施例2による圧延シートR〜Vを製造した。図16(A)は、圧延シートの基材10と表面層11の厚さの比を示す。
【0102】
本発明の実施例2による圧延シートR〜Vの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。
【0103】
次に、Sn含有量が0.1wt%のPb−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。この鋳造スラブのSnの含有量は、基材10のSnの含有量より少ない。性能改善のため、AgやAl、Ba、Bi、Srなどを微量含んでもよい。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して表面層11を作製した。
【0104】
基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、圧延シートR〜Vを作製した。これらの圧延シートR〜Vにおいて、図6に示す表面層の厚さ(Y)13と基材の厚さ(X)12の比、即ち、Y:Xは1:5〜1:70の範囲にあり、圧延シートR〜Vの厚さは0.7〜3.2mmの範囲にある。この圧延シートR〜Vをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示した正極格子体5を得た。基材10と表面層11はそれぞれ時効処理を施すこともできる。この圧延シートR〜Vを用いて、実施例1と同様にして単板鉛蓄電池を作製し、同一条件で深放電サイクル寿命を測定した。
【0105】
図16(B)は、深放電サイクル寿命の測定結果を示す。図示のように実施例2の圧延シートR〜Tを用いた単板鉛蓄電池は、比較的優れた深放電サイクル寿命を示した。しかしながら、実施例2の圧延シートU、Vを用いた単板鉛蓄電池は、深放電サイクル寿命が比較的短かった。そこで、圧延シートU、Vを用いた単板鉛蓄電池を解体したところ、正極格子体の表面層における腐食がやや進行していた。尚、図15(B)に示す比較例1、2の圧延シートM、O〜Qを用いた単板鉛蓄電池と比べると、本発明の実施例2による圧延シートR〜Vを用いた単板鉛蓄電池は、深放電サイクル寿命は良い。この結果から、表面層の厚さ(Y)13と基材の厚さ(X)12の比、即ち、Y:Xは1:10〜1:60の範囲にあることが好ましい。
【実施例3】
【0106】
図17に示すように、本発明の実施例3による圧延シートW〜Z、a〜kを製造した。図17は、圧延シートの基材10と表面層11の構成を示す。
【0107】
本発明の実施例3による圧延シートW〜Z、a〜kの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。
【0108】
次に、Snの含有量が0.2wt%、Ag、Al、Ba、Bi、Sr を含むPb−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。この鋳造スラブのSnの含有量は、基材10のSnの含有量より少ない。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して厚さ0.2mmの表面層11を作製した。
【0109】
基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、基材10と表面層11の一体化した圧延シートW〜Z、a〜kを作製した。この圧延シートをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。基材10と表面層11はそれぞれ時効処理を施すこともできる。これを用いて実施例1と同様にして単板鉛蓄電池を作製し、同一条件で深放電サイクル試験を実施した。
【0110】
図17には、圧延シートW〜Z、a〜kを用いた単板鉛蓄電池の深放電サイクル寿命を表記した。放電容量が、1サイクル目の放電容量の60%まで低下したときのサイクル数を深放電サイクル寿命と判定した。Ag、Al、Ba、Bi、又はSrを含む圧延シートW〜jを用いた単板鉛蓄電池は、比較的優れた深放電サイクル寿命を示した。しかしながら、Ag、Al、Ba、Bi、Srを含まない圧延シートkを用いた単板鉛蓄電池は、比較的短い深放電サイクル寿命を示した。しかしながら、図15(B)に示す比較例1、2の圧延シートM、O〜Qを用いた単板鉛蓄電池と比べると、圧延シートkを用いた単板鉛蓄電池は、良好な深放電サイクル寿命を示す。この結果より、Al、Ba、Srの含有量は0.01wt%以上1.0wt%以下、Agの含有量は0.005wt%以上0.01wt%未満、Biの含有量は0.5wt%以上15wt%以下であると、寿命が向上する。
【0111】
これらの単板鉛蓄電池を解体して正極格子を観察した結果、Ag、Alを含む正極格子は耐食性に優れていることが判った。正極格子にBaが含まれると、格子伸びが抑制できることが判った。Biを含む圧延シートを用いた単板鉛蓄電池を解体して正極格子表面をX線回折により測定したところ、α−PbOのピ−ク強度比が高かった。これは、より多くのα−PbOが生成していることが判った。
【0112】
Sr又はBiを含む圧延シートから作製した正極格子では、活物質との密着性が非常に良かった。従って、Sr又はBiを添付すると、高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られるため、低コスト化に貢献できる。
【実施例4】
【0113】
図18(A)に示すように、本発明の実施例4による圧延シートl〜tを製造した。図18(A)は、圧延シートl〜tの基材10と表面層11の構成を示す。
【0114】
本発明の実施例4による圧延シートl〜tの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。
【0115】
圧延シートl〜qの表面層11は、高純度鉛の急冷凝固粉を粉末圧延加工することによって作製された。但し、圧延シートl〜pの表面層11には、Al、Ba、Sr、Ag、Biが添加されている。圧延シートqの表面層11は、高純度鉛からなり、添加物を含まない。圧延シートr〜tの表面層11は、基材のSnより低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉を粉末圧延加工することによって作製された。こうして、粉末圧延加工によって、厚さ0.2mmの表面層11を得た。
【0116】
基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、基材10と表面層11が一体化した圧延シートl〜tを作製した。この圧延シートをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。
【0117】
これらの圧延シートr〜tの表面層11は、図7(B)、図7(E)、図7(H)、図7(C)、図7(F)、図7(I)に示した粉末圧延シートに特徴的な組織断面を有していた。
【0118】
比較例3の圧延シートuの製造方法を説明する。Snの含有量が1.4wt%、Caの含有量が0.09wt%のPb−Ca−Sn系合金の鋳造スラブを形成した。Pb−Ca−Sn系合金はPbとSnとCaの三元合金である。この鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して基材10を作製した。高純度鉛の鋳造スラブを多段ロ−ルで順次に圧延して0.2mmの鋳造圧延シートの表面層11を作製した。基材10に表面層11を重ね合わせて同時に圧延することにより、基材10と表面層11が一体化した圧延シートuを作製した。この圧延シートをエキスパンド加工して網目部を形成し、図1に示す正極格子体5を得た。
【0119】
次に、これらの正極格子体5より、実施例1と同様に、正極板を作製した。更に、実施例1と同様に、負極板を作製し、単板鉛蓄電池を作製した。これらの単板鉛蓄電池について、実施例1と同様に、深放電サイクル実験を行った。深放電サイクル実験の条件は、本発明による実施例1の場合と同様である。
【0120】
図18(B)は、深放電サイクル特性を示す。縦軸は放電容量(Ah)、横軸はサイクル数(回)を表す。本発明の実施例4による圧延シートq〜tを用いた単板鉛蓄電池は優れた深放電サイクル寿命を示した。また、図18(B)には示していないが、本発明の実施例4による圧延シートl〜pを用いた単板鉛蓄電池は、さらに優れた深放電サイクル寿命を示した。特に実施例4による圧延シートl〜tは、引張り強度が高く、ハンドリング性に優れ、更に、基材10に表面層11を重ね合わせて圧延する際の加工性に優れる。さらに、基材10と表面層11との間の剥離がなく、優れた深放電サイクル寿命を示した。
【0121】
一方、比較例3の圧延シートuを用いた単板鉛蓄電池では、サイクルの初期に容量が急激に低下し、短い深放電サイクル寿命を示した。この単板鉛蓄電池を解体して、正極板格子を観察したところ、表面層11と基材10とが剥離し、その境界面で硫酸鉛化が起こっていることが判った。特に比較例3の鋳造圧延シートuでは、本発明の実施例4による圧延シートl〜tと比べて、引張り強度が低く、やわらかいのでハンドリング性に劣り、更に、基材10に表面層11を重ね合わせて圧延する際、加工切れを起し、一体化が困難であった。
【0122】
本発明の実施例4に対して、実施例1と同様な回復充電特性の評価を実施した。それによると、本発明の実施例4による圧延シートl〜tを用いた単板鉛蓄電池では、回復充電特性が良く、放電容量は電池容量の80%以上であった。一方、比較例3の圧延シートuを用いた単板鉛蓄電池では、回復充電特性が悪く、放電容量は電池容量の50%以下であった。
【0123】
図15の実施例1、図16の実施例2、図17の実施例3、及び、図18の実施例4から、以下のことがわかる。先ず図15の実施例1から、基材のCaの含有量は、0.02wt%以上0.11wt%以下であり、好ましくは、0.02wt%以上0.09wt%以下である。基材のSnの含有量は、1.2wt%以上2.5wt%以下であり、好ましくは、1.2wt%以上1.9wt%以下である。表面層のSnの含有量は、0.01wt%以上1.0wt%以下であり、基材のSnの含有量より少ない。
【0124】
図16の実施例2から、表面層の厚さ(Y)と基材の厚さ(X)の比、即ち、Y:Xは1:5〜1:70の範囲であり、好ましくは、1:10〜1:60の範囲である。
【0125】
次に、Alについて説明する。図17の実施例3から、Snの含有量が基材のSnより少ないPb−Sn系合金の表面層の場合、Alの含有量は0.01wt%以上1.0wt%以下であり、好ましくは、0.01wt%以上0.5wt%以下である。
【0126】
Alは、鋳造時の酸化防止剤(還元剤)として機能することが知られている。そのため鋳造合金にAlを添加すると、酸化物などのボイドを低減できる。従って、本発明による、基材よりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉にAlを添加すると、Alは、酸化防止剤(還元剤)として機能するため、自然酸化が抑制され、酸化度の低い急冷凝固粉が得られる。
【0127】
急冷凝固粉内に自然酸化によって生成する酸化物や酸化物のボイドは、腐食の原因となるため、低減するのが望ましい。特にβ−PbOは深放電サイクル寿命を低下させる原因となり得る。そのため、β−PbOを可能な限り低減させることが好ましい。
【0128】
表面層11にAlを添加すると、高価な錫や銀の添加量が少なくても、腐食を抑制でき、十分な電池特性が得られる。また、正極格子体の表面層を、純鉛の圧延薄板によって生成する場合でも、Alを添加すると、自然酸化による酸化物等の生成を抑制する。そのため、純鉛の圧延薄板を、鉛−カルシウム系合金表面に、容易に圧延で一体化させることができる。こうして、腐食による割れがなく、耐食性に優れ、寿命が長い鉛蓄電池を提供することができる。
【0129】
次に、Baについて説明する。図17の実施例3及び図18の実施例4から、Baの含有量は、好ましくは、0.01wt%以上1.0wt%以下である。正極格子体の表面層11にBaを添加すると、腐食粒子同士の密着性が低くなり、腐食が進行しても体積膨張に伴う歪が緩和され易い。さらに腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できる。
【0130】
次に、Srについて説明する。図17の実施例3及び図18の実施例4から、Srの含有量は、好ましくは、0.01wt%以上1.0wt%以下である。
【0131】
次に、Agについて説明する。図17の実施例3及び図18の実施例4から、Agの含有量は、0.005wt%以上0.01wt%以下であり、好ましくは、0.005wt%以上0.008wt%以下である。
【0132】
次に、Biについて説明する。図17の実施例3及び図18の実施例4から、Biの含有量は、好ましくは、0.1wt%以上15wt%以下である。
【0133】
以上より、正極格子体の表面層11のAl、Ba、Srの含有量は、0.01wt%以上1.0wt%以下であってよい。
【0134】
本発明によると、鉛蓄電池用の正極格子体は、従来技術(例えば、特許文献1参照)の鉛−カルシウム系合金を基材とし、この基材の片面に鉛−銀系合金層を他面に鉛−錫合金層をそれぞれ形成させたシートの穿孔板に比べて、十分な耐食性と長い深放電サイクル寿命が得られる。また、高温下で過放電放置した場合にも、十分な回復充電性が得られる。さらに高価な錫や銀の添加量が少なくても十分な電池特性が得られる。
【0135】
本発明の鉛蓄電池用の正極格子体は、鉛−カルシウム−錫系合金の錫含有量よりも鉛−錫系合金の錫含有量の方が高い従来技術(例えば、特許文献2、3、4参照)に比べて、十分な耐食性と長い深放電サイクル寿命が得られる。また、高温下で過放電放置した場合にも、十分な回復充電性と十分な寿命延長効果が得られる。
【0136】
本発明の鉛蓄電池用の正極格子体は、アンチモンを含まない純鉛からなる圧延シートを加工して得た格子や、表面に圧延一体化された高純度鉛金属の薄層を備えた格子を用いる従来技術に比べて、格子腐食が低減され、かつ、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減できるより長寿命な電池が得られる。格子の桟幅がシート厚さの1.2倍未満であっても従来技術(例えば、特許文献5参照)に比べて格子腐食が低減できる上に、腐食伸びを抑えて短絡の危険性を低減でき、より長寿命な電池が得られる。
【0137】
本発明の鉛蓄電池用の正極格子体は、純鉛の圧延薄板を表面に一体化させる場合においても、従来技術(例えば、特許文献6参照)に比べて、ハンドリング性に優れ、鉛−カルシウム系合金表面に容易に圧延で一体化させることができ、腐食による割れがなく、寿命が長い。純鉛板の表面に鉛−錫系合金層を一体化した従来技術(例えば、特許文献7参照)に比べても正極格子体として十分な強度が得られ、ハンドリング性に優れる。また、平均結晶粒径が少なくとも100マイクロメートルのPbシートで被覆させる従来技術(例えば、特許文献8参照)と比べて、さらに優れた耐食性を示す。
【0138】
以上本発明の例を説明したが、本発明は上述の例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲にて様々な変更が可能であることは当業者によって容易に理解されよう。
【図面の簡単な説明】
【0139】
【図1】本発明による正極格子体が組み込まれた単板鉛蓄電池の構成を示す図である。
【図2】本発明による正極格子体の構成を示す図である。
【図3】本発明による正極格子体に用いる圧延シートを作製するために用いた急冷凝固粉の断面組織を示す図である。
【図4】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの製造プロセスの説明図である。
【図5】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの製造プロセスの説明図である。
【図6】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの表面層の断面の構成を説明する図である。
【図7】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの表面層の組織断面写真である。
【図8】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの引張り強度の測定実験を説明する図である。
【図9】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの基材に対する表面層の密着性を評価のための図である。
【図10】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの腐食量評価結果を示す図である。
【図11】本発明による正極格子体に用いる圧延シートの深放電サイクル試験の結果を示す図である。
【図12】本発明による正極格子体が組み込まれた自動車用鉛蓄電池の構成を説明するための一部切開斜視図である。
【図13】本発明による正極格子体が組み込まれた捲回式鉛蓄電池の構成を説明するための一部切開斜視図である。
【図14】本発明による正極格子体が組み込まれた制御弁式鉛蓄電池の構成を説明するための一部切開斜視図である。
【図15】本発明による正極格子体及びそれを用いた単板鉛蓄電池の実施例1の深放電サイクル特性を表す図である。
【図16】本発明による正極格子体及びそれを用いた単板鉛蓄電池の実施例2の深放電サイクル特性を表す図である。
【図17】本発明による正極格子体及びそれを用いた単板鉛蓄電池の実施例3の深放電サイクル特性を表す図である。
【図18】本発明による正極格子体及びそれを用いた単板鉛蓄電池の実施例4の深放電サイクル特性を表す図である。
【符号の説明】
【0140】
1…正極板、2…負極板、3…セパレータ、4…正極活物質、5…正極格子体、6…負極活物質、7…負極格子体、8…正極耳、9…負極耳、10…基材、11…表面層、14,15…急冷凝固粉の断面、16,17…急冷凝固粉の結晶粒、18…ホッパ、19…急冷凝固粉、20…粉末圧延ロ−ル、21…粉末圧延シート、22…基材圧延シート、23…圧延ロ−ル、24…圧延シート、25…一段目圧延ロ−ル、26…成型板、27…圧延方向、28,29,30…表面層の断面、36…正極板、37…負極板、38…セパレータ、39…積層極板群、40…電槽、41…正極耳、42…蓋、43…正極端子、44…負極端子、45…リテ−ナ、46…捲回極板群

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極格子体と該正極格子体を充填する正極活物質とを有する正極板と、負極格子体と該負極格子体を充填する負極活物質を有する負極板と、上記正極板と上記負極板の間に設けられたセパレータと、を有する鉛蓄電池において、
前記正極格子体はPb−Ca−Sn合金を主として含む基材と該基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金を含む表面層とを有することを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項2】
前記表面層はPb−Sn合金の急冷凝固粉の圧延層で構成されることを特徴とする請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項3】
前記表面層と前記基材との厚さの比率が1:10〜1:60の範囲であることを特徴とする請求項1記載の鉛蓄電池。
【請求項4】
前記表面層中のSn含有量が0.1wt%以上1.0wt%未満であることを特徴とする請求項1に記載の鉛蓄電池。
【請求項5】
正極格子体と該正極格子体に充填された正極活物質とを有する正極板と、負極格子体と該負極格子体に充填された負極活物質を有する負極板と、上記正極板と上記負極板の間に設けられたセパレータと、を有する鉛蓄電池において、
上記正極格子体は、Pb−Ca−Sn合金を主として含む基材と、高純度鉛の急冷凝固粉の圧延層で構成された表面層とを有することを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項6】
前記急冷凝固粉の酸化度が2000ppm未満、好ましくは500ppm未満であることを特徴とする請求項2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項7】
前記急冷凝固粉の平均粒径が2マイクロメートル以上、50マイクロメートル以下であることを特徴とする請求項2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項8】
前記表面層は、アスペクト比が3〜13の特定方向に配向した結晶粒子を有することを特徴とする請求項1、2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項9】
前記表面層はBi,Ag,Ba,Sr,Alのうち少なくとも一つを含有していることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項10】
前記表面層中のAl,Ba,Srの含有量が0.01wt%以上1.0wt%以下であることを特徴とする請求項9記載の鉛蓄電池。
【請求項11】
前記表面層中のAgの含有量が0.005wt%以上0.01wt%未満であることを特徴とする請求項9記載の鉛蓄電池。
【請求項12】
前記表面層中のBiの含有量が0.5wt%以上15wt%以下であることを特徴とする請求項9記載の鉛蓄電池。
【請求項13】
前記表面層として、引張り強度が25±2N/mm2以上46±2N/mm2以下の圧延板を用いることを特徴とする請求項1、2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項14】
前記正極板と前記負極板と前記セパレータに含浸させる電解液として硫酸マグネシウム、もしくは、硫酸ナトリウムを添加した硫酸水溶液を用いることを特徴とする請求項1、2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項15】
自動車用鉛蓄電池、捲回式鉛蓄電池又は制御弁式鉛蓄電池であることを特徴とする請求項1〜14のいずれか1項に記載の鉛蓄電池。
【請求項16】
前記表面層に形成される酸化層の結晶構造がα−PbOを含み、且つ、α−PbOの(111)面の面間隔d値が0.3140±0.0001ナノメートル以下0.3120±0.0001ナノメートル以上であることを特徴とする請求項1、2又は5に記載の鉛蓄電池。
【請求項17】
正極格子体と該正極格子体を充填する正極活物質とを有する鉛蓄電池用の正極板において、前記正極格子体はPb−Ca−Sn合金を主として含む基材と該基材の上に圧延加工によって重ねられるように配置された表面層を有し、該表面層は、前記基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の圧延層、又は、高純度鉛の急冷凝固粉の圧延層で構成されていることを特徴とする鉛蓄電池用の正極板。
【請求項18】
前記表面層は、アスペクト比が3〜13の特定方向に配向した結晶粒子を有し、前記急冷凝固粉の酸化度が2000ppm未満、好ましくは500ppm未満であることを特徴とする請求項17に記載の鉛蓄電池用の正極板。
【請求項19】
Pb−Ca−Sn合金を主として含む基材圧延シートを作製することと、
該基材に含まれるSnよりも低含有量のSnを含むPb−Sn合金の急冷凝固粉の粉末圧延シート、又は、高純度鉛の急冷凝固粉の粉末圧延シートを作製することと、
上記基材圧延シートの上に上記粉末圧延シートを重ねて、圧延ロールによって圧延加工して圧延シートを作製することと、
該圧延シートを切り出して正極格子体を作製することと、
上記正極格子体に正極活物質を塗布して乾燥させて正極板を作成することと、
負極板とセパレータと前記正極板を組み合わせることと、
を含む鉛蓄電池の製造方法。
【請求項20】
前記粉末圧延シートは、アスペクト比が3〜13の特定方向に配向した結晶粒子を有し、前記急冷凝固粉の酸化度が2000ppm未満、好ましくは500ppm未満であることを特徴とする請求項19に記載の鉛蓄電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2008−210698(P2008−210698A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−47581(P2007−47581)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(000001203)新神戸電機株式会社 (518)
【Fターム(参考)】