説明

銅含有溶鉄中から銅を除去する方法

【課題】いったん鉄鋼中に溶解してしまった銅を鉄鋼中から選択除去し、自動車用等にも使用できる高級鋼に再生することができる安全で、効率のよい方法を提供する。
【解決手段】銅を不純物として含有する溶鉄中に、塩素源としてのポリ塩化ビニル又は高度さらし粉を投入することにより、溶鉄中の銅を気体の塩化銅として溶鉄中から除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅元素を不純物として含有する、例えば鉄鋼スクラップの溶鉄中から銅を選択的に気相分離して除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
使用済み自動車(以下「ELV」という。)は、自動車リサイクル法に従って収集され、再資源化されている。一般に、ELVは、直接利用できる部分が解体により取り分けられ、直接利用できない残部はプレスあるいは破砕され、製鉄原料となる。解体されたELVを構成する主たる物質は鉄鋼である。ELVの鉄鋼スクラップは、電気炉や転炉型の新製鋼法により鉄鋼として再生される。しかし、この鉄鋼スクラップには、自動車内の配線やその他の部品を由来とする銅が残留していることが多く、再生される鉄鋼製品の品質を劣化させる原因となっている。このため、ELV由来の製鉄原料中の銅含有量は、0.3%以下であることが要求されている。この要求を満たすため、自動車解体業者は、手選別を含む丁寧な材料選別作業を行っているが、それでも見落としがあり、要求を満たさないことがある。
【0003】
銅を含有する製鉄原料が溶解されると、現行の酸素を利用する酸化精錬法では銅を除去できないことを、化学熱力学は教えている。銅の除去が化学熱力学的に可能であると考えられるいくつかの方法が、非特許文献1に記載されている。その一つは、硫化物フラックスを使用する方法である。しかし、この方法では、鉄中の銅を吸収した後のフラックスの処理に問題があり、実用化に至っていない。また同文献には、塩化鉄を使用する方法が記載されている。しかし、この方法も、反応効率が悪いために実用化に至っていない。
【0004】
また、特許文献1には、銅を含有する鉄スクラップから銅を選択的に除去するための塩素による処理方法が記載されている。この方法では、鉄に対して銅を選択的に反応させ、これを気体として除去するために、スクラップの加熱温度を700〜1100℃、ガスの塩素濃度(1〜90%)および酸素分圧(10-3気圧以上)、雰囲気圧力の条件を規定する。また排ガスから金属の塩化物を冷却によって凝着させた後、塩素濃度と酸素分圧を調整して再び前記のスクラップの処理に利用する。気体塩素を産業で使用するときには次の欠点がある。すなわち、第1に、気体塩素は有毒であり、大気中での取り扱いが簡単ではないこと、第2に気体塩素は腐食性が強く、塩素源投入装置に防食処置をとらねばならないことである。このような欠点も影響して、この方法も実用化に至っていない。
【0005】
銅を含有する製鉄原料を使用して生産される鉄鋼製品中の銅濃度を低減させるための現行の技術は、銅を含有しない高級鋼の端材等により希釈するという方法である。しかし、この方法により得られる鉄鋼製品中には、当然少量の銅が残存することになるため、自動車用材料のような高級鋼としては利用できない。この希釈法の実施が継続される限り、希釈に使用できる高級製鉄原料が不足することになり、早晩、自動車リサイクルがうまく回らなくなる日が来る。
【非特許文献1】(社)日本鉄鋼協会 1996年2月発行「鉄スクラップ中のトランプエレメント分離法に関する基礎的検討」
【特許文献1】特開平6−248364号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、いったん鉄鋼中に溶解してしまった銅を鉄鋼中から選択除去し、自動車用等にも使用できる高級鋼を再生することを可能とする、安全で、効率のよい方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、銅を不純物として含有する溶鉄中に、塩素源としてのポリ塩化ビニル(以下「PVC」という。)又は高度さらし粉(以下「脱銅剤」とも総称する。)を投入することにより、溶鉄中の銅を気体の塩化銅として溶鉄中から除去することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
銅を含有する溶鉄中に、塩素源としてのPVCを投入すると、PVCは、気化して溶鉄中の銅と反応し、気体の塩化銅となり、キャリアガスによって溶鉄から除去される。また、同溶鉄中に、塩素源として高度さらし粉を投入すると、高度さらし粉は、分解して溶鉄中に気体塩素を放出する。気体塩素が溶鉄中の銅と反応し、気体の塩化銅となって溶鉄から除去される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図面について本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の実施に用いた反応装置の概略的断面図である。
【0010】
図1において、モリブデンシリサイドを発熱体とする電気炉1内に、アルミナ製反応管2が縦方向に配置される。反応管2は、この実施例において、外径60mm、内径52mm、長さ1000mmで、上下端はシリコンゴム栓3,4で封じられる。反応管2内に、アルミナ製の支持棒6で下部を支持されたアルミナ製のるつぼ台5が配置され、その上にアルミナ製のるつぼ7が配置される。るつぼ7は、この実施例において、外径35mm、内径30mm、高さ150mmで、その上縁には、吹きこぼれを防止するためのアルミナ管8が配置される。アルミナ管8は、この実施例において、外径35mm、内径30mm、高さ150mmである。上部のシリコンゴム栓3を気密に貫通して、カプセルガイド管9とキャリアガス導入管10が反応管2内に導入される。カプセルガイド管9は、外径20mm、内径16mm、長さ300mmのアルミナ管で、下端はるつぼ7の上方に配置される。下部のシリコンゴム栓4を気密に貫通して、支持棒6が外部に突出し、またキャリアガス排出管11が反応管2外に導出される。るつぼ7内には、2%の銅を含有する100gの鋼−銅合金又は銑鉄−銅合金21(以下、これらの合金の溶解物を「溶鉄」という。)が収容され、1650℃で溶解される。キャリアガス導入管10からは反応管2内に常時キャリアガスとしてのアルゴンガスが導入され、キャリアガス排出管11から排出される。
直径100μmの市販の粒状試薬PVC0.3gあるいは市販の試薬高度さらし粉1gを図2に示す鉄製カプセル12に充填し、カプセルガイド管9を経由してるつぼ内の溶融した鉄合金中に所要数投入する。カプセルガイド管9の上端は、カプセル投入時以外はゴム栓等で閉じられる。
【0011】
PVCおよび高度さらし粉(脱銅剤)は、沸点が比較的低いので、直接るつぼ7内に投入すると、溶鉄の表面に到達する前に気化して溶鉄中に投入することができず、精錬作用が発生しない。カプセル12に封入するのは、溶鉄中への投入を確実にするためである。カプセル12は、アルミニウム製、その他の適宜な金属製とすることもできる。
【0012】
カプセル12は、外径8mm、内径6mmの市販の軟鉄管を長さ30mmに切断し、その一端をカシメて閉じておき、他端側から内部に所定量の脱銅剤13を充填した後、カシメて封止することにより作製される。カプセル12の風袋質量は、5gである。
【0013】
反応で生成された気体の塩化銅は、キャリアガスと共に、キャリアガス排出管11を経由して反応管2から排出される。キャリアガスとしては、窒素やアルゴン等の製鉄所で通常使用されている不活性ガスが用いられる。装置外に搬出された塩化銅は、温度が下がるので、粉体の塩化銅となる。粉体の塩化銅を回収して高純度銅の原料として使用できる。
【0014】
図3は、質量百分率で2%の銅を含有する1650℃の溶融した鋼−銅合金又は銑鉄−銅合金(溶鉄)にPVCを投入したときの銅の除去率(脱銅率)を示すグラフである。横軸は投入したPVCの質量、縦軸は銅の除去率である。脱銅率は、以下のように定義される。
【0015】
脱銅率=(反応で除去された銅の質量/溶鉄中に存在した銅の質量)×100
図3は、鋼−銅合金および銑鉄−銅合金のいずれからも銅が除去されることを示している。
【0016】
図4は、質量百分率で2%の銅を含有する1650℃の溶融した銑鉄−銅合金に高度さらし粉を投入したときの銅の除去率(脱銅率)を示すグラフである。横軸は投入した高度さらし粉のモル数、縦軸は銅の除去率である。図4は、高度さらし粉も脱銅剤となりうることを示しており、モル数が同一であれば、PVCと高度さらし粉の脱銅率は同等になることを示している。
【0017】
PVCおよび高度さらし粉は、共に常温で固体の塩素源であり、防護処置なしに大気中での取り扱いが可能であり、また塩素源投入装置の防食処置も不要である。
【0018】
溶鉄と塩素源の良好な量的関係は、使用する装置の特性により異なるから、使用する装置ごとに経験的に決定する。
【0019】
なお、投入するPVCは、新品であっても、また回収された使用済み品であってもよい。廃棄物としての使用済みPVCを処理する際には、環境汚染が発生することが懸念されるが、脱銅剤として使用済みPVCを利用すれば、環境汚染リスクを低減させる効果がある。
【0020】
脱銅剤をキャリアガスにより溶鉄中へ搬送する場合の反応装置の一例を図5に示す。図5において、シリコンカーバイドを発熱体とする電気炉31内に、アルミナ製反応管32が縦方向に配置される。反応管32は、この実施例において、外径60mm、内径52mm、長さ1000mmで、上下端はシリコンゴム栓33,34で封じられている。上部シリコンゴム栓33には、サンプリング用ガラス管35が貫通している。サンプリング用ガラス管35はサンプリング時以外はシリコンゴム栓36で常時封じられている。反応管32内に、アルミナ製支持台37で下部を支持されたグラファイト製のるつぼ38が配置される。るつぼ38は、この実施例において、外径35mm、内径30mm、高さ150mmで、その中に約50gの銑鉄−銅合金(溶鉄)21が収容され、1350℃で溶解される。るつぼ38と反応管32の空隙には、反応管32を保護するためのアルミナ製内筒39が配置される。アルミナ製内筒39は、この実施例において、外径46mm、内径40mm、高さ500mmである。このアルミナ製内筒39は、下部のシリコンゴム栓34,40を気密に貫通して、反応生成物捕集槽41に挿入されている。不活性ガス導入管42は、外径10mm、内径8mm、長さ300mmの石英製管で、その下端がグラファイト製ノズル43に接続されている。グラファイト製ノズル43は外径12mm,内径10mmで上端に不活性ガス導入管42の下端が差込まれている。グラファイト製ノズル43は溶鉄21内に導入され、その下端は、るつぼ21の底部付近に到達している。
不活性ガス導入管42の上部に脱銅剤13の貯蔵槽44が取り付けられており、脱銅剤貯蔵槽44の下部には脱銅剤切り出し装置45が設置されている。不活性ガス導入管42の上部から不活性ガス(この実施例の場合N2)が導入され、この不活性ガス中に脱銅剤切り出し装置45によって脱銅剤貯蔵槽44中の粉体の脱銅剤13が0.2g/min程度の速度で供給される。不活性ガスによって脱銅剤はるつぼ7の底にまで搬送される。脱銅剤13は沸点や分解温度が比較的低いので、るつぼ38の底部付近の溶鉄21にまで到達した脱銅剤は気化して不活性ガスと混合し気泡となって溶鉄21中を上昇しながら溶鉄中の銅と反応する。溶鉄と接触した後の不活性ガスと気体の脱銅剤は反応生成物捕集槽41に到達して冷却され、反応生成物である塩化銅を固体として放出する。反応生成物を放出した不活性ガスは不活性ガス排出管46から大気中に放出される。
脱銅剤をキャリアガスにより溶鉄中に搬送する方法は、本方法に限らず、例えば鉄鋼の2次精錬装置であるRH装置における還流用不活性ガス中に含ませることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施に用いた反応装置の概略的断面図である。
【図2】PVC又は高度さらし粉を封入する金属製カプセルの概略的断面図である。
【図3】質量百分率で2%の銅を含有する1650℃の溶融した鋼−銅合金又は銑鉄−銅合金(溶鉄)にPVCを投入したときの銅の除去率(脱銅率)を示すグラフである。
【図4】図4は、質量百分率で2%の銅を含有する1650℃の溶融した銑鉄−銅合金に高度さらし粉を投入したときの銅の除去率(脱銅率)を示すグラフである。
【図5】本発明の他の実施形態に用いた反応装置の概略的断面図である。
【符号の説明】
【0022】
1 電気炉
2 反応管
3 シリコンゴム栓
4 シリコンゴム栓
5 るつぼ台
6 支持棒
7 るつぼ
8 アルミナ管
9 カプセルガイド管
10 キャリアガス導入管
11 キャリアガス排出管
12 カプセル
13 脱銅剤
21 溶鉄
31 電気炉
32 反応管
33 シリコンゴム栓
34 シリコンゴム栓
35 サンプリング用ガラス管
36 シリコンゴム栓
37 るつぼ台
38 るつぼ
39 内筒
40 シリコンゴム栓
41 反応生成物捕集槽
42 不活性ガス導入管。
43 グラファイト製ノズル。
44 脱銅剤貯蔵槽
45 脱銅剤切り出し装置
46 不活性ガス排出管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅を不純物として含有する溶鉄中に塩素源としてのポリ塩化ビニルを投入することにより、前記銅を気体の塩化銅として溶鉄中から除去することを特徴とする銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。
【請求項2】
前記ポリ塩化ビニルを金属製の密閉容器に充填して溶鉄中に投入することを特徴とする請求項1に記載の銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。
【請求項3】
前記ポリ塩化ビニルをキャリアガスで搬送することにより溶鉄中に投入することを特徴とする請求項1に記載の銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。
【請求項4】
銅を不純物として含有する溶鉄中に塩素源としての高度さらし粉を投入することにより、前記銅を気体の塩化銅として溶鉄中から除去することを特徴とする銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。
【請求項5】
前記高度さらし粉を金属製の密閉容器に充填して溶鉄中に投入することを特徴とする請求項1に記載の銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。
【請求項6】
前記高度さらし粉をキャリアガスで搬送することにより溶鉄中に投入することを特徴とする請求項1に記載の銅含有溶鉄中から銅を除去する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−190010(P2008−190010A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27265(P2007−27265)
【出願日】平成19年2月6日(2007.2.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年10月2日 独立行政法人 日本学術振興会製鋼第19委員会主催の「反応プロセス研究会 第41回会議」に発表
【出願人】(598163064)学校法人千葉工業大学 (101)
【Fターム(参考)】