説明

鋼板熱処理方法および装置

【課題】板厚より使い易い物理量を測定し処理内容を調整して所望板厚の鋼板を得る。
【解決手段】有限長の鋼板8を引張力付与部材14で長手方向に引っ張りつつ傾斜台19上を移動させながら鋼板8を誘導子17で加熱し続けて放水部16で冷却する熱処理を往復移動と共に繰り返して鋼板8の結晶粒を微細化する際、先立つ板厚選定時には、板厚縮み目標値ΔDaや処理条件(23)から板長伸び目標値ΔLaを求め、それと板長伸び予想値ΔLeとの比で引張力P,Paや熱処理回数nを調整する。結晶粒微細化処理実行時には、先行の熱処理と後続の熱処理との間に、板長伸び目標値ΔLaと板長伸び測定値ΔLmとの比で引張力目標値Paを調整する。板長伸び測定値ΔLmは、鋼板保持機構11〜15に付設した変位計15にて可動枠13に対する非固定挟持具12の変位を測定して得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために鋼板と誘導子とを前記鋼板の長手方向に相対移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く急冷とを順次適用する鋼板熱処理方法および鋼板熱処理装置に関し、詳しくは、鋼板と誘導子とを相対的に往復移動させて熱処理を繰り返し施す際に鋼板に引張力を作用させるようになった引張力付与式結晶粒微細化処理に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の熱処理に関してAc3直上に急熱しこれに続いて急冷する熱処理を繰り返し施す処理法により超微細粒鋼材が得られることや、結晶粒を微細化すれば強度・靱性が共に上昇すること、鋼製品の表面にオーステナイト化温度域とマルテンサイト変態温度域とを往復させる急熱と急冷を複数回繰り返して微細な細粒層を形成することにより硬さと靱性を両立させるとともにシャルピー衝撃値ばかりか破壊靱性も向上させられることが知られており、急熱は高周波誘導加熱で急冷は水冷で具現化できることも知られている。
【0003】
また、有限長の鋼板については(例えば特許文献1参照)、高硬度を維持しつつ破壊靱性を高める結晶粒微細化処理を実施するのに好適な鋼板熱処理装置が開発されており、この装置は、鋼板の長手方向の両端に係合して鋼板をその長手方向を鉛直方向に配向させた状態で且つ曲り許容状態で保持する支承部材と、これを介して鋼板を長手方向に移動させる昇降機構と、鋼板の移動加熱用の誘導子と鋼板の急冷用の放水部とを組みにした熱処理ユニットと、この熱処理ユニットを水平面内で移動させて位置と面内方位の調節を行う水平面内調節機構とを備えている。
【0004】
さらに(例えば特許文献2参照)、有限長の鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために前記鋼板を長手方向に移動させながら鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構を備えたものも知られている。この鋼板保持機構は、直線移動可能な可動枠と、この可動枠に固定された挟持具と、固定されないもう一つの挟持具と、この非固定の挟持具に作用して鋼板に引張力をかける引張力付与部材とを具えている。引張力付与部材は、油圧シリンダ等で具体化され、引張力をフィードバック制御にて精度良く制御している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−348339号公報
【特許文献2】特開2009−167440号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような引張力付与方式により、鋼板を横置きに近い傾斜置きでセットしておき、その鋼板に対して横置き横移動に近い傾置斜動にて結晶粒微細化処理を施すことができることから、装置や設備のコストダウンに加えて、鋼板セッティング作業の負担軽減も、叶うものとなっている。
もっとも、長手方向に引張力を付与して鋼板に熱処理を行うと長手方向には伸び変形が生じ幅方向と厚み方向には縮み変形が生じるところ、そのような熱処理を結晶粒微細化のため何回も繰り返すと、その変形が蓄積されて増大する。
【0007】
そのため、仕上がり寸法に関する要求精度の厳しいアプリケーションでは、処理後のサイズが要求サイズより多少は大きくなるよう処理対象の鋼板を選定して結晶粒微細化処理を施し、処理後に駄肉を切り落としたり必要部分だけ打ち抜いたりすることになる。この加工は、長手方向や幅方向についてはプレスやシャーリング等で不都合なく行える。
しかしながら、板厚については、後加工での調整が好まれない。広い面を精密に削り取るには、時間も費用もかかるうえ、なによりも表面の荒れと弱化を招くからである。
【0008】
これに対しては、板厚を測定して板厚変化に応じて処理内容を調整することも考えられるが、元々薄い板厚を精度良く測るには高価な計測器が要るうえ、鋼板の往復移動を妨げないよう設置しなければならないが、そもそも鋼板の広い面のうちどの部位を測れば良いのかすら明瞭でなく、全面を漏れなく測る訳にもいかないため、調整に結びつかない。
そこで、板厚よりも安直に測れて而も測定内容も絞り込める物理量を板厚の代わりに用いて引張力付与式結晶粒微細化処理の内容を調整できるようにすることが基本的な技術課題となる。また、そのような物理量を実際に測定してその物理量に応じて引張力付与式結晶粒微細化処理の内容を調整することにより最終的には所望の板厚の鋼板が得られるように測定量や処理内容を改めることが更なる技術課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の鋼板熱処理方法は(解決手段1)、このような課題を解決するために創案されたものであり、要求仕様の板厚の鋼板を長手方向に引っ張りつつ移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する熱処理を往復移動と共に繰り返すことにより前記鋼板の結晶粒を微細化したときに前記鋼板に生じる板厚縮み予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定し又は前記鋼板の長手方向に生じる板長伸び予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定してから前記板長伸び予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて前記鋼板の板厚縮み予想値に換算し、前記要求仕様の板厚値よりも前記板厚縮み予想値以上は厚い鋼板を選定し、この選定鋼板の板厚値と前記要求仕様の板厚値との差を板厚縮み目標値とし、この板厚縮み目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて前記鋼板の板長伸び目標値に換算し、この板長伸び目標値と前記板長伸び予想値との対比に基づいて結晶粒微細化処理実行時の引張力を調整する、というものである。
【0010】
また、本発明の鋼板熱処理方法は(解決手段2)、上記解決手段1の鋼板熱処理方法であって、結晶粒微細化処理実行時の引張力を調整するに際して、熱処理の繰り返し回数を増やすことにより、引張力の増大を抑制することを特徴とする。
これらは(解決手段1〜2)、鋼板選定の条件確定の段階から規定したものである。
【0011】
さらに、本発明の鋼板熱処理方法は(解決手段3)、有限長の鋼板を長手方向に引っ張りつつ移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する熱処理を往復移動と共に繰り返すことにより前記鋼板の結晶粒を微細化する鋼板熱処理方法において、要求仕様の板厚値よりも厚い鋼板を選定し、この選定鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定し又は決定済みの板長伸び目標値を用いて、前記熱処理を繰り返す際には先行の熱処理と後続の熱処理との間で前記板長伸び目標値と前記鋼板の長手方向の板長伸び測定値との比較に基づいて後続の熱処理での引張力を調整することを特徴とする。
これは鋼板選定条件が確定した後に繰り返される製造工程を規定したものである。
【0012】
また、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段4)、有限長の鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために前記鋼板を長手方向に移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、直線移動可能な可動枠に固定された固定挟持具と固定されていない非固定挟持具とで前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構に、前記可動枠に対する前記非固定挟持具の変位を測定する変位計が付設されていることを特徴とする。
これは上記解決手段3の鋼板熱処理方法の実施に寄与するものである。
【0013】
また、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段5)、上記解決手段4の鋼板熱処理装置であって、前記熱処理の実行と繰り返しを制御する制御部が設けられ、この制御部が、前記鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定する手段と、前記熱処理を繰り返えさせる際には先行の熱処理と後続の熱処理との間で前記板長伸び目標値と前記変位計での測定値との比較に基づいて後続の熱処理での引張力を調整する手段とを具備していることを特徴とする。
これは上記解決手段3の鋼板熱処理方法の自動実施を可能とするものである。
【0014】
また、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段6)、上記解決手段5の鋼板熱処理装置であって、前記制御部が、前記板長伸び目標値を前記熱処理の時間で割って又は割ったに等しい伸び率目標値を算出する手段と、前記熱処理の最中に前記変位計での測定値からその単位時間当り変量である伸び率測定値を随時算出する手段と、前記伸び率目標値と前記伸び率測定値との比較に基づいて前記熱処理の最中に引張力を微調整する手段とを具備していることを特徴とする。
【0015】
また、本発明の鋼板熱処理装置は(解決手段7)、有限長の鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために前記鋼板を長手方向に移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、直線移動可能な可動枠に固定された固定挟持具と固定されていない非固定挟持具とで前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構と、この保持機構に付設されていて前記可動枠に対する前記非固定挟持具の変位を測定する変位計と、前記熱処理の実行と繰り返しを制御する制御部とが設けられており、この制御部が、前記鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定する手段と、前記板長伸び目標値を前記熱処理の時間で割って又は割ったに等しい伸び率目標値を算出する手段と、前記熱処理の最中に前記変位計での測定値からその単位時間当り変量である伸び率測定値を随時算出する手段と、前記伸び率目標値と前記伸び率測定値との比較に基づいて前記熱処理の最中に引張力を微調整する手段とを具備していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
このような本発明の鋼板熱処理方法にあっては(解決手段1〜2)、板厚の縮みを考慮した鋼板の選定に加え、選定した鋼板の最終的な板厚を要求仕様に合致させるための処理内容調整に際しても、板厚に代えて又は加えて長手方向伸びが用いられる。この伸びは、それと板厚縮みとの比が板厚と鋼板全長との比にほぼ対応しているので、簡便な換算等で板厚縮みの代用に適ううえ、板厚縮みより大きく発現して計りやすい。しかも、鋼板全長は鋼板の両端間の距離を測れば良いので、広い面に分布する板厚に比べて測定内容のなかでも測定部位を容易に絞り込むことができ、単一測定値で使用する方が一般的である。
【0017】
また、引張力の利用が、横置きや傾斜置き鋼板の垂れ下がり防止という消極的利用にとどまらず、引張力付与式結晶粒微細化処理の内容調整という積極的利用にまで拡張されている。しかも、その調整が、直接的対象の板厚そのものの測定値に基づいて行われるのでなく、板厚を代用する鋼板の長手方向の伸びの測定値に基づいて行われる。そのため、新たな調整機構や高価な測定器を追加するまでもなく簡便に、板厚縮みの調整を行うことができる。
したがって、この発明によれば、板厚よりも安直に測れて而も測定内容も絞り込める物理量である長手方向伸びを板厚縮みの代わりに用いて引張力付与式結晶粒微細化処理の内容を調整することにより、仕上がり寸法に関する要求精度が厳しいときでも、比較的安価な装置や設備で要求に応えるられるうえ、鋼板セッティング作業も楽に行える。
【0018】
また、本発明の鋼板熱処理方法や鋼板熱処理装置にあっては(解決手段3〜5)、引張力の利用が、横置きや傾斜置き鋼板の垂れ下がり防止という消極的利用にとどまらず、引張力付与式結晶粒微細化処理の内容調整という積極的利用にまで拡張されている。しかも、その調整が、直接的対象の板厚そのものの測定値に基づいて行われるのでなく、板厚を代用する鋼板の長手方向の伸びの測定値に基づいて行われる。そのため、新たな調整機構や高価な測定器を追加するまでもなく簡便に、板厚縮みの調整を行うことができる。さらに、結晶粒微細化処理が熱処理を繰り返して行われるのを利用して、板長伸び測定値に基づく引張力の調整が熱処理の合間に行われるので、測定や調整の作業負担が軽く手作業も可能である。
したがって、この発明によれば、板厚よりも安直に測れて而も測定内容も絞り込める物理量である長手方向伸びを板厚縮みの代わりに実測してその物理量に応じて引張力付与式結晶粒微細化処理の内容が調整されるので、最終的には所望の板厚の鋼板が得られる。
【0019】
さらに、本発明の鋼板熱処理装置にあっては(解決手段6〜7)、鋼板の長手方向の伸び即ち全長の伸びを測定するにすぎないが、熱処理が移動加熱方式であることを利用して、鋼板の長手方向における局所々々の伸び率が調整されるので、その結果、鋼板の長手方向部位毎にきめ細かく板厚が調整されることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施例1について、鋼板熱処理装置の構造を示し、(a)が鋼板保持機構の平面図、(b)が水受器を外した機械部の正面図、(c)が制御部のブロック図である。
【図2】制御手順を具体的に示したものであり、(a)が板厚選定プログラムのフローチャート、(b)が順序制御プログラムに関し特に引張力調整機能に係る部分のフローチャートである。
【図3】本発明の実施例2について、鋼板熱処理装置の制御部の順序制御プログラムにおける引張力調整機能の一部の処理内容を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
このような本発明の鋼板熱処理方法および鋼板熱処理装置について、これを実施するための具体的な形態を、以下の実施例1〜2により説明する。
図1〜2に示した実施例1は、上述した解決手段1〜5(出願当初の請求項1〜5)を具現化したものであり、図3に示した実施例2は、上述した解決手段6〜7(出願当初の請求項6〜7)を具現化したものである。
なお、それらの図示に際しては、簡明化等のため、ボルト等の締結具や,ヒンジ等の連結具,電動モータ等の駆動源,ボールねじ等の伝動部材,モータドライバ等の電気回路などは図示を割愛し、発明の説明に必要なものや関連するものを中心に図示した。
【実施例1】
【0022】
本発明の鋼板熱処理装置の実施例1について、その具体的な構成を、図面を引用して説明する。
図1は、(a)が鋼板保持機構11〜15の平面図、(b)が図示しない水受器を外した機械部10の正面図、(c)が制御部20のブロック図である。また、図2は、(a)が制御部20の板厚選定プログラム22のフローチャート、(b)が制御部20の順序制御プログラム24に関し特に引張力調整機能に係る部分のフローチャートである。
【0023】
この鋼板熱処理装置10+20は、大別して機械部10と制御部20と図示しない付帯設備の高周波電源装置および水冷装置とからなり、既述した引張力付与方式を踏襲しているため(特許文献2参照)、鋼板8を横向きか僅かな傾斜でセットして結晶粒微細化処理を施せるので、比較的安価であって、鋼板セッティング作業の楽なものとなっている。
しかも、そのような従来技術の踏襲にとどまらず、板厚Dに関する要求仕様が例え厳しくても仕上がり板厚が要求仕様に適うよう、機械部10も制御部20も改良されている。具体的には板長伸びΔLを測定して引張力P,Paを調整するものとなっている。
【0024】
機械部10は(図1(b)参照)、薄板の鋼板8に結晶粒微細化処理として急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う際に、鋼板8をその長手方向に移動させながら、鋼板8に対して誘導加熱によって急熱を適用するとともに、これに続く放水冷却によって鋼板8に急冷を適用するものであるが、その順次適用を傾置斜動にて遂行するために、鋼板保持機構11〜15と放水部16と誘導子17と放射温度計18と傾斜台19と脚部と図示しない水受器とを具えている。
【0025】
鋼板保持機構11〜15は(図1(a)参照)、鋼板8の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して鋼板8をその長手方向に引っ張るために、傾斜台19に直線移動可能に装着される可動枠13と、この可動枠13に固定された固定挟持具11と、これに対向配置され可動枠13には固定されていないもう一つの非固定挟持具12と、この非固定挟持具12に作用して一対の挟持具11,12を引き離そうとすることにより一対の挟持具11,12の間の鋼板8に引張力をかける引張力付与部材14と、目盛部が非固定挟持具12の連動部材に装着され読取部が可動枠13に装着されていて可動枠13に対する非固定挟持具12の変位を測定する変位計15とを具えている。
【0026】
挟持具11,12は、鋼板8の全幅に及んでいれば足りるが、下側固定で上側が揺動して断面形状が挟持時にはコの字状になり解放時にはL字状になるものが使い易い。引張力付与部材14は、油圧シリンダ等で具体化されており、後述する引張力目標値Paで示された引張力を発生させるために油圧供給部に比例電磁式リリーフ弁等が組み込まれるとともに圧力フィードバック制御用に圧力計やアンプも組み合わせられて、高精度に制御された引張力を鋼板8の全長に亘り安定して作用させるものとなっている。変位計15は、分解能がμmより細かいものが望ましいが、例えば可視光やレーザ光を利用する高精度なリニアスケールが市販されているので、それで足りる。鋼板保持機構11〜15に付設された変位計15での測定値は、鋼板8の板長伸びΔLの測定値になるので、板長伸び測定値ΔLmとして制御部20に取り込まれるようになっている(図1(b)参照)。
【0027】
傾斜台19は(図1(b)参照)、直線状・平行線状の枠体を主体とし、それに可動枠13を搭載させて長手方向に定速や高速で直線移動・往復移動させるものであり、サーボモータ等の駆動源を具えている。傾斜角度θは例えば10゜に固定しても良いが、この例では、例えば5゜〜20゜の範囲で可変設定できるようになっている。
水受器は、冷却水の垂れ流しや散逸を防止するために、傾斜台19の下から脇までを囲む状態で傾斜台19に外装されており、冷却水を回収するために水受器の端部には排水口が形成され、そこには排水ホースが接続されている。
【0028】
誘導子17は(図1(b)参照)、水冷可能な銅管等の電気良導体からなり、コイル状に捲回されており、傾斜台19のほぼ中央位置に装着されている。その位置は、鋼板8の直線移動路を囲むところなので、誘導子17は、高周波電源装置から高周波電流が通電されると、鋼板8の対峙部分を誘導加熱する。また、誘導子17は、移動加熱用なので、鋼板8との対峙状態に関して、鋼板8の幅方向には全域に亘って鋼板8と対峙し、鋼板8の長手方向には一部区間で鋼板8と対峙するようになっている。
放射温度計18は、傾斜台19に取り付けられて、鋼板8のうち誘導加熱されている部分の温度を測定するようになっている。
【0029】
放水部16は(図1(b)参照)、移動中の鋼板8に対して急熱後の急冷を行うため、傾斜台19に装着されて誘導子17の直ぐ側に位置していて、やはり鋼板保持機構11〜15に保持された鋼板8と幅方向には全域に亘り長手方向には一部区間で対峙するようになっている。鋼板8を傾斜台19の傾斜に沿って斜めに下るよう移動させながら熱処理が行われるので、放水部16は、誘導子17の斜め下方(図では左下)に位置して、鋼板8の移動経路を囲むように、傾斜台19に装着されている。放水部16には多数の噴射口が鋼板8の幅方向に列なって穿孔されており、放水時には、水冷装置から給水回路を介して適量に調整された冷却水が各噴射口から鋼板8に向けて噴射されるようになっている。
【0030】
制御部20は(図1(c)参照)、例えばプログラマブルなマイクロプロセッサシステムやシーケンサからなり、データメモリには板厚リストデータ領域21と処理条件データ領域23と引張力データ領域27とその他の適宜な作業領域とが予め割り振られており、プログラムメモリには板厚選定プログラム22と順序制御プログラム24と温度制御プログラム25と移動制御プログラム26と引張力制御プログラム28とが予めインストールされている。この制御部20の操作部には入力や表示に使う部材として例えばタッチパネルが設けられており、更に機械部10の検出部材や制御対象部材(14〜19)とも適宜なインターフェイスを介して接続されて必要な信号を入出力するようになっている。
【0031】
板厚リストデータ領域21には、JIS規格やメーカ規格などに基づいて結晶粒微細化処理に使用可能な鋼板8のデータが予め記憶保持されており、そのデータには、少なくとも選定可能な幾つかの板厚D1,D2,…が含まれており、選定可能な板厚が板長や板幅によって制限される場合はその制限条件を反映したデータも含まれる。
処理条件データ領域23には、要求仕様に基づいて鋼板8の形状を規定する板厚D,板幅W,及び板長Lと、鋼板8の物性の一つである高温縦弾性係数Eと、選定した鋼板8に関する選定板厚Ds及び板長伸び目標値ΔLaと、熱処理の具体的内容を規定する高周波電力,送り速度V,加熱温度と、結晶粒微細化処理に適う熱処理の回数を規定する熱処理回数nと、処理開始時の引張力を規定する引張力Pとが含まれる。
引張力データ領域27は、熱処理中の引張力目標値Paを記憶保持するところである。
【0032】
板厚選定プログラム22は、処理条件データ領域23に選定板厚Ds及び板長伸び目標値ΔLa以外のデータ値が設定されていることを前提に、板厚リストデータ領域21を参照して、結晶粒微細化処理に供する鋼板8を選定するとともに、選定板厚Dsと板長伸び目標値ΔLaとの設定と引張力Pの修正または引張力P及び熱処理回数nの修正とを行うものであるが、その詳細は後の動作説明にて述べる。
順序制御プログラム24は、処理条件データ領域23に設定されているデータに基づいて機械部10の各部(14〜19)を制御等することで結晶粒微細化処理を実行するものであり、その際、鋼板8の引張力を調整するが、その詳細も後の動作説明にて述べる。
【0033】
温度制御プログラム25は、順序制御プログラム24の制御下、熱処理が定温で行われるよう温度をフィードバック制御するものであり、具体的には、熱処理の間、放射温度計18で検出した鋼板8の加熱部の温度が処理条件データ領域23の加熱温度になるよう高周波電源の出力する誘導子17の通電量を制御する。水冷装置を制御して放水部16から放水をさせたり放水を止めたりもするようになっている。
移動制御プログラム26は、順序制御プログラム24の制御下、熱処理が定速で行われるよう送り速度を制御するものであり、具体的には、熱処理の間、傾斜台19の上で移動する鋼板保持機構11〜15ひいては鋼板8の送り速度が処理条件データ領域23の送り速度Vになるよう傾斜台19の駆動源の動作を制御するようになっている。
【0034】
引張力制御プログラム28は、やはり順序制御プログラム24の制御下、熱処理が一定力で行われるよう引張力をフィードバック制御するものであり、具体的には、熱処理の間、引張力付与部材14の出す引張力が引張力データ領域27の引張力目標値Paになるよう、例えば、引張力付与部材14への油圧の圧力を圧力計で検出し、それに応じて油圧圧力を比例電磁式リリーフ弁等の圧力制御弁で加減させるものとなっている。
引張力データ領域27の引張力目標値Paは、順序制御プログラム24によって設定や変更されるものであり、その詳細も後の動作説明にて述べる。
【0035】
この実施例1の鋼板熱処理装置10+20を用いた鋼板熱処理方法や,鋼板熱処理装置10+20の動作を説明する。
【0036】
処理の対象になる鋼板8の材質は、急熱と急冷の繰り返しで結晶粒が微細化するものであり、例えばJIS G3128(SHY)や,JIS G4103(SNCM)が挙げられる(特許文献1参照)。厚板とされる鋼板10のサイズは、厚さ16mm×幅1200mm×長さ6000mm前後が典型的であるが、他のサイズでも良く、目安としては、板厚が10〜25mm、幅が900〜1200mm、長さが2000〜6000mmである。薄板とされる鋼板20のサイズは、厚さ5mm×幅700mm×長さ1200mm前後が典型的であるが、他のサイズでも良く、目安としては、板厚が3〜12mm、幅が300〜800mm、長さが500〜2000mmである(特許文献2参照)。
【0037】
処理実行に先立ち、引張力付与方式の結晶粒微細化処理では板厚が縮むのを考慮して要求仕様の板厚Dより板厚縮みΔDだけ厚い鋼板8を選定しておかなければならないので、既に同一処理を実行していてそのときの選定データ等が再利用できる場合は別として、板厚選定作業を行う。
板厚選定作業は、筆記用具や関数電卓などを用いて手計算で行っても良いが、ここでは鋼板熱処理装置10+20にインストールされている板厚選定プログラム22に自動選定させることとする。
【0038】
そのためには、先ず、タッチパネルを操作して、処理条件データ領域23に、予め判明しているデータ値を設定する。
具体的には、要求仕様に基づいて板厚Dと板幅Wと板長Lと高温縦弾性係数Eを処理条件データ領域23の該当箇所にデータ設定し、過去の経験や新たな実験に基づいて高周波電力と送り速度Vと加熱温度と熱処理回数nと引張力Pとをやはり処理条件データ領域23の該当箇所にデータ設定する。なお、板厚Dは要求仕様の値をそのまま設定しなければならないが、板幅Wと板長Lは要求仕様の値より少し大きめにしておくと良い。
【0039】
そして、板厚選定プログラム22を起動すると、板厚選定プログラム22によって(図2(a)参照)、自動処理が開始され、最初に板長伸び予想値ΔLeが算定される(ステップS11)。板長伸び予想値ΔLeは、要求仕様の板厚Dの鋼板8を長手方向に引っ張りつつ移動させながら鋼板8に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する熱処理を往復移動と共に繰り返すことにより鋼板8の結晶粒を微細化したときに鋼板8の長手方向に生じるであろう板長伸びΔLを予想する計算値であり、鋼板8の形状を規定する板厚D,板幅W,及び板長Lと、鋼板8の物性の一つであって熱処理条件も反映した高温縦弾性係数Eと、熱処理回数nや引張力Pとから、例えば式[ΔLe = (P×L×n)/(D×W×E)]で算定される。
【0040】
それから、板長伸び予想値ΔLeがポアソン比mを含んだ式[ΔDe = ΔLe/(L×m)]で板厚縮み予想値ΔDeに変換され(ステップS12)、板厚リストデータ領域21に設定されている選定可能な板厚D1,D2,…のなかから板厚Dと板厚縮み予想値ΔDeとの合計値以上であってその合計値に最も近い板厚が選定され(ステップS13)、この選定板厚Dsが処理条件データ領域23の該当箇所にデータ設定される(ステップS14)。
また、選定板厚Dsとそれを板厚とする選定鋼板に関する情報がタッチパネルに表示され、この選定鋼板の板厚値である選定板厚Dsと要求仕様の板厚値である板厚Dとの差が算出されて板厚縮み目標値ΔDaとされ、この板厚縮み目標値ΔDaが鋼板8の形状と物性とに基づいて鋼板8の板長伸び目標値ΔLaに換算され、板長伸び目標値ΔLaも選定板厚Dsと同様に処理条件データ領域23の該当箇所にデータ設定される(ステップS14)。
【0041】
板厚縮み目標値ΔDaから板長伸び目標値ΔLaへの換算は例えば係数Kを含んだ式[ΔLa = ΔDa×L×m×K]で行われる。係数Kは、鋼板8に異方性が無いときや鋼板8の異方性が無視できるときには値“1”で良いが、鋼板8の異方性を加味するときには実験時や実行時に両値ΔLa,ΔDaを測定してから上記式に基づいて逆算した値が用いられる。
さらに(ステップS15)、この板長伸び目標値ΔLaと上述の板長伸び予想値ΔLeとの対比に基づいて結晶粒微細化処理実行時の引張力Pが調整される。具体的には、式[(ΔLa/ΔLe)×P]が演算され、その算出値で処理条件データ領域23の引張力Pが再設定される。なお、動作モードが熱処理回数nの自動増加を許していて而も旧P<{新P×n/(n+1)}の場合は、それで引張力Pが再設定され熱処理回数nが+1される。
【0042】
こうして、板厚選定が済んだら、選定した鋼板8のサイズに適合する誘導子17及び放水部16を傾斜台19に装着して位置や姿勢を調整するとともに、鋼板8を機械部10にセットする。このセッティング作業は、傾斜台19上の可動枠13の両端部に装備されている一対の挟持具11,12を開かせておき、利用可能なクレーンや鋼板吸着機等を備えたハンドリング装置で処理対象の鋼板8を保持して、鋼板8を誘導子17及び放水部16に挿入し、鋼板8の両端を挟持具11,12に挟持させるが、傾斜角度θがさほど大きくないので、誘導子17への遊挿を含めて鋼板8のセッティング作業は、傾置斜動であっても、横置き横移動のときとほとんど同じく、容易に行える。
【0043】
鋼板8の機械部10へのセットが済んだら、制御部20の処理条件データ領域23の設定値を確認する。板厚選定が正常に行われていれば、総ての処理条件が適切なデータ値で設定されているはずであるが、正常であっても引張力Pや熱処理回数nが変更されていることもある。なお、後ほど同じ処理条件で結晶粒微細化処理を行うことが想定される場合は、将来の再利用に備えて、処理条件データ領域23を図示しないセーブプログラムで外部記憶装置などに保存しておく。また、今回が再利用であれば、保存データのなかから該当する処理条件を検索して処理条件データ領域23に復元しておく。
【0044】
処理条件の確認が済んだら、順序制御プログラム24を起動して、後は制御部20の自動制御に任せる。そうすると(図2(b)参照)、順序制御プログラム24の実行によって、処理条件データ領域23の引張力Pが調整変更に備えて引張力データ領域27に転写され(ステップS21)、これが引張力制御プログラム28の参照する引張力目標値Paとなる。また、処理条件データ領域23に板長伸び目標値ΔLaが設定されているか否かが調べられて(ステップS22)、設定されていれば変更されることなくそのままにされるが、設定されていない場合は、板長伸び目標値ΔLaが算定されて処理条件データ領域23の該当箇所にデータ設定される(ステップS23)。
【0045】
板長伸び目標値ΔLaの算定は、繰り返しとなる詳細な説明は割愛するが、上述した板厚選定プログラム22と同様の演算で良い。
板長伸び目標値ΔLaが確定したら、熱処理一回当りの板長伸びΔLの目標値である板長伸び目標値(ΔL/n)aが、板長伸び目標値ΔLaと熱処理回数nとから、式[ΔLa/n]で算定される(ステップS24)。
これで制御部20も熱処理実行の準備が整うので、順序制御プログラム24から温度制御プログラム25と移動制御プログラム26と引張力制御プログラム28とに宛てて熱処理一回実行の指示が出て、定温・定速・一定力で熱処理が一回だけ実行される(ステップS25)。
【0046】
具体的には、温度制御プログラム25の制御下の高周波電源によって、最初は処理条件データ領域23の高周波電力値で誘導子17への通電が行われ、整定時間経過後は放射温度計18での測定温度が処理条件データ領域23の加熱温度になるよう通電量が調整される。また、移動制御プログラム26の制御下のサーボモータ等の駆動源によって、傾斜台19では、鋼板保持機構11〜15ひいては鋼板8が、処理条件データ領域23の送り速度Vで定速移動させられる。さらに、引張力制御プログラム28の制御下の油圧回路等の圧力制御によって、引張力付与部材14が発生させて鋼板8に作用する引張力が、引張力データ領域27の引張力目標値Paになるよう、自動調整される。
鋼板8の一端から他端まで一通り移動加熱したら高周波通電が停止されるとともに鋼板保持機構11〜15と鋼板8が逆送されて元の位置に戻って一回の熱処理が終了する。
【0047】
そして(ステップS26)、熱処理の実行済み回数が処理条件データ領域23の熱処理回数nに達すると、その旨をタッチパネル等に表示して順序制御プログラム24が実行を終えるが、実行済み回数が熱処理回数nに未だ達していなければ、直前の熱処理で鋼板8に生じた板長伸びΔLが変位計15で測定されて板長伸び測定値ΔLmとして取り込まれ(ステップS27)、上述の板長伸び目標値(ΔL/n)aと板長伸び測定値ΔLmとの比較に基づいて後続の熱処理での引張力が調整される。
具体的には(ステップS28)、例えば式[{(ΔL/n)a/ΔLm}×Pa]が演算されて、その算出値が新たな引張力目標値Paとして引張力データ領域27に書き込まれる。
【0048】
その引張力調整が済んだら、再び定温・定速・一定力で熱処理が一回実行される(ステップS25)。そして、実行済み回数が熱処理回数nに達するまで(ステップS26)、後続の熱処理での引張力調整と(ステップS27〜S28)、定温・定速・一定力での熱処理一回実行とが(ステップS25)、繰り返される(ステップS26)。
こうして、熱処理がn回繰り返されると鋼板8の結晶粒微細化処理が完了し、その旨がタッチパネル等に表示されて、制御部20の自動制御が止まるので、冷めるのを待って鋼板8を機械部10から外せば手作業での後始末も含めて総ての作業が完了する。
【0049】
しかも、出来上がった鋼板8は、板厚縮みΔDが板厚縮み目標値ΔDaになるように、先行の熱処理の結果に応じて後続の熱処理での引張力が調整されたことで、仕上がり板厚が要求仕様の板厚Dに高い精度で適合することとなる。しかも、その引張力調整が、鋼板8の板厚そのものを測定して行われるのでなく、板厚を代用する鋼板8の長手方向の伸びを変位計15で測定した板長伸び測定値ΔLmに基づいて行われ、変位計15が、引張力付与部材14の装着先と同じ可動枠13と非固定挟持具12に装着することで、鋼板保持機構11〜15の移動を含む熱処理を何ら妨げることなく、鋼板保持機構11〜15に付設されるので、板厚縮みの調整が容易かつ的確に行われる。
【実施例2】
【0050】
本発明の鋼板熱処理装置の実施例2について、その具体的な構成を、図面を引用して説明する。図3は、鋼板熱処理装置の制御部の順序制御プログラムにおける引張力調整機能の一部の処理内容を示すフローチャートである。
【0051】
この鋼板熱処理装置が上述した実施例1のものと相違するのは、引張力の調整が熱処理と熱処理との間だけでなく各回の熱処理の最中にも行われるようになった点である。
すなわち、実施例1の熱処理が一回ずつは定温・定速・一定力で実行されていたのに対し(ステップS25)、この実施例2の熱処理では、定温・定速は維持されているが、引張力付与部材14が発生させて鋼板8に作用する引張力が、随時調整されるのである。具体的には(図3参照)、順序制御プログラム24が一部改造されて、引張力データ領域27の引張力目標値Paが随時更新されるようになっている(ステップS31〜S36)。
【0052】
詳述すると、熱処理を一回実行する際、順序制御プログラム24によって、先ず伸び率目標値(dL/dt)aが式[(ΔL/n)a×V/L]で算定される(ステップS31)。この算定値は、熱処理一回当り板長伸び目標値(ΔL/n)aを熱処理一回当りの時間(L/V)で割ったに等しいものである。式[ΔLa×V/L/n]で算定しても等しくなる。
そして、順序制御プログラム24が温度制御プログラム25と移動制御プログラム26と引張力制御プログラム28とに宛てて熱処理一回実行の指示を出すので、熱処理が開始されるが(ステップS32)、順序制御プログラム24によって引張力データ領域27の引張力目標値Paが随時更新されるので、それに追従する引張力制御プログラム28の制御によって鋼板8の引張力も随時変化しうる。なお、温度制御プログラム25による定温制御と移動制御プログラム26による定速送り制御は、処理条件データ領域23の該当設定値に基づいて行われ、処理条件データ領域23が更新されないので、維持される。
【0053】
順序制御プログラム24による引張力データ領域27の引張力目標値Paの随時更新は、変位計15で測定した板長伸びΔLを適宜なタイミングで変位計15から取り込み(ステップS33)、例えばその値と前回取り込んだ値との差を両取込の経過時間で割って、板長伸びΔLの単位時間当り変量である伸び率測定値(dL/dt)mを算出し(ステップS34)、上述の伸び率目標値(dL/dt)aと伸び率測定値(dL/dt)mとの比較に基づいて引張力データ領域27の引張力目標値Paを調整する(ステップS35)、という一連の処理(S33〜S35)を一回の熱処理が終了するまで一定周期で又は不定周期で繰り返すことで遂行される(ステップS36)。
【0054】
この場合、例えば熱処理同士の間で行うのと同様の式[{(dL/dt)a/(dL/dt)m}×Pa]の算出値で引張力データ領域27の引張力目標値Paを調整しても良いが、この調整は短時間で繰り返されるので、不所望な発振や発散が起きることが懸念される場合は、“1”より小さい適宜な減衰係数αを導入して例えば式[Pa+α×{(dL/dt)a/(dL/dt)m}×Pa]の算出値で引張力データ領域27の引張力目標値Paを微調整すると良い。減衰係数αは、定数でも良く、板長伸びΔLの測定の時間間隔などを加味した変数であっても良い。
このような引張力の微調整が熱処理の最中すなわち鋼板8の移動中に行われるため、鋼板8の長手方向における各部位毎にきめ細かく鋼板8の板厚が調整されるので、処理後の鋼板8は板厚分布の均一性まで良好なものとなる。
【0055】
[その他]
上記実施例では、先行の熱処理での伸びの過不足を後続の熱処理での伸びの適正化に役立てるにとどまっていたが、先行の熱処理での伸びの過不足を後続の熱処理で補償するようにしても良く、例えば先行の過不足を割り増しして後続に反映させるのも良い。
上記実施例では、傾斜台19の傾きが左下がりだけになっていたが、傾斜台19の両端に伸縮可能な脚部を設けて交互に伸縮させて右下がり姿勢もとれるようにしても良く、この場合、更に、往復移動の双方で熱処理を行うようにしても良い(特許文献2参照)。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の鋼板熱処理方法および鋼板熱処理装置は、薄板の有限長鋼板に適用が限定される訳でなく、両端の挟持にて保持されるとともに適度な引張力が付与されるのであれば、厚板に近い又は厚板に属する有限長鋼板にも適用することができる。
【符号の説明】
【0057】
8…鋼板(薄板)、
10…機械部(鋼板熱処理装置)、
11…挟持具(固定)、12…挟持具(非固定)、
13…可動枠、14…引張力付与部材、15…変位計、
16…放水部、17…誘導子、18…放射温度計、19…傾斜台、
20…制御部(鋼板熱処理装置)、
21…板厚リストデータ領域、22…板厚選定プログラム、
23…処理条件データ領域、24…順序制御プログラム、
25…温度制御プログラム、26…移動制御プログラム、
27…引張力データ領域、28…引張力制御プログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
要求仕様の板厚の鋼板を長手方向に引っ張りつつ移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する熱処理を往復移動と共に繰り返すことにより前記鋼板の結晶粒を微細化したときに前記鋼板に生じる板厚縮み予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定し又は前記鋼板の長手方向に生じる板長伸び予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定してから前記板長伸び予想値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて前記鋼板の板厚縮み予想値に換算し、前記要求仕様の板厚値よりも前記板厚縮み予想値以上は厚い鋼板を選定し、この選定鋼板の板厚値と前記要求仕様の板厚値との差を板厚縮み目標値とし、この板厚縮み目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて前記鋼板の板長伸び目標値に換算し、この板長伸び目標値と前記板長伸び予想値との対比に基づいて結晶粒微細化処理実行時の引張力を調整する鋼板熱処理方法。
【請求項2】
結晶粒微細化処理実行時の引張力を調整するに際して、熱処理の繰り返し回数を増やすことにより、引張力の増大を抑制することを特徴とする請求項1記載の鋼板熱処理方法。
【請求項3】
有限長の鋼板を長手方向に引っ張りつつ移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する熱処理を往復移動と共に繰り返すことにより前記鋼板の結晶粒を微細化する鋼板熱処理方法において、要求仕様の板厚値よりも厚い鋼板を選定し、この選定鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定し又は決定済みの板長伸び目標値を用いて、前記熱処理を繰り返す際には先行の熱処理と後続の熱処理との間で前記板長伸び目標値と前記鋼板の長手方向の板長伸び測定値との比較に基づいて後続の熱処理での引張力を調整することを特徴とする鋼板熱処理方法。
【請求項4】
有限長の鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために前記鋼板を長手方向に移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、直線移動可能な可動枠に固定された固定挟持具と固定されていない非固定挟持具とで前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構に、前記可動枠に対する前記非固定挟持具の変位を測定する変位計が付設されていることを特徴とする鋼板熱処理装置。
【請求項5】
前記熱処理の実行と繰り返しを制御する制御部が設けられ、この制御部が、前記鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定する手段と、前記熱処理を繰り返えさせる際には先行の熱処理と後続の熱処理との間で前記板長伸び目標値と前記変位計での測定値との比較に基づいて後続の熱処理での引張力を調整する手段とを具備していることを特徴とする請求項4記載の鋼板熱処理装置。
【請求項6】
前記制御部が、前記板長伸び目標値を前記熱処理の時間で割って又は割ったに等しい伸び率目標値を算出する手段と、前記熱処理の最中に前記変位計での測定値からその単位時間当り変量である伸び率測定値を随時算出する手段と、前記伸び率目標値と前記伸び率測定値との比較に基づいて前記熱処理の最中に引張力を微調整する手段とを具備していることを特徴とする請求項5記載の鋼板熱処理装置。
【請求項7】
有限長の鋼板に急熱とこれに続く急冷とを適用する熱処理を繰り返し施して行う結晶粒微細化処理のために前記鋼板を長手方向に移動させながら前記鋼板に誘導加熱とこれに続く放水冷却とを順次適用する鋼板熱処理装置において、直線移動可能な可動枠に固定された固定挟持具と固定されていない非固定挟持具とで前記鋼板の長手方向の両端を全幅に亘って挟持して前記鋼板をその長手方向に引っ張る保持機構と、この保持機構に付設されていて前記可動枠に対する前記非固定挟持具の変位を測定する変位計と、前記熱処理の実行と繰り返しを制御する制御部とが設けられており、この制御部が、前記鋼板に前記熱処理を施したときの板長伸び目標値を前記鋼板の形状と物性とに基づいて算定する手段と、前記板長伸び目標値を前記熱処理の時間で割って又は割ったに等しい伸び率目標値を算出する手段と、前記熱処理の最中に前記変位計での測定値からその単位時間当り変量である伸び率測定値を随時算出する手段と、前記伸び率目標値と前記伸び率測定値との比較に基づいて前記熱処理の最中に引張力を微調整する手段とを具備していることを特徴とする鋼板熱処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−63871(P2011−63871A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−217836(P2009−217836)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(000208695)第一高周波工業株式会社 (90)
【出願人】(591037373)三菱長崎機工株式会社 (12)
【Fターム(参考)】