説明

鍛造用鋼、並びに、鍛造品及びその製造方法

【課題】高耐力及び高疲労強度を兼ね備え、しかも疲労強度のばらつきが少ない鍛造用鋼、並びに、これを用いて製造される鍛造品及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】0.2≦C≦0.6mass%、0.05≦Si≦2.0mass%、0.3≦Mn≦1.1mass%、及び、0.04≦S≦0.15mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる鍛造用鋼。フェライト面積率が18%以上であり、室温における0.2%耐力が700MPa以上であり、ΔSが10MPa以上である鍛造品。このような鍛造品は、上述の組成を有する鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度で加熱し、A3点以上1300℃以下の温度において8%以上の圧下率で熱間鍛造し、200℃以上650℃以下の温度において7%以上50%未満の圧下率で温間鍛造することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鍛造用鋼、並びに、鍛造品及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、高耐力及び高疲労強度を兼ね備えた鍛造品の製造に用いられる鍛造用鋼、並びに、このような鍛造用鋼を用いて製造される鍛造品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
機械、車両、航空機、船舶などに用いられる機械部品には、炭素鋼や低合金鋼からなる構造用鋼が用いられている。構造用鋼は、切削、圧延、鍛造などの加工方法を用いて所定の部品形状に仕上げられる。構造用鋼から作られる各種機械部品には、その用途に応じて、破断分離性、耐力、疲労強度、被削性等の複数の特性が求められる場合が多い。しかしながら、構造用鋼の複数の特性を同時に向上させるのは、一般に難しい。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(イ)C:0.41質量%、Si:0.65質量%、Mn:0.82質量%、P:0.06質量%、Cr:0.24質量%、V:0.08質量%、N:0.019質量%、S:0.051質量%、及び、Pb:0.14質量%を含み残部がFe及び不可避的不純物からなるフェライト・パーライト型非調質鋼(発明例No.13)を素材とし、
(ロ)熱間鍛造を行って50mm角の鍛造素材とし、これを1200℃で60分間加熱保持した後、直径22mmの丸棒に熱間鍛造し、
(ハ)さらにその後の冷却過程でコンロッドの連接部に加えるコイニングに対応するものとして600℃で15%の加工を施し、再度室温まで放冷する
ことを特徴とする破断分離が容易な高強度コネクティングロッド用鍛造品の製造方法が開示されている。
同文献には、
(a)このようにして得られた材料は、疲れ限度が465MPaであり、0.01%耐力が681MPaである点、
(b)このようなフェライト・パーライト型非調質鋼に所定量のSを添加すると、被削性が向上する点、
が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、
(イ)C:0.42質量%、Si:0.25質量%、Mn:1.12質量%、S:0.070質量%、Cr:0.16質量%、Al:0.018質量%、及び、N:0.0053質量%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼(発明鋼No.7)を1250℃に加熱してから熱間鍛造により直径20mmの丸棒に鍛伸し、
(ロ)熱間加工後の放冷過程で、Ar1点以下の600℃で直径18mm(加工率:20%)まで温間加工してから放冷する
ことを特徴とする非調質鍛造加工品の製法が開示されている。
同文献には、
(a)このようにして得られた材料は、加工後YPが815MPaである点、及び、
(b)このようなフェライト・パーライト組織を有する非調質鋼に所定量のSを添加すると、被削性が向上する点、
が記載されている。
【0005】
特許文献1、2に記載されているように、フェライト・パーライト組織を有する非調質鋼に対して、熱間鍛造及び温間鍛造(コイニング)を行うと、耐力及び疲労強度を向上させることができる。しかしながら、200〜650℃の加工温度範囲で加工し、歪時効を施す鋼部材においては、一般に、加工温度の低下に伴って耐力が上昇するのに対し、疲労強度は、加工温度400℃付近を境として急激に低下する。そのため、最も大きな耐力を得ることのできる温度域での加工は、疲労強度との両立が不可能であった。
さらに、工業的には、加工温度が大きくばらつくことがあるため、加工温度の管理幅を大きく取れることが望ましい。しかしながら、従来の材料では、高耐力が得られる低温域で加工を行うと、加工温度の僅かな変動によって疲労強度が大きく変動するという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−052432号公報
【特許文献2】特開2003−055714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、高耐力及び高疲労強度を兼ね備えた鍛造品の製造に用いられる鍛造用鋼、並びに、このような鍛造用鋼を用いて製造される鍛造品及びその製造方法を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする課題は、高耐力が得られる低温域で加工を行っても、疲労強度のばらつきが少ない鍛造用鋼、並びに、このような鍛造用鋼を用いて製造される鍛造品及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明に係る鍛造用鋼は、
0.2≦C≦0.6mass%、
0.05≦Si≦2.0mass%、
0.3≦Mn≦1.1mass%、及び、
0.04≦S≦0.15mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなることを要旨とする。
【0009】
本発明に係る鍛造品の製造方法は、
本発明に係る鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度で加熱する加熱工程と、
前記鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度において、8%以上の圧下率で熱間鍛造する1次加工工程と、
前記鍛造用鋼を200℃以上650℃以下の温度において、7%以上50%未満の圧下率で温間鍛造する2次加工工程と
を備えていることを要旨とする。
【0010】
さらに、本発明に係る鍛造品は、
本発明に係る方法により得られ、
フェライト面積率が18%以上であり、
室温における0.2%耐力が700MPa以上であり、
ΔS(=S2−S1)が10MPa以上であることを要旨とする。
但し、
2は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行い、さらに鍛造温度:300℃、圧下率:15%の条件で前記温間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
1は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
【発明の効果】
【0011】
フェライト・パーライト組織を有する構造用鋼に対して、相対的に過剰のSを添加し、所定の条件下で熱間鍛造及び温間鍛造を行うと、耐力及び疲労強度がともに向上する。また、高耐力が得られる低温域で温間鍛造を行っても、疲労強度のばらつきが小さくなる。
これは、
(1)熱間鍛造後の冷却過程において、過剰に添加したSが多量のMnSを析出させ、析出したMnSの周囲に多量のフェライト相が析出するため(すなわち、フェライト面積率が増大するため)、及び、
(2)多量に析出したフェライト相が温間鍛造時の歪時効によって強化されるため、
と考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 鍛造用鋼]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係る鍛造用鋼は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0013】
(1) 0.2≦C≦0.6mass%。
Cは、温間鍛造時に可動転位を固着させ、鍛造品の耐力を向上させるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、C含有量は、0.2mass%以上である必要がある。
一方、C含有量が過剰になると、パーライトが過剰となり、耐力は増加するが、疲労強度、及び被削性が低下する。従って、C含有量は、0.6mass%以下である必要がある。
【0014】
(2) 0.05≦Si≦2.0mass%。
Siは、鋼溶製時において脱酸剤及び脱硫剤として加えられるだけでなく、フェライト中に固溶してフェライトを強化し、耐力を向上させるのに有効な元素である。このような効果を得るためには、Si含有量は、0.05mass%以上である必要がある。
一方、Si含有量が過剰になると、熱間鍛造性が低下する。従って、Si含有量は、2.0mass%以下である必要がある。
【0015】
(3) 0.3≦Mn≦1.1mass%。
Mnは、フェライト中に固溶してフェライトを強化し、耐力を向上させるのに有効な元素である。また、Mnの一部は、鋼中にMnSとして析出し、その周囲にフェライト相を析出させる作用がある。このような効果を得るためには、Mn含有量は、0.3mass%以上である必要がある。
一方、Mn含有量が過剰になると、パーライトが過剰となり、疲労強度、及び被削性が低下する。従って、Mn含有量は、1.1mass%以下である必要がある。
【0016】
(4) 0.04≦S≦0.15mass%。
Sは、通常、被削性の向上のために添加される元素であるが、本発明においては、熱間鍛造後のフェライト面積率を増大させるために添加される。このような効果を得るためには、S含有量は、0.04mass%以上である必要がある。S含有量は、さらに好ましくは、0.06mass%以上、さらに好ましくは、0.08mass%以上である。
一方、S含有量が過剰になると、熱間鍛造性が低下する。従って、S含有量は、0.15mass%以下である必要がある。
【0017】
[1.2. 副構成元素]
本発明に係る鍛造用鋼は、上述した主構成元素に加えて、以下の1種以上の副構成元素をさらに含んでいてもよい。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0018】
[1.2.1. 破断分離性向上元素]
(5)P≦1.2mass%。
Pは、粒界への偏析により靱性を低下させる元素である。従って、一般的には、P含有量は少ないほどよい。しかしながら、Pは、逆に脆性破面率を高める作用があり、必要に応じてPを添加することができる。
一方、P含有量が過剰になると、効果が飽和するだけでなく、熱間鍛造性を低下させる。従って、P含有量は、1.2mass%以下が好ましい。
【0019】
[1.2.2. 固溶強化元素]
(6)Cu≦0.5mass%。
(7)Ni≦0.5mass%。
(8)Cr≦0.5mass%。
(9)Mo≦0.1mass%。
Cu、Ni、Cr及びMoは、いずれもフェライト中に固溶してフェライトを強化し、耐力を向上させるのに有効な元素であるため、必要に応じて添加することができる。なお、Cu、Ni、Cr及びMoは、通常、不純物として0.01mass%程度含まれる場合がある。
一方、これらの元素が過剰になると、パーライトが過剰となり、疲労強度、及び被削性が低下する。従って、これらの元素は、それぞれ、上記の上限値以下が好ましい。
【0020】
[1.2.3. 析出強化元素]
(10)V≦0.35mass%。
Vは、熱間鍛造後に炭窒化物を形成し、強度及び耐力の向上に有効な元素であるため、必要に応じて添加することができる。
一方、V含有量が過剰になると、効果が飽和し、実益がない。従って、V含有量は、0.35mass%以下が好ましい。
【0021】
[1.2.4. 歪時効硬化元素]
(11)N≦0.03mass%。
Nは、Cと同様に、温間鍛造時に可動転位を固着させ、鍛造品の耐力を向上させるのに有効な元素であるため、必要に応じて添加することができる。なお、Nは、通常、不純物として0.002mass%程度含まれる場合がある。
一方、N含有量が過剰になると、熱間鍛造性が低下する。従って、N含有量は、0.03mass%以下が好ましい。
【0022】
[2. 鍛造品の製造方法]
本発明に係る鍛造品の製造方法は、加熱工程と、1次加工工程と、2次加工工程とを備えている。
【0023】
[2.1. 加熱工程]
加熱工程は、本発明に係る鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度で加熱する工程である。
加熱は、鍛造用鋼をオーステナイト単相にするために行われる。従って、加熱温度は、A3点以上である必要がある。
一方、加熱温度が高すぎると、熱間鍛造後の結晶粒が粗大化し、耐力及び疲労強度が低下する。従って、加熱温度は、1300℃以下である必要がある。
加熱時間は、特に限定されるものではなく、鍛造用鋼全体がオーステナイト単相になる時間であればよい。通常は、1hr程度である。
【0024】
[2.2. 1次加工工程]
1次加工工程は、前記鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度において、8%以上の圧下率で熱間鍛造する工程である。熱間鍛造は、鍛造品の粗形状を形成するため、及び、熱間鍛造後の冷却過程において、フェライト相の析出を促進させるために行われる。
熱間鍛造は、加熱工程において所定の温度に素材を加熱した後、必要に応じて所定の鍛造温度まで空冷して行われる。熱間鍛造は、オーステナイト域で行う必要がある。すなわち、鍛造温度は、A3点以上である必要がある。
一方、鍛造温度が高すぎると、パーライトが過剰となり、耐力、疲労強度、及び被削性が低下する。従って、鍛造温度は、1300℃以下である必要がある。鍛造温度は、さらに好ましくは、1200℃以下である。
【0025】
一般に、熱間鍛造時の圧下率が高くなるほど、フェライト相の析出量が増大する。高耐力及び高疲労強度を兼ね備えた鍛造品を得るためには、熱間鍛造時の圧下率は、8%以上である必要がある。圧下率は、さらに好ましくは、10%以上である。
圧下率は、鍛造可能な限りにおいて、高いほど良い。しかしながら、圧下率が高すぎると、鍛造性が低下する場合がある。
【0026】
ここで、「圧下率」とは、次の(1)式から求められる値をいう。
圧下率(%)=(H0−H1)×100/H0 ・・・(1)
但し、H0は、熱間鍛造前の素材の厚さ(加圧方向の長さ)
1は、熱間鍛造後の鍛造品の厚さ(加圧方向の長さ)
鍛造品の厚さや変形量が部位によって異なるときは、「圧下率」とは、各部位において測定される圧下率の最大値をいう。
【0027】
[2.3. 2次加工工程]
2次加工工程は、前記鍛造用鋼を200℃以上650℃以下の温度において、7%以上50%未満の圧下率で温間鍛造する工程である。温間鍛造は、熱間鍛造で得られた粗成形体の形状矯正を行うため、及び、歪時効によって耐力及び疲労強度を増大させるために行われる。
温間鍛造は、通常、熱間鍛造後の冷却過程において行われるが、熱間鍛造後に一旦室温まで冷却し、再度温間鍛造温度に加熱しても良い。
一般に、鍛造温度が低いほど、高耐力が得られる。しかしながら、鍛造温度が低すぎると、耐力が低下する。これは、十分な歪時効が生じないためである。従って、鍛造温度は、200℃以上である必要がある。
一方、鍛造温度が高すぎると、かえって耐力が低下する。従って、鍛造温度は、650℃以下である必要がある。
【0028】
一般に、温間鍛造時の圧下率が大きくなるほど、高耐力及び高疲労強度が得られる。このような効果を得るためには、圧下率は、7%以上である必要がある。
一方、圧下率が大きくなりすぎると、鍛造性が低下する。従って、圧下率は、50%未満である必要がある。
なお、温間鍛造時の「圧下率」の定義は、熱間鍛造時の圧下率の定義と同様である。
【0029】
[3. 鍛造品]
本発明に係る鍛造品は、
本発明に係る方法により得られ、
フェライト面積率が18%以上であり、
室温における0.2%耐力が700MPa以上であり、
ΔS(=S2−S1)が10MPa以上であることを特徴とする。
但し、
2は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行い、さらに鍛造温度:300℃、圧下率:15%の条件で前記温間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
1は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
【0030】
[3.1. フェライト面積率]
本発明に係る鍛造品は、フェライト・パーライト組織からなる。フェライト面積率とは、組織全体の面積に占めるフェライト相の面積の割合をいう。フェライト相の面積率は、例えば、組織写真の画像解析により求めることができる。
一般に、フェライト面積率が大きくなるほど、耐力及び疲労強度が高く、しかも、低温域において温間鍛造を行った場合であっても、疲労強度のばらつきが小さくなる。このような効果を得るためには、フェライト面積率は、18%以上である必要がある。
【0031】
[3.2. 耐力]
材料組成や製造条件を最適化すると、室温における0.2%耐力が700MPa以上である鍛造品が得られる。製造条件をさらに最適化すると、室温における0.2%耐力は、750MPa以上、800MPa以上、850MPa以上、あるいは、900MPa以上となる。
【0032】
[3.3. ΔS]
上述したように、所定の条件下で熱間鍛造を行うと、熱間鍛造後の冷却過程において相対的に多量のフェライト相が析出する。次いで、所定の条件下で温間鍛造を行うと、歪時効が起こり、耐力だけでなく、疲労強度も増大する。また、温間鍛造温度の僅かな変動による疲労強度のばらつきも小さくなる。ここで、ΔSは、歪時効により疲労強度が増加する効果(歪時効効果)の程度を表す。
材料組成を最適化すると、ΔS(=S2−S1)が10MPa以上である鍛造品が得られる。材料組成をさらに最適化すると、ΔSは、20MPa以上、30MPa以上、40MPa以上、あるいは、50MPa以上となる。
【0033】
[4. 鍛造用鋼、並びに、鍛造品及びその製造方法の作用]
フェライト・パーライト組織を有する従来の構造用鋼に対して、熱間鍛造後に歪時効を施すための温間鍛造を行うと、温間鍛造時の鍛造温度が低くなるほど、耐力が増大する。しかしながら、疲労強度は、温間鍛造時の鍛造温度が400℃の時に最大となり、それより鍛造温度が低くなると、急激に低下する。そのため、従来の構造用鋼では、高耐力と高疲労強度を両立させることができなかった。また、温間鍛造時の鍛造温度が低くなるほど、疲労強度が低下するため、温間鍛造時の鍛造温度が変動すると、疲労強度が大きくばらつくという問題があった。
【0034】
これに対し、フェライト・パーライト組織を有する構造用鋼に対して、相対的に過剰のSを添加し、所定の条件下で熱間鍛造及び温間鍛造を行うと、耐力及び疲労強度がともに向上する。また、高耐力が得られる低温域で温間鍛造を行っても、疲労強度のばらつきが小さくなる。
これは、
(1)熱間鍛造後の冷却過程において、過剰に添加したSが多量のMnSを析出させ、析出したMnSの周囲に多量のフェライト相が析出するため(すなわち、フェライト面積率が増大するため)、及び、
(2)多量に析出したフェライト相が温間鍛造時の歪時効によって強化されるため、
と考えられる。
【実施例】
【0035】
(実施例1〜20、比較例1〜13)
[1. 試料の作製]
表1に示す組成となるように原料を溶解した後、造塊し、熱間鍛造によりφ30mmの1次加工用素材を作製した。この1次加工用素材を、γ相単相となる温度域に加熱し、1hr保持後、1次加工(熱間鍛造)を行った。1次加工後の材料を所定の温度まで空冷した後、続いて2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
なお、比較として、γ相単相となる温度域に加熱した後、1次加工を加えることなく室温まで冷却した加熱放冷材、及び、1次加工の後、2次加工を加えることなく室温まで冷却した1次加工まま材も作製した。
【0036】
【表1】

【0037】
[2. 試験方法]
[2.1. 引張試験]
上記の製法で作製した材料から、JIS Z2201 14A号引張試験片を切り出した。得られた試験片を用いて引張試験を行い、0.2%耐力を求めた。
[2.2. 疲労試験]
上記の製法で作製した材料から、平行部φ8mm平滑形状の小野式回転曲げ疲労試験片を切り出した。得られた試験片を用いて小野式回転曲げ疲労試験を行い、S−N線図を作成した。繰り返し数107回で破断しない限度応力を疲労強度とした。
[2.3. フェライト面積率]
2次加工後の材料の近接する位置から、3個の試料を切り出した。各試料について組織写真を撮影し、画像解析によりフェライト面積率を測定した。さらに、各試料のフェライト面積率の平均値を算出した。
[2.4. 鍛造割れ]
鍛造割れの有無を目視により判定した。
【0038】
[3. 結果]
表2に結果を示す。表2より、以下のことがわかる。
(1)比較例1〜13の内、0.2%耐力が700MPa以上であるものは、いずれもΔSが10MPa未満である。これは、Cが過剰であるため(比較例1)、Mnが過剰であるため(比較例4)、Sが過少であるため(比較例8)、Cuが過剰であるため(比較例9)、Niが過剰であるため(比較例10)、Crが過剰であるため(比較例11)、又は、Moが過剰であるため(比較例12)である。
(2)比較例1〜13の内、ΔSが10MPa以上であるものは、いずれも0.2%耐力が700MPa未満である。これは、Cが過少であるため(比較例2)、又は、Mnが過少であるため(比較例5)である。
(3)比較例1〜13の内、一部の試料には鍛造割れが生じた。これは、Siが過剰であるため(比較例3)、Pが過剰であるため(比較例6)、Sが過剰であるため(比較例7)、又は、Nが過剰であるため(比較例13)である。
【0039】
(4)実施例1〜20は、成分範囲が適切であるため、いずれも、0.2%耐力が700MPa以上であり、ΔSが10MPa以上であった。
(5)他の成分が同等である場合、S含有量が多くなるほど、0.2%耐力及びΔSが増大する(例えば、実施例8と実施例16を参照)。
【0040】
【表2】

【0041】
(実施例21)
[1. 試料の作製]
実施例1で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:0〜80%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0042】
[3. 結果]
表3に、結果を示す。表3より、以下のことがわかる。
(1)1次加工時の圧下率が大きくなるほど、2次加工後の0.2%耐力及び疲労強度が増大する。これは、1次加工時の圧下率が大きくなるほど、フェライト面積率が増大するためである。
(2)一次加工時の圧下率を8%以上とすると、フェライト面積率は18%となる。
【0043】
【表3】

【0044】
(比較例21)
[1. 試料の作製]
比較例1で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:0〜90%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0045】
[3. 結果]
表4に、結果を示す。表4より、以下のことがわかる。
(1)1次加工時の圧下率が大きくなるほど、2次加工後の0.2%耐力は向上するが、2次加工後の疲労強度はあまり変化しない。
(2)比較例1の場合、一次加工時の圧下率を増大させても、フェライト面積率は5%以下である。これは、Cが過剰であるためである。
【0046】
【表4】

【0047】
(実施例22)
[1. 試料の作製]
実施例1で得られた1次加工用素材(A3点:830℃)に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:850〜1350℃、圧下率:40%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0048】
[3. 結果]
表5に、結果を示す。表5より、以下のことがわかる。
(1)1次加工時の鍛造温度が低くなるほど、2次加工後の0.2%耐力及び疲労強度が増大する。これは、1次加工時の鍛造温度が低くなるほど、フェライト面積率が増大するためである。
(2)1次加工時の鍛造温度が1300℃を超えると、フェライト面積率は18%未満となる。
【0049】
【表5】

【0050】
(実施例23)
[1. 試料の作製]
実施例8で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:0〜80%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0051】
[3. 結果]
表6に、結果を示す。表6より、以下のことがわかる。
(1)1次加工時の圧下率が大きくなるほど、2次加工後の0.2%耐力及び疲労強度が増大する。これは、1次加工時の圧下率が大きくなるほど、フェライト面積率が増大するためである。
(2)一次加工時の圧下率を8%以上とすると、フェライト面積率は18%となる。
【0052】
【表6】

【0053】
(比較例22)
[1. 試料の作製]
比較例8で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:0〜80%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0054】
[3. 結果]
表7に、結果を示す。表7より、以下のことがわかる。
(1)1次加工時の圧下率が大きくなるほど、2次加工後の0.2%耐力は増大するが、2次加工後の疲労強度は、あまり変化しない。
(2)比較例8の場合、1次加工時の圧下率を増大させても、フェライト面積率は18%未満である。これは、S含有量が少ないためである。
【0055】
【表7】

【0056】
(実施例24)
[1. 試料の作製]
実施例1で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃、圧下率:0〜50%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0057】
[3. 結果]
表8に、結果を示す。表8より、以下のことがわかる。
(1)2次加工時の圧下率が大きくなるほど、2次加工時の0.2%耐力及び疲労強度が増大する。これは、2次加工時の圧下率が増大するほど、歪時効によってフェライト相が強化されるためである。
【0058】
【表8】

【0059】
(実施例25)
[1. 試料の作製]
実施例1で得られた1次加工用素材に対し、種々の条件下で1次加工及び2次加工を行った。1次加工条件は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%とした。また、2次加工条件は、鍛造温度:300℃〜650℃、圧下率:15%とした。
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、0.2%耐力、疲労強度、フェライト面積率、及び鍛造割れの有無を評価した。
【0060】
[3. 結果]
表9に、結果を示す。表9より、以下のことがわかる。
(1)2次加工時の鍛造温度が低くなるほど、2次加工後の0.2%耐力が大きくなる。また、2次加工時の鍛造温度が400℃以下になっても、2次加工後の疲労強度は、低下しない。これは、成分元素及び1次加工条件を最適化することにより、フェライト面積率が増大したためである。
【0061】
【表9】

【0062】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明に係る鍛造用鋼、並びに、鍛造品及びその製造方法は、機械、車両、航空機、船舶などに用いられる機械部品の材料、並びに、そのような機械部品及びその製造方法として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2≦C≦0.6mass%、
0.05≦Si≦2.0mass%、
0.3≦Mn≦1.1mass%、及び、
0.04≦S≦0.15mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる鍛造用鋼。
【請求項2】
0.06≦S≦0.15mass%である請求項1に記載の鍛造用鋼。
【請求項3】
P≦1.2mass%をさらに含む請求項1又は2に記載の鍛造用鋼。
【請求項4】
Cu≦0.5mass%、
Ni≦0.5mass%、
Cr≦0.5mass%、及び、
Mo≦0.1mass%
から選ばれる1種以上の元素をさらに含む請求項1から3までのいずれかに記載の鍛造用鋼。
【請求項5】
V≦0.35mass%をさらに含む請求項1から4までのいずれかに記載の鍛造用鋼。
【請求項6】
N≦0.03mass%をさらに含む請求項1から5までのいずれかに記載の鍛造用鋼。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれかに記載の鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度で加熱する加熱工程と、
前記鍛造用鋼をA3点以上1300℃以下の温度において、8%以上の圧下率で熱間鍛造する1次加工工程と、
前記鍛造用鋼を200℃以上650℃以下の温度において、7%以上50%未満の圧下率で温間鍛造する2次加工工程と
を備えた鍛造品の製造方法。
【請求項8】
前記1次加工工程における圧下率が10%以上である請求項7に記載の鍛造品の製造方法。
【請求項9】
請求項7又は8に記載の方法により得られ、
フェライト面積率が18%以上であり、
室温における0.2%耐力が700MPa以上であり、
ΔS(=S2−S1)が10MPa以上である鍛造品。
但し、
2は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行い、さらに鍛造温度:300℃、圧下率:15%の条件で前記温間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
1は、鍛造温度:1050℃、圧下率:40%の条件で前記熱間鍛造を行った後の室温における疲労強度。
【請求項10】
前記室温における0.2%耐力が750MPa以上である請求項9に記載の鍛造品。

【公開番号】特開2013−7087(P2013−7087A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−139942(P2011−139942)
【出願日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】