説明

長疲労寿命化を達成するレーザー・アークハイブリッド溶接方法

【課題】 溶接速度100cm/min以上でレーザーアークハイブリッド溶接をする場合において、溶接継手の疲労寿命を2倍以上向上させることのできる、レーザーアークハイブリッド溶接方法を提供する。
【解決手段】 6mm〜12mm厚の溶接構造用圧延鋼材のうち、鋼材Si量が質量%で0.25%以上含有し、ソリッドワイヤのSi量が{Si(鋼板)+0.1×Si(ワイヤ)}≧0.32になるようなソリッドワイヤを用いてレーザーアークハイブリッド溶接を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚6〜12mmの鋼板を、溶接速度100cm/min以上のレーザー・アークハイブリッド溶接により継手を作製する際、通常のレーザー・アークハイブリッド溶接方法で作製する場合より溶接構造物の長疲労寿命を達成することができるレーザー・アークハイブリッド溶接方法に関するものであり、より詳しくは、疲労寿命が通常のレーザー・アークハイブリッド溶接の場合より2倍以上の疲労寿命が得られるレーザー・アークハイブリッド溶接方法に関するものである。
【0002】
本発明が適用できる好ましい産業分野としては、造船、鋼橋、建機分野などで、これら産業分野における疲労荷重が作用する強度部材などを対象としている。
【背景技術】
【0003】
地球環境に対する認識の高まりから、溶接構造物を長期間使用に耐えうるようにするという要求がこれまで以上に高まっている。一般に、溶接により製造された鋼構造物の寿命は、疲労および腐食の観点から決定される。
【0004】
このうち、疲労寿命とは、構造物に荷重が繰り返し負荷されることにより、静的に荷重を負荷した場合では破断に至らない低い荷重においても、破断に至る現象である。船舶においては航海中に波浪から受ける荷重など、鋼橋においては自動車などが通行する際に受ける荷重などが、疲労荷重に当たる。
【0005】
このような繰り返し荷重を長時間受け続けると、疲労き裂が発生し、構造物の安全性に多大な影響を与えることになる。そして、この疲労き裂が発生する場所は溶接継手である場合がほとんどである。
【0006】
溶接継手の疲労特性を決定する要因は、溶接部に存在する残留応力と溶接部の形状で決定される応力集中である。溶接部の残留応力に関しては、後工程としてピーニング処理などの機械的処理を実施しない限りは改善することは難しい。それに対して、溶接部の形状を改善する方法は、溶接条件などに工夫を加えることにより改善することが可能である。
【0007】
一般に、溶接速度を低く設定し、溶接アークを安定化させることにより、溶接部の形状、すなわち、溶接ビード形状を滑らかにすることができる。しかし、溶接速度を低く設定するということは、それだけ製作時間が長くなることを意味し、溶接構造物の製造コスト増につながり、産業上好ましいことではない。そのため、特許文献1〜4などで開示されている、溶接速度を高く設定できる溶接方法としてレーザー・アークハイブリッド溶接が注目されている。
【0008】
レーザー・アークハイブリッド溶接とは、レーザー溶接とアーク溶接を併用する溶接方法である。この溶接方法は、アーク以上に熱が集中しているため溶接速度を高く設定できるレーザー溶接と、開先変動に対する余裕度が大きいアーク溶接を併用することで、高溶接速度で、かつ開先ギャップ変動に対しても余裕を持っている溶接方法である。
【0009】
レーザー・アークハイブリッド溶接は、このようにレーザー溶接の欠点である開先ギャップ変動に対する余裕度の低さとアーク溶接の欠点である溶接速度の低さを解決できる溶接方法であるが、それでも、溶接速度が高くなるとビード形状が劣化し、疲労強度上好ましくない。すなわち、疲労強度を確保する観点からは、必ずしもレーザー・アークハイブリッド溶接のポテンシャルを活用しきっていないことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平07−24684
【特許文献2】特開2001−96365
【特許文献3】特開2001−205465
【特許文献4】特開2003−220481
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
レーザー・アークハイブリッド溶接は、通常のアーク溶接より溶接速度を高く設定できるため、溶接構造物の製造コスト削減に寄与できる技術であるが、ビード形状によって決定される溶接継手の疲労特性の観点からは、適性溶接速度が、充分ではない場合もありえる。
【0012】
そこで、本発明は、これら従来技術の問題点に鑑み、特に高速化の要求が大きい6〜12mm板厚の鋼板を対象とし、この鋼板をレーザー・アークハイブリッド溶接する際において、溶接速度が100cm/min以上の場合でも、溶接部のビード形状が良好で、同じ溶接速度でレーザー・アークハイブリッド溶接によって作製された従来溶接継手より2倍以上の疲労寿命が得られるレーザー・アークハイブリッド溶接方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、以上の観点から、鋼板およびアーク溶接に用いられるソリッドワイヤの成分と、溶接部の形状、特に溶接ビードの止端形状の関係に関して鋭意研究をしてきた。そして、鋼板および溶接ワイヤのうちで、特にSi量を制限することにより溶接速度が100cm/min以上の場合で、溶接止端形状を改善させることができることを見出し、疲労寿命を改善させることができることを見出した。本発明は、このような研究によってなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0014】
(1) レーザー溶接とガスシールドアーク溶接を併用して、板厚6〜12mmの鋼板を、溶接速度100cm/min以上でレーザー・アークハイブリッド溶接をする方法において、質量%で、
C:0.03〜0.20%、
Si:0.25〜0.8%、
Mn:0.4〜2.0%、
P:0.035%以下、
S:0.035%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物である鋼板を用い、ソリッドワイヤとして、
C:0.03〜0.15%、
Si:0.3〜1.8%、
Mn:0.7〜2.5%、
P:0.03%以下、
S:0.03%以下、
Cu:0.05〜0.4%、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる溶接用ソリッドワイヤを用い、さらに、鋼板のSi含有量とソリッドワイヤのSi含有量を、それぞれSi(鋼板)、Si(ワイヤ)としたとき、下記(式1)の値が0.32以上になるような前記鋼板および前記溶接用ソリッドワイヤを組み合わせて用いることを特徴とする、溶接継手の長疲労寿命化を達成するレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
Si(鋼板)+0.1×Si(ワイヤ) (式1)
【0015】
(2) 前記(式1)の値が0.40以上になるように、前記鋼材と前記ソリッドワイヤとを組み合わせることを特徴とする、上記(1)項に記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【0016】
(3) さらに、鋼板が質量%で、
Ni:0.05〜3.5%
Cr:0.05〜1.5%
Mo:0.05〜0.8%、
のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)項記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【0017】
(4) さらに、ソリッドワイヤが質量%で、
Ni:0.05〜3.0%、
Cr:0.05〜1.5%、
Mo:0.05〜1.0%、
のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)〜(3)項のいずれかに記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【0018】
(5) レーザー溶接としてYAGレーザーまたはファイバーレーザーを用いることを特徴とする、上記(1)〜(4)項のいずれかに記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【0019】
(6) シールドガスとして、100%CO2ガスを用いることを特徴とする、上記(5)項記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、溶接速度が100cm/min以上の場合でも、溶接止端形状が滑らかとなり、それだけ溶接止端部の応力集中を低減させることができ、溶接継手の疲労寿命を2倍以上向上させることができる。これは、特に、生産性向上と疲労強度向上を両立できる技術であるため、産業上の意義はきわめて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】溶接アークの広がり状態とビード形状に与える影響を示した概念図であり、(a)は、鋼板Si添加量が少ない場合、(b)は、鋼板Si添加量が本発明の範囲内の場合、(c)は、溶接速度が低い場合を示す概念図である。
【図2】鋼板および溶接ワイヤのSiが、フランク角に与える影響を説明した図である。
【図3】フランク角を説明する概念図である。
【図4】レーザー・アークハイブリッド溶接継手作製を説明した概念図である。
【図5】疲労試験片を説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0023】
一般に、溶接ビード形状を改善させるためには、溶接速度を低めに設定し、アークを安定させることで達成させることができる。ビード形状を決定する要因としては、アークの安定以外にも、溶融プールの表面張力などが考えられる。表面張力は、溶融プールの成分に依存する。そのため、例えば、鋼板の成分が変化したために溶融プールの表面張力が変化し、結果的にビード形状が変わってしまった場合は、溶接材料の成分を調整して、鋼板成分変化を補うようにし、溶融プールの成分が変化しないようにすれば問題が解決するはずである。溶融プールの表面張力が低くなればそれだけ滑らかなビードが形成され、疲労特性改善には好ましい。
【0024】
一方、本発明が着目している元素、Siについては、その他元素とは異なる働きがあるようである。Siは、それを添加することで表面張力を下げることが知られているが、もし、この効果のみでビード形状を改善させているのであれば、他元素と同じ、例えばCなどと同じ効果しか得られない。しかし、Siに関しては、鋼板のSi量を溶接材料で補っても同様の効果が得られない。Si量に関しては、他元素のような溶融プールの表面張力を低くする効果以上の作用がある。
【0025】
鋼板Siの作用に関しては次のように考えることができる。
【0026】
まず、溶融プールの表面張力に関しては、プールの成分のみならず、プールの温度にも強く依存する。そして、レーザー・アークハイブリッド溶接のように、熱源が集中している場合は、溶融プール表面上で既に温度分布が生じている可能性がある。温度分布が生じていることは、すなわち、表面張力にも分布が存在していることになる。この温度分布は、溶接速度が高くなるほど顕著になる。なぜならば、溶接速度が高い場合は、同じ入熱量でも溶融プールが細長くなり、アーク直下とそうでないところでの温度差がより顕著になるからである。このような場合、溶接アークの広がりが広い場合とそうでない場合とでは、溶融プールの温度分布に大きな差、すなわち表面張力の分布に大きな差が生じる。それが、溶接ビード形状に差が生じる原因となる。この温度分布が起因となる表面張力の影響が、溶融プールの成分の違いによる影響より大きく作用する場合は、ビード形状における材料の影響は、この温度分布に与える影響としてとらえるべきものである。
【0027】
一般に、鋼板の成分が温度分布に影響を与える場合として考えられる物理現象としては、熱伝導率などの熱定数が成分に依存するという現象がある。しかし、本発明が開示しているSiの範囲では、温度分布に影響を与えるほどの熱定数の変化をもたらすとは考えにくい。そこで、本発明者らは、鋼板Siの影響を、溶接アークの広がりに与える影響と考えている。すなわち、溶融プールにおける温度分布は、同じ熱を投与したとしても、アークの広がりに差がある場合では、その内側と外側で温度が異なるため、溶融プールの表面張力分布も異なってくるはずである。そして、鋼板にSi量を本発明の範囲内で添加すると、溶接アークが広くなり、温度が高い溶融プールの部分がそれだけ広くなる。表面張力は、高温であるほど小さくなるため、溶接アークが広いということは、表面張力を小さくすることと等価になる。表面張力が小さくなればそれだけ滑らかなビードが形成されるので、疲労特性上好ましい。
【0028】
図1は、鋼板Si量とアークの広がりを説明した概念図である。溶接アーク直下に存在する溶融プール部分は、アーク力により広げられるが、溶接アークの外側に位置する部分は、溶融プールの表面張力で形状が左右されるようになる。
【0029】
図1に示すように、ワイヤ(ソリッドワイヤ)1、レーザービーム2を用いて溶接する際に、鋼板へのSi添加が不十分の場合は、溶接アークの広がりが小さくなる。図1(a)の部分で、溶融プールのA1の部分が、溶接アークの外側に位置する部分とすると、この部分の温度は低くなり、表面張力が大きくなるため、滑らかなビードにはならず、場合によっては、ビード幅は狭くなる傾向になる。その後、溶融プールの熱が鋼板へ伝導し、プール幅方向に対して、端部と中央部分で温度差が生じるようになる。それが図1(a)のB1の部分である。溶融プールの幅方向に温度分布が生じるため、表面張力にも分布が生じるようになる。B1部分では、溶融プール端部の温度が低くなるため、この部分の表面張力が大きくなり、溶融金属は、中央部分から端部へ引っ張られるようになる。そのため、溶融プールの幅は再び広くなる。しかし、B1部分の広がりが不十分である場合は、ビード形状が十分滑らかにならず、場合によっては、アンダーカットを形成する。
【0030】
鋼板へのSi添加が本発明の範囲内である場合は、溶接アークに広がりが十分大きくなる。このことを示しているのが図1(b)である。図1(b)では、図1(a)のA1部分に対応するA2部分が、溶接アークの内部に位置していることがわかる。そのため、A2部分の温度は、図1(a)のA1部分より高く保たれたままで、表面張力は低い状態にとどまっているため、溶融プールの幅が狭くなるような力は作用しない。その後、B2部分では、B1部分と同じように、プールの熱が鋼板部分へ伝導し始めるため、表面張力が高くなるが、より高い端部のほうへ溶融金属が引っ張られることになるため、プール幅が狭くなることはない。そのため、プール形状が滑らかなまま凝固し始める。
【0031】
図1(c)は、レーザー・アークハイブリッド溶接の溶接速度の影響を説明した概念図である。図1(c)は、図1(a)、(b)と比べて溶接速度を落とした場合について説明している。この場合、入熱量が同じでも速度が遅いため、溶融プールの長さは短くなる。このことは、図1(a)、(b)で問題視しているA1、A2部分が、溶接アークに近づくことを意味している。図1(c)のA3部分がA1、A2部分に対応している部分であるが、この部分が溶接アークに近づいている場合は、溶接アークの広がりが狭くてもA3部分の温度を高く保つことができるため、表面張力は低く保たれたままとなる。そのため、溶融プールの幅は広くなり、プール形状が滑らかなまま凝固することになる。
【0032】
このように、溶接アークの広がりの違いによるビード形状の改善は、溶接条件の選定などでなされてはいるものの、鋼板成分に着目した技術はこれまでには報告されていない。鋼板にSiが所定量添加されることで、溶接アークの広がりを大きくできる理由は明確ではない。
【0033】
考えられる理由としては、以下のような説明がある。
【0034】
すなわち、溶接を実際に行うためには、鋼板のワイヤの間に電流が流れなければならない。そのためには、鋼板から電子が放出されなければならないが、その電子放出のしやすさなどが、Si添加によって影響されている、という考えである。Siを所定量以上添加すると、鋼板からの電子放出が生じやすくなり、ワイヤからより遠い部分の鋼板からも電子放出、すなわち溶接電流が流れる、すなわち溶接アークが広くなることになる。このような説明は、レーザー溶接には当てはめることはできない。アーク溶接又はレーザー・アークハイブリッド溶接での現象であり、さらに、本発明が対象としている、板厚6mm〜12mmでは、アーク溶接単独の仕様では溶接速度をそれほど高く設定することができない(100cm/min未満となっている)ため、現在の技術範囲では、アーク溶接単独では図1(c)の現象しか生じていない。本発明が、レーザー・アークハイブリッド溶接を扱っている理由はこのような背景による。
【0035】
次に、本発明が対象としている溶接継手の疲労特性について説明する。
【0036】
金属疲労は、静的強度と異なり、弾性範囲内の応力が負荷された状態で破断する現象である。応力は、繰り返し負荷され、その繰り返し数が疲労寿命を決定する。金属疲労は、弾性範囲内での負荷応力で破断する現象であるため、静的強度とは異なる点が多い。例えば、静的強度では、応力集中や溶接継手に存在する残留応力の影響をあまり受けない。疲労特性向上に極めて有効な溶接止端部のグラインダ仕上げを実施しても、静的強度はほとんど変わらない。溶接止端部のような応力集中部が存在したとしても、その部分に塑性ひずみが発生するだけで、静的強度という観点からは、応力集中部以外の部分が強度を負担するだけで、溶接継手全体としては、強度が保たれる。また、残留応力のように、一部に引張応力が既に存在していたとしても、残留応力の特徴である自己平衡性を考えると、必ず引張残留応力を相殺する圧縮残留応力が存在するため、引張残留応力部分ですぐに降伏状態に達したとしても、圧縮残留応力部分では降伏状態に達していないため、この部分が静的強度を負担する。
【0037】
これに対して、溶接継手の疲労強度は、溶接継手のごく一部の応力状態で溶接継手全体の特性が決定される現象である。疲労き裂が発生する部分は応力集中が高い溶接止端部などである。一般に、ここには引張りの残留応力も存在している。残留応力は、すでに述べたように、自己平衡性があり、この引張残留応力を相殺する圧縮残留応力が必ず溶接継手内部に存在する。しかし、疲労強度は、溶接継手のごく一部の応力状態で決定されるため、たとえ、圧縮残留応力が存在したとしても、疲労き裂が発生する場所に存在しなければこの圧縮残留応力は疲労特性に影響しない。この傾向は、応力集中についても同様である。すなわち、一部に応力集中が高い部分が存在すれば、溶接継手全体の疲労特性はそこで決まってしまう。
【0038】
このように、溶接継手の疲労特性を改善させるためには、応力集中の低い、滑らかなビード形状を形成させることが必要であり、溶接継手の材質には余り依存しない、という傾向がある。疲労特性を向上させるためには、滑らかな形状をどのようにして達成するかが大きな問題になる。本発明では、鋼板Si量に制限を加え、さらには、鋼板Si量とソリッドワイヤのSi量で決定される下記の(式1)に制限を加えることで達成させている。
Si(鋼板)+0.1×Si(ワイヤ) (式1)
【0039】
図2は、(式1)を定めたときに用いた実験データである。横軸に溶接用ソリッドワイヤのSiを質量%で(Si(ワイヤ)にあたる)、縦軸に鋼材のSiを質量%で(Si(鋼材)にあたる)プロットしたグラフである。溶接速度は100cm/分とし、板厚6mmのI開先継手を用意しレーザー・アークハイブリッド溶接を実施した。そのときのギャップは1mmである。図の●は、フランク角が45°を上回る場合を示している。○は、フランク角が45°以下の場合、△はフランク角が35°以下の場合を示している。アーク溶接の電流は170Aであり、レーザー溶接としては、ファイバーレーザー溶接を用いで5kWの出力で実施した。なお、フランク角θは図3に示すビード3止端部の角度である。
【0040】
図2には、(式1)の値が0.32の直線および0.40の直線も示されている。そして、実験データが、0.32の直線上にある、またはそれより上側にある場合は、すべて○または△になっていることがわかる。これは、(式1)の値が0.32以上であれば、フランク角が45°以下になることを示すものである。さらに、実験データが0.40の直線上にある、またはそれより上側にある場合は、すべて△になっていることがわかる。これは、(式1)の値が0.40以上の場合はフランク角が35°以下になることを示すものである。一般に、溶接止端部のフランク角はその継手の疲労強度を決定する重要な要因であることが知られているが、同一のレーザー・アークハイブリッド溶接を行っても、(式1)の値を制御することによりフランク角をコントロールすることができることがわかった。
【0041】
次に、本発明が、鋼板のSi量を制限した理由について述べる。以下成分についての%は質量%を意味する。
【0042】
鋼板のSi量を制限する点は、本発明の根幹を成すものである。既に述べたとおり、鋼板中のSiがどのような働きをするのかはまだ明確にはなっていないが、溶接アークの広がりに影響を与え、それが溶融プールの温度に分布に影響を与えることになり、結果的に表面張力にも分布を与えることで溶融プールの形状を決定しているものと思われる。
【0043】
このような働きのため、鋼板のSiの働きは、母材希釈を通して溶接金属中のSi量に影響を与える働きとは異なるものである。例えば、レーザー・アークハイブリッド溶接における母材希釈率が35%とすると、ソリッドワイヤのSi量が0.7%であり、かつ、鋼板のSi量が0.4%である場合、溶接金属のSi量は、0.7%×0.65+0.4%×0.35=0.595%と見積もることができる。もし、鋼板のSiが0%の場合、母材希釈率が同じであるとすれば、同じ溶接金属を得るためには、溶接ワイヤのSi量を、0.595%÷0.65=0.915%とすればいいことになる。しかし、この場合、溶接金属としては同じSiになるが、溶接止端形状は同じにはならない。鋼板Si量が0.4%の場合の方が溶接止端形状は良好になる。この様な現象はは図2の実験データにも反映されている。すなわち、(式1)の値が同じでも、鋼板のSiが0.25%を下回る場合は、溶接止端部のフランク角が小さくなる、図2の場合では45°以下になることがなかった。このような現象は、これまで知られていなかったことである。但し、このような現象が生じるのは、溶接速度が速い(100cm/min以上)場合であり、溶接速度が遅い場合ではこのような現象は確認できない。鋼板Si量の下限、0.25%は、これを下回るSi添加量の鋼板では、高溶接速度条件では溶接ワイヤのSi量にかかわらず、溶接止端形状が滑らかにはならず、形状改善のためには溶接速度を犠牲にしなければならなくなるためにこの値を設定した。Siの上限に関しては、本発明の目的とする止端形状改善による疲労寿命向上から設定しているものではない。溶接継手における靭性等の機械的特性を考慮して決定した。Siが0.8%を上回る場合は、溶接熱影響部の靭性劣化が顕著になるためこの値を採用した。
【0044】
次に、ソリッドワイヤのSiを限定した理由について述べる。
【0045】
ソリッドワイヤのSiは、主として脱酸元素として添加される。0.3%を下回る添加量では、脱酸効果が充分ではなく、溶接金属中にブローホール等が形成される危険が生じるため、この値を設定した。一般に、溶接ワイヤのSiは、溶接中に、酸素と結合して、スラグとなって溶接金属の外に排出される割合が大きい。しかし、過度の添加量は、溶接金属中のSiが増加するため、溶接金属靭性上問題が発生する危険が生じる。上限の1.8%は、これを上回る添加量では、溶接金属中のSiが高くなりすぎ、靭性上の問題が発生するためこの値を設定した。
【0046】
次に、鋼板のSi量と溶接ワイヤのSi量の関係を限定した理由について述べる。
【0047】
先に述べたように、鋼板のSiの働きは、溶接金属のSi量を調整する働きとは異なる働きがある。一般に、Siは溶融鉄の粘性や表面張力に影響を与え、この働きを通して、溶接止端形状に影響を与えるといわれてきた。しかし、鋼板にSiを添加させない場合は、溶接止端形状の改善効果は見られない。但し、本発明が明らかにしたのは、このような現象は、溶接速度が100cm/min以上の高溶接速度、例えば、100〜300cm/minの場合である。すなわち、溶接速度がそれほど高くない場合は、このような溶接金属成分の改善で溶接止端形状をコントロールすることができるが、溶接速度が高まるにつれ、既に説明したように、溶融プールの温度分布による表面張力の影響が大きくなるものと考えられる。しかし、溶接速度が100cm/min以上の場合でも溶接ワイヤSi量が変化すると、溶接止端形状を改善するために必要な最低限の鋼板Si量も変化する。これは、おそらくは、図1(b)におけるA2部分において、溶融プールの温度分布による影響ほどではないにしろ、表面張力への影響が現れてくる、あるいは、図1(b)におけるB2部分において、溶融プールの成分がおよぼす表面張力が影響しているのか、いずれかと考えられる。そのため、鋼板のSi量と溶接ワイヤのSi量の関係を限定した。すなわち、下記(式1)が0.32以上であることを満足できるようにすれば、溶接止端形状を改善させることができる。
Si(鋼板)+0.1×Si(ワイヤ) (式1)
(式1)が0.32以上であることは、母材希釈に関係なく、満足しなければならない。それは、本発明は、単なる溶接金属の成分調整を利用した技術ではないからである。
【0048】
本発明におけるレーザー・アークハイブリッド溶接方法では、(式1)の値をさらに限定し、疲労寿命が従来に継手に対してより確実に伸びるようにしている。すなわち、(式1)の下限を0.40と限定すると、(式1)の下限を0.32と限定した場合より確実に疲労寿命を長くでき、従来継手の場合より2倍以上の疲労寿命を達成させることができる。
【0049】
次に、Si以外の鋼板成分を限定した理由について述べる。
【0050】
Si以外の鋼板成分は、本発明においては、溶接止端形状改善のために限定しているものではなく、鋼板または溶接部の機械的特性を確保するために限定されているものである。鋼板または溶接部に要求される機械的特性は、疲労強度以外にも静的強度やシャルピー特性などがあり、溶接構造物としての信頼性を確保するうえでは、これら特性も維持する必要があるため、本発明においても、良好な特性を得るために限定することとした。
【0051】
Cは、0.03%未満では、強度確保が困難となるためこれを下限とする。一方、0.20%を超えて添加されると、熱影響部が硬化することにより靭性が劣化するためこの値を上限とした。
【0052】
Mnは、鋼を高強度化するために添加する元素である。しかし、過度の添加は熱影響部の靭性劣化を招くため2.0%を上限とする。一方、強度確保のためには0.4%以上の添加が必要である。
【0053】
Sは、本発明では不純物である。しかし、Mnとの結合によりA系介在物(JIS G0555)を形成するため、0.035%を上回る場合は、鋼材の靭性が劣化する危険が存在するためこの値を上限とする。なお、好ましくは、上限を0.015%と設定することが望ましい。
【0054】
Pも、本発明では不純物である。Pの含有量が多くなると延性および鋼材靭性を低下させるため、上限を0.035%と設定した。
【0055】
以上が本発明における鋼板の必須成分限定理由である。
【0056】
本発明では、鋼板成分として以下の成分を選択的に添加することができる。
【0057】
Niは、鋼板の強度を確保させるために添加する。下限の0.05%は、これを下回る量を添加しても鋼板強度向上が期待できないためこの値を設定した。上限の3.5%は、これを上回るNi量の添加では、母材希釈からの溶接金属Ni量が高くなりすぎ高温割れを起こし、継手信頼上問題が発生することから決定した。
【0058】
CrもNi同様、鋼板の強度を増加させるために添加する元素である。Cr添加量の下限0.05%は、これを下回る添加量では、鋼板強度増加が期待できないため、この値を設定した。上限の1.5%は、これを上回る添加量では溶接熱影響部の靭性劣化が顕著になること、母材希釈による溶接金属のCr量が高くなり溶接金属の硬度が増加し溶接金属靭性の問題も発生してくるためこの値を設定した。
【0059】
Moも、Ni、Cr同様に、鋼板強度を向上させるために添加する元素である。下限の0.05%は、これを下回る添加量では鋼板強度増加が期待できないため、この値を設定した。上限の0.8%は、溶接熱影響部の靭性劣化が生じ始めるためこの値を設定した。
【0060】
次に、Si以外のソリッドワイヤの成分を限定した理由について述べる。
【0061】
Cは、溶接金属の強度を確保する目的のほかに、ソリッドワイヤの強度そのものも確保するために添加する。ソリッドワイヤの強度が低すぎる場合は、溶接中におけるワイヤ送給性に問題が発生するためである。Cの添加量の下限、0.03%は、溶接金属の強度確保およびワイヤの強度を確保する最低限の値として設定した。一方、Cの添加量が0.15%を超えると溶接割れの問題や靭性を低下させるので、0.15%を上限とした。
【0062】
Mnは、溶接金属強度を確保するために添加する元素である。Mnの下限、0.7%は、これを下回る添加量では、ワイヤの強度低下によるワイヤ送給性の問題、溶接金属の強度低下の問題が生じてくるためこの値を設定した。なお、Mnの下限が鋼材Mnの下限より高めに設定されている理由は、溶接金属では、鋼材の場合より酸素が多いため、溶接金属中のMnの一部が酸素と結合し、MnOを形成するためである。MnOとなったMnは、強度増加という観点からは固溶Mnよりも働きが低くなるため、ワイヤのMn量の下限を鋼材のそれより高めに設定した。Mnの上限、2.5%は、これを上回るMn添加量では、溶接割れの問題や、溶接金属が硬くなりすぎ、靭性上問題が生じてくるためこの値を設定した。
【0063】
本発明においては、ワイヤ中のPおよびSは、不純物である。しかし、過度のPおよびSは溶接金属の靭性を劣化させる、かつ溶接金属に高温割れを発生させる危険性が生じてくるため、その上限をそれぞれ0.03%とした。
【0064】
Cuは、溶接中の通電性を確保するために添加するもので、主としてワイヤ表面にCuメッキさせる形で添加されるものである。下限の0.05%は、これを下回る場合、ワイヤ通電性の改善が得られないためこの値を設定した。上限の0.4%は、これを上回る添加量を実施しても、通電性は充分確保できるためこの値を設定した。
【0065】
以上が本発明におけるソリッドワイヤの必須成分限定理由である。
【0066】
本発明では、ソリッドワイヤ成分として以下の成分を選択的に添加することができる。
【0067】
Niは、溶接金属の強度を確保するために利用する。下限の0.05%は、これを下回る添加量では、強度向上の効果が得られないためこの値を設定した。上限の3.0%は、高温割れ防止の観点から設定した。溶接金属のNi量が増加すると高温割れが発生しやすくなる。3.0%以下の場合は、割れ感受性が極めて低いが、3.0%を上回ってくる場合は、割れ感受性が急激に高くなる。溶接金属成分は、母材および溶接ワイヤの両方で決定されるが、両者のNiの上限を3.0%に設定されている場合は、どのような母材希釈になったとしても溶接金属のNi量が3.0%を上回ることはない。そのため、本発明ではNiの上限を3.0%と設定した。
【0068】
CrもNi同様、溶接金属強度を増加させるために添加する元素である。添加量の下限、0.05%は、それを下回る添加量では、強度向上効果が得られないためこの値を設定した。上限の1.5%は、これを上回る添加量では、溶接金属の靭性が劣化しはじめるのでこの値を設定した。
【0069】
Moも、Ni、Cr同様溶接金属強度を増加させるために添加する。下限の0.05%は、これを下回る添加量では、強度向上効果が得られないためこの値を設定した。上限の1.0%は、これを上回る添加量では、溶接金属靭性劣化の危険性が発生するためこの値を設定した。
【0070】
次に、レーザー・アークハイブリッド溶接において、レーザー溶接の光源をYAGレーザーまたはファイバーレーザーに限定した理由について述べる。
【0071】
本発明が対象としているのは、レーザー溶接とアーク溶接を併用するハイブリッド溶接である。そのため、レーザー光とアークの干渉を考慮する必要がある。代表的レーザー光源の1つである炭酸ガスレーザーは、溶接アークによるプラズマに吸収される。もし炭酸ガスレーザーのようにプラズマに吸収されるという現象が生じると、この干渉を回避するために、アークをレーザー照射点から十分離す必要があるが、これではハイブリッド溶接という複合効果を得ることは難しい。一方、YAGレーザー、ファイバーレーザーはプラズマに吸収されずに、直接鋼板までたどり着く。そのため、レーザー照射点とアークの狙い位置を極めて近くすることができ、ハイブリッド溶接の複合効果が得られるため、レーザー溶接の光源をYAGレーザーまたはファイバーレーザーを用いることが好ましい。炭酸ガスレーザーを用いてレーザー・アークハイブリッド溶接を行う場合は、アークプラズマとの干渉を抑える意味でレーザー溶接の入力を5kW以下にすることが望ましく、この条件下で100cm/min以上の溶接速度にするには、板厚の上限を12mm、好ましくは8mmとすることが望ましい。
【0072】
次に、本発明におけるシールドガスの限定理由について述べる。
【0073】
シールドガス(レーザー溶接においてはアシストガスとも呼ばれている)に用いられるガスとしては、レーザー溶接としてはN2またはN2とO2の混合ガス、ArやCO2、またはそれらの混合ガスなどであるが、アーク溶接としては、CO2またはArとCO2の混合ガスが通常用いられる。本発明が対象としているレーザー・アークハイブリッド溶接に関しては、レーザービームがアーク溶接のシールドガス中を通り抜け、照射点までたどり着くようにしているため、シールドガスとしては、アーク溶接におけるシールドガスを用いるものとした。このうち、100%CO2ガスについては、本発明が対象としている産業分野である、造船、橋梁、建機産業などでは、通常のアーク溶接で用いられているガスであること、CO2とArの混合ガスと、100%CO2ガスの場合を比較すると、特にレーザー溶接でこれらガスをシールドガスとして用いた場合で比較すると、100%CO2ガスでシールドした場合のほうが、ポロシティ発生確率が低くなる傾向にある、溶け込みが深くなる傾向にある、などの観点から100%CO2ガスをシールドガスと限定した。なお、ArとCO2混合ガスを用いると、スパッタ等の発生が少なくなるという利点があるが、シールドガスそのもののコストが増加するという欠点も生じる。本発明において、シールドガスの種類は選択的に限定すべきもので、必須条件ではない。本発明者は、本発明が対象としている産業分野、ガスのコストなどを考慮し、選択要件として100%CO2をシールドガスとして限定したが、本発明は、スパッタ等の抑制を優先させたい場合などに対してまで100%CO2ガスに限定するものではない。このような場合は、コスト等とスパッタ発生を考慮し、どちらを優先すべきか判断すべきものであり、当業者ならば容易に判断しえるものである。
【実施例1】
【0074】
以下に、本発明の実施例について説明する。
【0075】
実施例1は、鋼板および溶接金属の強度靭性を調査するためのものである。
【0076】
表1には、本実施例に用いた鋼板の化学成分を示した。表1に示す成分を持つ鋼板を作製後、適宜減厚することにより溶接継手作製用の鋼板を準備した。表1には、各鋼板の降伏強度、引張強度、および−20℃におけるシャルピー吸収エネルギーも示している。これら鋼板を用いて、図4にあるような、レーザー・アークハイブリッド溶接を行った。このときの溶接条件は、レーザー溶接としてYAGレーザーを用い、レーザー溶接の入力を7kW、アーク溶接の入力を9kWとし、溶接速度を110cm/minとしたものである。そのときの板厚は11mmである。そして、レーザー・アークハイブリッド溶接継手から、溶接熱影響部のシャルピー吸収エネルギーを調査するためにシャルピー試験片を採取し、0℃での吸収エネルギーを調べた。なお、シャルピー試験は、同一条件で3回繰り返し、その平均値を表1に載せた。表1の実施例のうち、B12〜B18、およびB21、B23までの鋼板は、本発明の範囲外の成分を持つ鋼板である。しかし、本発明の根幹を成す鋼板中のSi量については、必ずしも、本発明の範囲外であるというわけではない。これら鋼板は、鋼板および溶接熱影響部の強度またはシャルピー特性を考慮して、本発明の範囲外になったものである。実際、表1のB12〜B15、B18、B23では、鋼板または溶接熱影響部あるいはその両方のシャルピー吸収エネルギーが50J未満であった。また、B16、B17では、降伏強度が250MPa未満と低かった。B21については、Niが本発明の範囲外のものであるが、強度および母材のシャルピー値は充分であるものの、溶接金属に割れが発生したものである。本発明の根幹を成すSi量に関しては、B12、B14〜B18、B21、B23は、本発明の範囲内にあり、溶接継手の止端部形状は良好となり、疲労寿命も向上すると期待されるが、強度やシャルピー特性も溶接継手の重要な特性であり、疲労寿命が向上するとはいえ、これら特性を犠牲にすることは継手信頼性上問題があるため、本発明の範囲外となる。なお、表1の比較例であるB1、B4、B7は、強度やシャルピー特性における問題は特になく、これら鋼板の評価は、実施例2で調査する疲労特性で判断すべきものである。
【0077】
【表1】

【0078】
表2には、本実施例で使用したソリッドワイヤの成分および溶着金属試験での強度およびシャルピー吸収エネルギーを示している。溶着金属試験は、JISのZ3111に従った。表2におけるW1〜W12が本発明の範囲内にある成分系のワイヤであり、W51〜W59は比較例である。W51〜W53、W57については、溶接金属中にブローホールや溶接割れなどの欠陥が発生して試験片採取を実施しなかったものである。W51は、Cが本発明の範囲を上回っており、溶接割れが発生し引張り試験片やシャルピー試験片が採取できなかった。W52は、Siが本発明の範囲を下回っており、ブローホールが発生した。W53は、Mnが本発明の範囲を上回っており、W51同様、溶接割れが発生した。W57は、Niが本発明の範囲を上回っており溶接割れが発生した例である。また、W54、W56は、それぞれC、Mnが本発明の範囲を下回っているもので、強度が不足していることがわかる。比較例W55は、強度は充分であるが、シャルピー吸収エネルギーが低くなったものである。W58およびW59は、溶着金属のシャルピー値が50Jを下回ったものである。本発明例のW1〜W12は、強度およびシャルピー吸収エネルギーは充分な値を示した。
【0079】
【表2】

【実施例2】
【0080】
実施例2では、レーザー・アークハイブリッド溶接部の疲労特性を調査した。
【0081】
表3は、表1および表2に示されている鋼板およびソリッドワイヤを用いて突合せ溶接を実施したときの組み合わせを示している。レーザー光源としてはYAGレーザーを採用し、シールドガスには100%COを用いた。図4は、そのときのレーザー・アークハイブリッド溶接を説明する概念図である。図4に示すようにソリッドワイヤ1先端部にレーザービーム2を照射する溶接方法で継手を作製して、疲労試験片を採取した。なお、図4では、開先ギャップ4を0.5mmと設定した。
【0082】
【表3】

【0083】
表3には、疲労試験を実施したときの疲労寿命も載せている。疲労試験は、図5に示すように、図4で作製した継手から機械加工で採取した疲労試験片に、曲げ荷重を繰り返し付加することにより疲労寿命を測定した。疲労き裂は、一般に応力が集中している部分に発生する。図5に示すように、本実施例での試験片では、溶接止端部が応力集中部である。図5の試験片では、溶接止端部が2箇所存在するため、どちらから疲労亀裂が先に発生するか必ずしも明確ではない。そこで、疲労き裂が発生する個所があらかじめ想定できるようにするため、試験前に、一方の溶接止端部をグラインダー仕上げ5により滑らかにし、応力集中を緩和した。そして、表面応力を測定するために、グラインダー処理をしていないもう一方の溶接止端部近傍を歪ゲージ貼り付け位置6として歪ゲージを貼り付け、そこでの応力を計測した。その後、疲労荷重を図5の矢印に示す疲労加重方向7に負荷した。そのときの応力比Rは、R=0.1とし、応力範囲が300MPaになる条件で疲労試験を実施した。
【0084】
表3には、疲労破断にいたるまで荷重を負荷した回数を疲労寿命とし、その結果も載せている。本発明は、現状のレーザー・アークハイブリッド溶接継手より疲労寿命を向上させるのが目的であるため、比較例の場合の寿命を基準(このときの疲労寿命を1と定義する)をしたときの、各継手の疲労寿命を、相対値として載せた。実際にどの程度の繰り返しまで継手が破断しなかったかは、疲労寿命を1とした基準継手の繰り返し数を表3に載せているので、そこから直ちに計算できる。
【0085】
表3の継手番号1のものは、鋼板Si量と(式1)の値が本発明の範囲外のものであり、比較例のものである。継手番号1の鋼板およびソリッドワイヤは、共に、それぞれ、日本工業規格のG3106およびZ3312を満足している、すなわち、溶接構造物に通常使われているものであるため、これを基準継手とした。鋼板B1は、強度およびシャルピー特性は良好であったが、継手番号1の疲労強度は、表3における本発明例と比較して短寿命であった。すなわち、継手番号1の場合は、荷重を4.9×105回負荷したら疲労破断した。表3の疲労寿命の欄にあるカッコ内の数字はこの値を示している。この疲労寿命を1と定義し、表3の疲労寿命の欄に1.0と記載している。継手番号2は、鋼板、ワイヤともに継手番号1と同じであるが、溶接速度が85cm/minと本発明の範囲外であり、鋼板に本発明の範囲内Siを添加しなくても疲労強度が継手番号1より向上し、疲労寿命は継手番号1の場合より2.5倍長くなった。しかし、この場合は、溶接速度を低く設定しているため、構造物の製造効率向上の観点からは好ましいものではい。
【0086】
継手番号6は板厚が本発明の範囲を上回っているものである。板が厚くなっているため、本発明の範囲内の成分でも、溶接速度を100cm/min以上に設定すると、ビードが乱れ気味になり、応力集中が緩和できずに、疲労寿命が1.3倍と継手番号1とあまり変わらなかった。溶接速度を落とした継手番号7の場合は疲労寿命が2.7倍と2倍以上向上した。
【0087】
継手番号9、12、17は、板厚が本発明の範囲内にあるものであるが、鋼板Siの値や(式1)の値が本発明の範囲外であるものである。これら継手においては、継手番号1の場合と比べ、疲労寿命は、0.9倍、1.2倍、1.3倍と、いずれも疲労寿命の向上は認められない。それに対して、本発明例の継手番号3、4、5、8、10、11では、疲労寿命が、それぞれ2.7倍、2.5倍、2.2倍、4.5倍、5.0倍、2.9倍と、すべて2倍を上回る疲労寿命向上効果が得られている。特に、(式1)の値が、0.4を上回る、継手番号8、13〜16、18〜22については、疲労寿命はすべて3倍を上回る向上が認められる。一般にSiを鋼材に添加するのは、鋼材製造コスト増につながる。そのため、疲労向上が認められるとはいえ、(式1)の値を、0.4を上回るようにするかどうかは、構造物に要求される特性を考慮しながら決定すべきものであり、これは、当業者ならば用意に判断できるものである。
【0088】
表4は、表3と同様に、継手作製条件と疲労試験結果を示したものであるが、レーザー光源をファイバーレーザーとCO2レーザーで実施した場合の結果を示している。シールドガスは100%CO2である。継手番号51は、鋼板Si量、(式1)共に本発明例の範囲外であるものであるが、鋼板、ソリッドワイヤ共に、それぞれ、日本工業規格のG3106およびZ3312を満足している、すなわち、溶接構造物に通常使われているものであるため、これを基準継手とし、このときの疲労寿命4.7×105を1と定義した。継手番号52〜62は、すべて本発明例であり、表3の場合と同様に、本発明例の継手は、疲労寿命は継手番号51の場合よりすべて2倍以上の向上が確認できる。なお、継手番号55は、CO2レーザーを用い、かつ板厚が9mmの場合の継手である。板厚が本発明の範囲内であるが、比較的厚いためCO2レーザーの溶接入力を、5kWを上回る条件に設定した場合である。この場合、CO2レーザーのエネルギーがアーク溶接のプラズマに吸収されるため、ファイバーレーザーで同じ板厚の継手番号53の場合では、レーザー光源の入力が7kWであるにもかかわらず、CO2レーザーでは9kWになった。さらに、継手番号55では、ビード形状が乱れる傾向が出てくることから、疲労寿命が2.2倍と2倍を上回ったものの、ファイバーレーザーの場合である継手番号53の2.6倍よりは疲労寿命は短かった。そのため、CO2レーザーを用いる場合では、板厚があまり厚くない場合に限定したほうが好ましい。継手番号59、62は、(式1)の値が0.4を上回っており、疲労寿命も4.3倍、4.8倍、とより高い疲労向上効果が認められる。継手番号63〜66は、(式1)の値は、0.38で、0.4を上回っていないが、疲労寿命は2倍を上回っていて、疲労強度増加が確認された。表4から、レーザー光源としては、YAGレーザーのみならず、ファイバーレーザー、CO2レーザーなどでも本発明は有効に作用することがわかる。
【0089】
【表4】

【0090】
表5は、シールドガスをAr+20%CO2にした場合の実施例である。継手番号101、110は比較例であり、それ以外はすべて本発明例である。継手番号101が表5における基準の継手であり、疲労寿命は4.6×105で、このときの寿命を1と定義している。一般に、100%CO2をシールドガスとして用いたほうが、アークの溶け込みが大きいといわれているが、一方、Ar+20%CO2ガスをシールドガスに用いた場合は、それだけスパッタなどの問題を低減させることができる。Ar+20%CO2ガスは、100%CO2ガスより効果であるが、メリットも存在するので、これらのことを鑑みてシールドガスを選択する必要があり、当業者ならば容易に判断できるものである。表5の本発明の範囲内である継手、102〜109、111は、疲労寿命がすべて継手番号101の場合より2倍以上向上していることがわかる。特に、(式1)が0.4を上回っている継手番号107、111および112は、疲労寿命が3倍を越している。なお、おなじYAGレーザーを光源に用いた表3の実施例と比較すると、アーク溶接入力が、表5の場合のほうが高めになっている。これは、同じ溶け込みを確保するために、アーク溶接の入力を100%CO2の場合より高めにする必要があったためと考えられるが、すでに述べたように、Ar+20%CO2ガスをシールドガスにするメリットも存在するため、これらのことを考慮してシールドガスを選択すればよい。いずれのシールドガスを用いても、本発明の範囲内であれば、疲労向上効果が確認できた。
【0091】
【表5】

【0092】
以上より、本発明の範囲内の鋼板(構造用鋼板)およびソリッドワイヤの組み合わせでは、疲労向上が確認でき、産業上のメリットは大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー溶接とガスシールドアーク溶接を併用して、板厚6〜12mmの鋼板を、溶接速度100cm/min以上でレーザー・アークハイブリッド溶接をする方法において、質量%で、
C:0.03〜0.20%、
Si:0.25〜0.8%、
Mn:0.4〜2.0%、
P:0.035%以下、
S:0.035%以下、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物である鋼板を用い、ソリッドワイヤとして、
C:0.03〜0.15%、
Si:0.3〜1.8%、
Mn:0.7〜2.5%、
P:0.03%以下、
S:0.03%以下、
Cu:0.05〜0.4%、
を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる溶接用ソリッドワイヤを用い、さらに、鋼板のSi含有量とソリッドワイヤのSi含有量を、それぞれSi(鋼板)、Si(ワイヤ)としたとき、下記(式1)の値が0.32以上になるような前記鋼板および前記溶接用ソリッドワイヤを組み合わせて用いることを特徴とする、溶接継手の長疲労寿命化を達成するレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
Si(鋼板)+0.1×Si(ワイヤ) (式1)
【請求項2】
前記(式1)の値が0.40以上になるように、前記鋼材と前記ソリッドワイヤとを組み合わせることを特徴とする、請求項1に記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項3】
さらに、鋼板が質量%で、
Ni:0.05〜3.5%
Cr:0.05〜1.5%
Mo:0.05〜0.8%、
のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または2記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項4】
さらに、ソリッドワイヤが質量%で、
Ni:0.05〜3.0%、
Cr:0.05〜1.5%、
Mo:0.05〜1.0%、
のうち、1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項5】
レーザー溶接としてYAGレーザーまたはファイバーレーザーを用いることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。
【請求項6】
シールドガスとして、100%CO2ガスを用いることを特徴とする、請求項5記載のレーザー・アークハイブリッド溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−228000(P2010−228000A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−171191(P2009−171191)
【出願日】平成21年7月22日(2009.7.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】