説明

防振性を有する音響用機器

【課題】本発明は、簡便かつ低コスト化が図られた手段により効果的な防止特性を発現する防振性にすぐれた音響用機器を提供することを目的とする。
【解決手段】松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜が、音響用機器の少なくとも一部に形成されていることを特徴とする、防振性を有する音響用機器。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響用機器類の防振技術に関し、特に、防振ないし制振効果にすぐれた塗膜が形成された音響用機器に関するものである。
【0002】
なお、本発明において、「音響用機器」なる用語は、狭義のオーディオ機器類のみならず映像機器等のいわゆるAV機器類を包含する意味であり、ディジタルおよびアナログを含む音声ならびに画像信号を処理、伝送、入出力のための機器類を広く含む。
【背景技術】
【0003】
従来、オーディオ機器によって音楽を再生する際に、その配線ケーブル等を含むオーディオ機器類から生じる微振動が、再生される音質に影響を与えることが知られている。
【0004】
たとえば、音響機器類の電気的接続に用いられるオーディオケーブル類には、高音質を提供するためにより高い伝送特性が求められている。しかしながら、オーディオケーブルにおいては、交流信号等の電気的要因から、微細な振動が生じることが知られており、ケーブル内部で発生した微細振動は、電圧の変動や導体自体の振動ならびに共振現象を生じさせたり、インピーダンス特性に変化をもたらし、これらの要因により音質や画質に悪影響を与えていると考えられる。
【0005】
従来、このようなオーディオケーブル内部で発生する振動を抑制ないし防止するために、たとえば、導体と絶縁外被層との間に防振層を設けその防振層にタングステン等の比較的高比重の金属粉体を充填することによって、ケーブル全体の高質量化と粉体間の摩擦に伴う振動エネルギーから摩擦熱エネルギーヘの変換により電気信号伝送時に発生する導体の微弱振動や外部から伝搬される振動を減衰させ、これによって電気信号の伝送劣化を防止することが図られた防振ケーブルが提案されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−296283号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、簡便かつ低コスト化が図られた手段により効果的な防止特性を発現する防振性にすぐれた音響用機器を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明に係る防振性を有する音響用機器は、松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜が、音響用機器の少なくとも一部に形成されていることを特徴とするものである。
【0008】
本発明の好ましい態様においては、上記バルサムは、ヴェネチアンテレピンからなり、さらに、該バルサム由来の樹脂固形分が、容量比で10〜25%の量範囲になるまで煮詰めて得られたものであることが望ましい。
【0009】
また、本発明の好ましい態様においては、上記溶剤が、植物系溶剤であり、好ましくはテレピン油である。
【0010】
さらに、本発明の好ましい態様においては、上記音響用機器が、音声信号および(または)画像信号の入出力系統および伝送、音声・画像情報の加工ならびに処理に使用される機器類もしくは電子部品からなるものである。
【0011】
さらに本発明においては、上記音響用機器が、オーディオケーブル、スピーカーボックス、スピーカーコーン、スピーカーホーン、アンプ装置、プレーヤー、またはインシュレータであることができる。
【0012】
また、本発明は、音響用機器の所定部分に、松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜を形成することを特徴とする音響用機器の防振方法を含む。
【発明の効果】
【0013】
本発明による音響用機器においては、その所定部分に、松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた塗料組成物からなる塗膜が形成されており、この塗膜は、防振性にすぐれていることから、本発明によれば、簡便かつ低コスト化が図られた手段により防振性にすぐれた音響用機器を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明に係る防振性を有する音響用機器は、松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜が、音響用機器の少なくとも一部に形成されていることを特徴とするものである。
【0015】
以下、本発明をその好ましい態様に基づいて具体的に説明する。
【0016】
原料バルサム
原料となるバルサムは、松科の樹木から採取される樹液であって、樹脂成分と精油との混合物からなる組成物であり、好ましくは用いられるものとしては、ヴェネチアンテレピン、カナダバルサム、シュトラスブルクテレピンなどが挙げられる。
【0017】
上記のうちでも、欧州唐松の木心部からの分泌物を採取した含油樹脂であるヴェネチアンテレピン(Venice turpentine/Trementian veneta)が最も好ましく用いられる。このヴェネチアンテレピンはチロル地方を主産地とするバルサムであり、粘性が高く、特有の松脂臭を有している。典型的な成分は、樹脂酸:約63%、テルペン:約20%、樹脂分:約14%からなる。
【0018】
樹脂固形分の調製
上記バルサムを加熱して特定範囲の容量比になるまで煮詰めることによって樹脂固形分を得る。原料としてのバルサムは、比較的粘性の高い樹液であり、これを電熱器等の加熱手段によって徐々に加熱していく。
【0019】
加熱温度はバルサムの種類に応じて適宜選択され得るが、たとえば、ヴェネチアンテレピンの場合は、200℃〜250℃の温度で加熱することが好ましい。
【0020】
数時間から数十時間をかけて穏やかに煮詰めていくことが肝要であり、通常、約15〜20時間かけて容量が約25%〜10%になるまで煮詰めることが好ましい。煮詰めることによって得られる樹脂成分は、加熱を停止したのち常温で固形化する。このようにしてバルサムを煮詰める割合によって、得られる樹脂固形分の柔らかさや色に違いが認められる。
【0021】
ヴェネチアンテレピンを例にとると、煮詰めた後の容量比が25%のレベルでは、色はやや薄く、赤みよりも琥珀色が強く出る。さらに煮詰めていくと、色は徐々に赤みを増し、約20%で最も鮮やかな赤色となる。20%以下にまで煮詰めるとその色は徐々に茶色へと変化していることが認められる。10%まで煮詰めると赤みはほとんど無い程度の濃い茶色となる。また、煮詰める割合が高いほど、得られる樹脂固形分は脆く崩れやすくなる。
【0022】
塗料組成物(ニス)の調製
上述したように、原料バルサムの加熱を停止し、冷却することによって、樹脂成分は常温で固形化する。常温で固体の樹脂固形分をニスとして使用するときには、得られた樹脂固形分を溶剤に溶解させる必要がある。
【0023】
溶剤としては、植物系溶剤が用いられ得るが、植物系溶剤のなかでも、特に、テレピン油が特に好ましい。
【0024】
テレピン油を溶剤として用いる場合にあっては、樹脂固形分は、常温ではテレピン油に溶けないので、150℃程度の温度に加熱したテレピン油に得られた樹脂固形分を溶かし込む必要がある。この場合の、樹脂固形分とテレピン油との割合は、1:1〜4程度が好ましく、特に1:1.5〜2.5の範囲が最も好ましい。なお、ニスの調製の際の溶剤の量については、対象機器類への塗装時にも調整することができる。
【0025】
音響用機器への適用
本発明においては、上記のようにして得られた防振性塗料組成物を音響用機器類の所定部分に適宜塗布することによって、防振特性にすぐれた音響用機器とすることができる。適用可能な音響用機器は、音声信号および(または)画像信号の入出力系統および伝送、音声・画像情報の加工ならびに処理に使用される機器類もしくは電子部品などの振動発生にともなう音質や画質の劣化が問題となり得る機器類に広く適用することができる。
【0026】
特に、本発明は、オーディオケーブル、スピーカーボックス、スピーカーコーン、スピーカーホーン、アンプ装置、プレーヤー、またはインシュレータ等の音響用機器に効果を発揮する。
【0027】
本発明の具体的な適用例としては、以下のようなものが可能である。
(1)導体の表面、絶縁被覆または接続プラグ等に当該塗料を塗布して、電気信号により生じるケーブル内の固有振動を防振・制振したケーブル。
(2)電流通過、モーター等の駆動または外来伝播によって生じるオーディオ機器および電子機器等の筐体、電子部品、配線材、プリント基板等の微振動を当該振動部位に直接塗布することにより防振・制振性が付与された機器類。
(3)当該防振性塗料を機器等の微振動を防振・制振する設置台(インシュレーター)に塗布し、さらに防振性を高める。
(4)ユニット振動部(コーン紙、ボイスコイル、エッジ、ダンパー)、ユニット筐体(フレーム、マグネット・ハウジング)および設置箱(エンクロージャー)に防振性塗料を適用して、これら機器の固有振動に対して防振・制振特性の改善されたスピーカーシステム。
【0028】
上記の防振性塗料組成物の塗布によってすぐれた防振性が発現する理由は必ずしも明らかではないが、以下のように推定することができる。
【0029】
一般に、オーディオケーブルなどの導体に電流(電子)が流れると、導体を構成している原子または分子が振動する。この振動により導体に熱が生じ、この現象により電圧降下が生じることが考えられる。ここで、特に交流電気信号においては、表皮効果により導体の表面近傍を電流が流れるため、導体の表面付近により多くの振動が生じているものと考えられる。また、導線に電気(交流)信号が流れることにより、地球上に存在する磁揚および電子機器から生じる磁場の影響によって、導体が力を受け(フレミングの法則)、この力によって導体が振動しているものと考えられる。
【0030】
さらに、導体を構成している金属および導体に接しているPVC等の絶縁材料には、それぞれの素材の密度、硬度による固有の共振点があり、交流信号(音声信号)に含まれる周波数により振動(振幅)が増減するものと考えられる。
【0031】
上述したような種々の要因により、ケーブル内に振動(共振)が生じることによって、ケーブル中の導線間(信号線のホットとコールドまたはシールドの距離)が変化し、電気容量(キャパシティー)の増減により周波数特性(インピーダンス=インダクタンス/キャパシティー)が翻弄され、この結果、再生される音質に悪影響が生じるものと推定される。
【0032】
なお、上述したキャパシタンスは、同軸ケーブルの例でいえば以下の式で表すことができる。
C=キャパシタンス(pF/m)
=(55.6*ε)/log(D/d)
(ただし、ε=比誘電率、D=外部導体内径(m)、d=内部導体外径(m))
【0033】
さらに特性インピーダンスは以下の式で表すことができる。
ZO=特性インピーダンス(Ω)
=(60/sqrt(ε))*log(D/d)
(ただし、ε=比誘電率、D=外部導体内径(m)、d=内部導体外径(m))
【0034】
実際に、硬軟、重軽、太細の導体を用いてケーブルを用意して、本発明の塗料を適用したものと適用しないもの製作してオーディオ機器に接続して試聴すると、この音質の著しい変化を実感することができる。
【0035】
本発明に係る防振塗料組成物が音質の向上に寄与する理由は必ずしも明らかではなく、また、本発明はいかなる理論にも拘束されるものではないが、以下のように考えることができる。
【0036】
本発明に係る防振塗料組成物の主成分である松脂は、電気抵抗値が極めて高く、誘電率も低い。さらに、この塗料組成物は、弦楽器等に塗布した効果からも可聴帯域の周波数振動においてピークを生じることなく防振・制振(振動を熱に変換)できる特性を持っているものと考えられる。したがって、当該塗料組成物をオーディオケーブルの導体表面、オーディオ機器、あるいは設置台へ塗布することによって、これら音響機器類で発生する微振動の発生を吸収ないし抑制して、防振・制振性能が高められ、これによって交流電気(音声)信号等の伝達性能(音質)向上が発現しているのではないかと推定される。
【実施例】
【0037】
防振塗料組成物の調製例
下記の特性を有するヴェネチアンテレピン(A.C.E.F.s.p.a.社製「Trementina Veneta Filtrata」)を用意した。
酸性度:65〜100
鹸化度:90〜190
引火点:45〜55℃
NESTERI:20〜35
密度(20℃):1.004
【0038】
上記ヴェネチアンテレピンを、電熱器を用いて200℃〜250℃の温度で加熱し、約15〜20時間かけて容量が約25%〜10%になるまで煮詰めた。樹脂成分は常温で固形化し、煮詰める割合によって、樹脂の柔らかさや色に違いが認められる。この方法により、1000ccのヴェネチアンテレピンから250〜100ccの樹脂固形分を得ることができた。約25%、約20%、約10%の3種類の樹脂固形分を得た。
【0039】
すなわち、25%のレベルでは、色はやや薄く、赤みよりも琥珀色が強く出る。さらに煮詰めていくと、色は徐々に赤みを増し、約20%で最も鮮やかな赤色となる。20%以下にまで煮詰めるとその色は徐々に茶色へと変化していることが認められる。10%まで煮詰めると赤みはほとんど無い程度の濃い茶色となる。また、煮詰める割合が高いほど、得られる樹脂固形分は脆く崩れやすくなる。
【0040】
加熱を停止すると、樹脂成分は常温で固形化する。常温で固体の樹脂をニスとして使用するために、テレピン油(溶剤)に溶解させた。常温ではテレピン油に溶けないので、150℃程度の温度に加熱したテレピン油に得られた樹脂固形分を溶かし込んだ。この場合の、樹脂固形分とテレピン油との割合は、1:1.5〜2.5程度である。なお、上記のニスの調製の際のテレピン油の量については、塗装時にも調整することができる。
【0041】
得られた約25%、約20%、約10%の3種類の樹脂固形分から調製した3種類のニスを用いて横板材(40×200mm、楓)にそれぞれ塗装を行った。煮詰める割合が25%から10%に移行する順序で色の濃さが増すが、いずれのニスにおいても鮮やかな赤色を有する非常に柔らかい塗膜が形成されることが確認された。通常の光の下では茶色に見えるが、強い照明の下で見ると鮮やかな赤色が浮かび上がってくる。これは、得られた塗膜の屈折率が高く、かつ、光透過性にすぐれているためであると考えられる。
【0042】
音響機器への適用例
次に、音響機器への具体的な適用例について説明する。
【0043】
下記のオーディオケーブル(3種類)導体(銅の単線)の表面に上記得られたニスを塗装した。
(1)RCAオーディオケーブル: CDプレーヤーとアンプリファイヤー間を続線するケーブル
(2)バランスケーブル: プリアンプ、パワーアンプ間に使用するケーブル
(3)BNCデジタルケーブル: CDプレーヤー、DAコンバーター間に使用するケーブル
【0044】
塗装前のケーブルと塗装した上記ケーブルを比較試聴した。ヴァイオリン、ピアノ、オーケストラ等のCDを用いてそれぞれの場合の音響を評価した。
【0045】
評価
上記3種のケーブルのいずれの場合においても、ケーブル導体表面にニスを塗装した場合に有意かつ顕著な向上効果が認められた。特に、ヴァイオリン、ピアノ、オーケストラともに、ニスの皮膜を形成しない場合に比べて、実際の生の音に近く、臨場感の著しく向上していることが認められる。また、ppからffまでのダイナミックレンジが大きくなり周波数特性も広がることが確認できた。また、低音域は明確で音量が増し、より低い周波数まで再生される。さらに、ピアノの低音部のffは非常に生々しい印象であり、小型スピーカーを用いても低音が充実しているため、大型スピーカーを用いた時に近い満足感が得られる。
【0046】
一方、高音域は繊細で硬さがなく自然であり、耳障りな刺激感が消失する。特に、ヴァイオリンの再生においては特に本物の名器(ストラディヴァリ等)を生で聴くような臨場感が認められる。中音域はふっくらとし、また明確で音色に富み、オーケストラ再生において、弦楽器、木管楽器、金管楽器のそれぞれの音色の差を明確に再生していることが認められる。
【0047】
上記の他に、CDプレーヤの基板、電源コード、コンセントボックス、スピーカーボックス等に適用した場合にも同様の音質の向上効果が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜が、音響用機器の少なくとも一部に形成されていることを特徴とする、防振性を有する音響用機器。
【請求項2】
前記バルサムが、ヴェネチアンテレピンである、請求項1に記載の音響用機器。
【請求項3】
前記バルサム由来の樹脂固形分が、容量比で10〜25%の量範囲になるまで煮詰めて得られたものである、請求項1または2に記載の音響用機器。
【請求項4】
前記溶剤が、植物系溶剤であり、好ましくはテレピン油である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の音響用機器。
【請求項5】
前記音響用機器が、音声信号および(または)画像信号の入出力系統および伝送、音声・画像情報の加工ならびに処理に使用される機器類もしくは電子部品である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の音響用機器。
【請求項6】
前記音響用機器が、オーディオケーブル、スピーカーボックス、スピーカーコーン、スピーカーホーン、アンプ装置、プレーヤー、またはインシュレータである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の音響用機器。
【請求項7】
音響用機器の所定部分に、松科の樹木から採取した樹液であるバルサムを特定の範囲にまで煮詰めて得られる樹脂固形分を溶剤に溶解させた防振塗料組成物からなる塗膜を形成することを特徴とする、音響用機器の防振方法。

【公開番号】特開2008−104062(P2008−104062A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−286250(P2006−286250)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(505173706)株式会社 シャコンヌ (2)
【Fターム(参考)】