説明

陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法

【課題】陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に真空蒸着法により他物質を充填するに際し、高アスペクト比の充填構造を簡便に、かつ、安価に達成可能とした、陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法を提供する。
【解決手段】エッチング処理により少なくとも陽極酸化ポーラスアルミナの細孔の開口部を拡径した後、細孔内に真空蒸着により他物質を充填する方法であって、前記エッチング処理の後再び陽極酸化を行うことにより、初期に形成されていた細孔の底部から延長する細孔を形成し、この2段の細孔に対してさらに前記エッチング処理を行うことを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極酸化ポーラスアルミナの細孔内に金属や半導体、有機物等の他物質を充填した陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムを陽極酸化することにより、表面に陽極酸化ポーラスアルミナの層を形成できることが知られている。この陽極酸化ポーラスアルミナは、膜面に対し垂直に配向した均一で微細な細孔が形成されたものであり、この細孔内に金属や半導体、有機物等の他物質を充填することにより、ナノメータースケールで規則的な細孔構造を有する複合体の作製が可能であり、電気・電子、光学、あるいは磁気デバイスへの応用が期待されている。
【0003】
これは、陽極酸化ポーラスアルミナにおいては、膜面に対して垂直に配向し、高いアスペクト比(孔長/孔径比)を有する細孔構造が容易に得られることから、細孔内に様々な物質を充填することで、アルミナと高アスペクト比充填物質からなる複合体が容易に得られることによる。これらの複合体の典型的な応用例の一つとして、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に強磁性体(強磁性金属)を充填することにより作製される垂直磁気記録媒体が挙げられる。垂直磁気記録媒体では、媒体面内に対し垂直異方性をもたせる必要があるが、膜面に対し各細孔が垂直に配向した構造を有する陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に強磁性金属を充填することで、垂直磁化異方性を有する記録媒体を容易に得ることができる。
【0004】
従来、陽極酸化ポーラスアルミナへの物質充填は、電気化学的手法、酸化物ゾル溶液を充填した後固化させるゾルゲル法、あるいは、化学平衡の変化に誘導された酸化物析出にもとづく化学析出法等が知られている。
【0005】
一方、所望の物質を気化させた後細孔内へ析出させる、いわゆる真空蒸着法に基づいて、細孔内に物質を充填する手法も知られている。この手法によれば、化学反応によらず物質を簡便に細孔内に充填することが可能となるものの、陽極ポーラスアルミナ表面部分の細孔の直行性が低いことから、十分な高アスペクト比(細孔長/細孔径比)での充填は困難であった。すなわち、陽極酸化により作製されるポーラスアルミナにおいては、陽極酸化最初期に形成される酸化皮膜層がそれ以降に形成される酸化物層に比較して溶解性が低いことから、通常、形成された細孔の開口部の孔径が細孔内奥部の孔径よりも小さく、細孔の入口が塞がれたような形態になっているため、蒸着物質を奥まで充填することが困難になっている。また、細孔自身が、その開口部から奥部に向けて曲がって形成されることがあり、この点も、蒸着物質を高アスペクト比で充填することを困難にしている。
【非特許文献1】益田ら、電気化学会秋季大会講演要旨集、2E28(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に真空蒸着法により他物質を充填するに際し、高アスペクト比の充填構造を簡便に、かつ、安価に達成可能とした、陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法は、エッチング処理により少なくとも陽極酸化ポーラスアルミナの細孔の開口部を拡径した後、細孔内に真空蒸着により他物質を充填する方法であって、前記エッチング処理の後再び陽極酸化を行うことにより、初期に形成されていた細孔の底部から延長する細孔を形成し、この2段の細孔に対してさらに前記エッチング処理を行うことを特徴とする方法からなる。すなわち、陽極酸化ポーラスアルミナの細孔構造の細孔開口部における、開口部を塞ぐように形成されていた部分をエッチング処理により選択的に溶解除去し、所望の孔径を有する開口部分を確保することで、蒸着物質が容易に細孔内奥部に到達できるようにする方法である。これによって、容易に高アスペクト比の充填構造を有する複合体が得られる。
【0008】
とくに本発明では、上記エッチング処理の後再び陽極酸化を行うことにより、初期に形成されていた細孔の底部からさらに延長する細孔を形成し、この2段の細孔に対してさらに上記エッチング処理を行う。また、この陽極酸化とエッチング処理を複数回繰り返すこともできる。このような繰り返し処理により、細孔開口部における溶解がより進行してより確実に所望の細孔開口部の拡径処理が行われるとともに、細孔の開口部側ほど拡径された細孔形状となるので、真空蒸着の際に、細孔の奥深くまで、一層容易に充填されるようになる。
【0009】
また、真空蒸着の際には、蒸着ビームと細孔とが極力平行関係にあることが、十分な充填のためには好ましいが、これは、たとえば真空蒸着の際に、蒸着源と基板である陽極酸化ポーラスアルミナの間にコリメーターを設置し、蒸着源からの原子ビーム(蒸着ビーム)の直進性(直行性)を向上させ、蒸着ビームを細孔延在方向と平行にして、他物質を細孔内により容易に充填できるようにすることによって達成できる。
【0010】
細孔内に充填される上記他物質は複合体の用途に応じて決めればよい。たとえば前述したような垂直磁気記録媒体とする場合には、細孔内に充填する他物質として強磁性体を用いればよい。
【0011】
本発明方法により製造された陽極酸化ポーラスアルミナ複合体は、とくに、電気・電子、光学、または磁気デバイスを構成するのに使用できる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明に係る陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法によれば、従来の方法に比較し、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に容易に、且つ密に物質を充填した複合体の作製が可能となり、この結果、高性能なデバイスの作製が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明における、陽極酸化、真空蒸着、平滑化のプロセスの基本的な概念を模式的に示している。すなわち、アウミニウム素材1に陽極酸化処理を施すことにより、規則的な細孔2を有する陽極酸化ポーラスアルミナ3の層が形成される。二段階陽極酸化処理を施せば、細孔2の均一性、規則性を向上できる。この陽極酸化ポーラスアルミナ3に真空蒸着により、他物質、たとえばニッケルが蒸着される。蒸着物質4は、陽極酸化ポーラスアルミナ3の細孔2内に充填されるが、細孔2以外の表面にも蒸着され、その分表面に凹凸が形成されてしまうので、凸部分を機械的あるいは化学的に除去し、表面を平滑化する。このような方法により、たとえば垂直磁気記録媒体等に好適な陽極酸化ポーラスアルミナ複合体5の構造が完成する。
【0014】
このような基本プロセスにおいては、前述したように、陽極酸化によるポーラスアルミナ3の形成段階において、図2に示すように、陽極酸化最初期に形成される酸化皮膜層がそれ以降に形成される酸化物層に比較して溶解性が低いことから、細孔2の開口部に該開口部を塞ぐような形状の孔径の小さい部分6(酸化皮膜部)が形成されてしまう。この状態のまま、真空蒸着を行うと、図3に示すように、蒸着物質4が細孔2内に均一に充填されず、偏在してしまうか、細孔2内の奥部まで到達しない事態を招く。さらに、細孔2自身が曲がって形成されることもあり、これも不十分な充填を助長する。
【0015】
そこで本発明においては、後述の図6、図7に示すような特定の処理を行う。後述の図6、図7を用いて説明を行う前に、まず、本発明において前提となる基本技術思想について説明する。図4に示すように、真空蒸着法に基づく物質充填に先立ち、エッチング処理を行うことにより、上記細孔2の開口部に存在していた酸化皮膜部6を除去し、それによって十分に拡径された細孔開口部7を確保し、その後に真空蒸着によって物質4を充填するようにしている。十分に拡径された細孔開口部7が確保された状態で物質4が充填されるので、図4に示すように物質4は細孔2内に入口から最奥部までの全体にわたって十分に蜜に充填される。蒸着後には、前述した表面の平滑化を行い、所望の陽極酸化ポーラスアルミナ複合体5の構造が完成する。
【0016】
上記エッチング処理としては、リン酸に代表される陽極酸化ポーラスアルミナを溶解するエッチング溶液の他、イオンミリングをはじめとする乾式エッチングプロセスを利用することもできる。
【0017】
また、図4に示したプロセスでは、エッチング処理により主として酸化皮膜部6のみを除去するようにしたが、このエッチング処理による細孔開口部の拡径作用をより積極的に利用し、たとえば図5に示すように、ラッパ状に開いた細孔開口部8を形成し、より物質4を充填しやすくすることも可能である。このような形態にすると、真空蒸着による細孔2内への物質4の充填深さ(充填量)のコントロールまで容易に行うことができるようになる。
【0018】
そして本発明においては、細孔2は次のように形成される。図6に示すように、上記の如くエッチング処理により拡径された細孔開口部7を確保した後に、さらに陽極酸化処理を行い、それまでに形成されていた細孔2の底部からさらに延びる細孔9を形成し、これら両細孔2、9に対してさらにエッチング処理を施すそして、さらに陽極酸化処理を行ってさらなる細孔10を追加することもでき、続いてエッチング処理を行うこともできる。このように、陽極酸化とエッチング処理を繰り返すことにより、たとえば図7に示すような逆台形形状に近い細孔11とすることが可能になり、物質充填上望ましい形態に近づけることが可能になる。
【0019】
また、真空蒸着による物質の充填をより容易に、かつ、細孔の奥深くまでより確実に供給するためには、蒸着源からの蒸着ビームの直進性を確保し、その直行方向と細孔の延在方向とを平行にすることが好ましい。このためには、前述したようにコリメーターを利用すればよい。
【実施例】
【0020】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。
参考実施例1
0.3Mシュウ酸を電解とし、16℃の条件下、40Vで、30s陽極酸化を行った。その後、5wt%、30℃リン酸中に試料を10min浸漬し、細孔開口部の孔径拡大処理を施した。試料を水洗・乾燥の後、真空蒸着法により金属(Ni)充填を行った。真空蒸着は、圧力1.3×10-3Paの条件のもと、電子ビーム溶解法を用いNiを真空蒸着した。このときの真空蒸着速度は0.2nm/sであった。200nmの厚さのNiを蒸着した後、試料を破断し、走査電子顕微鏡で観察した結果、細孔内にNiが十分に充填されているのが確認された。
【0021】
実施例2
実施例1と同様の方法で、陽極酸化、エッチング処理を施した後、再び、同様の条件で30s陽極酸化を行った。その後、5wt%、30℃リン酸中に試料を10min浸漬し、孔径拡大処理を施した。その後、再び同様の陽極酸化、孔径拡大処理を2サイクル施した。2サイクル目の孔径拡大処理では、孔径拡大処理時間を15minとした。試料を水洗・乾燥の後、実施例1と同様の条件で金属(Ni)充填を行った。走査電子顕微鏡観察を行った結果、細孔内にNiが十分に充填されているのが確認された。
【0022】
実施例3
0.3M硫酸を電解とし、0℃の条件下、25Vで、30s陽極酸化を行った。その後、5wt%、30℃リン酸中に試料を10min浸漬し、孔径拡大処理を施した。その後、再び同様の陽極酸化、孔径拡大処理を2サイクル施した。2サイクル目の孔径拡大処理では、孔径拡大処理時間を15minとした。試料を水洗・乾燥の後、実施例1と同様の方法で真空蒸着法によりNiの充填を行った。Ni蒸着の後、試料を破断し、走査電子顕微鏡で観察した結果、細孔内にNiが十分に充填されているのが確認された。
【0023】
参考実施例4
実施例1と同様の方法で、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に真空蒸着法を用いCoを充填させた。真空度、蒸着速度、および蒸着膜厚量は実施例1と同一である。その後走査電子顕微鏡観察を行った結果、細孔内にCoが十分に充填されていることが確認された。
【0024】
参考実施例5
実施例1と同様の方法で、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に真空蒸着法を用いSiを充填させた。真空度、蒸着速度、および蒸着膜厚量は実施例1と同一である。その後走査電子顕微鏡観察を行った結果、細孔内にSiが十分に充填されていることが確認された。
【0025】
参考実施例6
実施例1と同様の方法で、陽極酸化ポーラスアルミナ細孔内に真空蒸着法を用いフタロシアニンを充填させた。蒸着源としては、タングステン製熱蒸着源を用いた。真空度、蒸着速度、および蒸着膜厚量は実施例1と同一である。その後走査電子顕微鏡観察を行った結果、細孔内にフタロシアニンが十分に充填されていることが確認された。
【0026】
参考実施例7
実施例1と同様の方法で陽極酸化を施した後、Niの真空蒸着を行うことにより細孔内にNiの充填を行った。この際、蒸着源と試料の間に高アスペクト比の直行細孔を有するコリメーターを設置した。蒸着に際してコリメーターを用いることにより、より細孔内部にまでNiの充填が可能になることが確認された。
【0027】
参考実施例8
実施例1と同様の方法で陽極酸化を施した後、イオンミリングにより表面のエッチングを施した。イオンミリングは、アルゴンをエッチング用ガスとして用い、圧力5×10-3Pa、加速電圧5.0kVにて、8min行った。その後、実施例1と同様の条件でNiの充填を行った結果、十分に金属を充填できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る方法におけるプロセスの基本概念を示す概略構成図である。
【図2】陽極酸化ポーラスアルミナ作製段階における細孔形態を示す概略断面図である。
【図3】図2の形態のまま蒸着を行う場合の状態を示す概略断面図である。
【図4】本発明におけるエッチング処理を含む陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造プロセスを示す概略構成図である。
【図5】細孔開口部に対するエッチング処理の別の例を示す概略構成図である。
【図6】本発明の一実施態様に係る方法において、陽極酸化とエッチング処理を繰り返す場合の例を示す概略構成図である。
【図7】図6のプロセスにより形成される細孔形状の概念図である。
【符号の説明】
【0029】
1 アルミニウム素材
2 細孔
3 陽極酸化ポーラスアルミナ
4 蒸着物質
5 陽極酸化ポーラスアルミナ複合体
6 孔径が小さい部分(酸化皮膜部)
7 拡径された細孔開口部
8 ラッパ状に開いた細孔開口部
9 さらに延びる細孔
10 さらなる細孔
11 逆台形形状に近い細孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エッチング処理により少なくとも陽極酸化ポーラスアルミナの細孔の開口部を拡径した後、細孔内に真空蒸着により他物質を充填する方法であって、前記エッチング処理の後再び陽極酸化を行うことにより、初期に形成されていた細孔の底部から延長する細孔を形成し、この2段の細孔に対してさらに前記エッチング処理を行うことを特徴とする陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法。
【請求項2】
前記陽極酸化とエッチング処理を複数回繰り返す、請求項1に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法。
【請求項3】
真空蒸着の際にコリメーターを用い、蒸着ビームを平行にして前記他物質を細孔内に充填する、請求項1または2に記載の陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法。
【請求項4】
細孔内に充填される前記他物質として強磁性体を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載の陽極酸化ポーラスアルミナ複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−247070(P2007−247070A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−164771(P2007−164771)
【出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【分割の表示】特願2003−4072(P2003−4072)の分割
【原出願日】平成15年1月10日(2003.1.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成14年9月5日 社団法人電気化学会発行の「2002年電気化学秋季大会講演要旨集」に発表
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】