説明

電動パワーステアリング装置

【課題】電動パワーステアリング装置のラックアンドピニオン機構の摺動部に塗布する潤滑用グリースの改良によるラックアンドピニオン機構部の高負荷容量化、低摩擦化の達成。
【解決手段】鉱油と増ちょう剤と潤滑剤として二硫化タングステン(WS2)を含むグリースであって、二硫化タングステン(WS2)をグリース組成物全量に対して、2.5〜8.0重量%含有するグリースを用いてラックアンドピニオン機構の摺動部を潤滑する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、舵取り機構の作動に応動して該舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と該電動機を制御するコントローラとを備えた電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にこの種のパワーステアリング装置は、舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と、操舵トルクを検出するトルク検出器と、該トルク検出器からの出力信号に基づいて前記電動機を制御するコントローラとを備え、ステアリングホイールの操作時の操舵トルクに基づいて、前記コントローラにより前記電動機を駆動制御して、前記舵取り機構に所望の操舵補助力を出力し、前記ステアリングホイールの操作力を軽減するようにしている。
【0003】
以下、本発明に係る電動パワーステアリング装置の一例としてラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を図1、図2、及び図3に示して説明する。
【0004】
図1において、(1)はボディに固定したステアリングコラム、(2)は舵取り機構を構成するステアリングシャフトであって、該ステアリングシャフト(2)は、前記ステアリングコラム(1)に回転自由に支持して、該シャフトの(2)の上端にステアリングホイール(21)を固定すると共に、該シャフト(2)の下端を後記するラックアンドピニオン機構(3)のピニオン(31)に連結シャフト(22)を介して連結している。
【0005】
前記ラックアンドピニオン機構(3)は、筒状のラックハウジング(32)と、該ラックハウジング(32)内に移動自由に内装したラックバー(33)と、前記ラックハウジング(32)に軸受(34)を介して回転自由に支持されて、前記ラックバー(33)に形成したラック(35)に噛合する前記ピニオン(31)とからなり、前記ラックバーの長さ方向両端にはタイロッド(36)の一端を接続しているのであって、また図示していないが前記タイロッド(36)の他端は、既知のごとく左右前後の車軸に組付けたナックルアームに接続している。
【0006】
また、(4)は、前記ステアリングシャフト(2)に操舵補助力を出力する電動機、(5a)は、前記ステアリングシャフト(2)に設けられてステアリングの操作時の操舵トルクを検出するトルク検出器、(5b)は、同じく前記ステアリングシャフト(2)に設けられてステアリングの操舵方向を検出する操舵方向検出器、(6)は、前記トルク検出器(5a)及び操舵方向検出器(5b)からの出力信号に基づいて前記電動機(4)の駆動を制御するマイクロコンピュータからなるコントローラである。
【0007】
以上、概略される電動パワーステアリング装置のラック(35)とピニオン(31)の噛合部には、その駆動をスムースに行えるように潤滑用グリースが塗布されている。従来、この部位に塗布されるグリースとしては増ちょう剤がリチウム石けんであり、基油が鉱油であるグリース組成物(以下、グリースとも称する。)が使用されてきた。また、潤滑用グリースの極圧性能を高めるために、ジチオカルバミン酸亜鉛を組成物全体に対して1〜3重量%添加する揚合もあった。
【0008】
近年、電動パワーステアリング装置の大型車への適用を試みた結果、ラックアンドピニオン機構が要求寿命を満たす前に破損してしまうことが多数経験されている。これは、必要とされる操舵補助力の増大から、ラック(35)とピニオン(31)の間の駆動面圧が上昇し、従来のジチオカルバミン酸亜鉛を添加したリチウム石けん−鉱油組成のグリースでは用を為さないためである。また、ラックアンドピニオン機構部を低摩擦化する要求もある。摩擦損失を減少することによって、モータからの入力トルクを高効率で伝達するためである。
【0009】
そこで本願発明では、より厳しい条件下においても十分な耐久性能を呈し、かつ、従来よりも低摩擦のラックアンドピニオン機構の潤滑用グリース組成物を用いた電動パワーステアリング装置を開示する。
【特許文献1】特開昭61-81868号公報
【特許文献2】特開平1-215668号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、電動パワーステアリング装置のラックアンドピニオン機構の摺動部に塗布する潤滑用グリースを改良することによって、ラックアンドピニオン機構部の高負荷容量化、低摩擦化を達成することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明に係る電動パワーステアリング装置は、舵取り機構の作動に応動して該舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と該電動機を制御するコントローラとを備え、筒状のラックハウジングと、該ラックハウジング内に移動自由に内装したラックバーと、前記ラックハウジングに軸受を介して回転自由に支持されて、前記ラックバーに形成したラックに噛合するピニオンとからなるラックアンドピニオン機構を有し、前記ラックと前記ピニオンよりなる摺動部がグリース組成物によりグリース潤滑されている電動パワーステアリング装置であって、該グリース組成物が、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含むと共に、前記潤滑剤として少なくとも二硫化タングステンを含み、二硫化タングステンを前記グリース組成物全量に対して2.5〜8.0重量%含有することを特徴とする。上記のように潤滑剤として少なくとも二硫化タングステンを含有するグリース組成物が、ラックアンドピニオン機構部の高負荷容量化、低摩擦化を達成できることを発見した。
【0012】
また、上記の目的を達成するため、本発明に係る電動パワーステアリング装置は、舵取り機構の作動に応動して該舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と該電動機を制御するコントローラとを備え、筒状のラックハウジングと、該ラックハウジング内に移動自由に内装したラックバーと、前記ラックハウジングに軸受を介して回転自由に支持されて、前記ラックバーに形成したラックに噛合するピニオンとからなるラックアンドピニオン機構を有し、前記ラックと前記ピニオンよりなる摺動部がグリース組成物によりグリース潤滑されている電動パワーステアリング装置であって、該グリース組成物が、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含むと共に、前記潤滑剤として(a)二硫化タングステンと(b)ジチオカルバミン酸金属塩及びジチオリン酸金属塩からなる群から選ばれる少なくとも一種とが併用されており、かつ、前記グリース組成物全量に対する(a)、(b)成分の添加量をそれぞれ、A重量%、B重量%であるとするとき、1≦A<2.375の場合、10−4×A≦B≦6、又は2.375≦A<4の場合、0.5≦B≦6、又は4≦A≦8の場合、0.5≦B≦10−Aの関係を有することを特徴とする。潤滑剤として二硫化タングステンのみでも上記した充分な効果が期待できるが、これに上記のようにジチオカルバミン酸金属塩及び/又はジチオリン酸金属塩を併用することで、相乗効果を呈し、高負荷容量化、低摩擦化に関し、更なる改善を実現し得ることを発見した。
【発明の効果】
【0013】
ラックとピニオンよりなる摺動部が、本発明のグリース組成物によりグリース潤滑されて、高負荷容量化、低摩擦化に関し、顕著に改善された電動パワーステアリング装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明において、ラックとピニオンよりなる摺動部がグリース組成物によりグリース潤滑されており、本発明のグリース組成物は、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含む。
【0015】
グリース組成物の潤滑剤として、少なくとも固体潤滑剤である二硫化タングステン(WS2)を使用し、二硫化タングステン単独使用の場合その添加量をグリース組成物の全重量に対して2.5〜8.0重量%とする。添加量が、2.5重量%未満では添加効果が不十分であり、8.0重量%を超えると固体潤滑剤の添加量が多すぎるため、グリースの流動性に悪影響を及ぼし、結果として耐久寿命が低下する等の不利益、欠点が発生する。二硫化タングステンの平均粒径は0.1〜3.0μmが好ましい。平均粒径が0.1μm未満では摩擦低減効果の持続性が短く、3.0μmを超えると摩擦面へ導入しにくくなる。平均粒径が0.2〜2.0μmであれば更に好ましい。二硫化タングステンをベース・グリースに添加後、例えば、攪拌し、その後3段ロールにて均一に慣らして二硫化タングステンをベース・グリースに配合する。平均粒径は篩分析により求めた。
【0016】
また、本発明において、グリース組成物中に潤滑剤として(a)二硫化タングステンと(b)ジチオカルバミン酸金属塩(MDTC)及びジチオリン酸金属塩(MDTP)からなる群から選ばれる少なくとも1種とが併用され、且つ、前記グリース組成物全量に対する(a)、(b)成分の添加量をそれぞれ、A重量%、B重量%であるとするとき、1≦A<2.375の場合、10−4×A≦B≦6、又は2.375≦A<4の場合、0.5≦B≦6、又は4≦A≦8の場合、0.5≦B≦10−Aの関係を有することが好ましい。ジチオカルバミン酸金属塩とジチオリン酸金属塩を併用しても良い。
【0017】
ジチオカルバミン酸金属塩(MDTC)とジチオリン酸金属塩(MDTP)からなる群から選ばれる潤滑剤が潤滑用グリース全量に対して6重量%を超えて添加されると潤滑剤の腐食性が顕在化し、耐久寿命が低下する。
【0018】
さらに、グリース組成物中に潤滑剤として(a)二硫化タングステンと(b)ジチオカルバミン酸金属塩及びジチオリン酸金属塩から選ばれる少なくとも1種とが併用された場合、1≦A<2.25の場合、10−4×A≦B≦6、又は2.25≦A<3の場合、1≦B≦6、又は3≦A≦8の場合、1≦B≦9−Aであることが、さらに好ましい。
【0019】
ジチオカルバミン酸金属塩(MDTC)は、次式[I]で表示される。
【0020】
【化1】

[I]
式中、R、R1基は、炭素数3〜18のアルキル基、又は炭素数6〜18でベンゼン環又はナフタリン環を含むアリール基からなる群から選択される。アルキル基の炭素数については、炭素数2以下では、反応性が低く摩耗低減効果に乏しい。炭素数が19以上では反応性が高すぎて摩耗面で腐食摩耗を発生させ摩耗を増大し、ラックアンドピニオン機構部の耐久寿命が低下する可能性がある。アリール基については、炭素数が少なくてもよいが、19以上では潤滑剤の耐摩耗性が低下する。化学的安定性に優れるアリール基を側鎖に導入した場合アリール基の分子量が大きくなり過ぎるとイオウ濃度が低下して反応性が乏しくなりすぎ、その効果を発現しにくくなるためである。Mは、金属原子であり、Zn、Mo、Te、Ni、Sb、Biからなる群から選択され、特にZn、又はMoが好適である。
【0021】
ジチオリン酸金属塩(MDTP)は、次式[II]、又は[III]で示される。
【0022】
【化2】

[II]
【0023】
【化3】

[III]
式[II][III]中、R1、R2、R3、R4基は、炭素数3〜18のアルキル基、又は炭素数6〜18でベンゼン環又はナフタリン環を含むアリール基からなる群から選択される。アルキル基の炭素数については、炭素数2以下では、反応性に乏しく摩耗低減効果に乏しい。炭素数が19以上では反応性が高すぎて摩擦面で腐食摩耗を発生させ摩耗を増大し、ラックアンドピニオン機構部の耐久寿命が低下する。アリール基については、炭素数が少なくてもよいが、19以上では潤滑剤の耐摩耗性が低下する。側鎖に導入した場合アリール基の炭素数が19以上ではリン濃度、イオウ濃度が低下するため、耐摩耗性が低下する。Mは、金属原子であり、Zn、Mo、Te、Ni、Sb、Biからなる群から選択され、特にZn、又はMoが好適である。
【0024】
基油の種類は、特に限定されないが、基油は、好適には、鉱油、合成炭化水素油から選ばれる少なくとも一種であると共に40℃において20〜600mm2/sの動粘度を有する。グリース組成物の基油の動粘度が20mm2/s未満であると油膜保持能力が十分ではなく、ラックアンドピニオン機構部の摩耗、ピッチング発生を完璧に防止することができない。逆に基油動粘度が600mm2/sを超えると、基油の低温流動性が悪化傾向となり、低温環境下においてグリースの流動抵抗が増すことからラックアンドピニオン機構部における伝達動力の損失が悪化傾向となり、好ましくない。
【0025】
電動パワーステアリング装置には多数の合成高分子樹脂材料が利用されているため、ラックアンドピニオン機構部の潤滑剤として樹脂に影響しにくい、上述の性質を備える合成炭化水素油、ポリαオレフィン油、鉱油、精製鉱油を基油としたグリースが望ましい。
【0026】
本発明のグリース組成物に含まれる増ちょう剤は、金属石けん、金属複合石けん、又はジウレア化合物を含み、金属元素の種類はリチウム、亜鉛、カルシウム、バリウム、アルミニウム等があり任意であるが、好適には、コスト、耐熱性を勘案すると、リチウム石けん、リチウム複合石けん、またはジウレア化合物からなる群から選ばれる。金属石けん又は金属複合石けんの脂肪酸基、特に高級脂肪酸基の種類は任意であるが、ステアリン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、アゼライン酸が特に好ましい。
【0027】
ジウレア化合物は、次式[IV]、又は[V]で示される。
【0028】
【化4】

[IV]
式中、R1、R2は、炭素数7〜19の直鎖アルキル基、フェニル基、シクロヘキシル基、又はパラ・トリル基からなる群から選択される。このような構造を有するジウレア化合物は特に耐熱性、耐酸化安定性に優れ、好ましい。ウレア化合物配合グリースの特徴として経時硬化することが挙げられる。上記した置換基の中では直鎖アルキル基のみで使用すると経時硬化の度合いが少々高く取り扱いに注意を要する。フェニル基、シクロヘキシル基、又はパラ・トリル基を導入すると、経時硬化する程度が小さく、より好ましい。また、直鎖アルキル基も他のフェニル基、シクロヘキシル基、パラ・トリル基の少なくとも何れか1つと同時併用すると経時硬化の度合いが小さくなる。直鎖アルキル基の使用量が、モル比でその他の基の70%以下であれば好適に使用できる。
【0029】
【化5】

[V]
式中、R3、R4は、炭素数7〜19の直鎖アルキル基、フェニル基、又はパラ・トリル基からなる群から選択される。このような構造を有するジウレア化合物は特に耐熱性、耐酸化安定性に優れ、好ましい。ウレア化合物配合グリースの特徴として経時硬化することが挙げられる。上記した置換基の中では直鎖アルキル基のみで使用すると経時硬化の度合いが少々高く取り扱いに注意を要する。フェニル基、シクロヘキシル基、又はパラ・トリル基を導入すると、経時硬化する程度が小さく、より好ましい。また、直鎖アルキル基も他のフェニル基、シクロヘキシル基、パラ・トリル基の少なくとも何れか1つと同時併用すると経時硬化の度合いが小さくなる。直鎖アルキル基の使用量が、モル比でその他の基の70%以下であれば好適に使用できる。
【0030】
また、グリースの混和ちょう度としては、200〜360であることが好ましい。混和ちょう度が200未満であるとグリースが硬く流動抵抗が大きいため、ラックアンドピニオン機構部における伝達動力の損失が増大する可能性がある。また混和ちょう度が360より大きいと、グリースが軟らかく、摺動部から流出して潤滑に寄与しなくなる可能性が有る。グリースの取扱い性を考慮すると、混和ちょう度が220〜320であれば、より好ましい。混和ちょう度は、増ちょう剤の配合量、及び/又はニーダによる混練の程度により調節できる。
【0031】
なお、混和ちょう度は、調製したグリース組成物のちょう度のことであり、JISのK2220(5.3)の方法により測定した。
【0032】
本発明のグリースは、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含むが、必要に応じて油性剤、耐摩耗剤、酸化防止剤、錆止め剤、粘着剤、及び/又は構造安定剤等を含んでも良い。
【実施例】
【0033】
(具体例1〜29)
グリースは、リチウム石けん(ステアリン酸リチウム、堺化学工業(株)製S−7000。)を増ちょう剤として用い、40℃における動粘度が65mm2/sの鉱油(日本サン石油SUN100NとSUN500Nの混合油。)に二硫化タングステン(WS2、日本潤滑剤(株)製タンミック(登録商標)A。)及び/又はジチオリン酸モリブデン(MoDTP)(旭電化工業(株)製サクラルーブ(登録商標)300を添加することによって調製した。混和ちょう度は、増ちょう剤の配合量の調整によって、すべて280になるよう調整した。表1に、試験に用いた各グリースの組成として、二硫化タングステン(WS2)及びジチオリン酸モリブデン(MoDTP)の添加量を示した。尚、何れのグリースにも酸化防止剤として1−フェニル−2−ナフチルアミン1%と防錆剤として亜鉛スルフォネート1%とを添加した。
【0034】
図4に示す構造のラックアンドピニオン機構を利用して、各具体例のグリース組成がピッチング発生に及ぼす影響を調べた。ピニオンとラック間の最大接触面圧1.8GPa、雰囲気温度80℃、ピニオンを回転速度300min-1で左右往復回転させ、ラックを左右に運動させた。100時間毎に試験を中断してラック歯面及びピニオン歯面を観察し、ピッチングが発見された時点、即ちラック歯面及びピニオン歯面に形成されるピット数が少なくとも10個になった時点で試験を終了して、それまでの総運転時間をラックアンドピニオン機構部の耐久寿命とした。なお、歯面観察の際、溶剤を用いてグリースを取り除く必要がある。観察後、試験を再開する際に改めて給脂した。
【0035】
また、図5に示す往復摩擦試験機を利用して各具体例の評価用グリース組成物の摩擦係数を測定した。グリースは、試験球と試験平板との間に3g塗布した。試験条件は最大接触面圧1.8GPa、雰囲気温度80℃、周波数1Hz、揺動距離20mmである。
【0036】
各具体例のグリース組成と評価結果のデータを表1に示した。
【0037】
【表1】

表1に示したグリース組成を図6に示す。図6中、●は特許請求範囲に含まれる組成を示す点であり、○は特許請求範囲外の組成を示す点である。
【0038】
図6中、太線で囲った領域の組成のグリースであれば、摩擦係数を0.1以下とし、且つ、耐久寿命を10800時間以上にすることができる。縦細線を引いた部分の領域の組成のグリースであれば、摩擦係数を0.092以下、かつ、耐久寿命を12000時間以上にすることができ、より好ましい。本発明では耐久寿命が10000時間以上、且つ摩擦係数が0.1以下のグリースを好ましいと考えている。
【0039】
二硫化タングステンのグリース全量に占める割合をA重量%、且つ、ジチオリン酸金属塩とジチオカルバミン金属酸塩からなる群から選ばれる少なくとも一種のグリース全量に占める割合をB重量%とした場合、A>4、且つB>10−Aである条件では、潤滑剤の総添加量が多すぎるために、グリース性状が不安定となり、耐久寿命が10000時間未満まで低下する。
【0040】
0<A<1且つ0<B<6の場合、又は1≦A<2.5且つ10−4×A>Bの場合は、潤滑剤の総量が少なく、耐久寿命、摩擦係数の改善効果が充分に発揮されない。
【0041】
二硫化タングステンは、層状の結晶構造を有し、層を結合している強さが弱いために摺動面でへき開することによって摩擦係数を低下させる。また、同時に摩擦面におけるせん断応力を減少することによって表面疲労を減少し、ピッチング発生を回避する。
【0042】
(実施例1〜10)
グリースは、数種類の増ちょう剤を用いて混和ちょう度を280とし、40℃における動粘度が30mm2/sの数種類の基油を用い、数種類の潤滑剤等を用いて調製した。
【0043】
増ちょう剤として、ステアリン酸リチウムは、堺化学工業(株)製S−7000であり、ジウレア化合物は、ジフェニルメタンジイソシアネートとシクロヘキシルアミンからの合成物であり、12−ヒドロキシステアリン酸リチウムは堺化学製S−7000Hであり、リチウム複合石けんはアゼライン酸リチウム(純正化学のアゼライン酸と水酸化リチウムのケン化反応により得たもの。)25重量部と12−ヒドロキシステアリン酸リチウム(堺化学製S−7000H)75重量部より構成される。
【0044】
基油として、鉱油は、日本サン石油SUN100NとSUN500Nの混合油であり、ポリαオレフィンはエクソンモービルのスペクトラシン(SpectraSyn)6とスペクトラシン(SpectraSyn)4の混合油である。
【0045】
潤滑剤として、二硫化タングステン(WS2)は、日本潤滑剤(株)製タンミック(登録商標)Aであり、ジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)は、バンダービルト社製、バンルーブ(登録商標)AZ(化1[I]式のR、R1基は、C5H11−である。)であり、ジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)は、旭電化(株)製、サクラルーブ(登録商標)600(化1[I]式のR、R1基は、C4のアルキル基である。)であり、ジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)は、ジブチルジチオリン酸と酸化亜鉛からの反応生成物であり(化2[II]式のR1、R2、R3、R4はn−C4H9−である。)、ジチオリン酸モリブデン(MoDTP)は、旭電化工業(株)製サクラルーブ(登録商標)300である。全てのグリースに酸化防止剤1−フェニル−2−ナフチルアミン1%と亜鉛スルフォネート1%を添加した。
【0046】
(比較例1〜2)
比較例1と2のグリースは、実施例の場合と同様に、増ちょう剤としてステアリン酸リチウムを用いて混和ちょう度を280一定とし、40℃における動粘度が30mm2/sの鉱油を用い、潤滑剤を添加せず又は従来条件で潤滑剤を用いて調製した。比較例1では潤滑剤を何も添加せず、比較例2では潤滑剤として二硫化タングステンは添加しなかった。
【0047】
使用した増ちょう剤、基油及び潤滑剤の商品は実施例と同様である。全てのグリースに酸化防止剤1−フェニル−2−ナフチルアミン1%と亜鉛スルフォネート1%を添加した。
【0048】
上記具体例と同様の評価を実施例と比較例の種々の組成のグリースに対して実施した。実施例と比較例のグリース組成と評価結果を表2に示す。比較例2は従来技術である。
【0049】
【表2】

表2から、所定量の二硫化タングステン(WS2)と共に、所定量のジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、ジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)、ジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)、又はジチオリン酸モリブデン(MoDTP)等が好適に使用できると判断できる。
【0050】
二硫化タングステンのみの添加でも充分に耐久寿命、摩擦係数の改善が実施できるが、ジチオリン酸金属塩、ジチオカルバミン酸金属塩をグリース全量に対して0.5〜6重量%併用すると、相乗効果を呈し、耐久寿命、摩擦係数ともに一層改善する。このことは、表1に示す、具体例29の結果と15、16の結果の比較から明白である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の潤滑用グリースは、電動パワーステアリング装置のラックとピニオンの間に、その駆動をスムースに行えるように適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の電動パワーステアリング装置の概略図である。
【図2】ラックアンドピニオン機構を示す断面図である。
【図3】別のラックアンドピニオン機構を示す断面図である。
【図4】ラックアンドピニオン機構の構造を示す模式図である。
【図5】往復摩擦試験機を示す模式図である。
【図6】グリース全量に占める潤滑剤の種類、配合割合と特許請求の範囲を示す図である。
【符号の説明】
【0053】
1 ステアリングコラム
2 ステアリングシャフト
3 ラックアンドピニオン機構
21 ステリングホイール
31 ピニオン
32 ラックハウジング
33 ラックバー
35 ラック

【特許請求の範囲】
【請求項1】
舵取り機構の作動に応動して該舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と該電動機を制御するコントローラとを備え、筒状のラックハウジングと、該ラックハウジング内に移動自由に内装したラックバーと、前記ラックハウジングに軸受を介して回転自由に支持されて、前記ラックバーに形成したラックに噛合するピニオンとからなるラックアンドピニオン機構を有し、前記ラックと前記ピニオンよりなる摺動部がグリース組成物によりグリース潤滑されている電動パワーステアリング装置であって、該グリース組成物が、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含むと共に、前記潤滑剤として少なくとも二硫化タングステンを含み、二硫化タングステンを前記グリース組成物全量に対して2.5〜8.0重量%含有することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
舵取り機構の作動に応動して該舵取り機構に操舵補助力を出力する電動機と該電動機を制御するコントローラとを備え、筒状のラックハウジングと、該ラックハウジング内に移動自由に内装したラックバーと、前記ラックハウジングに軸受を介して回転自由に支持されて、前記ラックバーに形成したラックに噛合するピニオンとからなるラックアンドピニオン機構を有し、前記ラックと前記ピニオンよりなる摺動部がグリース組成物によりグリース潤滑されている電動パワーステアリング装置であって、該グリース組成物が、少なくとも基油と増ちょう剤と潤滑剤とを含むと共に、前記潤滑剤として(a)二硫化タングステンと(b)ジチオカルバミン酸金属塩及びジチオリン酸金属塩からなる群から選ばれる少なくとも一種とが併用されており、且つ、前記グリース組成物全量に対する(a)、(b)成分の添加量をそれぞれ、A重量%、B重量%であるとするとき、1≦A<2.375の場合、10−4×A≦B≦6、又は2.375≦A<4の場合、0.5≦B≦6、又は4≦A≦8の場合、0.5≦B≦10−Aの関係を有することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
1≦A<2.25の場合、10−4×A≦B≦6、又は2.25≦A<3の場合、1≦B≦6、又は3≦A≦8の場合、1≦B≦9−Aであることを特徴とする、請求項2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記基油が、鉱油、合成炭化水素油から選ばれる少なくとも一種であり40℃において20〜600mm2/sの動粘度を有すると共に、前記増ちょう剤が、リチウム石けん、リチウム複合石けん、又はジウレア化合物からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、請求項1、2、又は3のいずれか1項記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記グリース組成物が、200〜360の混和ちょう度を有することを特徴とする、請求項1、2、3又は4のいずれか1項記載の電動パワーステアリング装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−335102(P2006−335102A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158842(P2005−158842)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】