説明

電子源,電子銃、それを用いた電子顕微鏡装置及び電子線描画装置

【課題】現用のZr/O/W電子源よりも電子放出面の仕事関数を減少させ、狭エネルギー幅かつ高電流密度の放出電子が得られ、長寿命な電子源を提供し、高分解能像が短時間に得られる電子顕微鏡や高スループットな電子線描画装置を実現する。
【解決手段】先端を針状にした金属からなる針状電極104と、前記針状電極を加熱する発熱体103からなる電子源において、前記電子源は前記発熱体により加熱可能な拡散源を有し、酸素を含むバリウム化合物と炭素粒子の混合物を拡散源106とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子源,電子銃、それを用いた電子顕微鏡装置及び電子線描画装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高輝度かつ高安定な電子ビームが得られるショットキーエミッション電子源(以下、SE電子源)は、半導体プロセスにおける微細加工パターンの観察や寸法測定を行う測長用の走査型電子顕微鏡(CD−SEM)や汎用の高分解能電子顕微鏡に搭載されている。現用のSE電子源は、ジルコニウム酸化物(ZrO2)からなる拡散源(以下、ZrO2拡散源)が設置された軸方位が<100>の単結晶タングステン針がWフィラメントに接続されている(以下、Zr/O/W電子源)。このWフィラメントを約1800K程度に通電加熱することにより、ZrO2拡散源が熱分解し、ジルコニウム(Zr)及び酸素(O)がW針表面を拡散し、W針先端の(100)表面にZr−O被覆層が形成される。これにより、(100)の仕事関数が4.5eVから約2.8eVに低下し、微小な(100)のみが電子放出領域になるので、従来の熱電子源よりも高輝度の電子ビームが得られる。さらに、この電子源は冷電界放出電子源よりも低い真空度でも安定に動作するとともに、表面清浄化のための加熱フラッシングが不要であるため、連続動作が可能であり、使い易いという特徴を有している。
【0003】
ところで、電子源からエネルギー幅の狭い放出電子を得ることが、電子線応用装置の分解能向上のために必要である。前記Zr/O/Wの場合、エネルギー幅の狭いショットキー放出領域でのエネルギー幅は約0.4eVである。ショットキー放出電子は熱励起されたものであるから、エネルギー幅を狭めるためには動作温度の低下が必要となる。しかし、動作温度の低下は放出電流を減少させるので、それを補うために仕事関数の減少が必要となる。
【0004】
特許文献1では、酸素を含むアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の化合物に、原子番号3〜6,11〜16,19〜34,37〜53,55〜84,88〜94の元素、もしくはこれらの元素を含む化合物のうちの、一種類、もしくは二種類以上の混合物を還元剤として添加した拡散源を開示している。具体的には、炭酸バリウム(BaCO3),炭酸カルシウム(CaCO3),炭酸ストロンチウム(SrCO3)、および還元剤として、Al粉末を混合した拡散源の実施例が開示されている。この場合、1000K程度の低温で動作し、前記Zr/O/Wよりも狭エネルギー幅な電子が放出するとともに、100倍程度大きな放射角電流密度が得られることが開示されている。しかしながら、1000K程度の動作温度では、電子放出が数時間しか継続せず、再度1500K以上に加熱しなければならないためという問題があった。BaOはそのままでは拡散しづらいが、金属Baになると拡散し易くなることが知られている。1000K程度における動作時間が短かった原因は、BaOが十分熱分解されず、吸着物質であるBa,Oの生成量が不十分であったことにある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−224629号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、現用のZr/O/W電子源よりも電子放出面の仕事関数を減少させ、狭エネルギー幅かつ高電流密度の放出電子が得られ、長寿命な電子源を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため鋭意検討した結果、本発明者らは、先端を針状にした金属からなる針状電極と、前記針状電極を加熱する発熱体からなる電子源において、前記電子源は前記発熱体により加熱可能な拡散源を有し、酸素を含むバリウム化合物と炭素粒子の混合物を拡散源とした。これにより、1000Kから1200Kの動作温度で、狭エネルギー幅かつ高電流密度の放出電子が長時間得られることを見出した。
【0008】
炭素粒子としては、好ましくは、フラーレン,カーボンナノチューブ,グラファイト,カーボンブラック,ケッチェンブラックのうちの少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、現用のZr/O/W電子源よりも電子放出面の仕事関数を減少させ、狭エネルギー幅かつ高電流密度の放出電子が得られ、長寿命な電子源と、それを用いた電子銃,電子顕微鏡装置及び電子線描画装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施例の説明図。(a)サプレッサ電極を配置した本発明の電子源を模式的に示す図。(b)針状電極先端を模式的に示す図。(c)拡散源の長寿命化を図った本発明のサプレッサ電極を配置した電子源を模式的に示す図。
【図2】本発明の電子銃を模式的に示す図。
【図3】本発明の電子銃を搭載した走査型電子顕微鏡を模式的に示す図。
【図4】本発明の電子銃を搭載した電子線描画装置を模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限られるものではない。
【実施例1】
【0012】
本発明の第1の実施例について、図1を用いて説明する。
【0013】
絶縁硝子101にロウ付けされた導電端子102に、V字型に成型された直径0.127mmのタングステン(W)フィラメントからなる発熱体103をスポット溶接により接続
した。その後、Wフィラメントの頂点に、直径0.127mmで、長さ方向の結晶方位が<100>であるW<100>単結晶をスポット溶接し、電解研磨によりその先端を曲率半径1μm程度に先鋭化して、針状電極104とした。また、針状電極先端以外からの熱電子放出を防ぐためのサプレッサ電極105を設置した。
【0014】
次に、平均粒径数μmの炭酸バリウム(BaCO3)に還元剤である平均粒径0.1μm〜1μmのグラファイト粒子を1:1mol%の割合で混合したものを、エチルセルロースを含む有機溶媒に混ぜた。これらを超音波分散法により均一混合した後、有機溶媒をある程度揮発させてペースト状にしたものを拡散源106とし、針状電極104の中間部に塗布した。
【0015】
なお、炭酸バリウムの最終分解物質であるバリウムの蒸発を抑制し、拡散源の長寿命化を図る目的で、図1(c)に示すように、拡散源106をタングステン管107で覆うような構造としても良い。この場合、拡散源を支持するために、針状電極104を絶縁硝子101にロウ付けした方が良い。
【0016】
その後、真空度10-6Pa程度の真空中でWフィラメントを通電加熱し、針状電極を600K程度にし、前記拡散源中の水分,有機物を蒸発させた。
【0017】
その後、真空度10-7Pa程度の真空中でWフィラメントを通電加熱し、針状電極を1100K程度に加熱した。この状態で、針状電極先端に対向して電界放出パターンを観察するための蛍光板を配置し、蛍光板を接地したまま、針状電極に負の引出し電圧を印加した。なお、針状電極先端以外からの熱電子放出を防ぐためのサプレッサ電極を設置し、サプレッサ電極には針状電極に対して、数百Vの負電圧を印加した。
【0018】
暫くすると、放出電流が徐々に増加してゆき、電子放射軸上の高輝度の電子放出パターンが出現した。これは、1100KでBaCO3がグラファイト粒子により還元され、遊離したBaとOが針状電極の先端へ拡散し、図1(b)に示す先端中央の(100)表面に優先的に吸着し、仕事関数が局所的に減少したためである。また、この状態が少なくとも1000時間以上持続することを確認した。更に、蛍光板の後方に配置したファラデーカップにより放射角電流密度を測定した。その結果、同条件で測定したZr/W/O電子源よりも100倍程度大きな放射角電流密度が得られた。
【0019】
比較のために、熱力学的には炭素よりも還元力の強いSi,Ti,Al粉末を前記同様、それぞれBaCO3に1:1mol%の割合で添加した拡散源を評価した。その結果、BaCO3とグラファイト粒子を混合した拡散源を用いた場合と同じ放射角電流密度が得られる温度が、100K以上高かった。これは、Si,Ti,Al等の金属微粒子は大気中に曝されると、粉末表面に酸化物が形成され、還元力が低下するためであると考えられる。
【0020】
酸素を含むバリウム化合物としては、BaCO3の他に、BaO,Ba(OH)2、またはBaAlxy(x<y)等の複酸化物、更にはBaCO3にSrCO3やCaCO3等のBa以外の炭酸塩を複合添加したものが挙げられる。
【0021】
酸素を含むバリウム化合物の還元剤である炭素粒子としては、グラファイト粒子の他に、フラーレン,カーボンナノチューブ,カーボンブラック,ケッチェンブラック等黒鉛結晶を含み、導電性を有する炭素粒子が好ましい。また、これら炭素粒子の粒径は、酸素を含むバリウム化合物粒子の粒径よりも小さい方が好ましい。なぜならば、バリウム化合物粒子に対する炭素粒子の添加割合が同じ場合、炭素粒子径がバリウム化合物粒子径よりも大きい場合、炭素粒子径が小さい場合に比べ、バリウム化合物粒子と炭素粒子の接触面積が減少し、還元反応効率が低下するとともに、炭素粒子と接触していないバリウム化合物が還元されずに残存し、拡散源の寿命がその分短くなるからである。
【0022】
還元剤である炭素の酸素を含むバリウム化合物に対する割合は、0.1〜2.0mol%の範囲が好ましい。なぜならば、0.1mol%より少ない場合には、炭素粒子と接触しないバリウム化合物粒子が存在し、還元されずに残存する。2.0mol%より多い場合には、還元に寄与しない炭素粒子が存在し、その分BaCO3が減少し、拡散源の寿命が短くなるからである。
【0023】
また、電子放出させる前に、拡散源から遊離するBaやOの針状電極先端への拡散を阻害する針状電極表面の付着物を除去するために、針状電極に正電位を印加して、針先端を電界蒸発により清浄化させた。この場合、清浄化しない場合に比べ、短時間で放出電流が安定化した。なお、1800K以上の一般的な加熱フラッシングでは、拡散源中のバリウム化合物が消失してしまうという問題があった。
【実施例2】
【0024】
本発明の第2の実施例について、図2を用いて説明する。図2は、本発明の電子銃を模式的に示す図である。
【0025】
本発明の電子銃は、実施例1に記載の電子源201と、針状電極から電子を放出させる引出し電極202と、針状電極先端以外からの熱電子放出を防ぐためのサプレッサ電極203と、針状電極から放出された電子を加速する加速電極204と、Wフィラメントからなる発熱体209を通電加熱するための加熱電源208を備えている。引出し電極は、引出し電極電源205により、針状電極に対してプラス電圧を印加する。サプレッサ電極は、バイアス電源206により、針状電極に対してマイナス電圧を印加する。また、加速電極は、加速電極電源207により、針状電極に対してプラス電圧を印加する。なお、電子放出前に針状電極表面の付着物を除去する際には、引出し電極のみに、針状電極に対してマイナス電圧を印加する。
【0026】
これにより、電子銃から狭エネルギー幅かつ高電流密度で、長期間安定な放出電流が得られる。
【実施例3】
【0027】
本発明の第3の実施例について、図3を用いて説明する。
【0028】
図3は、本発明の電子銃を搭載した走査型電子顕微鏡の構成を模式的に示す図である。
電子銃301より放射される電子線は、コンデンサレンズ302および対物レンズ303を主とする電子光学部品類により、試料304上に焦点を結ぶ。なお、この電子軌道305も同時に示してある。この焦点位置を偏向器306によりスキャンし、試料から発生する二次電子を電子検出器307で検出し、電気信号に変換することによりSEM像が得られる。
【0029】
本発明の電子銃を搭載することにより、従来の装置と比べて、高分解能な電子顕微鏡像が短時間に得られるとともに、長期的に安定動作する走査型電子顕微鏡を実現することができる。また、半導体プロセスにおける微細加工パターンの観察や寸法測定を行う測長用の走査型電子顕微鏡も図3と同様の構成であるため、電子銃301を搭載することにより、同様の効果を得ることができる。
【0030】
ここでは、本発明の電子銃を搭載した電子顕微鏡装置として、図3に示す走査型電子顕微鏡の構成図を用いて説明したが、これに限定されず、本発明の電子銃の特性が十分引き出せる構成であれば、いかなる構成の装置にも適用できる。
【実施例4】
【0031】
本発明の第4の実施例について、図4を用いて説明する。
【0032】
図4は、本発明の電子銃を搭載した電子線描画装置を模式的に示す図である。
【0033】
電子線描画装置は、コンデンサレンズ402の間に、電子線をオン/オフするためのブランカー409を設ける点以外は、図3の走査型電子顕微鏡と同様の構成である。電子線描画装置は、電子線に感応する電子線レジストを塗布した試料404に細く絞った電子線を照射することにより、微細パターンを形成するものである。
【0034】
本発明の電子銃401を搭載することにより、従来に比べ、描画速度が向上するとともに、高精細なパターンを描画することができる。
【符号の説明】
【0035】
101 絶縁硝子
102 導電端子
103 タングステンフィラメントからなる発熱体
104 針状電極
105,203 サプレッサ電極
106 拡散源
107 タングステン管
201 電子源
202 引出し電極
204 加速電極
205 引出し電極電源
206 バイアス電源
207 加速電極電源
208 加熱電源
301,401 電子銃
302,402 コンデンサレンズ
303,403 対物レンズ
304,404 試料
305,405 電子軌道
306,406 偏向器
307,407 電子検出器
308,408 試料ステージ
409 ブランカー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先端を針状にした金属からなる針状電極と、前記針状電極を加熱する発熱体からなる電子源において、
前記電子源は、前記発熱体により加熱可能な拡散源を有し、前記拡散源は、酸素を含むバリウム化合物と炭素粒子の混合物であることを特徴とする電子源。
【請求項2】
請求項1において、前記炭素粒子が、フラーレン,カーボンナノチューブ,グラファイト,カーボンブラック及びケッチェンブラックから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする電子源。
【請求項3】
請求項1または2において、前記拡散源における前記酸素を含むバリウム化合物に対する前記炭素の割合が、0.1〜2.0mol%であることを特徴とする電子源。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の電子源と、
前記電子源の前記針状電極の先端以外からの熱電子放出を抑制するためのサプレッサ電極と、
前記電子源から電子を放出させる引出し電極と、前記電子源から放出された電子を加速する加速電極と、
を具備することを特徴とする電子銃。
【請求項5】
請求項4に記載の電子銃から放出される電子線を試料に照射し、前記試料の観察を行うことを特徴とする電子顕微鏡装置。
【請求項6】
請求項4に記載の電子銃から放出される電子線を試料に照射し、前記試料に電子線による描画を行うことを特徴とする電子線描画装置。
【請求項7】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の電子源の動作方法であって、前記電子源から電子放出させる前に、前記針状電極に正電位を印加して、前記針先端表面を清浄化させることを特徴とする電子源の動作方法。
【請求項8】
請求項7において、前記電子源から電子放出させる際に、前記針状電極を1000Kから1200Kに加熱することを特徴とする電子源の動作方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−159602(P2011−159602A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22655(P2010−22655)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】