説明

電気接点部品用材料及び部品

【課題】Cuリッチ相を豊富に析出させるような特殊なステンレス鋼を使用することなく、またNiの溶出に頼ることなく、接点部分での低い表面接触抵抗を長期間維持することが可能な低コストの電気接点部品用材料を提供する。
【解決手段】JIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系鋼種に相当する組成を有するステンレス鋼板を基材とし、その少なくとも片側の表面が平均膜厚0.05〜0.5μmの薄いNiめっき層で被覆されており、接点部品として使用されるときに挿抜方向となる方向にNiめっき層の表面を測定した表面粗さRaが0.2〜0.4μmである電気接点部品用材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステンレス鋼板の表面に薄いNiめっき層を形成した電気接点部品用材料、及びそれを用いた電気接点部品に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子機器に使用する各種コネクタ、リードフレーム、ハーネスプラグなどの電気接点部品には従来から銅合金材料が広く適用されている。銅合金は導電性が高い点で有利である反面、接点部品の用途においてはばね特性を向上させた銅合金材料を選定する必要があり、また耐食性を確保するためにはSn、Ni等のめっきを施す必要があるなど、コスト増大を伴う要因を有している。
【0003】
一方、電気・電子機器には信号用の弱電流を流せば足りる配線も多い。そのような配線に使用する電気接点部品には銅合金と同等レベルの高い導電性は必ずしも必要ではなく、むしろ、接点部分での良好な電気的接続が長期にわたって安定して維持される特性の方が重要視される。
【0004】
そのような観点からは強度特性の良好な高耐食性鋼材を接点部品に使用することが有効である。高耐食性鋼材としてはステンレス鋼が挙げられるが、表面に形成されている不動態皮膜が導電性に乏しいことから、ステンレス鋼の表面接触抵抗は一般的に高いものとなる。そこで本出願人は、Cuリッチ相が表面に顔を出すような特殊な組成のステンレス鋼により表面接触抵抗の低減を実現し、その技術を特許文献1に開示した。
【0005】
その後の調査により、特許文献1の材料は使用環境によっては初期の低い表面接触抵抗が上昇する場合があることがわかり、更なる改善手段について検討した。その結果、Cuリッチ相を豊富に有する特許文献1のステンレス鋼において、表面に下地鋼の露出箇所が存在するような形態でNiめっき層を形成させたとき、低い表面接触抵抗を維持することが可能になることがわかり、本出願人はこの技術を特許文献2に開示した。この材料は表面のNiめっき層によって接点での導通を担うものであるが、Niめっき層の欠陥部から表面に顔を出したCuリッチ相とめっき層のNiとが電気的に接触していることにより、電気化学的にCuより卑な電位にあるNiが湿潤環境下で溶出し、その結果Niめっき層の表面は酸化皮膜で覆われることが防止され、表面接触抵抗が低く維持されるというものである。
【0006】
【特許文献1】特開2001−89865号公報
【特許文献2】特開2006−54110号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2の材料は電気接点部品の用途ですでに実用に供されている。ところが、最近では電気接点部品にも更なる低コスト化が要求され、Cuリッチ相を豊富に生成させた特殊なステンレス鋼の適用が困難な用途も種々存在する。また、特許文献2の材料はNiめっき層の溶出を伴うことから、用途によっては接点周辺の汚染が問題になる場合もある。
本発明は、Cuリッチ相を豊富に析出させるような特殊なステンレス鋼を使用することなく、またNiの溶出に頼ることなく、接点部分での低い表面接触抵抗を長期間維持することが可能な低コストのステンレス鋼電気接点部品用材料を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記特許文献2のステンレス鋼材料は表面のNiめっき層を溶出させることによりNiめっき層表面が酸化皮膜で覆われることを防止し、それによって低い表面接触抵抗を維持するものである。これに対し本発明者らは詳細な研究を行い、Niめっき層の表面が経時変化によって酸化皮膜に覆われること自体は許容するとともに、形成された酸化皮膜が相手端子との摺動によって剥がれやすくなるような構造を採用することとした。これにより端子挿抜時にフレッシュなNiめっき層表面が再び露出し、結果的に長期にわたって良好な電気的接続を維持することができる。
【0009】
すなわち本発明では、JIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系鋼種に相当する組成を有するステンレス鋼板を基材とし、その少なくとも片側の表面が平均膜厚0.05〜0.5μmの薄いNiめっき層で被覆されている電気接点部品用材料が提供される。特に、接点部品として使用されるときに挿抜方向となる方向にNiめっき層の表面を測定した表面粗さRa(JIS B0601−2001)が0.2〜0.4μmとなるものが好適な対象となる。
【0010】
基材のステンレス鋼としては上記のようなJIS規格に相当する既存鋼種の他、それらをベースに種々の元素を添加した組成を有するものが適用できる。たとえばJIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系鋼種の成分組成をベースとし、Cr含有量が23質量%以下であり、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Zr:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下、N:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成を有するものが例示できる。またJIS G4305:2005に規定されるフェライト系鋼種の成分組成をベースとし、Cr含有量が23質量%以下であり、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成を有するものが例示できる。
【0011】
さらに本発明では、以上のようなNiめっき鋼板を加工してなる部品であって、相手端子の接点部と摺接する箇所に前記Niめっき層を有する電気接点部品が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、特殊なステンレス鋼板を基材に使用することなく、かつめっき金属の溶出に頼ることなく、低い表面接触抵抗を長期にわたって維持することが可能な電気接点部品が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1に、ハーネスプラグの断面構造の一例を模式的に示す。銅線3の端部に取り付けられたオス端子1と、銅線4の端部に取り付けられたメス端子2が嵌合しており、オス端子1は、メス端子2の一部を構成するばね部材5による押し付け力によって、メス端子2のばね接点部6及び内壁部7と接触し、導通が確保される。図中に端子の挿抜方向を矢印で示してある。両端子とも接触していない部分の表面は経時変化によって酸化皮膜に覆われてくる。また端子を抜いた状態にすると、嵌合時には接触していた箇所にも酸化皮膜の形成が進行する。したがってある程度時期的間隔を開けて再び両端子を接続すると、端子表面に形成された酸化皮膜によって良好な導通が確保されないという事態が生じる。
【0014】
前述のように本発明のNiめっき鋼板は、端子挿抜時にNiめっき層の表面に形成された酸化皮膜が相手端子との摺動によって剥がれやすくなっている。本発明の材料を用いた電気接点部品はオス端子、メス端子いずれに使用しても構わないが、例えば図1のオス端子1に使用した場合、オス端子1のNiめっき層が挿抜時に相手端子のばね接点部6及び内壁部7と摺動することにより、その摺動部分で酸化皮膜の剥がれたフレッシュなNi表面が現れる。その結果、長期にわたって良好な電気的接続を維持することができる。
【0015】
本発明においては、Niめっき層表面の酸化皮膜が端子挿抜時の摺動によって除去されやすくなるようにするために、好ましくは以下の手段が採用される。
「Niめっき層の厚さを非常に薄くし、かつNiめっき層表面の挿抜方向の凹凸を大きくする」
この場合、Niめっき層の凸部に大きな摩擦力が働き、これが有利に作用するものと推察される。Niめっき層表面に十分大きい凹凸を形成させるためには下地の基材表面の凹凸を反映させる手法を採用することが極めて有効である。そのためにはNiめっき層を極めて薄く形成させる必要がある。
【0016】
以下、本発明を特定する事項について説明する。
〔基材鋼板〕
基材鋼板にはステンレス鋼を使用する。鋼種には特に制限はなく、用途に応じて適切な耐食性レベルの鋼種を選択すればよい。例えばJIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系鋼種に相当する組成を有する既存鋼種を採用することができる。具体的には、オーステナイト系の汎用鋼種であるSUS304系、フェライト系の汎用鋼種であるSUS430系などが挙げられる。また、JISに該当しない鋼種としては、例えばオーステナイト系の場合、JIS G4305:2005の表2に記載されるオーステナイト系鋼種において、当該表2に規定される成分含有量を満たし、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Zr:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下、N:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成の鋼種が挙げられる。フェライト系の場合、JIS G4305:2005の表4に記載されるフェライト系鋼種において、当該表4に規定される成分含有量を満たし、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成の鋼種が挙げられる。ただし、Cr含有量が過度に高いと加工性を阻害し、また強固な不動態皮膜が形成されやすいことからNiめっきが行いにくくなる場合もあるので、Cr含有量は23質量%以下とすることが望ましい。なお、本発明では特許文献2のようにCuを多量に含有するような特殊な鋼種を使用する必要はない。
【0017】
基材の表面粗さは薄いNiめっき層の表面粗さに反映されることから、接点部品として使用されるときに挿抜方向となる方向に基材表面を測定した表面粗さRaが0.2〜0.4であるように調整されていることが好ましい。
【0018】
〔Niめっき層〕
Niめっき層は平均膜厚が0.05〜0.5μmの非常に薄いものであることが必要である。このように薄いめっき層には通常、ピンホールその他のめっき欠陥が多いが、本願発明においては特に問題ないことが確認された。Niめっき厚さが薄くなるほど端子挿抜時の摺動で表面の酸化皮膜が除去されやすくなる。平均膜厚が0.5μmを超えるとめっき層表面粗さはレベリング効果によりRa:0.2μm未満となり、端子挿抜時の摺動によりNiめっき層表面の導電性を十分に改善することが難しくなる。平均膜厚0.3μm以下とすることがより好ましい。ただし、平均膜厚が0.05μmを下回るとめっきの欠陥部が増大して下地の基材の露出面積が増え、その露出部は不動態皮膜に覆われるため、結果的に表面接触抵抗が増大しやすく、好ましくない。
【0019】
Niめっき方法は公知の電気めっき法などが採用できる。例えば塩化ニッケル、塩酸を溶解させた陰極電流効率15〜25%の全塩化物浴を用い、浴温25〜40℃、電流密度0.2〜1.5kA/m2の条件下で極短時間の通電を行うフラッシュめっきにおいて、通電時間を変化させることにより必要な平均膜厚のNiめっき層が形成される。
Niめっき層のNi純度は98質量%以上であることが好ましい。上記のフラッシュめっきによりこのようなNi純度のNiめっき層を得ることができる。
【0020】
〔表面粗さ〕
本発明においては、接点部品として使用されるときに挿抜方向となる方向にNiめっき層の表面を測定した表面粗さRa(JIS B0601−2001)が0.2〜0.4μmの狭い範囲に厳密に調整されているものが好適な対象となる。
このRaが0.2μm未満だと、相手端子の接点部と摺接する際にNiめっき層凸部の摩擦力が不足しやすく、フレッシュなNi表面を安定して得ることが難しい。一方、Raが0.4μmを超えると、相手端子とNiめっき層凸部の摩擦力が著しく増大し、端子挿抜時に薄いNiめっき層が除去されて下地の基材鋼板素地が露出するようになる。この場合、鋼素地露出部には不動態皮膜が形成され、表面接触抵抗が増大してしまう。
【実施例】
【0021】
オーステナイト系鋼種としてJIS G4305:2005に規定されるSUS304、及びSUS304をベースとしてさらに種々の元素を添加した鋼(添加元素の種類及び含有量は表1参照)を溶製した。またフェライト系鋼種としてJIS G4305:2005に規定されるSUS430、及びSUS430をベースとしてさらに種々の元素を添加した鋼(添加元素の種類及び含有量は表1参照)を溶製した。これらの鋼の鋳造スラブから常法により光輝焼鈍(BA)鋼板または焼鈍・酸洗鋼板を作製し、必要に応じて調質圧延を施すことにより、鋼板の断面硬さ及び表面粗さを調整し、最終的に板厚0.2mmの基材鋼板を得た。
【0022】
各基材鋼板に以下の条件でNiフラッシュめっきを施した。
浴組成:塩化ニッケル200g/L、塩酸25g/L、浴温:35℃、電流密度0.5kA/m2、陰極電流効率15%
通電時間を変えることで片面当たりの平均膜厚が0.02〜1μmの種々のめっき厚さを有するNiめっき鋼板を得た。基材の圧延方向を端子挿抜方向と想定して、Niめっき層表面の表面粗さを基材圧延方向に測定した。
【0023】
各Niめっき鋼板から30mm×30mmの試験片を切り出し、初期状態(Niめっき後常温室内環境48時間以内)、高湿雰囲気30日保持後、及び高湿雰囲気60日保持後の各サンプルについて、下記の方法でスクラッチ接触抵抗を測定した。上記の高湿雰囲気は大気+水蒸気、60℃、93%R.H.の環境である。スクラッチの方向は基材の圧延方向とした。
【0024】
〔スクラッチ接触抵抗の測定〕
水平盤の上に置かれた試料の上面Niめっき層の表面を、純金製のピン状測定端子で1Nの荷重をかけた状態にて速度10mm/secで距離10mmスクラッチしたのち、測定端子の移動を止め、その状態で測定端子と試料の間の電気抵抗を測定する。測定端子と試料にはリード線が取り付けられており、測定端子に10mAの直流電流を流したときの抵抗を4端子法により求める。
【0025】
この試験におけるスクラッチ接触抵抗が20mΩ以下であれば電気接点部品用材料として適した表面状態であると判断される。そこでスクラッチ接触抵抗が20mΩ以下のものを○(良好)、20mΩを超えるものを×(不良)と評価した。なお、スクラッチ接触抵抗は試験数n=3で行い、そのうち最も抵抗値が高かった結果をその試料の成績として採用した。結果を表1、表2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表1、表2中、Niめっき層表面粗さは、前記粗さ測定においてRaが0.4μmを超えるものを「大」、Raが0.2〜0.4μmのものを「中」、Raが0.2μm未満のものを「小」と表示した。スクラッチ接触抵抗は前記の評価方法による「○」又は「×」を表示した。
【0029】
表1、表2からわかるように、Niめっき層の厚さを所定範囲で非常に薄くし、かつNiめっき層表面を所定の粗面としたものは、Niめっき表面の酸化皮膜が相手端子との摺動によって除去されやすく、良好な接触抵抗が維持できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】ハーネスプラグの断面構造の一例を模式的に示した図。
【符号の説明】
【0031】
1 オス端子1
2 メス端子2
3、4 銅線
5 ばね部材
6 ばね接点部
7 内壁部7

【特許請求の範囲】
【請求項1】
JIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系鋼種に相当する組成を有するステンレス鋼板を基材とし、その少なくとも片側の表面が平均膜厚0.05〜0.5μmの薄いNiめっき層で被覆されている電気接点部品用材料。
【請求項2】
JIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系またはフェライト系鋼種に相当する組成を有するステンレス鋼板を基材とし、その少なくとも片側の表面が平均膜厚0.05〜0.5μmの薄いNiめっき層で被覆されており、接点部品として使用されるときに挿抜方向となる方向にNiめっき層の表面を測定した表面粗さRaが0.2〜0.4μmである電気接点部品用材料。
【請求項3】
基材のステンレス鋼板がJIS G4305:2005に規定されるオーステナイト系鋼種の成分組成をベースとし、Cr含有量が23質量%以下であり、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Zr:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下、N:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項1または2に記載の電気接点部品用材料。
【請求項4】
基材のステンレス鋼板がJIS G4305:2005に規定されるフェライト系鋼種の成分組成をベースとし、Cr含有量が23質量%以下であり、さらにB:0.05質量以下、V:0.5質量%以下、Al:0.5質量%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項1または2に記載の電気接点部品用材料。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の鋼板を加工してなる部品であって、相手端子の接点部と摺接する箇所に前記Niめっき層を有する電気接点部品。

【図1】
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【公開番号】特開2010−61842(P2010−61842A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−223453(P2008−223453)
【出願日】平成20年9月1日(2008.9.1)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】