説明

電気絶縁用樹脂組成物及びこれを用いたエナメル線

【課題】 エナメル線に必要とされる機械的特性、耐熱性、可とう性及び電気絶縁特性などを維持しつつ、耐冷媒性、耐熱衝撃性に優れた皮膜を形成しうる電気絶縁用樹脂組成物と、これを用いたエナメル線を提供する。
【解決手段】 酸成分の15〜65当量%にイミドジカルボン酸を使用し、アルコール成分の30〜90当量%にトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートを使用したポリエステルイミド樹脂100重量部に、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩0.01〜10重量部を配合してなる電気絶縁用樹脂組成物及びこの電気絶縁用樹脂組成物を導体上に塗布し、焼き付けてなるエナメル線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気絶縁用樹脂組成物及びこれを用いたエナメル線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、耐熱性を有する絶縁電線として、ポリイミド線、ポリアミドイミド線及びポリエステルイミド線が知られている。これらのうち、例えば、特性と価格のバランスの点から、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(以下THEICと略す)を使用して分子鎖中にイミド結合及びイソシアヌレート環を導入したポリエステルイミド樹脂を焼き付けたポリエステルイミド線が比較的多量に使用されている。
最近の電気機器の小型、軽量化及び使用環境の多様化に伴い、ポリエステルイミド線に対する要求性能は一段と厳しくなってきており、可とう性、耐熱衝撃性及び耐冷媒性に優れ、なおかつ耐熱性に優れたポリエステルイミド線が要求されるようになってきた。
しかし、ポリエステルイミド線の場合、耐熱性を向上させるために、イミド成分を増量する、THEICを増量するなどの手法が採られているが、これらの手法を用いると可とう性、耐熱衝撃性などの諸特性が低下する。
【0003】
【特許文献1】特開2007−095639号公報
【特許文献2】特開2006−342253号公報
【特許文献3】特開2006−127958号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記の従来技術の問題点を解決し、導体上に可とう性、耐熱衝撃性、耐冷媒性などの諸特性に優れ、なおかつ耐熱性に優れた皮膜を生じうる電気絶縁用樹脂組成物及びこの組成物を用いたエナメル線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、[1]酸成分の15〜65当量%にイミドジカルボン酸を使用し、アルコール成分の30〜90当量%にトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートを使用したポリエステルイミド樹脂100重量部に、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩0.01〜10重量部を配合してなる電気絶縁用樹脂組成物に関する。
また、本発明は、[2]上記[1]に記載の電気絶縁用樹脂組成物を導体上に塗布し、焼付けてなるエナメル線に関する。
また、本発明は、[3]上記[2]に記載のエナメル線上に、さらに、ポリアミドイミド系絶縁塗料を塗布、焼付けてなる絶縁層が形成されたエナメル線に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明の電気絶縁用樹脂組成物は、分子鎖中にイソシアヌレート結合を有するポリエステルイミドを含有し、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩を含有するので、耐熱衝撃性及び耐冷媒性に優れるとともに、耐熱性及び可とう性等の諸特性が低下しないエナメル線が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明における分子中にイソシアヌレート環を有するポリエステルイミド樹脂は、酸成分とアルコール成分との反応により得られる。ここで、イソシアヌレート環とは、次の構造で示されるものである。
【0008】
【化1】

【0009】

本発明に用いるポリエステルイミド樹脂としては、酸成分の一部として一般式(2)

〔一般式(2)中、Rはトリカルボン酸の残基等の3価の有機基、Rはジアミンの残基等の2価の有機基を意味する。残基とは、原料成分から結合に供された官能基を除いた部分の構造をいう。〕で表されるイミドジカルボン酸を用いる。
一般式(2)で表されるイミドジカルボン酸としては、例えばジアミン1モルに対してトリカルボン酸無水物2モルを反応させることにより得られるイミドジカルボン酸(特公昭51−40113号公報参照)が挙げられる。
また、あらかじめジアミンとトリカルボン酸無水物とを反応させてイミドジカルボン酸として用いないで、ジアミンとトリカルボン酸無水物をポリエステルイミドの製造時に加えて、イミドジカルボン酸の残基を形成してもよい。
【0010】
トリカルボン酸無水物としては、トリメリット酸無水物、3,4,4'-ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4'-ビフェニルトリカルボン酸無水物等があり、トリメリット酸無水物が好ましい。
【0011】
ジアミンとしては、4,4'-ジアミノジフェニルメタン、4,4'-ジアミノジフェニルエーテル、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、1,4-ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン等が用いられる。
【0012】
イミドジカルボン酸の使用量は、全酸成分の15〜65当量%の範囲とすることが好ましく、20〜60当量%の範囲とすることがより好ましい。イミドジカルボン酸の使用量が少なすぎると耐熱性が劣る傾向にあり、多すぎると可とう性及びエナメル線の外観が低下する場合がある。
上記のイミドジカルボン酸以外の酸成分としては、テレフタル酸又はその低級アルキルエステル、例えば、テレフタル酸モノメチル、テレフタル酸の低級アルキルのジエステル等のテレフタル酸ジエステル、例えば、テレフタル酸ジメチルなどが用いられる。また、エナメル線用ポリエステルイミドワニスに常用される化合物、例えば、イソフタル酸、アジピン酸、フタル酸、セバシン酸などを用いることもできる。
【0013】
また、分子鎖中にイソシアヌレート環を有するポリエステルイミド樹脂の製造に用いるアルコール成分としては、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートを必須として使用し、その使用量は、全アルコール成分の30〜90当量%の範囲とすることが好ましく、40〜80当量%の範囲とすることがより好ましい。トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートの使用量が少なすぎると耐熱性が劣る傾向にあり、多すぎると可とう性が低下する傾向にある。
【0014】
上記のトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート以外のアルコール成分としては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール等のジオール類、グリセリン、トリメチロールプロパン、ヘキサントリオール等のトリオール類などが用いられる。これらの酸成分及びアルコール成分は単独で又は2種以上組み合わせて用いられる。
【0015】
アルコール成分と酸成分との配合割合は、可とう性及び耐熱性の点から、カルボキシル基に対する水酸基の当量比を1.3〜2.5とすることが好ましく、1.5〜2.2とすることがより好ましい。カルボキシル基に対する水酸基の当量比が2.5を超えて大きいと可とう性が低下する傾向があり、1.3未満では耐熱性が低下する傾向がある。
【0016】
本発明に用いるポリエステルイミド樹脂の合成は、例えば、前記の酸成分とアルコール成分とをエステル化触媒の存在下に160〜250℃、好ましくは170〜250℃の温度で、3〜15時間、好ましくは5〜10時間加熱反応させることにより行われる。この際、用いられるエステル化触媒としては、例えば、テトラブチルチタネート、酢酸鉛、ジブチルスズラウレート、ナフテン酸亜鉛などが挙げられる。また、反応は、窒素ガス等の不活性雰囲気下で行うことが好ましい。前記のイミドジカルボン酸は、あらかじめ合成したものを用いてもよく、また、ジアミン及び無水トリメリット酸のイミド酸となる成分を他の酸成分、アルコール成分と同時に混合加熱してイミド化及びエステル化を同時に行ってもよい。このときジアミンと無水トリメリット酸の配合量は、前記のイミドジカルボン酸の配合量に対応する量とするのが好ましい。
また、合成時の粘度が高いため、例えば、フェノール、クレゾール、キシレノール等のフェノール系溶媒の共存下で合成を行うことが好ましい。
【0017】
本発明に使用する高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩としては、BYK−405(ビックケミー・ジャパン株式会社製、商品名)、ディスパロン#1860(楠本化成株式会社製、商品名)などが挙げられる。
【0018】
本発明の電気絶縁用樹脂組成物は、前記のようなポリエステルイミド樹脂100重量部に対して、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩を0.01〜10重量部、好ましくは0.05〜8重量部の割合で配合して得られる。
高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩の量が0.1重量部未満であると、耐熱衝撃性及び耐冷媒性の向上効果が少なく、また、10重量部を超えるとエナメル線の耐熱性が低下する傾向がある。
【0019】
高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩は、適当な溶媒、例えばクレゾール、フェノール、キシレノールなどに溶解した溶液としてポリエステルイミド樹脂と混合することができるが、これに制限されるものではなく、他の方法を適宜適用することができる。
【0020】
本発明の電気絶縁用樹脂組成物には、必要に応じて更にテトラブチルチタネート等の硬化剤、有機酸の金属塩、例えば、亜鉛塩、鉛塩、マンガン塩等の外観改良剤を添加することができる。硬化剤の使用量は、ポリエステルイミド樹脂に対して3〜10重量%が好ましく、有機酸の金属塩の使用量は、ポリエステルイミド樹脂に対して0.1〜1重量%が好ましい。
【0021】
本発明の電気絶縁用樹脂組成物は、溶媒に溶解して適当な粘度に調整して使用することができる。この際用いられる溶媒としては、例えば、フェノール、クレゾール、キシレノール、セロソルブ類、キシレンなど、ポリエステルイミド樹脂との溶解性が良好な溶媒が用いられる。
【0022】
こうして得られる本発明の電気絶縁用樹脂組成物は、銅線等の導体上に塗布し、焼付けることにより、耐熱衝撃性及び耐冷媒性に優れたエナメル線とすることができる。さらに、本発明の電気絶縁用樹脂組成物を銅線等の導体上に塗布し、焼付けて形成したエナメル線上に、さらに、ポリアミドイミド系絶縁塗料を塗布、焼付けてなる絶縁層が形成されたエナメル線とすることが好ましい。
エナメル線の製造法は、本発明の組成物を用いること以外は、特に制限なく、常法に従うことができる。例えば、導体上に本発明の電気絶縁用樹脂組成物を塗布し、350〜550℃、好ましくは400〜500℃で1分〜5分間、好ましくは2〜4分間加熱して焼付ける工程を複数回繰り返し、所望の厚みの皮膜を導体上に形成する方法が挙げられる。最終的に形成される皮膜の厚みは、特に制限はないが、通常0.01〜0.08mmが好ましく、0.02〜0.06mmとすることがより好ましい。このようにして得られる本発明のエナメル線は、耐熱性及び可とう性などの諸特性が低下することはない。
【実施例】
【0023】
次に、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、例中の「%」は特に断らない限り「重量%」を意味する。
【0024】
(実施例1)
ポリエステルイミド樹脂液の調製
温度計、攪拌機及びコンデンサ付き4つ口フラスコに、4,4'-ジアミノジフェニルメタン158.4g(1.6当量)、無水トリメリット酸307.2g(3.2当量)、テレフタル酸ジメチル232.8g(2.4当量)、トリス(2-ヒドロキシエチル)イソシアヌレート375.8g(4.32当量)、エチレングリコール89.3g(2.88当量)、クレゾール385g及びテトラブチルチタネート1.16gを入れ、窒素気流中で室温(25℃)から1時間で170℃に昇温して3時間反応させた。
次いで、得られた溶液を215℃に昇温して6時間反応させ、ポリエステルイミド樹脂を合成した。得られた樹脂溶液にクレゾール920gを加え、テトラブチルチタネート41.2gを添加して不揮発分42重量%のポリエステルイミド樹脂液を得た。
【0025】
電気絶縁用樹脂組成物の調製
上記(1)で得られたポリエステルイミド樹脂液100gに、BYK−405(ビックケミー・ジャパン株式会社製、商品名)のクレゾール溶液(濃度50重量%)を0.84g(樹脂液の固形分に対して1重量%)添加して電気絶縁用樹脂組成物を得た。なお、この電気絶縁用樹脂組成物中のテトラブチルチタネート(硬化剤)の含有量は、ポリエステルイミド樹脂液中の固形分に対して4重量%であった。
【0026】
(実施例2)
実施例1(2)において、BYK−405の代わりに、ディスパロン#1860(楠本化成株式会社製、商品名)のクレゾール溶液(濃度50重量%)を1.68g(樹脂液の固形分に対して2重量%)添加した以外は、実施例1に準じて行った。
【0027】
(実施例3)
実施例1(2)において、BYK−405を1.68g(樹脂液の固形分に対して2重量%)添加した以外は、実施例1に準じて行った。
【0028】
(比較例1)
実施例1(1)のポリエステルイミド樹脂液をそのまま用いた。
【0029】
(比較例2)
温度計、攪拌機及びコンデンサ付き4つ口フラスコに、4,4'-ジアミノジフェニルメタン158.4g(1.6当量)、無水トリメリット酸307.2g(3.2当量)、テレフタル酸ジメチル232.8g(2.4当量)、トリス(2-ヒドロキシエチル)イソシアヌレート461.1g(5.3当量)、エチレングリコール89.3g(2.88当量)、クレゾール395g及びテトラブチルチタネート1.16gを入れ、窒素気流中で室温から1時間で170℃に昇温して3時間反応させた。
次いで、得られた溶液を215℃に昇温して6時間反応させ、ポリエステルイミド樹脂を合成した。得られた樹脂溶液にクレゾール930gを加え、テトラブチルチタネート41.7gを添加して不揮発分42重量%のポリエステルイミド樹脂液を得た。
【0030】
[試験例]
実施例1〜3及び比較例1〜2で得られた樹脂組成物を、下記の焼付け条件に従って直径1.0mmの銅線に塗布し、線速14m/分で焼付け、エナメル線を作製した。
(塗布・焼付け条件)
焼付け炉:熱風式竪炉(炉長5.5m)
炉温 :入口/出口=320℃/430℃
塗装方法:樹脂組成物をくぐらせたエナメル線をダイスで絞り、焼付け炉を通過させる手順を7回行う。1回目から7回目までのダイスの径を1.05mm、1.06mm、1.07mm、1.08mm、1.09mm、1.10mm、1.11mmと変化させた。
また、得られたエナメル線の耐冷媒性試験を下記の方法に従って評価し、一般特性(可とう性、耐熱衝撃性、絶縁破壊電圧、耐軟化性)をJIS C 3003に準じて測定し、その結果を表1に示した。
【0031】
(耐冷媒性試験)
JIS C 3003に準じて2個より試験片を作製し、これを耐圧容器に入れ、温度80〜85℃、圧力40〜45kg/cmになるようにフロンガス(R−22)を注入する。上記の温度及び圧力で96時間保ち、急冷する。フロンガスを抜き、1分以内に所定温度の乾燥機に投入し、10分後に取り出す。試験片の絶縁破壊電圧を測定し、初期値と比較して保持率を求めた。
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示した結果から、実施例1〜3で得られた樹脂組成物を用いて作製したエナメル線は、比較例で得られたものに比べて、耐熱衝撃性及び耐冷媒性に優れるとともに、可とう性等の特性においても同等以上であったことが分かる。
【0034】
本発明による分子鎖中にトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートに由来するイソシアヌレート結合を有するポリエステルイミドと、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩を有する電気絶縁用脂組成物を用いれば、耐熱衝撃性及び耐冷媒性に優れるとともに、耐熱性及び可とう性等の諸特性が低下しないエナメル線が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸成分の15〜65当量%にイミドジカルボン酸を使用し、アルコール成分の30〜90当量%にトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレートを使用したポリエステルイミド樹脂100重量部に、高分子酸ポリエステルの長鎖アミノアマイド塩0.01〜10重量部を配合してなる電気絶縁用樹脂組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の電気絶縁用樹脂組成物を導体上に塗布し、焼付けてなるエナメル線。
【請求項3】
請求項2に記載のエナメル線上に、さらに、ポリアミドイミド系絶縁塗料を塗布、焼付けてなる絶縁層が形成されたエナメル線。

【公開番号】特開2009−286825(P2009−286825A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137891(P2008−137891)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】