説明

非対称中空糸ガス分離膜、及びガス分離方法

【課題】本願発明は、芳香族ポリイミドからなる新規非対称中空糸ガス分離膜に関する。本願発明の非対称中空糸ガス分離膜は、特に酸素と窒素との分離度が高く、機械的性質が優れ、再現性よく製造が可能で、使用条件で性能が安定しているので、窒素富化膜、酸素富化膜として好適である。
【解決手段】芳香族ジアミン成分として、ジアミノジクロロジフェニルエーテル類を用いた特定の反復単位からなる芳香族ポリイミドであることを特徴とするガス分離膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の反復単位からなる可溶性の芳香族ポリイミドで形成され、優れたガス分離性能を有すると共に改良された機械的特性を併せ持った非対称中空糸ガス分離膜、及び前記非対称中空糸ガス分離膜を用いたガス分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ビフェニルテトラカルボン酸を主成分としたテトラカルボン酸成分と分子内にスルホン基を有するジアミン成分とから得られた可溶性の芳香族ポリイミドを用いた気体分離膜の製造方法が開示されている。しかし、特許文献1には、テトラカルボン酸成分として、ビフェニルテトラカルボン酸を4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸と組み合わせて用いることについては記載がない。また、ジアミノジフェニレンスルホン類(後述のジアミノジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド類に同じ)と、分子内にエーテル基と塩素基とを有するジアミン成分としてジクロロジアミノジフェニルエーテル類とを併用して優れたガス分離性能を有するガス分離膜を得ることについては記載がない。
特許文献2には、4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸とビフェニルテトラカルボン酸とをテトラカルボン酸成分とし、ジアミノジフェニレンスルホン類(後述のジアミノジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド類に同じ)などをジアミン成分の主成分とした芳香族ポリイミドからなるガス分離中空糸膜が開示されている。この非対称中空糸ガス分離膜は、窒素ガスの透過速度に対する酸素ガスの透過速度の比(分離度)が良好であるなど、ガス分離性能は良好であったが中空糸膜としての機械的特性については改善の余地があった。また、特許文献2には、ジアミノジフェニレンスルホン類などのジアミンと併用して、ベンゼン環を複数有する芳香族ジアミン化合物を用いることが好ましいことが記載されている。しかし、ジクロロジアミノジフェニルエーテル類を併用してガス分離性能をさらに改良することについては何ら具体的な記載がなかった。
【0003】
【特許文献1】特開昭61−133106号公報
【特許文献2】特開平3−267130号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、特定の反復単位からなる可溶性の芳香族ポリイミドで形成され、改良されたガス分離性能を有すると共に改良された機械的特性を併せ持った非対称中空糸ガス分離膜、及び前記非対称中空糸分離膜を用いたガス分離方法を提供することにある。本発明の非対称中空糸ガス分離膜は、酸素ガスと窒素ガスとのガス分離性能において優れ、機械的特性にも優れるので、空気から窒素の濃度を高めた窒素富化空気や酸素の濃度を高めた酸素富化空気を得るのに好適に用いることができる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、下記一般式(1)で示される反復単位からなる可溶性の芳香族ポリイミドで形成されていることを特徴とする中空糸ガス分離膜に関する。
【0006】
【化1】

〔但し、一般式(1)のBは4価のユニットであり、
その10〜100モル%が下記一般式(2)で示されるジフェニルヘキサフルオロプロパン構造に基づく4価のユニットB1であり、
【0007】
【化2】

その90〜0モル%が下記一般式(3)で示されるビフェニル構造に基づく4価のユニットB2であり、
【0008】
【化3】

一般式(1)のAは2価のユニットであり、
その3〜65モル%が、下記一般式(4)で示される2価のユニットA1であり、
【0009】
【化4】

その97〜35モル%が、下記一般式(5)で示される2価のユニットA2又は/および下記一般式(6)で示されるA3である。〕
【0010】
【化5】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、nは0、1又は2である。)
【0011】
【化6】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、Xは−CH−又は−CO−である。)
本発明は、前記A1が2,2’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルからアミノ基を除いた2価のユニットであることを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0012】
本発明は、前記A2又は/およびA3がA2であり、A2が3,7−ジアミノ−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドからアミノ基を除いた2価のユニットであることを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0013】
本発明は、非対称非多孔膜であることを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0014】
本発明は、酸素ガス透過速度(P’O2)が6.0×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHg以上で且つ酸素ガス透過速度と窒素ガス透過速度との比(P’O2/P’N2)が4.0以上のガス分離性能を有することを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0015】
本発明は、引張り破断伸度が10%以上であることを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0016】
本発明は、引張り破断強度が2.5kgf/mm以上であることを特徴とする前記中空糸ガス分離膜に関する。
【0017】
本発明は、前記中空糸ガス分離膜を用いて、複数のガスを含む混合ガスから特定のガスを選択的に分離回収する方法に関する。
【0018】
本発明は、前記中空糸ガス分離膜を用いて、空気から酸素富化空気もしくは窒素富化空気を製造する方法に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によって、高いガス分離性能、例えば酸素ガスと窒素ガスとの高いガス分離性能を有する非対称中空糸ガス分離膜を得ることができる。また、本発明の非対称中空糸ガス分離膜は、酸素ガスと窒素ガスとのガス分離性能において優れるので、空気から窒素の濃度を高めた窒素富化空気や酸素の濃度を高めた酸素富化空気を得るのに好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明は、特定の反復単位からなる可溶性の芳香族ポリイミドで形成され、主としてガス分離性能を担う極めて薄い緻密層(好ましくは厚さが0.001〜5μm)とその緻密層を支える比較的厚い多孔質層(好ましくは厚さが10〜2000μm)とからなる非対称構造を有する非対称ガス分離膜であり、好ましくは、内径が10〜3000μmで外径が30〜7000μm程度の中空糸膜であって、改良されたガス分離性能を有する非対称中空糸ガス分離膜である。
【0021】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜を形成する芳香族ポリイミドは、前記一般式(1)の反復単位で示される。
すなわち、テトラカルボン酸成分に起因する4価のユニットは、10〜100モル%好ましくは20〜90モル%の前記一般式(2)で示されるジフェニルヘキサフルオロプロパン構造からなるユニットと、90モル%以下好ましくは80〜20モル%の前記一般式(3)で示されるビフェニル構造からなるユニットとからなる。ジフェニルヘキサフルオロプロパン構造が10モル%未満でビフェニル構造が90モル%を越えると、得られるポリイミドのガス分離性能が低下して、高性能ガス分離膜を得ることが難しくなる。
【0022】
また、ジアミン成分に起因する2価のユニットは、3〜65モル%好ましくは5〜60モル%の前記一般式(4)で示される分子内にエーテル基と塩素基とを有するジクロロジフェニルエーテル構造からなるユニットと、97〜35モル%好ましくは95〜40モル%の前記一般式(5)及び/又は前記一般式(6)で示される構造からなるユニットとで構成される。前記一般式(4)で示される分子内にエーテル基と塩素基とを有するジクロロジフェニルエーテル構造からなるユニットが3モル%未満ではガス分離性能を改良できない。また70モル%を越えると、溶解性が低下し紡糸に適した流動性の良好なポリマー溶液を得にくいので好ましくない。
【0023】
この芳香族ポリイミドの前記各ユニットを構成するモノマー成分について説明する。
前記一般式(2)で示されるジフェニルヘキサフルオロプロパン構造からなるユニットは、テトラカルボン酸成分として、(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸、その二無水物、又はそのエステル化物を用いることによって得られる。前記(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸類としては、4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸、3,3’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸、3,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸、それらの二無水物、又はそれらのエステル化物を好適に用いることができるが、特に4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸、その二無水物、又はそのエステル化物が好適である。
前記一般式(3)で示されるビフェニル構造からなるユニットは、テトラカルボン酸成分として、ビフェニルテトラカルボン酸、その二無水物、又はそのエステル化物などのビフェニルテトラカルボン酸類を用いることによって得られる。前記ビフェニルテトラカルボン酸類としては、3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、2,2’,3,3’−ビフェニルテトラカルボン酸、それらの二無水物、又はそれらのエステル化物を好適に用いることができるが、特に3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸、その二無水物、又はそのエステル化物が好適である。
【0024】
前記一般式(4)で示される分子内にエーテル基と塩素基とを有するジクロロジジフェニルエーテル構造からなるユニットは、ジアミン成分として、下記一般式(7)で示されるジクロロジアミノジフェニルエーテル類を用いることによって得られる。
【0025】
【化7】

【0026】
前記のジクロロジアミノジフェニルエーテル類(一般式(7))としては、例えば2,2’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、2,3’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、2,2’−ジクロロ−3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、2,3’−ジクロロ−3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、4,4’−ジクロロ−3,3’−ジアミノジフェニルエーテル、4,5’−ジクロロ−3,3’−ジアミノジフェニルエーテルなどを挙げることができる。
【0027】
また、前記一般式(5)又は前記一般式(6)で示される構造からなるユニットは、ジアミン成分として、それぞれ、下記一般式(8)及び一般式(9)で示される芳香族ジアミンを用いることによって得られる。
【0028】
【化8】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、nは0、1又は2である。)
【0029】
【化9】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、Xは−CH−又は−CO−である。)
【0030】
前記一般式(8)で示される芳香族ジアミンとしては、一般式(8)のnが0である下記一般式(10)で示されるジアミノジベンゾチオフェン類、又は一般式(8)のnが2である下記一般式(11)で示されるジアミノジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド類を好適に挙げることができる。
【0031】
【化10】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基である。)
【0032】
【化11】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基である。)
【0033】
前記のジアミノジベンゾチオフェン類(一般式(10))としては、例えば3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,6−ジメチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−4,6−ジメチルジベンゾチオフェン、2,8−ジアミノ−3,7−ジメチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,8−ジエチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,6−ジエチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−4,6−ジエチルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,8−ジプロピルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,6−ジプロピルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−4,6−ジプロピルジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,8−ジメトキシジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−2,6−ジメトキシジベンゾチオフェン、3,7−ジアミノ−4,6−ジメトキシジベンゾチオフェンなどを挙げることができる。
【0034】
前記のジアミノジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド類(一般式(11))としては、例えば3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、2,8−ジアミノ−3,7−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,8−ジエチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,6−ジエチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジエチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,8−ジプロピルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,6−ジプロピルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジプロピルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,8−ジメトキシジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,6−ジメトキシジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジメトキシジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドなどを挙げることができる。
【0035】
前記の一般式(9)において、Xが−CH−であるジアミノチオキサンテン−10,10−ジオン類としては、例えば3,6−ジアミノチオキサンテン−10,10−ジオン、2,7−ジアミノチオキサンテン−10,10−ジオン、3,6−ジアミノ−2,7−ジメチルチオキサンテン−10,10−ジオン、3,6−ジアミノ−2,8−ジエチル−チオキサンテン−10,10−ジオン、3,6−ジアミノ−2,8−ジプロピルチオキサンテン−10,10−ジオン、3,6−ジアミノ−2,8−ジメトキシチオキサンテン−10,10−ジオン、等を挙げることができる。
【0036】
前記の一般式(9)において、Xが−CO−であるジアミノチオキサンテン−9,10,10−トリオン類としては、例えば3,6−ジアミノ−チオキサンテン−9,10,10−トリオン、2,7−ジアミノ−チオキサンテン−9,10,10−トリオンなどを挙げることができる。
【0037】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜を形成する芳香族ポリイミドのジアミン成分は、97〜35モル%の前記ジアミノジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド類とりわけ3,7−ジアミノ−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドと、3〜65モル%のジクロロジアミノジフェニルエーテル類との組合せが特に好適に用いられる。なお、3,7−ジアミノ−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドは、メチル基の位置が異なる異性体のいずれか、又はそれら異性体の混合物を意味する。通常は、3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−2,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドを含む混合物が好適に用いられる。
【0038】
また、本発明の非対称中空糸ガス分離膜を形成する芳香族ポリイミドでは、前述のテトラカルボン酸成分とジアミン成分以外のモノマー成分を、本発明の効果を維持し得る範囲内で少量(通常は20モル%以下特に10モル%以下)用いても構わない。
【0039】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜を形成する芳香族ポリイミドは、有機極性溶媒への溶解性が優れており、前述のテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを略等モル用いて有機極性溶媒中で重合及びイミド化することによって容易に高重合度の芳香族ポリイミド溶液として得ることができる。その結果、この芳香族ポリイミド溶液を用いて乾湿式紡糸法によって非対称中空糸膜を好適に得ることができる。
【0040】
前記芳香族ポリイミド溶液の調製は、有機極性溶媒中にテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを所定の組成比で加え、室温程度の低温で重合反応させてポリアミド酸を生成し次いで加熱して加熱イミド化するか又はピリジンなどを加えて化学イミド化する2段法、または、有機極性溶媒中にテトラカルボン酸成分とジアミン成分とを所定の組成比で加え、100〜250℃好ましくは130〜200℃程度の高温で重合イミド化反応させる1段法によって好適に行われる。加熱によってイミド化反応を行うときは脱離する水またはアルコールを除去しながら行うことが好適である。有機極性溶媒に対するテトラカルボン酸成分とジアミン成分の使用量は、溶媒中のポリイミドの濃度が5〜50重量%程度好ましくは5〜40重量%にするのが好適である。
重合イミド化して得られた芳香族ポリイミド溶液は、そのまま直接紡糸に用いることもできる。また、例えば得られた芳香族ポリイミド溶液を芳香族ポリイミドに対し非溶解性の溶媒中に投入して芳香族ポリイミドを析出させて単離後、改めて有機極性溶媒に所定濃度になるように溶解させて芳香族ポリイミド溶液を調製し、それを紡糸に用いることもできる。
紡糸に用いる芳香族ポリイミド溶液は、ポリイミドの濃度が5〜40重量%更には8〜25重量%になるようにするのが好ましく、溶液粘度(回転粘度)は100℃で100〜15000ポイズ好ましくは200〜10000ポイズ、特に300〜5000ポイズであることが好ましい。溶液粘度が100ポイズ未満では、均質膜(フィルム)は得られるかもしれないが、機械的強度の大きな非対称中空糸膜を得ることは難しい。また、15000ポイズを越えると、紡糸ノズルから押し出しにくくなるため目的の形状の非対称中空糸膜を得ることは難しい。
【0041】
前記有機極性溶媒としては、得られる芳香族ポリイミドを好適に溶解できるものであれば限定されるものではないが、例えばフェノール、クレゾール、キシレノールのようなフェノール類、2個の水酸基をベンゼン環に直接有するカテコール、レゾルシンのようなカテコール類、3−クロルフェノール、4−クロルフェノール(後述のパラクロロフェノールに同じ)、3−ブロムフェノール、4−ブロムフェノール、2−クロル−5−ヒドロキシトルエンなどのハロゲン化フェノール類などからなるフェノール系溶媒、又はN−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミドなどのアミド類からなるアミド系溶媒、あるいはそれらの混合溶媒などを好適に挙げることができる。
【0042】
本願発明のポリイミド非対称ガス分離膜は、前記芳香族ポリイミド溶液を用いて、乾湿式法による紡糸(乾湿式紡糸法)によって好適に得ることができる。乾湿式法は、膜形状にしたポリマー溶液の表面の溶媒を蒸発させて薄い緻密層(分離層)を形成し、更に、凝固液(ポリマー溶液の溶媒とは相溶し、ポリマーは不溶な溶剤)に浸漬し、その際生じる相分離現象を利用して微細孔を形成して多孔質層(支持層)を形成させる方法(相転換法)であり、Loebらが提案(例えば、米国特許3133132号)したものである。
【0043】
乾湿式紡糸法は、紡糸用ノズルを用いて乾湿式法によって中空糸膜を形成する方法であり、例えば特許文献1や特許文献2などに記載されている。
すなわち、紡糸ノズルは、芳香族ポリイミド溶液を中空糸状体に押し出すものであればよく、チューブ・イン・オリフィス型ノズルなどが好適である。通常、押し出す際の芳香族ポリイミド溶液の温度範囲は約20℃〜150℃、特に30℃〜120℃が好適である。また、ノズルから押し出される中空糸状体の内部へ気体または液体を供給しながら紡糸がおこなわれる。
凝固液は、芳香族ポリイミド成分を実質的には溶解せず且つ芳香族ポリイミド溶液の溶媒と相溶性があるものが好適である。特に限定するものではないが、水や、メタノール、エタノール、プロピルアルコールなどの低級アルコール類や、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトンなどの低級アルキル基を有するケトン類など、あるいは、それらの混合物が好適に用いられる。
凝固工程では、ノズルから中空糸形状に吐出された芳香族ポリイミド溶液がその形状を保持できる程度に凝固させる一次凝固液に浸漬し、次いで完全に凝固させるための二次凝固液に浸漬するのが好ましい。凝固した中空糸分離膜は炭化水素などの溶媒を用いて凝固液と溶媒置換させたあとで乾燥し、更に加熱処理するのが好適である。加熱処理は、用いられた芳香族ポリイミドの軟化点又は二次転移点よりも低い温度で行うことが好ましい。
【0044】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜は、主としてガス分離性能を担う極めて薄い緻密層(好ましくは厚さが0.001〜5μm)とその緻密層を支える比較的厚い多孔質層(好ましくは厚さが10〜2000μm)とからなる非対称構造を有し、内径が10〜3000μmで外径が30〜7000μm程度の中空糸膜であって、改良された優れたガス分離性能を有する。すなわち、本発明の非対称中空糸ガス分離膜は、好適には、50℃における酸素ガス透過速度(P’O2)が5.5×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHg以上、好ましくは6.0×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHg以上で且つ酸素ガス透過速度と窒素ガス透過速度との比(P’O2/P’N2)が4.0以上好ましくは4.5以上である。なお、透過速度の比は、通常低温ではより大きな値になる。そして、中空糸膜としての引張り破断強度が2.5kgf/mm以上、好ましくは3kgf/mm以上、より好ましくは4kgf/mm以上であり、特に中空糸膜としての引張り破断伸度が7%以上、好ましくは10%以上の機械的特性を有する。
【0045】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜はモジュール化して好適に用いることができる。中空糸ガス分離膜は、中空糸膜であるためにモジュール当たりの膜面積を広くできるし、高圧の混合ガスを供給してガスを分離できるので、高効率のガス分離が可能になる。通常のガス分離膜モジュールは、例えば、適当な長さの中空糸膜100〜1000000本程度を束ね、その中空糸束の両端部を、中空糸の少なくとも一方の端が開口状態を保持した状態になるようにして、熱硬化性樹脂などからなる管板で固着し、得られた中空糸束と管板などからなる中空糸膜エレメントを、少なくとも混合ガス導入口と透過ガス排出口と非透過ガス排出口とを備える容器内に、中空糸膜の内側に通じる空間と中空糸膜の外側へ通じる空間とが隔絶するように収納し取り付けることによって得られる。このようなガス分離膜モジュールでは、混合ガスが混合ガス導入口から中空糸膜の内側あるいは外側に接する空間へ供給され、中空糸膜に接して流れる間に混合ガス中の特定成分が選択的に膜を透過し、透過ガスが透過ガス排出口から、膜を透過しなかった非透過ガスが非透過ガス排出口からそれぞれ排出されることによって、ガス分離が行われる。
【0046】
本発明の非対称中空糸ガス分離膜は、種々のガス種を高分離度(透過速度比)で分離回収することができる。分離度が高いと目的とするガスの回収率が高くできるので好適である。分離できるガス種には特に限定はない。例えば水素ガス、ヘリウムガス、炭酸ガス、メタンやエタンなどの炭化水素ガス、酸素ガス、窒素ガスなどの分離回収に好適に用いることができる。とりわけ、空気から窒素の濃度を高めた窒素富化空気や酸素の濃度を高めた酸素富化空気を得るのに好適に用いることができる。
【実施例】
【0047】
次に、実施例によって本発明を更に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
(中空糸膜のガス透過性能の測定方法)
6本の非対称中空糸膜と、ステンレスパイプと、エポキシ樹脂系接着剤とを使用して有効長が8cmの透過性能評価用のエレメントを作成し、これをステンレス容器に装着してペンシルモジュールとした。それにヘリウム、酸素、窒素標準混合ガス(容積比30:30:40)を1MPaGの圧力、50℃の温度で中空糸膜の外側に供給し、透過流量および透過ガス組成を測定した。ガス組成はガスクロマトグラフ分析により求めた。測定した透過流量、透過ガス組成、供給圧、および有効膜面積から酸素ガス、および窒素ガスの透過速度を算出した。

【0049】
(中空糸膜の引張り強度と破断伸度の測定)
引張試験機を用いて有効長20mm、引張り速度10mm/分で測定した。測定は23℃で行った。中空糸断面積は中空糸の断面を光学顕微鏡で観察し、光学顕微鏡像から寸法を測定して算出した。
【0050】
(溶液粘度の測定方法)
ポリイミド溶液の溶液粘度は、回転粘度計(ローターのずり速度1.75sec−1)を用い温度100℃で測定した。
【0051】
以下の例で用いた化合物は以下のとおりである。
BPDA:3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物
6FDA:4,4’−(ヘキサフルオロイソプロピリデン)−ビス(無水フタル酸)
(なお、この化合物は2,2−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物ともいう。)
TSN:3,7−ジアミノ−2,8−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドを主成分とし、メチル基の位置が異なる異性体3,7−ジアミノ−2,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシド、3,7−ジアミノ−4,6−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドを含む混合物
ODCA:2,2’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテル
DADE:4,4’−ジアミノジフェニルエーテル
TCB:4,4’−ジアミノ−2,2’,5,5’−テトラクロロビフェニル
PCP:パラクロロフェノール
NMP:N−メチル−2−ピロリドン
【0052】
〔実施例1〕
撹拌機と窒素ガス導入管が取り付けられたセパラブルフラスコに、BPDA 60ミリモルと、6FDA 40ミリモルと、TSN 70ミリモルと、ODCA 30ミリモルとを、ポリマー濃度が17重量%となるように溶媒のPCPと共に加え、窒素ガスをフラスコ内に流通させながら、撹拌下に反応温度190℃で15時間重合イミド化反応をおこない、ポリイミド濃度が17重量%の芳香族ポリイミド溶液を調製した。この芳香族ポリイミド溶液の100℃における溶液粘度は2697ポイズであった。
前記調製した芳香族ポリイミド溶液を、400メッシュの金網でろ過し、これをドープ液として、中空糸紡糸用ノズルを備えた紡糸装置を使用して、中空糸紡糸用ノズル(円形開口部外径1000μm、円形開口部スリット幅200μm、芯部開口部外径400μm)の円形開口部からドープ液を吐出させ、同時に芯部開口部から窒素ガスを吐出させて中空糸状体を形成し、それを窒素雰囲気中に通した後、一次凝固液(0℃、75重量%エタノール水溶液)に浸漬し、更に一対の案内ロールを備えた二次凝固装置内の二次凝固液(0℃、75重量%エタノール水溶液)中で案内ロール間を往復させて中空糸状体を凝固させ、引取りロールによって引取り速度10m/分で引き取って、湿潤中空糸膜を得た。次いでこの中空糸膜をエタノールで脱溶媒処理した後、イソオクタンでエタノールを置換し、更に100℃で加熱してイソオクタンを蒸発乾燥させ、更に250℃で30分間加熱処理して、中空糸膜を得た。
得られた中空糸膜はいずれも、大略、外径が400μm、内径が200μmであった。この中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。結果を表1、表2に示す。
【0053】
(実施例2〜10)
表1に示した種類と、組成とを有するテトラカルボン酸成分およびジアミン成分を使用し、表1に示した濃度となるようにしたほかは実施例1と同様にして、それぞれの芳香族ポリイミドの溶液を調製した。そして、それらの各芳香族ポリイミド溶液から中空糸膜を作成し、中空糸膜から糸束エレメントを形成し、次いで、それらの各中空糸膜の糸束エレメントからガス分離膜モジュールを形成した。
さらに、各ガス分離膜モジュールを使用したほかは、実施例1と同様にして、中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。それらの結果を、表2に示す。
【0054】
(比較例1〜6)
表1に示した種類と、組成とを有するテトラカルボン酸成分およびジアミン成分を使用したほかは実施例1と同様にして、芳香族ポリイミドの溶液を、それぞれ調製した。そして、それらの各芳香族ポリイミド溶液から中空糸膜を作成し、中空糸膜から糸束エレメントを形成し、次いで、それらの各中空糸膜の糸束エレメントからガス分離膜モジュールを形成した。
さらに、各ガス分離膜モジュールを使用したほかは、実施例1と同様にして、中空糸膜のガス透過性能と機械的特性を前記の方法によって測定した。それらの結果を、表2に示す。
【0055】
【表1】

【0056】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0057】
この発明によって、高いガス分離性能、例えば酸素ガスと窒素ガス或いはヘリウムガスと窒素ガスとの高いガス分離性能を有し、更に機械的特性を保持した非対称中空糸ガス分離膜を得ることができる。
また、前記非対称中空糸ガス分離膜を用いて酸素ガスと窒素ガスを含む混合ガスから選択的に酸素ガスを透過させてガス分離を行うガス分離方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される反復単位からなる可溶性の芳香族ポリイミドで形成されていることを特徴とする中空糸ガス分離膜。
【化1】

〔但し、一般式(1)のBは4価のユニットであり、
その10〜100モル%が下記一般式(2)で示されるジフェニルヘキサフルオロプロパン構造に基づく4価のユニットB1であり、
【化2】

その90〜0モル%が下記一般式(3)で示されるビフェニル構造に基づく4価のユニットB2であり、
【化3】

一般式(1)のAは2価のユニットであり、
その3〜65モル%が、下記一般式(4)で示される2価のユニットA1であり、
【化4】

その97〜35モル%が、下記一般式(5)で示される2価のユニットA2又は/および下記一般式(6)で示されるA3である。〕
【化5】

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、nは0、1又は2である。)

(式中、R及びR’は水素原子又は有機基であり、Xは−CH−又は−CO−である。)
【請求項2】
前記A1が2,2’−ジクロロ−4,4’−ジアミノジフェニルエーテルからアミノ基を除いた2価のユニットであることを特徴とする請求項1に記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項3】
前記A2又は/およびA3がA2であり、A2が3,7−ジアミノ−ジメチルジベンゾチオフェン=5,5−ジオキシドからアミノ基を除いた2価のユニットであることを特徴とする請求項1もしくは2のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項4】
非対称非多孔膜であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項5】
酸素ガス透過速度(P’O2)が6.0×10−5cm(STP)/cm・sec・cmHg以上で且つ酸素ガス透過速度と窒素ガス透過速度との比(P’O2/P’N2)が4.0以上のガス分離性能を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項6】
引張り破断伸度が10%以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項7】
引張り破断強度が2.5kgf/mm以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の中空糸ガス分離膜を用いて、複数のガスを含む混合ガスから特定のガスを選択的に分離回収する方法。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれかの記載の中空糸ガス分離膜を用いて、空気から酸素富化空気もしくは窒素富化空気を製造する方法。

【公開番号】特開2010−82549(P2010−82549A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−254482(P2008−254482)
【出願日】平成20年9月30日(2008.9.30)
【出願人】(000000206)宇部興産株式会社 (2,022)
【Fターム(参考)】