説明

非接触吸着治具及び非接触チャック装置

【課題】空気流量に対して効率よく負圧を発生させることができる非接触吸着治具及び非接触チャック装置を提供することを課題とする。
【解決手段】非接触吸着治具1は、吸着面に開口する円柱状の凹部3を備える。凹部には、一対の流体通路5が連通している。流体通路の幅Hと凹部の半径Rとは、0.1≦H/R≦0.5を満たすように設定されており、流体通路の軸心CLと凹部の径線Dとの交点Pに関する、凹部の中心Oを原点とする座標Sは、0.25R≦S≦0.80Rを満たすように設定されており、より好ましくはS=0.5Rである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着対象物を非接触で運搬、保持および位置決めする装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体チップの素材に用いられるウエハは、その製造段階において次工程や同一工程内において多数の移動を必要とする。近年の半導体製品の多様化によるウエハ径の大型化やウエハ厚の薄型化はそのようなウエハ移動工程においてウエハを機械的にチャッキングもしくは吸着させることを困難にしている。つまり、機械的なチャッキングや吸着はウエハに歪の発生や塵の付着を引き起こしやすく、大型かつ薄型のウエハの運搬方式として必ずしも適しているとはいえない。
【0003】
そのため、近年、機械的なチャッキングおよび吸着ではなく、非接触式のチャック装置が実用化されつつある。例えば、特許文献1には、負圧を利用してウエハを吸着させる装置が開示されている。かかる装置では、チャックに円形の凹部を形成し、その凹部内周面に空気の噴出孔を設ける。そして、空気を円周方向に沿って吐出させ、旋回流が引き起こす負圧を利用してウエハを非接触状態で吸着させていた。
【特許文献1】特開2002−64130号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した従来の非接触式チャック装置では、負圧を利用して被運搬物を保持しているため、運搬すべきウエハの重量が大きい場合には、空気の流量を増加させずに運搬する事が困難であった。その一方で、空気の流量を増加させると、静電気の発生により半導体デバイス不良率が著しく高くなり、製造コストが高くなってしまう問題が生じる。
【0005】
また、負圧を用いて吸着する場合、ウエハの重心がチャック中心からずれているとウエハが回転してしまい、ウエハを正確に位置決めできなくなるということがある。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、空気流量に対して効率よく負圧を発生させることができる非接触吸着治具及び非接触チャック装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した課題を解決するため、本発明は、吸着対象物を非接触状態で保持する非接触吸着治具であって、吸着面に開口する円柱状の凹部と、該凹部に流体を噴射する流体通路とを有し、前記流体通路の幅Hと前記凹部の半径Rとは、0.1≦H/R≦0.5を満たすように設定されており、前記流体通路の軸心CLは前記凹部の径線Dと直交するように設けられており、軸心CL及び径線Dの交点Pに関する、該凹部の中心Oを原点とする座標Sは、0.25R≦S≦0.80Rを満たすように設定されている、ことを特徴とする。好適には、前記座標S=0.5Rである。
【0008】
また、本発明は、同課題を解決するための非接触チャック装置も提供する。
【0009】
本発明に係る非接触チャック装置は、少なくとも3つの非接触吸着治具と、前記非接触吸着治具毎に流体の噴射流量を制御する流量個別制御手段とを備え、それら非接触吸着治具は、上述した構成を備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る非接触チャック装置によれば、空気流量に対して効率よく負圧を発生させることができるため、静電気による不良デバイス発生率を著しく抑制することができ、且つ、従来よりも省エネ化、小型化を図ることができる。
【0011】
同様に、本発明に係る非接触チャック装置によれば、空気流量に対して効率よく負圧を発生させることができるため、静電気による不良デバイス発生率を著しく抑制しながら、ウエハの回転および位置を制御することができる。さらに、一つ一つの非接触吸着治具が従来よりも省エネ化、小型化できるため、非接触チャック装置全体として大幅に省エネ化、小型化を達成することができる。
【0012】
なお、本発明の他の特徴及びそれによる作用効果は、添付図面を参照し、実施の形態によって更に詳しく説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る実施の形態について添付図面に基づいて説明する。なお、図中、同一符号は同一又は対応部分を示すものとする。
【0014】
図1は、本実施の形態に係る非接触吸着治具の下方からの斜視図であり、図2及び図3はそれぞれ、図1及び図2のII−II線及びIII−III線に沿う断面図である。非接触吸着治具1は、中央に凹部3を備えた有底円筒状部材により構成されている。凹部3は、円柱状に形成されており、非接触吸着治具1の下面(吸着面)1aに開口している。
【0015】
非接触吸着治具1には吸着面とほぼ平行に延長する一対の流体通路5が形成されている。一対の流体通路5は、矩形の流路を有している。さらに、一対の流体通路5は、相互に軸心CLが平行関係に設けられており、それぞれ軸心CLが凹部3(非接触吸着治具1)の径線Dと直交している。
【0016】
一対の流体通路5の流体導入孔7はそれぞれ、非接触吸着治具1の外周面に開口している。また、流体通路5の流体流入孔9はそれぞれ、凹部3を画定する非接触吸着治具1の内周面に開口している。
【0017】
流体通路5はそれぞれ、その軸心CLに亘って流路面積が一定な通路である。流体通路5における流路の幅Hは、凹部3の半径を符号Rとするとき、0.1≦H/R≦0.5の条件式を満たすように設定されている。
【0018】
さらに、図4をもとに流体通路5の形成位置について説明する。図4に示されるように、凹部3(非接触吸着治具1)の中心Oを原点として相互に直行するようにX軸及びY軸をとる。また、Y軸は、流体通路5の軸心CLと平行となるようにとり、X軸は、軸心CLと直交するようにとる。
【0019】
このような座標において、流体通路5の軸心CLとX軸とが交差する点Pの位置は、そのX座標を符号Sとしたとき、0.25R≦S≦0.80Rの条件式を満たすように設定されている。
【0020】
次に、以上のような構成を有する非接触吸着治具の作用について説明する。図5において矢印11で示されるように、所定の空気供給装置から流体導入孔7へ空気が供給されると、その空気は流体通路5を介して流体流入孔9から凹部3に噴出される。凹部3内においては、上記のような条件・構成で設けられた一対の流体通路5から空気が噴射されることで、交互に強められ同一方向に旋回する旋回流13が生じる。かかる旋回流13によって凹部3内にはエゼクタ効果に基づく負圧が発生し、図5に示されるように、非接触吸着治具1の下面1aにウエハ(吸着対象物)15が吸引され保持される。
【0021】
さらに、凹部3内の旋回流13は、非接触吸着治具1の平坦状且つ環状の下面1aと、それに対向するウエハ15の上面との間から高速の噴流17となって流出するので、ベルヌーイ効果によって非接触吸着治具1の下面1aとウエハ15の間は負圧になる。
【0022】
エゼクタ効果やベルヌーイ効果により凹部3内や非接触吸着治具1の下面1aとウエハ15との間が負圧になると、ウエハ15は相対的に高圧となる周囲の大気圧に押されて非接触吸着治具1の下面1a側に吸引され、それと同時に、その非接触吸着治具1の下面1aとウエハ15の間に介在する空気の圧力により反発力を受け、それらのバランスによってウエハ15は非接触吸着治具1の下面1aと微細な間隔をもって対向した状態で、すなわち非接触状態で保持される。
【0023】
ここで、従来であれば、運搬すべきウエハの重量が大きい場合には、空気の流量を増加せざるを得ない一方、空気の流量を増加させると、静電気の発生により半導体デバイス不良率が著しく高くなり、製造コストが高くなってしまう問題があった。しかしながら、本発明においては、以下に説明するように空気流量に対して効率よく負圧を発生させることで上記問題を解決している。
【0024】
図6に、吸着力を一定にしたときの本発明の比H/Rと不良率との関係を示す。H/Rが0.1未満のときは吸着力を保持するために空気の流量を上げなくてはならず、それにより静電気が発生するために不良率が上がる。不良品発生率はH/Rが0.3付近のときに最小値を示す。逆に、H/Rが0.5を超える場合は、凹部3で旋回流がきれいに整流されず、0.1未満のときと同様に空気の流量を上げることとなり、不良率が上がる。
【0025】
大型ウエハの運搬における半導体デバイス不良率が3%を超えると、同じ径のウエハを一般的な接触型チャックで運搬したときよりも不良発生率が大きくなってしまい、非接触型チャックの優位性が保てなくなる。
【0026】
つまり、大型ウエハ運搬において半導体デバイスの不良率を接触型チャックと同じもしくはそれ以下にしたまま、非接触チャックの非接触であることの優位性を保つためには0.1≦H/R≦0.5という条件を満たさなくてはいけない。
【0027】
本出願人の鋭意検討によれば、不良発生率は負圧比に関連していることが分かった。図7に、図6と同条件で得られた負圧比と比H/Rとの関係を示す。ウエハ15に作用する負圧はH/Rの値が0.3付近にあるとき最も大きくなる。つまり、前述のように、H/Rの関係は旋回流の流れに影響を与え、H/Rの値を調整することでウエハを吸着させるための空気量を減少させることができ、ウエハへの静電気発生抑制による不良率の低下だけでなく、装置の小型化および省エネ化を達成することができる。これは、換言するならば、図7において負圧比が0.6に達しない場合には、大型ウエハの運搬における半導体デバイス不良率が3%を超え、前述した従来の問題を解消することが困難になることを意味する。
【0028】
さらに、上記の比H/R=0.3で固定したときの、点Pの位置とデバイス不良発生率との関係を図8に示す。図8から分かるように、ウエハの不良発生率は点Pの位置が、凹部3の中心と径上の点の中間地点にあるとき、つまりX座標Sが0.5Rの位置にあるときに最も小さくなる。つまり、径と質量が同じウエハであれば、点Pの位置をR/2付近にすることによりウエハを吸着させるための空気流量を減少させることができ、ウエハへの静電気発生による不良を抑制できる。
【0029】
また、半導体デバイス不良率が3%を超えないためには、流体通路5に関する点Pの位置は、X座標Sが少なくとも0.25R≦S≦0.80Rである条件式を満たすように設定する必要がある。
【0030】
さらに、X座標Sが少なくとも0.25R≦S≦0.80Rである場合、半導体デバイス不良率が3%を超えないことは、図4に示す点Pの位置と負圧比との関係によっても現れている。すなわち、図4において、点Pの位置が凹部3の中心から0.5Rまでは外周方向に向かうほど大きくなり、0.5R以降は外周へ向かうほど小さくなる。そして、X座標Sが少なくとも0.25R≦S≦0.80Rである場合には、常に負圧比0.6以上の状態を維持している。すなわち、図6及び図7の双方の結果からも分かるように、0.25R≦S≦0.80Rである場合には、負圧比が0.6以上であり半導体デバイス不良率が3%以下であることが理解できる。これに対して、前述した特許文献1に記載の構成では、流体通路が凹部の外周にほぼ接するような位置にあり、本願の負圧スケールでいうと負圧比0.6を割り込むこととなり、大型のウエハを非接触吸着するための十分な負圧を得られない。
【0031】
このように、比H/Rの調整によって著しく減少できる不良品発生率は、点PのX座標Sによっても調整することができ、点Pの位置も非接触という利点を持ちながら接触型チャックの不良品発生率をより低い値にできるかどうかを決める重要な因子である。
【0032】
以上のように、本実施の形態では、流体通路5に関する比H/R及び座標Sを特定の条件にすることによって、ウエハ15を従来よりも少ない空気流量で保持することができるため、静電気による不良デバイス発生率を著しく抑制できる。また、従来の非接触運搬装置に比べてチャック装置の省エネ化、小型化が達成できる。
【0033】
次に、本発明を、非接触チャック装置として実施した場合の実施の形態について図9に基づいて説明する。非接触チャック装置101は、図中一点鎖線で示すように、ウエハ115を吸着して支持し、また、ウエハを並進運動や回転運動させることで位置決めする。
【0034】
本実施の形態に係る非接触チャック装置101は、空気供給源121、空気切替え制御弁123、空気流量を制御する流量制御回路125及び非接触吸着板127を備えている。非接触吸着板127には、上述した実施の形態に係る非接触吸着治具1が4つ設けられている。非接触吸着板127は平面視四角形状に構成されており、非接触吸着治具1はそれぞれ非接触吸着板127の対応する角部に配置されている。空気切替え制御弁123及び流量制御回路125は、非接触吸着治具1毎に空気(流体)の流量を制御することができる流量個別制御手段として機能する。
【0035】
続いて、非接触チャック装置101の作用について説明する。空気供給源121から空気切替え制御弁123を通じて非接触吸着板127に供給された空気は、4つの非接触吸着治具1から放出されてウエハ115との間に負圧を生じ、ウエハ115を吸着する。このとき、非接触吸着板127に設置されている非接触吸着治具1の少なくとも1つの空気供給をOFFあるいは流量を変える事でウエハ115を僅かに傾かせ、ウエハ115における静止釣合状態を崩すことにより、ウエハ115を非接触吸着板12に沿って並進的に移動させることができる。また、そのような制御を行う対象となる非接触吸着治具1をローテーションさせることによって、ウエハ115を回転的に移動させ、ウエハ115の角度位置決めもすることができる。
【0036】
このように、本実施の形態では、複数の非接触吸着治具1に空気切替え制御弁および制御回路を設けるだけで、ウエハの回転および位置を制御することができ、従来の非接触チャック装置にない特徴を持っている。さらに、空気流量に対して効率よく負圧を発生させることができるため、静電気による不良デバイス発生率を著しく抑制しながら、ウエハの回転および位置を制御することができる。さらに、一つ一つの非接触吸着治具1が従来よりも省エネ化、小型化できるため、非接触チャック装置101全体として大幅に省エネ化、小型化を達成することができる。また、非接触状態でウエハを回転および位置決めさせることができるため、発塵や振動をほとんど発生させないでウエハを所望の位置に設置することができる。
【0037】
以上、好ましい実施の形態を参照して本発明の内容を具体的に説明したが、本発明の基本的技術思想及び教示に基づいて、当業者であれば、種々の改変態様を採り得ることは自明である。
【0038】
例えば、非接触吸着治具に設けられた流体通路の流路形状は、矩形に限らず円形状や多角形状などであってもよい。また、1つの非接触吸着治具に形成される流体通路の数は、1つであってもよく、あるいは、3つ以上であってもよい。また、非接触チャック装置において設けられる非接触吸着治具は、4つに限定されず、少なくとも3つ以上であれば適宜改変することができる。さらに、非接触吸着治具の凹部内に噴射される流体は空気に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施の形態に係る非接触吸着治具の下方からの斜視図である。
【図2】図2は、図1のII−II線に沿う断面図である。
【図3】図3は、図2のIII−III線に沿う断面図である。
【図4】比H/R=0.3における流体通路の形成位置、及びそれと負圧比との関係を示す図である。
【図5】非接触吸着治具によるウエハの吸着状態を示す図である。
【図6】吸着力を一定として、S=0.5Rにおける流体通路に関する比H/Rと不良率との関係を示す図である。
【図7】S=0.5Rにおける流体通路に関する比H/Rと負圧比との関係を示す図である。
【図8】吸着力を一定として、比H/R=0.3における流体通路の形成位置と不良率との関係を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る非接触チャック装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0040】
1 非接触吸着治具
3 凹部
5 流体通路
15、115 ウエハ(吸着対象物)
101 非接触チャック装置
123 空気切替え制御弁(流量個別制御手段)
125 流量制御回路(流量個別制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸着対象物を非接触状態で保持する非接触吸着治具であって、
吸着面に開口する円柱状の凹部と、該凹部に流体を噴射する流体通路とを有し、
前記流体通路の幅Hと前記凹部の半径Rとは、
0.1≦H/R≦0.5を満たすように設定されており、
前記流体通路の軸心CLは前記凹部の径線Dと直交するように設けられており、軸心CL及び径線Dの交点Pに関する、該凹部の中心Oを原点とする座標Sは、
0.25R≦S≦0.80Rを満たすように設定されている、
ことを特徴とする非接触吸着治具。
【請求項2】
前記座標S=0.5Rであることを特徴とする請求項1に記載の非接触吸着治具。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の非接触吸着治具を少なくとも3つ備え、
前記非接触吸着治具毎に流体の噴射流量を制御する流量個別制御手段を備えた、
ことを特徴とする非接触チャック装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−114748(P2006−114748A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−301493(P2004−301493)
【出願日】平成16年10月15日(2004.10.15)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【Fターム(参考)】