説明

非接触診断装置

【課題】 非接触で被検体の診断をする。
【解決手段】 被検体に向けてマイクロ波を放射し、被検体からの反射波を受信する送受信手段と、受信した反射波を位相検波する検波手段と、位相検波した信号成分をハイパスフィルタを介してディジタル信号に変換するA/D変換器と、A/D変換器出力信号を取り込むコンピュータとを備えたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心拍呼吸等による生体表面の微小変位を非接触で計測して診断する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人間や生物の被検体の呼吸を監視する場合、被検体をカメラ撮影し、モニタ画面により被検体が正常呼吸状態にあるか、無呼吸状態にあるかを判定するモニタ装置が知られている。しかし、このモニタ装置では監視者の熟練度が低い場合や、監視者が疲労している場合には無呼吸状態の判定を見逃す可能性がある。そこで、被検体を撮像して画像データを作成し、画像データの単位時間当たりの変化を解析して被検体の無呼吸状態を監視して確実に判定できるようにした呼吸モニタ装置が提案されている(特許文献1、特許文献2)。
【特許文献1】特開2002−272847号公報
【特許文献2】特開2002−306455号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記提案のものでは画像データを解析するため、装置が大がかりになってしまうとともに、心臓の鼓動の監視や診断をすることはできない。また、画像撮影を利用する場合には、人間に適用適用しようとすると着用している衣服を脱がなければならないなどの問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は上記課題を解決しようとするもので、被検体の体表面の微小変位を非接触で計測して診断できるようにすることを目的とする。
そのために本発明は、被検体に向けてマイクロ波を放射し、被検体からの反射波を受信する送受信手段と、受信した反射波を位相検波する検波手段と、位相検波した信号成分をハイパスフィルタを介してディジタル信号に変換するA/D変換器と、A/D変換器出力信号を取り込むコンピュータとを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、マイクロ波を被検体に向けて放射し、その反射から所定の信号成分を抽出するため、隔離室にいる人間や有毒物質にさらされた被検体の心拍度数を非接触でモニタすることができ、医師が患者に直接触れることなく敗血症や有毒ガス犠牲者の診断、処置が可能となり、有毒物質に対する医師の2次被爆を防ぐことも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図1は非接触診断装置の構成を説明するブロック図である。
非接触診断装置は、衣服を着用したままの患者や生物等の被検体に対してマイクロ波レーダー装置2からアンテナボックス1を通して電波を放射し、被検体からの反射波をアンテナボックス1で受信し、ハイパスフィルタ3を介してA/D変換器4でディジタル信号に変換し、パーソナルコンピュータ(PC)5に取り込んで信号を解析し、診断する構成を有している。
【0007】
マイクロ波レーダー装置2からアンテナボックス1を通して被検体に向けて電波を放射すると、例えば衣服を着用したままの患者であればマイクロ波に対して通常の衣服は透明で、人間の体は良好なマイクロ波反射体であるため、必要な強度の反射波が得られる。この反射波をアンテナボックス1で受信してマイクロ波レーダー装置2に取り込む。送信するマイクロ波の周波数としては、1GHz〜10数GHz、パワーは数十mWであり、受信した反射波からアンテナ周囲の背景ノイズを除去する(詳細は後述)ことにより、心臓の鼓動等の生体の体表面の微小変位で変調された反射波が得られる。なお、アンテナボックス1は、例えば、直径70mmの2本のストリップアンテナを内蔵している。
【0008】
マイクロ波レーダー装置2の出力は、例えば、カットオフ周波数1Hzのハイパスフィルタ3を通してA/D変換器4でデジタル信号に変換され、PC5に転送される。ハイパスフィルタ3は心拍に由来した信号を強調し、マイクロ波レーダー装置2の出力信号の大きな成分を占める呼吸に由来する信号を減衰させる役割をしている。
【0009】
図2は人間に対して適用した場合のハイパスフィルタ3の出力信号波形(心拍呼吸波形)を示しており、区間Aは呼吸を小さくした場合、区間Bは普通の呼吸をした場合、区間Cは呼吸を止めた場合に得られた信号あり、普通の呼吸をした場合の区間Bであっても心拍と呼吸の信号が得られていることが確かめられている。なお、マイクロ波レーダーのサンプリング間隔は、例えば1msecである。
【0010】
次に、マイクロ波レーダー装置の概略構成について図3〜図5により説明する。
図3はヘテロダイン方式の送信器と受信器を用いた例を示すブロック図である。
送信器20において、高周波(中間周波数)発生器21の出力は、分配/合成器22、増幅器23を経てミクサ24において局部発振器38の出力と混合されて周波数変換され、増幅器25、分配/合成器26、増幅器27を経て、送信用同軸ケーブル28に供給されてアンテナボックスのアンテナから被検体に対して放射され、被検体からの反射波はアンテナボックススのアンテナを通して受信器30で受信される。受信用同軸ケーブル37上の受信信号は、増幅器31、減算器32、増幅器33を経てミクサ34で局部発振器38の出力と混合されて中間周波数に変換され、増幅器35を経て検波器36に供給され、位相が90°異なる1対の検波出力E1 及びE2 に変換される。送信器内の分配/合成器26の分岐出力ep は、不要反射波相殺信号発生器39に供給され、この発生器39の出力eq は受信器内の減算器32に供給される。送信器内の分配/合成器22の分岐出力ec は、検波器36に供給される。
【0011】
図4は検波器の内部構成を示す図である。
受信器30の増幅器35からの信号er は2分されて、一方は乗算器361に被乗数信号として供給され、他方は乗算器362に被乗数信号として供給される。また、送信器内の分配/合成器22の分岐出力ec も2分されて、一方はそのまま乗算器361に乗数信号ec として供給され、他方は90°移相器363を経て乗算器362に乗数信号es として供給される。乗算器361、362で同期検波された出力は、それぞれ低域フィルタ364、365を通って、直交成分検波出力E1 及びE2 となる。
【0012】
図5は不要反射波相殺信号発生器の内部構成を示す図である。
送信器内の分配/合成器26の分岐出力ep は、可変移相器391と可変減衰器392により、それぞれ位相と振幅が調節されて、不要反射波相殺信号eq となる。
【0013】
ここで、図3〜図5に示された回路、特に受信器の動作を説明する。
一般に、送信信号eT と受信信号eR は、
T =aT cosω0 t (1)
R =aR cosω0 (t−τ) (2)
T 、aR :定数
ω0 :角周波数=2πf0
0 は例えば1200MHz
t:時間
τ=2R/V
R:被検体までの距離
V:電波の速度
の式で表わすことができる。
【0014】
説明を簡明にするため、減算器32は無いと仮定すると、中間周波数に変換されて検波器36に入力される受信信号er は、変換後の遅延時間をあらたにτと起き直して
r =ar cosω(t−τ) (3)
ω:周波数変換後の中間角周波数=2πf
fは例えば10MHz
の式で表わすことができる。
【0015】
他方、分配/合成器22により分岐された送信信号の一部ec は、
c =ac cosωt (4)
と表わすことができる。乗算器361によりec とer を乗算すると、
c ×er =am cosωtcosω(t−τ)
=(1/2) am {cosω(2t−τ)+cosωτ} (5)
m =ar ×ac
また、ec を90°移相した信号es とer とを乗算器362により乗算すると、
s ×er =(1/2) am {sinω(2t−τ)+sinωτ} (6)
(5)式及び(6)式において、右辺を展開したときの第1項は、放射電波の2倍の周波数を持つが、第2項におけるωτは、被検体が静止している場合は一定であり、運動している場合でも、その変化の周波数は第1項に比して極めて低い。したがって、これら乗算器の出力をそれぞれ低域フィルタ364及び365を通すと、(5)式及び(6)式の右辺第1項に対応する成分が除去されて、検波出力E1 及びE2 は、
1 =(1/2)am cosωτ (7)
2 =(1/2)am sinωτ (8)
となる。
【0016】
以上の説明は任意の一つの反射波についてのものであり、従って、被検体からの反射波の位相(電波が往復に要する遅延時間)をτ0 とし、それ以外の障害物、すなわち周囲の静止物からの反射波の遅延時間をτn で代表すれば、検波出力E1 及びE2 は、
1 =(1/2)am cosωτ0 +(1/2)am ′cosωτn (9)
2 =(1/2)am sinωτ0 +(1/2)am ′sinωτn (10)
となるはずである。
【0017】
上記2式の右辺第2項は、被検体とは無関係な不要信号である。ところが、通常、am ′はam よりも著しく大きい場合があるため、このままでは、第1項、すなわち探知対象に対応する信号がノイズの中に埋もれてしまい、十分な感度が得られない。そこで、減算器32及び不要反射波相殺信号発生器39(図3)が設けられる。分配/合成器26の分岐出力ep の位相と振幅を、可変移相器391と可変減衰器392(図5)により、増幅器31からの受信信号の主要成分のそれらとほほ等しくなるように調整し、それを減算器32に供給して、増幅器31からの受信信号から差し引く。実際には、減算器32の出力をレベルメータなどで監視しながら、それが最小となるように、可変移相器391と可変減衰器392を調節すればよい。これにより(9)式と(10)式の右辺第2項の振幅を第1項に対する後述の検知処理に支障がない程度に小さくすることができる。
【0018】
ところで、被検体との距離は、例えば、生体の呼吸、心拍、身体各部の動きなどに応じて、僅かであるが変動し、それに起因して、反射波の位相τ0 が変動する。被検体までの距離の平均値をR0 で表わし、変動分をrで表わせば、
ωτ0 =ω・2(R0 +r)/V
=(2ω/V)R0 +(2ω/V)r
ここで、2ω/VとR0 は一定であるから、(2ω/V)R0 =A、2ω/V=Bと置けば、(9)式と(10)式は次のように書き替えられる。ただし、前述のようにして低減された不要反射波信号の残りを△E1 と△E2 で表わすと、
1 =(1/2)am cos(A+Br)+△E1
2 =(1/2)am sin(A+Br)+△E2
となる。
【0019】
しかるに、R0 に対して、rは微小であるから、
|A|≫|Br|であり、したがって、次の近似式
1 ≒(1/2)am {cosA−BrsinA}+△E1 (11)
2 =(1/2)am {sinA+BrcosA}+△E2 (12)
が成り立つ。
【0020】
これら2式の右辺を展開したときの第1項と第3項は一定、すなわち直流成分であるから、高域フィルタによって除去することができ、それにより、第2項が示す反射波信号の変化分、すなわち被検体の体表面の微小変位(心拍呼吸による変位)を検知することができる。ここで、90度位相が異なる検波出力E1 及びE2 を発生させる理由について説明すると、変化量rの係数であるsinAとcosAにおいて、Aすなわち(2ω/V)R0 がπの整数倍に近い時には、sinA≒0となるので、E1 による検知は不可能になるが、|cosA|≒1となるので、E2 による検知の感度は最大となり、また、Aがπ/2の整数倍に近いときには、cosA≒0となるので、E2 による検知は不可能となるが、|sinA|≒1となるので、E1 による検知の感度は最大となる。したがって、Aの値の如何にかかわらず、検出不能という事態を避けることができる。
【0021】
次に、非接触診断装置で計測した信号波形と、心電図波形とがほぼ一致し、本装置を診断に活用できることを説明する。
図1に戻って、同一患者に対して、マイクロ波レーダー装置を通して心拍呼吸信号を取り込むとともに、患者1に電極を取り付けてポリグラフ7で測定した心電図波形をA/D変換器5に取り込んで、両者を比較したのが図6である。図6(a)は患者に電極を付けて測定した心電図波形、図6(b)は非接触診断装置で計測した信号波形であり、マイクロ波レーダー装置の移相器による遅延で図6(b)の信号ピークは、図6(a)の信号ピークに対して150msec遅延しているものの、心電図波形の心拍と相関した信号が得られていることが分かる。
【0022】
図7は患者に電極を付けて得られた心電図と非接触診断装置により計測した心拍間隔とそのパワースペクトルの一致性を示したものである。
図7(a)の横軸はサンプリング点(1m間隔)、縦軸は非接触診断装置で計測した信号と、電極を付けて得られた心電図波形の各心拍間隔を示しており、両者の心拍間隔はほぼ一致していることが分かる。図7(b)の横軸は電極を付けて得られた心電図波形の心拍間隔、縦軸は非接触診断装置で計測した信号の心拍間隔であり、両者は高い相関を示していることが分かる。また、図7(c)は非接触診断装置で計測した信号のパワースペクトル、図7(d)は電極を付けて得られた心電図波形のパワースペクトルを示しており、これも両者がよく一致している。
【0023】
このように、非接触診断装置で計測した信号は電極を付けて得られた心電図波形の信号と非常によく一致している。例えば、心電図波形の心拍間隔のスペクトルから得られる高周波成分に対する低周波成分の比が1より小であるか否かにより敗血症の診断が可能であり、心拍度数変化の減少が多臓器不全症候群の発生リスクを抱えた敗血症患者の発見に有効であることは既に知られているので、非接触診断装置で計測した信号からこれらの情報を抽出して監視することより、敗血症の診断に使用できるだけでなく、その予測技術にも適用可能である。
【0024】
また、心拍間隔の低周波成分の変化やヘッドアップ傾斜テスト中の0.1 Hz以下の心臓収縮時血圧は、体液喪失(出血)状態に似た条件を呈することが報告されている。また、出血が引き起こした0.05Hzの心拍間隔の振動は、血圧が振動していることに対応した圧覚受容器・ベータ・交換神経反射であることが報告されている。したがって、非接触診断装置により、患者に触れることなく、リアルタイムで出血が引き起こした反応をモニタすることが可能である。
【0025】
また、東京地下鉄のサリン事件における犠牲者を扱ったある緊急病院の医師の多くは、2人の犠牲者の処置中にサリン被爆症状を示し、多くの医師が薄明視を、同様に多くの医師が強度の縮瞳の症状を起こしたことが報告されている。アセチルコリン受容器の阻止抗体であるサリンの被爆は、交換迷走神経のバランスを変えてしまうことが分かっている。また、2003年のシンガポールから報告されているSARSの詳細な疫学データを用いると、1つの個体のSARS感染は、2次感染を引き起し、未だその抑制策が成されていない。
【0026】
このようなことを考えると、生化学的に危険な状況下で医師が有毒物質に2次被爆するのを防ぐために、患者に触れることなく、心拍呼吸をモニタすることが可能である本発明の非接触診断装置は、将来的には神経ガス犠牲者、敗血症患者等を病院前にモニタすることに使用できることが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
以上のように本発明によれば、非接触で診断することができるので産業上の利用価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】非接触診断装置の構成を説明するブロック図である。
【図2】ハイパスフィルタの出力信号波形を説明する図である。
【図3】ヘテロダイン方式の送信器と受信器を用いた例を示すブロック図である。
【図4】検波器の内部構成を示す図である。
【図5】不要反射波相殺信号発生器の内部構成を示す図である。
【図6】心電図と非接触診断装置の心拍波形との比較図である。
【図7】心電図と非接触診断装置で計測した心拍間隔とそのパワースペクトルの一致性を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
1…アンテナボックス、2…マイクロ波レーダー装置、3…ハイパスフィルタ、4…A/D変換器、5…パーソナルコンピュータ、6…ポリグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体に向けてマイクロ波を放射し、被検体からの反射波を受信する送受信手段と、受信した反射波を位相検波する検波手段と、位相検波した信号成分をハイパスフィルタを介してディジタル信号に変換するA/D変換器と、A/D変換器出力信号を取り込むコンピュータとを備えた非接触診断装置。
【請求項2】
前記ハイパスフィルタのカットオフ周波数は1Hzであることを特徴とする請求項1記載の非接触診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−304963(P2006−304963A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−129820(P2005−129820)
【出願日】平成17年4月27日(2005.4.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年2月10日 日本集団災害医学会発行の「日本集団災害医学会誌 第10回日本集団災害医学会総会 プログラム・抄録集 Vol.9 No.2 February 2005」に発表
【出願人】(593062175)株式会社タウ技研 (4)
【Fターム(参考)】