説明

非線形光学顕微鏡を用いた血管内脂質の病理的変化診断システム

【課題】 血管壁の内部をいかなる標識や破壊なしにen−faceマイクロイメージ化し、各構造体の化学的成分を直接分析して微細な病理学的変化を診断するシステム、及びこのシステムを用いて血管内脂質の病理的変化を診断する方法を提供する。
【解決手段】 互いに異なる波長のストークス光、ポンプ光及び探針光を選択的に照射して複合レーザービームを発生させる近赤外線パルスレーザーユニット;前記近赤外線パルスレーザーユニットから伝達された複合レーザービームが照射される試料が装着されたプラットホーム;前記試料で発生したCARS信号を収集してスペクトルを検出する広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニット;前記試料で発生したCARS信号を収集して立体映像を提供するEn face CARSイメージモード検出ユニット;及び前記試料で発生したCARS信号を選択的に各ユニットに伝達する2色性ミラーを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非線形光学顕微鏡を用いた血管内脂質の病理的変化診断システムに係り、より詳しくは非線形光学顕微鏡を用いて血管のいかなる標識や破壊もなしに血管内壁に非正常的に沈着した微細脂質をイメージ化するとともにイメージ化した脂質の成分を分析して血管の微細な病理学的変化を診断することで脂質関連疾病の進行段階を判断することができる非線形光学顕微鏡を用いた血管内脂質の病理的変化診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
脂質は動脈硬化の進行段階に連関されている。動脈硬化の初期段階で、脂質の滞留は主要な開始事象であると思われている。いわゆる“内膜滞留による現象(response−retention)”仮説に対する具体的な事項は明かされていないが、動脈硬化性脂蛋白が内膜に蓄積し、粥腫発生(atherogenesis)が誘導されると強調している。このモデルによれば、浸透した脂蛋白は細胞外基質(extracellular matrix、ECM)、特にプロテオグリカン(proteoglycan)と結合し、これら脂蛋白−プロテオグリカン複合体は分泌されたサイトカインと脂質を含む泡沫細胞(foam cell)の分化によるマクロファージの募集のような動脈硬化現象を誘導する。一方、脂質含量は進行段階で動脈硬化病斑脆弱性を決める決定的な役目をする。傷つきやすい病斑はコラーゲンが多い中心部の代わりに脂質が多い中心部のソフトグルーアル(soft gruel)段階を含む。事実上、病巣の脂質成分は病斑破裂と血栓症に直接連関されているといういくつかの研究が報告されている。進行されたアテローム性中心部(atheromatous core)にはコレステロール(遊離型及びエステル化した型の両者)、リン脂質、トリアシルグリセロール、及び脂肪酸を含む。主要構成成分であるコレステロールは、板型、針型そして時々ヘリックス型などの多様な外形を持つ結晶の形態として存在することができる。細胞膜コレステロールとは異なり、進行した病斑で観察されるコレステロール結晶構造は細胞外脂質であり、活性がない。最近、Virmaniらは破裂した病斑は切断された冠状動脈で浸食または安定した病斑よりは壊疽中心部でコレステロールクレフトまたは結晶を含み潜在的に病斑脆弱性を示すものであると報告したことがある。
【0003】
一般に、動脈硬化病巣は適切なイメージ化様式がないため、個々の動脈硬化病巣の形態的及び化学的組成物よりは狭くなった動脈内腔を評価して測定している。従来には、血管造影剤などを投与して内腔充填欠陥(luminal filling defect)を判読し、全身性イメージ化(systemic imaging)で動脈硬化を診断したが、最近には各病変個体の異質性(heterogeneity)が認められるため、血管壁そのもののイメージ化が非常に必要な実情である。しかし、血管壁の微細病理学的判読のためには、組織の損傷をもたらす染色を行わなければならない。また、横断面積(cross−sectional)イメージのみを得ることができるので、組織に存在する状態で判読を行うことは非常に難しいことである。また、どんな染色の場合でも各脂質の成分をイメージ上で分析することは不可能なことであった。
【0004】
動脈硬化の診断において重要な尺度は次のようである。本格的な脂質の沈着はマクロファージ(macrophage)と言う特定の兔疫細胞によって進み、活性化したマクロファージは過量の脂質を含み、泡沫細胞(foam cell)に分化することになる。このような泡沫細胞の登場は動脈硬化の重要な尺度として認識されているが、現在のイメージ化技術によって組織内にある泡沫細胞をイメージ化することは不可能なことであった。また、非常に深化した段階の動脈硬化においてはコレステロールが結晶状態(cholesterol crystals)で存在し、深化した程度によってコレステロール結晶の量が違うことになる。コレステロール結晶も組織の破壊なしにイメージ化することは現在のイメージ化技術によっては不可能である。
【0005】
一方、非線形光学顕微鏡(Coherent Anti−stokes Raman Scattering(CARS) microcopy)は最近標的分子の標識及び標本固定なしに生体内分子振動を追跡して生体内組織の3次元化学的イメージ化のための最も実用的な手段として台頭した。CARS顕微鏡は、蛍光標識技術の好ましくないバイアスが立証されたため、生きている生物体において脂質代謝に対する実物大きさの生物学的研究に用いられてきた。近年、生体内皮膚組織をイメージ化するためのビデオレートCARS顕微鏡が開発された。CARSプロセスの非線形特徴のため、標本に対する緻密な焦点の早いスキャニングは従来のラマン顕微鏡とは異なり、3次元超微細分割による振動差によるイメージの実時間収集が可能である。周辺組織と比較し、2700〜3000cm−1のCARSスペクトルで強くて特徴的な振動サインを示しながら炭化水素結合が豊かであるため、CARS顕微鏡は特に脂質の選択的イメージ化に適している。しかし、脂質組成物を超えて単純な振動組織学の細密な化学的分析は依然としてCARS測定によっては限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】韓国公開特許第10−2009−0024965号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、血管壁の内部をいかなる標識や破壊なしにen−faceマイクロイメージ化し各構造体の化学的成分を直接分析して微細な病理学的変化を診断するシステムを提供することである。
【0008】
本発明の他の目的は、前記システムを用いて血管内脂質の病理的変化を診断する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明は、互いに異なる波長のストークス光、ポンプ光及び探針光を選択的に照射して複合レーザービームを発生させる近赤外線パルスレーザーユニット;前記近赤外線パルスレーザーユニットから伝達された複合レーザービームが照射される試料が装着されたプラットホーム;前記試料で発生したCARS信号を収集してスペクトルを検出する広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニット;前記試料で発生したCARS信号を収集して立体映像を提供するEn face CARSイメージモード検出ユニット;及び前記広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットとEn face CARSイメージモード検出ユニットの間に配置され、前記試料で発生したCARS信号を選択的に各ユニットに伝達する2色性ミラーを含む、血管内脂質の病理的変化診断システムを提供する。
【0010】
また、本発明は、ストークス光とポンプ光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;前記信号を3次元イメージとして検出する段階;及び前記イメージで脂質の構造を分析する段階を含む、血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法を提供する。
【0011】
また、本発明は、探針光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;前記信号をスペクトルとして検出する段階;及び前記スペクトルから脂質構造のスペクトルピークを分析する段階を含む、血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明は染色または切断による組織損傷なしにかつ標識なしに3次元的に血管内脂質を選択的にイメージ化することで動脈硬化の進行段階を診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の脂質選択的3次元イメージ化及び点スペクトル分析が可能なCARS顕微鏡測定プラットホームを示す図である。
【図2】広帯域ポンプレーザー励起を含む三原色マルチフレックスCARSのエネルギー図表を示すもので、(a)は探針レーザービームなしに、早い脂質−ウィンドウイメージ化のための多数の脂質関連ラマン(Raman)共鳴によって発生した2原色励起反ストークス信号の広帯域統合検出を示すものであり、(b)はそれぞれの分離された探針レーザーを追加して実施したマルチフレックスCARSスペクトル分析を示すものである。
【図3】動脈硬化病斑に対する標識がない脂質選択的CARSイメージ化結果を示すもので、(a)はCARSによる動脈硬化病斑のserial en faceイメージの3次元復元結果を示すものであり、(b)は(a)イメージを46倍に示すものである。
【図4】単一動脈硬化病斑に対する標識がない脂質選択的CARSイメージ化結果を示すもので、(a)はCARSイメージの3次元表現を示すものであり、(b)は表面層で泡沫細胞、及び深層内膜(deep intima)から板状脂質結晶と細胞外脂質沈着物を含み具体的な脂質構造を観察するために動脈硬化病斑の3次元イメージ化を2次元形態に示すものであり、挿入されたインデックスはCH結合振動に係わるCARS強度を示すものであり、白色枠は3次元CARSイメージにおいて動脈硬化病斑の半球状形態を示すものである。
【図5】ヒトの動脈硬化の頸動脈のCARSイメージを示すもので、(a)は核にあたる濃い内部空間を持つ表面領域で脂質が豊かな泡沫細胞であり、(b)は壊疽中心部において板状及び針状脂質結晶を示すものである。
【図6】CARSによって特性が究明されたアポリポタンパク質E発現抑制(ApoE−/−)マウスにおいて動脈硬化の進行段階を示すものである。
【図7】CARSによる動脈硬化の進行段階による体積分析を示すもので、脂質蓄積及び各脂質構造の大きさに対し、初期(a)、中期(b)、及び深化(c)段階別に示すものである。
【図8】CARSによる動脈硬化脂質のon−siteスペクトル分析を示すもので、(a)〜(f)は動脈硬化脂質を形態的な差によって分類したもので、細胞内(a)、細胞外(b)、板状(c)、針状(d)、連結組織から非動脈(e)、及びマトリックスから非脂質(f)を示すものであり、挿入されたイメージはスペクトル分析のために使用された一般的な形態を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の構成を具体的に説明する。
【0015】
本発明は、
互いに異なる波長のストークス光、ポンプ光及び探針光を選択的に照射して複合レーザービームを発生させる近赤外線パルスレーザーユニット;
前記近赤外線パルスレーザーユニットから伝達された複合レーザービームが照射される試料が装着されたプラットホーム;
前記試料で発生したCARS信号を収集してスペクトルを検出する広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニット;
前記試料で発生したCARS信号を収集して立体映像を提供するEn face CARSイメージモード検出ユニット;及び
前記広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットとEn face CARSイメージモード検出ユニットの間に配置され、前記試料で発生したCARS信号を選択的に各ユニットに伝達する2色性ミラーを含む血管内脂質の病理的変化診断システムに関するものである。
【0016】
本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムは、脂質の炭化水素の振動によってイメージが明らかに区別される脂質選択的3次元イメージ化と点スペクトル分析が可能であることを特徴とする。
【0017】
本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムを図1に基づいて具体的に説明すれば以下のとおりである。
【0018】
前記近赤外線パルスレーザーユニットは、互いに異なる波長のストークス光、ポンプ光及び探針光を選択的に照射して複合レーザービームを発生することができ、前記ビームは脂質の炭化水素部分を振動させることで、3次元イメージだけではなく、これによるラマンシフトを同時に評価することができる。
【0019】
具体的に、脂質の3次元イメージ化のためにストークス光とポンプ光を試料に照射し、探針光は脂質のスペクトル分析のために使うことができるので、3次元イメージ化の際に機械的シャッターによって遮断されることができる。
【0020】
脂質の3次元イメージ化のために、前記近赤外線パルスレーザーユニットの励起ビームによって得た脂質のCARS信号が全体炭化水素の振動部分を含むように帯域幅は2700〜3050cm−1であることが好ましい。
【0021】
また、前記CARS信号収集時間は1.0s/frameであり、空間的密度は左右側面が0.4μm、軸方向が1.3μmであることが好ましい。
【0022】
また、前記広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットは、試料で発生したCARS信号を収集してスペクトルを検出することができ、大韓民国公開特許第10−2009−0024965号に開示されたものを使うことができるが、これに特に制限されるものではない。
【0023】
また、本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムは、前記広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットとEn face CARSイメージモード検出ユニットの間に配置され、前記試料で発生したCARS信号を選択的に各ユニットに伝達する2色性ミラーを含む。
【0024】
前記2色性ミラーは、1000nm未満の波長を反射させるが、それ以上の波長を透過させる特徴を持っている。
【0025】
前記2色性ミラーを用いて、脂質の3次元イメージ化のためにはストークス光とポンプ光を試料に照射し、645〜675nmの範囲のCARS脂質信号を帯域透過フィルターを通じて分離し、En face CARSイメージモード検出ユニットで検出して3次元イメージを得ることができる。
【0026】
また、脂質のスペクトル分析のためには、広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットをセットアップ転換し、ポイント−スキャンモードでレーザー−スキャナを調整し、試料に探針光を50〜150ms間照射してマルチフレックスCARS信号を発生させ、前記信号は格子型モノクロメーターを透過してスペクトル分析可能にすることができる。この際、前記探針光は3.5cm−1以下の狭帯域波長を有することが好ましく、これから発生する反ストークス信号は620〜640nm範囲で現れる。
【0027】
また、本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムに使用する試料は何ら固定や染色処理がされていないもので、動物から摘出された組織であれば特に制限されず、例えば動物の心血管組織でもよい。
【0028】
また、本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムによって分析することができる試料の厚さは100〜150μmの範囲で3次元イメージ化が可能である。
【0029】
また、本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムで診断することができる血管内脂質の病理的変化は動脈硬化病斑であり得る。
【0030】
一具体例において、本発明の血管内脂質の病理的変化診断システムによって得た脂質の3次元イメージにおいて、初期段階にあたる試料の場合、脂質液滴(泡沫細胞)が表面内膜で観察され、中期段階にあたる試料の場合、脂質液滴の数が著しく増加し、細胞外脂質液滴が血管壁に深く沈着し、脂質液滴が深層内膜で多層板状として観察される。深化段階にあたる試料の場合には、壊疽中心部が内腔側に大きくなっており、コレステロール結晶層が支配的に観察され、泡沫細胞が著しく減少し、繊維の肥厚が観察される。
【0031】
また、本発明は、
ストークス光とポンプ光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;
前記信号を3次元イメージとして検出する段階;及び
前記イメージから脂質の構造を分析する段階を含む血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法に関するものである。
【0032】
前記試料は何ら固定や染色処理もなされていないもので、動物から摘出された組織であれば特に制限されず、例えば動物の心血管組織でもよい。
【0033】
前記信号は帯域透過フィルターによって収集され、En face CARSイメージモード検出ユニットによって検出されて3次元イメージとして得ることができる。
【0034】
前記脂質の3次元イメージは、脂質の構造、例えば、脂質液滴、板状、針状として観察され、動物の動脈硬化性血管をイメージ化する場合、動脈硬化の進行段階による特異的な脂質構造を観察することができるだけでなく、脂質の体積及び大きさを分析することができるので、動脈硬化の進行段階を診断することができる。
【0035】
また、本発明は、
探針光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;
前記信号をスペクトルで検出する段階;及び
前記スペクトルから脂質構造のスペクトルピークを分析する段階を含む血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法に関するものである。
【0036】
前記試料は何ら固定や染色処理もなされていないもので、動物から摘出された組織であれば特に制限されず、例えば動物の心血管組織でもよい。
【0037】
前記信号は格子型モノクロメーターを透過して広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットによってスペクトルとして検出できる。
【0038】
前記スペクトルの分析において、一具体例によれば、細胞外及び細胞内脂質液滴のスペクトルは、2845cm−1で一つの主要ピークを示し、板状脂質の場合、四つの主要ピーク、つまり2880、2905、2920、2950cm−1を示し、針状脂質の場合、2905、2920、2950cm−1で弱いピークを示すので、前記ピークによって脂質の病理的変化を診断することができる。
【0039】
したがって、脂質の化学的プロファイルは動脈硬化の進行段階を診断するのに適用することができる。
【0040】
以下、本発明による実施例及び本発明によらない比較例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲が下記に開示する実施例によって制限されるものではない。
【実施例】
【0041】
<実施例1>CARSイメージ化プラットホームの準備
動脈硬化病巣を持つ心血管組織の脂質選択的3次元顕微鏡イメージ化及び点スペクトル分析のために、同じプラットホーム上に広帯域マルチフレックスCARS顕微分光計とレーザー−スキャニングCARS顕微鏡を同時に設置した。
【0042】
図1に示すように、レーザー−スキャニングCARS顕微鏡は格子型モノクロメーター(grating monochromator, Triax320;Horiba Jobin Yvon)が装着されている変形レーザー−スキャニング共焦点顕微鏡(IX81/FV300;Olympus,Japan)と3色を同時に発生することができるCARS励起ビームを発生する近赤外線(near−IR)パルスレーザーシステムで構成されている。出力電力の10%を分割し、これをパルス伝送ライン(delay line)を通じて顕微鏡に伝達してCARSストークスビームを発生させるために、76MHzの反復率で10Wの平均電力で7psのパルストレーンを伝達する1064nmモードロックネオジウムバナデート(Nd:YVO)レーザー(pico Train;High Q Laser Production GmbH, Hohenems, Austria)を使った。吸収線量(intracavity)二重光学パラメトリックオシレーター(Levante;APE GmbH, Berlin, Germany)を同時にポンピングするために、メインポーション(9W)を使って776.7nmの波長で6ps、76MHzのパルストレーンで1.3W CARS探針ビームを発生させた。800mWの平均電力と約35nmに調整されたパルス帯域幅、76MHzで一般の反復率を維持するための1064nm CARSストークスビームとともに活性的に発生する出力パルストレーン及び共振器安定化フィードバックサーボ(SynchroLock−AP;Coherent,Inc.)を用いて同一パルスタイミングを提供する広帯域フェムト秒モードロックチタン−サファイアレーザーから817nmの波長に集中しているマルチフレックスCARSポンプビームを発生させた。各ビーム経路(path)に位置する望遠鏡のビーム拡大器(beam expander)が互いにマッチするように各レーザーのビーム直径及びディバージェンス(divergence)を調整した。その後、三つのCARS励起ビームは二つのビーム結合オプティックス(beam combining optics)を順次用いて空中で同一線上に重なるようにした。すなわち、ポンプ及び探針ビームは50:50の広帯域ビームスプリッタ(CVI Melles Griot, Albuquerque, NM)に連結され、ストークスビームは730〜960nmの範囲の近赤外線波長に対して高反射率を有し、1064nmでストークスビームに対して高透過率を有する2色性ミラー(dichroic mirror, Chroma Technologies Corp., Rockingham,VT)に連結した。複合レーザービームは600nm以上の波長に対して約95%の透過率を持つ一対のガルバノメーター−マウントゴールドミラーで構成された二つの軸を持つビームスキャニングユニット(FV300)を通じて1.2NA 60X water−immersion microscope objective(UPlanSApo UIS2;Olympus)に伝達した。組織試料のレーザーによる損傷を避けるために、NDフィルター(neutral density filter)で各レーザー出力の電力を減殺して試料を照明する複合レーザービームの平均電力を総40mW以下に制限した。
【0043】
要約すれば、CARSプラットホームを使って標識なしに脂質選択的に化学的イメージ化を遂行するため、ビームの帯域幅を全CH振動部分を含むようにラマンシフトで2700〜3050cm−1の範囲に拡張し、多様な変形を受けている動脈硬化性脂質をイメージ化して化学的に分析した。二番目で、標識のないバイオイメージ化のための通常のラマン顕微鏡と比較し、収集時間が1.0s/frameであり、空間的密度(spatial resolution)は左右側面で(x−y)0.4μmであり、軸方向(z−direction)は1.3μmにすることで、250×250μmのマキシマムフィールド(maximum field)を持つ2次元イメージ化を改善した。三番目で、CARS顕微鏡は動脈硬化性脂質のスペクトル分析のための広帯域マルチフレックスCARSセットアップで易しく転換できるようにした。3次元脂質選択的イメージ化の後、CARSスペクトル分析のための地点を選択し、50〜150msの間に露出して分析した。
【0044】
(試料準備)
試料として使うための標本を準備するため、三星ソウル病院(Samsung Medical Center,SMC)で手術を受けた頸動脈狭窄症患者(63〜81歳)から頸動脈内膜切除(carotid endarterectomy)標本を得た。CARS分析のための標本はリン酸塩緩衝溶液(phosphate−buffered saline,PBS)に直ちに浸漬させて移動した。また、比較基準として使うために、冠状動脈バイパスグラフト患者から二つの内胸動脈(internal mammary artery)標本を得た。本発明はヘルシンキガイドライン宣言によるSMCの臨床試験審査委員会の承認を受け、告知による患者の同意はすべての被検体から得た(IRB 2006−02−11)。
【0045】
(動物実験)
アポリポタンパク質(Apolipoprotein)Eの発現機能が除去された遺伝子組み換え実験用鼠(ApoE−/−)はジャクソン実験室(Jackson Laboratory,BarHarbor,ME)から購入し、三星生命科学研究所の実験動物研究センターで特定病原菌のない無菌環境で一週間適応させた。8週齢の雄ApoE−/−マウス22匹に2〜20週の間に0.15%の高脂肪高コレステロール食餌(HFHC)を摂取させた。2週後に毎週ごとにCOを吸入させて4〜6匹のマウスを犠牲にさせた。CARSイメージ化のために心臓と大動脈に10分間PBSを撒布してから速かに除去した。すべての動物実験は三星生命科学研究所の実験動物研究センターの動物実験倫理委員会の規定を守った。
【0046】
(ex vivo CARSイメージ化のための試料準備)
心臓と大動脈を取り去った後、CARSイメージ化のために試料を準備した。結合組織を注意深く除去し、脂質の化学的プロファイルを分析するためにcold PBSに保存した。大動脈は上行大動脈から胸管の下行大動脈方向に垂直に切開した後、4片に切開した。すなわち、一片は大動脈弓の小湾部、二つの片は左右動脈を含み、残りの胸管下行大動脈は鎖骨下動脈を含む。大動脈から分岐した動脈はマイクロ鋏で慎重に切開した。En face CARSイメージ化のための化学的設置溶液または何ら固定液なしにPBSを用いて準備された片を内腔側(lumen−side)を下にしてカバースリップ上に設置した。
【0047】
(統計分析)
イメージはImage−Proソフトウェア(MediaCybernetics,Inc.,Bethesda,MD)を用いて分析した。それぞれの変異を最小化するため、すべての吸光度測定は各動脈硬化病斑に対して3回繰り返し遂行した。Student’s t−test(two−sided)ですべての確率を実験した。0.05未満のP−値は有意なものと見なした。
【0048】
<実験例1>動脈硬化病巣のEn face CARS 3次元イメージ化
実施例1のCARS顕微鏡を用いてマウス及び人間の動脈硬化病斑に対するen face化学的イメージ化を実施した。動脈硬化ApoE−/−マウス(28匹)から全ての大動脈を収集した後、大動脈弓と頸動脈の小湾部を垂直に切開し、CARSイメージ化のために固定なしに準備した。
【0049】
図3は内腔から深層内膜(deep intima)に至る動脈硬化病斑のen faceイメージスライスの3次元復元を示すもので、CARSイメージにおいて、明るいスポットは2700〜3050cm−1の範囲の特徴的なCH分子振動を持つ高濃度の脂質を示すものである。これは病巣の深さに依存する動脈硬化性脂質の典型的な3次元顕微鏡的特徴を立証したものである。表面層で(内腔から5〜10μm)、細胞内脂質液滴を含む泡沫細胞が明らかにイメージ化される一方、脂質結晶はその体積構造を邪魔しないながらも深層内膜(deep intima)部分(>25μmの深さ)でイメージ化された。動脈硬化病斑での脂質構造は形態学的に、1)細胞内液滴、2)細胞外液滴、3)多層の結晶板、及び4)針状の結晶構造に分類できる。泡沫細胞は表面内膜の浅い部分(3〜4μmの深さ)でばかり発見された。一方、多層板脂質は泡沫細胞でうまく分離された深層内膜(deep intima)で観察された。あらゆる種類の多層脂質結晶は平行に配列されるか、内膜表面に傾いた板として広範囲にかけていた。また、針状の脂質構造は板状脂質結晶とともに深層内膜(deep intima)で沈着されていた。
【0050】
また、図4の単一動脈硬化病斑の半球状の3次元CARSイメージで示すように、脂質液滴(泡沫細胞)、表面層と細胞外脂質沈着物及び深層内膜(deep intima)でコレステロール結晶が豊かな拡張細胞(extended cell)を含み微細解剖学的な成分が観察された。
【0051】
医療的な応用の可能性を調査するため、同一イメージ化プロトコルを使い、CARS顕微鏡を人間の動脈硬化性頸動脈に適用した(図5)。泡沫細胞は表面から深さ40μmまで成功的にイメージ化され、マウスのように、脂質結晶は深層内膜(deep intima)で発見された(>80μm)。人間組織に対するCARSイメージ化の最大深さは100〜150μmであった。
【0052】
<実験例2>CARSイメージ化による動脈硬化進行段階確認実験
前記実施例1のCARSイメージ化プラットホームを用いて動脈硬化の進行段階を実験するため、高脂肪食餌を投与したApoE−/−マウス(28匹)から2〜20週後に動脈硬化病斑の多様な水準を得た。正常食餌を投与したApoE−/−マウスを対照群として同時に評価した。毎週ごとにマウスの大動脈のserial en face CARSイメージ化を実施した。大動脈壁を通じた脂質の垂直的浸透水準及び動脈硬化進行による脂質構造の形態的変化に対するCARSイメージ化に対する動脈硬化の進行段階を分析した。
【0053】
2週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、ECMに結合された脂質液滴はほとんど観察されなかった(図6(a))。4週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、脂質液滴は表面内膜(血管壁への浸透深さが<10μm)でばかり観察され、ECMの下側は培地側にクレーター(crater)状に再編成されていた(図6(b))。6週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、脂質液滴の数は2週齢のマウスに比べて著しく増加した(図6(c))。特に、ECMに詰まって細胞外脂質液滴は血管壁から30μmの浸透深さに沈着されていた。ある種類の脂質液滴は核にあたる濃い内部空間を持つ細胞の典型的な形態に分布されており、これは脂質を含む泡沫細胞の形態を提示するものである。8週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、動脈硬化病巣は深層内膜(deep intima)で結晶形態の脂質構造のような深化した病原性特徴を示した(図6(d))。泡沫細胞は表面部分でばかり依然として観察された。しかし、泡沫細胞の構造は6週齢の動脈硬化マウスモデルより明らかであった(図6(d)の白色矢印)。また、壊疽中心部の全体積は3次元CARSイメージ化で測定することができた(100〜120μm)。10週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、動脈硬化病斑の半球状形態は泡沫細胞と細胞外脂質沈着物で編成されていた(図6(e))。12週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、結晶形態の脂質構造は血管壁に60μm以上浸透されていた(図6(f))。あらゆる種類の脂質液滴が深層内膜(deep intima)(青色矢印)に結晶形態の脂質のよく規定された多層板状で沈着されていた。しかし、泡沫細胞は依然として元気な形態(白色矢印)として観察された。16週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、壊疽中心部は内腔側に大きくなっており、大きさは直径がおよそ250μmまで大きくなっていた(図6(g))。これは8週齢の動脈硬化マウスで観察されるものに比べ、ほぼ二倍に相当するものである。興味深いことは、コレステロール結晶層が支配的に観察されたが、泡沫細胞は著しく減少したことである。これは泡沫細胞から細胞外脂質に転移される時点であることを言うものである。20週齢の動脈硬化マウスモデルにおいて、繊維の肥厚が観察された(図6(h))。
【0054】
<実験例3>CARSによる動脈硬化病斑の特性究明
3次元CARSイメージ化において、脂質分布は主要な3段階で定量的に分析した(初期、中期及び深化の段階、図7)。動脈硬化の進行段階の典型的な特徴は脂質分画の体積(z−stackにおいて2次元適用範囲で計算)及び脂質構造の大きさで分析する。初期段階の間(2〜6週:図7(a):i−iv)、ほんの少量の脂質が小さな大きさで明示されている。中期段階で(8〜12週、図7(b):i−iv)、脂質沈着物はz−stackに深く移動した。興味深いことに、脂質の大きさまたは深層内膜(deep intima)で増加して板状脂質結晶を形成した。深化段階で(16週、図7(c):i−iv)、脂質適用範囲(coverage)及び大きさ共に増加した。動脈硬化性脂質は30μmの深さまで浸透し、甚だしくは90μmの大きさの単一脂質構造が直接検出され、これは深刻な動脈硬化病斑として見なされる特徴である。
【0055】
また、単一動脈硬化病巣に対する3次元イメージに対するCARS能力を用いて、図7(a)〜図7(c)のi−ivの脂質分布を比較してそれぞれの動脈硬化病斑の異質性を認識した。
【0056】
<実験例4>マルチフレックスCARSによる動脈硬化脂質の化学的プロファイルのon−site分析
マルチフレックスCARSを用いてスペクトル形態に基づく多様な形態の動脈硬化性脂質での化学的差を分析することができた。分析した脂質はen faceイメージから検出された形態的差に基づいて4種類の主要タイプ、つまり細胞外及び細胞内脂質液滴、板状及び針状の脂質に分類した。
【0057】
細胞外及び細胞内脂質液滴のスペクトルは対称的なCH振動において一つの主ピーク(2845cm−1)を示した(図8)。しかし、板状脂質の化学的プロファイルは脂質液滴とは著しく違った。すなわち、深層内膜(deep intima)において板状脂質のスペクトルは、脂質液滴に比べ、そのスペクトルプロファイルで四つのエキストラピーク(2880、2905、2920、2950cm−1)を示した。エキストラピークはそれぞれCH非対称、炭化水素、CH対称、及びCH非対称振動に相当する。反対に、結晶形態の脂質の針状は、多層板状脂質のスペクトルと比較して、2905、2920、2950cm−1でより低いピークを示した。脂質−結晶構造は広範囲な浸透深さで分析した。しかし、スペクトルは肉眼で見る深さとは関わらず、形態依存的に非常に高く再生した(n=187)。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は染色または切断による組織損傷なしにかつ標識なしに3次元的に血管内脂質を選択的にイメージ化することで、動脈硬化の進行段階を診断することができるので、医療機器産業に非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに異なる波長のストークス光、ポンプ光及び探針光を選択的に照射して複合レーザービームを発生させる近赤外線パルスレーザーユニット;
前記近赤外線パルスレーザーユニットから伝達された複合レーザービームが照射される試料が装着されたプラットホーム;
前記試料で発生したCARS信号を収集してスペクトルを検出する広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニット;
前記試料で発生したCARS信号を収集して立体映像を提供するEn face CARSイメージモード検出ユニット;及び
前記広帯域マルチフレックスCARS顕微分光ユニットとEn face CARSイメージモード検出ユニットの間に配置され、前記試料で発生したCARS信号を選択的に各ユニットに伝達する2色性ミラーを含む、血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項2】
前記試料が動物の心血管組織である、請求項1に記載の血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項3】
前記CARS信号の帯域は2700〜3050cm−1である、請求項1に記載の血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項4】
前記CARS信号収集時間は1.0s/frameであり、空間的密度は、左右側面が0.4μm、軸方向が1.3μmである、請求項1に記載の血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項5】
前記2色性ミラーは1000nm未満の波長を反射させ、それ以上の波長を透過させる、請求項1に記載の血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項6】
血管内脂質の病理的変化が動脈硬化病斑であることである、請求項1に記載の血管内脂質の病理的変化診断システム。
【請求項7】
ストークス光とポンプ光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;
前記信号を3次元イメージとして検出する段階;及び
前記イメージから脂質の構造を分析する段階;を含む、血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。
【請求項8】
前記試料は動物の心血管組織である、請求項7に記載の血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。
【請求項9】
血管内脂質の病理的変化が動脈硬化病斑である、請求項7に記載の血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。
【請求項10】
探針光を試料に照射して散乱されるCARS(Coherent Anti−stokes Raman Scattering)脂質信号の波長及び強度を測定する段階;
前記信号をスペクトルとして検出する段階;及び
前記スペクトルから脂質構造のスペクトルピークを分析する段階を含む、血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。
【請求項11】
前記試料は動物の心血管組織である、請求項10に記載の血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。
【請求項12】
血管内脂質の病理的変化が動脈硬化病斑である、請求項10に記載の血管内脂質の非破壊的病理的変化診断方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2012−526982(P2012−526982A)
【公表日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−510724(P2012−510724)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【国際出願番号】PCT/KR2009/002478
【国際公開番号】WO2010/131785
【国際公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(508179419)コリア リサーチ インスティテュート オブ スタンダーズ アンド サイエンス (10)
【氏名又は名称原語表記】KOREA RESEARCH INSTITUTE OF STANDARDS AND SCIENCE
【Fターム(参考)】