説明

音響波測定装置、音響波画像化装置および音響波測定装置の制御方法

【課題】装置のコストを抑制しつつ、十分な信号強度で測定を行うことができる技術を提供する。
【解決手段】本発明では、複数の波長領域において波長成分を有する光を照射する光源と、前記光源から被検体への光路に配置され、前記複数の波長領域のうち、それぞれ特定の波長領域の光を遮断または透過する複数の光学フィルタと、被検体に光が照射された時に発生する音響波を検出する検出器と、光学フィルタの組合せを変えることで、被検体に照射する光に含まれる波長成分の組み合わせが互いに異なる複数の光照射条件を生成する制御部と、前記複数の光照射条件のそれぞれで検出した音響波の圧力と、前記複数の光照射条件のそれぞれの波長領域ごとの照射光の強度とに基づいて、それぞれの波長領域の光に対する被検体の光吸収係数を算出する信号処理部と、を備える音響波測定装置を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響波測定装置、音響波画像化装置および音響波測定装置の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、エックス線、超音波、MRI(核磁気共鳴法)を用いた画像化装置が医療分野で多く使われている。また、レーザーなどの光源から生体に照射した光を生体などの被検体内に伝播させ、その伝播光等を検知することで、生体内の情報を得る光画像化装置の研究も医療分野で積極的に進められている。このような光画像化技術の一つとして、光音響トモグラフィー(PAT:Photoacoustic Tomography)がある。
PATとは、被検体内部の光学特性値に関連した情報を可視化する技術である(特許文献1を参照)。すなわち、光源からパルス光を被検体に照射すると、被検体内で、光のエネルギーを吸収した生体組織から光音響信号(音響波とも呼ばれ、典型的には超音波)が発生し、伝播、拡散する。この音響波の時間による変化を、被検体を取り囲む複数の個所で検出し、得られた信号を数学的に解析処理する。これにより、被検体内の光照射によって生じた初期圧力発生分布や、光エネルギー吸収密度分布などの光学特性値を得ることができる。
例えば、血液中の酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの吸収スペクトルは、波長約800nmを境に吸収量の大小が変化する。そこで、この800nm付近の波長領域の光を照射して計測することにより、血液の酸素飽和度を求めることができる。その結果、例えば新生血管の増殖を伴う悪性腫瘍場所の特定が可能になる。ただし、比較的生体表面付近の生体組織の光学特性値分布を求める場合は、より広い範囲の、例えば400nmから1600nmの波長領域を使用することも可能である。あるいは被検体が生体でない場合には、上記の波長領域に限定されることなく適用可能である。
【0003】
一般に、照射する光のパルス幅が短いほうが、強い音圧の音響波が得られ、SN比を高くできることが知られている。そこで、光音響にかかわる研究、特に光減衰の大きい生体への適用においては、パルスレーザーが用いられることが多い。中でも10ns以下のパルス幅でかつ数百mJ以上という大きな出力が容易に得られることから、QスイッチYAGレーザー(波長1064nm)が多く用いられている。
さらに、QスイッチYAGレーザーの第二次高調波(波長532nm)などを励起源として様々な波長のレーザー光を発生するOPO(Optical Parametric Oscillator)やチ
タンサファイヤ(TiS)レーザーも用いられる。これにより、光音響効果における光吸収係数の波長依存性を実験的に求めることができる。これを生体へと応用すれば、例えば血液中の酸素飽和度を求めることができる。つまり、ヘモグロビンと酸素の結びつき方によって光吸収量の波長依存性が異なることがよく知られており、これを用いて動脈と静脈の違いや、腫瘍に伴う新生血管などを画像化することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5713356号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところがこのようなレーザーを用いる場合には次のような課題を生じる。
一つ目は製造上の問題である。PATを生体へと適用する場合、高いSN比を得るには短いパルス幅と高出力の両方を満たす必要があるために、上述のとおりQスイッチYAG
レーザーなどの固体レーザーが広く用いられる。すると、レーザーを発振させるために極めて精密な部材のアライメントが必要であるとともに、光学系の振動による特性変動を抑制するために、光学定盤や、強固な筐体が必要となる。これにより装置の小型化や軽量化が困難となる。また装置コスト増大の原因となる。
【0006】
特に波長を変えて測定する場合には、波長可変レーザーの導入が必要である。その際、上述の通り、第二次高調波などを励起源として、OPOやTiSを用いて様々な波長を出力する。ところが一般に、基本波から第二次高調波を作り出すときに損失があり、また第二次高調波から波長可変されたレーザー光を作り出すときにも損失が発生する。このため、所望の出力を得るためには基本波の出力は極めて大きなものが求められるため、装置コスト増大の原因となる。
【0007】
二つ目はレーザー安全にかかわる設備の導入が求められる点である。レーザー光は直進性とコヒーレント性が高いため、例えば誤ってレーザー光が目に入った場合に網膜上で焦点を結び、視力低下等が生じる恐れがある。このため、国際標準委員会などにより人体に対して照射可能なレーザー光量に関する安全基準として、最大許容露光量(MPE:Maximum Permissible Exposure)が定められている。MPEには目の場合と皮膚の場合とで異なる基準があり、PATを生体に適用する場合、より深い臓器を診断するために、皮膚に対するMPEの範囲内でより多くの光エネルギーを照射できるように設計される。このとき、十分な診断深さを実現するために光量の強いレーザーが必要であるため、レーザークラス4という最大強度のクラスに属するレーザーが求められる。クラス4レーザーの使用の際には様々な安全上のガイドラインが定められている。例えば、保護メガネをかけていない人が誤って装置に近づいて間接光を観測することがないよう、専用の遮光された診察室の設置が必須である。またこのクラス4レーザー対応の専用診察室には、レーザーからの拡散光が多重反射しないように暗幕の設置や防炎素材からなる衣類の着用が求められるなど、さまざまな要求事項があり、装置の導入に制約を受ける原因となる。
【0008】
一方、特許文献1には、レーザーではなくキセノンフラッシュランプを用いてもよいとの記載がある。しかし、キセノンフラッシュランプは多数の輝線スペクトル(波長ピーク)を有する。光音響効果により発生する音響波には波長依存性があり、スペクトルの波長ピークによって音圧が異なる場合がある。そのため、複数のピークを持つ光源を用いた場合、測定値の分析が難しく、酸素飽和度などを精密に評価することが困難であった。
【0009】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、音響波測定装置において、装置のコストを抑制しつつ、十分な信号強度で測定を行うことができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用する。すなわち、複数の波長領域において波長成分を有する光を照射する光源と、前記光源から被検体への光路に配置され、前記複数の波長領域のうち、それぞれ特定の波長領域の光を遮断または透過する複数の光学フィルタと、被検体に光が照射された時に発生する音響波を検出する検出器と、光学フィルタの組合せを変えることで、被検体に照射する光に含まれる波長成分の組み合わせが互いに異なる複数の光照射条件を生成する制御部と、前記複数の光照射条件のそれぞれで検出した音響波の圧力と、前記複数の光照射条件のそれぞれの波長領域ごとの照射光の強度とに基づいて、それぞれの波長領域の光に対する被検体の光吸収係数を算出する信号処理部とを備える音響波測定装置である。
【0011】
また、本発明は以下の構成を採用する。すなわち、複数の波長領域において波長成分を有する光を光源から発生するステップと、前記光源から被検体への光路において、前記複
数の波長領域のうち、それぞれ特定の波長領域の光を遮断または透過する複数の光学フィルタを用いて、光を遮断または透過するステップと、被検体内で発生する音響波を検出するステップと、光学フィルタの組合せを変えることで、前記光源から発生した光に含まれる波長成分の組み合わせが互いに異なる複数の条件を生成するステップと、前記複数の条件のそれぞれで検出した音響波の圧力と、前記複数の条件のそれぞれの波長領域ごとの光の強度とに基づいて、それぞれの波長領域の光に対する被検体の光吸収係数を算出するステップと、を含む音響波測定装置の制御方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の音響波測定装置により、装置のコストを抑制しつつ、十分な信号強度で測定を行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】音響波測定装置の構成を示すブロック図。
【図2】キセノンフラッシュランプの波長分光特性を示すグラフ。
【図3】実施例1に用いた光源を示す図。
【図4】実施例1に用いたノッチフィルタの特性を示すグラフ。
【図5】実施例2に用いたフィルタアレイを示す図。
【図6】実施例2に用いた光源を示す図。
【図7】実施例3に用いた光源を示す図。
【図8】実施例4に用いた光源を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(単一波長の場合の光吸収係数計算方法)
本発明の実施例では、複数の波長領域において波長成分を有する光を照射したときに得られる音響波より、波長依存性を求めている。そこで、まず前提として、単一波長のレーザーを用いて音響波を計測し、光吸収係数を計算する方法について述べる。
光の照射により発生する初期音圧Pは、式(1)で表せることが分かっている。
=Γ×μ(λ)×Φ(λ) ・・・(1)
ここで、Γはグリューナイゼン係数であり、吸収体の物質により定まる係数であって光への波長依存性は持たない。μ(λ)は波長λの光に対する吸収体の光吸収係数、Φ(λ)は波長λの光の入射量である。
したがって、光源がQスイッチYAGレーザー(波長λ=1064nm)の場合、吸収体の波長1064nmにおける光吸収係数が、式(2)により求められる。
μ(1064nm)=P/Γ×Φ(1064nm) ・・・(2)
【0015】
次いで波長可変レーザーを用いて、光吸収係数の波長依存を求める場合について述べる。光吸収係数が照射する光の波長によって変わるのであれば、照射光の波長に応じてさまざまな圧力の音圧が発生する。つまり照射光の波長を変更しつつ、それぞれの波長ごとに発生する音響波を測定することにより、波長ごとの光吸収係数を求めることができる。
例えば、用いる波長領域を4つ(λ1、λ2、λ3、λ4)とし、それぞれの波長の光を吸収体が吸収した際に発生する音響波の音圧を(P1、P2、P3、P4)とすると、それぞれ式(3)〜式(6)で求められる。
=Γ×μ)×φ(λ) ・・・(3)
=Γ×μ)×φ(λ) ・・・(4)
=Γ×μ)×φ(λ) ・・・(5)
=Γ×μ)×φ(λ) ・・・(6)
これらの式を解いて各波長における光吸収係数μを求めることにより、光吸収係数の波長依存性を求めることができる。
上記の式(3)〜式(6)を行列で表すと式(7)となる。したがって、光吸収係数の
波長依存性を求めるということは、式(8)の逆行列計算を行うことに帰結する。
【数1】

これより、得られる音圧と照射する光強度が求まれば、簡単な行列演算によって光吸収係数の波長依存性を求めることができる。また、音響波の検出結果に基づいて既知の画像再構成技術を用いることで、音響波の発生位置や大きさを特定し、吸収体の物性を求めることができる。
【0016】
(複数の波長ピークを持つ場合の光吸収係数計算方法)
本発明の波長依存計算方法は、単一波長の場合の考え方を応用して、多数の輝線スペクトル(波長ピーク)を有する光源、連続スペクトルを有する光源についても、PATによって光吸収係数を求め、その波長依存性を明らかにすることを可能としている。
ここでは4種類の光照射条件(Φ1、Φ2、Φ3、Φ4)によって、それぞれ音圧(P1、P2、P3、P4)が発生するものとする。それぞれの光照射条件においては、4本の輝線スペクトル(λ1、λ2、λ3、λ4)を有する光が照射される。
このときの音圧を、行列を用いて表すと次のようになる。
【数2】

ここで、上記式(9)中のΦに関する4×4行列の行列式(determinant)がゼロになら
ないように光照射の強度Φを波長ごとに設定することによって、逆行列演算により光吸収係数の波長依存性を求めることが可能となる。
このとき得られる光吸収係数は、下式のようになる。
【数3】

【0017】
ここでΦを波長ごとに制御してそれぞれの光照射条件を生成する手段として、次の三つ
の方法が好適に用いられる。
一つ目は、放射スペクトル特性の異なる複数の光源を4種類用意し、1回ずつ照射する光源を切り替える方式である。
二つ目は、一つの光源の前に特定の波長を通すもしくは遮断する光学フィルタを設けて、その光学フィルタの種類を切り替えることによって4種類のスペクトルを作り出す方式である。この光学フィルタとして、特定の波長のみを遮断し他の波長の光は透過するという特性を有するノッチフィルタを好適に用いることができる。具体的には、ノッチフィルタを複数用意し、光源から被検体までの光路上に配置する。そして光照射中に適宜機械的に抜き差しすることにより、様々なフィルタの組合せが実現でき、光のスペクトルを調整することが可能となる。
なお、用いる光学フィルタとしては、異なる波長領域に波長遮断特性を有するノッチフィルタのみの組合せでもよいし、ノッチフィルタとバンドパスフィルタなど異なる光学的性質を有するフィルタを組合せてもよい。あるいは、液晶の複屈折性を利用し、透過光の波長依存性を電気的に変調することによって被検体に照射する光のスペクトルを制御することもできる。
三つ目は、一般的な液晶ディスプレイに用いられるようなマイクロカラーフィルタを用いる方式である。つまり、特性の異なる光学フィルタを並置配列し、その個々のフィルタに対応する位置に液晶デバイスのような光学的オンオフスイッチを積層しておくことによって、被検体に照射する光のスペクトルを制御することが可能となる。この際に、光学フィルタの並置配列ピッチが粗すぎると、測定対象に対して等しい条件で光照射できなくなるため、被検体の種類によっては高精細に配置した方が好ましい。あるいは、マイクロカラーフィルタからの射出後に拡散板を配置して光を均一化させることが好ましい。
上記例のほかにも、光学フィルタの配置は固定した上で、そのフィルタを通過する光を光シャッタによってオンオフ制御することによって生体に照射される光スペクトルを制御する方式も考えられる。その例として、光路そのものをミラーなどで変化させ通過するフィルタを選択できるようにする方式があげられる。
【0018】
このように生成された光照射条件に従って波長スペクトルを制御した光を被検体に照射すると、音響波が発生する。それを従来のPATと同様に多点で受信し、本発明で述べた逆行列演算を行うことによって、光吸収係数の波長依存性を求めることが可能となる。
なお上述の例では4本の輝線スペクトル(波長ピーク)を有する光源について述べたが、連続スペクトル光源を用いる場合にも同様の考え方で求めることができる。つまり、連続スペクトルの場合、注目する3つの波長およびそれ以外の波長という4種類の波長帯とそれぞれの光強度が既知であれば、次式(11)のように光吸収係数を求めることができる。
【数4】

ここでμa(λother)は、注目する3つの波長λ1、λ2、λ3以外の波長帯での光吸収係数のおおむね平均的な値が求められる。
【0019】
以上の例では4種類の波長の場合について述べたが、式(10)のような逆行列を解くことさえできれば任意の数の行列演算式に拡張することが可能である。
また、被検体に照射する光源として、必要に応じてレーザーとレーザー以外の光源とを組み合わせて用いることも可能である。この場合、レーザー使用に伴う安全性の確保は必
要となるものの、測定に必要な波長数が減ると考えられる。その結果として例えば波長可変レーザーを用いる必要がなくなるとすれば、レーザー装置の使用に伴うコストを一部削減するという効果が得られる。
【0020】
なお上記計算に用いる光強度は、音響波発生部位での強度を表している。一方、生体の中にある腫瘍を測定する場合、光が生体を伝播し、腫瘍に到達して音響波を発する。ここで、光が生体を伝播する間に、生体の吸収や拡散により減衰してしまう。この光減衰量は波長依存性があるので、あらかじめ生体の光吸収係数や拡散係数の波長依存性を把握しておけば、音響波発生部分での光強度を計算によって求めることができる。この光強度を式(11)に反映させることにより、光吸収係数の波長依存性をより正確に求めることが可能となる。
【0021】
<実施例1>
図1に、本実施例で用いる音響波測定装置の構成を示す。装置は、光源11、光学部品14、検出器17、電子制御システム18、信号処理部19、画像表示部20、制御部30を備えている。
【0022】
光源11は、キセノンフラッシュランプと、複数の光学フィルタからなる光学系である。キセノンフラッシュランプは、図2に示すような近赤外領域における輝線スペクトルを有する。光源の構成および光学フィルタを用いて光の波長構成を制御する方法については後に詳述する。
光源11は、光12を被検体13に照射する。図で示してはいないが、光12は、光ファイバなどの光導波路などを用いて伝搬させることも可能である。光ファイバを用いる場合は、それぞれの光源に対して光ファイバを用意して被検体の表面に光を導くことも可能であるし、複数の光源からの光を一本の光ファイバに導いて、生体に照射しても良い。
なお、このとき光源に用いるキセノン管として、音響波を効果的に出力するために、発光時間が短いものが好ましい。発光時間を短くするためには、ガラス管径を細くしたり、電極距離を小さくしたりする構造がよいことが知られている。こうした短い発光時間のキセノン管として、例えば、ノビテック社製のNANOLITEフラッシュランプなどを用いることができる。この製品では、発光時間が120ns、発光エネルギーが150mJの光を発することができる。
なお、キセノンフラッシュランプに限らず、ハロゲンランプや白熱電球など連続スペクトルを有する光源なども適用可能であり、あらゆる光源を用いることができる。ただし、短いパルス幅を実現できる光源であることが好ましい。
【0023】
光学部品14は、所望の形状で光12を被検体13に照射するための機器である。光学部品として、例えば、光を反射するミラーや、光を集めたり、拡大したり、形状を変化させるレンズを用いることができる。
なお被検体が生体の場合には、上記MPEの観点から生体に照射可能な光強度にするために、光学部品14として光を所定の面積に広げるためのレンズが用いられる。また、レーザー光が被検体に照射する領域を移動可能とすることで、広い面積を計測できるような光学系を採用してもよい。また、光を被検体に照射する領域と、検出器とを同期して移動させてもよい。光を被検体に照射する領域を移動させる方法としては、上記可動式ミラー等を用いて移動させてもよいが、光源自体を機械的に移動させてもよい。このように、光学部品を適切に用いることで、光線の進行方向、照射部位、照射する広さなどを制御できる。
【0024】
本実施例では、被検体13は人の生体である。また、被検体13の中には、吸収体15が存在する。吸収体15は被検体の中でも光吸収係数が高く、本実施例では酸化ヘモグロビンあるいは還元ヘモグロビンを多く含む血管、あるいは新生血管を多く含む悪性腫瘍で
あるものとする。
照射された光12が被検体内を伝播し吸収体15に到達すると、光エネルギーの一部を吸収した吸収体から音響波16が発生する。
検出器17は、発生した音響波16を検知し、電気信号に変換する。ここで用いられる検出素子としては、圧電現象を用いたトランスデューサー、光の共振を用いたトランスデューサー、容量の変化を用いたトランスデューサーなど、音響波を検知できるものであれば、どのような機器でもよい。なお、音響波測定装置における検出器は、検出素子が2次元状に配置されたものが好ましい。このような2次元状に配列された検出素子を用いることで、同時に複数の場所で音響波を検出することができ、検出時間を短縮できる。さらに、被検体の振動などの影響を低減できる。また、検出器17と被検体との間には、音響波の反射を抑えるために、ジェルや水などの音響インピーダンスマッチング剤を使うことが望ましい。
【0025】
電子制御システム18は、検出器17の検出結果を受信し、得られた電気信号を増幅し、それをアナログ信号からデジタル信号に変換する。信号処理部19は、電子制御システム18からデジタル信号を受信し、公知の逆投影(バックプロジェクション)手法によって画像再構成する。画像表示部20は、信号処理部19が再構成した画像を表示する。なお、画像再構成手法としては、通常の光音響トモグラフィーで使われているフィルタ補正逆投影法、フーリエ変換法、球状ラドン変換法、合成開口法などを用いることができる。この再構成により、音響波の発生位置を特定し、吸収体のサイズを求めることができる。画像表示部20は、信号処理部で作られた画像を表示できれば、どのようなものでもよく、例えば液晶ディスプレイなどを利用できる。このような画像表示部を含めて、音響波画像化装置として構成できる。制御部30は、後述するように、光源11の光学系のフィルタを操作して照射光の波長を制御する。
なお、本実施例では複数の波長の光を用いるため、それぞれの波長に関して、上記のシステムにより被検体内の光吸収係数分布を算出する。そして、それらの値と生体組織を構成する物質(グルコース、コラーゲン、酸化ヘモグロビン、還元ヘモグロビンなど)固有の波長依存性とを比較することによって、生体を構成する物質の濃度分布を画像化することができる。
【0026】
図3に、光源11の周りの光学系を示す。光学系において、キセノンフラッシュランプ21から発せられた光束は、反射ミラー22において一方向に揃えられて光線23となる。また、ノッチフィルタ25〜28はそれぞれ異なる光学特性を有している。そして各ノッチフィルタは、制御部30からの指示を受けて、個別かつ独立に回転軸24を中心に機械的に回転し、光路上から出し入れすることが可能である。
【0027】
このような光学フィルタ(ノッチフィルタ)の組合せにより、照射光の波長分光特性を制御して光照射条件を生成する方法について述べる。
ノッチフィルタ25〜28の特性を、それぞれ図4(a)〜(d)に示す。それぞれ、特定の波長領域の波長成分のみを遮断する特性を有している。図2と比較すると、それぞれが遮光する波長領域は輝線スペクトル(波長ピーク)と概ね対応している。これ以降、ノッチフィルタ25〜28をそれぞれ、N1、N2、N3、N4とも呼ぶ。測定時には、このN1〜N4を光路上から出し入れすることによって被検体に照射するスペクトルを制御する。光路上にノッチフィルタがあるか無いかの条件を、次の表のように設定する。
【表1】

図2に記したとおり、キセノンフラッシュランプには近赤外領域にλ1〜λ4までの4つの代表的な輝線スペクトルが存在する。これら波長における発光強度をΦ(λ1)、Φ(λ2)、Φ(λ3)、Φ(λ4)とする。このとき表1のノッチフィルタを通過した後の各波長における光量は、ノッチフィルタによる損失を無視すると次の表のようになる。
【表2】

【0028】
これらの条件1〜4で被検体に光照射し、各条件について音響波強度P1〜P4を求め、行列式を作成すると式(12)となる。この右辺のΦに関する4×4行列の行列式はゼロではないので、式(13)のように逆行列を求めることが可能である。これより光吸収係数が求められる。
【数5】

この右辺にある逆行列を演算することによって光吸収係数の波長依存性を求めることができる。
【0029】
以上のように、本実施例の方法によれば、装置コストの高いレーザー光源を用いずとも、キセノンフラッシュランプとノッチフィルタを用いて照射光のスペクトルを調整して音響波の測定を行うことができる。これにより、簡単な行列演算によって被検体、特に吸収体の特性を把握することが可能になる。
【0030】
なお、本発明の本質は、測定対象物に照射する波長分光特性を制御して光吸収係数の波長依存性を求めることである。そこで、上記のようなフィルタ方式ではなく異なる波長分光特性を有する複数の光源を切り替えて使用してもよい。
【0031】
<実施例2>
本実施例では、照射光のスペクトルを制御する方法として、マイクロカラーフィルタ方式を用いる場合について述べる。図5に、バンドパスフィルタB1〜B4を細かく並置配列してマイクロカラーフィルタを構成した様子を示す。ここで、B1〜B4はそれぞれ、キセノンフラッシュランプの波長ピークλ1〜λ4を含む波長領域の光のみを透過するバンドパスフィルタである。また、図6に、図5のマイクロカラーフィルタを光学系に適用した様子を示す。図6において、光源部分は上記実施例と同様であり、光シャッタ91とマイクロカラーフィルタ92を備える点が異なる。
マイクロカラーフィルタ91の画素ピッチは、図5のように敷き詰めたバンドパスフィルタのピッチと同一とする。そして、制御部の決定に従って、それぞれのバンドパスフィルタを個別かつ独立にオンオフ制御することができるようにする。こうすることで、照射光のスペクトルを制御し、表2に示したような光照射条件を実現することが可能となる。
光シャッタ91としては、マトリクス状の透過型液晶パネルを用いることができる。高いコントラストが得られる点でアクティブマトリクスの液晶パネルを用いることが好ましいが、開口率の点からは単純マトリクス状の方が有利であり、使用する用途に応じて使い分ければ良い。
【0032】
以上のように、光源から照射された光を光シャッタおよびバンドパスフィルタを用いて制御することにより、被検体に照射される光のスペクトルを適切に制御することが可能になる。この照射光により被検体から発生した音響波の測定を行い、音圧と光強度を用いて行列演算を行えば、光吸収係数を求めることができる。これにより、レーザー装置を用いずとも音響波の測定を行い、吸収体の特性を把握することができる。
なお、使用する光学フィルタはバンドパスフィルタに限られることはない。各種の光照射条件を満たすように波長領域ごとの遮断および透過を制御できるものであれば、任意の光学フィルタやそれらの組合せを用いることができる。また、光照射条件は表2に示したものに限らず、行列式を作成して逆行列を演算できるものであれば構わない。
【0033】
<実施例3>
本実施例では、照射光のスペクトルを制御する方法として、反射型のデバイスを用いる場合について述べる。図7に、本実施例での光学系の構成を示す。光源部分およびマイクロカラーフィルタ102の構成は上記実施例と同様である。
反射型デバイス101は、光源からの光を反射し、マイクロカラーフィルタに導く。このとき、バンドパスフィルタの画素ピッチに合わせて、光を反射するか否かを制御することができる。これにより、照射光のスペクトルを制御することが可能になる。
反射型デバイスとしては、実施例2と同様に液晶パネルを用いることもできるが、反射率の観点からは偏光板を用いない方式が好ましい。そのためデジタルミラーデバイス(DMD)などを用いることが好ましい。DMD表面には多数の微小鏡面(マイクロミラー)がマトリクス状に配列されており、それぞれ個別かつ独立にオンオフ制御することができる。そして、制御部の決定に従って照射スペクトルを制御し、表2のような光照射条件を実現することができる。
【0034】
以上のように、光源から照射された光を反射型デバイスおよびマイクロカラーフィルタ(バンドパスフィルタ)を用いて制御することにより、被検体に照射される光のスペクトルを適切に制御することが可能になる。これにより、レーザー装置を用いずとも音響波の測定を行い、吸収体の特性を把握することができる。
なお、使用する光学フィルタはバンドパスフィルタに限られることはない。各種の光照射条件を満たすように波長領域ごとの遮断および透過を制御できるものであれば、任意の光学フィルタやそれらの組合せを用いることができる。また、光照射条件は表2に示したものに限らず、行列式を作成して逆行列を演算できるものであれば構わない。
【0035】
<実施例4>
本実施例では、液晶パネルそのものを波長可変フィルタとして用いる方法を説明する。図8に、本実施例での光学系の構成を示す。光源部分は上記実施例と同様の構成である。波長可変フィルタ111は、2枚の偏光板をクロスニコルとし、それらの偏光板の間に、透明電極付きの液晶セルを配設したものである。このときの透過率Tは次式のようになる。
【数6】

ここで、Δneffは実効的な液晶層の屈折率であり、透明電極に印加する電圧値を変調
することによって所定の範囲内で変化させることができる。dは液晶セルの厚み、λは波長である。この式からわかるとおり、透過率は波長に依存していると共に、その透過率は、印加電圧を変化させることによって変化させることが可能である。したがって、電圧印加条件を変化させて透過率を制御することによって、上記実施例と同様に照射光のスペクトルを制御することが可能となる。
【0036】
またこの波長可変フィルタにおいて、クロスニコルのセルをN枚、平行ニコルのセルをM枚積層した場合、透過率はすべてのパネルの積となる。このときの透過率Tは次式のようになる。このようにセルを積層することにより、さらに透過率の制御の自由度が高まる。
【数7】

【0037】
以上のように、光源から照射された光の透過を反射型デバイスおよびマイクロカラーフィルタ(ノッチフィルタ)を用いて制御することにより、被検体に照射される光のスペクトルを適切に制御することが可能になる。これにより、レーザー装置を用いずとも音響波の測定を行い、吸収体の特性を把握することができる。
【0038】
<実施例5>
本実施例においては、上記実施例で説明した装置構成に加え、波長755nmのレーザー光を発生させることができるアレクサンドライトレーザーを組み合わせたシステム構成を採用する。ここで、実施例1におけるλ4の波長帯には常にノッチフィルタをかけている。このとき、表3のような各波長における光強度で、光照射を行う条件を4種類設定する。
【表3】

ここではλ4には着目せず、残る4つの波長により計算を行う。すると、下式のように行列式を設定できる。
【数8】

【0039】
この式を解くことにより、755nmの光吸収係数を求めることが可能となる。これにより、酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの光吸収係数の大小関係が逆転する800nmの前後における、光吸収係数の計測精度を向上させることが可能となる。その結果、吸収体の把握が容易になり、診断の精度が向上する。
本実施例では、レーザーを使用するために安全上の設備は必要となるが、波長可変レーザーを用いないため相対的に安価な装置が実現できる。
【0040】
以上の実施例で説明した技術により、簡便で安全性の高い音響波測定装置が実現できる。つまり高出力な波長可変パルスレーザーを用いる必要がないため、光学系が単純になり、安価で信頼性の高い装置が実現できる。またレーザー安全に関する付帯設備を設ける必要がないため、手軽に利用できる装置が実現できる。
また、ハンドヘルド型の装置構成を採用することも容易となる。ハンドヘルド型とは、一般的な超音波エコー診断装置を扱うがごとく、術者が自由に超音波プローブを診断対象にあてがい、生体内部の様子を検知する方式のことである。もしレーザーを用いて行う場合には、光音響用のハンドヘルド型プローブの先端からレーザー光を照射することが必要となるが、その強力なレーザー光が直接あるいは間接的に目に入らないよう厳重な管理が必要である。一方、本発明の実施例1〜4ではレーザーを用いることがないため、直接あるいは間接光が目に入ったとしても、多少の眩しさは感じるものの網膜に与える損傷の危険はほとんどない。そのため、安全性の高いハンドヘルド型装置を実現することができる。また本発明の実施例1〜4ではレーザーを用いないため、従来の超音波診断装置と同様に、妊娠中の胎児を観測しても、胎児の目に対する障害を与えるおそれがない。
そして、音響波を信号処理することにより画像再構成を行い、組織物性を把握できる。このとき生体内部の様子だけでなく、生体表面の特性を簡便に把握することも可能である。例えば真皮層にあるコラーゲンの比率、局所的な体脂肪率などを、本発明による安全で簡便な装置によって、レーザー管理をすることなく測定することができる。さらに、この発明は、上述のような音響波測定装置の制御方法としても実現することができる。
【0041】
なお、被検体としては、悪性腫瘍や血管疾患などの診断や化学治療の経過観察などを目的として、人体や動物の乳房や指・手足などを用いることができる。また、生体外部から導入した造影剤を吸収体として利用することもできる。
その他、生体を対象とするだけでなく、ガス検知、異物検知、表面診断等の物質計測装置としても、レーザーを使用するよりも簡便に実現することが可能となる。
【符号の説明】
【0042】
11:光源,17:検出器,19:信号処理部,25〜28:ノッチフィルタ,30:制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の波長領域において波長成分を有する光を照射する光源と、
前記光源から被検体への光路に配置され、前記複数の波長領域のうち、それぞれ特定の波長領域の光を遮断または透過する複数の光学フィルタと、
被検体に光が照射された時に発生する音響波を検出する検出器と、
光学フィルタの組合せを変えることで、被検体に照射する光に含まれる波長成分の組み合わせが互いに異なる複数の光照射条件を生成する制御部と、
前記複数の光照射条件のそれぞれで検出した音響波の圧力と、前記複数の光照射条件のそれぞれの波長領域ごとの照射光の強度とに基づいて、それぞれの波長領域の光に対する被検体の光吸収係数を算出する信号処理部と、
を備える音響波測定装置。
【請求項2】
前記光源はキセノンフラッシュランプである
ことを特徴とする請求項1に記載の音響波測定装置。
【請求項3】
前記複数の光学フィルタのそれぞれは、キセノンフラッシュランプのいずれかの波長ピークに対応し、当該波長ピークを含む波長領域の光を遮断するノッチフィルタであり、
前記制御部は、前記ノッチフィルタを個別に光路上に出し入れすることにより、当該ノッチフィルタが光を遮断するか否かを切り替える
ことを特徴とする請求項2に記載の音響波測定装置。
【請求項4】
前記複数の光学フィルタのそれぞれは、キセノンフラッシュランプのいずれかの波長ピークに対応し、当該波長ピークを含む波長領域の光を透過するフィルタであり、当該フィルタはマトリクス状に配置されており、
前記光源から前記光学フィルタへの光路に配置され、前記光源からの光を前記光学フィルタまで透過させるか否かをフィルタごとに決定することにより、前記フィルタが光を透過するか否かを個別に切り替えられる光シャッタをさらに備えている
ことを特徴とする請求項2に記載の音響波測定装置。
【請求項5】
前記複数の光学フィルタのそれぞれは、キセノンフラッシュランプのいずれかの波長ピークに対応し、当該波長ピークを含む波長領域の光を透過するフィルタであり、当該フィルタはマトリクス状に配置されており、
前記光源から前記光学フィルタへの光路に配置され、前記光源からの光を前記光学フィルタまで反射して到達させるか否かをフィルタごとに決定することにより、前記フィルタが光を透過するか否かを個別に切り替えられるデジタルミラーデバイスをさらに備えている
ことを特徴とする請求項2に記載の音響波測定装置。
【請求項6】
前記光学フィルタは、印加する電圧を変調することにより波長領域ごとに透過率を変化させることが可能な波長可変フィルタである
ことを特徴とする請求項1または2に記載の音響波測定装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の音響波測定装置と、
画像表示部と、
を備え、
前記検出器は複数の検出素子を2次元状に配列したものであり、
前記信号処理部は、検出器による検出結果に基づいて音響波の発生位置を特定するとともに、算出した光吸収係数から前記発生位置にある物質の物性を求めて画像化し、前記画像表示部に表示する
ことを特徴とする音響波画像化装置。
【請求項8】
複数の波長領域において波長成分を有する光を光源から発生するステップと、
前記光源から被検体への光路において、前記複数の波長領域のうち、それぞれ特定の波長領域の光を遮断または透過する複数の光学フィルタを用いて、光を遮断または透過するステップと、
被検体内で発生する音響波を検出するステップと、
光学フィルタの組合せを変えることで、前記光源から発生した光に含まれる波長成分の組み合わせが互いに異なる複数の条件を生成するステップと、
前記複数の条件のそれぞれで検出した音響波の圧力と、前記複数の条件のそれぞれの波長領域ごとの光の強度とに基づいて、それぞれの波長領域の光に対する被検体の光吸収係数を算出するステップと、
を含む音響波測定装置の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−83531(P2011−83531A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−240299(P2009−240299)
【出願日】平成21年10月19日(2009.10.19)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】