説明

音響診断方法、プログラム及び装置

【課題】雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を行う。
【解決手段】本方法は、診断対象回転機械の定常音のデータに対してDFTを実施して第1パワースペクトルを生成し、外来定常音のデータに対してDFTを実施して第2パワースペクトルを生成し、両パワースペクトル間の差を算出し、当該差のパワースペクトルについてピークの周波数を特定する。そして、特定されたピークの周波数を、バンドパスフィルタの中心周波数に設定して、診断対象回転機械の定常音のデータに対して、バンドパスフィルタを適用し、バンドパスフィルタの出力を絶対値化すると共に包絡線抽出を行い、当該包絡線抽出の結果についてDFTを実施して第3パワースペクトルを生成し、第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、DBに登録されている異常周波数とを照合して、第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、異常を出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転機械の音響診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
発電所には多数のポンプやモータが設置されており、このような機器にはベアリングが用いられている。ベアリングなどの回転機械の異常を診断するためには、振動診断という技術が知られている。
【0003】
振動診断では例えば図1に示すような信号処理が行われる。診断対象のころがり軸受100には、振動を検出する加速度計110がころがり軸受100に接触するように設けられており、加速度計110の測定値はチャージアンプ120に入力されている。チャージアンプ120で増幅された測定値は、ハイパスフィルタ130に入力され、高周波成分が取り出される。そして、ハイパスフィルタ130の出力は、絶対値処理140に入力され、絶対値化される。そして、絶対値処理140の出力は、ローパスフィルタ150に入力され包絡線処理が行われる。ローパスフィルタ150の出力は、周波数分析160に入力される。周波数分析160では、FFT(Fast Fourier Transform)を実施して、ピーク周波数を検出する。そして、回転機械毎に予め計算されており且つ異常時に出力される異常振動の周波数とそのような異常振動の原因とが格納されているデータベースに、検出されたピーク周波数が登録されているかを判断して、登録されている場合には対応する異常振動の原因等を出力するものである。
【0004】
振動診断では、加速度計110を診断対象回転機械に接触するように設ける必要があるが、実際の発電所などの環境においては、カバーに覆われているといったように、加速度計110を接触させるように設けることが不可能な場合もある。このため、振動の代わりに指向性マイクなどを診断対象の回転機械に向けて採取して、採取された音を同様の処理系で処理することによって診断する方法も考えられる。しかしながら、発電所における回転機械の設置環境は非常にうるさい場合があるので、ピーク周波数を適切に検出することができない場合がある。実際、周波数分析160では図2に示すような周波数特性が得られることがある。このような周波数特性では、ピークと思われる部分もあるが、明確なピークとなっていないので、異常を検出することができない場合もある。なお、ハイパスフィルタ130の代わりに、リンギング周波数(キズなどの異常に起因して金属同士が衝突することよって発生する信号の周波数)を中心周波数とするバンドパスフィルタを用いることも示唆されているが、リンギング周波数の候補は数が多く、雑音によってピークを検出できないような音データに対して、中心周波数をいずれにしたらよいのかは判断が難しいという問題もある。
【0005】
なお、特開2005−300517号公報には、ころがり軸受の損傷を非接触で効率よくかつ高精度の診断を可能ならしめる音圧信号を利用した診断技術が開示されている。具体的には、ころがり軸受から発生する音響信号を検出して、超音波帯域を含む高周波帯域の音圧を抽出し、得られた信号に包絡線処理を行い、この包絡線波形について、1)周波数分析によってスペクトル分布を求め、周波数分析波形の回転周波数成分の3倍以上の周波数のスペクトル最大値を回転周波数成分の3倍以上の周波数のスペクトル平均値または実効値で除算して得られたスペクトル衝撃度を基準値と比較し、スペクトル衝撃度が基準値を越えたとき軸受異常と判定する、2)可聴音域の搬送波を重畳させ、増幅した信号を可聴的に出力する。しかしながら、バンドパスフィルタの利用については考察されていない。
【0006】
さらに、特開平7−182035号公報には、音響診断装置と振動診断装置を最適に組合わせることにより、診断の精度向上を図るための技術が開示されている。具体的には、回転機械における回転体異常現象により発生する音響信号を受けて分析し音響データに処理し、これに基づいて所定の音響による診断を行い、この音響の診断結果を出力する。一方、回転体異常現象により発生する振動により発生する振動信号を受け、これを分析し振動データに処理し、これに基づいて所定の監視処理を行って監視処理データを作成し、この監視処理データに基づいて、音響の診断結果を確認する確認診断を行う。同じく、バンドパスフィルタの利用については考察されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−300517号公報
【特許文献2】特開平7−182035号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】設備診断技術 (実践保全技術シリーズ) (単行本)、日本プラントメンテナンス協会実践保全技術シリーズ編集委員会 (編集) 、1990/06
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上で述べたように、発電所といった雑音が非常に多い環境において、回転機械の音響診断を適切に行うための技術は存在していない。
【0010】
従って、本発明の目的は、雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を適切に行うことができるようにするための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る音響診断方法は、(A)機器側データ格納部に格納されている、診断対象回転機械の定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第1パワースペクトルを生成するステップと、(B)外来側データ格納部に格納されている、外来定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第2パワースペクトルを生成するステップと、(C)第1パワースペクトルと第2パワースペクトルとの差を算出し、当該差のパワースペクトルについて1又は複数のピークの周波数を特定するピーク周波数特定ステップと、(D)特定されたピークの周波数を、バンドパスフィルタの中心周波数に設定して、機器側データ格納部に格納されている、診断対象回転機械の定常音のデータに対して、バンドパスフィルタを適用するステップと、(E)バンドパスフィルタの出力を絶対値化すると共に包絡線抽出を行い、当該包絡線抽出の結果についてフーリエ変換を実施して、第3パワースペクトルを生成するステップと、(F)第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、異常を表すデータを出力するステップとを含む。
【0012】
このようにすれば、雑音の影響を除去することができ、適切な音響診断を行うことができるようになる。
【0013】
また、上で述べたピーク周波数特定ステップにおいて、複数のピークの周波数を特定する場合には、上記差のパワースペクトルの値が大きい順にピークの周波数を特定する場合もある。さらに、2番目以降のピークの周波数を特定する場合には、直前までに特定されたピークを中心とする所定周波数幅において上記差のパワースペクトルの値をマスクする場合もある。このようにすれば、バンドパスフィルタを利用する上で効果がない周波数帯をマスクして、他の周波数帯からピークを検出することができるようになる。
【0014】
なお、上で述べた音響診断方法を装置として実施する場合には、診断対象回転機械の定常音を集音してディジタル化することによって診断対象回転機械の定常音のデータを生成し、外来定常音を集音してディジタル化することによって外来定常音のデータを生成する手段をさらに有する場合もある。例えば携帯型の装置によって、様々な場所で診断を即時に行うことができるようになる。
【0015】
さらに、診断対象回転機械の定常音と外来定常音とを別に且つ同時に集音する複数のマイクが用いられている場合もある。1つのマイクで、2回集音するよりも短時間で集音できて短時間で診断することができるようになる。
【0016】
なお、上で述べたような処理をハードウエアに実施させるためのプログラムを作成することができ、当該プログラムは、例えばフレキシブル・ディスク、CD−ROM、光磁気ディスク、半導体メモリ、ハードディスク等のコンピュータ読み取り可能な記憶媒体又は記憶装置に格納される。なお、処理途中のデータについては、コンピュータのメモリ等の記憶装置に一時保管される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を適切に行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、従来技術を説明するための図である。
【図2】図2は、従来技術の問題を説明するための図である。
【図3】図3は、集音装置の一例を示す図である。
【図4】図4は、集音装置の他の例を示す図である。
【図5】図5は、音響診断装置の機能ブロック図である。
【図6】図6は、音響診断の処理フローを示す図である。
【図7】図7は、回転機械の定常音及び外来定常音のパワースペクトルの一例を示す図である。
【図8】図8は、回転機械の定常音及び外来定常音のパワースペクトルの差の一例を示す図である。
【図9】図9は、音響診断の処理フローを示す図である。
【図10】図10は、絶対値化処理の結果の一例を示す図である。
【図11】図11は、包絡線抽出結果の一例を示す図である。
【図12】図12は、第3DFT部の処理結果の一例を示す図である。
【図13】図13は、第3DFT部の処理結果の他の例を示す図である。
【図14】図14は、異常周波数DBに格納されるデータの一例を示す図である。
【図15】図15は、コンピュータの機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図3に、本発明の一実施の形態で用いられる集音装置の一例を示す。図3に示すように、集音装置1には、診断対象の回転機械に向けて回転機械からの定常音を集音する指向性マイク2と、指向性マイク2とは逆方向に指向性を向けて外来の定常音を集音する指向性マイク3とを有する。このように2つの指向性マイク2及び3を有する集音装置1であれば、同時に回転機械からの定常音と外来の定常音とを採取できるので、診断手数を減らすことができる。集音装置1は、採取した音をA/D変換して、音をディジタル化した上で、メモリなどの記憶装置に格納する。
【0020】
集音装置1の指向性マイクを、図3に示すように180°異なる方向に向けておくのは、雑音が多い環境においても指向性マイク2で採取する回転機械からの定常音が、指向性マイク3と比べてより強く入力されるようにするためである。同様に、指向性マイク3には、外来の定常音がより強く入力されることが好ましい。従って、図4に示すように、180°異なる方向に向けなくとも、指向性の範囲(ハッチング部分)が重ならないようにマイクを向けておけば、上記のような目的を達することはできる。
【0021】
さらに、1つしか指向性マイクがない集音装置を用いても良い。例えば、当該指向性マイクを最初に診断対象の回転機械に向けて集音した後に、診断対象の回転機械とは逆方向に指向性マイクを向けて集音して、別々のデータとしてメモリ等の記憶装置に保持するようにしてもよい。当然、手順は逆でも良い。
【0022】
次に、上で述べたような集音装置1によって採取されたデータを用いて音響診断を行う音響診断装置10について説明する。図5に、音響診断装置10の機能ブロック図を示す。音響診断装置10は、(A)指向性マイク3により採取された外来の定常音のデータを格納する外来側データ格納部11と、(B)外来側データ格納部11に格納されている外来定常音のデータに対してDFT(Discrete Fourier Transform)処理を行う第1DFT部12と、(C)第1DFT部12の処理結果を格納する第1パワースペクトルデータ格納部13と、(D)指向性マイク2により採取された診断対象回転機械の定常音のデータを格納する機器側データ格納部14と、(E)機器側データ格納部14に格納されている診断対象回転機械の定常音のデータに対してDFTを行う第2DFT部15と、(F)第2DFT部15の処理結果を格納する第2パワースペクトルデータ格納部16と、(G)第1パワースペクトルデータ格納部13と第2パワースペクトルデータ格納部16とに格納されているパワースペクトルの差を算出する差分計算部17と、(H)差分計算部17の処理結果を格納する差分データ格納部18と、(G)差分データ格納部18に格納されているデータを用いて処理を行う第1ピーク検出部19と、(H)第1ピーク検出部19により中心周波数が設定され且つ機器側データ格納部14に格納されている診断対象回転機械の定常音のデータに対してフィルタリングを行うバンドパスフィルタ20と、(I)バンドパスフィルタ20からの出力を絶対値化する絶対値処理部21と、(J)絶対値処理部21の出力に対して包絡線抽出処理を実施する包絡線抽出部22と、(K)包絡線抽出部22の出力に対してDFTを実施する第3DFT部23と、(L)第3DFT部23からの出力に対してピーク検出処理を実施する第2ピーク検出部24と、(M)回転機械毎に予め計算されている異常周波数を格納する異常周波数データベース(DB)26と、(N)第2ピーク検出部24からの出力を異常周波数DB26に登録されている異常周波数と照合するピーク周波数照合部25と、(O)ピーク周波数照合部25の出力を格納する処理結果格納部27と、(P)処理結果格納部27に格納されているデータを出力する出力部28とを有する。
【0023】
なお、DFT部については、1つのモジュールをそれぞれの処理段階で使用するようにしても良い。
【0024】
この音響診断装置10の処理内容について、図6乃至図14を用いて説明する。まず、第2DFT部15は、機器側データ格納部14に格納されている診断対象回転機械の定常音データに対してDFTを実施して、処理結果であるパワースペクトルの値を第2パワースペクトルデータ格納部16に格納するとともに、第1DFT部12は、外来側データ格納部11に格納されている外来音データに対してDFTを実施して、処理結果であるパワースペクトルの値を第1パワースペクトルデータ格納部13に格納する(図6:ステップS1)。
【0025】
より具体的に説明すると、機器側データ格納部14に格納されており且つディジタル化された診断対象回転機械の定常音の値をS2[n](nは0以上N−1以下の整数)と表し、外来側データ格納部11に格納されており且つディジタル化された外来定常音の値をS1[n]と表すものとする。
【0026】
通常、前処理としてハミング、ハニングなどの窓関数が使用される。このような窓関数についてはよく知られたものであるからここでは説明を省略する。そして、窓関数w[n]を使用した後の値を以下のように表す。
Sw1[n]=S1[n]*w[n]
Sw2[n]=S2[n]*w[n]
【0027】
さらに、DFTを行うと、以下のような値が得られる。
【0028】
【数1】

【0029】
ここでfは0以上N/2以下の整数で、周波数番号である。
【0030】
さらに、デシベル単位でのパワースペクトルは以下のようにして算出される。
Sp1[f]=20*log(|Sf1[f]|)
Sp2[f]=20*log(|Sf2[f]|)
【0031】
このように計算されたデータが第1パワースペクトルデータ格納部13及び第2パワースペクトルデータ格納部16に格納される。
【0032】
実際に発電所のある回転機械の定常音及び外来定常音を採取してステップS1を実施した結果を図7に示す。図7では、横軸が周波数を表しており、縦軸がパワースペクトルの値(dB)を表している。図7において、Lは回転機械の定常音についてのパワースペクトルを表し、Rは外来定常音についてのパワースペクトルを表す。約1.3×104より高周波帯域において差が大きくなっていることが分かる。
【0033】
次に、差分計算部17は、各周波数(具体的には各周波数番号)についてパワースペクトルの差を算出し、差分データ格納部18に格納する(ステップS3)。より具体的には、以下のような計算を行う。
Diff[f]=Sp2[f]−Sp1[f]
【0034】
例えば図7に示したようなパワースペクトルの場合、図8のようなDiff[f](fを周波数に戻した状態)が得られる。図8でも、横軸は周波数を表しており、縦軸はパワースペクトルの値(dB)を表している。0.5×104Hzより低周波帯域にいくつかノイズによるピークが現れているが、約1.3×104Hzより高周波帯域で全体的にDiff[f]の値が大きくなっており、ピークがいくつも現れている。
【0035】
そして、第1ピーク検出部19は、差分データ格納部18に格納されている各周波数のパワースペクトルの差において低周波数領域のマスク処理を行う(ステップS4)。すなわち、リンギング周波数としてあり得ない周波数帯域については、Diff[f]の値を強制的に、十分小さい負の値に置換することによってマスク(ガードとも呼ぶ)してしまう。例えば図8のような場合、0.5×104Hz以下の帯域については考慮しないとすると、第1ピークの周波数は約1.6128×104Hzと検出される。
【0036】
さらに、第1ピーク検出部19は、差分データ格納部18に格納されているパワースペクトルの差の値を走査して、パワースペクトルの差が最大となる周波数を特定する(ステップS5)。
【0037】
式で表すと以下のようになる。
【数2】

【0038】
argmaxは、Diff[f]が最大となるfの値を表す。f1は、1番目のピークであることを表す。
【0039】
その後、第1ピーク検出部19は、所定の個数のピークを検出したか判断する(ステップS7)。例えば予め2個ピークを検出するという設定がなされている場合には、2個ピークを検出したかを判断する。1個だけピークを検出する場合には、ステップS5を1回実行すると、所定の個数のピークを検出したことになる。
【0040】
所定の個数のピークがまだ検出されていない場合には、第1ピーク検出部19は、ステップS5で特定された周波数を中心とする所定幅の周波数をマスクするように設定を行う(ステップS9)。そしてステップS5に戻る。
【0041】
具体的には、k番目のピーク(最初にステップS9を実施する場合にはk=1)が見つかった後であれば、j=fk−dからj=fk+d(dは所定幅の周波数に相当する幅を設定するためのパラメータ)について以下のような設定を行う。
Diff[j]={十分小さい負の値}
なお、fは0乃至N/2の値であるから、fk−dが0未満となる場合、fk+dがN/2を超える場合には、0及びN/2が限界となる。
【0042】
また、複数回ステップS9を実施する場合には、累積的にマスクを行う。
【0043】
図8の例では、一度ステップS9を実施した後にステップS5を再度実施すると、第2ピークf2の周波数が検出される。図8の例では、第2ピークf2の周波数は約1.4944×104Hzと検出される。
【0044】
なお、fkを周波数に変換するためには、以下のような計算を行う。
ffk=fk*サンプリング周波数/N
【0045】
ステップS7で所定個数のピークが検出された場合には、第1ピーク検出部19は、ステップS5で特定された未処理の周波数を、中心周波数としてバンドパスフィルタ20に設定する(ステップS11)。そして、バンドパスフィルタ20は、中心周波数が設定されると、機器側データ格納部14に格納されている診断対象回転機械からの定常音のデータに対してフィルタリングを実施して、フィルタリング結果を絶対値処理部21に出力する(ステップS13)。バンドパスフィルタ20についてはよく知られたフィルタであるから、これ以上述べない。処理は端子Aを介して図9の処理に移行する。
【0046】
図9の処理の説明に移行して、絶対値処理部21は、バンドパスフィルタ20の出力を絶対値化する処理を実施し、処理結果を包絡線抽出部22に出力する(ステップS15)。音の信号は、通常正と負が交互に波打つ形の信号であるが、絶対値化処理を実施すると、正の振幅のみを有する信号に変換される。例えば、図10に示すような信号である。図10では、横軸は時間を表し、縦軸は振幅を表す。このように正の値しか存在しないことが分かる。このような絶対値化についてはよく知られた処理であるからこれ以上述べない。
【0047】
そして、包絡線抽出部22は、絶対値処理部21により絶対値化された信号の包絡線を抽出して、その処理結果を第3DFT部23に出力する(ステップS17)。例えば図10のようなデータが得られている場合には、図11に示すようなデータが得られる。図11も図10と同様に横軸は時間を表し、縦軸は振幅を表す。包絡線の抽出処理自体はよく知られた処理であるからこれ以上述べない。
【0048】
さらに、第3DFT部23は、包絡線抽出部22の出力(包絡線信号とも呼ぶ)に対してDFTを実施することにより、周波数毎のパワースペクトルのデータを生成し、第2ピーク検出部24に出力する(ステップS19)。例えば、図11の例に対して処理を実施すると、図12に示すような図が得られる。図12では、横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトルの値(dB)を表しており、ステップS5で最初に検出されたピーク周波数について処理を行った結果が表されている。図2に示した結果よりピークがはっきりしており、ピーク検出処理を適切に行うことができるようになる。また、ステップS5で2番目に検出されたピーク周波数について処理を行った結果は、例えば図13に示すようになる。図12とは異なるが、図2に示した結果よりピークがはっきりしているのは同じである。なお、基本的な処理はステップS1と同じであるので、これ以上述べない。
【0049】
そして、第2ピーク検出部24は、第3DFT部23からの出力であるパワースペクトルに対してピーク検出処理を実施することによって、ピーク周波数を所定個数検出し、ピーク周波数照合部25に出力する(ステップS21)。基本的な処理はステップS5と同じであり、パワースペクトルの値が極大の周波数を特定する。ステップS5で述べたように1つ周波数を特定した場合には、当該周波数を中心として所定幅(ステップS5とは異なる幅)だけをマスクしてから検出を行うようにしても良い。例えば図12の場合、24.9Hz、122.6Hz、224.9Hz、47.8Hz、74.7Hzといった周波数がピーク周波数として特定される。また、図13の場合、122.5Hz、244.9Hz、24.9Hz、367.4Hz、47.8Hzといった周波数がピーク周波数として特定される。
【0050】
その後、ピーク周波数照合部25は、第2ピーク検出部24の出力であるピーク周波数と、異常周波数DB26に登録されている異常周波数とを照合し(ステップS23)、マッチする場合には、マッチするピーク周波数と、マッチする異常周波数に対応付けて登録されている異音原因を抽出し、処理結果格納部27に格納する(ステップS25)。
【0051】
異常周波数DB26には例えば図14に示すようなデータが格納されている。図14の例では、回転機械毎に、異音原因と、当該異音の基本の異常周波数と(1次の周波数)と、当該異音の2次の異常周波数と、当該異音の3次の異常周波数と、当該異音の4次の異常周波数とが登録されるようになっている。図14の例では、異常ではない通常の状態(例えば「玉 自転」)における周波数も登録されている。例えば、回転機械の種類についてユーザから入力を受け付けた上で、図14のような該当するテーブルを特定し、各異常周波数と、ピーク周波数を比較して、ピーク周波数が所定の誤差範囲内であれば、当該ピーク周波数と、マッチする異常周波数に対応付けて異常周波数DB26に登録されている異音原因とを、処理結果格納部27に格納する。例えば、122.5Hz及びその高調波の異常周波数が、内輪傷の異常周波数として異常周波数DB26に登録されているとする。そうすると、図12のパワースペクトルから122.6Hz及び224.9Hzがピーク周波数として検出されているので、このような周波数と「内輪傷」という異音原因が、処理結果格納部27に格納される。
【0052】
なお、異常周波数DB26には異音原因を登録せずに異常周波数のみを登録するようにしてもよい。この場合には、異音原因については出力できないが、異常を検出したことは分かる。また、異常と判定されたピーク周波数を出力することによって、ユーザ側で判断できる場合もある。さらに、通常の状態で検出される周波数のみがピーク周波数として検出された場合には、その旨のデータを処理結果格納部27に格納するようにしても良い。
【0053】
さらに、第1ピーク検出部19は、ステップS5で特定された全ての周波数について処理したか判断し(ステップS27)、未処理の周波数が存在する場合には、端子Bを介してステップS11に戻る。一方、ステップS5で特定された全ての周波数について処理した場合には、出力部28は、処理結果格納部27に格納されているデータ(例えばピーク周波数及びその異音原因)を、表示装置や印刷装置に出力する(ステップS29)。上でも述べたように、単に異常を検出したことのみを出力するようにしても良い。さらに、異常と判定されたピーク周波数を出力するようにしても良い。また、通常の状態で検出される周波数のみがピーク周波数として検出された場合には、異常なしという出力を行うようにしても良い。
【0054】
このようにすれば、発電所などの雑音の多い環境でも、その影響を相殺することができるため、適切にピーク周波数を抽出して、異常があればその異常を認識できるようになる。
【0055】
なお、バンドパスフィルタ20からピーク周波数照合部25までの処理においても、中間的な処理結果についてはメインメモリ等の記憶装置に格納される。
【0056】
以上本発明の一実施の形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、図5に示した機能ブロック図は説明の便宜上設けたものであって、上でも述べたがDFT部は1つのモジュールを使い回す場合もある。ピーク検出部についても一部のパラメータを変更すれば共用できる場合もある。さらに、実際のプログラムモジュール構成と一致しない場合もある。さらに、一部の機能についてはハードウエア化される場合もある。
【0057】
さらに、処理内容についても、第1及び第2DFT部の処理は並列化可能であり、その他の部分についても、処理結果が変わらない限り処理順番を入れ替えたり、並列実行することも可能である。
【0058】
さらに、集音装置1と音響診断装置10については一体化される場合もある。また、音の信号をA/D変換する装置については集音装置1ではなく音響診断装置10側に設けられる場合もある。
【0059】
なお、音響診断装置10はコンピュータ装置であって、図15に示すように当該コンピュータ装置においては、メモリ2501(記憶部)とCPU2503(処理部)とハードディスク・ドライブ(HDD)2505と表示装置2509に接続される表示制御部2507とリムーバブル・ディスク2511用のドライブ装置2513と入力装置2515とネットワークに接続するための通信制御部2517とがバス2519で接続されている。オペレーティング・システム(OS)及びWebブラウザを含むアプリケーション・プログラムは、HDD2505に格納されており、CPU2503により実行される際にはHDD2505からメモリ2501に読み出される。必要に応じてCPU2503は、表示制御部2507、通信制御部2517、ドライブ装置2513を制御して、必要な動作を行わせる。また、処理途中のデータについては、メモリ2501に格納され、必要があればHDD2505に格納される。このようなコンピュータは、上で述べたCPU2503、メモリ2501などのハードウエアとOS及び必要なアプリケーション・プログラムとが有機的に協働することにより、上で述べたような各種機能を実現する。
【符号の説明】
【0060】
1 集音装置 2,3 指向性マイク
10 音響診断装置
11 外来側データ格納部 12 第1DFT部
13 第1パワースペクトルデータ格納部
14 機器側データ格納部 15第2DFT部
16 第2パワースペクトルデータ格納部
17 差分計算部 18 差分データ格納部
19 第1ピーク検出部 20 バンドパスフィルタ
21 絶対値処理部 22 包絡線抽出部
23 第3DFT部 24 第2ピーク検出部
25 ピーク周波数照合部 26 異常周波数DB
27 処理結果格納部 28 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機器側データ格納部に格納されている、診断対象回転機械の定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第1パワースペクトルを生成するステップと、
外来側データ格納部に格納されている、外来定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第2パワースペクトルを生成するステップと、
前記第1パワースペクトルと前記第2パワースペクトルとの差を算出し、当該差のパワースペクトルについて1又は複数のピークの周波数を特定するピーク周波数特定ステップと、
特定された前記ピークの周波数を、バンドパスフィルタの中心周波数に設定して、前記機器側データ格納部に格納されている、前記診断対象回転機械の定常音のデータに対して、前記バンドパスフィルタを適用するステップと、
前記バンドパスフィルタの出力を絶対値化すると共に包絡線抽出を行い、当該包絡線抽出の結果についてフーリエ変換を実施して、第3パワースペクトルを生成するステップと、
前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、異常を表すデータを出力するステップと、
を含み、コンピュータにより実行される音響診断方法。
【請求項2】
前記ピーク周波数特定ステップにおいて、
複数のピークの周波数を特定する場合には、前記差のパワースペクトルの値が大きい順に前記ピークの周波数を特定し、
2番目以降の前記ピークの周波数を特定する場合には、直前までに特定された前記ピークを中心とする所定周波数幅において前記差のパワースペクトルの値をマスクする
請求項1記載の音響診断方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の音響診断方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項4】
機器側データ格納部に格納されている、診断対象回転機械の定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第1パワースペクトルを生成する手段と、
外来側データ格納部に格納されている、外来定常音のデータに対してフーリエ変換を実施して、第2パワースペクトルを生成する手段と、
前記第1パワースペクトルと前記第2パワースペクトルとの差を算出し、当該差のパワースペクトルについて1又は複数のピークの周波数を特定するピーク周波数特定手段と、
特定された前記ピークの周波数を、バンドパスフィルタの中心周波数に設定して、前記機器側データ格納部に格納されている、前記診断対象回転機械の定常音のデータに対して、前記バンドパスフィルタを適用する手段と、
前記バンドパスフィルタの出力を絶対値化すると共に包絡線抽出を行い、当該包絡線抽出の結果についてフーリエ変換を実施して、第3パワースペクトルを生成する手段と、
前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、異常を表すデータを出力する手段と、
を有する音響診断装置。
【請求項5】
前記診断対象回転機械の定常音を集音してディジタル化することによって前記診断対象回転機械の定常音のデータを生成し、前記外来定常音を集音してディジタル化することによって前記外来定常音のデータを生成する手段
をさらに有する請求項4記載の音響診断装置。
【請求項6】
前記診断対象回転機械の定常音と前記外来定常音とを別に且つ同時に集音する複数のマイクが用いられていることを特徴とする請求項5記載の音響診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−191166(P2011−191166A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57242(P2010−57242)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】