説明

風味改善剤

【課題】
植物油脂、特に硬化油脂には、後味に残る嫌味やべたっとした感じがあるが、これらの風味をマスキングし、また、こく味を付与することにより、これらの油脂の風味を改善する。さらには、これらの植物油脂、特に硬化油脂を用いた飲食品、例えば、マーガリン、ホイップクリーム、ラクトアイスなどの風味を改良する。
【解決手段】
遊離のオレイン酸を油脂含有食品中の油脂量に対し質量換算で0.001%〜10%油脂含有食品に添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品の風味改善剤に関し、詳しくは、油脂を含有する飲食品、特に植物油脂を含有する食品における植物油脂独特の風味を改善し、油脂含有食品にこく味を与える風味改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
植物油脂は、さまざまな食品、例えばマヨネーズ、ドレッシングなどに使用される。また、乳脂肪と比べ安価であり、また、コレステロールや飽和脂肪酸による健康への悪影響の心配が少ないなどの観点から、動物油脂や乳脂肪の代替物として、そのまま、あるいは水素添加などの硬化処理を行い、マーガリン、ホイップクリーム、ラクトアイスなどに用いられている。
【0003】
しかしながら、植物油脂には独特の臭みがある。特に、硬化油脂は独特の臭みが強く、これは水添臭、戻り臭、硬化臭などと呼ばれる。これらの臭みは、例えば、官能的には、「後味に残る嫌味」、とか、「べたっとした感じ」などとも表現される。また、特に、動物油脂の代替として植物油脂を用いた場合には、こく味不足や、高級感に乏しいという評価を受けることが多く、その改善が望まれている。
【0004】
油脂にこく味を付与するなどの油脂の風味改善方法としては、例えば、油脂または油脂含有食品に、(イ)ロイシン、アスパラギン酸、グルタミン酸の3種のアミノ酸の塩類と、それら以外の他のアミノ酸またはその塩類の1種または2種以上、(ロ)カルボニル化合物、を添加して加熱することを特徴とする油脂または油脂含有食品の風味改良方法(特許文献1)、バターオイルに前胃エステラーゼを作用させて分解した後、さらに膵臓リパーゼもしくは微生物生産リパーゼを作用させて分解することを特徴とするバターフレーバーの製造方法(特許文献2)、天然のバター脂及びヤシ油を、脂肪分解酵素(リパーゼ)を用いてそれぞれ加水分解し、得られた各加水分解物からバターフレーバー成分であるC4〜C10の脂肪酸を回収し、次いで回収して得られるバター脂由来の脂肪酸とヤシ油由来の脂肪酸とを混合することを特徴とする強い芳香を有するバターフレーバーの製造方法(特許文献3)、パーム油、パーム核油、ヤシ油などの植物油脂及びこれらの油脂の硬化油、またはこれらの油脂の混合物に、脂肪分解酵素と、乳製品から分離したかび菌株とを作用させてなる反応液を主成分とする食品または食品用フレーバー(特許文献4)、アラキドン酸などのn−6系の長鎖高度不飽和脂肪酸及び/又はそのエステル体から成るコク味向上剤(特許文献5)、パーム系油脂類にポリソルベートを添加することを特徴とするパーム系油脂類の低温保管における風味改良方法(特許文献6)、油脂、複合体、風味性素材、及び水を含有してなる混合物であって、該複合体が蛋白質と脂肪酸単独、又は蛋白質と脂肪酸とモノグリセリド及び/又はジグリセリドとの複合体であり、該混合物を30〜100℃で加熱処理した後、固形分及び水を分離除去して得られる風味油脂(特許文献7)、オレイン酸含有量が55重量%以上、リノレン酸含有量が0.5重量%以下で、風味改善作用を有した油脂組成物(特許文献8)、SUS型トリグリセリドに富む油脂とラウリン系油脂を主成分とする混合油脂であって、混合油脂中に非ラウリン系油脂由来のSSS型トリグリセライドを1〜4重量%含有することを特徴とする冷菓用油脂を2〜20重量%使用することにより、乳脂含有率が低いアイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイスなどの冷菓に、口どけ、コク味に優れ、イヤ味が少なく、キレ、アッサリ感を付与する方法(特許文献9)などが提案されてる。
【0005】
しかしながら、特許文献1のアミノカルボニル反応によるフレーバーでは、こく味の他にアルデヒド臭、アミノ酸臭などの好ましくない香気が生成・付与されという欠点がある。また、特許文献2〜4は、天然油脂のリパーゼ分解によりC4〜C10の低級脂肪酸を目的としたフレーバーを生成させ、ミルク的なこく味の付与を目的としたものであるが、こく味のみならず、チーズ的な刺激の強い風味をも付与してしまうという欠点がある。さらに、特許文献5のように多価不飽和脂肪酸を使用する方法は、多価不飽和脂肪酸が酸化されやすく不安定であるなどの欠点がある。さらにまた、引用文献6に記載のポリソルベートは本来食品添加物としての用途は乳化剤であって呈味改良目的で使用するものではない。また、特許文献7の風味油脂は、原材料として野菜、種子類、穀類、乳類などの風味性素材を使用するため、得られた油脂の用途が制限されてしまうという欠点がある。さらに、特許文献8には油脂中の構成脂肪酸としてオレイン酸の割合が多いと風味改善効果があることが開示されているが、遊離の脂肪酸に関する記述は全くない。さらにまた、特許文献9にはSUS型トリグリセライドに富む油脂とラウリン系油脂の併用により油脂にこく味を付与する方法が開示されているが、トリグリセライド中の構成脂肪酸に関する発明であり、遊離の脂肪酸に関する記述は全くない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭54−62339号公報
【特許文献2】特開昭59−66856号公報
【特許文献3】特開昭63−240755号公報
【特許文献4】特開平2−177868号公報
【特許文献5】国際公開WO2003/094633号パンフレット
【特許文献6】特開2005−168482号公報
【特許文献7】特開2005−269950号公報
【特許文献8】特開2006−246857号公報
【特許文献9】特開2007−166965号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、植物油脂、特に硬化油脂に独特の、後味に残る嫌味や、舌にまとわりつくべたっとした感じをマスキングし、また、こく味を付与することにより、これらの油脂の風味を改良することにある。また、さらに、これらの植物油脂、特に硬化油脂を用いたマーガリン、ホイップクリーム、ラクトアイスなどの飲食品の風味を改良することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
従来、特許文献2〜4にも記載されている様に、バターオイルやパーム油などのリパーゼ加水分解物には油脂のこく味を増強する作用があることが知られている。そしてこれらは、乳製品特有の香気成分でもある遊離のC4〜C10程度の低級脂肪酸によるものと考えられてきた。これらの低級脂肪酸は、乳製品の重要な香気成分であり、酸味と強い香気を有し、乳製品らしさを与えると共に、こく味にも寄与すると考えられてきた。しかしながら、本発明者等は、低級脂肪酸以外にもこく味に寄与する成分があるのではないかと考え、乳脂リパーゼ加水分解物に含まれているそれぞれの脂肪酸が呈味に及ぼす影響を精査したところ、驚くべきことに、遊離のオレイン酸が油脂にこく味を与える作用が極めて強く、後味の嫌味をマスキングし、べたっとしたような感じを改善し、また、香気にはほとんど影響を与えずに、植物油脂の風味を改良することができることを見出した。
【0009】
かくして、本発明は、以下のものを提供する。
(1)遊離のオレイン酸を有効成分とする飲食品の風味改善剤。
(2)飲食品が植物油脂含有飲食品であることを特徴とする(1)の風味改善剤。
(3)風味改善がこく味の増強であることを特徴とする(1)または(2)の風味改善剤。
(4)遊離のオレイン酸を有効成分として含有することを特徴とする風味改善剤組成物。
(5)遊離のオレイン酸がオリーブ油のリパーゼ分解物由来である(4)の風味改善剤組成物。
(6)遊離のステアリン酸および遊離のオレイン酸の合計量に対する遊離のオレイン酸の含有率が質量比で80%〜99.9%であることを特徴とする(4)または(5)の風味改善剤組成物。
(7)飲食品が植物油脂含有飲食品であることを特徴とする(4)〜(6)のいずれかの風味改善剤組成物。
(8)風味改善がこく味の増強であることを特徴とする(4)〜(7)のいずれかの風味改善剤組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、植物油脂に独特の臭み、特に、硬化油脂が強く有する水添臭、戻り臭、硬化臭などと呼ばれる、後味の嫌味やべたっとした感じをマスキングすることができる。また、植物油脂を含有する飲食品、特に、硬化油脂を含有する飲食品、例えば、マーガリン、ホイップクリーム、ラクトアイスなどが有する、後味の嫌味やべたっとした感じを改善することができる。さらには、これらの植物油脂や硬化油脂を含有する飲食品のみならず、飲食品全般に、不要な呈味や香気を付与することなく、こく味を付与ないし増強することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明で使用するオレイン酸は遊離の脂肪酸であるオレイン酸を意味し、トリグリセライドの構成脂肪酸中にエステル結合した状態で含まれているオレイン酸を意味するものではない。本発明で使用する遊離のオレイン酸の製造方法については特に制限はなく、油脂の酸加水分解物、油脂のリパーゼ加水分解物、アラキドン酸やリノール酸などの多価不飽和脂肪酸を部分的に水素添加したものなどから、分別抽出、蒸留、再結晶、クロマトグラフィーなどの方法によりオレイン酸を分離したものを例示することができる。また、市販品としても入手することができる。
【0012】
本発明のオレイン酸を添加することのできる飲食品としては、あらゆる飲食品が挙げられるが、特に油脂を含有する飲食品が好ましく、例えば、ミルクコーヒー飲料、ミルク紅茶や抹茶ミルクなどの茶系飲料、ココア、牛乳、豆乳、乳酸菌飲料などの乳飲料などの飲料一般;ヨーグルト、プディング及びムースなどのデザート類:ケーキ、クッキー、スナック、ポテトチップス、おかき、せんべい、かりんとう、饅頭などといった洋菓子及び和菓子を含む焼菓子や蒸し菓子などの製菓:アイスクリームやラクトアイス、アイスミルクなどの冷菓類:キャラメル、チューイングガム、ハードキャンディー、ヌガーキャンディーなどの菓子一般;果実フレーバーソースやチョコレートソースを含むソース類;バタークリームや生クリームなどのクリーム類;フラワーペースト、ピーナッツペースト、その他種々のペースト類;菓子パンなどを含むパン類;焼き肉のたれ、焼き鳥のたれ、鰻蒲焼きのたれ、トマトケチャップ、ウスターソース、ドミグラスソース、マヨネーズ、ドレッシング、カレールー、シチューの素、ポタージュ、コンソメスープ、ラーメンスープ、みそ、粉末みそ、醤油、粉末醤油、もろみ、魚醤などの調味料類;ハム、ソーセージ、ベーコン、ドライソーセージ、ビーフジャーキー、その他種々の蓄肉製品;魚肉ハム、魚肉ソーセージ、蒲鉾、チクワ、ハンペン、てんぷら、その他種々の魚介類製品;即席カレー、レトルトカレー、缶詰カレー、その他種々のカレー類;レトルト食品、冷凍食品などを含む農畜水産加工品などを挙げることができる。これらの飲食品に遊離のオレイン酸を添加することにより、飲食品のこく味を増強することができる。また、さらに、植物油脂、特にマーガリン、スプレッド、ショートニングなどの硬化油脂を含む食品に添加した場合には、硬化油独特の後味に嫌みな味が残る感じやべたっとしたような感じをマスキングすることができ、同時に、こく味を付与ないし増強することができる。硬化油脂を比較的多く使用することのある飲食品としては、例えば、アイスミルク、ラクトアイス、ホイップクリーム、パン、ケーキ、ドーナツ、クッキー、ビスケットなどを例示することができる。 オレイン酸の油脂含有食品への添加量は、油脂含有食品中の油脂量に対し質量換算で0.001%〜10%、好ましくは0.01%〜1%、より好ましくは0.1%〜1%を例示することができる。オレイン酸の油脂含有食品への添加量が、油脂含有食品中の油脂量に対し質量換算で0.001%未満では、本発明のこく味付与、マスキングなどなどの効果が得られない。また、10%より多く添加した場合、風味のバランスが崩れてしまう可能性があり好ましくない。
【0013】
本発明のオレイン酸の添加方法としては、飲食品にそのまま添加することもできるが、好ましくは、飲食品の製造過程において使用する油脂部分に遊離のオレイン酸を添加混合し、その油脂を用いて、飲食品を製造する方法が挙げられる。また、後から遊離のオレイン酸を添加する場合には、乳化剤などを用いて、乳化後、添加するなどの方法により、飲食品中に均一に添加することもできる。
【0014】
本発明ではまた、遊離のオレイン酸として、オレイン酸を構成脂肪酸として豊富に含む油脂であるオリーブ油、ナタネ油、サフラワー油(高オレイン酸)、ヒマワリ油(高オレイン酸)などのリパーゼ加水分解物をそのまま使用することもできる。これらのうち、オリーブ油は、その構成脂肪酸中、オレイン酸が約75%〜80%と非常に多いため、本発明の遊離のオレイン酸の供給源として特に好ましい。
【0015】
オリーブ油などの油脂をリパーゼで加水分解する場合は、水の存在下にリパーゼ処理を行うことができる。使用する水の量はリパーゼが作用するための最低量があれば反応は進行するが、通常、油脂100質量部に対し0.1質量部〜2000質量部、好ましくは1質量部〜1000質量部、より好ましくは10質量部〜500質量部を例示することができる。処理方法は、それ自体既知の方法、例えば、特許庁公報周知・慣用技術集(香料)第II部 食品香料(2000.1.14発行)微生物・酵素フレーバー(p.46〜p.57)などの刊行物に記載の方法に準じて行うことができる。油脂に前述の通りリパ−ゼ処理に必要な水を添加、混合し、必要があればリパーゼ処理前に乳化を行い、また、必要に応じ60℃〜121℃で2秒〜20分間殺菌・冷却した後、上記のリパーゼを添加して、30℃〜50℃で0.5分〜24時間攪拌あるいは静置により酵素処理を行う。酵素処理後、60℃〜121℃で2秒〜20分間加熱することにより酵素失活した後冷却し、反応物を得ることができる。
【0016】
使用することのできるリパーゼとしては、特に制限されるものではなく、例えば、アスペルギルス属、リゾムコール属、リゾープス属、ペニシリウム属、キャンディダ属、ピキア属、クロモバクテリウム属、アルカリゲネス属、ストレストマイセス属、アクチノマデュラ属、バチラス属などの各種微生物から採取されるリパーゼ、豚の膵臓から得られるリパーゼ、子やぎ、子ひつじ、子牛の口頭分泌腺から採取したオーラルリパーゼなどを適宜利用することができる。また、市販品としてはリパーゼA「アマノ」6、リパーゼM「アマノ」10、リパーゼG「アマノ」50、リパーゼF−AP15、リパーゼAY「アマノ」30G、リパーゼR「アマノ」G、リパーゼT「アマノ」、リパーゼMER「アマノ」(以上、天野エンザイム(株)社製)、リパーゼMY、リパーゼOF(以上、名糖産業(株)社製)、リリパーゼA−10D、リパーゼサイケン(登録商標)(以上、ナガセケムテックス(株)社製)、豚膵臓リパーゼ(シグマアルドリッチジャパン(株)社製)、パラターゼ、レシターゼ(登録商標)(ノボザイムズジャパン(株)社製)、スミチーム(登録商標)NSL、スミチーム(登録商標)RLS、スミチーム(登録商標)ALS(新日本化学(株)社製)、ピカンターゼA、ピカンターゼAN、ピカンターゼR800、ピカンターゼC3X、ピカンターゼK、ピカンターゼKL(以上、ディー・エス・エムジャパン(株)社製)、エンチロンAKG(洛東化成工業(株)社製)などを例示することができる。これらのリパーゼは単独又は数種組み合わせて利用することもできる。リパーゼの使用量は、力価などにより異なり一概には言えないが、通常、油脂原料の重量を基準として0.1u/g〜10000U/g、好ましくは0.5u/g〜2000u/g、より好ましくは2u/g〜500u/gの範囲内を例示することができる。
【0017】
以上のごとくして得られる油脂の酵素分解物は乳化状態である場合はそのまま、あるいは、乳化状態でない場合は油相を採取してオレイン酸の供給源として使用することができる。また、油相を採取する場合は、酵素失活、冷却後、静置あるいは遠心分離などの適宜な分離手段によって油層と水層を分離して水分を除去することによりオレイン酸を豊富に含んだ油相を得ることができる。
【0018】
オリーブ油などのリパーゼ加水分解物を本発明の風味改善剤組成物として使用する場合、遊離のステアリン酸および遊離のオレイン酸の合計量に対する遊離のオレイン酸の含有率が質量比で80%〜99.9%であることが好ましい。C18脂肪酸のうち、飽和脂肪酸であるステアリン酸は、固形油脂的なファッティーな感じの風味が強く、油脂含有食品に添加した場合、後味に重い油感が出てしまい、本発明の目的である風味を増強する効果は得られない。遊離のステアリン酸および遊離のオレイン酸の合計量に対する遊離のオレイン酸の含有率が質量比で80%以上であれば、前記のようなステアリン酸のマイナス面の影響を与えずに、オレイン酸の効果を付与することができる。遊離のステアリン酸および遊離のオレイン酸の合計量に対する遊離のオレイン酸の含有率を99.9%以上とすることは、実質上困難である。
【0019】
本発明ではまた、遊離のオレイン酸と併せて、バターなどの乳脂肪のリパーゼ加水分解物または香料化合物により調合されたミルクフレーバーを併用することにより、非常に強いこく味のある乳風味を付与ないし増強することができる。
【0020】
本発明におけるこく味とは、いわゆる五原味とは異なり、食品全体の味の厚みや広がりであり、食味全体の好ましさの向上または増強に効果を発揮するものをいう。味の厚みとは、単純な基本味ではだせない、複数の呈味成分からなる統一感であり、味の広がりは、口中での持続性である。例えば、食品が本来有している味(風味)の強度や持続性を増し、濃厚感を付与することにより、食品のこく味を増強することができる。
【0021】
前述の通り、乳製品特有の香気成分でもある遊離のC4〜C10程度の低級脂肪酸は乳製品の重要な香気成分であり、酸味と強い香気を有し、乳製品らしさを与えると共に、こく味にも寄与する。また、乳脂はその構成脂肪酸として約20%〜25%のオレイン酸を含んでいる。したがって、乳脂肪のリパーゼ加水分解物にも、分解度やリパーゼの種類により異なるが、ある程度のオレイン酸が含まれている。しかしながら、ラクトアイスなどの乳脂肪をほとんど使用していない食品に対し、リパーゼ加水分解物に加え、さらに遊離のオレイン酸を添加することにより、乳脂のリパーゼ加水分解物を単独で加えた場合に比較してはるかに強いこく味のある乳風味を与えることができる。遊離のオレイン酸の添加量は、乳脂の加水分解物に使用した乳脂100質量部に対し、通常1質量部〜100質量部、好ましくは2質量部〜50質量部を例示することができる。
【0022】
乳脂のリパーゼ加水分解物の製法としては、公知の方法が例示でき、例えば、前記の特許文献2または特許文献3に記載の方法を例示することができる。
【0023】
また、香料化合物により調合されたミルクフレーバーに対しては、そのミルクフレーバーが遊離のオレイン酸を含まないものであれば、少量の遊離のオレイン酸を併用するだけでもミルクフレーバーを単独で加えた場合に比較してはるかに強いこく味のある乳風味を与えることができる。遊離のオレイン酸の添加量は、ミルクフレーバー100質量部に対し、通常0.1質量部〜1000質量部、好ましくは1質量部〜100質量部を例示することができる。なお、香料化合物により調合されたミルクフレーバーの製法としては、例えば特開2005−015685に開示された方法により得られたミルクフレーバーなどを例示することができる。
【0024】
本発明ではさらにまた、遊離のオレイン酸に、前記の乳脂肪のリパーゼ加水分解物、香料化合物により調合されたミルクフレーバー以外にも、タンパク質加水分解物、糖−アミノ反応物、乳または乳加工品、乳または乳加工品の分画物などを加えることもできる。また、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリンなどの保留剤を添加することにより、状態の安定化をはかることもできる。さらにまた、デキストリン類、デンプン類、天然ガム類、糖類その他の賦形剤を添加して、既知の方法により乾燥して、粉末状、顆粒状その他任意の固体形態の製剤とすることもできる。
【0025】
以下、実施例により本発明の好ましい態様をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
実施例1 バターを構成する各構成脂肪酸の風味への影響
従来より、乳脂のリパーゼ分解物はミルクフレーバーとして使用されている。そこでバターの構成脂肪酸添加による風味への影響を検討した。リパーゼによる分解物では、リパーゼの特性によって切り出されてくる脂肪酸組成が異なるが、構成脂肪酸がすべて脂肪酸に加水分解された場合を想定して実験を行った。表1に無塩バターの主な構成脂肪酸を示す。
【0027】
【表1】

【0028】
この構成脂肪酸組成を参考に、遊離脂肪酸混合物として、全脂肪酸ミックス(参考品1)、C−4、C−6およびC−8の短鎖ミックス(参考品2)、C−10、C−12およびC−14の中鎖ミックス(参考品3)、およびC−16およびC−18各脂肪酸の長鎖ミックス(参考品4)を調製した。表2に調合処方を示す。なお、各脂肪酸は試薬(和光純薬社製)を用いた。
【0029】
【表2】

【0030】
官能評価:
脱脂粉乳5質量部、上白糖6質量部、ショートニング2質量部および水87質量部を卓上ホモにて乳化(10,000rpm、2分)し、植物油脂含有乳風味基材とした。この植物油脂含有乳風味基材の乳化前に、各参考品を0.01質量部加えてから乳化し、賦香品を得た。それぞれの賦香品を10名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。その平均的な官能評価結果を表3に示す。
【0031】
【表3】

【0032】
表3に示した通り、バターの構成脂肪酸の全脂肪酸をミックスした参考品1を添加した参考品1では、基材にミルク的なフレーバーを付与するとともに、ショートニングに特有の後味に感じられるべたっとした嫌みな感じをマスキングしていた。また、構成脂肪酸を短鎖、中鎖、長鎖に分けて再構成した参考品2、参考品3、参考品4のうちでは、参考品4に、後味の甘味、こく味増強効果および、ショートニングに特有の後味に感じられるべたっとした嫌みな感じをマスキングする効果が見られた。
【0033】
実施例2
次いで、前記の長鎖脂肪酸を、バター中の構成脂肪酸量に基づき、さらに、パルミチン酸(参考品5)、ステアリン酸(参考品6)オレイン酸(参考品7)、リノール酸(参考品8)の効果を確認するため、各脂肪酸希釈液を調製した。表4に調合処方を示す。なお、各脂肪酸は試薬(和光純薬社製)を用いた。
【0034】
【表4】

【0035】
官能評価:
実施例1と同様の植物油脂含有乳風味基材に参考品無添加または各参考品を0.01質量部加えたものを、卓上ホモにて乳化(10,000rpm、2分)し、それぞれの賦香品を10名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。その平均的な官能評価結果を表5に示す。
【0036】
【表5】

【0037】
表5に示した通り、乳脂の構成脂肪酸の長鎖脂肪酸の中でも、特に参考品7(オレイン酸)に、後味の甘味、こく味増強効果および、ショートニングに由来する特有の後味に感じられるべたっとした嫌みな感じをマスキングする効果が強く見られた。
【0038】
実施例3
市販ヤシ油100質量部に、表6に示す成分を表6に示した量添加した油脂を調製した。
【0039】
【表6】

【0040】
なお、ヤシ油に他の油脂を少量添加した比較品2〜4を調製したが、これは、脂肪酸のグリセリンエステルとして油脂の添加では脂肪酸を添加した場合のような効果が得られないことを示すために行ったものである。参考に、それぞれの油脂の構成脂肪酸を表7に示す。
【0041】
【表7】

【0042】
それぞれの油脂を用いて、以下の処方にてラクトアイスを調製した。
【0043】
脱脂加糖練乳12質量部、ヤシ油または表6の成分を添加したヤシ油10質量部、脱脂粉乳4質量部、砂糖3質量部、水飴10質量部、液糖(異性化糖)5質量部、乳化剤0.2質量部、バニラエキス(1Fold)0.2質量部、水55.6質量部を混合し、80℃、10分間攪拌溶解した後、高圧ホモジナイザーにて15MPaで均質化し、プレートヒーターにより90℃、20秒間殺菌後、直ちにプレートクーラーにて5℃まで冷却した、その後、5℃にて3時間エージングした後フリージングし、オーバーラン80%となるように取り出し、ラクトアイスを得た。
【0044】
それぞれのラクトアイスは、10名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。その平均的な官能評価結果を表8に示す。
【0045】
【表8】

【0046】
表8に示したとおり、本発明の呈味改善剤である遊離のオレイン酸を添加した本発明品2を用いたラクトアイスは、甘味、こく味が強く、後味にオイリーな濃厚感が持続したが、オレイン酸に代えてステアリン酸を同量用いた比較品1では、本発明品2のような濃厚感は得られず、後味は、ざらつきがあった。また、ヤシ油に、構成脂肪酸中にオレインの多いオリーブ油を1%添加した比較品2、無塩バターを1%添加した比較品3、ショートニングを1%添加した比較品3はいずれもヤシ油そのものを用いた無添加品と差が無く、トリグリセライドとして添加しても全く効果がないことが判明した。
【0047】
実施例4 オレイン酸添加量の検討
オレイン酸(試薬)を本発明品1とした。トリアセチン90質量部にオレイン酸(本発明品1)10質量部を混合したもの(本発明品3)およびトリアセチン99.9質量部にオレイン酸(本発明品1)を0.1質量部を混合したもの(本発明品4)を調製した。
【0048】
実施例1と同様の植物油脂含有乳風味基材に本発明品1を0.2質量部、本発明品3を0.2質量部、本発明品3を0.02質量部、本発明品4を0.2質量部、本発明品4を0.02質量部または本発明品4を0.002質量部添加したものを、卓上ホモにて乳化(10,000rpm、2分)し、植物油脂含有乳風味基材への賦香品を得た。それぞれの賦香品を10名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。その平均的な官能評価結果を表9に示す。
【0049】
【表9】

【0050】
表9に示したとおり、ショートニングに対し遊離のオレイン酸を0.001%〜10%の範囲、好ましくは0.01%〜1%、さらに好ましくは0.1%〜1%の範囲で添加することにより、甘味、こく味を増強し、嫌みな後味をマスキングする効果が見られた。
【0051】
実施例5 オリーブオイルのリパーゼ分解物の調製
オリーブオイル100gに水300gおよび乳化剤0.2gを混合し、85℃、15分間殺菌し、40℃まで冷却後、リパーゼMER(天野エンザイム社製)1.0gを添加し、攪拌条件で、A.V.を測定しながら分解率10%となるように作用させた(約16時間所用)。反応物を85℃、15分間加熱し酵素を失活させた後、20℃まで冷却し、オリーブオイル加水分解物(本発明品5:オレイン酸含量1.81%、ステアリン酸含量0.084%、オレイン酸/(オレイン酸+ステアリン酸)=95.0%)を得た。
【0052】
参考例1 無塩バターのリパーゼ分解物の調製
実施例5においてオリーブオイルを無塩バターに代える他は同様の処理を行い、無塩バター加水分解物(参考品9:オレイン酸含量0.454%、ステアリン酸含量0.232%、オレイン酸/(オレイン酸+ステアリン酸)=66.2%)を得た。
【0053】
実施例6
実施例1と同様の植物油脂含有乳風味基材に、本発明品5および参考品9の比率を変えながら、両者の合計で0.2質量部加えたものを調製し、卓上ホモにて乳化(10,000rpm、2分)し、それぞれの賦香品を10名の良く訓練されたパネラーにより官能評価を行った。本発明品5および参考品9の添加量とその平均的な官能評価結果を表10に示す。
【0054】
【表10】

【0055】
表10に示したとおり、オレイン酸/(オレイン酸+ステアリン酸)=95.0%である本発明品5を添加した植物油脂含有乳風味基材(No.2)は甘味、こく味を増強し、舌の上に残るべたっとした嫌みな感じをマスキングする効果が高かった。一方、バターのリパーゼ分解物である参考品9を添加した植物油脂含有乳風味基材(No.9)はトップにミルク的なフレッシュ感を与える効果が強かったが、後味に舌の上に残るべたっとした嫌みな感じがやや残り、また、後味にやや重いファッティーな(固形油脂的な)油感があった。本発明品5と参考品9をそれぞれ0.1%ずつ添加したもの(No.4)では、後味の舌の上に残るべたっとした嫌みな感じは全くなく、後味のやや重いファッティーな(固形油脂的な)油感もなかった。No.4ではまた、トップにミルク的なフレッシュ感も感じられ、乳感、こく味ともに強く、極めて風味良好であった。先の実験結果より、後味の舌上に残るべたっとした嫌みな感じをマスキングする効果はオレイン酸によるものであり、後味のやや重いファッティーな(固形油脂的な)油感はステアリン酸によるものと考えられる。したがって、オレイン酸/(オレイン酸+ステアリン酸)が80%以上の遊離脂肪酸を添加することにより、後味にやや重いファッティーな(固形油脂的な)油感を付与することなく、植物油脂、特に硬化油特有の、後味に舌上に残るべたっとした嫌みな感じをマスキングすることができることが示された。
【0056】
実施例7
市販マーガリン(油脂含量81.6%)100質量部に本発明品5を0.5質量部加えて、良く攪拌混合した(混合後のオレイン酸含量:マーガリン中の油脂に対して0.011%)。本発明品添加および無添加のマーガリンの風味を10名の良く訓練されたパネラーにより比較した。その結果、10名が10名とも、本発明品を添加したマーガリンの方が、後味に舌上に残るべたっとした嫌みな感じがマスキングされており、こく味も強いと評価した。
【0057】
実施例8
市販コーヒー(カフェオレタイプ:脂質0.68%)100質量部に本発明品5を0.04質量部加え、卓上ホモにて良く混合(10,000rpm、2分)した(混合後のオレイン酸含量:コーヒー中の油脂に対して0.11%)。本発明品添加および無添加のコーヒーの風味を10名の良く訓練されたパネラーにより比較した。その結果、10名が10名とも、本発明品を添加したコーヒーの方が、後味に舌上に残るべたっとした嫌みな感じがマスキングされており、こく味も強いと評価した。
【0058】
実施例9
市販のショートニングおよび市販のショートニング100質量部に対しオレイン酸(試薬:本発明品1)0.1質量部添加したものを用いて以下の処方によりクッキー(脂質24.3%)を調製した。
【0059】
薄力粉160g、コーンスターチ40g、砂糖80g、ショートニング80g、牛乳20gおよびバニラエキス(1Fold)0.2gをよく混合し、クッキー生地を調製した。生地を厚さ約5mm、適当な大きさに裁断し170℃に予熱したオーブンで15分間焼き上げ、常温にて冷却し、クッキーを得た。本発明品添加および無添加のクッキーの風味を10名の良く訓練されたパネラーにより比較した。その結果、10名が10名とも、本発明品を添加したクッキーの方が、後味に舌の上に残るべたっとした嫌みな感じがマスキングされており、こく味も強いと評価した。
【0060】
実施例10
市販レトルトカレー(脂質含量4.0%)100質量部に本発明品5を0.2質量部加え、卓上ホモにて良く混合(10,000rpm、2分)した(混合後のオレイン酸含量:レトルトカレー中の油脂に対して0.091%)。本発明品添加および無添加のレトルトカレーの風味を10名の良く訓練されたパネラーにより比較した。その結果、10名が10名とも、本発明品を添加したレトルトカレーの方が、後味に舌上に残るべたっとした嫌みな感じがマスキングされており、こく味も強いと評価した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊離のオレイン酸を有効成分とする飲食品の風味改善剤。
【請求項2】
飲食品が植物油脂含有飲食品であることを特徴とする請求項1に記載の風味改善剤。
【請求項3】
風味改善がこく味の増強であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の風味改善剤。
【請求項4】
遊離のオレイン酸を有効成分として含有することを特徴とする風味改善剤組成物。
剤組成物。
【請求項5】
遊離のオレイン酸がオリーブ油のリパーゼ分解物由来である請求項4に記載の風味改善剤組成物。
【請求項6】
遊離のステアリン酸および遊離のオレイン酸の合計量に対する遊離のオレイン酸の含有率が質量比で80%〜99.9%であることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の風味改善剤組成物。
【請求項7】
飲食品が植物油脂含有飲食品であることを特徴とする請求項4〜請求項6のいずれか1項に記載の風味改善剤組成物。
【請求項8】
風味改善がこく味の増強であることを特徴とする請求項4〜請求項7のいずれか1項に記載の風味改善剤組成物。

【公開番号】特開2011−223942(P2011−223942A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97767(P2010−97767)
【出願日】平成22年4月21日(2010.4.21)
【出願人】(000214537)長谷川香料株式会社 (176)
【Fターム(参考)】