説明

食品生地の混練状態の挙動検知方法

【課題】パン生地等の混練に際し、熟練した技術者の判断を要することなく、かつ生地を目視できない横型混練機においても最良の混練終了時点を判定できるとともに、食品生地全般の混練状態のモニタリングに適用可能な手法を提供する。
【解決手段】混練機内に設置された粘弾性物からなる食品生地を混練するロータに加わるトルクを検出し、同トルク検出値を周波数解析し、解析された周波数分布から同食品生地の混練状態をモニタリングする。具体的には、前記トルク検出値を短時間フーリエ変換処理し、その後ロータトルク波形の周波数分布を表示するとともに、DC成分の経時変化を表示し、前記周波数分布及びDC成分の経時変化から前記食品生地の混練状態をモニタリングする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パン生地やハンバーグ、水産練り製品等(食品の生地等の粘性弾性物)、その他適正な混練が必要とされる食品分野において、回転軸を有するロータを回転させて混練機内で混練される粘弾性物からなる食品生地の挙動を観察して、混練状態を客観的に把握でき、これによって高度な技術を有する熟練者の判断を要することなく、かつ前記食品生地の混練状態を目視することなく、的確に把握することを可能にした食品生地の混練状態の挙動検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、パン生地やハンバーグ、水産練り製品等において、その生地(本発明において生地とは、次工程で加工すべく調整した粘性弾性物からなる食品材料若しくは食品を言う。)の混練は、食品の品質を決める上で最も重要な工程であり、例えば魚肉すり身(必要に応じて具材を混ぜて)を、撹拌羽根を備えた混合機を使用する場合、撹拌羽根の回転数500〜2000rpm程度の低速で、1〜5分間程度混合するのがよい。さらに、1000rpm〜2000rpmで1〜3分間の混合であるのが好ましい。このような場合も、練り過剰だと軟らかいすり身となってしまい食感が低下する。どのくらい練るか、練り操作は極めて重要である。
【0003】
又パン生地においても、ミキシング操作終了点を的確に判定することがポイントである。加水小麦粉を練ると、膨潤グルテンがバインダとなってデンプン粒子を繋ぎ合い、粘弾性のあるパン生地となる。この場合、練りが不足すると弾力の少ない硬いパンとなり、逆に練り過剰だとケーキのような軟らかいパンとなる。“どのくらい練るか”、“練り操作をいつ止めるか”はパン造りで最も重要なポイントである。
【0004】
このようなパン生地の製造は、小麦粉に水を加え、更にショートニングとしての油脂類(バターなど)、および調味料(砂糖,塩,卵,香料など)、並びに必要に応じてイースト菌を加えた生地材料を混練機で攪拌混練するものであるが、ベーカリ店レベルで使われている縦型混練機、スパイラル混練機は、ボウル(生地を捏ねている容器)が見える状態になっているので、状況を見ながら混練機の運転を止めることができる。
【0005】
一方、パン工場で導入されている大型の横型混練機(回転軸が水平配置されているもの)は、その構造上容器を閉じて攪拌を行うので、縦型混練機のように生地の様子を観察しながら生地の攪拌状態を判断して混練機を止めることができない。そのため、大型の横型混練機でパン生地を混練りする場合は、職人の経験とカンで運転を止めているが、いつも最適な仕上がりで運転を止めることは極めて困難である。
【0006】
このため業務用の横型混練機の場合、混練途中で一度容器を開けて生地の状態を手で伸ばして生地の仕上がり具合を観察する。この場合、混練が足りないようなら、再び容器を閉じて再運転する。逆に運転を止めてみてオーバーミキシングだった場合、その生地はロス生地となって廃棄処分となってしまう。
従って廃棄処分にならないように、混練途中で運転を止めて生地を手で伸ばして再運転して・・・という過程を何度も繰り返す必要があるが、これらの作業は、混練機運転の効率から考えても非効率であり、製造プロセス的にも無駄がある。さらに生地にとっても、混練で生地を痛めつけられて停止し、その後状態が落ち着いて、再運転でまた痛めつけられて・・・という過程を何度も繰り返されるのは、品質の劣化を招く恐れがあった。
【0007】
以上のことから、横型混練機で生地の混練状態を外部より観察できるような工夫が要求されていた。
例えば特許文献1(特開昭61−219333号公報)には、パン生地等を混練中の混練機負荷(電動モータの負荷電力検出値)の変動を分析してパン生地等の状態変化をモニタする手法が開示されている。
この手法は、混練機負荷変動を、脈動的変動成分を除去して適度に平滑化した傾向変動曲線と、混練機負荷の短周期の脈動的変動を示す脈動振幅曲線とで表示することによって、混練機内のパン生地等の状態変化をパターン的に観測、判定するものである。即ち傾向変動曲線の変動をパン生地等の粘弾性変化による粘性抵抗の変化と考え、そのピーク時をもって最適混練時と捉えている。また脈動振幅曲線については、パン生地等が1回転する間の混練機のアームにかかる負荷変動の大きさを表すものであり、このミキシング中のパン生地等の性状の変化につれて一定の変化パターンをもつことが明らかになったとしているが、脈動振幅曲線に着目した具体的な判別方法は開示されていない。
【0008】
また本発明者等は、先に特許文献2(特開平5−56744号公報)において、混練機のロータトルク波形から混練作業の進行状態を判定する方法を提案している。この方法は、小麦粉に水および副材料を加えて混練機によって攪拌混練して生地を製造する方法において、混練機の回転攪拌棒を駆動する動力の値を検出し、上記回転攪拌棒が回転して生地ないし生地材料から受ける反力が変化するために生じる駆動力の微小時間内変化を検出し、上記微小時間内における駆動力変化のピーク値を微小時間ごとに求め、上記ピーク値の変化状態に基づいて混練作業の進行状態を判定する技術であるが、特に混練機の回転攪拌棒を駆動する動力の値を検出し、動力変化の最小値は、回転攪拌棒が生地塊を跳ね飛ばして空転している状態に相当し、動力変化のピーク値を回転攪拌棒が生地塊に打ちつけられてこれを捏ねている状態に相当するとみなし、微小時間ごとに同微小時間内における同ピーク値を求め、同ピーク値の変化を追跡し、増加傾向から減少傾向に転じたときを混練の完了時点であると判定する方法である。
【0009】
【特許文献1】特開昭61−219333号公報
【特許文献2】特開平5−56744号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に開示された手法は、混練機負荷の脈動変動に着目してはいるものの、主として混練機負荷の移動平均処理を行なったと考えられる傾向変動曲線に着目して、その変動傾向を見るものであり、傾向変動曲線を示す特許文献1の図3及び図4をみてもその傾向は必ずしも明瞭に現れるものではなく、また脈動振幅曲線については、図6に示される脈動振幅曲線のピーク値の周波数は、単純にミキサーの攪拌棒の回転タイミング(周波数)を表すものであり、パン生地自体の粘弾性挙動から生じるものではないと考えられ、従ってこの手法からパン生地等の性状の正確な判定及びモニタリングができるまでには至っていない。
【0011】
また特許文献2に開示された方法は、動力変化のピーク値を微小時間ごとに求め、同ピーク値の変化を追跡し、増加傾向から減少傾向に転じたときを混練の完了時点であると判定する方法であり、特許文献1と同様に依然として混練機負荷の平均的な変動傾向をみるものであり、従ってパン生地等の性状の正確な判定及びモニタリングができるまでには至っていない。
【0012】
本発明は、かかる従来技術の課題に鑑み、パン生地等、たんぱく質や少なくとも一部α化したでんぷん等の高分子物質を含む粘弾性食品生地の混練に際し、熟練した技術者の判断を要することなく、かつ食品生地を目視できない横型混練機においても最良の混練状態である時点、即ち混練完了時点や副材料投入時点を判定できるとともに、パン生地の混練に限らず、食品生地において、混練機内の粘弾性物の物性挙動をモニタリングして、その混練状態をリアルタイムに把握し、例えば副材料等の追加物を添加する適正タイミングを把握するか、あるいは最適な混練の出来上がり終点を把握すること等ができる手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、かかる目的を達成するもので、回転軸を有するロータを回転させて混練機内で混練される粘弾性物からなる食品生地の混練状態の挙動タイミングを検知する方法において、前記回転軸より検出されるトルク検出値を時間間隔毎に周波数解析し、該解析された周波数スペクトル時系列データより、周波数がゼロのDC成分と特定周波数帯域における周波数ピーク強度を抽出し、該DC成分の経時変化とともに、前記特定周波数帯域のピーク強度の経時変化を、時間軸を組み込んで二次元若しくは三次元的に表示し、前記2つの経時変化の表示に基づいて前記粘弾性物の混練状態の挙動を検知することを特徴とする。
【0014】
本発明では、混練機内ロータのトルク検出値において、周波数がゼロのDC成分とともに、その周波数成分に着目し、周波数分析を行なって、その分析によって粘弾性食品生地の粘弾性挙動を観察できるとの知見を得て、本発明に到達したものである。
一般に粘弾性物の動的粘弾性を測定する場合、測定対象となる粘弾性物に振動を与えて、粘弾性物で発生する歪み及び応力の波の位相差を測定する方法がある(振動法)。弾性は、変形の大きさに比例して応力が大きくなり(フックの法則)、粘性は、変形の速さに比例して応力が大きくなる。物体の振動運動には、変形量が最大のときに速度が最小になり、変形量が最小のときに速度が最大になるという規則がある。即ち変形速度のカーブは変形量のカーブを1周期の4分の1(90度)位相をずらした形になる。
【0015】
完全弾性体に振動刺激を与えた場合、変形量に比例して応力が大きくなるので、変形量の波と応力の波に位相差はない。完全な粘性体に振動刺激を与えた場合、変形の速さに比例して応力が大きくなるので、変形量の波と応力の波とは位相差が90度ずれた関係にある。ちょうど粘性と弾性との中間の性質を有する粘弾性体では、45度の位相差となる。
従って粘弾性物からなる食品生地は、弾性及び粘性の性質割合により、混練機内ロータの動き(ロータ形状・速度)と相まって、粘弾性物全体の挙動に影響し、ロータに加わるトルク量となる。
このように粘性及び弾性が振動運動に反映されることを利用して、本発明では、対象となる粘弾性物からなる食品生地のDC成分と周波数分析結果とから同食品生地の粘性及び弾性の推移を判定することによって、同食品生地の混練状況をモニタリングするものである。
【0016】
本発明において、混練機内に設置された粘弾性物からなる食品を混練するロータに加わるトルク検出値を分析した場合、トルク平均値はDC成分に対応し、該DC成分よりロータが回転する時に受ける抵抗値が生地の重量負荷と生地の弾力抵抗値と生地の粘性抵抗値との総和であることがわかる。そしてトルクの周波数成分によって、食品生地全体の挙動から起きる振動の変化、つまり生地物性(粘弾性)の変化(ミキシング進行度)がわかるとの知見を得ており、0.5Hz以下の攪拌回転数以下のゆっくりした周波数範囲で周波数解析すると、ある特異なピーク(0.25Hz付近)が発現し、このピーク位置及び強度の変化とDC成分の変化が食品生地の性状変化を表していることを見出したものである。
【0017】
即ち本発明は、DC成分の経時変化がトルク平均値の変化に対応するものであるために、ロータが回転する時に受ける抵抗値の経時変化がわかり、またロータの回転周期に対応して動く食品生地の振動挙動が前記ピーク強度の発現に関与していることから、従って食品生地の混練機内での生地物性(粘弾性、特に纏まり具合/伸展性)の経時変化(ミキシング進行度)に基づく揺動運動の経時変化が、特定周波数帯域における周波数ピーク強度の経時変化となって現れると考え、この前記周波数ピーク強度の経時変化により食品生地の物性(粘弾性)変化を判定又はモニタするものである。
前述のように、食品生地の揺動によってピーク強度が現れる周波数は異なって現れるため、特定周波数帯域は、混練している食品生地の揺動に対応した周波数帯域に設定するのが望ましい。
【0018】
例えば、特定周波数帯域での周波数ピーク強度の経時変化において、ピーク強度が発現あるいは消滅することをもって生地全体の纏まり状態を判断することができる。また、粘弾性物からなる食品生地の混練完了時期である場合は、前記DC成分の経時変化において、一度緩やかに下がり再び上昇する傾向を生じる時点以降、加えて、特定周波数域における、一定以上の強度を持つピーク強度が、その周波数域が変化(移動)する時点をもって最適な混練状態にあり、混練の完了タイミングであるとみなすことが可能である。
前記挙動やそのタイミングは、粘弾性物である食品生地の混練完了時期に限定することなく、生地硬さとミキシング進行度が分かれば副材料の添加タイミング等にも利用できる。
【0019】
又周波数解析手法としては高速フーリエ変換(FFT)が多く用いられているが、本方式は分析対象が定常であることを仮定しているため、時間的に特性が変化するシステムの同定や信号の分析に利用することはできないので、前記時間間隔毎の周波数解析が、短時間フーリエ変換(STFT)、Wavelet変換(WT)、ウィグナ分析(WD)の内、一の解析手法を用いて周波数解析されてなるのがよい。
【0020】
具体的には、前記トルク検出値に窓関数をかけて短時間フーリエ変換処理し、その処理後の周波数スペクトルより、周波数がゼロのDC成分と特定周波数帯域における周波数ピーク強度を抽出し、該DC成分の経時変化とともに、前記特定周波数帯域のピーク強度の経時変化を、時間軸を組み込んで二次元若しくは三次元的に表示し、前記2つの経時変化の表示に基づいて前記粘弾性物の混練状態の挙動を検知するのがよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、混練機内に設置された粘弾性物からなる食品生地を混練するロータに加わるトルクを検出し、同トルク検出値を周波数解析し、解析された周波数分布から同食品生地の混練状態を、例えば分布グラフに表示するなどの方法でモニタリングすることにより、高度な技術を有する熟練者の判断を要することなく、かつ前記食品生地の混練状態を目視することなく、前記食品生地の混練状態をリアルタイムにかつ的確に把握することができる。
【0022】
従って一般の食品において、食品生地の混練状態を把握した上で、例えば追加物を添加する適正タイミングを把握するか、あるいは出来上がり終点を把握することが極めて容易になる。このため横型混練機を使って、例えばパン生地などのミキシングを行なう場合、従来のように装置の稼動を一旦止めることなく、最適混練状態を把握することができるため、装置の稼動効率が各段に向上する。
【0023】
また好ましくは、前記ロータのトルク検出値を時間帯域毎にフーリエ変換処理し、その後ロータトルク波形の特定周波数帯域の周波数ピーク強度と前記DC成分の経時変化を表示し、前記特定周波数帯域の周波数ピーク強度及びDC成分の経時変化から前記食品生地の混練状態をモニタリングすることにより、前記食品生地の混練状態の挙動を正確かつリアルタイムに把握することができる。
【0024】
またパン生地の場合に、前記DC成分の経時変化において、一度緩やかに下がり再び上昇する傾向を生じる時点以降、加えて、ロータトルク波形の周波数分布の経時変化において、ある周波数域、例えば0.2〜0.5Hzの周波数付近での、一定以上の強度を持つピーク強度が、その周波数域が変化(移動)する時点をもって最適な混練状態にあるとみなすことができるため、客観的かつ明瞭に最適な混練状態を把握することができる。
【0025】
また本発明において、好ましくは、設定された時間間隔ごとに前記トルク検出値をサンプリングし、同時間間隔ごとにフーリエ変換処理とその後の前記処理を繰り返し、前記時間間隔を適宜に設定することにより、例えば1〜10秒内の設定された一定値とすることにより、解析精度が低下せず、かつピーク帯を漏れなく拾うことができる。
なお本発明は、パン生地の混練以外にも、ハンバーグや水産練り製品、生クリームのホイップなど、たんぱく質や少なくとも一部α化したでんぷん等の高分子物質を含む粘弾性食品生地であって、混練状態のモニタリングが必要な食品生地全体に広く適用可能である。
【0026】
例えば又、グチ、スケトウダラ、ホッケ、ワラズカ、カレイ、エソ、タチウオ等の魚肉のみを取り出し、水晒しにより水溶性蛋白質を除去して脱水し、蔗糖、ソルビトール、ポリリン酸塩等の添加物を混合した後、冷凍されてなる冷凍すり身を解凍しながら、適量の水、食塩、その他卵白、澱粉、砂糖、グルタミンソーダ、油脂等の調味料あるいは添加剤を加えて、いわゆる塩ずりを行い、更に本ずりを行い、粘稠性に富んだペースト状魚肉練り製品素材を製造する際にも同様な確認実験を行ったところ、DC成分が混練時のすり身の固さを表し、周波数のスペクトル強度分布の経時変化がすり身の動的粘弾性状態を表現していることが確認でき、これによってすり身の混練状態が判断できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明を図に示した実施例を用いて詳細に説明する。但し、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは特に特定的な記載がない限り、この発明の範囲をそれのみに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
図1は、本発明の具体的な解析手順(短時間フーリエ変換によるリアルタイム周波数解析)を示す工程図、図2は、図1に係る横型混練機のロータトルク波形の経時変化(a)と、DC成分(0Hz)の経時変化(b)、0.08Hz以降の高周波成分のピーク強度を示した(c)モニタ画面である。
【0028】
図7(a)及び(b)は、本発明に適用される横型混練機の一例を示す概略図である。図7において、この横型混練機のケーシングは密閉式となっており、混練機1の回転軸1aには回転攪拌棒1bが連結されており、回転軸1aはプーリ1c及びVベルト2を介してモータ3により回転駆動される。モータ3はリレー4を介して電源に接続され、モータ3の出力軸にトルク値を検出するトルク検出器5が取り付けられている。また、Tは混練機1内の生地の温度を検知する温度センサ、1dは混練機1の開閉蓋、1eは開閉蓋1dを開閉するためのハンドルである。
【0029】
トルク検出器5で検出されたトルク検知信号aは計測・解析PC6に入力して、動力の経時変化を解析し、解析情報bをモニタ8に表示させる。
前記計測・解析PC6は、トルク変化を収集しつつ、リアルタイムで時間・周波数解析ができるシステムで、該計測・解析用PCには、リアルタイム周波数解析処理に耐え得る処理速度を有するコンピュータ(CPU:Pentium(登録商標)IIIの800MHz程度)を用い、またトルクデータの検出器5には、モータの内部損出等を考慮しながら電力からトルクへと変換できる軸出力検出トルク検出器を用い、該軸出力トルク検出器5で得られるトルク検出値は、解析PC6に取り付けられた最大サンプリング周波数200kHz程度のA/D変換ボード9を介して取り込まれる。
【0030】
また、前記横型混練機のロータの構造は、2〜4本の水平回転攪拌棒が回転するもので、例えば運転速度は低高2段切り替え式になっており、低速で材料混合、高速でグルテン・ネットワーク形成を行なう。低速運転時間、高速運転時間はタイマで設定できるが、従来設定時間どおりに運転させても同じ時間スケジュールで生地が出来上がることはほとんどなく、その場の状況に応じて熟練者が混練機の停止時間を臨機応変に調整している。なお、前記混練機のケーシングは一般に密閉式となっている。
【0031】
横型混練機のロータから得られたトルク検出値のデータに対して、短時間周波数分析により時間・周波数分析を行なった。
アルゴリズムの手軽さや高速性から、短時間フーリエ変換を選定した。図1にこの解析手順を示す。
【0032】
本発明は、混練が進行するにつれて振動成分の周波数特性が変化するであろうという観点から、その振動成分の周波数ピークをカットできるように、図1(ステップ1)のトルク検出器から得られたトルク検出値に対して時間・周波数分析(TFR)を行うことにした。周波数解析手法としては高速フーリエ変換(FFT)があるが、本方式は分析対象が定常であることを仮定しているため、時間的に特性が変化するシステムの同定や信号の分析に利用することは出来ないことが理解された。実際に横型ミキサーに設置されたトルク検出器から得られたトルク検出値に関してFFTを試みたが、有意な特徴を見出すまでに至らなかった。
【0033】
TFRの代表的な手法としては、短時間フーリエ変換(STFT)、WAVELET変換(WT)、ウィグナ分布(WD)が挙げられるが、アルゴリズムの手軽さや高速性から、本実施例ではSTFTを用いた。
実験については、トルク検出器が取付けられた横型ミキサーにて、水分量や糖の有無など様々に生地生成条件を変えながら、生地がレットダウン(混練過剰)状態になるまで運転すると同時にミキサー内をVTR撮影して、後日解析結果と実際の生地の様子を比較検討できるようにした。
【0034】
解析方法は、図1に示すように得られたトルク変化データのうちから計測開始点より128点データのトルク変化の経時変化を抽出し(ステップ1)、そのデータに前処理として窓関数(Hamming窓)をかけた(ステップ2)後にFFT変換を行い(ステップ3)、それら一連の解析処理における周波数スペクトル(図1(a)参照)を計測終了時間まで1サンプル(=1秒)ずつずらしながら周波数スペクトル解析を行っていったもので、その後時間変化に伴う周波数スペクトル解析変化のDC成分(周波数0)(図1(b))と0.08Hz以降の高周波成分のピーク強度(図1(c))とを抽出してその経時変化としてモニタ8に表示させている。
【0035】
図2に前記トルク検出器から得られたトルク変化の経時変化と、これを解析しDC成分(周波数0)の経時変化と0.08Hz以降の高周波成分のピーク強度の経時変化をそれぞれ(a)、(b)、(c)としてモニタ表示したものを示す。なお、図2(b)中のaで示す範囲は、VTRからの映像から判断して、生地が最適状態にあると思われる時間帯を示している。
図2(b)に示すように、DC成分(0Hz)は高速運転に切り替わった直後は一時的に下降するが、その後最適状態(aで示す範囲)に近づくと上昇傾向に転じ、さらに練りすぎてレットダウン状態へ進行すると再びDC成分のスペクトルが減少する傾向を示した。
【0036】
また、図2(c)をみると0.08Hz以降の高周波成分のピーク強度の経時変化は、0.25Hz付近でスペクトルにピークが徐々に現れ、時間とともに増大していく傾向にあることを見いだした。特に0.25Hz付近のスペクトルに着目すると、生地が最適状態になる一定時間(最大1分まで)前にピーク周波数が高周波側にシフトし、最適状態を過ぎると低周波側に戻り、レットダウン状態へ近づくとピークが消えることが分かった。また、水分量や糖の量に関係なく同様な傾向を示すことも分かった。
【0037】
従って本実験結果よりDC成分のスペクトル変化と0.2Hz近辺でのスペクトル変化を複合的に追っていけば、ミキサー停止指標となる可能性があることを見出した。なお、0.2Hz近辺の具体的にどの周波数に着目するか、またピークに達してからどの程度時間をおくかなど、実際の状況を観察しながらリアルタイムに波形解析を行うことによって詳細な判定基準の検討を行う。
更に、リアルタイム解析状況の表示を工夫して、例えば前記DC成分表示においてDC成分上昇時と下降時で色を異ならせれば、従来のものとは別の視覚的かつ直感的なミキサー停止判断指標になり得るという別の効果も期待できる。
【0038】
以上から、前処理として窓関数(Hamming窓)をかけた(図1(ステップ2))後にFFT変換を行い(図1(ステップ3))、それら一連の解析処理における周波数スペクトルのDC成分の経時変化と0.2Hz近辺でのスペクトルの経時変化を複合的に追っていけば、混練機停止指標となる可能性があることを見出した。そして、パン生地毎にリアルタイムにロータトルク波形解析を行なうことによってそれぞれの判定基準を設定できる。
【0039】
またトルク変化と混練機庫内温度との相関も検討できるように、混練機庫内に取り付けられた温度センサの出力も併せて取り込めるようにし、2つの混練機の周波数スペクトルのDC成分の経時変化と0.2Hz近辺でのスペクトルの経時変化と同時に計測できるようにすれば、判定精度は一層向上する。
【0040】
次に本発明の確認結果について説明する。これらの確認結果は、図3に示すミキサー及び原材料を使用して行なったものである。
実施例1は、ペストリー用の生地を用い、図4に示すミキシング配合及び次に示すミキシング条件で実施した結果を示す。対象混練機のトルク(消費電力)経時変化とともに、FFT変換を行った後の解析結果を、DC成分の経時変化と0.2〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化としてモニタ表示したものである。
【0041】
[ミキシング条件]
(1)横型ミキサーに小麦粉・砂糖・食塩・生地改良材・イーストを投入後、全卵・水を入れて、ミキサーの攪拌を開始する。
(2)攪拌条件は、低速3分55秒、高速12分00秒で、ミキシングを行い、ミキシング負荷を測定し、生地状態のモニタリングを実施した。
なおミキサージャケット内へは、−8℃のチラー水をミキシング中に流し続け、生地温度の上昇を抑えた。捏ね上げ時の温度は、16.5℃であった。
【0042】
実施例1は、ペストリー用の生地で、薄力粉を配合しており、油脂添加が無い生地を原料として用いている。DC成分は、低速攪拌域では徐々に振幅(弾性度)が上がり、高速攪拌域になると、振幅が急激に上がり、その後600前後で推移している。そして、振幅は一度やや下がるが、最終的に上昇し、それとともに周波数域も、高速攪拌域に入ってその初期から現れている0.26Hzのピークが大きくなり、更に0.27Hzの高周波側にシフトし、生地の繋がった状態を示している。
【0043】
実施例2は、あんぱん用生地を用い、図5に示すミキシング配合及び次に示すミキシング条件で実施した結果を示す。図5に、対象混練機のトルク(消費電力)経時変化とともに、FFT変換を行った後の解析結果を、DC成分の経時変化と0.2〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化としてモニタ表示している。
[ミキシング条件]
(1)横型ミキサーに小麦粉・砂糖・脱脂粉乳・ショートニング・生地改良材・イーストを投入後、全卵・発酵風味液・水を入れて、ミキサーの攪拌を開始する。
(2)攪拌条件は、低速3分、高速4分で、ミキシング後、食塩を添加する。
再度低速1分、高速10分でミキシングを行い、あんぱん用生地を得た。
ミキシング負荷を測定し、生地状態のモニタリングを実施した。
なおミキサージャケット内へは、−10℃のチラー水をミキシング中に流し続け、生地温度の上昇を抑えた。捏ね上げ時の生地の温度は、16.8℃であった。
【0044】
実施例2は、強力粉主体の生地で、砂糖やショートニングの添加量も多く、崩れやすい生地を使用している。配合的にも硬い生地であり、DC成分は、初期の低速攪拌域で徐々に振幅(弾性度)が上がり、次の高速攪拌域で800を超えるが、食塩を添加により急激に振幅が下がり、その後高速攪拌域に入って振幅が急激に上がり、600を超えてそのまま推移する。
一方、周波数域では、食塩添加後、初期から0.26Hz付近にピークが現れ、周波数0.25から0.26Hzの間を、ピーク強度の高低を繰り返しながらミキシングが進む。最終的には、DC成分は上昇し、それとともに、周波数域のピークも0.26Hz付近に大きなピークを作り、更に0.27Hzの高周波側にシフトし、生地の繋がった状態を示している。
【0045】
実施例3は、クリームパン用生地を用い、図6に示すミキシング配合及び次に示すミキシング条件で実施した結果を示す。図6に、対象混練機のトルク(消費電力)経時変化とともに、FFT変換を行った後の解析結果を、DC成分の経時変化と0.2〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化としてモニタ表示している。
[ミキシング条件]
(1)横型ミキサーに小麦粉・砂糖・脱脂粉乳・バター・生地改良材・イーストを投入後全卵・発酵風味液・水を入れて、ミキサーの攪拌を開始する。
(2)攪拌条件は、低速3分、高速4分で、ミキシング後、食塩を添加する。
再度低速1分、高速28分でミキシングを行い、クリームパン用生地を得た。
ミキシング負荷を測定し、生地状態のモニタリングを実施した。
なおミキサージャケット内へは、−10℃のチラー水をミキシング中に流し続け、生地温度の上昇を抑えた。捏ね上げ時の生地の温度は、16.8℃であった。
【0046】
実施例3は、強力粉主体の生地を用い、砂糖やバターの添加に加え、還元麦芽糖(液糖)を添加している。DC成分は、初期の低速攪拌域で振幅(弾性)が上昇傾向を示すが、次の高速攪拌域で600を超える。食塩添加後に振幅は急激に下がるが、その後の高速攪拌域では、配合的に柔らかい生地のために、振幅は600を切り、500前後でミキシングされている。ミキシングの経過とともに、生地の繋がりが出来てきて、DC成分が上昇し、600近くになる。それとともに、周波数域のピークも0.25Hz付近に発現し、最終的には、0.26Hz付近に大きなピークを作り(粘性増加)、生地の繋がった状態を示している。
【0047】
以上のように、これらの実施例によれば、パン生地の混練運転中、図2〜6に示されたようなFFT変換を行った後の解析結果を、DC成分の経時変化と0.2〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化をモニタ画面に表示すれば、モニタ画面を見ながら運転できるので、ミキシング進行状況やミキシング不調が容易に把握でき、ロータトルク波形の時間・周波数分布においては0.2Hz付近にピークが現れた時点と、前記DC成分の経時変化との組み合わせにより客観的で明瞭かつ最適に混練終了ポイントを把握することができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、パン生地の混練のみならず、ハンバーグ、水産練り製品、生クリームのホイップなど混練状態のモニタリングが必要な食品全般に広く適用可能であって、混練状態を目視する必要なく客観的に判定でき、これによって従来のように装置を停止して、ケーシング内を目視する必要がなく、混練作業の完了を正確かつ容易に判定することができ、ひいては混練後の製品の品質向上につながる有益な混練状態の挙動検知やその挙動の判定を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の解析手順(短時間フーリエ変換によるリアルタイム周波数解析)を示す工程図である。
【図2】前記発明に係る横型混練機のロータトルク波形の経時変化とDC成分(0Hz)の経時変化と0.08〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化を示すモニタ画面である。
【図3】本発明の実施例で使用したミキサー及び原材料を示す図表である。
【図4】本発明の実施例1におけるパン生地の混練状態のロータトルク波形の経時変化とDC成分(0Hz)の経時変化と0.08〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化を示すモニタ画面である。
【図5】本発明の実施例2におけるパン生地の混練状態のロータトルク波形の経時変化とDC成分(0Hz)の経時変化と0.08〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化を示すモニタ画面である。
【図6】本発明の実施例3におけるパン生地の混練状態のロータトルク波形の経時変化とDC成分(0Hz)の経時変化と0.08〜0.5Hz付近でのスペクトル強度分布の経時変化を示すモニタ画面である。
【図7】本発明に適用した横型混練機の一例を示す概略図で、(a)は立面図、(b)は側面図である。
【符号の説明】
【0050】
1 混練機
1a 回転軸
1b 攪拌棒
2 Vベルト
3 駆動モータ
5 トルク検出器
6 計測・解析PC
8 モニタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸を有するロータを回転させて混練機内で混練される粘弾性物からなる食品生地の混練状態の挙動を検知する方法において、
前記回転軸より検出されるトルク検出値を時間間隔毎に周波数解析し、該解析された周波数スペクトル時系列データより、周波数がゼロのDC成分と特定周波数帯域における周波数ピーク強度を抽出し、該DC成分の経時変化とともに、前記特定周波数帯域のピーク強度の経時変化を、時間軸を組み込んで二次元若しくは三次元的に表示し、前記2つの経時変化の表示に基づいて前記粘弾性物の混練状態の挙動を検知することを特徴とする食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項2】
前記2つの経時変化の表示とともに前記トルク検出値の経時変化を表示するようにした請求項1記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項3】
前記時間間隔毎の周波数解析が、短時間フーリエ変換(STFT)、Wavelet変換(WT)、ウィグナ分析(WD)の内、一の解析手法を用いて周波数解析されることを特徴とする請求項1記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項4】
前記トルク検出値に窓関数をかけて短時間フーリエ変換処理し、その処理後の周波数スペクトルより、周波数がゼロのDC成分と特定周波数帯域における周波数ピーク強度を抽出し、該DC成分の経時変化とともに、前記特定周波数帯域のピーク強度の経時変化を、時間軸を組み込んで二次元若しくは三次元的に表示し、前記2つの経時変化の表示に基づいて前記粘弾性物の混練状態の挙動を検知することを特徴とする請求項1記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項5】
前記挙動が、粘弾性物である食品生地の混練完了時期若しくは副材料の添加タイミングであることを特徴とする請求項1記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項6】
前記食品生地がパン生地の場合に前記周波数スペクトルより、周波数がゼロのDC成分と0.08Hz〜0.5Hz付近の周波数成分を抽出してその経時変化を表示することを特徴とする請求項1若しくは3記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。
【請求項7】
前記DC成分表示においてDC成分上昇時と下降時で色を異ならせたことを特徴とする請求項1若しくは4記載の食品生地の混練状態の挙動検知方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−145132(P2008−145132A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−329565(P2006−329565)
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【出願人】(000148357)株式会社前川製作所 (267)
【Fターム(参考)】