説明

高シリカβ型ゼオライトからなる炭化水素吸着剤

【課題】SiO/Al比が300以上で、高温までのHC(炭化水素)吸着保持力が高く、なおかつ耐熱性の高いβ型ゼオライトからなるHC吸着剤を提供する。
【解決手段】SiO/Al比が300以上のβ型ゼオライトからなり、なおかつ炭化水素の脱着温度が185℃以上である炭化水素吸着剤を提供する。700℃以上、特に900℃以上の温度で熱処理したSiO/Al比が300以上のH型のβ型ゼオライトをHC吸着剤として用いる。SiO/Al比は400以上であることが好ましい。当該HC吸着剤は、耐熱性が高く耐熱耐久処理後におけるXRD回折強度が高く維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高シリカβ型ゼオライトからなる炭化水素(以下HCと記載)吸着剤に関し、炭化水素の脱着開始温度、即ちHC保持能力が高く、さらに同等のSiO/Al比のβ型ゼオライトに比して耐熱性の高いHC吸着剤に関する。本発明のHC吸着剤は、例えば自動車排ガス用のHC吸着剤として用いることができる。
【背景技術】
【0002】
β型ゼオライトは自動車等の内燃機関から排出されるHCを含有する排ガス中のHC吸着剤として用いられている。自動車排ガスは、エンジン始動直後(冷始動、或いはコールドスタートという)に低温で炭化水素を多く含む排ガスが排出されるが、初期の排ガス温度は低いため、排ガス中の炭化水素を触媒で浄化することが困難であり、触媒が十分に加熱されるまでHC吸着剤で保持することが必要である。
【0003】
これまで、β型ゼオライトによるHC吸着剤としては、耐熱性向上の点からSiO/Al比(モル比)の高いもの、特にSiO/Al比が80以上のものが提案されている。(特許文献1〜3参照)
しかし、従来の高シリカ比のβ型ゼオライトによるHC吸着剤では、低温でHCを脱着してしまい、高温までHCを保持することができず、さらに耐熱性も十分でないという問題があった。
【0004】
そのため、高シリカで、従来よりも高温までHCを吸着保持し、耐熱性が高いHC吸着剤が求められている。
【0005】
【特許文献1】特開平5−31359号
【特許文献2】特開平9−38485号
【特許文献3】特開平11−228128号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、SiO/Al比が300以上で、高温までのHC吸着保持力が高く、なおかつ耐熱性の高い高シリカβ型ゼオライトからなるHC吸着剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、β型ゼオライトのHCの吸着特性について鋭意検討を重ねた結果、SiO/Al比が300以上のβ型ゼオライトからなるHC吸着剤においてHCの脱着開始温度が185℃以上、特に200℃以上であり、なおかつ従来の同等のSiO/Al比のものに比して耐熱性に優れるHC吸着剤を見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
本発明のHC吸着剤は、SiO/Al比が300以上のβ型ゼオライトからなり、なおかつ炭化水素の脱着温度が185℃以上である炭化水素吸着剤である。
【0009】
本発明のHC吸着剤はβ型ゼオライトからなり、β型ゼオライトは酸素12員環からなる0.76×0.64nmおよび0.55×0.55nmの細孔が交差した3次元細孔構造を有するゼオライトである。β型ゼオライトのX線回折パターンは表1に示す格子面間隔d(オングストローム)とその回折強度で特徴づけられる。
【0010】
【表1】

【0011】
本発明のHC吸着剤で用いられるβ型ゼオライトのSiO/Al比は、SiO/Al比が300以上、特に400以上であることが好ましい。SiO/Al比が300未満では、耐熱性が十分でなく、特に高温での耐久性が要求される場合のHC吸着剤としては適さない。SiO/Al比の上限は特に限定されないが、約5000までである。
【0012】
本発明のHC吸着剤におけるHC脱着温度は、185℃以上、特に200℃以上であることが好ましい。HCの脱着温度が185℃未満では、HC吸着剤が十分に加熱する前に吸着したHCが脱離してしまうため、好ましくない。HC脱着温度の上限は特に限定されないが、本発明のSiO/Al比の範囲では約250℃までである。
【0013】
さらに本発明のHC吸着剤は、HCの吸着量が250μmol/g以上であることが好ましい。HC脱着温度だけが高くても、HCの吸着容量が少なくてはHC吸着剤としては適さない。HC吸着量の上限は特に限定されないが、本発明のSiO/Al比の範囲では、特に295μmol/g以上、約330μmol/gまでである。
【0014】
HC吸着量は、便宜的には、一定の吸着条件を設定した上で、HC吸着剤からのHC脱離量として定義することができる。
【0015】
本発明のHC吸着剤に用いるβ型ゼオライトは、カチオンがH(プロトン)である、又はHを含むことが好ましい。H型のβ型ゼオライトが特に耐熱性が高いからである。H型のβ型ゼオライトはアンモニアでイオン交換した後、600℃以下で熱処理することによって得られる。アンモニアイオン交換のゼオライトを直接600℃を越える温度で熱処理した場合、HC吸着性能等が低下する。
【0016】
本発明のHC吸着剤は、同じSiO/Al比のβ型ゼオライトに比べて耐熱性が高いものである。β型ゼオライトの耐熱性は、ゼオライトの結晶性(X線結晶回折)或いはBET表面積等によって評価することができる。
【0017】
本発明のHC吸着剤は、従来の同様なSiO/Al比のβ型ゼオライトと同一の温度での耐熱処理後、特に高温での耐熱処理後のXRDでの回折ピークの低下が小さいものである。具体的には、1000℃の熱処理で従来のβ型ゼオライトのXRDの回折ピーク強度は70%未満となるのに対し、本発明のHC吸着剤では70%以上の回折ピーク強度を維持するものである。回折ピーク強度は表1におけるd=3.97の回折ピークを比較して求めることができる。耐熱処理後のXRD回折ピークの上限は特に限定されないが、本発明のSiO/Al比の範囲では約90%までである。
【0018】
本発明のHC吸着剤のβ型ゼオライトのHC脱着温度が高いHC脱離温度を発揮する理由は定かではないが、高い結晶規則性のみによるものではないと考えられる。本発明者等はNMRスペクトルによって観測されるゼオライト骨格のQ値の高いβ型ゼオライトが高いHC脱着温度を示すことを報告しているが、本発明のHC吸着剤のβ型ゼオライトは、必ずしもQ値が高くなくてもよく、本発明のSiO/Al比においてQ値が含有率(重量%)で40%未満、特にQ値が30〜35の範囲で高いHC脱着温度を示すものである。Q値が高くないβ型ゼオライトにおいて高いHC脱着温度を達成し得ることは、工業的に極めて意義があるものである。(ゼオライトのQSi含有率については、小野嘉夫、八嶋建明著「ゼオライトの科学と工学」(講談社)参照)
本発明のHC吸着剤は、さらに金属及び/又は金属イオンが含有されていても良い。含有させる金属及び/又は金属イオンとしては、例えばアルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類金属、遷移金属、及び貴金属が挙げられ、それらの1種又は2種以上を含有させても良い。
【0019】
本発明のHC吸着剤は、シリカ、アルミナ及び粘土鉱物等のバインダーと混合し成形して使用することもできる。粘土鉱物としては、カオリン、アタパルガイト、モンモリロナイト、ベントナイト、アロフェン、セピオライト等を挙げることができる。またコージェライト製あるいは金属製のハニカム状基材にウォッシュコートして使用することもできる。ウォッシュコートする場合、ハニカム状基材にゼオライトをコートした後に、ゼオライトを修飾する方法、予めゼオライトを修飾した後に、ハニカム状基材にコートする方法などが採用できる。
【0020】
本発明のHC吸着剤に供するβ型ゼオライトの製造法は、特に限定されるものではないが、例えば以下の方法によって製造することができる。
【0021】
β型ゼオライトの製造法は種々の製法が報告されており、例えば特開昭58−208131号他によって、SiO/Al比が本発明の範囲のβ型ゼオライトを得ることができる。また、SiO/Al比が300以上になるように直接結晶化して得ることもできる。しかし、従来の方法で得られたβ型ゼオライトは、そのままでは本発明のHCの脱着温度及び耐熱性を満足するものではない。
【0022】
本発明のHC吸着剤として用いるβ型ゼオライトは、上述の方法他で得られたSiO/Al比が300以上のβ型ゼオライトを700℃以上、1100℃未満で熱処理することによってHC脱着温度を本発明の範囲に高めることができる。
【0023】
熱処理温度が700℃未満では、本発明のHCの脱着特性は得られず、特に750℃以上であることが好ましい。1100℃以上の熱処理では、β型ゼオライトの結晶性が低下し、HC吸着性能が低くなる。HC吸着性能を最大限に発揮するためには特に800℃以上、さらには900℃以上で、1000℃以下の温度で熱処理することが好ましい。
【0024】
本発明のSiO/Al比のβ型ゼオライトにおいて、HCの脱着温度を高める効果が発揮される最適な熱処理温度範囲が、他のSiO/Al比の場合とは異なる原因は定かでないが、本発明のSiO/Al比のβ型ゼオライトのHC脱着温度を高めるための熱処理条件は、SiO/Al比の低いβ型ゼオライトの最適処理条件とは異なる温度領域である。
【0025】
熱処理条件としては、さらに水蒸気雰囲気であることが好ましく、例えば10体積%程度の加湿条件が例示できる。
【0026】
前述した通り、本発明のHC吸着剤のカチオンはH(プロトン)型である、或いはHを含むことが好ましいが、通常アンモニアイオン交換したゼオライトを熱処理してH型にする場合、熱処理(活性化)は600℃以下の温度で行われる。アンモニアイオン交換したゼオライトの熱処理が600℃を超える温度ではゼオライト骨格構造が破壊され、HC吸着性能が低下するためである。本発明のβ型ゼオライトは、まず600℃以下の熱処理でH型に変換した後、さらに700℃以上、特に750〜1000℃の範囲で熱処理して得ることが好ましい。
【0027】
本発明のHC吸着剤に供するβ型ゼオライトの熱処理方法はロータリー焼成機による焼成が例示でき、特に特別な流動状態による熱処理を必要とするものではない。
【0028】
従来、ゼオライトを熱処理によって疎水化することは知られているが、疎水化するために実際に採用できる熱処理温度は本発明の場合とは異なる温度で、本発明の効果が得られない条件で行われているか、或いはより構造安定性の高いゼオライト種を疎水化されているものしかなかった。
【0029】
例えば、従来のHC吸着剤に用いるβ型ゼオライトとしては、無機酸による脱アルミ処理、或いはアンモニウムイオン交換したものを熱処理によってH型にしたものを直接用いられており、熱処理温度として700℃以上で処理されているものはない。
【0030】
本発明のHC吸着剤の使用方法は特に限定されるものではないが、例えば以下の条件が例示できる。
【0031】
処理ガスは、具体的には、ガソリンエンジン自動車、ディーゼルエンジン自動車等の内
燃機関の排ガスが例示される。更に上記処理ガスには、HC以外に一酸化炭素、二酸化炭
素、水素、窒素、酸素、硫黄酸化物、水等が含まれていても良い。
【0032】
処理ガス中のHC濃度は特に限定されないが、メタン換算で0.001〜10体積%が
好ましく、より好ましくは0.001〜5体積%である。また処理ガス中の水分濃度も特
に限定されず、0.01〜15体積%が例示できる。処理ガス中のHC濃度、水分濃度は
時間と共に変動していても良い。
【0033】
更に、処理ガス中のHCを吸着除去する際の空間速度及び温度も特に限定されない。空
間速度:100〜50万hr−1、温度−30〜200℃であることが好ましい。
【発明の効果】
【0034】
本発明のHC吸着剤は従来の同等のSiO/Al比のβ型ゼオライトに比して吸着したHCの脱離温度が高く、なおかつHC吸着量が多く、さらに耐熱性、クラッキング性能が高いため自動車等の排ガス浄化用吸着剤として優れている。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を実施例で説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではな
い。
【0036】
実施例1〜3
SiO/Alモル比が40の東ソー製β型ゼオライト(商品名:HSZ−940NHA)を特開昭58−208131号公報に開示されている塩酸処理を参照し、SiO/Alモル比を高めた。β型ゼオライト20gを、0.2規定の塩酸100gに添加し、80℃で2時間攪拌した。その後、固液分離、十分量の純水で洗浄し、100℃で一晩乾燥した。粉末X線回折とICP発光分析から、生成物はβ型ゼオライトで、SiO/Alモル比が530であった。
【0037】
当該β型ゼオライトを750〜1000℃、水蒸気雰囲気(10vol%)、1時間熱処理し、HC吸着剤とした。(実施例1:750℃、実施例2:850℃、実施例3:900℃)実施例3のβ型ゼオライトのSi NMRによるQ値は34重量%であった。
【0038】
比較例1
実施例1のβ型ゼオライトを750℃で熱処理しないものを比較HC吸着剤とした。当該β型ゼオライトのSi NMRによるQ値は30.4重量%であった。
【0039】
<吸着剤のHC吸脱着特性試験>
HC吸脱着特性を以下の方法で評価した。
吸着剤を各々加圧成形後、粉砕して12〜20メッシュに整粒した。整粒した吸着剤1mlを常圧固定床流通式反応管に充填し、窒素流通下、500℃で一時間前処理し30℃まで冷却した。次いで、表2に示すn−デカンと水分を含むモデル排ガスをガス流量2000ml/minで吸着剤に接触させながら、30℃から600℃まで10℃/minの昇温速度で昇温した。
【0040】
【表2】

【0041】
出口ガス中のHC濃度を水素イオン化検出器(FID)により連続的に定量分析した。
HCの吸脱着特性は、供給濃度(2000ppmC)を基準に低濃度域を吸着、高濃度域
を脱離とし、吸着量は脱離領域の積分値、吸着保持力は吸着から脱離に転じる温度(脱離
開始温度)で評価した。
【0042】
実施例1〜3、及び比較例1〜3のHC吸着剤のHC脱離温度を表3に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
表3から明らかな様に、本発明のHC吸着剤は、比較例のHC吸着剤と比較して脱離開始温度が高く、炭化水素保持能力が高かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO/Al比が300以上のβ型ゼオライトからなり、なおかつ炭化水素の脱着温度が185℃以上である炭化水素吸着剤。
【請求項2】
炭化水素の脱着温度が200℃以上である請求項1に記載の炭化水素吸着剤。
【請求項3】
炭化水素の吸着量が250μmol/g以上である請求項1〜3に記載の炭化水素吸着剤。
【請求項4】
β型ゼオライトのカチオンがH(プロトン)を含んでなる請求項1〜3に記載の炭化水素吸着剤。
【請求項5】
請求項1〜4のHC吸着剤を用いた自動車排ガスの吸着浄化方法。

【公開番号】特開2008−80195(P2008−80195A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−260646(P2006−260646)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】