説明

高周波焼入れシミュレーション装置

【課題】加熱コイルや冷却ジャケット、加熱条件及び冷却条件について予測を行える、高周波焼入れシミュレーション装置を提供する。
【解決手段】解析用FEMモデルとして、高周波加熱による渦電流分布を求めるのに適した磁場解析用FEMモデルと、金属部品の温度分布、金属組織分布、応力・ひずみ分布を相互に関連付けて解析するために適した熱処理解析用FEMモデルと、をそれぞれ設定する。磁場解析部4Aでは磁場解析用FEMモデルを用い、熱処理解析部4Cでは熱処理解析用FEMモデルをそれぞれ用いる。発熱量算出部4Bは、磁場解析部4Aが求める要素毎の渦電流を熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量に変換する。物性値更新部4Dは、熱処理解析部4Cが求める節点毎の温度から磁場解析部4Aで用いるFEMモデルに対応した節点毎の温度と要素毎の電気伝導率と比透磁率に変換する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定形状の金属部品に対して高周波焼入れを行った際の影響を有限要素法などの数値計算で求める高周波焼入れシミュレーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品、建設部品などを作製する際、疲労強度や表面の耐摩耗性の向上を目的として焼入れなどの熱処理が行われている。高周波焼入れ処理は、短時間加熱やインライン処理が可能であり、焼入品質の再現性に優れるなどの特徴を持つ熱処理法の1つである。図7は、一般的な高周波焼入れ装置に関するブロック構成図である。
高周波焼入れ装置50では、図7に示すように、熱処理を施す金属部品に対して所定形状の加熱コイル51と所定形状の冷却ジャケット52とが配備されている。加熱コイル51は高周波変成器53と整合器54と高周波インバータ55とで電気回路が構成されている。高周波変成器53は、一次コイルと二次コイルの相互誘導結合により構成され、一次コイルは整合器54を介在して高周波インバータ55に接続されており、二次コイルは加熱コイル51に接続されている。金属部品に対して配備されている加熱コイル51に高周波インバータ55から高周波電力が投入されると、加熱コイル51近傍に交番磁束が発生することで、金属部品表面に渦電流が発生し、そのジュール熱による自己発熱により誘導加熱される。その際、高周波インバータ55、整合器54、高周波変成器53及び加熱コイル51には冷却水供給設備56から冷却液が供給される。その後、金属部品に対し所定の冷却処理を行うため、冷却ジャケット52には焼入液供給設備57から焼入液が供給される。
【0003】
図7に示すような高周波焼入れ装置50を用いて焼入れ処理を行う場合、金属部品に対して焼入れ処理を施したい部分に対して適切に加熱及び冷却を行う必要があり、その必要性に応じて加熱コイル51の設計、インバータの周波数や出力電力、加熱時間などの条件設定、焼入液を噴射する冷却ジャケット52の設計、焼入液の濃度、流量などの条件設定を行う。
【0004】
ところで、特許文献1には、冷却状態の実測を行うことなく、金属部材の変形・ひずみを予想することができる熱処理シミュレーション方法が開示されており、その方法では、鋼材をガス冷却した際の熱伝達率を熱流体解析により求め、その後その熱伝達率に基づいて鋼材の熱ひずみみや熱変形を有限要素法により求めている。
【0005】
また、数値計算の一手法として有限要素法が一般的に知られている。特許文献2では、有限要素法などの数値解析で用いられる二つの異なるメッシュ間のデータマッピングを行う際、これらの二つのメッシュの格子点(有限要素法では節点ともいう)の分布やメッシュが成す形状が異なる場合であっても、物体形状が概略同じであれば、データの授受を可能とするデータマッピング装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−268108号公報
【特許文献2】特開11−328157号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、高周波焼入れにおいて、焼入範囲や硬さ分布、変形量などの熱処理品質に影響を及ぼす因子は多く存在する。そのため、高周波焼入れに必要な加熱コイルや冷却ジャケット形状、熱処理の際の各種の条件設定については高精度な予測が困難であり、過去の経験などを考慮して決定している。しかし、加熱コイルなどの設計は、試行錯誤して決定する場合が多く、その都度試作実験を行われなければならない。すると、多大な作業時間が必要となり、ひいては熱処理装置や処理コストが増大することなる。
【0008】
そこで、試作や実験回数の低減を目的に、有限要素法などの数値計算により高周波焼入れシミュレーションを行うことが有望視されている。しかし、特許文献1に開示されている熱処理シミュレーション方法では、加熱コイルによる高周波加熱を考慮していない。つまり、時々刻々変化する金属部品表面の渦電流による発熱分布を解析対象としておらず、高精度な高周波焼入れシミュレーションを実施することができない。また、焼入液で鋼材の冷却を行った場合には蒸気膜が鋼材表面に生成するため、特許文献1に開示されているようなガス流の冷却にそのまま当てはめることができず、冷却液の挙動を考慮した高精度なシミュレートを実施することができない。
【0009】
本発明は、以上の点に鑑み、高周波焼入れ処理に必要な加熱コイルや冷却ジャケットなどの形状や加熱条件及び冷却条件などの熱処理条件について事前に予測を行え、かつ金属部品の変形・ひずみ、焼入領域などの熱処理品質の予測も行える、高周波焼入れシミュレーション装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明は、金属部品、加熱コイル及びそれらの周りの空間に関する磁場解析用FEM(Finite Element Method)モデルに基づいて、金属部品に生じる渦電流によるジュール損失量の分布を算出する磁場解析部と、金属部品に関する熱処理解析用FEMモデルに基づいて、金属部品の各要素の金属組織や応力及びひずみ、各節点の温度及び変形量を算出する熱処理解析部と、磁場解析部で求めたジュール損失量の分布から熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量を算出する発熱量算出部と、熱処理解析部で求めた温度分布から磁場解析用FEMモデルにおける節点毎の温度、及び、各要素の電気伝導率及び比透磁率を算出する物性値更新部と、を有する高周波焼入れシミュレーション装置であって、磁場解析部には、磁場解析用FEMモデルと、材料データとして温度と金属組織毎の電気伝導率及び透磁率と、高周波インバータの周波数と、コイル電流及びコイル電圧の何れかと、が入力され、発熱量算出部には、磁場解析用FEMモデルと熱処理解析用FEMモデルとが入力され、熱処理解析部には、熱処理解析用FEMモデルと、金属部品の材料に関する相変態特性データ、熱伝導特性データ及び応力・ひずみ特性データと、冷却面に関する境界条件として温度依存性を有する熱伝導率の値と、が入力され、物性値更新部には、磁場解析用FEMモデルと熱処理解析用FEMモデルとが入力されることを特徴とする。
【0011】
上記構成において、磁場解析部は、その解析の初期条件として磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度が入力されると、金属部品に生じるジュール損失量の分布を求めて、磁場解析用FEMモデルにおける要素毎のジュール損失量を発熱量算出部に出力し、発熱量算出部は、磁場解析部から磁場解析用FEMモデルにおける要素毎のジュール損失量の入力を受けると、磁場解析用FEMモデルと熱処理解析用FEMモデルとをデータマッピングして熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量を算出して熱処理解析部に出力し、熱処理解析部は、発熱量算出部から熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量の入力を受けると、金属部品の各要素における温度、金属組織、応力・ひずみの連成解析を行い、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組織体積分率を算出して物性値更新部に出力し、物性値更新部は、熱処理解析部から熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組織体積分率の入力を受けると、磁場解析用FEMモデルと熱処理解析用FEMモデルとをデータマッピングして磁場解析用FEMモデルにおける節点毎の温度と要素毎の電気伝導率と比透磁率を算出して磁場解析部に出力する。
【0012】
上記構成において、磁場解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量の総和を所定の電力量に制御する場合、磁場解析部にて条件変更による磁場解析の再解析又は発熱量算出部にて係数の乗算処理を行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、解析用FEMモデルとして、高周波加熱による渦電流分布を求めるのに適した磁場解析用FEMモデルと、金属部品の温度分布、金属組織分布、応力ひずみ分布を相互に関連付けて連成解析するために適した熱処理解析用FEMモデルと、をそれぞれ入力し、磁場解析部では磁場解析用FEMモデルを用い、熱処理解析部では熱処理解析用FEMモデルを用いるため、磁場解析及び熱処理解析の精度が大きく向上する。発熱量算出部は、磁場解析部が求める要素毎のジュール損失量から熱処理解析用FEMモデルにおける各要素の発熱量に変換し、物性値更新部は、熱処理解析部が求める節点毎の温度から磁場解析部で用いるFEMモデルに対応した節点毎の温度と要素毎の電気伝導率と比透磁率に変換するので、磁場解析用FEMモデル及び熱処理解析用FEMモデルにおける各節点、各要素におけるデータ群についても関連付けできる。磁場解析部、発熱量算出部、熱処理解析部、物性値更新部が順に演算し、制御部において温度などのデータの更新や入出力ファイルのハンドリングが行われることで、高周波焼入れのシミュレーションを適切に行うことができる。よって、高周波焼入れにおける加熱コイルや冷却ジャケットなどの形状設計、熱処理における条件設定を適切かつ簡便に、多数の試作試験を行わずに高精度に予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション装置のブロック構成図である。
【図2】図1において解析手段が行う処理についての概要を模式的に示す図である。
【図3】図1に示す解析手段内での主な各部間でのデータの入出力を示す図である。
【図4】(A)は磁場解析用FEMモデルを模式的に示す図、(B)は熱処理解析用FEMモデルを模式的に示す図である。
【図5】図1に示す熱処理解析部に入力される熱伝導率を示す図である。
【図6】本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション方法のフロー図である。
【図7】一般的な高周波焼入れ装置に関するブロック構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<高周波焼入れシミュレーション装置構成の概要>
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション装置に関するブロック構成図である。本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション装置1は、入力手段2と出力手段3と解析手段4とを備える。入力手段2はキーボードやマウスなどで構成されており、入力手段2はユーザから入力された各種指令や情報についての信号を解析手段4に出力する。出力手段3はディスプレイ装置などで構成されており、出力手段3は解析手段4からの出力信号に基づいて表示する。解析手段4は、入力手段2から信号の入力を受けると共に出力手段3に対して出力信号を出力し、シミュレーション解析を行う。解析手段4はCPU又はMPUと高周波焼入れシミュレーションプログラムを格納する記録媒体とで構築され、CPUやMPUにより高周波焼入れシミュレーションプログラムを実行するようにしてもよい。なお、解析手段4が必要とするデータについては、金属部品や加熱コイル形状などを3次元CADなどを用いてモデル化して、メッシュ生成プログラム等を格納した形状用モデルサーバ(図示せず)等から、有限要素法で用いる要素、節点の組み合わせとして入力してもよい。
【0016】
解析手段4は、磁場解析部4Aと、発熱量算出部4Bと、熱処理解析部4Cと、物性値更新部4Dと、回路解析部4Eと、熱流体解析部4Fと、これら磁場解析部4A、発熱量算出部4B、熱処理解析部4C、物性値更新部4D、回路解析部4E及び熱流体解析部4Fを制御する制御部4Gと、を有する。これら各部について以下詳細に説明する。図2は、図1において解析手段4が行う処理についての概要を模式的に示す図である。図3は図1に示す解析手段1内での主な各部間でのデータの入出力を示す図である。
【0017】
<磁場解析部4Aの詳細>
磁場解析部4Aは、マクスウェルの電磁方程式に基いて有限要素法により解析を行う。具体的には、磁場解析部4Aは、有限要素法のうち周波数応答解析可能なA法又はA−φ法を用いて、加熱コイル周辺に発生する磁束分布とその分布の時間的変化に伴い金属部品表面近傍に生じる渦電流を算出する。
磁場解析部4Aは、金属部品、加熱コイル及びその周りの空間を複数の要素に分割する。そのため、磁場解析部4Aに入力されるデータ類としては、次の通りである。
第1に、金属部品、加熱コイルなどの形状及び寸法やその周りの空間を各節点で複数の要素に区分けした磁場解析用FEMモデルとして、座標で示す節点情報と、各要素を構成する節点情報の組み合わせ(以下、単に「要素情報」と呼ぶことにする。)とがある。
第2に、金属部品及び加熱コイルの各素材に関する材料物性情報として、金属組織毎の電気伝導率及び比透磁率データがあり、いずれも温度依存性を有する。
第3に、解析条件に関する情報として、高周波インバータの周波数と、加熱コイル電流又はコイル電圧がある。
第4に、磁場解析用FEMモデルにおける各節点での温度情報がある。なお、この温度情報の初期値は室温が入力され、制御部4Gより逐次書き直される。
【0018】
磁場解析部4Aは、磁場解析用FEMモデルを用いて加熱コイルの断面に電流又は電圧の入出流面が設定され、その設定に基づいて磁束分布及び渦電流分布、ジュール損失量などを求める。つまり、磁場解析部4Aは磁場解析用FEMモデルにおける要素毎にジュール損失量を算出する。
磁場解析部4Aは、以上のような処理を経て、金属部品の表面及びその近傍に生じる渦電流密度を求め、磁場解析用FEMモデルにおける要素毎にジュール損失量を求める。この磁場解析部4Aは、磁場解析用FEMモデルにおける要素毎にジュール損失量を直接又は制御部4Gを経由して発熱量算出部4Bに出力する。磁場解析部4Aは、磁場解析により求めた磁束分布や渦電流分布を制御部4Gに出力し、出力手段3としてのディスプレイ装置に出力してもよい。
【0019】
<熱処理解析部4Cの詳細>
熱処理解析部4Cが行う熱処理解析について説明する。図2に符号4Cの点線で囲んで示すように、金属部品における任意領域の温度、組織、応力及びひずみは相互に関連しあっているため、その相互関係を連成解析することで、熱処理解析を実現している。ここでいう「連成解析」とは、複数の物理現象の複雑な相互影響を考慮しながら解析することを示す。この連成解析により、熱処理解析用FEMモデルに設定した各節点の温度やひずみ、要素毎の応力、金属組織などが予測できる。具体的に説明すると、金属部品の任意の領域において時系列的な温度変化による相変態が生じる一方、逆に任意の領域において相変態が生じると潜熱の発生・吸収が生じる。金属部品の任意の領域において相変態が不均一であると、その局部的な体積変化による応力が生じる一方、逆に応力が生じると相変態の発生に影響を与える。また、金属部品に変形が生じるとその変形部分が発熱する一方、逆に任意の領域に温度差が生じると応力が生じる。これらのように、熱処理解析部では、それぞれの項目に相関関係があり、温度変化から金属組織が変化したり、応力やひずみが生じたりする一方、相変態や応力・ひずみが生じるとその領域の温度が変化する。
【0020】
熱処理解析部4Cは、有限要素法を用いて、上記の相互関連を解析するため金属部品を複数の要素に分割し、要素毎に、温度と弾塑性構造と相変態とを相互に関連させて解析を行う。熱処理解析部4Cは、発熱量算出部4Bで求めた要素毎の発熱量に基づいて熱伝導方程式などを用いて解析する。
【0021】
熱処理解析部4Cに入力されるデータ類としては、次の通りである。
第1に、金属部品の形状及び寸法に関する熱処理解析用FEMモデルとして、座標で示す節点情報と、各要素を構成する節点の組み合わせ(以下、単に「要素情報」と呼ぶことにする。)とがある。
第2に、金属部品の各素材に関する材料物性情報として、金属部品の鋼材に関する等温変態線図(TTT:Time-Temperature-Transformation diagram)や連続冷却変態曲線(CCT:Continuous-Cooling-Transformation diagram)、オーステナイト変態温度情報(TTA:Time-Temperature-Austenization diagram)、マルテンサイト変態温度などの相変態特性情報と、金属部品の鋼材に関する熱伝導率、比熱、密度、潜熱に関する熱伝導特性情報と、ヤング率、ポアソン比、線膨張係数、降伏点、加工硬化係数、変態膨張率、変態塑性係数などの応力・ひずみ物性情報と、がある。
第3に、金属部品を冷却する状態を想定する情報として、金属部品の冷却面に境界条件として熱伝導率の値を定義する。詳細については後述する。
第4に、熱処理解析用FEMモデルで定められる各節点での発熱量に関する情報がある。これは、発熱量算出部4Bにおいて求められたものに該当する。
第5に、解析条件としての情報として、加熱時間、冷却時間、連成回数などがある。
熱処理解析部4Cは、これら第1乃至第5に関する各種情報の入力を受け、有限要素法を用いて熱処理解析を行い、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度、変形量と、各要素の応力・ひずみ、金属組織と、を求める。各要素の応力及びひずみは節点毎に変換されてよい。つまり、熱処理解析部4Cは、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組織体積分率を算出する。ここで、各要素の金属組織体積分率は、加熱速度や冷却速度によって金属組織の相変態が発生する際の、それぞれの組織(例えば、フェライト、パーライト、オーステナイト、マルテンサイト、ベイナイトなど)の割合を表したものである。
熱処理解析部4Cから出力されるデータとしては、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度、変形量と、各要素の応力・ひずみ、金属組織(金属組成体積分率)と、がある。応力・ひずみは要素毎でなく節点毎にデータ変換されていてもよい。
【0022】
<発熱量算出部4Bの詳細>
発熱量算出部4Bは、磁場解析部4Aが求めた磁場解析用FEMモデルにおける各要素のジュール損失のデータから、熱処理解析部4Cに入力される熱処理解析用FEMモデルにおける各要素の発熱量を算出する。
発熱量算出部4Bに入力される情報としては、金属部品に設定されている座標で規定する節点情報と要素情報とであり、節点情報及び要素情報の何れも、磁場解析用FEMモデル、熱処理解析用FEMモデル毎に定義される。
発熱量算出部4Bは、磁場解析用FEMモデルにおける節点情報及び要素情報と、熱処理解析用FEMモデルにおける節点情報及び要素情報と、をマッピング処理する。すると、発熱量算出部4Bは、熱処理解析用FEMモデルにおける各要素の発熱量を求め、直接又は制御部4Gを経由して熱処理解析部4Cに出力する。
【0023】
<物性値更新部4Dの詳細>
物性値更新部4Dは、熱処理解析部4Cが求めた熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度データと各要素の金属組織体積分率から、磁場解析部4Aに入力される磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の電気伝導率及び比透磁率とを算出する。物性値更新部4Dに入力される情報としては、金属部品に設定されている座標で規定する節点情報と要素情報とであり、節点情報及び要素情報の何れも、磁場解析用FEMモデル、熱処理解析用FEMモデル毎に定義される。
物性値更新部4Dは、熱処理解析用FEMモデルにおける節点情報及び要素情報と、磁場解析用FEMモデルにおける節点情報及び要素情報と、をマッピング処理する。即ち、物性値更新部4Dは、磁場解析用FEMモデルにおける各節点における温度と、各要素の金属体積分率から、磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の電気伝導率と比透磁率を算出する。物性値更新部4Dは、この求めた、磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の電気伝導率と比透磁率を、制御部4Gに出力する。
【0024】
<回路解析部4Eの詳細>
高周波焼入れ装置では、LCR共振回路を用いて一定条件の周波数の電力を加熱コイルに投入して、金属部品を高周波加熱している。しかしながら、被加熱物である金属部品の温度状態の変化などにより、回路負荷が常時変動し、コイル電流、コイル電圧、共振周波数も変動する。また、高周波電源の制御方式として、コイル電流、コイル電圧、投入電力の各パラメータのうちどれかを一定に制御する方式がある。
そのため、回路解析部4Eは、例えば、回路シミュレーションとして、高周波インバータと整合器と高周波変成器と加熱コイルとの電気的な回路に関して回路方程式を用いた計算によりコイル電流又はコイル電圧を求め、その結果を磁場解析部4Aの入力データとしてもよい。これにより加熱コイルと金属部品との誘導加熱現象の時間的な変動についても評価することもできる。
このように、磁場解析部4Aでの解析結果を回路解析部4Gの入力データとし、逆に回路解析部4Eでの解析結果を磁場解析部4Aでの入力データとすることによって、磁場解析と回路解析とを連携させ、高周波焼入れシミュレーションの高精度化を図ることができる。
【0025】
<熱流体解析部4Fの詳細>
前述したように熱処理解析部4Cでは、金属部品のある表面を冷却面として熱伝導率を設定することで冷却現象をシミュレートしている。上記の熱伝導率は冷却時の温度変化を実測して求めているが、物理的な制限により測定箇所は限られており、熱処理解析部4Cでは、ある程度、冷却状態を仮定した熱伝導率を用いざるを得ない。冷却過程の高精度化を図るためには、実際の冷却状態に合った熱伝導率を用いる必要がある。一般に、高周波焼入れの冷却方法として、水又は水溶性ポリマー冷却液の噴射冷却を用いているが、冷却能が非常に高いが再現性も良いので、熱流体シミュレーションに向いている。
そこで、熱流体解析部4Fでは、数値流体力学(Computational Fluid Dynamics)を用いた熱流体シミュレーションとして、冷却ジャケットと金属部品との関係についてもモデル化し、水冷ジャケットの冷却噴射口と金属部品の位置関係や冷却液の噴射する方向、流量などから冷却範囲と冷却の強さを解析し、その結果を冷却面における熱伝導率として熱処理解析部4Cの入力データとすることで、高周波焼入れ現象の冷却過程を精度良く解析する。
【0026】
<制御部4Gの詳細>
制御部4Gは、解析手段4内部における各解析部の指令やデータなどのやり取りと外部との入出力制御を行う。また、連成回数及びステップ時間の制御や指定部位の温度の監視なども行う。
【0027】
発熱量算出部4B及び物性値更新部4Dにおいて磁場解析用FEMモデルと熱処理解析用FEMモデルとでデータをマッピングする際には、各種のデータマッピングプログラムを用いることができる。データマッピングの処理については例えば特許文献2などに開示されている手法を適宜変更して用いることができる。
【0028】
ここで、磁場解析部4Aで用いられる磁場解析用FEMモデルと、熱処理解析部4Cで用いられる熱処理解析用FEMモデルと、について説明する。図4(A)は磁場解析用FEMモデルを模式的に示し、(B)は熱処理解析用FEMモデルを模式的に示す図である。磁場解析のためには、図4(A)に示すように、被加熱物である金属部品以外にも、加熱コイル、治具(図示せず)及びこれらを取り囲む空気領域をモデル化する必要がある。そこで、被加熱物である金属部品とその近傍に配置される加熱コイルや治具、及び空間領域を要素に区分けする。そして、磁場解析条件として、周波数や加熱コイルのある断面に電流又は電圧を設定すると共に、前述のように、マクスウェルの電磁方程式により、有限要素法により磁場分布の時間的変動を求め、金属部品の表面近傍でのジュール損失量を求める。その際、金属部品の表面近傍の要素分割は、渦電流の透過深度に合わせた設定にする。
【0029】
熱処理解析のためには、図4(B)に示すように、被加熱物である金属部品を要素に区分する。解析モデルでは、応力・ひずみ解析に必要な力学的条件、温度解析に必要な温度境界条件、組織解析に必要な相変態条件を設定して行う。その際、焼入れに必要な冷却過程は、冷却部位に境界条件として熱伝導率を設定することにより実現する。熱処理シミュレーションにて冷却過程を実現するためには、冷却面に境界条件として熱伝導率を設定する。ここで、熱伝導率とは、単位面積、単位温度、単位時間あたりの伝熱量であり、この値の上下で冷却面の冷却能を決定する。高周波焼入れで最もよく用いられる噴射冷却の場合、金属部品表面の温度によって熱伝導率が変化することから、熱伝導率は後述する図5のように温度依存性を有する。なお、冷却範囲と冷却の強さ(熱伝導率)は熱流体解析部4Fからも求めることができる。その際、被加熱物の要素分割は、温度や金属組織が急激に変化する部位を細かく設定する。
【0030】
図5は熱処理解析部4Cに入力される熱伝導率を示す図である。図の横軸は冷却面の温度、縦軸は熱伝導率である。図5に示すように、熱伝導率は温度依存性を有する。
【0031】
以下、本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション装置1を用いて高周波焼入れシミュレートする方法について詳細に説明する。図6は、本発明の実施形態に係る高周波焼入れシミュレーション方法のフロー図である。
【0032】
STEP1として、入力手段2から各種データの入力を行う。入力されるデータとしては、金属部品と加熱コイルの形状データがある。これらの形状データは、磁場解析部4Aにおいて用いられる磁場解析用FEMモデルとして、金属部品及び加熱コイルのそれぞれの形状に沿って節点を座標として定め、節点の組み合わせ、即ち要素情報に基づいて金属部品及び加熱コイルを微細化した領域、つまり各要素を定める。
【0033】
STEP2として、磁場解析部4Aにより、磁場解析用FEMモデルの入力データ、即ち各節点及び要素情報を用い、有限要素法により磁場解析を行う。その際、回路解析部4Eは、前述したように、例えば、回路方程式を用いて計算によりコイル電流又はコイル電圧を求め、その結果が入力された値に基いて磁場解析部4Aにより磁場解析を行ってもよい。磁場解析により磁束分布が求まり、各要素における磁束密度分布から渦電流分布が求まり、その結果として、各要素のジュール損失量が求まる。その際、加熱コイルからの磁束により金属部品表面からどの程度の深さまで渦電流が発生するかは、その現時点での金属部品の温度から参照される電気伝導率と比透磁率とから求められる。電気伝導率及び比透磁率は、温度及び金属組織による依存性があるので、要素毎に入力される必要がある。つまり、金属部品及び加熱コイルの形状のみならず金属部品の温度分布に応じて磁場分布が異なる。
高周波インバータの出力制御方式として電力一定方式を採用した場合、投入電力量と各要素の発熱量の総和が一致するように解析条件を調整して再び磁場解析を行う。これにより発熱量及びその分布の算出について更に精度を高めることができる。
【0034】
STEP3として、発熱量算出部4Bは、STEP2で磁場解析部4Aが行った結果、即ち、磁場解析用FEMモデルにおける金属部品の要素毎のジュール損失量から、熱処理解析部4Cでなされる熱処理解析に適した熱処理解析用FEMモデルにおける金属部品の要素毎の発熱量を算出する。その際、発熱量算出部4Bは、磁場解析用FEMモデルの各データと熱処理解析解析用FEMモデルとの各データとをデータマッピング処理を行う。ここでいう各データには、節点、要素情報などが挙げられる。また、高周波インバータの出力制御方式が電力一定方式を採用した場合、発熱量算出部にて磁場解析用FEMモデルによる要素毎の発熱量に対して係数を乗算する場合もある。
【0035】
STEP4として、熱処理解析部4Cは、STEP3で発熱量算出部4Bがデータ変換により求めた熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量から、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と要素毎の金属組織、応力・ひずみなどのデータを相互関連させるように連成解析を行う。この連成解析により、熱処理解析部4Cは、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組成体積分率とを物性値更新部4Dの入力データとして出力する。上記から、熱処理解析用FEMモデルに設定した各節点の温度、要素毎の応力・ひずみ、金属組織などが予測できる。
【0036】
STEP5として、物性値更新部4Dは、STEP7で熱処理解析部4Cが求めている各節点の温度データ、即ち熱処理解析用FEM要素における各節点の温度と各要素の金属体積分率から、磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の電気伝導率と比透磁率を算出する。その際、物性値更新部4Dは、磁場解析用FEMモデルの各データと熱処理解析用FEMモデルの各データとをデータマッピング処理を行う。ここでいう各データには、節点、要素情報などが挙げられる。
【0037】
その後、STEP6として、STEP2〜STEP5が所定の指定回数行ったかを制御部4Gにて判断する。STEP6でNoの場合に限り、STEP2に戻る。
【0038】
以上のように、本発明の実施形態における高周波焼入れシミュレーション装置を用いた高周波焼入れシミュレーション方法によれば、磁場解析による渦電流及び発熱分布が求まり、その結果に基づいた温度分布のみならず、組織、応力・ひずみなど温度と相関のある物理量を相互に考慮することができる。また、熱処理解析用FEMモデルにおける各節点における温度から磁場解析用FEMモデルにおける各節点における温度に基づいて適切に磁場解析を行うことができる。
【0039】
このようにして、高周波焼入れシミュレーション装置1によれば、磁場解析及び熱処理解析がそれぞれ交互に設定回数だけ繰り返し行われ、熱処理解析の出力データである温度分布が磁場解析の入力データとして利用されることにより、磁場解析及び熱処理解析が互いに連成される。その結果、磁場解析部4Aにより磁場分布や渦電流分布の時間的変化を求めることができ、熱処理解析部4Cにより温度分布、金属組織分布、応力分布、変形量などの時間変化を求めることができる。この時間変化は、図6のフロー図においてSTEP2〜STEP5を繰り返し行うことで、STEP2、STEP4などの処理における出力結果から求めることができる。以上のことから、加熱コイルにより高周波加熱し、冷却ジャケットからの焼入液により冷却する際の金属部品への影響を予測することができる。
【0040】
本発明の実施形態では、前述したように、高周波加熱による加熱過程及び焼入液による冷却過程における金属部品の金属組織、応力・ひずみ等の現象の変化と、を関連付けて連成解析することができ、さらに、回路解析部4Eによる回路シミュレーションや熱流体解析部4Fによる熱流体シミュレーションと連携して更なる高精度化を図ることができる。
【0041】
本発明は、前述の実施形態に限らず、本発明の範疇において適宜変更してもよい。なお、前述の説明において、FEMモデルとは、解析しやすいようにある領域(前述の説明では「要素」と呼んでいる。)毎をメッシュに区分けしたものであり、メッシュを構成する複数の節点の組み合せ(前述の説明では「要素情報」と呼んでいる。)を特許文献2ではメッシュ情報と呼んでいる。
【符号の説明】
【0042】
1:高周波焼入れシミュレーション装置
2:入力手段
3:出力手段
4:解析手段
4A:磁場解析部
4B:発熱量算出部
4C:熱処理解析部
4D:物性値更新部
4E:回路解析部
4F:熱流体解析部
4G:制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部品、加熱コイル及びそれらの周りの空間に関する磁場解析用FEM(Finite Element Method)モデルに基づいて、金属部品に生じる渦電流によるジュール損失量の分布を算出する磁場解析部と、金属部品に関する熱処理解析用FEMモデルに基づいて、金属部品の各要素の金属組織や応力及びひずみ、各節点の温度及び変形量を算出する熱処理解析部と、上記磁場解析部で求めたジュール損失量の分布から上記熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量を算出する発熱量算出部と、上記熱処理解析部で求めた温度分布から磁場解析用FEMモデルにおける節点毎の温度、及び、各要素の電気伝導率及び比透磁率を算出する物性値更新部と、を有する高周波焼入れシミュレーション装置であって、
上記磁場解析部には、上記磁場解析用FEMモデルと、材料データとして温度と金属組織毎の電気伝導率及び透磁率と、高周波インバータの周波数と、コイル電流及びコイル電圧の何れかと、が入力され、上記発熱量算出部には、上記磁場解析用FEMモデルと上記熱処理解析用FEMモデルとが入力され、上記熱処理解析部には、上記熱処理解析用FEMモデルと、金属部品の材料に関する相変態特性データ、熱伝導特性データ及び応力・ひずみ特性データと、冷却面に関する境界条件として温度依存性を有する熱伝導率値と、が入力され、上記物性値更新部には、上記磁場解析用FEMモデルと上記熱処理解析用FEMモデルとが入力されることを特徴とする、高周波焼入れシミュレーション装置。
【請求項2】
前記磁場解析部は、その解析の初期条件として前記磁場解析用FEMモデルにおける各節点の温度が入力されると、金属部品に生じるジュール損失量の分布を求めて、前記磁場解析用FEMモデルにおける要素毎のジュール損失量を発熱量算出部に出力し、前記発熱量算出部は、前記磁場解析部から前記磁場解析用FEMモデルにおける要素毎のジュール損失量の入力を受けると、前記磁場解析用FEMモデルと前記熱処理解析用FEMモデルとをデータマッピングして前記熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量を算出して熱処理解析部に出力し、前記熱処理解析部は、前記発熱量算出部から前記熱処理解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量の入力を受けると、金属部品の各要素における温度、金属組織、応力・ひずみの連成解析を行い、前記熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組織体積分率を算出して前記物性値更新部に出力し、前記物性値更新部は、前記熱処理解析部から前記熱処理解析用FEMモデルにおける各節点の温度と各要素の金属組織体積分率の入力を受けると、前記磁場解析用FEMモデルと前記熱処理解析用FEMモデルとをデータマッピングして前記磁場解析用FEMモデルにおける節点毎の温度と要素毎の電気伝導率と比透磁率を算出して前記磁場解析部に出力することを特徴とする、請求項1に記載の高周波焼入れシミュレーション装置。
【請求項3】
前記磁場解析用FEMモデルにおける要素毎の発熱量の総和を所定の電力量に制御する場合、前記磁場解析部にて条件変更による磁場解析の再解析又は前記発熱量算出部にて係数の乗算処理を行うことを特徴とする、請求項1又は2に記載の高周波焼入れシミュレーション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−230331(P2010−230331A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75197(P2009−75197)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(390029089)高周波熱錬株式会社 (288)
【Fターム(参考)】