説明

高周波焼入方法及び高周波焼入装置

【課題】既存の設備に大幅な変更を加えることなく、非軸対称の焼入対象を均一な焼入深さで焼入することが可能な高周波焼入方法及び高周波焼入装置を提供する。
【解決手段】高周波焼入時、カム1が軸心回りに回転される過程で、カム1のノーズ部4は、高周波加熱と冷却水に浸されることによる冷却とが繰り返される。これにより、カム1を全周に亘って均一に昇温させることができ、カム1の外周に形成される焼入組織の深さ(焼入深さ)を均一化することができる。また、既存の設備に冷却水槽3を追加するだけで実施することができるので、導入が容易であるとともに装置を安価に構成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非軸対称形状の対象物を高周波焼入する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
典型的に、カムシャフトのカムは、ベース円部に対してノーズ部が突出した非軸対称(軸直角平面が非円形)に形成される。このような非軸対称のカムを軸心(カムシャフトの軸線)回りに回転させて高周波焼入する場合、焼入深さとコイルギャップとは一定の条件下で比例関係を有することから、ノーズ部の焼入深さは、ベース円部の焼入深さに対して深くなり、ノーズ部に溶融、割れが生じるおそれがある。そこで、特許文献1には、加熱コイルを偏心回転移動させることにより、カムの焼入深さを均一化させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−35760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1記載の技術では、加熱コイルを偏心回転移動させる偏心回転装置を新規に設ける必要があるため、既存設備の比較的大掛かりな改造が必要である。また、構造が複雑化するため、設備コストが増大する。さらに、加熱コイルの円滑な移動を維持するためには、偏心回転装置の定期的なメンテナンスが必須である。
そこで本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、既存の設備に大幅な変更を加えることなく、非軸対称の対象物を均一な焼入深さで焼入することが可能な高周波焼入方法及び高周波焼入装置を提供することを課題としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の請求項1に記載の高周波焼入方法は、半開放型高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部を前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、前記被焼入部の直上に前記加熱コイルを配置するとともに、前記被焼入部の直下に、冷却液の液面レベルが一定に保持された冷却液槽を配置しておいて、前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で、前記被焼入部の突出部が前記加熱コイルによって加熱されるステップと、前記被焼入部の突出部が前記冷却液槽の冷却液に浸されて冷却されるステップと、が繰り返されることを特徴とする。
上記課題を解決するために、本発明の請求項3に記載の高周波焼入装置は、半開放型高周波誘導加熱コイルと、前記加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、前記加熱コイルを前記被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら、前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部が前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、前記加熱コイルに対して位置決めされた前記被焼入部の直下に配置されて、液面レベルが一定に保持された冷却液を収容する冷却液槽を備えて、相対的にコイルギャップが小さい前記被焼入部の突出部が、前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で前記冷却液槽に浸されて冷却されるように構成されることを特徴とする。
【0006】
上記課題を解決するために、本発明の請求項5に記載の高周波焼入方法は、高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部を前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、2つの前記加熱コイルを前記被焼入部の周方向に間隔を空けて配置しておいて、前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で、2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルの通電/非通電が繰り返されることを特徴とする。
上記課題を解決するために、本発明の請求項7に記載の高周波焼入装置は、高周波誘導加熱コイルと、前記加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、前記加熱コイルを前記被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら、前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部が前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、2つの前記加熱コイルが前記被焼入部の周方向に間隔を空けて配置されて、2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルの、通電/非通電を制御する制御手段を備えることを特徴とする。
【0007】
(発明の態様)
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、請求可能発明と称する)の態様を例示し、例示された各態様について説明する。ここでは、各態様を、特許請求の範囲と同様に、項に区分すると共に各項に番号を付し、必要に応じて他の項の記載を引用する形式で記載する。これは、請求可能発明の理解を容易にするためであり、請求可能発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載、実施形態の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得る。
なお、以下の各項において、(1)〜(8)項の各々が、特許請求の範囲に記載した請求項1〜8の各々に相当する。
【0008】
(1)半開放型高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、被焼入部を軸心回りに回転させながら加熱コイルに通電することにより、被焼入部を軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、被焼入部の直上に加熱コイルを配置するとともに、被焼入部の直下に、冷却液の液面レベルが一定に保持された冷却液槽を配置しておいて、被焼入部が軸心回りに回転される過程で、加熱コイルによって被焼入部の突出部が加熱されるステップと、冷却液槽の冷却液に浸されることで被焼入部の突出部が冷却されるステップと、が繰り返される高周波焼入方法。
本項に記載の高周波焼入方法によれば、例えば、焼入対象をカムシャフトのカム(被焼入部)とした場合、半開放型(半円形)の加熱コイルを、カムのベース円部(以下、単にベース円部という)に対するコイルギャップが一定になるようにカムの直上に配置するとともに、冷却液槽を、カムのノーズ部(突出部、以下、単にノーズ部という)が下向きの時にノーズ部が冷却液に浸されるように配置する。
この状態で、加熱コイルに通電するとともにカムを軸心回りに回転させることにより、ベース円部は、一定のコイルギャップで間欠的に高周波焼入される。他方、ノーズ部は、ベース円部よりも小さいコイルギャップで高周波焼入されるステップと、冷却液によって冷却されるステップとが繰り返される。ノーズ部が高周波焼入されるステップにおいて、ノーズ部は、コイルギャップが小さいことに起因して、ベース円部よりも高い温度まで昇温されるが、直後に、冷却液槽の冷却液に浸されることにより冷却されるため、カムの温度をカム面(焼入面)の全域に亘って均一化することができる。
その結果、カムの焼入深さを全周に亘って均一化することが可能になり、ノーズ部の溶融、割れ等を抑制することができる。また、既存の設備に冷却液槽を追加するだけで実施することができるので、導入が容易であるとともに装置を安価に構成することができる。さらに、高周波電源の出力を可変制御することもないので、制御の複雑化を避けることができる。
本項の態様において、ノーズ部(突出部)をどの程度冷却するか、換言すれば、ノーズ部からどの程度の熱を放出させるかは、カムの高周波焼入をノーズ部を冷却液により冷却することなく実施して、この時のノーズ部の焼入深さの程度に基づき決定することができる。そして、放熱量は、例えば、冷却液槽の冷却液温度、冷却時間(カムシャフトの回転速度を調節することにより調節可能)、冷却液に浸されるカムの面積(冷却液の液面レベルを調節することより調節可能)等の条件のうち、少なくとも1つを調節することにより任意に調節することができる。
【0009】
(2)冷却液を冷却設備で冷却することで、冷却液槽内の冷却液の温度が一定に保持される(1)の高周波焼入方法。
本項に記載の高周波焼入方法によれば、被焼入部の突出部から熱を受け取った冷却液を冷却設備で冷却することにより、冷却液槽内の冷却液の温度を一定に保持する、すなわち、突出部から冷却液への放熱量を一定に保持することができる。この場合、高周波焼入装置は、典型的に、冷却設備を構えているので、既存の設備をそのまま利用して冷却液槽の冷却液を冷却することが可能であり、設備費の増加を抑制することができる。
【0010】
(3)半開放型高周波誘導加熱コイルと、加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、加熱コイルを被焼入部に対向させて配置して、この状態で、被焼入部を軸心回りに回転させながら、加熱コイルに通電することにより、被焼入部が軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、加熱コイルに対して位置決めされた被焼入部の直下に配置されて、液面レベルが一定に保持された冷却液を収容する冷却液槽を備えて、相対的にコイルギャップが小さい被焼入部の突出部が、被焼入部が軸心回りに回転される過程で冷却液槽に浸されて冷却されるように構成される高周波焼入装置。
本項に記載の高周波焼入装置によれば、例えば、焼入対象をカムシャフトのカム(被焼入部)とした場合、半開放型(半円形)の加熱コイルを、カムのベース円部に対するコイルギャップが一定になるようにカムの直上に配置するとともに、冷却液槽を、カムのノーズ部が下向きの時にノーズ部が冷却液に浸されるように配置する。
この状態で、加熱コイルに通電するとともにカムを軸心回りに回転させることにより、ベース円部は、一定のコイルギャップで間欠的に高周波焼入される。他方、ノーズ部は、ベース円部よりも小さいコイルギャップで高周波焼入される期間と、冷却液によって冷却される期間とが繰り返される。ノーズ部が高周波焼入される期間において、ノーズ部は、コイルギャップが小さいことに起因して、ベース円部よりも高い温度まで昇温されるが、直後に、冷却液槽の冷却液に浸されることにより冷却されるため、カムの温度をカム面(焼入面)の全域に亘って均一化することができる。
その結果、カムの焼入深さを全周に亘って均一化することが可能になり、ノーズ部の溶融、割れ等を抑制することができる。また、既存の設備に冷却液槽を追加するだけで実施することができるので、導入が容易であるとともに装置を安価に構成することができる。さらに、高周波電源の出力を可変制御することもないので、制御の複雑化を避けることができる。
本項の態様において、ノーズ部(突出部)をどの程度冷却するか、換言すれば、ノーズ部からどの程度の熱を放出させるかは、カムの高周波焼入をノーズ部を冷却液により冷却することなく実施して、この時のノーズ部の焼入深さの程度に基づき決定することができる。そして、放熱量は、例えば、冷却液槽の冷却液温度、冷却時間(カムシャフトの回転速度を調節することにより調節可能)、冷却液に浸されるカムの面積(冷却液の液面レベルを調節することより調節可能)等の条件のうち、少なくとも1つを調節することにより任意に調節することができる。
【0011】
(4)冷却液を既存の冷却設備にて冷却することで、温度制御を可能にした冷却液循環手段を備える(3)の高周波焼入装置。
本項に記載の高周波焼入装置によれば、被焼入部の突出部から熱を受け取った冷却液を冷却設備で冷却することにより、冷却液槽内の冷却液の温度を一定に保持する、すなわち、突出部から冷却液への放熱量を一定に保持することができる。この場合、高周波焼入装置は、冷却設備を備えているので、既存の設備をそのまま利用して冷却液循環手段を構成することが可能であり、設備費の増加を抑制することができる。
【0012】
(5)高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、被焼入部を軸心回りに回転させながら加熱コイルに通電することにより、被焼入部を軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、2つの加熱コイルを被焼入部の周方向に間隔を空けて配置しておいて、被焼入部が軸心回りに回転される過程で、2つの加熱コイルのうち、少なくとも一方の加熱コイルの通電/非通電が繰り返される高周波焼入方法。
本項に記載の高周波焼入方法によれば、劣円弧形の2つの加熱コイルを同一円上に配置して、さらに、被焼入部を軸心が2つの加熱コイルの中心に一致するように配置する。この状態で、2つの加熱コイル(一方を第1加熱コイル、他方を第2加熱コイルとする)に通電するとともに非軸対称に形成された被焼入部を軸線(軸心)回りに回転させる。そして、被焼入部が軸心回りに回転される過程で、被焼入部の突出部が第2加熱コイルに対向している間の期間だけ、第2加熱コイルの非通電を継続する。すなわち、突出部が第2加熱コイルに差し掛かった時点で第2加熱コイルを通電から非通電へ切り替えて、突出部が第2加熱コイルを通過した時点で第2加熱コイルを非通電から通電に切り替える。この第2加熱コイルの通電/非通電の操作は、高周波焼入の開始から完了まで繰り返される。
本項の態様では、第1加熱コイルの加熱能力と第2加熱コイルの加熱能力とを、被焼入部が全周に亘って均一に加熱されるように設定することにより、被焼入部の焼入深さを均一化することができ、その結果、突出部の割れを抑制することができる。
また、必要に応じて、第1加熱コイルに非通電期間を設定することができる。
【0013】
(6)被焼入部の被焼入面を、基準となるコイルギャップを有する第1領域と、第1領域よりも小さいコイルギャップを有する第2領域と、に区分しておいて、2つの加熱コイルのうち、少なくとも一方の加熱コイルは、被焼入部の被焼入面の第2領域に対向する間だけ、非通電の状態が継続される(5)の高周波焼入方法。
本項に記載の高周波焼入方法によれば、例えば、焼入対象をカムシャフトのカム(被焼入部)とした場合、カム面(被焼入面)は、ベース円部の外周面を形成する第1領域と、ノーズ部(突出部)の外周面を形成する第2領域とに区分される。そして、半開放型(半円形)の第1加熱コイルと、例えば、中心角が10〜15°の円弧形の第2加熱コイルとを同一円上に配置する。なお、第2加熱コイルは、第1加熱コイルに対向するように第1加熱コイルに対して間隔を空けて配置されて、カムシャフトは、軸心と第1及び第2加熱コイルの中心とが一致するように配置される。
この状態で、第1加熱コイル及び第2加熱コイルに通電するとともにカムを軸心回りに回転させる。そして、カムが軸心回りに回転される過程で、カムのノーズ部が第2加熱コイルに対向している間の期間だけ、第2加熱コイルの非通電を継続する。すなわち、ノーズ部が第2加熱コイルに差し掛かった時点で第2加熱コイルを通電から非通電へ切り替えて、ノーズ部が第2加熱コイルを通過した時点で第2加熱コイルを非通電から通電に切り替える。この第2加熱コイルの通電/非通電の操作を、高周波焼入の開始から完了まで繰り返す。これにより、カムを全周に亘って均一に加熱することが可能になり、カムの焼入深さを均一化することができる。その結果、カムのノーズ部の溶融、割れ等を抑制することができる。
【0014】
(7)高周波誘導加熱コイルと、加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、加熱コイルを被焼入部に対向させて配置して、この状態で、被焼入部を軸心回りに回転させながら、加熱コイルに通電することにより、被焼入部が軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、2つの加熱コイルが被焼入部の周方向に間隔を空けて配置されて、2つの加熱コイルのうち、少なくとも一方の加熱コイルの、通電/非通電を制御する制御手段を備える高周波焼入装置。
本項に記載の高周波焼入装置によれば、劣円弧形の2つの加熱コイルを同一円上に配置して、さらに、被焼入部を軸心が2つの加熱コイルの中心に一致するように配置する。この状態で、2つの加熱コイル(一方を第1加熱コイル、他方を第2加熱コイルとする)に通電するとともに非軸対称に形成された被焼入部を軸線(軸心)回りに回転させる。そして、制御手段は、被焼入部が軸心回りに回転される過程で、被焼入部の突出部が第2加熱コイルに対向している間の期間だけ、第2加熱コイルの非通電を継続するように高周波電源を制御する。すなわち、制御手段は、突出部が第2加熱コイルに差し掛かった時点で第2加熱コイルを通電から非通電へ切り替えて、突出部が第2加熱コイルを通過した時点で第2加熱コイルを非通電から通電に切り替えるように高周波電源を制御する。この制御手段による高周波電源の制御、すなわち、第2加熱コイルの通電/非通電の操作は、高周波焼入の開始から完了まで繰り返される。
本項の態様では、第1加熱コイルの加熱能力と第2加熱コイルの加熱能力とを、被焼入部が全周に亘って均一に加熱されるように設定することにより、被焼入部の焼入深さを均一化することができ、その結果、突出部の割れを抑制することができる。
また、制御手段は、第1加熱コイルに非通電期間を設定するように高周波電源を制御することができる。
【0015】
(8)被焼入部の被焼入面を、基準となるコイルギャップを有する第1領域と、第1領域よりも小さいコイルギャップを有する第2領域と、に区分しておいて、制御手段は、2つの加熱コイルのうち、少なくとも一方の加熱コイルへの通電を、該加熱コイルが被焼入部の被焼入面の第2領域に対向している間だけ、非通電の状態が継続されるように制御する(7)の高周波焼入装置。
本項に記載の高周波焼入装置によれば、例えば、焼入対象をカムシャフトのカム(被焼入部)とした場合、カム面(被焼入面)は、ベース円部の外周面を形成する第1領域と、ノーズ部(突出部)の外周面を形成する第2領域とに区分される。そして、半開放型(半円形)の第1加熱コイルと、例えば、中心角が10〜15°の円弧形の第2加熱コイルとを同一円上に配置する。なお、第2加熱コイルは、第1加熱コイルに対向するように第1加熱コイルに対して間隔を空けて配置されて、カムシャフトは、軸心と第1及び第2加熱コイルの中心とが一致するように配置される。
この状態で、第1加熱コイル及び第2加熱コイルに通電するとともにカムを軸心回りに回転させる。そして、制御手段は、カムが軸心回りに回転される過程で、カムのノーズ部が第2加熱コイルに対向している間の期間だけ、第2加熱コイルの非通電を継続するように高周波電源を制御する。すなわち、制御手段は、ノーズ部が第2加熱コイルに差し掛かった時点で第2加熱コイルを通電から非通電へ切り替えて、ノーズ部が第2加熱コイルを通過した時点で第2加熱コイルを非通電から通電に切り替えるように高周波電源を制御する。この制御手段による第2加熱コイルの通電/非通電の操作を、高周波焼入の開始から完了まで繰り返す。これにより、カムを全周に亘って均一に加熱することが可能になり、カムの焼入深さを均一化することができる。その結果、カムのノーズ部の溶融、割れ等を抑制することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、既存の設備に大幅な変更を加えることなく、非軸対称の焼入対象を均一な焼入深さで焼入することが可能な高周波焼入方法及び高周波焼入装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】第1実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が0°の状態を示す図である。
【図2】第1実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が90°の状態を示す図である。
【図3】第1実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が180°の状態を示す図である。
【図4】第1実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が270°の状態を示す図である。
【図5】第2実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が0°の状態を示す図である。
【図6】第2実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が90°の状態を示す図である。
【図7】第2実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が180°の状態を示す図である。
【図8】第2実施形態を概略的に図解する図であって、カムの角度位相が270°の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態を添付した図を参照して説明する。第1実施形態では、カムシャフトの軸部に一体で形成されたカム1(非軸対称に形成された被焼入部)を高周波焼入する方法及びその装置を説明する。なお、第1実施形態では、加熱コイル2、該加熱コイル2へ高周波電流を供給する高周波電源、及びカムシャフトを設定された回転速度で軸線回りに回転させてカム1を一定の回転速度で軸心回りに回転させる駆動ユニット(駆動手段)を含む高周波焼入装置を使用する。ここでは、明細書の記載を簡潔にすることを目的に、既存の設備(高周波焼入装置)と重複する説明を省略する。
【0019】
図1〜図4に示されるように、第1実施形態の高周波焼入装置は、半開放型の加熱コイル2と、冷却水槽3(冷却液槽)とを有する。加熱コイル2は、半円形に形成されて、内周面が下方へ向けられて配置されている。なお、図1〜図4には、1個の加熱コイル2だけが表されているが、第1実施形態の高周波焼入装置は、カムシャフトの各カム1に対応させた複数個の加熱コイル2を有している。また、加熱コイル2の中心は、駆動ユニットによって回転駆動されるカムシャフトの軸線(カム1の軸心)に一致している。
【0020】
冷却水槽3は、駆動ユニットによって回転駆動されるカムシャフトの直下に配置される。冷却水槽3には、水位(冷却液レベル)が一定に保持された冷却水が収容される。冷却水槽3(冷却水)の水位は、高周波焼入時にカム1が軸心回りに回転される過程で、カム1のノーズ部4が冷却水に浸されるように(図3参照)、カムシャフトの形状毎に決められている。なお、冷却水槽3の水位は、水位検出センサからの出力信号を受信する制御ユニットによって監視されている。また、冷却水槽3の水位は、水位センサの位置を調節することで任意に設定できるように構成されている。さらに、冷却水は、冷却水槽3と冷却設備との間で循環されており、一定の温度に保持されている。
【0021】
そして、第1実施形態の高周波焼入装置では、高周波焼入時のカムシャフトの回転速度が一定であるので、カム1のノーズ部4が冷却水に浸されることにより放出される熱量、すなわち、ノーズ部4から冷却水へ移動させる熱量は、冷却水槽3内の冷却水の温度、冷却水槽3の水位、すなわち、冷却水に浸されるカム1(ノーズ部4)の表面積等を適宜設定することで調節することができる。これは、当業者であれば容易に理解されるであろう。
【0022】
次に、第1実施形態の高周波焼入装置を使用してカムシャフトのカム1(非軸対称に形成された被焼入部)を高周波焼入する方法を説明する。なお、以下の説明において、便宜上、図1に示されるカム1のノーズ部4が真上に向けられた状態(カム1の軸心とノーズ部4の頂点4aとを結ぶ直線が鉛直線上にある状態)である時のカム1の軸心回りの角度位相を0°と定義するとともに、図2、図3、及び図4におけるカム1の角度位相を、各々、90°、180°、及び270°と定義する。
【0023】
まず、カム1を軸心回りに予め決められた一定の回転速度で順回転(図1における時計回り方向へ回転)させて、加熱コイル2に通電する。カム1が軸心回りに回転される過程で、カム1のベース円部5は、半円形の加熱コイル2に対向されている間、一定のコイルギャップで高周波焼入される(図2〜図4参照)。他方、カム1のノーズ部4(突出部)は、概して、角度位相が270°(図4参照)から90°(図2参照)までの間、ベース円部5よりも小さいコイルギャップで高周波焼入されるとともに、概して、角度位相が180°の時に、冷却水槽3(冷却液槽)内の冷却水(冷却液)に浸されて冷却される。なお、ノーズ部4は、冷却水に着水してから離水するまでの間、冷却される。
【0024】
このように、第1実施形態の高周波焼入方法では、高周波焼入時、カム1が軸心回りに回転される過程で、カム1のベース円部5は、高周波加熱と空冷とが繰り返される。他方、カム1のノーズ部4は、ベース円部5よりも小さいコイルギャップによる高周波加熱と冷却水に浸されることによる冷却とが繰り返される。
【0025】
第1実施形態では以下の効果を奏する。
第1実施形態によれば、高周波焼入時、カム1(非軸対称に形成された被焼入部)が軸心回りに回転される過程で、カム1のベース円部5は、高周波加熱と空冷とが繰り返される。他方、カム1のノーズ部4(突出部)は、ベース円部5よりも小さいコイルギャップによる高周波加熱と冷却水(冷却液)に浸されることによる冷却とが繰り返される。すなわち、ノーズ部4は、コイルギャップが小さいことに起因してベース円部5よりも高い温度まで昇温されるが、その直後、冷却水によって冷却されるので、ノーズ部4の過熱による溶融、割れ等を防止することができる。
結果的に、カム1の温度を全周に亘って均一化することが可能であり、カム1の外周に形成される焼入組織の深さ(焼入深さ)を均一化することができる。これにより、カム1に全周に亘って均一な圧縮応力を作用させることができ、カム1の機械的強度を向上させることができる。
また、既存の設備に冷却水槽3(冷却液槽)を追加するだけで実施することができるので、導入が容易であるとともに装置を安価に構成することができる。さらに、高周波電源の出力を可変制御することもないので、制御の複雑化を避けることができる。
【0026】
[第2実施形態]
本発明の第1実施形態を添付した図を参照して説明する。第2実施形態では、前述した第1実施形態と同様に、カムシャフトの軸部に一体で形成されたカム1(非軸対称に形成された被焼入部)を高周波焼入する方法及びその装置を説明する。また、明細書の記載を簡潔にすることを目的に、前述した第1実施形態と重複する説明を省略する。
【0027】
図5〜図8に示されるように、第2実施形態の高周波焼入装置は、カムシャフトの直下に配置される冷却水槽3を備えていない点、1個のカム1に対して2個の加熱コイル(第1加熱コイル7及び第2加熱コイル8)を備えている点、及び一方の加熱コイル(第1加熱コイル7)の通電/非通電を制御する電源制御ユニットを備えている点、で第1実施形態の高周波焼入装置とは異なる。なお、図5〜図8において、高周波焼入時に、カム1は軸心回りに時計回り方向へ順回転される。
【0028】
第2実施形態の高周波焼入装置は、第1加熱コイル7と第2加熱コイル8とを有する。第2加熱コイル8は、半円形に形成されて、内周面が焼入対象となるカム1のカム面に対向するように配置される。また、第2加熱コイル8は、中心が、駆動ユニットによって回転駆動されるカムシャフトの軸線(カム1の軸心)に一致するように配置される。第1加熱コイル7は、第2加熱コイル8と同一の曲率半径を有する劣円弧形(第2実施形態では中心角15°)に形成される。また、第1加熱コイル7は、中心が、第2加熱コイル8と同一、すなわち、駆動ユニットによって回転駆動されるカムシャフトの軸線(カム1の軸心)に一致するように配置される。
【0029】
また、第1加熱コイル7は、第2加熱コイル8の終端8bから中心(カム1の軸心)回りに時計回り方向へ既定角度θ1(例えば、θ1=65〜80°)だけ間隔を空けて配置される。具体的には、カム1が軸心回りに回転される過程において、カム1のノーズ部4の頂点4a(軸心からの距離が最大である点)が第2加熱コイル8の終端8bに到達した時点(第2実施形態ではカム1の角度位相0°の時、図5参照)で、カム1のノーズ部領域A(図5参照)の前端(順方向側端部)が第1加熱コイル7の始端7a位置に到達するように、第1加熱コイル7を配置する。なお、図5から理解できるように、カム1のノーズ部領域Aの前端は、ベース円部領域Bの後端(逆方向側端部)と換言することができる。なお、角度θ1(図5参照)は、カム1を含むカムシャフトの形状毎に適宜設定することができる。
【0030】
次に、第2実施形態の高周波焼入装置を使用してカムシャフトのカム1(非軸対称に形成された被焼入部)を高周波焼入する方法を説明する。なお、以下の説明において、便宜上、図5に示されるカム1のノーズ部4が真上に向けられた状態(カム1の軸心とノーズ部4の頂点とを結ぶ直線が鉛直線上にある状態)である時のカム1の軸心回りの角度位相を0°と定義するとともに、図6、図7、及び図8におけるカム1の角度位相を、各々、90°、180°、及び270°と定義する。
【0031】
まず、カム1を、第1加熱コイル7によって高周波加熱しない領域A(図5参照)と第1加熱コイル7によって高周波加熱する領域B(図5参照)とに区分しておく。領域Aはノーズ部4(ノーズ部領域A)、領域Bはベース円部5(ベース円部領域B)であり、典型的に、領域Aは、頂点4aを起点にした軸心回りに±65〜80°の領域である。次に、カム1を軸心回りに予め決められた一定の回転速度で順回転(図5における時計回り方向へ回転)させて、第2加熱コイル8に通電する。第1加熱コイル7は、カム1が軸心回りに回転される過程で、電源制御ユニットによる制御によって通電/非通電が切り替えられる。具体的には、第1加熱コイル7は、カム1の領域Aと対向している間だけ、非通電の状態が継続されて、カム1の領域Bと対向している間中、通電の状態が継続される。なお、第1加熱コイル7は、図5、図7及び図8において通電の状態であり、図6において非通電の状態である。
【0032】
このように、第2実施形態の高周波焼入方法では、高周波焼入時、カム1が軸心回りに回転される過程で、第1加熱コイル7の通電/非通電が繰り返されて、第1加熱コイル7が領域A(ノーズ部4)に対向している間だけ非通電の状態が継続される。
【0033】
第2実施形態では以下の効果を奏する。
第2実施形態によれば、高周波焼入時、カム1(非軸対称に形成された被焼入部)が軸心回りに回転される過程で、第1加熱コイル7の通電/非通電が繰り返されて、第1加熱コイル7がノーズ部4(領域A)に対向している間だけ非通電の状態が継続される。これにより、ベース円部5(領域B)は、コイルギャップが大きいことに起因してノーズ部4よりも低い温度までしか昇温されないが、第2加熱コイル8による高周波加熱後、第1加熱コイル7による高周波加熱によってさらに昇温されて、ノーズ部4と同程度の温度まで昇温させることが可能である。
その結果、カム1の温度を全周に亘って均一化することが可能であり、カム1の外周に形成される焼入組織の深さ(焼入深さ)を均一化することができる。これにより、カム1に全周に亘って均一な圧縮応力を作用させることができ、カム1の機械的強度を向上させることができる。また、コイルギャップが相対的に小さく昇温し易いノーズ部4(領域A)を基準にカム1が高周波加熱されるので、ノーズ部4の過熱による溶融、割れ等を防止することができる。
さらに、既存の設備を大幅に変更することなく、実施することができるので、導入が容易であるとともに装置を安価に構成することができる。
【符号の説明】
【0034】
1 カム、2 加熱コイル、3 冷却水槽(冷却液槽)、4 ノーズ部、5 ベース円部、7 第1加熱コイル、8 第2加熱コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半開放型高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部を前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、
前記被焼入部の直上に前記加熱コイルを配置するとともに、前記被焼入部の直下に、冷却液の液面レベルが一定に保持された冷却液槽を配置しておいて、
前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で、前記被焼入部の突出部が前記加熱コイルによって加熱されるステップと、前記被焼入部の突出部が前記冷却液槽の冷却液に浸されて冷却されるステップと、が繰り返されることを特徴とする高周波焼入方法。
【請求項2】
前記冷却液を冷却設備で冷却することで、前記冷却液槽内の前記冷却液の温度が一定に保持されることを特徴とする請求項1に記載された高周波焼入方法。
【請求項3】
半開放型高周波誘導加熱コイルと、前記加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、前記加熱コイルを前記被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら、前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部が前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、
前記加熱コイルに対して位置決めされた前記被焼入部の直下に配置されて、液面レベルが一定に保持された冷却液を収容する冷却液槽を備えて、
相対的にコイルギャップが小さい前記被焼入部の突出部が、前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で前記冷却液槽に浸されて冷却されるように構成されることを特徴とする高周波焼入装置。
【請求項4】
前記冷却液を既存の冷却設備にて冷却することで、温度制御を可能にした冷却液循環手段を備えることを特徴とする請求項3に記載された高周波焼入装置。
【請求項5】
高周波誘導加熱コイルを、相対的にコイルギャップが小さい突出部を有する非軸対称に形成された被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部を前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入する高周波焼入方法であって、
2つの前記加熱コイルを前記被焼入部の周方向に間隔を空けて配置しておいて、
前記被焼入部が前記軸心回りに回転される過程で、2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルの通電/非通電が繰り返されることを特徴とする高周波焼入方法。
【請求項6】
前記被焼入部の被焼入面を、基準となるコイルギャップを有する第1領域と、前記第1領域よりも小さいコイルギャップを有する第2領域と、に区分しておいて、
2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルは、前記被焼入部の被焼入面の第2領域に対向する間だけ、非通電の状態が継続されることを特徴とする請求項5に記載された高周波焼入方法。
【請求項7】
高周波誘導加熱コイルと、前記加熱コイルへ高周波電流を供給する高周波電源と、被焼入部を軸心回りに回転駆動する駆動手段と、を備えて、前記加熱コイルを前記被焼入部に対向させて配置して、この状態で、前記被焼入部を軸心回りに回転させながら、前記加熱コイルに通電することにより、前記被焼入部が前記軸心回りの全周に亘って高周波焼入される高周波焼入装置であって、
2つの前記加熱コイルが前記被焼入部の周方向に間隔を空けて配置されて、
2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルの、通電/非通電を制御する制御手段を備えることを特徴とする高周波焼入装置。
【請求項8】
前記被焼入部の被焼入面を、基準となるコイルギャップを有する第1領域と、前記第1領域よりも小さいコイルギャップを有する第2領域と、に区分しておいて、
前記制御手段は、
2つの前記加熱コイルのうち、少なくとも一方の前記加熱コイルへの通電を、該加熱コイルが前記被焼入部の被焼入面の第2領域に対向している間だけ、非通電の状態が継続されるように制御することを特徴とする請求項7に記載された高周波焼入装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2013−19043(P2013−19043A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155685(P2011−155685)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】