説明

高圧縮強度鋼管及びその製造方法

【課題】鋼板の化学成分と金属組織を最適化することで鋼管成形での特殊な成形条件や、造管後の熱処理を必要とせず、鋼板の金属組織を最適化することで、圧縮強度の高い厚肉のラインパイプ用鋼管を提供することを目的とする。
【解決手段】質量%で、C、Si、Mn、P、S、Al、Nb:0.015〜0.07%、Ti:0.005〜0.035%を含有し、C(%)−0.065Nb(%)が0.025〜0.060、C(%)+0.67Nb(%)が0.10以下であり、鋼管の内面表層部及び管厚中心部のビッカース硬度をそれぞれHVs及びHVmとしたときに、HVs−HVmが30以上であり、Pcm値が0.20以下である鋼管であり、金属組織は、ベイナイトの面積分率が80%以上で、ベイニティックフェライトの面積分率が20%未満であることを特徴とする高圧縮強度鋼管。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石油や天然ガス輸送用のAPI−X65グレード以上のラインパイプ用鋼管に関するものであり、特に、高い耐コラプス性能が要求される厚肉の深海用ラインパイプ等への使用に適した、高圧縮強度鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のエネルギー需要の増大に伴って、石油や天然ガスパイプラインの開発が盛んになっており、ガス田や油田の遠隔地化や輸送ルートの多様化のため、海洋を渡るパイプラインも数多く開発されている。海底パイプラインに使用されるラインパイプには水圧によるコラプス(圧潰)を防止するため、陸上パイプラインよりも管厚が厚いものが用いられ、また高い真円度が要求されるが、ラインパイプの材質としては外圧によって管周方向に生じる圧縮応力に対抗するため高い圧縮強度が必要となる。
【0003】
海底パイプラインの設計にはDNV規格(OS F−101)が適用される場合が多いが、本規格では外圧によるコラプス圧力を決定する因子として、パイプの管径D及び管厚t、真円度、そして材料の引張降伏強度fyを用いてコラプス圧力が求められる。しかし、パイプのサイズと強度が同じであっても、パイプの製造方法によってコラプス圧力が変化することから、降伏強度には製造方法によって異なる係数(αfab)が掛けられることになる。この係数はシームレスパイプの場合は1.0すなわち引張降伏強度がそのまま適用できるが、UOEプロセスで製造されたパイプの場合は係数として0.85が与えられている。
【0004】
これは、パイプの圧縮強度が引張強度よりも低下するためであるが、UOE鋼管は造管の最終工程で拡管プロセスがあり管周方向に引張変形が与えられた後に圧縮を受けることになるため、バウシンガー効果によって降伏強度が低下することがその要因となっている。よって、耐コラプス性能を高めるためには、パイプの圧縮強度を高めることが必要であるが、冷間成形で拡管プロセスを経て製造される鋼管の場合は、バウシンガー効果による強度低下が問題となっていた。
【0005】
UOE鋼管の耐コラプス性向上に関しては多くの検討がなされており、特許文献1には通電加熱で鋼管を加熱し拡管を行った後に一定時間以上温度を保持する方法が開示されている。この方法によれば、拡管によって導入された転位が回復し降伏強度が上昇するが、拡管後に5分以上通電加熱を続ける必要があり、生産性が劣る。
【0006】
また、特許文献2では、同様に拡管後に加熱を行いバウシンガー効果による降伏強度低下を回復させる方法として、鋼管外表面を内表面より高い温度に加熱することで、外面側の引張変形を受けた部分のバウシンガー効果を回復し内面側の圧縮の加工硬化を維持する方法が、また、特許文献3にはNb、Tiを添加した鋼の鋼板製造工程で熱間圧延後の加速冷却をAr3温度以上から300℃以下まで行い、UOEプロセスで鋼管とした後に加熱を行う方法が提案されている。
【0007】
しかしながら、特許文献2の方法では鋼管の外表面と内表面の加熱温度と加熱時間を別々に管理することは実製造上、特に大量生産において品質を管理することは極めて困難であり、また、特許文献3の方法は鋼板製造における加速冷却停止温度を300℃以下の低い温度にする必要があるため、鋼板の歪が大きくなりUOEプロセスで鋼管とした場合の真円度が低下し、さらにはAr3温度以上から加速冷却を行うために比較的高い温度で圧延を行う必要があり靱性が劣化するという問題があった。
【0008】
一方、特許文献4には、拡管後に加熱を行わずに鋼管の成形方法によって圧縮強度を高める方法としては、O成型時の圧縮率をその後の拡管率よりも大きくする方法が開示されている。この方法によれば実質的に管周方向の引張予歪が無いためバウシンガー効果が発現されず高い圧縮強度が得られる。しかしながら、拡管率が低いと鋼管の真円度を維持することが困難となり鋼管の耐コラプス性能を劣化させることになりかねない。
【0009】
また、特許文献5には、圧縮強度の低いシーム溶接部近傍と溶接部から180°の位置の直径が鋼管の最大径となるようにすることで耐コラプス性能を高める方法が開示されている。しかし、実際のパイプラインの敷設時においてコラプスが問題になるのは海底に到達したパイプが曲げ変形を受ける部分(サグベンド部)であり、鋼管のシーム溶接部の位置とは無関係に円周溶接され海底に敷設されるため、シーム溶接部が長径になるようにしても実際上は何ら効果を発揮しない。
【0010】
さらに、特許文献6には加速冷却後に再加熱を行い鋼板表層部の硬質第2相分率を低減することによりバウシンガー効果による降伏応力低下が小さい鋼板が提案されている。しかし、再加熱時に鋼板の中心部まで加熱を行う必要があり、DWTT(Drop Weight Tear Test:落重引裂試験)性能の低下を招くため深海用の厚肉のラインパイプへの適用は困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平9−49025号公報
【特許文献2】特開2003−34639号公報
【特許文献3】特開2004−35925号公報
【特許文献4】特開2002−102931号公報
【特許文献5】特開2003−340519号公報
【特許文献6】特開2008−56962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みなされたもので、厚肉の海底パイプラインへ適用するために必要な高強度と優れた靱性を有するラインパイプであり、鋼管成形での特殊な成形条件や、造管後の熱処理を必要とせず、鋼板の金属組織を最適化することで、圧縮強度の高い厚肉のラインパイプ用鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、高い圧縮強度を得るために種々の実験を試みた結果、以下の知見を得るに至った。
【0014】
1)バウシンガー効果による強度低下は異相界面や硬質第2相での転位集積による逆応力の発生が原因であり、その防止には、第一に金属組織を均質なベイナイト組織として、転位の集積場所となるフェライト相等の軟質相や島状マルテンサイト(MA)等の硬質相を低減することが最も効果的である。バウシンガー効果による強度低下は異相界面や硬質第2相での転位集積による逆応力の発生が原因であり、その防止には、軟質なベイニティックフェライトを低減し、金属組織を均質なベイナイト組織とすることで、微視的な強度不均一による軟質な相への転位の集積を低減することが効果的である。
【0015】
2)しかし、管径管厚比の小さな鋼管では、鋼管表層部は冷間成形により非常に大きな塑性変形が加わるため、バウシンガー効果の低減だけでは、十分な圧縮強度を保つことはできない。このような管径管厚比の小さな鋼管では、表層部の硬さが板厚中心部より高い鋼板を使うことによって、バウシンガー効果による低下があっても、高い圧縮強度を保持できる。
【0016】
3)高い表層部の硬さを得るためには、加速冷却停止後に生成するベイニティックフェライトの生成を抑制することが効果的であり、そのために、加速冷却時の表層部の冷却速度を一定値以上に高め、さらに加速冷却停止温度を低くすることで、ベイニティックフェライトの生成を抑制できる。
【0017】
4)表層部の硬さを高めるためには、合金元素としてNbを活用することが効果的である。しかし、Nbの焼入れ性はスラブ加熱時に十分な固溶Nbを確保することが必要であり、C量とNb量とで決まるNb炭化物の溶解温度を考慮して加熱を行う必要がある。
【0018】
5)さらに、鋼材のC量とNb等の炭化物形成元素の添加量を適正化し、固溶Cを十分に確保することで、転位と固溶Cの相互作用が促進され、荷重反転時の転位の移動を阻害し逆応力による強度低下が抑制される。しかし、過剰な固溶CはMA生成を促進し、バウシンガー効果による圧縮強度低下の原因となる。そのため、固溶C量を極めて厳格に管理する必要があり、鋼材に添加するCと炭化物形成元素との関係を一定範囲に厳しく限定することで、固溶Cによる効果を有効に活用しMA生成の抑制が可能となる。
【0019】
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、
第一の発明は、質量%で、C:0.03〜0.10%、Si:0.01〜0.50%、Mn:1.0〜2.0%、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.015〜0.07%、Ti:0.005〜0.035%を含有し、
C(%)−0.065Nb(%)が0.025〜0.060、
C(%)+0.67Nb(%)が0.10以下であり、
下記(1)式で表されるPcm値が0.20以下であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼管であり、
鋼管の内面表層部及び管厚中心部のビッカース硬度をそれぞれHVs及びHVmとしたときに、HVs−HVmが30以上であり、
金属組織は、ベイナイトの面積分率が80%以上で、ベイニティックフェライトの面積分率が20%未満であることを特徴とする高圧縮強度鋼管。
Pcm=C(%)+Si(%)/30+Mn(%)/20+Cu(%)/20+Ni(%)/60+Cr(%)/20+Mo(%)/15+V(%)/10+5B(%)・・・(1)
ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【0020】
第二の発明は、さらに質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、V:0.07%以下、Ca:0.0005〜0.0035%の中から選ばれる1種以上を含有し、
C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)が0.025〜0.060であることを特徴とする第一の発明に記載の高圧縮強度鋼管。ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【0021】
第三の発明は、鋼スラブを、1000〜1200℃に加熱し、その後、熱間圧延をAr以上の圧延終了温度で行い、該熱間圧延の後の冷却を(Ar−30℃)以上から300〜500℃までの温度まで、50℃/秒以上の冷却速度で行い、鋼板を製造し、その後、該鋼板を冷間にて成形し鋼管形状とし、突き合せ部を溶接し、次いで、拡管を0.4%〜1.2%の拡管率で行うことを特徴とする、第一の発明又第二の発明に記載の高圧縮強度鋼管の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、海底パイプラインやライザーまたはコンダクターケーシング等へ適用するために必要な高強度でかつ高圧縮強度の鋼管が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】鋼板表層部のベイナイトとベイニティックフェライト金属組織を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明を実施するための形態を、以下説明する。
まず、本発明の各構成要件の限定理由について説明する。
【0025】
1.化学成分について
はじめに、本発明の高強度高靱性鋼板が含有する化学成分の限定理由を説明する。なお、成分%は全て質量%を意味する。以下の説明で元素記号を含む式において、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【0026】
C:0.03〜0.10%
Cは、加速冷却によって製造される鋼板の強度を高めるために最も有効な元素である。しかし、0.03%未満では十分な強度を確保できないだけでなく、0.10%を超えるとMAが生成し圧縮強度が低下するだけでなく、溶接部のHAZ(以下、熱影響部とも称する)靱性を劣化させる。従って、C量を0.03〜0.10%の範囲とする。
【0027】
Si:0.01〜0.50%
Siは脱酸のために添加するが、この効果は0.01%以上で発揮されるが、0.5%を超えると靱性や溶接性を劣化させ、さらに、MAの生成が促進されるため圧縮強度が低下する。従ってSi量は0.01〜0.50%の範囲とする。
【0028】
Mn:1.0〜2.0%
Mnは鋼の強度および靱性の向上のため添加するが1.0%未満ではその効果が十分ではなく、2.0%を超えると溶接性が劣化する。従って、Mn量は1.0〜2.0%の範囲とする。
【0029】
Al:0.01〜0.08%
Alは脱酸剤として添加されるが、この効果は0.01%以上で発揮されるが、0.08%を超えると清浄度の低下により延性を劣化させる。従って、Al量は0.01〜0.08%とする。
【0030】
Nb:0.015〜0.07%
Nbは本発明において重要な元素である。Nbは加速冷却時に変態強化を促進し、強度上昇に極めて有効な元素であり、また、圧延時の粒成長を抑制し、微細粒化により靱性を向上させる。しかし、Nb量が0.015%未満ではその効果が小さく、0.07%を超えて添加しても析出強化に必要なスラブ加熱時の固溶Nb量は増加せず強度上昇が飽和する。また、溶接部のHAZ靱性に悪影響を及ぼす元素でもあることから、Nb量は0.015〜0.07%の範囲とする。より厳しい溶接部のHAZ靱性が必要とされる場合は、0.015〜0.05%とすることが望ましい。
【0031】
Ti:0.005〜0.035%
Tiは、TiNを形成してスラブ加熱時の粒成長を抑制するだけでなく、溶接熱影響部の粒成長を抑制し、母材及び溶接熱影響部の微細粒化により靱性を向上させる。しかし、Ti量が0.005%未満ではその効果がなく、0.035%を超えると靱性を劣化させる。従って、Ti量は0.005〜0.035%の範囲とする。
【0032】
C(%)−0.065Nb(%):0.025〜0.060
本発明は固溶Cと転位との相互作用により逆応力発生を抑制することでバウシンガー効果を低減し、鋼管の圧縮強度を高めるものであり、有効な固溶Cを確保することが重要となる。一般に、鋼中のCはセメンタイトやMAとして析出するほか、Nb等の炭化物形成元素と結合し炭化物として析出し、固溶C量が減少する。このとき、C含有量に対してNb含有量が多すぎるとNb炭化物の析出量が多く十分な固溶C量が得られない。そのためには、C(%)−0.065Nb(%)が0.025以上必要である。また、固溶C量が多すぎると、MAが生成し圧縮強度の低下を起こすため、C(%)−0.065Nb(%)の上限は0.060とする必要がある。ここで、各元素記号は含有量(質量%)を意味する(以下同様)。
【0033】
C(%)+0.67Nb(%):0.10以下
本要件はNbの焼入れ性により十分な強度を得るために必要である。高い焼入れ性を得るためには、鋼板圧延前のスラブ加熱段階で十分な量の固溶Nbを得る必要があるが、CとNbの量に応じてNbCの溶解温度が変化するため、C、Nb添加量が多い場合はNbCの溶解温度が上昇し十分なNb固溶量が得られない。一般的なスラブ加熱温度の範囲では、C(%)+0.67Nb(%)が0.10を超えると、NbCの溶解温度が高くなり、固溶Nb量の不足による強度不足を生じるため、本発明においては、C(%)+0.67Nb(%)を0.10以下に規定する。スラブ加熱温度のバラツキを考慮して、より確実に固溶Nb量を得るためには、C(%)+0.67Nb(%)を0.08以下とすることが好ましい。
【0034】
下式で表されるPcm値が0.20以下
Pcm=C(%)+Si(%)/30+Mn(%)/20+Cu(%)/20+Ni(%)/60+Cr(%)/20+Mo(%)/15+V(%)/10+5B(%)・・・(1)
Pcm値は溶接性を代表する指標であり、Pcm値が高いほど溶接HAZ部の靱性が劣化する。特にAPI−X65グレード以上の高強度鋼では、その影響が顕著となるため、Pcm値を厳しく制限する必要がある。しかし、Pcm値が0.20以下であれば、良好な溶接HAZ部の靱性が確保できるため、その上限を0.20とする。溶接HAZ部にきびしい靱性要求がある場合は、その上限を0.18にすることが望ましい。
また、API−X65グレード以上の高強度鋼の引張強度は具体的には535MPa以上をいう。
【0035】
本発明では上記の化学成分の他に、以下の元素を選択的元素として添加することができる。
【0036】
Cu:0.5%以下
Cuは、靱性の改善と強度の上昇に有効な元素であるが、0.5%を超えて添加すると溶接部のHAZ靱性が劣化する。従って、Cuを添加する場合は0.5%以下とすることが好ましい。
【0037】
Ni:1.0%以下
Niは、靱性の改善と強度の上昇に有効な元素であるが、1.0%を超えて添加すると溶接部のHAZ靱性が劣化する。従って、Niを添加する場合は1.0%以下とすることが好ましい。
【0038】
Cr:1.0%以下
Crは、焼き入れ性を高めることで強度の上昇に有効な元素であるが、1.0%を超えて添加すると溶接部のHAZ靱性を劣化させる。従って、Crを添加する場合は1.0%以下とすることが好ましい。
【0039】
Mo:0.5%以下
Moは、NbやTiと同様に複合炭化物を生成し、析出強化による強度上昇に極めて有効な元素であり、0.01%以上の添加で効果が得られる場合がある。しかし、0.5%を超えて添加すると溶接部のHAZ靱性が劣化することがある。従って、Moを添加する場合には0.5%以下とすることが好ましい。さらに好ましくは、Moの添加量は0.01〜0.5%とする。
【0040】
V:0.07%以下
Vは、NbやTiと同様に複合炭化物を生成し、析出強化による強度上昇に極めて有効な元素であるが、0.07%を超えて添加すると溶接部のHAZ靱性が劣化することがある。従って、Vを添加する場合は0.07%以下とすることが好ましい。また、溶接部の会合部HAZ等、複数サイクルの熱履歴を受ける部分では、VCとして析出しHAZ部を硬化させ著しい靱性劣化を生じるため、DNV規格などの厳しい溶接部のHAZ靱性要求がある場合は、Vの添加量を0.04%未満にすることがさらに好ましい。
【0041】
Ca:0.0005〜0.0035%
Caは硫化物系介在物の形態を制御し、延性を改善するために有効な元素であるが、0.0005%未満ではその効果がなく、0.0035%を超えて添加しても効果が飽和し、むしろ清浄度の低下により靱性を劣化させる。従って、Ca量は添加する場合には、0.0005〜0.0035%の範囲とすることが好ましい。
【0042】
C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%):0.025〜0.060
本発明の選択的元素であるMo及びVは、Nbと同様に炭化物を形成する元素であり、これらの元素も十分な固溶Cが得られる範囲で添加することが好ましい。しかし、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)で表される関係式の値が0.025未満では固溶Cが不足し、0.060をこえると固溶Cが多くなり過ぎるため、C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)を0.025〜0.060にすることが好ましい。ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【0043】
なお、本発明の鋼の残部はFeおよび不可避的不純物である
本発明において、Pは不純物元素であり、靱性を劣化させるため、極力低減させることが望ましいが、過度のP低減はコストの増大を招くため、P含有量は0.02%以下であれば許容されるものとする。また、本発明において、Sは不純物元素であり、靱性や延性を劣化させるため、極力低減することが望ましいが、過度のSの低減はコストの増大を招くため、S含有量は0.005%以下であれば許容されるものとする。
【0044】
上記以外の元素及び不可避不純物については、本発明の効果を損なわない限り含有することができる。
【0045】
2.鋼管の硬さについて
鋼管内面表層部のビッカース硬度をHVs、管厚中心部のビッカース硬度をHVmとしたときに、HVs−HVmが30以上とする。鋼管の強度は管厚中心部の強度でおおよそ決定されるが、外圧によるコラプスは鋼管内面側の圧縮強度の影響が極めて高い。また、一般的には、圧縮強度は鋼材の強度または硬度が高いほど高くなるため、耐コラプス性能を高めるには鋼管内面側の硬度を高めることが効果的である。鋼管の内面表層部の硬さHVsは管厚中心部の硬さHVmより高いほど、圧縮強度も高くなるが、その差がビッカース硬度で30未満では、バウシンガー効果による圧縮強度低下の効果の方が大きく、鋼管内面側で十分な圧縮強度が得られない。よって、鋼管内面表層部のビッカース硬度と管厚中心部のビッカース硬度の差を30以上に規定する。
【0046】
3.金属組織について
本発明における金属組織の限定理由を以下に示す。
【0047】
ベイナイト面積分率:80%以上
バウシンガー効果を抑制し高い圧縮強度をえるためには軟質なフェライト相や硬質な第2相のない均一な組織とし、変形時の組織内部で生じる局所的な転位の集積を抑制することが必要である。そのため、ベイナイト主体の組織とする。その効果を得るためにはベイナイトの面積分率が80%以上必要である。
【0048】
ベイニティックフェライトの面積分率:20%未満
加速冷却時のベイナイト変態によってベイナイト組織が得られるが、ベイナイト変態終了温度(Bf点)以上で冷却を停止した場合、その後の空冷過程で未変態オーステナイトからベイナイト変態が進行するが、ここで生成するベイナイトは拡散支配型となり、フェライト相に類似した形態のベイニティックフェライト(または、擬ポリゴナルフェライトとも呼ばれるが、本発明ではベイニティックフェライトと統一して呼ぶ。)が生成する。図1に0.05%C−1.2%Mn−0.2%Si−0.1%Moを含有する鋼板の鋼板表層部の金属組織を示す。白色で内部構造の少ない組織がベイニティックフェライトであり、他の組織がベイナイトであり。ベイニティックフェライトは、加速冷却時の変態で生成するベイナイトよりも強度が低いため、ベイナイトと混在した組織となる場合は、変形時の集積場所となるため、バウシンガー効果が促進され、圧縮強度が低下する。しかし、ベイニティックフェライトの面積分率が20%未満ならその効果は小さく、十分な圧縮強度が得られる。よって、ベイニティックフェライトの面積分率を20%未満とする。
【0049】
一般的にベイニティックフェライトはベイナイトの一種と見なされており、ベイナイト分率にはベイニティックフェライトが含まれる場合が多い。しかし、厳密には変態生成時の冷却速度が異なり、図1に示すとおりに組織上も識別が可能であるため、本技術においては両者を区別して評価する。画像解析手段により面積率を測定することができる。
【0050】
上記以外の金属組織として、島状マルテンサイト(MA)、フェライト、セメンタイトやマルテンサイトなどの組織も含まれる場合があるが、それらの組織の合計が面積分率で5%未満であれば、特にバウシンガー特性やその他の性能に影響を与えない。よって、ベイナイト(ベイニティックフェライトを含む)以外の組織の面積分率の合計を5%未満とすることが好ましい。
【0051】
一般に加速冷却を適用して製造された鋼板の金属組織は、鋼板の板厚方向で異なる場合がある。外圧を受ける鋼管のコラプスは、周長の小さな鋼管内面側の塑性変形が先に生じることで起こるため、圧縮強度としては鋼管の内面側の特性が重要となり、一般に圧縮試験片は鋼管の内面側より採取する。よって、上記の金属組織は鋼管の内面側の組織を規定するものであり、鋼管の性能を代表する位置として、鋼管の内面側の管厚1/4の位置の組織とする。
【0052】
4.製造条件について
本発明の第3発明は、上述した化学成分を含有する鋼スラブ(単に「スラブ」という場合もある)を、加熱し熱間圧延を行った後、加速冷却を行い鋼板を製造し、その鋼板を溶接して高圧縮強度鋼管を製造する方法である。以下に、製造条件の限定理由について説明する。
【0053】
スラブ加熱温度:1000〜1200℃
スラブ加熱温度は、1000℃未満ではNbCの固溶が不十分でその後の析出による強化が得られず、1200℃を超えると、靱性やDWTT特性が劣化する。従って、スラブ加熱温度は1000〜1200℃の範囲とする。さらに優れたDWTT性能が要求される場合は、スラブ加熱温度の上限を1150℃にすることが望ましい。
【0054】
圧延終了温度:Ar以上
バウシンガー効果による強度低下を抑制するためには、金属組織をベイナイト主体の組織としフェライトなどの軟質な組織の生成を抑制する必要がある。そのため、熱間圧延は、フェライトが生成しない温度域であるAr温度以上とすることが必要である。
【0055】
なお、Ar温度は鋼の合金成分によって変化するため、それぞれの鋼で実験によって変態温度を測定して求めてもよいが、各元素の成分量から下式(2)で求めることもできる。
Ar(℃)=910−310C(%)−80Mn(%)−20Cu(%)−15Cr(%)−55Ni(%)−80Mo(%)・・・(2)
ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【0056】
熱間圧延に引き続いて冷却を(Ar−30℃)以上から300〜500℃までの温度まで、50℃/秒以上の冷却速度で行う。
【0057】
加速冷却の条件は以下の通りである。
【0058】
冷却開始温度:(Ar−30℃)以上
熱間圧延後の加速冷却によって金属組織をベイナイト主体の組織とするが、冷却開始温度がAr温度を過度に下回ると、フェライトが生成して、フェライトとベイナイトの混合組織となり、バウシンガー効果による強度低下が大きく圧縮強度が低下する場合がある。しかし、加速冷却開始温度が(Ar−30℃)以上であれば、フェライト分率が低くバウシンガー効果による強度低下も小さい。よって、冷却開始温度を(Ar−30℃)以上とする。
【0059】
鋼板表面の冷却速度:50℃/秒以上
加速冷却は高強度で高靱性の鋼板を得るために不可欠なプロセスであり、高い冷却速度で冷却することで変態強化による強度上昇効果が得られる。しかし、鋼板表面の冷却速度が50℃/秒未満では十分な表層部の硬さが得られない。よって加速冷却時における鋼板表面の冷却速度の下限を50℃/秒とする。
【0060】
なお、鋼板表面の冷却速度を50℃/秒以上とすることにより、鋼板の板厚全体にわたっても変態強化による強度上昇効果が得られるので、鋼板全体の平均冷却速度を特に限定する必要はないが、10℃/秒以上であることが好ましい。
【0061】
冷却停止温度:300〜500℃
圧延終了後の加速冷却でベイナイト変態域である300〜500℃まで急冷することにより、ベイナイト相を生成させ、かつ、ベイニティックフェライトの生成を抑制することが可能となる。冷却停止温度が300℃未満では、硬質なマルテンサイト組織が生成し、バウシンガー効果による圧縮強度低下を招く。一方、冷却停止温度が500℃を超えると、その後の空冷時にベイニティックフェライトが生成して同様に圧縮強度が劣化するとともに、ベイナイト変態による変態強化の効果が十分ではなく強度が低下する。よって、冷却停止温度は300〜500℃に規定する。
【0062】
なお、上記の製造条件における鋼板の温度は、特に限定しない限り、いずれも鋼板平均温度とする。鋼板平均温度は、空冷程度の遅い冷却速度の場合は、鋼板表面と鋼板中心部の温度差がほとんど無いため、鋼板表面温度を鋼板平均温度とすることができる。しかし、加速冷却や誘導加熱による再加熱直後など、急冷または急速加熱される場合は、鋼板表面と鋼板中心で温度差を生じる。このような場合は、冷却停止後または加熱後の空冷によって鋼板内部の温度差がほとんど無くなるため、そのときの鋼板表面温度としてもよい。
【0063】
本発明は上述の方法によって製造された鋼板を用いて鋼管となすが、鋼管の成形方法は、UOEプロセスやプレスベンド等の冷間成形によって鋼管形状に成形する。
【0064】
その後、溶接するが、このときの溶接方法は十分な継手強度及び継手靱性が得られる方法ならいずれの方法でもよいが、優れた溶接品質と製造能率の点からサブマージアーク溶接を用いることが好ましい。
【0065】
拡管を0.4%〜1.2%の拡管率で行う
突き合せ部の溶接を行った後に、溶接残留応力の除去と鋼管真円度の向上のため、拡管を行う。このときの拡管率は、所定の鋼管真円度が得られ、残留応力が除去される条件として0.4%以上が必要である。また、拡管率が高すぎるとバウシンガー効果による圧縮強度の低下が大きくなるため、その上限を1.2%とする。
【実施例】
【0066】
表1に示す化学成分の鋼(鋼種A〜E)を連続鋳造法によりスラブとし、これを用いて板厚22mmの厚鋼板を製造した。鋼板製造条件ならびに鋼管製造条件、金属組織および機械的性質等をそれぞれ表2に示す。これらの鋼板(No.1〜9)を用いて、UOEプロセスにより外径610mmの鋼管を製造した。
【0067】
【表1】

【0068】
【表2】

【0069】
以上のようにして製造した鋼管の引張特性は、管周方向の全厚試験片を引張試験片として引張試験を行い、引張強度を測定した。圧縮試験は鋼管の内面側の位置より管周方向に直径20mm、長さ60mmの試験片を採取し、圧縮試験を行い圧縮の降伏強度を測定した。金属組織は鋼管の内面側の管厚1/4の位置からサンプルを採取し、研磨後ナイタールによるエッチングを行い光学顕微鏡で観察を行った。そして、200倍で撮影した写真3〜5枚を用いて画像解析によりベイナイト及びベイニティックフェライト面積分率を求めた。硬度は、鋼管の管厚断面のサンプルにより、内表面下1.5mm位置及び管厚中央部について各5点のビッカース硬度を測定し、その平均値を求めた。
【0070】
表2おいて、本発明例であるNo.1〜4はいずれも、化学成分および製造方法及びミクロ組織が本発明の範囲内であり、圧縮降伏強度が480MPa以上の高圧縮強度であった。
【0071】
一方、No.5〜9は、化学成分または製造方法が本発明の範囲外であるため、圧縮降伏強度が劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、高い圧縮強度を有した鋼管が得られるので、高い耐コラプス性能が要求される深海用ラインパイプ、ライザーまたはコンダクターケーシング等へ適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03〜0.10%、Si:0.01〜0.50%、Mn:1.0〜2.0%、Al:0.01〜0.08%、Nb:0.015〜0.07%、Ti:0.005〜0.035%を含有し、
C(%)−0.065Nb(%)が0.025〜0.060、
C(%)+0.67Nb(%)が0.10以下であり、
下記(1)式で表されるPcm値が0.20以下であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼管であり、
鋼管の内面表層部及び管厚中心部のビッカース硬度をそれぞれHVs及びHVmとしたときに、HVs−HVmが30以上であり、
金属組織は、ベイナイトの面積分率が80%以上で、ベイニティックフェライトの面積分率が20%未満であることを特徴とする高圧縮強度鋼管。
Pcm=C(%)+Si(%)/30+Mn(%)/20+Cu(%)/20+Ni(%)/60+Cr(%)/20+Mo(%)/15+V(%)/10+5B(%)・・・(1)
ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【請求項2】
さらに質量%で、Cu:0.5%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、V:0.07%以下、Ca:0.0005〜0.0035%の中から選ばれる1種以上を含有し、
C(%)−0.065Nb(%)−0.025Mo(%)−0.057V(%)が0.025〜0.060であることを特徴とする請求項1に記載の高圧縮強度鋼管。ただし、各元素記号は含有量(質量%)であり、含有しない元素は0とする。
【請求項3】
鋼スラブを、1000〜1200℃に加熱し、その後、熱間圧延をAr以上の圧延終了温度で行い、該熱間圧延の後の冷却を(Ar−30℃)以上から300〜500℃までの温度まで、50℃/秒以上の冷却速度で行い、鋼板を製造し、その後、該鋼板を冷間にて成形し鋼管形状とし、突き合せ部を溶接し、次いで、拡管を0.4%〜1.2%の拡管率で行うことを特徴とする、請求項1又は2に記載の高圧縮強度鋼管の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−241269(P2012−241269A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115445(P2011−115445)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】