説明

高強度ばねとその製造方法

【課題】従来の技術と比較して、より高強度のばねを提供する技術を提供する。
【解決手段】 本願の高強度ばね2は、鋼材層12と、鋼材層12の表面に形成された窒化物の化合物層14とを有する。鋼材層12は、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有する。そして、鋼材層12中に析出している炭化物16の平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐久性(耐疲労性)及び耐へたり性に優れた高強度ばね及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジンの高回転数化や軽量コンパクト化のために、自動車エンジン等に用いられるばねに対して高強度化が要望されている。その方策の一つとして、特許文献1の技術が提案されている。特許文献1の技術では、C(炭素),Si(ケイ素),Mn(マンガン),Cr(クロム),Mo(モリブデン),V(バナジウム)等の合金元素を含有し、P(リン)やS(硫黄)を0.015%以下とすると共に、非金属介在物の大きさを15μm以下とした素材鋼が用いられる。この素材鋼に熱処理を行うことで所望の機械的特性を付与し、次いで、ばね形状に成形し、その後、窒化処理を実施している。
【0003】
また、ばねを高強度化するための他の方策としては、特許文献2の技術が知られている。特許文献2の技術では、C(炭素),Si(ケイ素),Mn(マンガン),Cr(クロム)等の合金元素に加えて、W(タングステン)を含有する素材鋼が用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−105497
【特許文献2】特開2003−166032
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願は、特許文献1や特許文献2の技術と比較して、より高強度のばねを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、まず、特許文献1に記載する技術を基礎とし、特許文献1に記載する素材鋼にWを添加することで、従来よりも高強度のばねが製造できないかを試みた。しかしながら、Wを含有する素材鋼から成形されたばねに、特許文献1に記載する加工法を実施しても、ばねの強度が十分には向上しなかった。そこで、本願発明者らは、Wを含有する素材鋼から成形されたばねの強度を向上する方法を種々検討した。その結果、素材鋼に添加するC、Si、Mn、Cr、W等の元素の量を規定するとともに、ばね中に析出する炭化物の大きさを制御することによって、従来技術と比較してばねの強度を飛躍的に向上できることを見出した。本願の技術は、こうした知見に基づいて創作された。
【0007】
本明細書に開示される高強度ばねは、鋼材層と、鋼材層の表面に形成された窒化物の化合物層とを有する。鋼材層は、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有する。そして、鋼材層中に析出している炭化物の平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下となっている。
上記のばねは、上記範囲内に調整された成分を含有するばねの表面に、窒化物の化合物層を備えることによって、ばね表面の硬さが向上される。さらに、ばね中に析出している炭化物の大きさが、平均長さが0.12μm以下で、平均幅が0.04μm以下とすることによって、ばね中で炭化物が微細に分散された状態となる。これにより、ばね内部の強度を向上することができる。これらによって、従来と比較して高強度なばねとなる。
【0008】
上記の高強度ばねは、さらに鋼材層が、質量%で、Mo:0.05〜0.30、及び/又は、V:0.05〜0.30を含有することができる。ばねにMo、及び/又は、Vが上記の範囲で包含されていることによって、ばね中に炭化物が微細状態で析出され、ばね内部の強度が増大する。すなわち、これらの元素を1種または2種を添加することによって、ばねの強度を向上することができる。
【0009】
上記の窒化物の化合物層の厚さは5μm以下とすることができる。化合物層の厚さを5μm以下とすることで、化合物層の脆さによる強度の低下を防ぐことができる。
【0010】
なお、上述した高強度ばねは、例えば、下記の製造方法によって好適に製造することができる。すなわち、この製造方法は、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30を含有する素材鋼を、ばね形状に成形する工程と、ばね形状に成形する工程の後に、450℃以上540℃以下で窒化処理を実行する工程とを備える。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態の高強度ばねを示す図。
【図2】図1の断面を示す図。
【図3】本実施形態の高強度ばねの製造手順を説明するためのフローチャート。
【図4】本実施形態の高強度ばねと比較例のばねの炭化物の平均長さの比較を示す図。
【図5】本実施形態の高強度ばねと比較例のばねの炭化物の平均幅の比較を示す図。
【図6】本実施形態の高強度ばねと比較例のばねの化合物層厚さの比較を示す図。
【図7】本実施形態の高強度ばねと比較例のばねの耐久回数の比較を示す図。
【図8】本実施形態の高強度ばねの圧縮残留応力分布を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態にかかる高強度ばね2を図面に基づいて説明する。高強度ばね2は、自動車エンジン用の弁ばねとして用いられる。図1に示すように、高強度ばね2は、コイル状に成形されたばね線材(素材鋼)10により構成されており、ばね線材10間には所定の間隔が設けられている。図2は、高強度ばね2の断面図を示す。
【0013】
図2に示すように、ばね線材10は、鋼材層12と化合物層14から構成されている。鋼材層12は、ばね線材10を熱処理等することによって形成される。鋼材層12(すなわち、ばね線材10)は、C(炭素)、Si(ケイ素)、Mn(マンガン)、Cr(クロム)、W(タングステン)、鉄および不可避的不純物を含有している。それぞれの元素の割合は、質量%で、Cが0.55〜0.75%、Siが1.50〜2.50%、Mnが0.30〜1.00%、Crが0.80〜2.00%、Wが0.05〜0.30%の範囲とされており、残部がFe(鉄)および不可避的不純物となっている。Cを0.55%以上としたのは、Cが0.55%未満となると、耐久性と耐へたり性の双方を満足することが難しくなるためである。また、Cを0.75%以下としたのは、Cが0.75%を超えると、成形性が低下し、加工時の割れや折損等の可能性が高くなるためである。Siを1.50%以上としたのは、Siが1.50%未満となると、十分な耐へたり性を得ることができないためである。Siを2.50%以下としたのは、Siが2.50%を超えると、熱処理時の脱炭量が許容範囲を超え、耐久性に悪影響を与えるためである。Mnを0.30%以上としたのは、Mnが0.30%未満では、十分な強度を得ることができないためである。また、Mnを1.00%以下としたのは、Mnが1.00%を超えると、残留オーステナイト量が多くなり過ぎるためである。Crを0.80%以上としたのは、Crが0.80%未満であると、十分な固溶強度及び焼入れ性を得ることができないためである。また、Crを2.00%以下としたのは、Crが2.00%を超えると、残留オーステナイト量が多くなり過ぎるためである。Wを0.05%以上とするのは、Wが0.05%未満では、Wを添加した効果(焼入れ性の向上、高強度化等)を得ることができないためである。また、Wを0.30%以下とするのは、Wが0.30%を超えると、粗大な炭化物を生じ、延性などの機械的特性を悪化させるためである。
【0014】
鋼材層12中には、ばね線材10を熱処理等することによって形成される炭化物16が析出している。炭化物16は球状、針状又はフィルム状の略平面形状を呈し、その大きさは、平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下の範囲となっている。炭化物6の平均長さを0.12μm以下で、かつ、平均幅を0.04μm以下とすることで、鋼材層12中に炭化物が微細に分散された状態とすることができる。また、こうした炭化物は、Si、Mn、Cr、W、Fe等の金属元素との化合物として存在している。
【0015】
鋼材層12の表面には、全面に亘って化合物層14が形成されている。化合物層14の厚みhは、5μm以下となっている。化合物層14の厚みhが5μm以下であるため、化合物層の脆さによる強度の低下を防ぐことができる。化合物層14は、上記の鋼材層12に含まれるC、Si、Mn、Cr、W、Feおよび不可避的不純物の他に、N(窒素)を含んでおり、化合物層14にはSi、Mn、Cr、W、Fe等の金属元素とNとの化合物(窒化物)が存在している。化合物層14中のNの濃度は特に限定しないが、例えば質量%でNが0.001〜0.007%の範囲とされている。
【0016】
上記の高強度ばね2によれば、C、Si、Mn、Cr、Wの割合が上記の範囲内であるばね線材10を用いることによって、焼鈍や窒化処理等の熱処理により鋼材層12中に析出される炭化物の粗大化を低減することができる。また、鋼材層12中に析出される炭化物16が、平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下の球状、針状又はフィルム状の略平面形状の微細構造となっているため、ばね中で炭化物が微細に分散された状態となっている。これによって、鋼材層12の強度が向上するとともに、靱性が向上する。さらに、鋼材層12の表面に窒化物の化合物層14を有することで、高強度ばね2の表面が硬化され、強度を高く保つことができる。また、この化合物層14の厚さを5μm以下とすることで、化合物層の脆さによる強度の低下が防止されている。
【0017】
なお、上記のばね線材10は、Mo(モリブデン)、及び/又は、V(バナジウム)をさらに含有してもよい。ばね線材10に含有されるMoは、質量%で0.05〜0.30とすることができる。Moを含有することで、それ自体が鋼の強度を向上させるとともに、焼入れ性を向上することができる。なお、Moを0.05%以上とするのは、Moが0.05%未満では、十分な強度が得られないためである。また、Moが0.30%以下としたのは、Moが0.30%を超えると、残留オーステナイトの安定化作用が無視し得なくなるためである。また、ばね線材10に含有されるVは、質量%で0.05〜0.30とすることができる。Vを含有することで、鋼材層12中に析出する炭化物は、微細な炭化物となる。すなわち、鋼材層中に析出する炭化物の大きさを微細にすることができるため、より鋼材層12の強度を向上することができる。なお、Vを0.05%以上としたのは、Vが0.05%未満では、十分な量の炭化物が生成せず、結晶粒成長防止効果を得ることができないためである。また、Vを0.30%以下としたのは、Vが0.30%を超えると、バナジウム炭化物自体が成長して大きくなり、耐久性に悪影響を与えるためである。
【0018】
以上、本実施形態の高強度ばね2の構成について説明した。次に、上記の高強度ばね2の製造に好適な方法を図3を参照して説明する。
【0019】
(高強度ばねの製造方法)
図3に示すように、まず、ばね線材10をコイリングマシンによってコイル状に成形する(ステップS2)。ばね線材10は、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有している。なお、ばね線材10には、質量%で、Mo:0.05〜0.30、及び/又は、V:0.05〜0.30をさらに含有することができる。
【0020】
ばね線材10を所定長さだけコイル状に成形すると、ばね線材10の端部を切断する(ステップS4)次いで、コイル状に成形されたばね線材10に低温焼鈍を施し(ステップS6)、次いで、このコイル状に成形されたばね線材10の端面を研削する(ステップS8)。これにより、ばね線材10がばね形状に成形される。
【0021】
次いで、ばね形状に成形されたばね線材10を窒素ガス雰囲気下で窒化処理を施す(ステップS10)。これによって、ばね線材10の表面に窒化物を有する化合物層14が形成され、ばね線材10の中心部に、窒化物を含有しない鋼材層12が形成される(図2参照)。窒化処理は、温度条件を450℃以上540℃以下、処理時間を1〜4時間とすることで、ばね線材10の表面に形成される窒化物の化合物層14の厚さが5μm以下となるとともに、鋼材層12中に析出される炭化物が、平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下となる。
【0022】
次いで、このばね線材10の耐久性を向上するために、ばね線材10の表面にショットピーニング処理を実施する(S12)。ショットピーニング処理は、複数回に分けて行うことができる。例えば、窒化直後のばね線材10の表面に第1段目のショットピーニング(ショット球φ0.6mm)を行い、次いで、第2段目のショットピーニング(ショット球φ0.3mm)を行い、さらに、第3段目のショットピーニング(ショット球φ0.1mm)を行うことができる。このようにショット球の径を変えながら多段階にショットピーニングを行うと、ばね線材10に効果的に圧縮残留応力を付与することができる。
【0023】
ステップS12でショットピーニングを行うと、次いで、ばね線材10に低温焼鈍を施し(ステップS14)、さらにばね線材10にセッチングを実行する(ステップS16)。これにより、ばね線材10から高強度ばね2が得られる。
【0024】
以上、本実施形態の高強度ばね2の好適な製造方法について説明した。次に、本実施形態に係るタングステンを含むばね線材を用いて製作した高強度ばね(以下、本願鋼材例という)と、タングステンを含まないばね線材で製作した高強度ばね(以下、比較鋼材例という)とで、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さと平均幅等を測定した例を説明する。
【0025】
本願鋼材例の高強度ばねを製作するために、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30、Mo:0.05〜0.30、V:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有するばね線材を用いた。具体的には、表1に示す組成のばね線材を用いた。また、比較鋼材例の高強度ばねを製作するために、質量%で、C:0.55〜0.65、Si:1.20〜2.50、Mn:0.30〜0.60、Cr:0.40〜2.00、Mo:0.05〜2.00、V:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有するばね線材を用いた。具体的には、表1に示す組成のばね線材を用いた。
【0026】
【表1】

【0027】
上述した組成を有するばね線材を図3に示すフローに従って処理することで、高強度ばねを製作した。製作した高強度ばねの諸元は、線径φ3.2mm、中心径φ20.0mm、総巻数6.00、有効巻数4.00、自由長47.0mmであった。製作した高強度ばねからテストピースを取得し、取得したテストピースを用いて、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さ、平均幅、化合物層厚さ、疲労強度を測定した。測定は、窒化処理の温度条件を変えて製作した複数の高強度ばねのそれぞれについて行った。なお、窒化処理の時間は、いずれも2時間とした。測定結果を、表2に示す。なお、表2において耐久性は、狙い耐久強度(目標耐久強度(600MPa))以上となったものを○とし、狙い強度未満となったものを×とした。
【0028】
【表2】

【0029】
図4,5は、本願鋼材例の高強度ばねと比較鋼材例の高強度ばねの鋼材層中に析出する炭化物の平均長さと平均幅を測定した結果を示している。図4の縦軸は鋼材層中に析出する炭化物の平均長さ(μm)、その横軸は窒化温度(℃)を表し、図5の縦軸は鋼材層中に析出する炭化物の平均幅(μm)、その横軸は窒化温度(℃)を表している。なお、炭化物の大きさの測定は、窒化処理を施したそれぞれのテストピースを鏡面研磨し、ナイタールでわずかにエッチングして炭化物を浮き出させた後、走査型電子顕微鏡によって50000倍で数視野撮影した。次いで、撮影した写真毎に、写真中の炭化物を、炭化物の長手方向を長さ、長手方向と垂直となる方向を幅として測定した。最後に、各写真について求めた測定結果を平均して平均長さ、平均幅を求めた。
【0030】
図4に示すように、本願鋼材例の高強度ばね(図中の○)では、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さは、窒化温度が450℃〜560℃のときに0.07μm以上0.12μm以下となり、440℃の窒化温度では0.12μmを越えた。特に、本願鋼材例の高強度ばねは、窒化温度を460℃以上とすると、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さを0.10μmより小さく抑えることができた。一方、比較鋼材例の高強度ばね(図中の△)では、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さは、窒化温度が380℃〜500℃のいずれにおいても0.1μm以下とはならなかった。
【0031】
また、図5に示すように、本願鋼材例の高強度ばね(図中の○)では、鋼材層中に析出する炭化物の平均幅は、窒化温度が440℃〜560℃のいずれにおいても0.02μm〜0.025μm程度であった。一方、比較鋼材例の高強度ばね(図中の△)では、窒化温度が500℃のときに、鋼材層中に析出する炭化物の平均幅が0.04μmを超えた。
【0032】
次いで、図6に、本願鋼材例の高強度ばねから取得したテストピースの窒化物の化合物層厚さを示す。縦軸は素材鋼表面から鋼材層までの化合物層厚さ(μm)、横軸は窒化温度(℃)を表す。なお、化合物層厚さは、テストピースの断面を鏡面研磨し、ナイタールでエッチングした後、光学顕微鏡によって400倍に拡大して観察し、窒化物化合物層の厚さを計測することで測定した。図6に示すように、窒化処理の温度が上がるのに伴い、化合物層の厚さは増大した。化合物層が厚い程、表面は硬化するが、脆さも増すため、化合物層の厚さは5μm以下であることが好ましい。図6に示されるように、窒化温度が560℃となると化合物層の厚さは5μmを越えた。
【0033】
上述した結果から明らかなように、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30を含有するばね線材に、450℃以上540℃以下で窒化処理を施すことによって、鋼材層中に析出する炭化物の平均長さが0.12μm以下、平均幅が0.04μm以下とすることができた。このようなばね線材は、タングステンを含まない比較鋼材例のばね線材や、本願鋼材例のばね線材に450℃未満、又は540℃を超える温度で窒化処理を施した場合と比較して、鋼材層中に析出する炭化物がより微細で分散された状態となる。すなわち、本願鋼材例2〜8(すなわち、本実施例)では、その他の場合と比較して、ばね内部の強度をより向上することができる。さらに、窒化温度が540℃以下とすることで、窒化物の化合物層を5μm以下とすることができ、化合物層の脆さによる強度の低下を防ぐことができる。
【0034】
次に、図7に本願鋼材例の高強度ばねの耐久性と、比較鋼材例の高強度ばねの耐久性を測定した結果を示す。耐久性の測定では、それぞれのテストピースに平均応力τm=730MPaとして、種々の振幅応力を負荷して耐久試験を行った。耐久試験の結果を図7に示す。図7の縦軸は疲労限度(振幅応力(MPa))、横軸は窒化処理時の温度(℃)を示している。図中、本願鋼材例の高強度ばねは●で表し、比較鋼材例の高強度ばねは▲で表している。
【0035】
図7に示すように、本願鋼材例1〜8のテストピース(図中の●)は、いずれも比較鋼材例1〜3のテストピース(図中の▲)のいずれよりも高い耐久性を有していた。また、本願鋼材例2〜7のテストピースは、本願鋼材例1,8のテストピースと比較して高い耐久性を有し、いずれも600MPa以上の疲労限度を有していた。
【0036】
また、図8に、本願鋼材例1,3,5,7,8のそれぞれから得られたテストピースについて、その表面から深さ方向の圧縮残留応力分布を測定した結果を示している。縦軸はばね線材に残留する圧縮残留応力(MPa)を表し、横軸は圧縮残留応力測定部位のテストピースの表面からの深さ方向の距離を表す。圧縮残留応力分布の測定は、本願鋼材例1,3,5,7,8のテストピースに対して行った。図8に示すように、いずれのテストピースも同様の圧縮残留応力分布となり、窒化温度(440℃〜560℃)が変化しても殆ど変化がなかった。
【0037】
上述した結果から明らかなように、タングステンを含むばね線材を用い、かつ、450℃以上540℃以下の温度で窒化処理を施した本実施形態の高強度ばねは、その他の高強度ばねと比較して、高い疲労強度を有することが確認できた。
【0038】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。例えば、ばね線材には、P(リン)や、S(硫黄)等の不可避的不純物を含んでいてもよい。こうした不可避的不純物は、ばね強度の低下に繋がるため、濃度は低いほどよい。例えば、ばね線材に含まれるPは、重量%で0.025%以下、Sは0.025%以下であることが好ましい。また、ばね線材の表面に実施するショットピーニングの回数は、ばね線材に要求される耐久性に応じて適宜決定することができる。例えば、ばね線材に十分な圧縮残留応力を付与するためには、少なくとも2段階のショットピーニングを行うことが好ましく、より好ましくは3段階のショットピーニングを行うことが好ましい。
【0039】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0040】
2 高強度ばね、10 素材鋼、12 鋼材層、14 化合物層、16 炭化物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材層と、鋼材層の表面に形成された窒化物の化合物層とを有する高強度ばねであって、
鋼材層は、質量%で、C:0.55〜0.75、Si:1.50〜2.50、Mn:0.30〜1.00、Cr:0.80〜2.00、W:0.05〜0.30、残部が鉄および不可避的不純物を含有し、
鋼材層中に析出している炭化物の平均長さが0.12μm以下で平均幅が0.04μm以下である、高強度ばね。
【請求項2】
さらに、鋼材層が、質量%で、Mo:0.05〜0.30、及び/又は、V:0.05〜0.30を含有する、請求項1に記載の高強度ばね。
【請求項3】
前記窒化物の化合物層の厚さが5μm以下である、請求項1又は2に記載の高強度ばね。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−36418(P2012−36418A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174772(P2010−174772)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【出願人】(000210986)中央発條株式会社 (173)
【Fターム(参考)】