説明

高窒素ステンレス鋼接合体の製造方法

【課題】バリ除去の手間を要さず、十分な強度と耐食性を備えた高窒素ステンレス鋼接合体を製造する方法を提供する。
【解決手段】窒素を0.7質量%以上含む一対の高窒素ステンレス鋼の素材1,2同士を当接させ、当接した接合面11,21の表面粗さである最大高さを10μm以下とし、接合温度を1100℃〜1250℃、接合保持時間を30分〜60分、接合加圧力を2MPa〜8MPaとして、99.9%以上の純度の窒素雰囲気中で拡散接合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高窒素ステンレス鋼接合体の製造方法に関し、高強度で耐食性に優れた高窒素ステンレス鋼接合体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高窒素ステンレス鋼は高硬度で耐食性に優れ、かつNi資源の節約に資する等の特質を有することから、航空機や産業機器等、広い分野での利用拡大が期待されている。ところが、窒素を0.7質量%以上も含む高窒素ステンレス鋼を接合しようとすると、一般的な溶融溶接では窒素ガスの噴出によるブローホールを生じて接合部の強度が大きく低下してしまうという問題があった。そこで、例えば特許文献1では、一対の高窒素ステンレス鋼同士を、摩擦時間6秒以下、アプセット加圧力40kgf/mm2以上で摩擦圧接する方法が提案されている。
【特許文献1】特開2002−178166
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記公報に記載の方法では、高窒素ステンレス鋼の接合部の強度や耐食性が未だ十分でないとともに、バリの除去が必要であるという問題があった。
【0004】
そこで、本発明はこのような課題を解決するもので、バリ除去の手間を要さず、十分な強度と耐食性を備えた高窒素ステンレス鋼接合体を製造する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の高窒素ステンレス鋼接合体の製造方法では、窒素を0.7質量%以上含む一対の高窒素ステンレス鋼の素材(1,2)同士を当接させ、当接した接合面(11,21)の表面粗さである最大高さ(Rmax)を10μm以下とし、接合温度を1100℃〜1250℃、加圧保持時間を30分〜60分、接合加圧力を2MPa〜8MPaとして、99.9%以上の純度の窒素雰囲気中で拡散接合する。
【0006】
本発明の製造方法によれば、接合面に脱窒素層を生じず、接合面の変形の程度や接合面の引張り強度の低下、および接合面の耐食性の低下をいずれも小さく抑えることができる。加えて、本発明方法は拡散接合によるものであるからバリを生じず、その除去の手間を要しない。
【0007】
なお、上記カッコ内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【発明の効果】
【0008】
以上のように、本発明の高窒素ステンレス鋼接合体を製造する方法によれば、バリ除去の手間を要さず、十分な強度と耐食性を備えた接合体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明方法を実施するための装置の概略を図1に示す。図1の装置は高窒素ステンレス鋼の素材1,2を拡散接合するものであり、高純度の窒素雰囲気としたチャンバー3を備えている。チャンバー3には上下の対向位置から一対の高窒素ステンレス鋼素材1,2が挿入されて、接合面たる各素材1,2の先端面11,21が互いに当接させてある。素材1,2の各基端12,22は図略の機構によって所定圧で押圧されており、上記先端面11,21は互いに圧接させられている。チャンバー3内には接合面11,21を囲むように高周波誘導加熱コイル4が配設されて、接合面11,21を所定温度に加熱している。接合面11,21の温度(接合温度)はこれに向けて設置された放射温度計5によって検出され、この検出値に基づいて上記加熱コイル4への投入電力が制御されている。
【0010】
本発明方法においては、接合面11,21の表面粗さである最大高さ(Rmax)(以下、接合面最大高さという)を10μm以下とする必要がある。10μmを越えると、接合面11,21に多数のボイド(空隙)が生じて接合強度が低下する。接合面最大高さ(Rmax)を5μm以下にするとボイドの発生を完全に防止することができて好ましい。なお、接合面最大高さ(Rmax)は、例えば接触式面粗さ計で接合面上の10mm長さ範囲を測定することにより行う。
【0011】
接合面11,21の加圧力は2MPa〜8MPaとするのが良い。2MPaより小さいと接合面11,21同士が十分に接触しないことによりボイドを生じることがある。一方、8MPaを越えると接合面11,21の変形を生じる。
【0012】
接合温度は1100℃〜1250℃とするのが良い。1100℃より低いと拡散が不十分となって接合面の引張り強度が低下する。一方、1250℃を越えると素材1,2中の窒素が抜けることによって接合面11,21の耐食性が低下する。接合温度は特に1150℃〜1250℃の間とするのが好ましい。この温度範囲では素材1,2の固溶化熱処理が好適に進行して接合面11,21の耐食性の確保に有利だからである。
【0013】
加圧保持時間は30分〜60分とするのが良い。30分より短いと拡散が不十分となって接合面11,21の引張り強度が低下する。一方、60分より長くしても拡散状態は飽和しており、無駄な時間となる。
【0014】
チャンバー3内に供給するガスは99.9%以上の純度の窒素ガスを使用する。Arガスを使用すると、上記接合温度範囲では素材1,2中の窒素が抜けて耐食性が低下する。チャンバー3内を真空雰囲気にすると窒素の抜けが激しく、耐食性が大きく低下する。また、大気にすると素材1,2中の窒素が抜けて耐食性が大きく低下するとともに接合面11,21が酸化されることによって接合面11,21の引張り強度も低下する。なお、ガス圧は大気圧でも十分な効果が得られ、この方が、装置が簡易になるので好ましい。
【0015】
特に、接合面最大高さ(Rmax)を5μm以下、接合面加圧力を4.0MPa〜6.0MPa、接合温度を1150℃〜1250℃、加圧保持時間を30分〜60分、接合雰囲気を99.9%以上の純度の窒素ガス雰囲気にすると、接合体の接合面に脱窒素層が生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性の低下がいずれも十分許容される範囲とできる。
【実施例】
【0016】
素材1,2として、窒素を1.20質量%含む表1の組成の高窒素ステンレス鋼の丸棒を使用し、これら素材1,2の先端をチャンバー3内で圧接させて先端面(接合面)11,21の接合を行った。素材1,2は一部の場合を除き(表7の実施例16,17,20,21)1200℃で1時間の熱処理を行ったものを使用した。熱処理を行う理由はCr窒化物、Cr炭化物を分解・固溶させて耐食性を維持させるためである。素材1,2の外形は直径20mm、長さ150mmである。接合面11,21の評価は、その変形、引張り強度、耐食性で行い、さらに耐食性に影響を与える脱窒素層の有無を検査した。なお、本実施例では、素材1,2の接合後、空冷による冷却を経て各種評価試験を行った。
【0017】
接合面11,21の変形は、接合前と接合後の接合面11,21の直径の変化を測定することにより行った。以下の表中、二重丸印は直径の増加が2mm以下に抑えられている場合、一重丸印は直径の増加が2mm〜4mmの範囲に抑えられている場合、掛け印は直径の増加が4mm以上あった場合をそれぞれ示す。
【0018】
接合面11,21の引張り強度は、接合後の素材1,2をJIS Z2201の4号試験片に成形し、JIS Z2241に規定された引張試験により測定した。素材1,2自体の引張り強度は1100MPaであった。以下の表中、二重丸印は素材1,2自体の引張り強度に対する接合面11,21の引張り強度の程度(継手効率)が95%以上を保っている場合、丸印は継手効率が90%〜95%の範囲を保っている場合、掛け印は継手効率が90%以下に低下している場合をそれぞれ示す。
【0019】
接合面11,21の耐食性は、JIS G05798に規定されたステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験で孔食発生臨界温度を測定した。試験片サイズは幅12mm×長さ20mm×厚さ12mmとした。素材1,2自体の孔食発生臨界温度は75℃であった。以下の表中、二重丸印は素材1,2自体の孔食発生臨界温度を100%として接合面11,21の孔食発生臨界温度が95%以上を保っている場合、丸印は接合面11,21の孔食発生臨界温度が90%〜95%の範囲を保っている場合、掛け印は接合面11,21の孔食発生臨界温度が90%以下に低下している場合をそれぞれ示す。
【0020】
脱窒素層の有無は、エレクトロン・プローブ・マイクロ・アナライザー(EPMA)で測定した。
【0021】
[接合面最大高さの影響:表2]
接合温度を1250℃、保持時間を40分、接合面加圧力を7.0MPa、99.9%の窒素雰囲気中で、接合面最大高さ(Rmax)を種々変更して製造された高窒素ステンレス鋼接合体の、接合面の変形、脱窒素層の有無、引張り強度、耐食性の評価を表2に示す。接合面最大高さ(Rmax)を2.5μm、4.5μm、9.2μmに設定した場合には(実施例1〜3)、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも許容できる範囲内であった。これに対して、接合面最大高さ(Rmax)を13.5μmに設定すると(比較例1)、引張り強度が許容範囲から外れる。
【0022】
[加圧力の影響:表3]
接合温度を1100℃、保持時間を60分、接合面最大高さ(Rmax)を6.2μm〜9.2μmの範囲に維持し、99.9%の窒素雰囲気中で、接合面の加圧力を種々変更して製造された高窒素ステンレス鋼接合体の、接合面の変形、脱窒素層の有無、引張り強度、耐食性の評価を表3に示す。接合面加圧力を2.0MPa、5.0MPa、8.0MPaに設定した場合には(実施例4〜6)、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも許容できる範囲内であった。これに対して、接合面加圧力を1.0MPaにすると(比較例2)引張り強度が許容範囲から外れ、接合面加圧力を10.0MPaにすると(比較例3)接合面の変形が許容範囲から外れる。
【0023】
[接合温度の影響:表4]
保持時間を40分、接合加圧力を5.0MPa、接合面最大高さ(Rmax)を4.0μm〜4.5μmの範囲に維持し、99.9%の窒素雰囲気中で、接合温度を種々変更して製造された高窒素ステンレス鋼接合体の、接合面の変形、脱窒素層の有無、引張り強度、耐食性の評価を表4に示す。接合温度を1100℃、1150℃、1200℃、1250℃に設定した場合には(実施例7〜10)、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも許容できる範囲内であった。これに対して、接合温度を1000℃にすると(比較例4)引張り強度および耐食性が許容範囲から外れ、接合温度を1300℃にすると(比較例5)脱窒素層が生じるとともに、耐食性が許容範囲から外れる。比較例4で脱窒素層が生じていないにも拘わらず耐食性が低下するのは、低い温度ではCr窒化物やCr炭化物が析出してCrが欠乏するためと思われる。
【0024】
[加圧保持時間の影響:表5]
接合温度を1100℃、接合面の加圧力を5.0MPa、接合面最大高さ(Rmax)を7.5μm〜9.0μmの範囲に維持し、99.9%の窒素雰囲気中で、加圧保持時間を種々変更して製造された高窒素ステンレス鋼接合体の、接合面の変形、脱窒素層の有無、引張り強度、耐食性の評価を表5に示す。加圧保持時間を30分、60分に設定した場合には(実施例11、12)、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも許容できる範囲内にあった。これに対して、加圧保持時間を20分にすると(比較例6)引張り強度が許容範囲から外れる。なお、加圧保持時間を90分にしても(比較例7)脱窒素層の有無、接合面の変形、引張り強度、耐食性の状態は変化せず、無駄に長い時間となる。
【0025】
[接合雰囲気の影響:表6]
接合温度を1200℃、加圧保持時間を40分、接合加圧力を5.0MPa、接合面最大高さ(Rmax)を4.0μm〜4.4μmの範囲に維持し、99.9%の窒素雰囲気中で高窒素ステンレス鋼接合体を製造すると(実施例13)、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも十分許容できる範囲内にあった。これに対して、接合雰囲気を99.0%の窒素雰囲気にすると(比較例8)、脱窒素層が生じ、耐食性が許容範囲から外れる。また、接合雰囲気を99.9%のアルゴン雰囲気にしても(比較例9)、脱窒素層が生じるとともに、耐食性が許容範囲から外れる。さらに、接合雰囲気を大気にした場合には(比較例10)、脱窒素層が生じるとともに、引張り強度、耐食性がいずれも許容範囲から外れる。
【0026】
[接合最適条件:表4、表6、表7]
実施例8〜10(表4)、実施例13(表6)、実施例14〜23(表7)に示すように、接合面最大高さ(Rmax)を2.0μm、2.3μm、3.0μm、3.2μm、3.5μm、4.0μm、4.2μm、4.5μm、接合温度を1150℃、1200℃、接合面の加圧力を4.0MPa、5.0MPa、6.0MPa、加圧保持時間を30分、40分、50分、60分、接合雰囲気を99.9%純度の窒素ガス雰囲気に設定すると、脱窒素層は生じず、接合面の変形、引張り強度、耐食性はいずれも十分に許容できる範囲となる。なお、本実施例に示すように、素材の熱処理としての固溶化熱処理が無くても良好な結果が得られており、素材の固溶化熱処理は省略が可能であることがわかる。
【0027】
本実施例では、前述のように素材の接合後に空冷による冷却を行っているが、水冷を用いるものであっても良い。例えば、接合温度1200℃、保持時間30分、加圧力4.0MPa、接合面最大高さ(Rmax)3.5μm、接合雰囲気99.9%純度の窒素の条件で接合後、接合部の温度が1050℃まで下がったところで水冷を施した場合でも、接合部の引張り強度、耐食性等はいずれも良好であった。水冷の場合、冷却時間の短縮が図られ、また、炭化物、窒化物の析出が抑制されるため、良好な結果が得られるものと考えられる。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
【表6】

【0034】
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明方法を実施するための装置の概略断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1,2…素材、11,12…接合面、3…チャンバー、4…高周波誘導加熱コイル、5…放射温度計。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素を0.7質量%以上含む一対の高窒素ステンレス鋼の素材同士を当接させ、当接した接合面の表面粗さである最大高さを10μm以下とし、接合温度を1100℃〜1250℃、接合保持時間を30分〜60分、接合加圧力を2MPa〜8MPaとして、99.9%以上の純度の窒素雰囲気中で拡散接合することを特徴とする高窒素ステンレス鋼接合体の製造方法。

【図1】
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