説明

高血圧症治療薬

ニカルジピン又はその塩の、適応が禁忌とされてきた脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している症例において、適応症制限を撤廃すること。
ラット脳梗塞モデルにおいて、発症急性期に頭蓋内圧が亢進している群であってもニカルジピン又はその塩は、慣例的認識とは異なり頭蓋内圧には影響しないことを始めて見出し本発明を完成させた。すなわち、本発明は、ニカルジピン又はその塩を有効成分として含有する、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療薬を提供した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高血圧症治療薬に関する。さらに詳しくは、ニカルジピン又はその塩を有効成分として含有する高血圧症治療薬の新規用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ニカルジピン又はその塩は脳血流量の増加作用、冠血流量の増加作用、及び降圧作用をもった有用な化合物であり、すでに高血圧症治療薬として上市されている(ペルピジン登録商標注射液:山之内製薬株式会社)。その効能は手術時の異常高血圧の救急処置、高血圧性緊急症、急性心不全等である。そして、その禁忌事項として、頭蓋内出血で止血が完成していないと推定される患者、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者、及びその他が明記されている(非特許文献1)。その理由として、各々出血を促進させる可能性があること及び頭蓋内圧を高めるおそれがあることが記載されている。
【0003】
「高血圧治療ガイドライン2000年版」によると、脳卒中急性期には脳血流自動調節自体が消失しており、わずかな血圧の下降によっても脳血流は低下し、結果として梗塞の増大をきたす可能性があることから脳卒中急性期には積極的な降圧治療は原則として行わないとされているが、著しく血圧が高い場合には脳卒中急性期であっても降圧治療が推奨されている。しかし、Ca拮抗剤には頭蓋内圧を上昇させる危険があるため注意を要すると記載されている(非特許文献2)。
事実、Ca拮抗剤であるニフェジピン及びジルチアゼムは麻酔犬の頭蓋圧を有意に上昇させたことが報告されている(非特許文献3)。このように従前における知見によると、一般的にCa拮抗剤の頭蓋圧への影響が危惧されており、本発明の高血圧症治療薬の主成分であるニカルジピン又はその塩も慣例的に上記のような禁忌指定がなされたものと考えられる。
【0004】
ニカルジピンについて、頭蓋内圧が亢進している患者への投与の報告はこれまで1例も報告されていないが、頭蓋内出血患者への投与の報告は数報がある。しかし、頭蓋内圧を亢進したとする報告(非特許文献4)、頭蓋内圧を亢進しないとする報告(非特許文献5)、頭蓋内圧を亢進しないとする報告(非特許文献6)等頭蓋内出血患者におけるニカルジピンの頭蓋内圧への影響については確定していない。
【0005】
【非特許文献1】ペルピジン登録商標注射液添付文書:山之内製薬株式会社
【非特許文献2】高血圧治療ガイドライン2000年版:日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会
【非特許文献3】Life Sciences, Vol.62, No.19 p283-288 1998
【非特許文献4】第21回日本脳卒中学会総会 抄録番号219(1996)
【非特許文献5】脳卒中第20巻第1号110ページ(1998)
【非特許文献6】日本蘇生学会総会第13巻107ページ(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、適応が禁忌とされてきた脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している症例において、ニカルジピン又はその塩が具体的に禁忌とされる副作用を呈するものかどうかを検討し、慣例的に禁忌とされてきた適応症制限を撤廃することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意モデル動物の研究の結果確立したラット脳梗塞モデルにおいて、発症急性期に頭蓋内圧が亢進している群であってもニカルジピン又はその塩は、驚いたことに慣例的認識とは異なり頭蓋内圧には影響しないことを始めて見出して本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
「1.ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療薬。
2.注射剤である前項1に記載の治療薬。
3.脳浮腫治療薬と併用される前項1又は2に記載の治療薬。
4.ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療用医薬組成物。
5.注射剤である前項4に記載の医薬組成物。
6.脳浮腫治療薬と併用される前項4又は5に記載の医薬組成物。
7.ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の治療有効量を患者に投与することを含む、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症の治療方法。
8.注射剤投与による前項7に記載の治療方法。
9.ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の治療有効量を脳浮腫治療薬と組み合わせて患者に投与することを含む、前項7又は8に記載の方法。
10.脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療薬の製造の為のニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の使用。
11.注射剤である前項10に記載の使用。
12.高血圧症治療薬が脳浮腫治療薬と併用される、前項10又は11に記載の使用。」
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、ニカルジピン又はその塩の臨床適応における禁忌の解除を達成した。この結果、急性期の脳卒中患者であって、頭蓋内圧が上昇している患者に対しても、ニカルジピン又はその塩による降圧治療が可能であり、臨床的選択の拡大を達成した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の主成分は、ジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗剤であるニカルジピン又はその塩である。特に好ましくは、塩酸ニカルジピンである。ニカルジピン又はその塩の合成法は、特公昭56-6417(US 3,985,758)(出願人 山之内製薬株式会社)において公知であり、その方法が援用される。
その製剤形態は、経口製剤、徐放性製剤、注射剤等広く適応が可能であり、これらは経口又は非経口に適した有機又は無機の担体、賦形剤、その他の添加剤を用いて常法に従って製造できる。経口製剤及び徐放性製剤としては、商品名ペルジピン登録商標(LA、錠、散)が上市されており、これら及びそれらの同等物にも適用できる。徐放性製剤は、無定形のニカルジピン又はその塩が好適に使用され、その具体的な調製法は特公昭59-48810(US 4,343,789)及び特公昭64-7047(US 4,758,437)に記載の全てが援用される。注射剤としては、商品名ペルジピン登録商標注射液が上市されており、これら及びそれらの同等物も適用可能である。そして注射液は、2〜7w/v%の多価アルコール好適にはD-ソルビトールを含有する製剤が好適に例示され、その具体的な調製方法は特公平2-47964(RE 34,618)に記載の全てが援用される。
本発明の適応症への最適の製剤は、急性期の脳卒中患者が対象であるため、より好適には注射用製剤である。
【0011】
本発明の高血圧症治療薬の投与方法は、経口投与、経皮投与、及び静脈投与が一般的であり、従前の公知のいかなる投与形態であっても制限されるものではない。好適な投与方法としては、急性期の脳卒中患者が対象であるため、より好適には静脈投与である。
また、その投与量は、従前公知の用法・用量に準じて決定できる。
注射剤としての手技を例示すれば、生理食塩液又は5%ブドウ糖注射液でニカルジピン又はその塩を含有する製剤(例えば塩酸ニカルピジンを1〜30mg含有する2〜30mLの液状製剤)を希釈し、塩酸ニカルジピンとして0.01〜0.02w/v%含有する溶液を点滴静注する。その際、1分間に体重1kgあたり0.5〜10μgの点滴速度で投与する。なお、急速な降圧のためには、塩酸ニカルピジンを1〜30mg含有する液状製剤を希釈することなくそのまま体重1kgあたり塩酸ニカルジピンとして10〜30μgを静脈内投与する。
注射剤として投与する場合は、脳卒中急性期である、発症1〜2週間が投与期間となり、1日1〜6回投与が一般的である。
経口又は経皮投与の場合も、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者に対して、投与量・投与方法は、従前公知の方法が援用され、注射剤の約2〜10倍量のニカルジピン又はその塩が投与され、1日1〜6回投与が一般的である。
【0012】
本発明の高血圧症治療薬は、脳卒中急性期に併用されうる薬剤との併用使用が可能である。特に、脳浮腫に対する治療剤と脳代謝改善薬の併用使用が好適に例示される。患者が意識障害を示すような例では、脳浮腫治療薬との併用が好適であり、グリセロール製剤(グリセオール)、マンニトール等が例示される。その処方例としては、10w/v%グリセロール製剤であれば1回200mlを1〜2時間で点滴静注し、1日2〜6回投与が一般的である。20w/v%あれば1回200mlを30分〜1時間で点滴静注し、1日1〜3回投与が一般的である。その他の併用剤としては、利尿薬、副腎皮質ホルモン、バルビツール酸誘導体、抗痙攣薬(アレビアチン、フェニトイン等)が好適に例示される。
【0013】
本発明の適応対象である脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者とは、ICP亢進分類で異常と判定されるICP11〜15mmHg以上が持続的であることを意味する。そして、頭蓋内圧が亢進症状としては、頭痛、嘔吐、うっ血乳頭が主徴候とされている。
【実施例】
【0014】
以下、実施例及び実験例によって本発明を詳述するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0015】
(実施例1)
蒸留水約2Lを50〜60℃に加温し、これに塩酸ニカルジピン(nicardipine)2.5gとソルビトール125gとを攪拌しながら加え溶解した。この溶液(pH約4.5)を室温迄冷却した後0.1M塩酸を用いてpHを3.5に調整した。次いで蒸留水を加えて全量を2.5Lとし、フィルターでろ過した後、茶アンプルに5mLずつ充填した。同様に、塩酸ニカルジピン液状製剤として、以下を調製した〔(nicardipine低用量製剤)2ml製剤:塩酸ニカルジピン2mg、D-ソルビトール100mg、pH調整剤、澄明な微黄色、pH3.0〜4.5、浸透圧比約1.0(生理食塩液に対する比)〕、〔10ml製剤:塩酸ニカルジピン10mg、D-ソルビトール500mg、pH調整剤、澄明な微黄色、pH3.0〜4.5、浸透圧比約1.0(生理食塩液に対する比)〕、〔(nicardipine高用量製剤)25ml製剤:塩酸ニカルジピン25mg、D-ソルビトール1250mg、pH調整剤、澄明な微黄色、pH3.0〜4.5、浸透圧比約1.0(生理食塩液に対する比)〕。
【0016】
(実験例)
雄の高血圧自然発症ラット(240-290g)を用い、halothane麻酔下にナイロン糸法による一過性脳虚血・再灌流モデルを作製した。再灌流は脳虚血導入6時間後に行い、再灌流後1時間経過した時点で生理食塩水(n=6)、nicardipine高用量製剤(n=6)又はnicardipine低用量製剤(n=6)を持続投与した。 頭蓋内圧(ICP)は、Camino社製脳実質埋め込み型ICPセンサーを使い、虚血中心部の局所脳血流量はlaser Doppler flowmetryを用いて測定した。直腸温は37±0.5℃に維持した。大腿動脈にはカテーテルを留置して体血圧を測定し、血液ガス分析を行った。
その結果、虚血中のICPは6.7±0.5mmHgであり、再灌流1時間後には13±1mmHgに有意に上昇した(p<0.05)。平均動脈圧は、nicardipine高用量製剤投与群で約19.05%、nicardipine低用量製剤投与群で約11.6%降圧された。nicardipine(高用量製剤及び低用量製剤)投与群のICPに有意な変化は生じなかった。
結論として、再灌流後にnicardipineを投与することにより有効な降圧が得られた。また、降圧に伴って、頭蓋内圧がさらに亢進することはなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療薬。
【請求項2】
注射剤である請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】
脳浮腫治療薬と併用される請求項1又は2に記載の治療薬。
【請求項4】
ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩を有効成分として含有する、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療用医薬組成物。
【請求項5】
注射剤である請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
脳浮腫治療薬と併用される請求項4又は5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の治療有効量を患者に投与することを含む、脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症の治療方法。
【請求項8】
注射剤投与による請求項7に記載の治療方法。
【請求項9】
ニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の治療有効量を脳浮腫治療薬と組み合わせて患者に投与することを含む、請求項7又は8に記載の方法。
【請求項10】
脳卒中急性期で頭蓋内圧が亢進している患者の高血圧症治療薬の製造の為のニカルジピン又はその製薬学的に許容される塩の使用。
【請求項11】
注射剤である請求項10に記載の使用。
【請求項12】
高血圧症治療薬が脳浮腫治療薬と併用される、請求項10又は11に記載の使用。

【国際公開番号】WO2005/074928
【国際公開日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【発行日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517685(P2005−517685)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001467
【国際出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】