説明

6価クロムの検出方法

【課題】試料中の6価クロムの有無を精度良く検出することが可能な技術を提供する。
【解決手段】試料1と、6価クロムと反応する試薬を含む有機酸溶液2とを所定時間接触させる。そして、測定基板6の表面上に有機酸溶液2を載置する。次に、有機酸溶液2を乾燥させる。その後、評価基板6の表面を分析して、試料1中における6価クロムの有無を判定する。試料1中に6価クロムが含まれる場合、有機酸溶液2を乾燥させた後の測定基板6の表面上には6価クロムと試料との反応物4が存在することから、測定基板6の表面を分析することによって、当該反応物4を分析することができる。6価クロムと試薬との反応物4を分析することによって、試料中における6価クロムの有無を高精度に検出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中における6価クロムの有無を検出する6価クロムの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から6価クロムの検出方法に関して様々な技術が提案されている。例えば非特許文献1には、材料に含まれる6価クロムを溶液に抽出した後に、得られた抽出液に試薬を加えて呈色反応を生じさせ、当該抽出液の吸光度を測定することにより6価クロムの量を検出する方法が記載されている。非特許文献1の検出方法では、まず、6価クロムの検出を行う対象の試験片を純水の入った容器にて5分間沸騰させて、試験片中の6価クロムを純水に抽出する。そして、室温までに冷却された抽出液に硫酸を加えて混合する。次に、得られた混合液を所定量に定容し、その後、当該混合液にジフェニルカルバジド溶液を加え、さらに緩衝溶液を加え、得られた溶液を所定量に定容する。ここでのジフェニルカルバジド溶液には、アセトンにジフェニルカルバジドを溶解した後、それに純水を加えたものが使用され、緩衝溶液としては、オルソりん酸二水素ナトリウム水溶液が使用される。そして、吸光光度計を使用して、得られた溶液の吸光度を測定し、その結果から6価クロムの量を算出する。
【0003】
また特許文献1では、材料中の6価クロムを溶液に抽出した後に、CrO3-の質量ピークを、飛行時間型二次イオン質量分析法を使用して測定することにより、6価クロムを検出する方法が提案されている。特許文献1の検出方法では、まず、評価用基板上にアルカリ性溶媒を滴下し、当該アルカリ性溶媒を試料に接触させる。そして、アルカリ性溶媒と試料とを接触させた状態を所定時間保持すると、試料に6価クロムが含有されている場合、アルカリ性溶媒中に、試料に含有されている6価クロムが抽出される。その後、アルカリ性溶媒を乾燥し、その後に試料を取り除いて、評価用基板の表面のマススペクトルを直接測定する。試料に6価クロムが含まれていると、測定したマススペクトルには、CrO3-を示す質量ピークが含まれており、当該質量ピークの検出の有無により、試料中に6価クロムが含有されているか否かを判定する。
【0004】
なお、非特許文献2〜4には、6価クロムとジフェニルカルバジドとの反応の仕組みについて記載されている。
【0005】
【非特許文献1】JIS H8625、日本工業規格、1993
【非特許文献2】高木誠司著、「新訂 定性分析化学 中巻・イオン反応編」、株式会社南江堂、p381
【非特許文献3】無機応用比色分析編集委員会著、「無機応用比色分析 2 Cl−Ge」、共立出版株式会社、p101
【非特許文献4】田村善蔵編著、「反応分析化学」、株式会社南山堂、p102
【特許文献1】特開2005−214767号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1の検出方法では、ジフェニルカルバジドと6価クロムとの錯体形成による呈色反応を利用し、吸光度を測定しているため、試料中に6価クロム以外のイオン、例えば6価モリブデン、5価バナジウム、3価鉄などが存在している場合には、6価クロムが存在していなくても呈色反応が生じて光が吸収される。そのため、試料中に6価クロムが含まれていないにも拘わらず6価クロムが存在していると判定することがあり、正確に6価クロムの有無を検出することができない。また、試料中に吸光する他の物質が存在する場合でも6価クロムの有無を正確に検出することができない。
【0007】
また特許文献1の検出方法では、52Cr163-の質量ピークを測定することによって6価クロムの有無を検出しているが、例えば、クロメート処理された亜鉛メッキ鋼板や亜鉛メッキネジをこの方法を使用して分析する際には、6価クロムと同様に亜鉛(Zn)が溶液中に抽出されるため、67Zn1612-の質量ピークが測定される。そして、52Cr163-の質量電荷比と、67Zn1612-の質量電荷比とは非常に近い値を示すことから、一般的な二次イオン質量分析装置の分解能では、52Cr163-の質量ピークと、67Zn1612-の質量ピークとは重なって検出され、両質量ピークを区別して検出することは非常に困難である。したがって、特許文献1の方法では試料中の6価クロムの有無を正確に検出できないことがある。なお、52Cr163-及び67Zn1612-の質量電荷比はそれぞれ“99.9252”及び“99.9247”である。
【0008】
そこで、本発明は上述の問題に鑑みて成されたものであり、試料中の6価クロムの有無を精度良く検出することが可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の6価クロムの検出方法は、(a)試料と、6価クロムと反応する試薬を含む有機酸溶液とを所定時間接触させる工程と、(b)前記工程(a)の後に、基板の表面上に前記有機酸溶液を載置する工程と、(c)前記工程(b)の後に、前記有機酸溶液を乾燥させる工程と、(d)前記工程(c)の後に、前記基板の前記表面を分析して、前記試料中における6価クロムの有無を判定する工程とを備える。
【発明の効果】
【0010】
この発明の6価クロムの検出方法によれば、試料中に6価クロムが含まれる場合、工程(d)において、基板の表面上に6価クロムと試料との反応物が存在することから、基板の表面を分析することによって、当該反応物を分析することができる。6価クロムと試薬との反応物を分析することによって、試料中における6価クロムの有無を高精度に検出することができる。
【0011】
さらに、有機酸溶液は比較的低温度で乾燥させることができることから、試料に含まれていた3価クロムが酸化されて6価クロムに変化することを抑制できる。よって、試料中に本来含まれている6価クロムの有無を正確に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は本発明の実施の形態に係る6価クロムの検出方法を示す図である。図1(a)に示されるように、分析対象の試料1の上に、ピペット3を用いて、試薬を含む有機酸溶液2を滴下して、試料1と有機酸溶液2とを接触させる。本実施の形態では、試料1として、クロメート処理された亜鉛メッキ鋼板を使用する。また、有機酸溶液2としては、ジフェニルカルバジドを試薬として含む酢酸溶液を使用する。具体的には、0.4gの1,5−ジフェニルカルバジドを、20mlのアセトンと20mlのエタノールとの混合液に溶解した後、当該混合液に、20mlの酢酸と20mlの純水を加えて得られる酢酸溶液を使用する。
【0013】
試料1と有機酸溶液2とを接触させた状態で所定時間放置すると、試料1に含まれる6価クロムが有機酸溶液2に抽出される。そうすると、図1(b)に示されるように、有機酸溶液2中では、6価クロムと、試薬であるジフェニルカルバジドとが反応して反応物4が生成される。図1(b)では、図1(a)での有機酸溶液2との相違を示すために、反応物4を含む有機酸溶液2を斜線で示している。本実施の形態のように、6価クロムの抽出先の溶液として酸性の有機酸溶液2を使用することによって、当該溶液中において6価クロムとジフェニルカルバジドとの反応物4は安定に存在することができる。
【0014】
ここで、6価クロムとジフェニルカルバジドとの反応の仕組みについては諸説がある。例えば上述の非特許文献2では、Base論とPfaum論とが紹介されている。Base論では、ジフェニルカルバジドは、6価クロム(Cr(VI))を2価クロム(Cr(II))に還元して、ジフェニルカルバゾン(diphenylcarbazone)となり、当該ジフェニルカルバゾンのエノール型とCr2+とが化合して1対1の割合の赤紫色のキレートが生成されると述べられている。一方で、Pfaum論では、Cr3+がジフェニルカルバゾンと化合して3対2の割合の赤紫色のキレートが生成されると述べられている。
【0015】
また、上述の非特許文献3では、ジフェニルカルバジドは酸性溶液で6価クロムと強い赤紫色の錯体を生成し、当該錯体の組成はM:R=2:3であると述べられている。
【0016】
また、上述の非特許文献4では、ジフェニルカルバジドは、酸性溶液でCrO42-により酸化されてジフェニルカルバゾンとなり、Cr3+と反応して赤紫色のキレートを生成すると述べられている。
【0017】
次に、図1(c)に示されるように、反応物4を含む有機酸溶液2をピペット3を使用して測定基板6上に移動させて、この状態で当該測定基板6を所定時間放置する。これにより、反応物4が測定基板6の表面に付着する。次に、図1(d)に示されるように、測定基板6上の有機酸溶液2を乾燥させる。この工程では、例えば、50℃の乾燥炉内に測定基板6を導入し、有機酸溶液2を蒸発させる。これにより、測定基板6上では反応物4が露出するようになる。測定基板6には例えばシリコン基板が使用される。
【0018】
次に、図1(e)に示されるように、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS法)を使用して、反応物4が付着している測定基板6の表面を分析する。図2はこの分析結果を示す図である。図2中の横軸は質量電荷比(質量mを電荷数zで割った値)を示しており、縦軸は二次イオン質量分析装置での負イオンのカウント値をイオン強度として示している。
【0019】
本実施の形態では、測定基板6の表面には反応物4が付着しているため、測定基板6の表面のマススペクトルを飛行時間型二次イオン質量分析法で測定すると、6価クロムとジフェニルカルバジドとの反応物4の質量ピーク100が観測される。本実施の形態では、この質量ピーク100の有無を確認することによって、試料1中に6価クロムが存在しているか否かを判定する。なお、質量ピーク100には3本の同位体ピークが含まれている。
【0020】
また、図2に示されるように、測定基板6の表面を分析すると、ジフェニルカルバジドの質量ピーク101と、CrO3-の質量ピーク102と、ZnOH2-の質量ピーク103とが観測される。質量ピーク101には3本の同位体ピークが含まれており、質量ピーク102には2本の同位体ピークが含まれており、質量ピーク103には4本の同位体ピークが含まれている。
【0021】
上述のように、52Cr163-の質量電荷比(=99.9252)は、67Zn1612-の質量電荷比(=99.9247)と非常に近い値を示すことから、CrO3-の質量ピーク102は、二次イオン質量分析装置の分解能の制限により、ZnOH2-の質量ピーク103と重なって観測される。具体的には、図2に示されるように、質量ピーク102に含まれるすべての同位体ピークが、質量ピーク103に含まれる4本の同位体ピークのうち質量電荷比が大きい方の2本の同位体ピークと重なって観測される。したがって、CrO3-の質量電荷比付近での質量ピークを測定したとしても、当該質量ピークが亜鉛に起因するものなのか、6価クロムに起因するものなのか区別できず、試料1中の6価クロムの有無を正確に判定できない。
【0022】
一方で、亜鉛はジフェニルカルバジドと反応物を生成しないことから、6価クロムと試薬との反応物4の質量ピーク100は、亜鉛に起因する質量ピークと重なることはない。したがって、本実施の形態のように、反応物4の質量ピーク100を測定することによって試料1中での6価クロムの有無を正確に判定することができる。
【0023】
また、試料1中の6価クロムを有機酸溶液2に抽出する工程において、6価クロム以外の金属イオン、例えば6価モリブデン、5価バナジウム、3価鉄なども有機酸溶液2に抽出されて、これらの金属イオンと、ジフェニルカルバジドとが反応して反応物を生成したとしても、当該反応物の質量ピークは、6価クロムとジフェニルカルバジドとの反応物4の質量ピーク100とは十分に離れて観測される。したがって、試料1から6価クロムと共存する金属イオンを除去する工程が不要となり、前処理に要する時間を大幅に短縮することができる。
【0024】
本実施の形態では、試料1として10〜15mm角の板状のものを使用している。ピペット3で滴下される有機酸溶液2の量は、このような形状の試料1から零れ落ちない程度の量、具体的には10〜200μlであることが望ましい。特に、20〜50μlであることが望ましい。
【0025】
また、有機酸溶液2として酢酸溶液を使用する代わりに、蟻酸溶液やプロピオン酸溶液などを使用しても良い。
【0026】
また、有機酸溶液2に含める試薬としては、ジフェニルカルバジドの代わりにクロモトロープ酸を使用しても良い。この場合には、クロモトロープ酸と6価クロムとの反応物の質量ピークの有無を観測することによって、試料1中における6価クロムの有無を判定することになる。
【0027】
以上のように、本実施の形態に係る6価クロムの検出方法によれば、試料1中に6価クロムが含まれる場合、有機酸溶液2を乾燥させた後の測定基板6の表面上には6価クロムと試料との反応物4が存在することから、当該測定基板6の表面を分析することによって当該反応物4を分析することができる。6価クロムと試薬との反応物4を分析することによって、試料1中における6価クロムの有無を高精度に検出することができる。
【0028】
さらに、有機酸溶液2は50度以下の比較的低温度で乾燥させることができることから、有機酸溶液2を乾燥させ際に、試料1に含まれていた3価クロムが酸化されて6価クロムに変化することを抑制できる。
【0029】
一方で、有機酸溶液2の代わりにりん酸溶液やアンモニア溶液などを使用した場合には、当該溶液を低温度で乾燥することができないことから、当該溶液を乾燥する際、試料1に含まれていた3価クロムが酸化して6価クロムに変化し、試料1中に本来含まれていた6価クロムとは別の6価クロムが生成されることになる。したがって、試料1中に本来含まれていた6価クロムの有無を正確に検出することは困難である。
【0030】
本実施の形態では、3価クロムが6価クロムに変化することを抑制することができるため、試料1中に本来含まれていた6価クロムの有無を正確に検出することができる。
【0031】
また、本実施の形態では、試薬としてジフェニカルバジドあるいはクロモトロープ酸を使用している。ジフェニカルバジド及びクロモトロープ酸は、3価クロムと反応しないため、試薬と3価クロムとの反応物が生成されることはない。仮に3価クロムと試薬との反応物が生成されると、当該反応物の質量ピークと、6価クロムと試薬との反応物の質量ピークとが重なる可能性があることから、試薬としてジフェニカルバジドあるいはクロモトロープ酸を使用することによって、試料1中の6価クロムの有無をさらに正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施の形態に係る6価クロムの検出方法を示す図である。
【図2】二次イオン質量分析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 試料、2 有機酸溶液、6 測定基板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)試料と、6価クロムと反応する試薬を含む有機酸溶液とを所定時間接触させる工程と、
(b)前記工程(a)の後に、基板の表面上に前記有機酸溶液を載置する工程と、
(c)前記工程(b)の後に、前記有機酸溶液を乾燥させる工程と、
(d)前記工程(c)の後に、前記基板の前記表面を分析して、前記試料中における6価クロムの有無を判定する工程と
を備える、6価クロムの検出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の6価クロムの検出方法であって、
前記工程(d)の前記表面を分析する方法は、6価クロムと前記試薬との反応物質を質量分析する方法である、6価クロムの検出方法。
【請求項3】
請求項1及び請求項2のいずれか一つに記載の6価クロムの検出方法であって、
前記試薬として、ジフェニカルバジドあるいはクロモトロープ酸を使用する、6価クロムの検出方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載の6価クロムの検出方法であって、
前記有機酸溶液として、酢酸溶液、蟻酸溶液及びプロピオン酸溶液のいずれか一つを使用する、6価クロムの検出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−333555(P2007−333555A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−165576(P2006−165576)
【出願日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】