説明

Ag基合金からなる反射膜

【課題】高い反射率を有しながら、膜に欠陥が存在していても、白濁部が発生したり白濁部が粗大化しないAg基合金からなる反射膜およびそれらを形成するためのスパッタリングターゲット材または蒸着材料を提供すること。
【解決手段】0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAuを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水蒸気および水蒸気に含まれるハロゲン系元素に対する高い耐食性を有する、Ag基合金からなる、LED等の照明に使用し得る反射膜およびスパッタリング材または蒸着材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、LED照明に使用される反射鏡や通常の照明でも発光効率を高めるためにメッキに代わってスパッタや蒸着による膜が使用されまたは検討されている。
【0003】
照明用に使用される反射鏡は、湿度が高い場所や屋外で使用されることがあるため高い耐環境性が求められている。このような使用環境下で、反射鏡に最も負荷がかかる因子は湿度であり、高湿環境下では、反射鏡が水蒸気により腐食したり変色する場合がある。
【0004】
高湿環境下での腐食を防ぐため、反射鏡は、反射膜の上に保護膜をコーティングし、腐食を防いでいる。メッキの場合、反射膜の厚さが数μm程度と厚く、腐食の進行が遅いため、保護膜をコーティングすることで十分対応が可能であったが、スパッタリング法や蒸着により成膜した膜は、厚さが0.3μm未満と薄く腐食の進行が速いため、膜の耐湿性がメッキ膜よりも劣る。しかも通常コーティングに使用されている保護膜は、水蒸気の透過抑制に限界がある。そのためスパッタリング法や蒸着により成膜した膜には、高い耐湿性が求められる。また、屋外等の大気環境下では、塩素等のハロゲン元素も存在しており、水蒸気による腐食に加え、ハロゲン元素による腐食も加わる。そのためスパッタリング法や蒸着により成膜した膜には、耐ハロゲン性も求められる。
【0005】
特許文献1および2には、スパッタリング法や蒸着により成膜した膜の耐湿性や耐ハロゲン性を向上させ、反射率の低下を抑制する方法が提案されている。しかし、これらの方法では、基板の汚れや成膜時の影響で、部分的にピンホール等の欠陥が形成される場合がある。ピンホール等の欠陥がある場合、欠陥部を起点に白濁し、白濁した箇所が徐々に大きくなるという問題がある。このため、欠陥があっても白濁しないかまたは白濁した箇所が大きくならないことが求められる。また、LED照明等では、工程上反射膜が200℃以上の高温にさらされる場合があるため、耐熱性も要求される。
【0006】
例えば、保護膜無でスパッタ法にて成膜したAl膜を高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらした場合には、図1に示すように下地基板が見えるほど腐食が進行し、十分な保護膜を形成しない限り使用が困難である。
【0007】
他方、保護膜無でスパッタ法にて成膜したAg膜(膜厚:130nm)を高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらした場合には、下地が見えるほどの腐食はないものの、図2に示すように表面全体が白濁する。高湿環境下にさらしたAg膜の表面をSEMで観察した結果を図3に示す。図3に示すように、白濁した部分は、粒状の凝集物で覆われている。このような現象は、白濁部の面積、個数等に差異はあるものの、Ag−PdやAg−Auのような合金でも起こっており、単純にAgに元素を添加しただけでは、膜の凝集は抑えられない。
【0008】
このような白濁に関して、特許文献1に記載されているAg−0.5Au−0.85Cu−0.13P(mass%)膜、膜厚:130nmを高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらし、表面状態を観察した結果を図4に示す。図3のような白濁部は無いが、○で囲った箇所が点状に白濁している。高湿環境下にさらしたAg−0.5Au−
0.85Cu−0.13P(mass%)膜、膜厚:130nmの点状の白濁部の表面をSEMで観察した結果を図5に示す。
【0009】
SEMにより観察した結果、図5のように白濁部の中心部に約φ50μmの光が透過する程度まで薄くなった欠陥があり、欠陥部は粒状の凝集物で形成されていた。この中心部を起点に、白濁部が網目状に形成され、白濁部が拡大している。ただし白濁部の中心点から外れると凝集物は認められない。
【0010】
上記組成の膜は、欠陥のない膜であれば白濁しないことが予想されるが、スパッタ法で成膜した膜の欠陥を完全なくすことは困難であるため、成膜した基板は、ほとんどの場合、点状の白濁部が複数存在している。
【0011】
この白濁部は、反射率にはほとんど影響しないが、外観上問題となるため、白濁部がないかもしくは白濁部が粗大にならないことが求められている。さらに、水蒸気にさらに塩素等微量のハロゲン元素が含有されていると、白濁部は、水蒸気による腐食に加え、ハロゲン元素による腐食により、白濁部の粗大化が促進されるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−120429号公報
【特許文献2】特開2005−308814号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、上記のような問題を克服し、高い反射率を有しながら、膜に欠陥が存在していても、白濁部が発生したり白濁部が粗大化しないAg基合金からなる反射膜およびそれらを形成するためのスパッタリングターゲット材または蒸着材料を提供することである。
【0014】
本発明の目的は、また、工程上200〜300℃程度の熱にさらされる場合があるLED照明等に使用し得る、耐熱性を有する反射膜およびそれらを形成するスパッタリングターゲット材または蒸着材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討した結果、今回、Agに特定少量のP、CuおよびAuを添加し合金化すると、Agがもつ高い反射率を維持しつつ、水蒸気およびハロゲン元素を含む水蒸気による白濁部の発生または白濁部の粗大化が抑制され且つ高い耐熱性を有するAg基合金膜が得られること;Agに特定少量のP、CuおよびAuに加え、さらにIn、Sn、Zn、Pdおよび/またはMnのような金属元素を添加することにより、水蒸気およびハロゲン元素を含む水蒸気による白濁部の発生または白濁部の粗大化が抑制され且つ高い耐熱性を有し、さらに耐食性が向上したAg基合金膜が得られること;Agに特定少量のP、Cu、Auに加え、さらにBiのような金属元素を添加させることにより、水蒸気およびハロゲン元素を含む水蒸気による白濁部の発生または白濁部の粗大化が抑制され且つ高い耐熱性がさらに向上したAg基合金膜が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
かくして、本発明は、
(1) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAuを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(2) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、ならびに0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(3) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、ならびに0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(4) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、および0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(5) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素、ならびに0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(6) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素、ならびに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(7) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、ならびにに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
(8) 0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、ならびに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜;
を提供するものである。
【0017】
本発明は、また、上記(1)〜(8)に記載のAg基合金からなるスパッタリングターゲット材または蒸着材料を提供するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、膜中に存在する欠陥を起点とした水蒸気による白濁部の発生または白濁部の粗大化が抑制され且つ耐熱性も有する反射膜およびスパッタリングターゲット材または蒸着材料を提供するための極めて有効な技術である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、保護膜無でスパッタ法にて成膜したAl膜を高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらした場合の膜表面の外観(スキャナによる取込み画像)。
【図2】図2は、保護膜無でスパッタ法にて成膜したAg膜(膜厚:130nm)を高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらした場合の膜表面の外観(スキャナによる取込み画像)。
【図3】図3は、高湿環境下にさらしたAg膜の表面のSEM写真(倍率:×1,000)。
【図4】図4は、特許文献1に記載されているAg−0.5Au−0.85Cu−0.13P(mass%)膜、膜厚:130nmを高湿環境下(80℃、90%RH×48hr)にさらした後の膜表面の外観(スキャナによる取込み画像)。
【図5】図5は、高湿環境下にさらしたAg−0.5Au−0.85Cu−0.13P(mass%)膜、膜厚:130nm]の点状の白濁部の表面のSEM写真(倍率:(a)×400、(b)〜(d)×10,000)。
【0020】
以下、本発明の反射膜およびそれを形成するためのスパッタリングターゲット材および蒸着材料について、さらに詳細に説明する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材および蒸着材料は、基本的には、Agをベースとし、これにPとCuおよびAuを複合添加し、合金化してなる四元系のAg基合金からなり、Pを0.005〜1.0mass%、好ましくは0.01〜0.5mass%、Cuを0.01〜5.0mass%、好ましくは0.05〜2.0mass%、そしてAuを0.9mass%より多く5.0mass%以下、好ましくは1.0〜3.0mass%含有し、残りがAgと不可避不純物であるAg基合金からなることができる。
【0022】
本発明の反射膜およびそれを形成するためのスパッタリングターゲット材または蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分をベースとし、それに、さらに、In、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素(以下、「A群金属元素」という)を添加し合金化してなる五元系のAg基合金からなることができる。A群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができる。これらのA群金属元素の添加により、得られるAg基合金の耐食性を向上させることができる。
【0023】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材または蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分をベースとし、それに、さらに、PdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の元素(以下、「B群金属元素」という)を添加し合金化してなる五元系のAg基合金からなることができる。B群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができる。これらのB群金属元素の添加により、得られるAg基合金の耐食性を向上させることができる。
【0024】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材または蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分をベースとし、それに、さらに、Biを添加し合金化してなる五元系のAg基合金からなることができる。Biの含有量は0.01〜1.0mass%、好ましくは0.1〜0.8mass%の範囲内とすることができる。Biの添加により、得られるAg基合金の耐熱性をさらに向上させることができる。
【0025】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材または蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分とベースとし、それに、さらに、A群金属元素とB群金属元素の両者を添加し合金化してなる六元系のAg基合金からなることができる。このAg基合金において、A群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができ、また、B群金属元素は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができる。A群金属元素とB群金属元素の両者を同時に添加することによって
、得られるAg基合金の耐食性をさらに一層向上させることができる。
【0026】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材および蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分とし、それに、さらに、A群金属元素とBiの両者を添加し合金化してなる六元系のAg基合金からなることができる。このAg基合金において、A群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができ、また、Biの含有量は0.01〜1.0mass%、好ましくは0.1〜0.8mass%の範囲内とすることができる。A群金属元素とBiの両者を同時に添加することによって、得られるAg基合金の耐食性を向上させるとともに、耐熱性をさらに向上させることができる。
【0027】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材および蒸着材料は、また、基本の上記の四元系のAg基合金成分とし、それに、さらに、B群金属元素とBiの両者を添加し合金化してなる六元系のAg基合金からなることができる。このAg基合金において、B群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができ、また、Biの含有量は0.01〜1.0mass%、好ましくは0.1〜0.8mass%の範囲内とすることができる。B群金属元素とBiの両者を同時に添加することによって、得られるAg基合金の耐食性を向上させるとともに、耐熱性をさらに向上させることができる。
【0028】
本発明の反射膜およびそれを形成するスパッタリングターゲット材および蒸着材料は、また、基本の上記四元系のAg基合金成分とし、それに、さらに、A群金属元素とB群金属元素とBiの三者を添加し合金化してなる七元系のAg基合金からなることができる。このAg基合金において、A群金属元素の含有量は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができ、B群金属元素は合計で0.01〜2.0mass%、好ましくは0.1〜1.5mass%の範囲内とすることができ、また、Biの含有量は0.01〜1.0mass%、好ましくは0.1〜0.8mass%の範囲内とすることができる。A群金属元素とB群金属元素とBiの三者を同時に添加することによって、得られるAg基合金の耐食性を、さらに一層向上させることができるとともに、耐熱性をさらに向上させることができる。
【0029】
本発明に従うAg基合金は、それ自体既知の方法に従い、例えば、AgにCuとPとAuを上記の量で添加し;あるいはAgにCuとPとAuと、さらにA群金属元素、B群金属元素およびBiのうちの1成分を上記の量で添加し;あるいはAgにCuとPとAuと、さらにA群金属元素およびB群金属元素の2成分を上記の量で添加し;あるいはAgにCuとPとAuと、さらにA群金属元素およびBiの2成分を上記の量で添加し;あるいはAgにCuとPとAuと、さらにB群金属元素およびBiの2成分を上記の量で添加し;あるいはAgにCuとPとAuと、さらにA群金属元素、B群金属元素およびBiの3成分を上記の量で添加して原料配合物を調製し、それをガス炉、高周波溶解炉など適当な金属溶解炉内で約1000〜約1200℃の温度に加熱し溶融することにより製造することができる。溶融時の炉雰囲気としては、通常大気が用いることができるが、必要に応じて不活性ガスまたは真空を使用することもできる。
【0030】
また、溶融状態の上記のAg基合金を適当な型に鋳造し、インゴットを作製し、必要に応じて、インゴットを鍛造、圧延により板状にした後、所定の形状に切削することにより、本発明のスパッタリングターゲット材または蒸着材料を作製することができる。
【0031】
本発明のスパッタリングターゲット材または蒸着材料は、また、例えば、上記の割合で配合した原料の金属粉末を混合し、混合した粉末を型に入れ、ホットプレス法、HIP法、放電プラズマ焼結法等により焼結することによっても作製することができる。
【0032】
使用される主原料であるAgは、粉末状、粒状、板状、塊状等の市販されているものを使用することができ、純度が通常99.9%以上、好ましくは99.99%以上のものが好適である。また、添加元素であるP、Cu、Au、In、Sn、Zn、Pd、MnおよびBiは、粉末状、粒状、板状、塊状等の形態で市販されているものを使用することができ、純度が通常99.9%以上、好ましくは99.95%以上のものが好適である。
【0033】
本発明の反射膜は、例えば、上記の如くして成形されるスパッタリングターゲット材を、それ自体既知のスパッタリング法、例えば、高周波(RF)スパッタリング法、直流(DC)スパッタリング法等により適当な基体上にスパッタリングし成膜することにより作製することができる。
【0034】
本発明の反射膜は、例えば、基本となるスパッタリングターゲット材を作製し、また別に他の金属元素の1種もしくは複数種からなるバルクチップを作製し、該バルクチップを所定の組成になるようにして上記基本となるスパッタリングターゲット材上に載せるかまたは埋め込む等することにより複合型スパッタリングターゲット材を作製し、その複合型スパッタリングターゲット材を上記のようにして適当な基体上にスパッタリングし成膜することにより作製することもできる。
【0035】
あるいはまた、本発明の反射膜は、例えば、上記の如くして得られるAg基合金からなるインゴットまたは板を用い、それ自体既知の方法に従い、Ag基合金を適当な基体上に蒸着等により成膜することによっても作製することができる。
【0036】
かくして得られるAg基合金から構成される反射膜は、高い反射率を維持しつつ、水蒸気およびハロゲン元素を含んだ水蒸気に対し、従来のAgやAg合金に比べ、白濁部の発生または白濁部の粗大化の抑制が格段に向上しているという顕著な効果を奏する。
【0037】
したがって、本発明のAg基合金からなる反射膜は、例えば、高反射率が要求されるLED等の照明に使用する反射鏡、またはLED等に使用する反射電極膜等として有利に使用することができる。
【0038】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0039】
製造例:スパッタリングターゲット材の作製
Agに、CuP母合金、Au、Cu、In、Zn、Mnおよび/またはBiを所定割合で配合したものを、ガス炉にて溶融、鋳造、圧延し、所定の厚さまで圧延した後、φ4インチに切削してスパッタリングターゲット材を作製した。さらに、Agのみを上記と同様に処理し、比較用および複合ターゲット用として、Agターゲット材を作製した。
【0040】
作製したスパッタリングターゲット材の元素分析値を下記表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
上記のターゲット上に下記表2に示すバルクチップを1つまたは複数載せ、複合ターゲットを作製した。
【0043】
【表2】

【0044】
実施例1−1〜1−14および比較例1−1〜1−9
上記表1に記載のスパッタリングターゲット単独または表1に記載のスパッタリングターゲット上に表2に記載のチップを載せた複合スパッタリングターゲットを用いて、ガラス板上に膜厚が130nmになるように高周波(RF)スパッタリング法により成膜し、実施例および比較例用の膜サンプルを作製した。
【0045】
成膜した膜の組成は、波長分散型蛍光X線分析装置により分析した。その結果を下記表3に示す。
【0046】
【表3】

【0047】
成膜直後の膜の反射率の測定
作製した各膜の成膜直後の波長が600nmの光に対する反射率を測定した。その結果を下記表5に示す。反射率は入射角5°の絶対反射率の値である。
【0048】
【表4】

【0049】
表4に示すように、ほとんどの膜は反射率が95%以上であるが、比較例1−6のPの含有量が1.0mass%を超えた膜は反射率が90%未満であり、Pの含有量が1.0mass%を超えると、著しく反射率が低下することがわかる。また、Auの含有量が5.0mass%を超えた比較例1−8の膜でも、反射率が95%を下回っており、Au含有量が5mass%を超えると、反射率が低下する傾向が大きくなることがわかる。
【0050】
恒温恒湿試験
作製した各膜サンプルを、80℃、90%RHの恒温恒湿雰囲気下で48時間保持し、試験前後の反射率の変化を測定した。試験前後の反射率の変化率は下記式により算出した。湿度保持に利用した水はイオン交換水である。反射率は入射角5°の絶対反射率の値である。結果を下記表5に示す。
【0051】

変化率(%)=100−(試験後の反射率/試験前の反射率×100)[測定波長:600nm]

【0052】
【表5】

【0053】
表5に示すように、実施例の膜には、試験前後で反射率の変化が認められない。これに対し、比較例の膜では、AgやPd、Auを単独で添加した比較例1−1、1−8および1−9の膜、ならびにP含有量が1mass%を超えた比較例1−7の膜において、試験前後の反射率の変化率が大きくなっている。
【0054】
80℃、90%RHの恒温恒湿雰囲気中、48時間保持後の各膜の白濁部の面積率、ならびに白濁した箇所の大きさおよび個数を測定した。測定は、試験後の表面をスキャナにより取込み、画像解析により、白濁した箇所の面積率、および外観検査上目視で確認できるφ0.5mm以上の面積を有する白濁部の個数を測定することにより行った。測定面積は20×30mmとし、測定試料数はn=2とした。
【0055】
試験結果を下記表6に示す。
【0056】
【表6】

【0057】
試験の結果、比較例1−1のAg膜は白濁面積が99.8%であり、基板が見えるほどの腐食はないものの全面が白濁している。
【0058】
また、比較例1−7〜1−9の膜は、いずれも白濁面積が50%を超えており、個数は少ないが個々の面積が大きく、白濁の抑制はなされていない。比較例1−2〜1−6の膜は、白濁した面積率が小さく、ほとんど白濁していないが、φ0.5mm以上の白濁が数個存在する。また、比較例1−3や1−5の0.5%程度のAuを添加した膜では個数が減少しているが、φ0.5mm以上の白濁が存在しており、白濁部の発生または白濁部の粗大化の抑制が十分でない。さらに、Mnが添加された比較例1−6の膜でも、φ0.5mm以上の白濁部が確認されている。
【0059】
他方、実施例の膜は、白濁した面積率がすべて1%未満であり、φ0.5mm以上の白濁部は存在しておらず、白濁部の発生または白濁部の粗大化が抑制されていることがわかる。
【0060】
塩素への高湿曝露試験
密閉容器中に水道水を入れ、作製した各膜サンプルを水道水に触れないように設置し、80℃で48時間保持し、試験前後の反射率の変化を測定した。水道水には塩素が0.1mg/L以上含まれている。また、密閉容器中の湿度を測定した結果、60%RH以上となっていた。試験前後の反射率の変化率は下記式により算出した。反射率は入射角5°の
絶対反射率の値である。
【0061】
結果を下記表7に示す。
【0062】

変化率(%)=100−(試験後の反射率/試験前の反射率×100)[測定波長:600nm]

【0063】
【表7】

【0064】
表7に示すように、実施例の膜には、試験前後で反射率の変化が認められない。これに対し、比較例の膜では、AgやPd、Auを単独で添加した比較例1−1、1−8および1−9の膜、ならびにP含有量が1mass%を超えた比較例1−7の膜において、試験前後の反射率の変化率が大きくなっている。
【0065】
密閉容器中に水道水を入れ、試料を水道水に触れないように設置し、80℃で48hr時間保持後の白濁部の面積率、ならびに白濁部の大きさおよび個数を測定した。測定は、試験後の表面をスキャナにより取込み、画像解析により、白濁した箇所の面積率、および外観検査上目視で確認できるφ0.5mm以上の面積を有する白濁部の個数を測定することにより行った。測定面積は20×30mmとし、測定試料数はn=2とした。
【0066】
試験結果を下記表8に示す。
【0067】
【表8】

【0068】
試験の結果、比較例の膜は、恒温恒湿試験ほどではないがいずれも白濁しており、全面的に白濁しているものはないが、φ0.5mm以上白濁した箇所の個数が多くなっている。特に、上記の恒温恒湿試験ではほとんど白濁していなかった比較例1−2の膜は、白濁した面積率が増加し、φ0.5mm以上の白濁部の個数も増加した。
【0069】
他方、実施例の膜は、白濁した面積率がいずれも1%未満であり、φ0.5mm以上の白濁部は存在しなかった。
【0070】
水蒸気曝露試験
作製した各膜を沸騰した水道水の水蒸気に直接1時間当てる水蒸気曝露試験を行った。水面と膜の距離は約10〜20mm程度である。試験前後の反射率の変化率は下記式により算出した。反射率は入射角5°の絶対反射率である。
【0071】
結果を下記表9に示す。
【0072】

変化率(%)=100−(試験後の反射率/試験前の反射率×100)[測定波長:
600nm]

【0073】
【表9】

【0074】
表9に示すように、実施例の膜には反射率の変化が起きていない。他方、比較例の膜は、AgやPd、Auを単独添加した比較例1−1、1−8および1−9の膜、ならびにP含有量が1mass%を超えた比較例1−7の膜の変化率が大きくなっている。
【0075】
作製した各膜の反射率を測定後、沸騰した水道水の水蒸気を膜に直接1時間当てる水蒸気曝露試験後の白濁部の面積率、ならびに白濁部の大きさおよび個数を測定した。測定は、試験後の表面をスキャナにより取込み、画像解析により、白濁部の面積率および外観検査上目視で確認できるφ0.5mm以上の面積を有する白濁部の個数を測定することにより行った。測定面積は20×30mmとし、測定試料数はn=2とした。
【0076】
試験結果を下記表10に示す。
【0077】
【表10】

【0078】
試験の結果、比較例1−1のAg膜は、基板が見えるほど腐食してはいないもののほぼ全面白濁していた。また、比較例1−7〜1−9の膜は、いずれも白濁面積が50%を超えており、白濁の抑制はなされていない。比較例1−3〜1−6の膜は白濁した面積率が小さく、ほとんど白濁していないが、φ0.5mm以上の白濁が存在する。また、比較例1−2の膜は、白濁面積、個数とも増加しており、耐ハロゲン性を有していないことがわかる。比較例1−3や1−5の0.5%程度のAuを添加した膜は、Auを添加していない比較例1−2、1−4および1−7の膜に比べて個数は減少しているものの、φ0.5mm以上の白濁が存在している。Mnを添加した比較例1−6の膜でも、個数は少ないが、φ0.5mm以上の白濁が確認されている。
【0079】
他方、実施例の膜は白濁した面積率がいずれも1%未満であり、φ0.5mm以上の白濁した点は存在しなかった。
【0080】
耐熱性試験
作製した各膜を、大気中で250℃、1時間熱処理を施し、試験前後の反射率の変化を測定した。試験前後の反射率の変化率は下記式により算出した。反射率は入射角5°の絶対反射率の値である。
【0081】
結果を下記表11に示す。
【0082】

変化率(%)=100−(試験後の反射率/試験前の反射率×100)[測定波長:600nm]

【0083】
【表11】

【0084】
表11に示すように、実施例の膜は、反射率の変化が起きておらず、良好な耐熱性を有している。
【0085】
他方、比較例1−7のP含有量が1mass%を超えた膜は反射率が大きく低下している。また、比較例1−1のAg膜ならびに比較例1−8および1−9のPd、Auを単独添加した膜も反射率が低下している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAuを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項2】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、ならびに0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項3】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、ならびに0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項4】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、および0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項5】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素、ならびに0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素を含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項6】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種を含有する金属元素、ならびに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項7】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、ならびにに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項8】
0.005〜1.0mass%のP、0.01〜5.0mass%のCu、0.9mass%より多く5.0mass%以下のAu、0.01〜2.0mass%のIn、SnおよびZnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、0.01〜2.0mass%のPdおよびMnから選ばれる少なくとも1種の金属元素、ならびに0.01〜1.0mass%のBiを含有し、残部がAg及び不可避不純物より構成されるAg基合金からなることを特徴とする反射膜。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のAg基合金からなるスパッタリングターゲット材または蒸着材料。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate