説明

Cu−Ga合金の切断方法およびスパッタリングターゲットの製造方法

【課題】 Gaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金塊であっても、生産効率が低下することなく、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなくこれを切断して所望の形状に切断することができるCu−Ga合金の切断方法を提供する。
【解決手段】 Cu−Ga合金の切断方法は、熱処理工程とスライス加工工程とを含む。熱処理工程では、溶解鋳造により作製された直方体形状のCu−Ga合金塊81を、450℃以上700℃未満の温度下で熱処理する。次に、スライス加工工程では、熱処理されたCu−Ga合金塊81を、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、ダイヤモンドバンドソー装置1またはマルチワイヤソー装置10を用いて切断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu−Ga合金の切断方法およびスパッタリングターゲットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Ga(ガリウム)の組成比が比較的大きいCu−Ga合金は、主に、薄膜型太陽電池を構成する光吸収層の薄膜形成用のスパッタリングターゲットとして用いられる。
【0003】
スパッタリングターゲットは、溶解鋳造法によって製造された直方体形状(例えば大きさが、300mm×400mm×1000mmである)の合金インゴット(スラブ)を、旋盤や丸鋸を用いて幾つかに切断し、切断された合金片(スラブ)を圧延、切削することにより製造される。
【0004】
スパッタリングターゲットとして用いられるGaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金は、延性や展性が乏しく、硬度が高くて割れ易い(脆い)。そのため、例えば直方体形状のCu−Ga合金塊に切断加工を含む塑性加工などの加工を施すと、加工後の当該Cu−Ga合金にひびが入ったり、割れたり欠けたりする。このような不都合が生じたCu−Ga合金を製品化するには、例えばひびが入った部分などを切削して除去しなければならない。また、発生した切削屑には切削によって不純物が混入してしまうため、例えばCu−Ga合金をスパッタリングターゲットとして用いる場合には、当該切削屑をCu−Ga合金として再利用することはできない。それゆえ、再利用できない多量の切削屑が発生してCu−Ga合金の製品の歩留りが悪くなる。
【0005】
さらに、一般にスパッタリングターゲットとして用いられるCu−Ga合金のうち、Gaの組成比が原子百分率で25at%以上と大きいCu−Ga合金(いわゆる硬脆材)は、特に硬度が高くて割れ易い(脆い)ため、塑性加工などの加工を施すことができない。
【0006】
そこで、通常、Gaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金は、セラミックスなどの成形と同様に、Cu−Ga合金粉末を焼結することによって所望の形状に成形(製造)している。
【0007】
しかしながら、粉末を焼結することによって所望の形状のCu−Ga合金を製造する方法では、塑性加工などの加工を施して製造する方法と比較して、Cu−Ga合金の製品の歩留りは改善されるものの、当該製品の生産性が低くなってしまう。
【0008】
また、例えば、特許文献1には、溶解鋳造によって、スパッタリングターゲット用のCu−Ga合金を製造する方法が開示されている。しかしながら、特許文献1に開示される技術では、比較的小さなサイズのCu−Ga合金しか製造することができず、また、所望するCu−Ga合金の大きさに合わせたモールドをその都度用意しなければならないので、生産性が極めて低い。
【0009】
Cu−Ga合金をスパッタリングターゲットとして用いる場合には、当該Cu−Ga合金は一般的に生産性の高い溶解鋳造によって製造されていることが望ましいものの、塑性加工などの加工を施さずに所望の大きさのCu−Ga合金を得る上記方法では生産性が向上せず、溶解鋳造によって製造されたCu−Ga合金塊に塑性加工などの加工を施すと、加工後の当該Cu−Ga合金にひびが入ったり、割れたり欠けたりする。特に、直方体形状のCu−Ga合金塊を、直方体の最も短い辺に対して切断面が垂直となるように切断するスライス加工時に、Cu−Ga合金にひびが入ったり、割れたり欠けたりする。
【0010】
したがって、例えば溶解鋳造によって製造されたGaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金塊であっても、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく切断して所望の形状に切断(加工)することができるCu−Ga合金の切断方法が望まれている。
【0011】
このような問題点を解決する方法として、特許文献2には、Cu−Ga合金塊をワイヤー放電加工によって切断する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000−73163号公報
【特許文献2】特開2009−255286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献2に開示されるCu−Ga合金の切断方法によれば、Cu−Ga合金塊をワイヤー放電加工によって切断するので、Cu−Ga合金塊に対して大きな力を付与せずに非接触で切断することができ、スライス加工であっても、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく所望の形状に切断することができる。
【0014】
しかしながら、ワイヤー放電加工は、水を介してCu−Ga合金塊に対してアーク放電を行うことにより、当該Cu−Ga合金塊の切断を行うので、切断面に変質層が形成される場合がある。この変質層は、切削するだけで容易に除去することができるものの、その後に続く、表面平坦化のための切削、研磨工程が必要であり、Cu−Ga合金の製品の生産効率が低下する。
【0015】
したがって、本発明の目的は、例えば溶解鋳造によって製造されたGaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金塊であっても、生産効率が低下することなく、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなくこれを切断して所望の形状に切断(加工)することができるCu−Ga合金の切断方法、およびスパッタリングターゲットの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、溶解鋳造により作製された、Cu−Ga合金からなる直方体形状のCu−Ga合金塊を、450℃以上700℃未満の温度下で熱処理する熱処理工程と、
熱処理されたCu−Ga合金塊を切断するスライス加工工程であって、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断するスライス加工工程と、を含むことを特徴とするCu−Ga合金の切断方法である。
【0017】
また本発明のCu−Ga合金の切断方法において、Cu−Ga合金におけるGaの組成比は、原子百分率で10at%以上50at%以下であることを特徴とする。
【0018】
また本発明は、Cu−Ga合金からなるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
前記Cu−Ga合金の切断方法によりスパッタリングターゲットを作製することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、Cu−Ga合金の切断方法は、熱処理工程とスライス加工工程とを含む。熱処理工程では、溶解鋳造により作製された直方体形状のCu−Ga合金塊を、450℃以上700℃未満の温度下で熱処理する。この熱処理によって、Cu−Ga合金塊の内部に発生した応力を解放することができる。次に、スライス加工工程では、熱処理されたCu−Ga合金塊を、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断する。スライス加工工程では、熱処理によって内部応力が解放されたCu−Ga合金塊をスライス加工するので、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断しても、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく、所望の形状に切断することができる。
【0020】
また、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いたスライス加工は、ワイヤー放電加工のように水中での加工ではなく、水性または油性の加工液を噴きつけながら行う加工である。そのため、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いたスライス加工後のCu−Ga合金における切断面に、変質層が形成されることはない。したがって、スライス加工後のCu−Ga合金に対して、変質層を除去するための切削加工を施す必要がないので、Cu−Ga合金の製品の生産効率を向上することができる。
【0021】
また本発明によれば、Cu−Ga合金におけるGaの組成比は、原子百分率で10at%以上50at%以下である。Gaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金は、硬度が高くて脆い硬脆材であるので、Cu−Ga合金塊を切断する際に、ひびが入ったり、割れたり欠けたりするおそれがある。これに対して、本発明の切断方法では、Cu−Ga合金塊の内部に発生した応力を熱処理によって解放するので、Gaの組成比が比較的大きいCu−Ga合金塊であっても、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく、所望の形状に切断することができる。
【0022】
また本発明によれば、スパッタリングターゲットの製造方法では、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく所望の形状に切断することができる、前述のCu−Ga合金の切断方法によりスパッタリングターゲットを作製するので、ひび割れなどの欠陥が発生していないスパッタリングターゲットを製造することができる。したがって、製造されたスパッタリングターゲットは、例えば、薄膜型太陽電池を構成する光吸収層の薄膜形成用のスパッタリングターゲットとして好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】スパッタリングターゲットの製造方法を説明するための図である。
【図2】ダイヤモンドバンドソー装置1の構成を示す斜視図である。
【図3】マルチワイヤソー装置10の構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本実施形態のCu−Ga合金の切断方法は、熱処理工程とスライス加工工程とを含む。そして、本実施形態のスパッタリングターゲットの製造方法は、Cu−Ga合金の切断方法における各工程を含む。具体的には、スパッタリングターゲットの製造方法は、Cu−Ga合金塊を準備する準備工程と、熱処理工程と、端部切断加工工程と、スライス加工工程と、切出し工程と、表面研磨加工工程とを含む。スパッタリングターゲットの製造方法における、熱処理工程とスライス加工工程とは、本実施形態のCu−Ga合金の切断方法に含まれる工程である。図1は、スパッタリングターゲットの製造方法を説明するための図である。
【0025】
(準備工程)
準備工程では、図1(a)に示すように、Cu(銅)およびGa(ガリウム)の合金であるCu−Ga合金からなる、直方体形状のCu−Ga合金塊81を準備する。
【0026】
Cu−Ga合金塊81は、溶解鋳造によって製造されていることが好ましい。溶解鋳造によって製造することにより、Cu中にGaが偏析しないので、Cu−Ga合金をスパッタリングターゲットとしてスパッタリングに用いたときに得られる薄膜の性能を維持することができる。なお、溶解鋳造の具体的な方法は、一般的な方法を採用することができ、特に限定されるものではない。
【0027】
Cu−Ga合金におけるGaの組成比は、任意の値とすればよいが、原子百分率で10at%以上50at%以下であることが好ましく、15at%以上40at%以下であることがより好ましい。なお、本発明においては、「at%」を「モル%」と類義の語句として扱うこととする。
【0028】
また、Cu中にGaができるだけ偏析しないようにするには、溶解鋳造時にCu−Ga合金全体がより均一に冷却されることが望ましい。したがって、溶解鋳造されるCu−Ga合金塊81は、偏平な直方体形状、具体的には、溶解鋳造の具体的な条件にもよるが、例えば、縦250mm×横500mm×厚み50mm程度の大きさにすることが好ましい。
【0029】
(熱処理工程)
熱処理工程では、準備工程において準備された直方体形状のCu−Ga合金塊81を、大気圧下または真空下(好ましくは大気圧下)で熱処理する。熱処理時の温度としては、450℃以上700℃未満、より好ましくは500℃以上600℃以下である。
【0030】
準備工程において、例えば、溶解鋳造によってCu−Ga合金塊81を製造した場合、このCu−Ga合金塊81は、内部に応力が発生したものとなっている。Cu−Ga合金塊81を熱処理することによって、Cu−Ga合金塊81の内部に発生した応力を解放することができる。熱処理時の温度が低すぎる場合、Cu−Ga合金塊81の内部に発生した応力を解放できず、高すぎる場合は偏析が起こる。熱処理の時間は、1時間以上12時間以下が好ましく、より好ましくは2時間以上8時間以下である。熱処理の時間が短すぎる場合、Cu−Ga合金塊81の内部応力の解放ができず、長すぎる場合生産性の低下につながる。
【0031】
(端部切断加工工程)
端部切断加工工程では、図1(b)に示すように、熱処理工程において熱処理されたCu−Ga合金塊81の端部近傍を切断し、端部部分片811を不要部分として切除する。具体的には、Cu−Ga合金塊81の、直方体の最も長い辺に平行な方向(以下、「長手方向」という)における両端部を切断する。端部切断加工工程では、後述するスライス加工工程で使用するダイヤモンドバンドソー装置や、ワイヤー放電加工、放電加工、レーザー加工、研削機によるダイヤモンド切断加工、切削加工、ウォータージェット加工、ワイヤーソー、ブレードソーを用いて、Cu−Ga合金塊81の切断加工を行う。
【0032】
(スライス加工工程)
スライス加工工程では、図1(c)に示すように、長手方向両端部の不要部分が切除されたCu−Ga合金塊81を、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断し、複数の平板状のスライス板82を作製する。
【0033】
スライス加工工程では、熱処理によって内部応力が解放されたCu−Ga合金塊81をスライス加工するので、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断しても、ひびが入ったり、割れたり欠けたりすることなく、所望の形状に切断することができる。
【0034】
また、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いたスライス加工は、ワイヤー放電加工のように水中での加工ではなく、水性または油性の加工液を噴きつけながら行う加工である。そのため、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いたスライス加工後のCu−Ga合金における切断面に、変質層が形成されることはない。したがって、スライス加工後のCu−Ga合金に対して、変質層を除去するための切削加工を施す必要がないので、Cu−Ga合金の製品の生産効率を向上することができる。
【0035】
ここで、スライス加工工程において用いるダイヤモンドバンドソー装置およびマルチワイヤソー装置について、図面を参照しながら説明する。
【0036】
図2は、ダイヤモンドバンドソー装置1の構成を示す斜視図である。ダイヤモンドバンドソー装置1は、ダイヤモンドバンドソー2を駆動プーリ3とテンションプーリ4との間でテンションシリンダ6により張力を与え、駆動モータ5からの動力によりダイヤモンドバンドソー2を高速回転させて、Cu−Ga合金塊81を切断する装置である。
【0037】
ダイヤモンドバンドソー2は、図2(b)に示すように、ベルト部21と切削用チップ22とを含む。ベルト部21は、帯状の金属板をリング状に形成したエンドレス状の部材である。このベルト部21の幅方向の一端側に、所定の等間隔をあけて複数の切削用チップ22が固定されている。切削用チップ22は、金属からなる直方体形状の基体の表面に、ダイヤモンド砥粒が電着されたものである。ダイヤモンド砥粒の粒度は、例えば40以上400以下であり、本実施形態では粒度80のダイヤモンド砥粒を用いる。ダイヤモンド砥粒の基体に対する接着方法としては、電着、メタル、樹脂、接着剤などがあるが、特に電着が好まれる。
【0038】
ダイヤモンドバンドソー装置1は、回転するダイヤモンドバンドソー2に対して、Cu−Ga合金塊81が載置された支持台7を鉛直方向上方に移動させ、Cu−Ga合金塊81に対して切削用チップ22を当接させることで、Cu−Ga合金塊81を切断する。また、ダイヤモンドバンドソー2による1回のスライス加工が終了した時点で、支持台7を鉛直方向下方に移動させて、Cu−Ga合金塊81をダイヤモンドバンドソー2から退避させ、Cu−Ga合金塊81の厚み方向に支持台7をピッチ送り移動させ、その後、支持台7を鉛直方向上方に移動させて、Cu−Ga合金塊81のスライス加工を順次行う。このようにして、複数の平板状のスライス板82を作製することができる。
【0039】
本実施形態において、ダイヤモンドバンドソー装置1の動作条件としては、ダイヤモンドバンドソー2の回転速度が500m/min以上1500m/min以下であることが好ましく、支持台7のダイヤモンドバンドソー2に向けての鉛直方向上方への移動速度、すなわち、Cu−Ga合金塊81の切断速度が0.1mm/min以上20mm/min以下であることが好ましい。また、Cu−Ga合金塊81の切断速度が前記範囲であることに対応して、Cu−Ga合金塊81の切断面積速度が250mm/min以上4000mm/min以下であることが好ましい。なお、前記切断面積速度は、単位時間あたりにCu−Ga合金塊81が切断される切断面の面積である。
【0040】
図3は、マルチワイヤソー装置10の構成を示す斜視図である。マルチワイヤソー装置10は、1本のワイヤー11が、1個のドライブ多溝ローラ12aと2個のドリブン多溝ローラ12b,12cとの間に巻掛けられて張架される。マルチワイヤソー装置10では、ワイヤー11が3個の多溝ローラに巻掛けられて張架されることによりワイヤー列13を構成し、このワイヤー列13を構成するワイヤー11を、ドライブ多溝ローラ12aの回転駆動により送り出して往復走行させるようになっている。ドライブ多溝ローラ12aは、駆動モータ14からの動力により回転駆動する。
【0041】
ドライブ多溝ローラ12aおよびドリブン多溝ローラ12b,12cは、ローラ本体の外周面に、複数の環状溝が等間隔に形成されて構成される。この環状溝に沿ってワイヤー11が巻掛けられてワイヤー列13を構成することになる。このような構成のマルチワイヤソー装置10では、ドライブ多溝ローラ12aおよびドリブン多溝ローラ12b,12cに形成される環状溝の数によってワイヤー列13の列数が決定され、このワイヤー列13の列数によって、Cu−Ga合金塊81に対して同時にスライス加工可能な切断数が決定される。
【0042】
マルチワイヤソー装置10は、ドライブ多溝ローラ12aの駆動によって走行するワイヤー11のワイヤー列13に対して、Cu−Ga合金塊81を移動させて当接させることで、Cu−Ga合金塊81を切断し、ワイヤー列13の列数に対応した複数の平板状のスライス板82を作製することができる。マルチワイヤソー装置10においてCu−Ga合金塊81のスライス加工時には、ワイヤー列13に遊離砥粒を供給するようになっている。
【0043】
遊離砥粒としては、研磨材と切削油(例えばGL−106、パレス化学社製)とを混合した遊離砥粒を挙げることができる。研磨材としては、例えばSiCからなる研磨材を挙げることができ、その研磨材の粒度は、例えば200以上4000以下であり、本実施形態では粒度1000のSiC研磨材を用いる。
【0044】
本実施形態において、マルチワイヤソー装置10の動作条件としては、ドライブ多溝ローラ12aおよびドリブン多溝ローラ12b,12cにおける環状溝の間隔、すなわち、ワイヤー列13におけるワイヤーピッチが0.5mm以上26mm以下であることが好ましく、ワイヤー11の断面直径(ワイヤー径)が0.15mm以上0.5mm以下であることが好ましく、ドライブ多溝ローラ12aとドリブン多溝ローラ12b,12cとの間に巻掛けられて張架された状態のワイヤー11の張力が20N以上100N以下であることが好ましい。
【0045】
また、ドライブ多溝ローラ12aの駆動によって走行するワイヤー11の平均走行速度が500m/min以上1500m/min以下であることが好ましく、ワイヤー列13に対するCu−Ga合金塊81の移動速度、すなわち、Cu−Ga合金塊81の切断速度が0.1mm/min以上0.5mm/min以下であることが好ましい。また、Cu−Ga合金塊81の切断速度が前記範囲であることに対応して、Cu−Ga合金塊81の切断面積速度が250mm/min以上5500cm/min以下であることが好ましい。
【0046】
なお、マルチワイヤソー装置10は、前述したように、ワイヤー列13の列数に応じて、複数の切断を同時に行うことが可能である。そこで、前記切断面積速度に同時切断数を乗じた総切断面積速度が250mm/min以上80000cm/min以下に設定される。
【0047】
(切出し工程)
切出し工程では、図1(d)に示すように、スライス加工工程において得られたスライス板82を、厚み方向に切断して、所望の大きさのスパッタリングターゲット用合金体83を作製する。切出し工程では、例えば、特開2009−255286号公報に記載されるワイヤー放電加工装置を用いて、スライス板82の切断加工を行う。
【0048】
スパッタリングターゲット用合金体83をスパッタリングターゲットとして使用する場合、厚み方向一表面がスパッタリング時のスパッタリング面となる。そのため、切出し工程においてワイヤー放電加工装置を用いてスライス板82の切断加工を行い、切断加工後に得られたスパッタリングターゲット用合金体83の端面に変質層が形成されたとしても、スパッタリングに悪影響を及ぼすことはない。
【0049】
(表面研磨加工工程)
表面研磨加工工程では、切出し工程において得られたスパッタリングターゲット用合金体83の表面を研磨する。なお、スライス加工工程においてマルチワイヤソー装置10を用いてスライス加工してスライス板82を作製した場合には、表面平滑性に優れた切断面とすることができるので、この場合には表面研磨加工工程を省略することができる。
【0050】
表面研磨加工工程では、ディスクグラインダー、オービタルサンダー、ベルトサンダー、ストレートサンダー、平面研削盤などの種々の研磨装置が使用される。研磨装置を使用した表面研磨加工としては、所望とする表面平滑性が得られる方法であれば、特に限定されるものではないが、粒度120〜300、好ましくは180〜240のナイロンディスクを装着したディスクグラインダーを使用し、回転数を6000〜12000rpm、好ましくは6000〜9000rpmで、同一箇所の研磨を3〜20回、好ましくは6〜12回行う、または、粒度80〜600、好ましくは120〜240のアルミナ砥粒が接合した布研磨剤を装着したベルトサンダーを使用し、回転数2000〜7200rpm、好ましくは3600〜7000rpmで同一箇所を5〜30回、好ましくは10〜20回行うことが好ましい。かかる方法で表面研磨加工を実施した場合には、算術平均粗さRaが0.1μm以上0.5μm以下の表面粗さを有するスパッタリングターゲット用合金体83を作製することができる。
【0051】
以上のような方法で製造されたスパッタリングターゲット用合金体83は、ひび割れなどの欠陥が発生していないものであるので、例えば、薄膜型太陽電池を構成する光吸収層の薄膜形成用のスパッタリングターゲットとして好適に用いることができる。
【0052】
(実施例)
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、実施例は本発明の一実施態様であり、本発明を限定するものではない。
【0053】
(実施例1)
溶解鋳造によって製造された、Ga組成比が30at%のCu−Ga合金塊を準備した。このCu−Ga合金塊は、縦460mm、横340mm、厚み68.5mmの直方体形状の塊状体である。
【0054】
準備したCu−Ga合金塊に対して、熱風循環炉を用い、大気圧下、570℃で2時間の熱処理を行った。
【0055】
次に、熱処理後のCu−Ga合金塊を室温まで自然冷却した後、不要な部分を研削機によるダイヤモンド切断で切断し、縦240mm、横320mm、厚み68.5mmの直方体を作製した。前述した図2に示すダイヤモンドバンドソー装置を用いて、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、Cu−Ga合金塊をスライス加工し、縦240mm、横320mm、厚み21.5mmの直方体形状のスライス板を作製した。なお、ダイヤモンドバンドソー装置の動作条件は、以下のように設定した。
・切削用チップのダイヤモンド砥粒:粒度80のダイヤモンド砥粒
・ダイヤモンドバンドソーの回転速度:900m/min
・切断速度:2mm/min
・切断面積速度:640mm/min
【0056】
(実施例2)
ダイヤモンドバンドソー装置の動作条件を以下のように設定したこと以外は実施例1と同様にして、直方体形状のスライス板を作製した。
・切削用チップのダイヤモンド砥粒:粒度80のダイヤモンド砥粒
・ダイヤモンドバンドソーの回転速度:900m/min
・切断速度:1mm/min
・切断面積速度:320mm/min
【0057】
(実施例3)
前述した図3に示すマルチワイヤソー装置を用いて、直方体の最も短い辺に対して切断面が垂直となるように、熱処理後のCu−Ga合金塊をスライス加工したこと以外は実施例1と同様にして、直方体形状のスライス板を作製した。なお、マルチワイヤソー装置の動作条件は、以下のように設定した。
・遊離砥粒:粒度1000のSiCからなる研磨材と切削油(GL−106)との混合物
・ワイヤーピッチ:5.258mm
・ワイヤー径:0.16mm
・ワイヤー張力:25N
・ワイヤー平均走行速度:700m/min
・切断速度:0.2mm/min
・切断面積速度:64mm/min
・同時切断数:15
・総切断面積速度:960mm/min
【0058】
(実施例4)
マルチワイヤソー装置の動作条件を以下のように設定したこと以外は実施例3と同様にして、直方体形状のスライス板を作製した。
・遊離砥粒:粒度1000のSiCからなる研磨材と切削油(GL−106)との混合物
・ワイヤーピッチ:5.258mm
・ワイヤー径:0.16mm
・ワイヤー張力:25N
・ワイヤー平均走行速度:700m/min
・切断速度:0.16mm/min
・切断面積速度:51mm/min
・同時切断数:15
・総切断面積速度:765mm/min
【0059】
(比較例1)
熱処理されていないCu−Ga合金塊を、ワイヤー放電加工装置を用いて、直方体の最も短い辺に対して切断面が垂直となるように、スライス加工したこと以外は実施例1と同様にして、直方体形状のスライス板を作製した。なお、ワイヤー放電加工装置の動作条件は、以下のように設定した。
・切断速度:0.9mm/min
・切断面積速度:216mm/min
【0060】
(比較例2)
ワイヤー放電加工装置の動作条件を以下のように設定したこと以外は比較例1と同様にして、直方体形状のスライス板を作製した。
・切断速度:0.6mm/min
・切断面積速度:144mm/min
【0061】
実施例1〜4および比較例1,2で得られたスライス板について、ひび割れ、欠けが発生しているか否か、変質層が切断面に形成されているか否かを目視にて評価した。また、実施例1〜4および比較例1,2で得られたスライス板について、切断面における算術平均粗さRaを測定した。評価結果を表1に示す。
【0062】
【表1】

【0063】
実施例1〜4で得られたスライス板には、ひび割れ、欠けが発生していなかった。このように、実施例1〜4においてひび割れ、欠けの発生を抑制できたのは、熱処理によってCu−Ga合金塊の内部に発生した応力を解放させた後に、スライス加工したためである。
【0064】
また、ワイヤー放電加工装置を用いてスライス加工した比較例1,2のスライス板には、切断面に変質層が形成されているのに対して、実施例1〜4のスライス板には変質層が形成されていないことが確認できた。
【0065】
また、マルチワイヤソー装置を用いてスライス加工した実施例3,4のスライス板は、算術平均粗さRaが0.4μmであった。この結果から、マルチワイヤソー装置を用いてスライス加工することによって、切断面の表面平滑性に優れたスライス板を得ることができることがわかる。
【0066】
また、実施例1〜4では、ダイヤモンドバンドソー装置またはマルチワイヤソー装置を用いてスライス加工したので、ワイヤー放電加工装置を用いてスライス加工した比較例1,2よりも、ひび割れ、欠けの発生を抑制した上で、総切断面積速度を高い値に設定することができ、スライス板の生産効率を向上することができる。
【符号の説明】
【0067】
1 ダイヤモンドバンドソー装置
2 ダイヤモンドバンドソー
3 駆動プーリ
4 テンションプーリ
5 駆動モータ
6 テンション用シリンダ
7 支持台
10 マルチワイヤソー装置
11ワイヤー
12a ドライブ多溝ローラ
12b,12c ドリブン多溝ローラ
13 ワイヤー列
14 駆動モータ
21 ベルト部
22 切削用チップ
81 Cu−Ga合金塊
82 スライス板
83 スパッタリングターゲット用合金体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶解鋳造により作製された、Cu−Ga合金からなる直方体形状のCu−Ga合金塊を、450℃以上700℃未満の温度下で熱処理する熱処理工程と、
熱処理されたCu−Ga合金塊を切断するスライス加工工程であって、切断面が直方体の最も短い辺に対して垂直となるように、ダイヤモンドバンドソーまたはマルチワイヤソーを用いて切断するスライス加工工程と、を含むことを特徴とするCu−Ga合金の切断方法。
【請求項2】
Cu−Ga合金において、Gaの組成比は、原子百分率で10at%以上50at%以下であることを特徴とする請求項1に記載のCu−Ga合金の切断方法。
【請求項3】
Cu−Ga合金からなるスパッタリングターゲットを製造する方法であって、
請求項1または2に記載のCu−Ga合金の切断方法によりスパッタリングターゲットを作製することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2013−86238(P2013−86238A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−231171(P2011−231171)
【出願日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】