説明

III族窒化物系化合物半導体素子又は発光素子の製造方法

【課題】発光に寄与する電子とホールの再結合がより多く生ずる発光層のバンド構造
【解決手段】図2.Aのバンド図では、発光層90のn層98界面付近に形成された組成不安定領域901は、中央部900よりも伝導帯が低い部分があり、電子が滞留しやすい。同様に、組成不安定領域902は、中央部900よりも価電子帯が高い部分があり、ホールが滞留しやすい。この状態では、n層98(図中左側)から注入される電子が、組成不安定領域901に滞留し、p層99(図中右側)から注入されるホールが、組成不安定領域902に滞留してしまう。発光に寄与する電子とホールの再結合が発光層90の中央部900のみで生じるとすると、発光効率が低下する。逆に、図2.Bのように、発光層90が組成不安定領域901と、組成不安定領域902を有しないならば、発光効率を向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はIII族窒化物系化合物半導体素子又は発光素子の製造方法に関する。本発明は、特に、インジウムを含むIII族窒化物系化合物半導体層の成長方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インジウムを含むIII族窒化物系化合物半導体層は、比較的バンドギャップの広いIII族窒化物系化合物半導体素子の中で最もバンドギャップを狭くした層として、例えば発光素子の発光層として重要である。当該インジウムを含むIII族窒化物系化合物半導体層は、例えばアルミニウムを含むIII族窒化物系化合物半導体層で両側を挟まれた場合などに、インジウムとアルミニウムとが互いに拡散することは下記の通り知られている。この原因はエピタキシャル成長中の成長層内での熱拡散や、製造装置の反応系のいわゆるメモリ効果により、コンタミネーションとして混入するなどの理由が考えられている。これらの内容を開示した出願として例えば次のものがある。
【特許文献1】特開平10−107319
【特許文献2】特開2000−340839
【特許文献3】特開2004−253819
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来、組成変化を各層の境界面で急峻にすることを検討することが多かったが、当該組成変化の急峻化が実用的な程度に確実に生ずる方法は見出されていない。ところで、半導体素子によっては、組成変化の急峻化自体よりも、各層の境界面での予定しない組成や、ウエハ或いは素子の層の横方向の位置に対する組成の不安定性が問題となりうることに本願発明者らは着目した。
【0004】
例えば、発光素子の発光層においては、意図する発光層の例えば中央付近で電子とホールとが再結合して発光することが重要である。当該発光層とそれを挟む2層との境界面付近については、上記中央付近での電子とホールとの再結合に対する障害を生じなければ、組成変化の急峻性は必ずしも必要ではない。
【0005】
これを図2により説明する。図2.Aは、発光層とそれを挟む2層との境界面付近に、組成不安定領域を生じる場合の、仮想的なバンド構造を示すグラフ図である。図2.Aのように、発光層90のn層98界面付近に形成された組成不安定領域901は、発光層90の中央部900よりも伝導帯が低い部分があり、電子が滞留しやすいものとする。また、発光層90のp層99界面付近に形成された組成不安定領域902は、発光層90の中央部900よりも価電子帯が高い部分があり、ホールが滞留しやすいものとする。この仮想された状態では、n層98(図中左側)から注入される電子が、発光層90のn層98界面付近に形成された組成不安定領域901に滞留し、p層99(図中右側)から注入されるホールが、発光層90のp層99界面付近に形成された組成不安定領域902に滞留してしまう。するとこのようなバンド構造を有する発光層90は、発光に寄与する電子とホールの再結合が発光層90の中央部900のみで生じるとすると、発光効率が低下することが予想される。
【0006】
逆に、図2.Bのように、組成不安定領域901及び組成不安定領域902に替えて、発光層90の中央部900よりも伝導帯が低い部分を有しない組成不安定領域901’と、発光層90の中央部900よりも価電子帯が高い部分を有しない組成不安定領域902’とであるならば、発光効率を向上させることができると予想される。
【0007】
本発明は、上記の予想の有効性を、実験的に証明することにより完成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、少なくともインジウム(In)を含む井戸層を有する単一又は多重量子井戸構造の発光層を有するIII族窒化物系化合物半導体発光素子の製造方法において、井戸層を気相成長法により形成する際に、In源の供給量を最低供給量から、供給を開始し、その後In源の供給量を目標供給量まで増加させたのち、一定供給量とし、その後目標供給量から最低供給量まで減少させるものとし、In源以外のIII族原料源については、In源供給の開始から供給終了までの間、一定供給量で供給することを特徴とする。尚、「In源の最低供給量」とは、装置等に依存するものであって、0であっても良く、何らかの制御の都合上それよりも小さくできない正の流量等であっても良い。
【0009】
また、請求項2に係る発明は、少なくともインジウム(In)を含む層を、2つの層で挟んだ構造のIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法において、Inを含む層を気相成長法により形成する際に、In源の供給量を最低供給量から、供給を開始し、その後In源の供給量を目標供給量まで増加させたのち、一定供給量とし、その後目標供給量から最低供給量まで減少させるものとし、In源以外のIII族原料源については、In源供給の開始から供給終了までの間、一定供給量で供給することを特徴とする。In源の最低供給量については請求項1と同じである。
【発明の効果】
【0010】
インジウム(In)を含むIII族窒化物系化合物半導体層の形成の際の成長温度は、その前後のIII族窒化物系化合物半導体層の形成の際の成長温度よりも低い場合が多い。これは、Inを含むIII族窒化物系化合物半導体層が分解しやすいためであるが、低温で成長させるため、層内、特に横方向の分布における組成の均一性が確保できない。このため、Inを含む層と他の層との界面には組成の不安定な領域が形成されやすい。そこで本願発明は、他の層との界面におけるInの組成を最低量とし、Inを含む層中央部付近では目標組成となるようにする。これを図3により示す。図3.Aのように、例えばマスフローコントローラと切替バルブが、ガリウム源であるトリメチルガリウム(TMG)が目標供給量で供給されるよう操作されたとしても、図3.Bのように、エピタキシャル成長面付近のTMG濃度は、「目標濃度」に達するまで、或いはそこから0に戻るまでに指数関数的に変化すると考えられる。このことはインジウム源であるトリメチルインジウム(TMI)でも同様ではあるが、TMGよりもTMIが分子量が大きく、且つ分解しやすいことから、更に望まない濃度変化を起こすことも考えられる。そこで図3.Cのように、インジウム源である例えばTMIのマスフローコントローラと切替バルブの操作を、最低供給量から供給を開始し、その後TMIの供給量を目標供給量まで増加させたのち、一定供給量とし、その後目標供給量から最低供給量まで減少させるようにする。このようにすれば、「望まない濃度変化」即ち、形成されるエピタキシャル成長膜の望まない組成不安定領域は、少なくともInを過大に含むものではなくなる。これにより、少なくともInの組成が必要以上に多くなる部分は形成されず、Inを含む層中央部が設定通りに「最もバンドギャップが狭くなるよう」、容易に製造することが可能となる。発光素子の発光層、特に単一又は多重量子井戸構造の井戸層に本発明を適用すれば、2つの障壁層との2つの界面付近に、組成不安定領域が生じない。よって図2.Aのバンド図のような、電子とホールとが別領域に滞留することはなくなる。よって、電子とホールの再結合による発光効率が向上する。最低供給量は、装置に依存する安定供給可能な最低量であるが、目標供給量の5%以上とすることが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本願において、III族窒化物半導体は、少なくともAlxGayIn1-x-yN(0≦x≦1, 0≦y≦1, 0≦x+y≦1)にて表される2元系、3元系若しくは4元系の半導体から成るIII族窒化物系化合物半導体を含む。また、これらのIII族元素の一部は、ボロン(B)、タリウム(Tl)で置き換えても良く、また、窒素(N)の一部をリン(P)、砒素(As)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)で置き換えても良い。
【0012】
更に、これらの半導体を用いてn型のIII族窒化物系化合物半導体層を形成する場合には、n型不純物として、Si、Ge、Se、Te、C等を添加し、p型不純物としては、Zn、Mg、Be、Ca、Sr、Ba等を添加することができる。
【0013】
III族窒化物系化合物半導体層を結晶成長させる方法としては、有機金属気相成長法(MOVPE)、ハイドライド気相成長法(HVPE)により形成され、特にMOVPEが適している。
【0014】
本発明の適用に際し、キャリアガスは主として水素又は窒素から構成されれば良く、他の微量のアルゴン等の不活性ガスが含まれていても良い。また、装置により、いわゆるメモリ効果によって、目的のエピタキシャル成長層の前に成長させた層を形成する際の、キャリアガス、各種原料ガスその他の不純物が混入したとしても、本願発明に包含されることは言うまでもない。
【0015】
本発明をIII族窒化物系化合物半導体素子に適用する際は、少なくともインジウムを含むIII族窒化物系化合物半導体層の成長時に適用すれば良く、他の層の成長時には、本発明の成長条件には限定されない。発光素子に適用する場合には、発光ダイオード(LED)、レーザダイオード(LD)、フォトカプラその他の任意の発光素子に適用できる。特にIII族窒化物系化合物半導体発光素子の製造方法としては周知の製造方法を用いることができる。
【0016】
結晶成長させる基板としては、サファイヤ、スピネル、Si、SiC、ZnO、MgO或いは、III族窒化物系化合物単結晶等を用いることができる。
【0017】
発光層を有する場合、それは単層、単一量子井戸構造(SQW)、多重量子井戸構造(MQW)その他任意の構成をとることができる。発光層を多重量子井戸構造とする場合は、少なくともインジウム(In)を含むIII族窒化物系化合物半導体AlyGa1-y-zInzN(0≦y<1, 0<z≦1)から成る井戸層を含むものが良い。発光層の構成は、例えばノンドープのGa1-zInzN(0<z≦1)から成る井戸層と、当該井戸層よりもバンドギャップの大きい任意の組成のIII族窒化物系化合物半導体AlGaInNから成る障壁層が挙げられる。好ましい例としてはノンドープのGa1-zInzN(0<z≦1)の井戸層とノンドープのGaNから成る障壁層である。
【0018】
以下の実施例では、ウエハにサファイア基板を用い、有機金属気相成長法(以下「M0VPE」と記す)による気相成長を用いた。用いたガスは、NH3、キャリアガスH2及びN2、トリメチルガリウム(Ga(CH3)3)(以下「TMG」と記す)、トリメチルアルミニウム(Al(CH3)3)、トリメチルインジウム(In(CH3)3)(以下「TMI」と記す)、シラン(SiH4)並びにシクロペンタジエニルマグネシウム(Mg(C5H5)2)である。
【実施例1】
【0019】
図1に、本発明の実施例に係る半導体発光素子100の模式的な断面図を示す。半導体発光素子100では、図1に示す様に、厚さ約300μmのサファイヤ基板101の上に、窒化アルミニウム(AlN)から成る膜厚約10nmのバッファ層102が成膜され、その上にノンドープのGaNから成る膜厚約2μmの層103が成膜され、その上にシリコン(Si)を5×1018/cm3ドープしたGaNから成る膜厚約3μmのn型コンタクト層104(高キャリヤ濃度n+層)が形成されている。
【0020】
また、このn型コンタクト層104の上には、膜厚1nmのノンドープIn0.1Ga0.9Nから成る層1051と膜厚1nmのノンドープGaNから成る層1052とを20ペア積層した厚さ40nmの多重層105が形成されている。更にその上には、膜厚3nmのノンドープIn0.2Ga0.8Nから成る井戸層1061と膜厚17nmのノンドープGaNから成る障壁層1062とを6ペア積層して多重量子井戸構造の発光層106が形成されている。
【0021】
更に、この発光層106の上には、Mgを2×1019/cm3ドープした膜厚15nmのp型Al0.2Ga0.8Nから成るp型層107が形成されており、また、p型層107の上には、膜厚300nmのノンドープのAl0.02Ga0.98Nから成る層108を形成した。更にその上にはMgを1×1020/cm3ドープした膜厚200nmのp型GaNから成るp型コンタクト層109を形成した。
【0022】
又、p型コンタクト層109の上には金属蒸着による透光性薄膜p電極110が、n型コンタクト層104上にはn電極140が形成されている。透光性薄膜p電極110は、p型コンタクト層109に直接接合する膜厚約1.5nmのコバルト(Co)より成る第1層111と、このコバルト膜に接合する膜厚約6nmの金(Au)より成る第2層112とで構成されている。
【0023】
厚膜p電極120は、膜厚約18nmのバナジウム(V)より成る第1層121と、膜厚約1.5μmの金(Au)より成る第2層122と、膜厚約10nmのアルミニウム(Al)より成る第3層123とを透光性薄膜p電極110の上から順次積層させることにより構成されている。
【0024】
多層構造のn電極140は、n型コンタクト層104の一部露出された部分の上から、膜厚約18nmのバナジウム(V)より成る第1層141と膜厚約100nmのアルミニウム(Al)より成る第2層142とを積層させることにより構成されている。
【0025】
また、最上部には、SiO2膜より成る保護膜130が形成されている。
サファイヤ基板101の底面に当たる外側の最下部には、膜厚約500nmのアルミニウム(Al)より成る反射金属層150が、金属蒸着により成膜されている。尚、この反射金属層150は、Rh、Ti、W等の金属の他、TiN、HfN等の窒化物でも良い。
【0026】
図1の半導体発光素子100を形成する際、膜厚3nmのノンドープIn0.2Ga0.8Nから成る井戸層1061の形成において、次のようにTMIの供給量を変化させた。発光層106は、切替バルブを排気系に切り替えてTMI及びTMGのマスフローコントローラを所定供給量で予めバブリングを開始したのち、井戸層1061を形成するときには切替バルブを反応系に切替え、障壁層1062を形成するときには、TMGの切替バルブのみを反応系に切替えた。この際、井戸層1061の形成開始時にTMIの供給量を目標供給量の5%から始めて10秒間で目標供給量迄増加させ、その後一定とし、井戸層1061の形成終了10秒前からTMIの供給量を目標供給量から目標供給量の5%迄絞った。尚、他の原料源等の供給については、井戸層1061の形成開始時から終了時まで変化させなかった。
【0027】
このように形成した半導体発光素子100は、発光波長は468nm、光度142μWであった。
【0028】
〔比較例〕
井戸層1061の形成開始時から終了時まで、TMIの供給量を目標供給量で一定とした他は実施例1と全く同様にして半導体発光素子100を形成した。発光波長は468nm、光度134μWであった。
【0029】
比較例と実施例との比較から、井戸層1061の全体の形成時間を変化させず、形成開始時と形成終了時にTMIの供給量を変化させることで、光度を6%向上させることができた。これは上記の通り、組成不安定領域を抑制することで、効率的な電子とホールの再結合が生じ、発光効率が向上したためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施例に係る半導体発光素子100の構成を示す断面図。
【図2】本発明の効果を示すためのバンド図。
【図3】本発明の説明のための金属原料源の供給量及びエピ成長膜付近の濃度の時間変化を表すグラフ図。
【符号の説明】
【0031】
100:半導体発光素子
101:サファイヤ基板
102:バッファ層
103:ノンドープGaN層
104:高キャリア濃度n+
105:多重層
106:MQW発光層
1061:InGaN井戸層
1062:GaN障壁層
107:p型AlGaN層
108:ノンドープAlGaN層
109:p型コンタクト層
110:透光性薄膜p電極
120:p電極
130:保護膜
140:n電極
150:反射金属層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともインジウム(In)を含む井戸層を有する単一又は多重量子井戸構造の発光層を有するIII族窒化物系化合物半導体発光素子の製造方法において、
前記井戸層を気相成長法により形成する際に、
In源の供給量を最低供給量から、供給を開始し、
その後In源の供給量を目標供給量まで増加させたのち、一定供給量とし、その後目標供給量から最低供給量まで減少させるものとし、
In源以外のIII族原料源については、In源供給の開始から供給終了までの間、一定供給量で供給することを特徴とするIII族窒化物系化合物半導体発光素子の製造方法。
【請求項2】
少なくともインジウム(In)を含む層を、2つの層で挟んだ構造のIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法において、
前記Inを含む層を気相成長法により形成する際に、
In源の供給量を最低供給量から、供給を開始し、
その後In源の供給量を目標供給量まで増加させたのち、一定供給量とし、その後目標供給量から最低供給量まで減少させるものとし、
In源以外のIII族原料源については、In源供給の開始から供給終了までの間、一定供給量で供給することを特徴とするIII族窒化物系化合物半導体素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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