説明

MEMS測定方法

【課題】振動させたMEMSの多数の箇所に同時にレーザ光を照射して、MEMSの多数の測定点における所定時点の振動状態を同様に測定できると共に、MEMSに対する起振部側の影響を排除して、MEMS各部の振動状態を正確に把握できるMEMS測定方法を提供する。
【解決手段】それぞれ周波数の異なる多数のレーザ光を、振動しているMEMS80の可動部81と固定部82に対し同時に照射し、MEMS80の各照射位置からの反射光を干渉光として光検出部で検出し、検出信号より取出せる情報から、MEMS80の各照射位置での振動状態を求め、さらに可動部81における振動状態の固定部振動状態に対する差分を求めることから、起振部の不要な振動成分が合成された結果から可動部81の振動成分のみを取出して、正しい可動部81の振動特性を取得でき、MEMS80の構造に基づいてあらわれる振動の特徴を確実に把握できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)の振動状態を測定するMEMS測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイス製造技術を用いて、電子回路と共に著しく小型化された機械要素部分を基板上に設けたデバイスであるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は、加速度センサや圧力センサ等への応用にとどまらず、さらなる多方面での利用を目指して研究開発が進められている。
【0003】
MEMSの製造においては、ウェーハ上において、成膜、リソグラフィ、エッチングを繰り返すことによって、例えば、カンチレバーやダイヤフラムなどの複雑な三次元構造部分を形成していくことから、ウェーハプロセスでは電子回路のみの半導体デバイスと比べて歩留りが低く、ウェーハプロセス直後など製造工程の早い段階において正確に不良品を判別し、排除できなければ、多数の不良品がダイシング後の実装工程まで進み、コストの増大につながってしまうという問題がある。
【0004】
よって、MEMSの製造では、的確な性能評価に基づく不良品判別による製造コスト低減の実現が求められている。しかしながら、複雑な三次元構造を有するMEMSに対し、一般的な半導体デバイス向けのウェーハの外観検査装置による検査では、良品であるかどうかを正確に判定することは困難であった。
【0005】
そのため、MEMSのカンチレバー、ダイヤフラムなどの可動部分が適切に形成されているか否かを評価するため、可動部分の振動状態を測定する手法が提案されている。例えば、レーザドップラ振動計を用いて光学的手段により測定する例が、特開2009−68841号公報(特許文献1)に開示され、また、プローバーを用いた電気的手段による測定例が、特開2009−139172号公報(特許文献2)に開示されている。
【0006】
また、レーザドップラ振動計の例としては、特開平10−221159号公報(特許文献3)や、特開平2−132395号公報(特許文献4)に開示されるものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−68841号公報
【特許文献2】特開2009−139172号公報
【特許文献3】特開平10−221159号公報
【特許文献4】特開平2−132395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
MEMSの測定に用いるような従来の測定装置は前記各特許文献に示される構成を有しており、このうち従来のレーザドップラ振動計では、測定対象物の測定対象位置にレーザ光を照射し、その反射光のドップラシフトから、照射部位の振動状態を測定していた。さらに、一箇所だけでなく、所定測定範囲についてそれぞれ振動による変位や振動速度等を取得するためには、測定対象物の一点のみにレーザ光を照射するレーザドップラ振動計のレーザ光照射機構を動作させてレーザ光を走査状態とし、前記測定範囲にわたってレーザ光が順次照射されるようにする必要がある。
【0009】
しかしながら、一度に測定できるのは一点であるだけでなく、照射機構を機械的に動作させる時間も必要であるため、走査の起点位置から終点位置に至るまでには相当の時間が経過することとなり、測定範囲内各位置の同一時点における振動状態を測定することはできないという課題を有していた。また、特定箇所における測定頻度は、走査周期による制約を受けるため、高頻度測定による正確な測定を行うことは困難であった。
【0010】
このようなレーザ光の走査による多点測定は、測定の同時性、正確性の問題を有しているため、例えば前記特許文献3に開示されているように、レーザ光走査とは異なる構成による測定技術も提案されている。また、前記特許文献4には、レーザドップラ速度計による多次元の同時測定のため、レーザ光を2つのビームに分割した後に、超音波周波数シフタにより周波数をシフトさせる技術が開示されている。しかしながら、これらの手法を用いる場合、装置構成が複雑になってしまうという課題を有していた。
【0011】
一方、MEMSにおける可動部分の評価のために振動状態を測定するにあたり、MEMSを設けたウェーハには外部の起振部等を用いて振動を加える必要がある。こうした起振部において振動を発生させる機構が圧電素子(ピエゾ素子)を用いたものである場合、ウェーハに当接してこれを支持する起振部のステージ等の支持部分は所定の質量を有しており、その慣性等により支持部分は圧電素子と完全に同期した振動状態とならず、支持部分に独特の振動成分を有することとなる。このため、MEMSにおいてもこの支持部分の振動成分の影響が加わり、測定結果はMEMS可動部分の振動成分と起振部支持部分の振動成分とが合成されたものとなり、可動部分のみの振動状態を正確に把握することができないという課題を有していた。
【0012】
本発明は、前記課題を解消するためになされたもので、振動させたMEMSの多数の箇所に同時にレーザ光を照射して、MEMSの多数の測定点における所定時点の振動状態を同様に測定できると共に、MEMSに対する起振部側の影響を排除して、MEMS各部の振動状態を正確に把握できるMEMS測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るMEMS測定方法は、測定対象物であるMEMSにレーザ光を照射し、MEMSからの反射光のドップラシフトに基づき、MEMSにおける照射位置の振動状態を測定するMEMS測定方法において、MEMSに起振部で振動を加え、光の周波数がそれぞれ異なる多数のレーザ光を光源部で同時に発生させ、前記光源部からビームスプリッタを透過して一様に入射した各レーザ光を分光部で周波数ごとに進行方向を変化させ、周波数ごとに異なる照射位置としてMEMSの可動部と固定部に照射し、MEMSから反射されて分光部を透過した反射光、及び、MEMSに照射されるレーザ光に対し光の周波数を所定周波数だけシフトさせて発生させた参照光を、それぞれ光検出部に入射させ、当該光検出部で前記反射光と参照光とを組合わせて干渉させた干渉光を検出し、当該干渉光に応じた検出信号を出力させ、当該検出信号を信号処理部で各レーザ光の周波数成分ごとに分析し、検出信号より抽出される各レーザ光の反射前後におけるドップラシフトに基づく周波数変化から、MEMSにおける各レーザ光の照射位置での振動状態を求めると共に、前記信号処理部で、MEMSの可動部における各照射位置での振動状態について、MEMSの固定部における振動状態との差分を求め、得られた差分を前記各照射位置での真の振動状態とするものである。
【0014】
このように本発明においては、それぞれ周波数の異なる多数のレーザ光を、起振部で振動させたMEMSの可動部と固定部に対し同時に照射し、MEMSの各照射位置からの反射光を干渉光とした状態で光検出部で検出し、得られた検出信号より取出せるドップラーシフトに基づく光の周波数変化の情報から、MEMSの各照射位置について振動状態を求
め、さらに可動部における振動状態の固定部振動状態に対する差分を求めて、可動部各位置の真の振動状態を得ることにより、MEMSにおける複数箇所の同じ時点での振動状態を適切に検出できることに加え、起振部の不要な振動成分が合成された形で求められた結果から可動部の振動成分のみを取出して、正しいMEMS可動部の振動特性を取得でき、起振部側からの影響を受けることなく正確なMEMS可動部各部の振動状態を測定して、そのMEMSの構造に基づいてあらわれる可動部の振動の特徴を確実に把握でき、この振動の特徴からMEMSの評価を正確に行える。
【0015】
また、本発明に係るMEMS測定方法は必要に応じて、前記光源部として、レーザ光源が、所定周波数のレーザ光を発生させると共に、当該レーザ光から、光コム発生器が、レーザ光の周波数を中心に等周波数間隔で多数のサイドバンドとしての周波数の異なるレーザ光を発生させるものである。
【0016】
このように本発明においては、光源部としてレーザ光源と光コム発生器を用いて、一つのレーザ光から光コム、すなわち基本周波数のレーザ光のサイドバンドとして周波数の異なる多数のレーザ光を得て、そのまま各レーザ光をMEMSに照射することにより、MEMSの多数箇所に対し効率よく周波数の異なるレーザ光を同時照射して測定が行え、光の周波数の異なる多数のレーザ光源を用いる必要はなく、光源部の構成を簡略化できると共に、各レーザ光が基本周波数のレーザ光と既知の関係を有することで、検出信号における各レーザ光の周波数成分を識別しやすく、確実にMEMSの照射位置ごとの振動状態を求められ、この振動状態に基づくMEMSへの評価の精度も高められる。
【0017】
また、本発明に係るMEMS測定方法は必要に応じて、前記分光部として回折格子を用い、入射した各レーザ光をMEMSに対しレーザ光照射位置がMEMSの可動部と固定部にわたって一直線状に並ぶ状態で進行させるものである。
【0018】
このように本発明においては、分光部として回折格子を用いて各レーザ光の進行方向を制御し、MEMSにおけるレーザ光の照射位置を一直線状に並んだ状態として測定を行い、MEMSにおける可動部と固定部にわたる所定の線上における振動状態を求めることにより、MEMSの前記所定の線上における振動波形や前記所定の線に沿った向きへの振動の伝わり等を取得でき、振動状態からのMEMSの構造の特徴把握がより正確に行え、MEMS間の差異も明確化できる。
【0019】
また、本発明に係るMEMS測定方法は必要に応じて、前記各レーザ光を、MEMSに対し各レーザ光の照射位置が一直線状に並んだ方向と直交する向きへの走査を伴いつつ照射するものである。
【0020】
このように本発明においては、各レーザ光の照射位置の並んだ方向と直交する向きにレーザ光の走査を行いながら測定し、MEMS上の測定範囲を拡張することにより、MEMSの振動状態を線状のみでなく面状に広く把握でき、MEMSの構造における特徴をより詳細に解析でき、MEMSの評価がより適切に行える。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係るMEMS測定方法で用いる測定装置の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るMEMS測定方法で用いる測定装置のMEMSへのレーザ光照射状態説明図である。
【図3】本発明のMEMS測定方法により測定したMEMSの可動部における要部の振動変位の時間的変化を示すグラフである。
【図4】本発明のMEMS測定方法により測定したMEMSの固定部における振動変位の時間的変化を示すグラフである。
【図5】本発明のMEMS測定方法により求めたMEMSの可動部における要部の正しい振動変位の時間的変化を示すグラフである。
【図6】本発明のMEMS測定方法により求めたMEMSの可動部の所定時間における変位を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係るMEMS測定方法を前記図1及び図2に基づいて説明する。
前記各図において本実施形態に係るMEMS測定方法に用いる測定装置1は、MEMS80の形成されたウェーハ90を支持しつつ振動させる起振部10と、光の周波数がそれぞれ異なる多数のレーザ光を同時発生させる光源部20と、この光源部20からのレーザ光より、光の周波数を所定周波数だけシフトさせた参照光を得る周波数シフト部30と、前記光源部20からの各レーザ光をその周波数ごとに進行方向を変化させてウェーハ90上のMEMS80に向わせる分光部40と、光源部20と分光部40の間で、分光部40に向うレーザ光を透過させる一方、MEMS80から反射された反射光を所定方向に反射するビームスプリッタ50と、このビームスプリッタ50で反射されたMEMS80からの反射光と前記参照光とを組合わせて干渉させた干渉光を検出して検出信号を出力する光検出部60と、検出信号を各レーザ光の周波数成分ごとに分析し、MEMS80における各レーザ光の照射位置での変位を求める信号処理部70とを備える構成である。
【0023】
前記起振部10は、MEMS80の形成されたウェーハ90に当接してこれを支持するステージ部11と、このステージ部11を介してMEMS80に所定周期の振動を与える振動発生部12とを有するものであるが、振動発生部12の振動発生機構自体は圧電素子(ピエゾ素子)など公知のデバイスであり、詳細な説明を省略する。この起振部10はMEMS80を微小振動させ、MEMS80の可動部81と固定部82を有する構造に基づく特有の振動状態を生じさせる一方、測定装置の他部分には不要な振動を伝達しないようにして測定への影響を防いでいる。
【0024】
この起振部10において、ウェーハ90に当接するステージ部11は、慣性等により圧電素子等の振動発生部12と完全に同期した振動状態とならず、振動発生部12の振動変位を受けてステージ部11には減衰振動が生じるなど、ステージ部11に独特の振動成分を有する。このため、ステージ部11に支持された状態で振動するMEMS80においては、このステージ部11の振動成分の影響が及ぶこととなる。
【0025】
前記光源部20は、所定周波数のレーザ光を発生させるレーザ光源21と、このレーザ光源21で生じた一つのレーザ光から、このレーザ光の周波数を中心に等周波数間隔で多数のサイドバンドとしての周波数の異なるレーザ光を発生させる光コム発生器22とを有するものである。この光源部20は、光コム発生器22で得られた、光コムをなす周波数が異なる多数のレーザ光を一様に出力し、ビームスプリッタ50を介して分光部40へ向かわせることとなる。この光源部20から発したレーザ光は、そのまま分光部40へ向うものとは別に、スプリッタ等で分岐されたものが周波数シフト部30に達し、周波数を所定周波数だけシフトされて参照光となる。
【0026】
前記光コム発生器22は、基準となるレーザ光から光コムとしての多数のサイドバンド
のレーザ光を発生させる公知の装置であり、詳細な説明を省略する。光コム発生器22における各サイドバンドの周波数間隔は適宜調整され、分光部40を経てMEMS80に各レーザ光が測定に適した間隔で照射されるよう設定される。この光コム発生器22を用いて、一つのレーザ光から光コム、すなわち基本周波数のレーザ光のサイドバンドとして周波数の異なる多数のレーザ光を得て、そのまま各レーザ光をMEMS80に照射できることから、MEMS80の多数箇所に対し効率よく周波数の異なるレーザ光を同時照射して測定が行え、光の周波数の異なる多数のレーザ光源を用いる必要はなく、光源部20の構成を簡略化できる。
【0027】
なお、光源部20から発したレーザ光を周波数シフト部30に到達させて、周波数をシフトした参照光を得る代りに、新たな別の光コム発生器を設け、レーザ光源21で生じたレーザ光の周波数をシフトした光をこの別の光コム発生器に入力し、この別の光コム発生器が、周波数の異なる多数のレーザ光(光コム)を参照光として発生する仕組みとすることもできる。
【0028】
前記分光部40は、回折格子を用いたものであり、光源部20からビームスプリッタ50を経て一様に入射した異なる周波数の各レーザ光をその周波数ごとにその進行方向を変化させ、周波数ごとに異なる照射位置となるようにしてウェーハ90上のMEMS80へ向わせると共に、MEMS80の各レーザ光照射位置から反射された反射光を入射側へ透過させ、再度ビームスプリッタ50に向わせるものである。
【0029】
この分光部40で周波数ごとにずらされる各レーザ光のMEMS80における照射位置は、MEMS80上で、分光部40における格子部分の設定及びレーザ光の周波数間隔に対応した所定間隔で、一直線状に並んで配置されることとなる。照射位置は、MEMSの場合、等しい所定の間隔、例えば、100μm間隔で配置されるのが好ましい。こうしてレーザ光の照射位置が一直線状に並んだ状態とすることで、このMEMS80の照射位置が並んだ線上における振動波形や線に沿った向きへの振動の伝わり等を信号処理部70で取得でき、MEMS80の構造の特徴を把握しやすい。
【0030】
前記ビームスプリッタ50は、光源部20と分光部40との間に配設され、分光部40に向う光源部20からのレーザ光を分光部40側へ透過させる一方で、MEMS80から反射されて分光部40を透過した反射光を光検出部60のある向きに反射する公知の機構であり、詳細な説明を省略する。
【0031】
前記光検出部60は、MEMS80で反射して分光部40を透過し、さらにビームスプリッタ50で反射して進路を変えた反射光と、前記周波数シフト部30からの参照光とを組合わせて干渉させた干渉光を入射させ、この干渉光を検出して干渉光の周波数に応じた検出信号を得、この検出信号を信号処理部70に出力するものである。
【0032】
レーザ光のMEMS80からの反射光は、ドップラシフト、すなわちMEMS80におけるレーザ光照射位置の振動に応じた周波数の変化を生じており、この反射光と、周波数シフト部30でレーザ光の周波数を所定周波数だけシフトされた参照光とが組合わされた干渉光に対応して出力される検出信号は、公知のレーザドップラ振動計の場合と同様、復調等の処理によりMEMS80におけるレーザ光照射位置の振動状態を取得できる所定の干渉波形を生じたものとなっており、この検出信号を解析することでMEMSの振動状態を取得できる。
【0033】
前記信号処理部70は、光検出部60からの検出信号を各レーザ光の周波数成分ごとに解析し、MEMS80における各レーザ光の照射位置ごとにその変位を求めるものである。信号処理部70における検出信号の各レーザ光に対応する周波数成分についてのそれぞ
れの解析処理は、公知のレーザドップラ振動計と同様に、ドップラシフトに基づく各レーザ光の反射前後における周波数変化を利用して実行されるものである。
【0034】
光検出部60から出力される検出信号における各レーザ光に対応する周波数成分は、周波数シフト部30によるレーザ光の周波数シフト分と、MEMS80の振動の速度に比例するドップラシフトとの干渉波形を有していることから、検出信号の前記周波数成分と、既知である各レーザ光の光源部20から出力された時点での周波数及び周波数シフト部30でのシフト量とを用いて、MEMS80の照射位置における振動状態を示す、振動の速度情報や照射位置の変位等を導くことができる。
【0035】
ただし、こうして導かれる振動状態の情報は、起振部10におけるステージ部11の振動の影響を受けたMEMS各位置の振動状態を示すもの、すなわち、実際の振動成分にステージ部11の振動成分が加わったものとなっており、測定対象の可動部71の純粋な振動状態を示すものとはなっていないことから、信号処理部70では、導かれた振動状態を示す情報からステージ部11の振動の影響分を除去する処理をさらに実行することとなる。
【0036】
具体的には、信号処理部70では、MEMS80のうち可動部81とは異なり起振部10のステージ部11と同様に振動する固定部82について得られた振動状態のデータを、ステージ部11の振動成分として利用し、この固定部82の振動状態を可動部81の各位置の振動状態から差引く処理、言換えると、可動部81の各位置の振動状態と固定部82の振動状態との差分をとる処理を実行することで、ステージ部11の振動の影響を排除した可動部81の真の振動状態が得られる。
【0037】
本発明に係るMEMS測定方法に用いる上記の測定装置1では、光周波数コム(光コム)技術を用いて多数の周波数シフトされたレーザ光を生成した後、周波数ごとに各レーザ光の進行方向を変化させ、それらのレーザ光をMEMSの多数の箇所に照射する比較的簡素な構成によって、振動させたMEMSの多数の箇所に同時にレーザ光を照射し、測定を行えることで、多数の測定点における振動状態を同時に測定することができ、正確に各部の振動の特徴を把握することが可能となる。こうして従来技術における測定の同時性、正確性の問題も解消され、その結果、製造工程の早い段階においてMEMS可動部分の構造の良否を的確に判定することが可能となり、後工程に入る前に不良品を製造ラインから排除してMEMSの製造コストの顕著な改善が図れる。
【0038】
次に、本実施形態に係るMEMS測定方法による測定の各過程について説明する。前提として、測定装置1における光源部20の光コム発生器22で得られる各レーザ光の周波数や、周波数シフト部30におけるレーザ光周波数のシフト量は、あらかじめ把握されているものとする。
【0039】
まず、測定に先立ち、MEMS80を測定装置1における振動台71に取付け、起振部70を動作させて振動台71ごとMEMS80全体を振動状態とした上で、測定を開始する。測定開始に伴い、光源部20のレーザ光源21から出た一つのレーザ光に基づいて、光コム発生装置12が周波数の異なる多数のレーザ光を発生させ、このレーザ光が、分岐されて周波数シフト部30に向う一部を除いて、ビームスプリッタ50を透過して分光部40に入射する。
【0040】
分光部40では、各レーザ光がその周波数ごとに進行方向を変えられ、周波数ごとに異なる照射位置となるようにして、MEMS80における可動部81の各測定対象箇所及び固定部82にそれぞれ照射される。そして、MEMS80の各照射位置では、照射されたレーザ光が一部反射される。振動状態にあるMEMS80の各レーザ光照射位置で反射さ
れた反射光は、分光部40に戻ってこれを入射側へ透過し、再度ビームスプリッタ50に達して反射され、光検出部60に向う。
【0041】
一方、周波数シフト部30に達したレーザ光は、光の周波数を所定周波数分だけシフトされた後、ビームスプリッタ50で反射されたMEMS80からの反射光と重ね合わせられ、干渉光となった状態で光検出部60に入射することとなる。
【0042】
光検出部60から干渉光に対応して検出信号が出力されると、信号処理部70は、この検出信号を各レーザ光の周波数成分ごとに解析し、MEMS80における各レーザ光の照射位置ごとの振動状態を示す情報としての振動変位を算出する。光源部20で一つのレーザ光から光コム、すなわち基本周波数のレーザ光のサイドバンドとして所定周波数間隔で周波数の異なる多数のレーザ光を得ており、照射される各レーザ光が基本周波数のレーザ光と既知の関係を有することで、信号処理部70では検出信号における各レーザ光に対応する周波数成分を識別しやすく、MEMS80における各レーザ光の照射位置について、それぞれ適切に振動状態に係る情報を求めることができる。
【0043】
こうして信号処理部70で、ドップラシフトに基づく各レーザ光の反射前後における周波数変化を利用した解析処理で得られた、MEMS80における各レーザ光の照射位置ごとの振動変位は、実際の振動成分にステージ部11の振動成分が加わったものとなっていることから、さらに信号処理部70は、求められた振動変位からステージ部11の振動の影響分を除去する処理として、MEMS80のうち固定部82について得られた振動変位のデータを、ステージ部11の振動成分として利用し、可動部81の各照射位置の振動変位と固定部82の振動変位との差分をとる処理を実行し、可動部81の各照射位置について、差分、すなわちステージ部11の振動の影響を排除した真の振動変位を得る。
【0044】
この信号処理部70で最終的に得られた可動部81各位置の振動変位など、振動状態を示す情報は、MEMS80の構造上の特徴があらわれたものとなっており、構造の差異が振動状態の違いとして明確にあらわれる一方、測定対象のMEMSが同じ構造であれば同じ振動状態がみられることとなる。よって、同じ種類のMEMS同士の振動状態の比較で、本来存在しないはずの構造の差異を適切に検出可能となる。例えば、評価対象のMEMS80と、同種の検証済の良品との振動状態の比較で、MEMS80に製造上の欠陥等、良品と異なる構造上の特徴が存在する場合には、その振動状態に差異が生じることから、MEMS80の良否が判断できることとなる。すなわち、MEMS80の振動状態が良品の場合と同じであればそのMEMS80も良品であり、逆に振動状態が良品のそれと異なっていれば何らかの不具合があるとみなせる。
【0045】
具体的には、比較及び判定手段としてコンピュータ等を用い、信号処理部70で新たに取得したMEMS80の可動部81の真の振動状態を示すデータと、あらかじめ同じ条件で測定され格納されている、MEMS80と同じ種類の良品と確認済のものにおける真の振動状態を示すデータとの比較・照合を実行させ、MEMS80のデータが良品のデータと同じと見なせる範囲に収っていれば、良品であるとの判定がなされる。また、MEMS80のデータが良品のデータと同じと見なせる範囲を外れたものであれば、不良品であるとの判定がなされることとなる。
【0046】
こうして、MEMSの構造に基づいてあらわれる振動状態の特徴を利用して、MEMSを同じ種類の良品の既知の振動状態との比較結果から効率よく良品との構造の差異を検出可能となり、MEMSが良品であるか否かの判別、評価が適切且つ短時間で行える。なお、この判定手段を用いる際、前記信号処理部70がコンピュータで実現されている場合には、この信号処理部70をなすコンピュータが判定手段を兼ねるようにしてもかまわない。
【0047】
このように、本実施形態に係るMEMS測定方法においては、それぞれ周波数の異なる多数のレーザ光を、起振部10で振動させたMEMS80の可動部81と固定部82に対し同時に照射し、MEMS80の各照射位置からの反射光を干渉光とした状態で光検出部60で検出し、得られた検出信号より取出せるドップラーシフトに基づく光の周波数変化の情報から、MEMSの各照射位置について振動状態を求め、さらに可動部81における振動状態の、固定部82の振動状態に対する差分を求めて、可動部81各位置の真の振動状態を得ることから、MEMSにおける複数箇所の同じ時点での振動状態を適切に検出できることに加え、起振部10の不要な振動成分が合成された形で求められた結果から可動部81の振動成分のみを取出して、正しい可動部81の振動特性を取得でき、起振部10側からの影響を受けることなく正確な可動部81各部の振動状態を測定して、そのMEMSの構造に基づいてあらわれる可動部81の振動の特徴を確実に把握できる。
【0048】
なお、前記実施形態に係るMEMS測定方法において、MEMS80におけるレーザ光の照射位置は、光源部20の光コム発生器22でレーザ光の基準周波数に対する各サイドバンドのレーザ光の周波数間隔の調整や、分光部40とMEMS80との相対位置関係の調整を行わない限りは、位置固定となるようにしているが、これに限らず、各レーザ光が、MEMSに対し各レーザ光の照射位置が一直線状に並んだ方向と直交する向きへの走査を伴いつつ照射される機構を用いることもでき、各レーザ光の走査を行って、可動部と固定部にわたる照射を維持しつつ、照射位置をその並び方向と直交する向きにずらしながら測定し、MEMS上の測定範囲を拡張することにより、MEMSの振動状態を線状のみでなく面状に広く把握でき、MEMSの構造における特徴をより詳細に解析でき、他のMEMSとの比較評価がより適切に行える。
【0049】
また、前記実施形態に係るMEMS測定方法においては、MEMS80からの反射光と、周波数シフト部30からの参照光とを組合わせて干渉させた干渉光を、一つの光検出部60で受けて干渉光に対応した検出信号を出力するようにしているが、これに限らず、光検出部をなす光検出デバイスを複数配設し、それぞれの光検出デバイスで干渉光を分担して、例えば干渉光を所定の周波数帯域ごとに分けて受光するようにし、各光検出デバイスからそれぞれ検出信号を出力させるようにすることもでき、各処理を分散することで効率よく測定を進められることとなる。
【0050】
さらに、前記実施形態に係るMEMS測定方法による測定を行い、さらにMEMS80の良否判断を行う場合に、MEMS80における可動部81の各レーザ光照射位置について、その真の振動状態を、MEMS80と同種の既知の良品における同様の振動状態と比較し、MEMS80の良否を判定するようにしているが、これに限らず、MEMS可動部における多数の各レーザ光の照射位置のうち代表として抽出した所定の数箇所における振動状態についてのみ、良品における同位置の振動状態との比較を実行し、この数箇所の振動状態の比較に基づいて良否判定を行うようにすることもでき、MEMSの構造や動作等の特徴に応じて比較対象の代表点を適切な数及び配置で設定すれば、代表点以外の測定点について振動状態の比較を省略しても、判定・評価の精度を低下させることはなく、精度を確保しつつ処理を大幅に簡略化でき、MEMSの良否評価をより短時間で行える。
【実施例】
【0051】
本発明のMEMS測定方法に基づく測定装置で、ウェーハ上に設けられたMEMSの振動状態を実際に測定し、MEMSの可動部における振動状態を適切に取得できるか否かについて評価した。測定対象は、ウェーハ上に半導体デバイスとほぼ同様の一般的な製造プロセスで製造されたMEMSである。
【0052】
測定装置では、ウェーハに振動を付加する起振部の振動発生源には、ピエゾアクチュエ
ータを用いている。そして、測定に際しては、測定対象のMEMSを含むウェーハを起振部のステージ部に取付け、ステージ部の下側に位置するピエゾアクチュエータに対し矩形波状に電圧を印加し、アクチュエータで生じた微小振動をMEMSに加え、MEMSの振動状態を測定装置で測定するようにした。
【0053】
測定装置では、光源部から照射されるレーザ光に光コムを用いることで、測定対象のMEMSには周波数の異なる多数のレーザ光が照射されることとなり、照射位置、すなわち測定点は、MEMSにおける端部の固定部から可動部中央にわたる測定範囲で等間隔をなして一列に並んだ合計61箇所(#0〜#60)となる。
【0054】
測定対象のMEMSについて振動による変位を測定した結果を、各測定点のうち、可動部における60箇所の測定点(#1〜#60)の代表として抽出した三つの測定点(#20、#40、#60)について、グラフとして示す(図3参照)。グラフは、振動による変位の時間的変化を、横軸を時間、縦軸を振幅としてそれぞれ記している。また、固定部の測定点(#0)における振動による変位の時間的変化を、前記同様に横軸を時間、縦軸を振幅としたグラフで示す(図4参照)。
【0055】
図3及び図4から、可動部の各測定点における波形には、固定部の測定点にみられる振動の成分があらわれ、MEMSにおける各測定点のいずれもステージ部側の振動の影響を受けていることがわかる。
【0056】
こうしてドップラシフトに基づく各レーザ光の反射前後における周波数変化を利用した解析処理で得られた、MEMSにおける各レーザ光の照射位置ごとの振動変位は、実際の振動成分にステージ部の振動成分が加わったものといえることから、さらなる解析処理として、可動部の各測定点の振動変位と固定部の振動変位との差分をとり、可動部の各測定点について真の振動変位を取得した。
【0057】
こうして可動部の各測定点について、固定部の振動変位との差分をとる方法で振動による変位を解析した結果のうち、前記同様の三つの測定点(#20、#40、#60)における振動による変位の時間的変化を、横軸を時間、縦軸を振幅としてそれぞれ記したグラフを、図5に示す。さらに、全ての測定点における所定時間(約500μs)経過後の変位を、横軸を測定点、縦軸を振幅として記したグラフを、図6に示す。
【0058】
図5から、可動部の各測定点について、ステージ部側の振動の影響が排除され、可動部の構造の特徴に応じた振動が各測定点で生じていることがわかる。さらに、図6から、所定経過時間における各測定点の位置を連ねて得られる可動部の形状変化状態についても、ステージ部側の振動の影響なく可動部の特徴に応じたものとなっていることがわかる。
【0059】
このように、測定対象であるMEMSの可動部と固定部にわたる多数の測定点にレーザ光を照射して各測定点における振動状態を測定すると共に、可動部の各測定点の振動変位と固定部の振動変位との差分をとり、可動部の真の振動変位を得ることで、MEMSの状態を適切に把握することができ、例えば、こうした測定結果を、あらかじめ把握されている良品の振動状態と比較すれば、MEMSが良品か不良品かを適切に判別評価できるなど、MEMSを正確に評価可能であることは明らかである。
【符号の説明】
【0060】
1 測定装置
10 起振部
11 振動台
20 光源部
21 レーザ光源
22 光コム発生器
30 周波数シフト部
40 分光部
50 レーザスプリッタ
60 光検出部
70 信号処理部
80 MEMS
90 ウェーハ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物であるMEMSにレーザ光を照射し、MEMSからの反射光のドップラシフトに基づき、MEMSにおける照射位置の振動状態を測定するMEMS測定方法において、
MEMSに起振部で振動を加え、
光の周波数がそれぞれ異なる多数のレーザ光を光源部で同時に発生させ、
前記光源部からビームスプリッタを透過して一様に入射した各レーザ光を分光部で周波数ごとに進行方向を変化させ、周波数ごとに異なる照射位置としてMEMSの可動部と固定部に照射し、
MEMSから反射されて分光部を透過した反射光、及び、MEMSに照射されるレーザ光に対し光の周波数を所定周波数だけシフトさせて発生させた参照光を、それぞれ光検出部に入射させ、当該光検出部で前記反射光と参照光とを組合わせて干渉させた干渉光を検出し、当該干渉光に応じた検出信号を出力させ、
当該検出信号を信号処理部で各レーザ光の周波数成分ごとに分析し、検出信号より抽出される各レーザ光の反射前後におけるドップラシフトに基づく周波数変化から、MEMSにおける各レーザ光の照射位置での振動状態を求めると共に、
前記信号処理部で、MEMSの可動部における各照射位置での振動状態について、MEMSの固定部における振動状態との差分を求め、得られた差分を前記各照射位置での真の振動状態とすることを
特徴とするMEMS測定方法。
【請求項2】
前記請求項1に記載のMEMS測定方法において、
前記光源部として、レーザ光源が、所定周波数のレーザ光を発生させると共に、当該レーザ光から、光コム発生器が、レーザ光の周波数を中心に等周波数間隔で多数のサイドバンドとしての周波数の異なるレーザ光を発生させることを
特徴とするMEMS測定方法。
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載のMEMS測定方法において、
前記分光部として回折格子を用い、入射した各レーザ光をMEMSに対しレーザ光照射位置がMEMSの可動部と固定部にわたって一直線状に並ぶ状態で進行させることを
特徴とするMEMS測定方法。
【請求項4】
前記請求項3に記載のMEMS測定方法において、
前記各レーザ光を、MEMSに対し各レーザ光の照射位置が一直線状に並んだ方向と直交する向きへの走査を伴いつつ照射することを
特徴とするMEMS測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−103068(P2012−103068A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250871(P2010−250871)
【出願日】平成22年11月9日(2010.11.9)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【出願人】(391043332)財団法人福岡県産業・科学技術振興財団 (53)
【出願人】(503249810)株式会社 光コム (28)
【出願人】(509256333)ユージ企画有限会社 (2)
【Fターム(参考)】