説明

MoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法

【課題】 スパッタリング成膜時のスプラッシュの発生を格段に低減させるMoNb系スパッタリングターゲット材の製造方法を提供する。
【解決手段】 Nbを0.5〜50原子%含有し残部Moおよび不可避的不純物からなるMoNb系スパッタリングターゲット材の製造方法であって、Mo原料粉末を焼結したMo一次焼結体を作製する工程と、該Mo一次焼結体を粉砕してMo二次粉末を作製する工程と、該Mo二次粉末を還元性雰囲気中で熱処理して還元処理Mo粉末を作製する工程と、該還元処理Mo粉末とNb原料粉末とを混合した混合粉末を加圧焼結してMoNb焼結体を作製する工程とを有するMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平面表示装置等の電気配線、電極等に用いられるMoNb系薄膜の形成に使用されるスパッタリングターゲット材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、平面表示装置の一種である液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display、以下LCDという)等の薄膜電極および薄膜配線等には、電気抵抗の小さいMo等の高融点金属膜が広く利用されている。そして、これら薄膜電極および薄膜配線等には、薄膜形成の製造工程中での、耐熱性、耐食性の要求があるため、例えば、Cr、WやNb等を添加したMo合金の適用が進んでいる。
【0003】
上記のMo合金を配線として形成する方法としては、同一組成のターゲット材をスパッタリングによって形成する方法が一般的に利用されている。そして、Mo合金のスパッタリングターゲット材に関しては、成分構成やターゲット材に含まれる不純物の低減等に関して様々な提案がなされている。
【0004】
融点の高いMoを主成分とするMo合金ターゲット材の製造に関しては、一般的に粉末冶金法が利用されているが、原料粉末となるMo粉末は特に凝集しやすく、Mo粉末と添加元素粉末との混合粉中で添加元素粉末が凝集するために、焼結後に大きな成分の偏在が発生しやすいという問題がある。そこで、本願出願人は、添加元素粉末とMo粉末とで造粒粉末を形成した後に焼結することで、ターゲット材中の添加元素を微細に分散すると同時に、Mo中の酸素を添加元素に固定させて塑性加工性をも向上させることを提案している(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005-290409号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されるMoの耐食性や耐熱性を向上させる添加元素を加えたMo合金ターゲット材は、添加元素の成分偏在のないターゲット材として有効な発明であるが、例えば高速でスパッタ成膜をするためにスパッタ装置の印加電圧を高く設定した場合に、成膜中にスプラッシュとよばれる異常放電が多量に発生する場合があるという問題がある。
【0006】
本発明の目的は、上記課題に鑑み、スパッタリング成膜時のスプラッシュの発生を格段に低減させるMoNb系スパッタリングターゲット材の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記の問題点を種々検討した結果、酸素との親和力が高いNbを含むMo合金においては、ミクロ組織中のNb粒の周囲に形成される粗大な酸素濃化相がスプラッシュ発生の要因となる場合があることをつきとめ、焼結前のMo粉末の酸素含有量を極力低減することにより、上記の課題を解決できることを見出し本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、Nbを0.5〜50原子%含有し残部Moおよび不可避的不純物からなるMoNb系スパッタリングターゲット材の製造方法であって、
(1)Mo原料粉末を焼結したMo一次焼結体を作製する工程と、
(2)該Mo一次焼結体を粉砕してMo二次粉末を作製する工程と、
(3)該Mo二次粉末を還元性雰囲気中で熱処理して還元処理Mo粉末を作製する工程と、
(4)該還元処理Mo粉末とNb原料粉末とを混合した混合粉末を加圧焼結してMoNb焼結体を作製する工程とを有するMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法である。
また、本発明のMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法としては、さらに、前記MoNb焼結体を塑性加工することが望ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法を適用することにより、ターゲットのミクロ組織中のNb粒周囲に粗大な酸素濃化相が形成されるのを抑制できるため、高速でスパッタ成膜をするためにスパッタ装置の印加電圧を高く設定した場合でも、スプラッシュを低減でき、良好で安定したスパッタ成膜が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明における最大の特徴は、MoNb系スパッタリングターゲット材のミクロ組織に存在するNb粒の周囲に粗大な酸素濃化相が形成されないように、焼結前のMo粉末中の酸素含有量を極力低減する方法を提供する点にある。
【0011】
本発明者の検討によれば、Mo原料粉末とNb原料粉末を混合し焼結する際に、焼結容器内に多量に含まれる酸素が、Moよりも酸素との親和力が高いNb粒付近に移動し、Nb粒の周囲に酸素濃化相を形成して固定されることが確認されている。そして、このNb粒の周囲に形成される酸素濃化相が、特に高圧スパッタにおけるスプラッシュの発生の原因であると考えられる。
【0012】
そこで、本発明者は、MoNb系スパッタリングターゲット材の製造にあたり、Nb粒の周囲に形成される酸素濃化相を低減するために、以下の工程を有する製造方法を見出した。以下に本発明を工程ごとに説明する。
【0013】
(1)Mo原料粉末を焼結したMo一次焼結体を作製する工程
本発明においては、先ずMo原料粉末を焼結したMo一次焼結体を作製する。
これは、Mo原料粉末を一度焼結体とした後に粉砕してMo二次粉末を作製することで、市販される化学製法によって製造される微細なMo一次粒子が凝集したMo原料粉末に比べて、表面積が小さくなりMo粉末表面に存在する酸素量を低減することが可能となるためである。なお、Mo原料粉末を焼結して得られる一次焼結体は、相対密度80%以上であることが好ましい。焼結手段としては、Mo一次焼結体の酸素含有量を低減するために、真空脱気した焼結雰囲気でホットプレス、熱間静水圧プレス等の加圧焼結を実施することが望ましい。また、還元性雰囲気中での常圧焼結も望ましい。
【0014】
(2)Mo一次焼結体を粉砕してMo二次粉末を作製する工程
続いて、Mo一次焼結体を粉砕してMo二次粉末を作製する。
これは、Mo中にNbが微細に分散したMoNb焼結体を作製するため、Nb原料粉末と十分に混合が可能な粉末形状に再度戻す必要があるからである。
なお、Mo一次焼結体の粉砕に際しては、旋盤等での削出の後に、ボールミル、ジョークラッシャー、インパクトミル等で粉砕する方法が適用できる。上記の方法により10〜1000μm程度のMo二次粉末を作製することが可能となる。
【0015】
(3)Mo二次粉末を還元性雰囲気中で熱処理して還元処理Mo粉末を作製する工程
次に、Mo二次粉末を還元性雰囲気で熱処理して還元処理Mo粉末を作製する。
この処理は、粉砕により作製したMo二次粉末の表面に存在する酸素を除去するためのものである。なお、還元性雰囲気としては、例えば水素雰囲気や100Pa以下の減圧雰囲気中が利用可能である。また、還元性雰囲気中での熱処理の温度条件としては、概ね500〜1500℃程度とすることが望ましい。それは、500℃以下では酸素低減効果が極めて小さいためであり、一方、1500℃を超えると粉砕したMo二次粉末同士の接触部分が拡散結合を開始するため、再度の粉砕が必要な場合があるためである。
以上の熱処理により、粉砕後に500ppm以上であったMo二次粉末の酸素含有量を、100ppm以下に低減することが可能となる。
【0016】
(4)還元処理Mo粉末とNb原料粉末とを混合した混合粉末を加圧焼結する工程
次に、熱処理された還元処理Mo粉末とNb原料粉末とを混合した混合粉末を加圧焼結してMoNb焼結体を作製する。
Nb原料粉末としては、市販される純度99%以上の粉末を使用することが好ましい。なお、MoNb焼結体の酸素量を低減するためには、極力酸素量の少ないNb原料粉末を使用することが望ましいことは言うまでも無い。一般に市販される平均粒径150μm程度のNb粉末の酸素量は1000〜2000ppm程度である。
【0017】
また、加圧焼結としては、ホットプレス、熱間静水圧プレス(HIP)が適用可能であるが、3次元的に高圧で圧力を付加することで、原料粉末を焼結させることが可能であるため熱間静水圧プレス(HIP)を適用することが望ましい。また、その際には、温度1000〜1500℃、圧力100MPa以上の条件を適用することが望ましい。
それは、この100MPaに満たない圧力、1000℃に満たない温度でHIPを行っても、ターゲット材に要求される相対密度98%以上の密度を有する焼結体が作製しづらいためである。一方、融点の高いMoとNbからなる焼結体を得るためにはできるだけ高い温度での処理が好ましいが、HIP温度は加圧容器に用いる材質のほか、設備面での制約が存在する。一般的なHIP装置では1500℃がほぼ上限となり、それ以上では現実性に欠ける。
【0018】
また、本発明においては、得られたMoNb焼結体にさらに塑性加工を施すことが望ましい。これは、MoNb焼結体は、内部に微細な空隙(ポア)を有することがあるため、塑性加工による塑性変形でこの空隙を除去することで更にターゲット材としての相対密度を高めることが可能となるためである。
【0019】
なお、圧延、鍛造等の塑性加工の条件としては、500〜1500℃の温度に焼結体を維持しながら、加工率2〜50%の塑性加工を複数回実施することが望ましい。
それは、温度が500℃に満たない場合は、塑性加工時に付加する荷重を上げなければならないために生産性上の問題があり、1500℃を超える場合には焼結体の結晶粒が粗大化するという問題があるためである。また、加工率としては、50%を超える高い加工率で一度に塑性加工を行うと焼結体に割れが発生したり、内部に欠陥を生じ易いという問題があるため好ましくないためである。また、2%を下回る加工率ではほとんど形状変化に影響が無く加工コスト上好ましくない。さらに加工時に割れ等の欠陥を発生させないためにも、全体に高率の加工を施す場合には、前記の加工温度および加工率で複数回実施することが有効である。
【0020】
また、本発明の製造方法においては、特にMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の酸素含有量を50〜400ppm程度に制御することが望ましい。
既述の通り、溶解鋳造法で作製するのが困難なMoNb系ターゲット材の製造にあっては、一般的に粉末焼結法が適用される。粉末冶金法においては、原料粉末を焼結する際に焼結雰囲気内に存在するガス成分を脱気する手段が適用されているが酸素を含むガス成分の低減には限界がある。また、Nbは酸素との親和力が高く、水素等の還元性雰囲気中での焼結によっても、酸素の低減は困難である。
本発明の製造方法によって、Mo粉末の酸素含有量を低減し、各工程において酸素含有量を制御した場合にも、実現できる酸素含有量の下限は、50ppm程度であり、粉末冶金法によりMoNb系ターゲット材を製造する場合には、酸素含有量を50〜400ppm程度に制御することが実現可能な限界的な水準である。
【実施例1】
【0021】
本発明の実施例について以下に説明する。
まず、市販の平均粒径6μmのMo粉末を準備し、V型混合機で混合して得られたMo原料粉末を軟鋼製加圧容器に充填した。充填後、加圧容器の上蓋を溶接した後に450℃の温度下で真空脱気し、熱間静水圧プレス(HIP)で加圧焼結しMo一次焼結体を得た。なお、HIPは、1250℃、150MPaの条件下で5時間保持した。
得られたMo一次焼結体をフライスにより削出した後に、インパクトミルを用いて粉砕処理しMo二次粉末を得た。得られたMo二次粉末は、炉内の雰囲気を水素圧力0.115MPaとした還元性雰囲気にて1200℃で2時間保持する熱処理を施して酸素を低減する処理を行い、酸素含有量46ppmの還元処理Mo粉末を得た。なお、還元処理Mo粉末の酸素含有量は、不活性ガス融解赤外線吸収法により測定した。
【0022】
続いて、上記で得られた平均粒径150μmの還元処理Mo粉末と平均粒径150μmのNb粉末(酸素含有量1050ppm)を、原子%で95%Mo-5%Nbとなるように秤量後、V型混合機で混合し、軟鋼製加圧容器に充填した。充填後、加圧容器の上蓋を溶接した後に450℃の温度で真空脱気し、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIP処理によって、MoNb焼結体を得た。その後、得られたMoNb焼結体を切断および機械加工して、厚さ20mm×幅150mm×長さ200mmのMoNb系焼結ターゲット材を得た。
得られたMoNb焼結体から試験片を採取し、不活性ガス融解赤外線吸収法により酸素含有量を、アルキメデス法により相対密度を測定した。その結果、酸素含有量は140ppm、相対密度は99.3%であった。
【0023】
比較例として、以下の従来製法でMoNb系ターゲット材を作製した。
まず、市販の平均粒径6μmのMo粉末と平均粒径150μmのNb粉末(酸素含有量1050ppm)を、原子%で95%Mo-5%Nbとなるように秤量後、V型混合機で混合して得られた原料粉末を圧力265MPaで冷間静水圧プレス(CIP)にて圧縮成形した圧密体を作製した。その後、前記圧密体をジョークラッシャーおよびディスクミルを使用して粉砕し二次粉末を作製した。その二次粉末を再度V型混合機で混合した後、軟鋼製加圧容器に充填した。充填後、加圧容器の上蓋を溶接した後に450℃の温度下で真空脱気し、温度1250℃、圧力150MPaの条件下で5時間保持するHIP処理によってMoNb焼結体を得た。その後、得られた焼結体を切断および機械加工して、厚さ20mm×幅150mm×長さ200mmのMoNb系焼結ターゲット材を得た。
得られたMoNb焼結体から試験片を採取し、不活性ガス融解赤外線吸収法により酸素含有量を、アルキメデス法により相対密度を測定した。その結果、酸素含有量は450ppm、相対密度は98.5%であった。
【0024】
また、本発明例の実施例1および従来製法で作製したターゲット材の走査型電子顕微鏡像、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)によってNb粒、酸素をカラーマップ化したスケッチをそれぞれ図1および図2に示す。なお、各図の(a)が走査型電子顕微鏡像、(b)が同一視野におけるNbを灰色で示すカラーマップ、(c)が同一視野における酸素を白色で示すカラーマップである。図1および図2から、従来製法ではNb粒周囲に粗大な酸素濃化相が形成されているが、本発明例の製造方法ではNb粒周囲に酸素濃化相が存在しないことが分かる。なお、図1の走査型顕微鏡像から黒点で示されるポアが確認できるが、加圧焼結条件の制御によってポアが低減されたより緻密化されたターゲット材を製造することが可能である。
以上から、本発明の製造方法によれば、従来の製造方法に比べてMoNb系ターゲット材中の酸素含有量を大幅に低減できることが確認できる。
【実施例2】
【0025】
実施例1と同様の方法で作製したMoNb焼結体に、さらに熱間圧延による塑性加工を実施した。熱間圧延は、HIPによる終了後に加圧容器を除去せずそのままの状態で、1150℃加熱と圧下率50%以下の圧延のサイクルを4回実施した。熱間圧延後、加圧容器を除去し、機械加工して、厚さ10mm×幅700mm×長さ900mmのMoNb系焼結ターゲット材を得た。
熱間圧延後のMoNb焼結体から試験片を採取し、不活性ガス融解赤外線吸収法により酸素含有量を、アルキメデス法により相対密度を測定した。その結果、酸素含有量は140ppm、相対密度は99.9%であった。
【0026】
また、実施例1と同様に、上記で作製したターゲット材の走査型電子顕微鏡像、EDXによってNb粒、酸素をカラーマップ化したスケッチをそれぞれ図3に示す。図3からも、Nb粒周囲には酸素濃化相が存在しないことが確認できる。
以上から、本発明においては、得られたMoNb焼結体を塑性加工することによって、より緻密なターゲット材が得られることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実施例1で作製したターゲット材の走査型電子顕微鏡像およびEDXによってカラーマップ化したスケッチである。
【図2】従来製法で作製したターゲット材の走査型電子顕微鏡像およびEDXによってカラーマップ化したスケッチである。
【図3】実施例2で作製したターゲット材の走査型電子顕微鏡像およびEDXによってカラーマップ化したスケッチである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nbを0.5〜50原子%含有し残部Moおよび不可避的不純物からなるMoNb系スパッタリングターゲット材の製造方法であって、
(1)Mo原料粉末を焼結したMo一次焼結体を作製する工程と、
(2)該Mo一次焼結体を粉砕してMo二次粉末を作製する工程と、
(3)該Mo二次粉末を還元性雰囲気中で熱処理して還元処理Mo粉末を作製する工程と、
(4)該還元処理Mo粉末とNb原料粉末とを混合した混合粉末を加圧焼結してMoNb焼結体を作製する工程とを有することを特徴とするMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法。
【請求項2】
前記MoNb焼結体を塑性加工することを特徴とする請求項1に記載のMoNb系焼結スパッタリングターゲット材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−280570(P2008−280570A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−124701(P2007−124701)
【出願日】平成19年5月9日(2007.5.9)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】