説明

NCデータ補正装置

【課題】軸切込み深さを一定とする等高線加工において、半径切込み深さを補正して、加工能率が大きくてびびり振動の発生しないNCデータを作成できるNCデータ補正装置を提供する。
【解決手段】所定の軸切込み深さにおける、主軸回転速度に対するびびり振動発生の限界となる工具接触角度である限界工具接触角度を演算し、NCデータのデータ区分毎に工具接触角度が限界工具接触角度より大きいか否かを判定し、大きいと判定された不安定NCデータ区分がある場合は、不安定NCデータ区分における工具刃先経路の半径切込み深さを小さくすることで、工具接触角度を小さくしてびびり振動の発生しないNCデータを作成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主軸により回転される工具を用いて工作物を加工するNC工作機械における、加工中のびびり振動の発生を防止するものであり、びびり振動が発生しないようにNCデータを補正するNCデータ補正装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転する工具を用いた加工においてびびり振動を防止するために、びびり振動安定限界線図を用いて、工具回転軸方向の工作物に対する工具の切込み深さである軸切込み深さと主軸回転速度を変更して、びびり振動の発生しない加工条件を設定することが行われている。びびり振動安定限界線図は工具の回転半径方向の工作物に対する切込み深さである半径切込み深さを所望の一定値としたときの主軸回転速度に対するびびり振動発生限界の軸切込み深さを示す図であり、びびり振動安定限界線図のびびり振動の発生しない領域である安定領域に含まれる軸切込み深さと主軸回転速度の組合せを選定することで容易に適切な加工条件を設定できる。びびり振動安定限界線図は、工具を含む主軸系の質量、減衰係数、剛性と比切削抵抗をパラメータとする計算式で求められる。(たとえば非特許文献1)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「神戸製鋼技報 2001年Vol.51 No.3」、p.20〜p.22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
金型などの加工では、軸切込み深さを一定として工具回転軸に直交する平面内で工具を移動させて工作物を加工する等高線加工が賞用されている。この場合に、従来のびびり振動安定限界線図を用いて加工条件を設定すると、全ての工具経路の中でびびり振動の発生し易い部分の軸切込み深さ(一番小さな軸切込み深さ)により全体の軸切込み深さが決められることになる。このため、びびり振動の発生に対して切削能率に余裕のある加工部位では工具の回転半径方向の工作物に対する切込み深さである半径切込み深さを大きくすることで加工能率を大きくしている。この場合、半径切込み深さの設定値は作業者の経験や実加工の試行に基づき設定されているため、半径切込み深さの設定に時間を要し、びびり振動の発生に対して余裕のある設定をするため工作機械の能力を充分に発揮できない恐れがある。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、軸切込み深さを一定とする等高線加工において、半径切込み深さを補正して、加工能率が大きくてびびり振動の発生しないNCデータを作成できるNCデータ補正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するための請求項1に係る発明の特徴は、主軸に装着した回転する工具により工作物を切削する工作機械のNCデータを補正するNCデータ補正装置であって、
前記NCデータと工作物の加工前形状データを用いて、前記NCデータに示された工具経路の形状の曲率半径が同一である区分毎に区切られた前記NCデータの一部であるデータ区分における、前記工具の同一の刃先が前記工作物に連続的に加工作用をする前記工具の回転角度である工具接触角度を演算する工具接触角度演算手段と、
工具回転軸方向の前記工具の前記工作物への切込み深さである所定の軸切込み深さと所定の主軸回転速度におけるびびり振動発生限界の前記工具接触角度である限界工具接触角度を演算する限界工具接触角度演算手段と、
前記所定の軸切込み深さと前記所定の主軸回転速度を備えるNCデータにおける前記工具接触角度演算手段により演算された工具接触角度が、前記限界工具接触角度より大きいか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段で工具接触角度が前記限界工具接触角度より大きいと判定されたデータ区分である不安定NCデータ区分がある場合は、前記不安定NCデータ区分のNCデータにおける前記工具の回転半径方向の切込み深さである半径切込み深さを減じて、前記工具接触角度が前記限界工具接触角度より小さくなる補正半径切込み深さを備えた複数の補正NCデータに分割する工具経路補正手段と、を備えることである。
【0006】
請求項2に係る発明の特徴は、請求項1に係る発明において、所定不安定NCデータ区分の補正NCデータの前記補正半径切込み深さが、前記所定不安定NCデータ区分のNCデータにおける半径切込み深さを2以上の整数で除した値であることである。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に係る発明によれば、等高線加工において、NCデータ区分毎に工具接触角度が、限界工具接触角度より大きいか否かを判定することで、びびり振動発生が予測される不安定NCデータ区分を特定し、工具経路補正手段により不安定NCデータ区分の半径切込み深さを小さくしてびびり振動の発生しないNCデータを作成することができる。このため、大きな半径切込み深さを設定した高能率のNCデータを補正して、びびり振動が発生しない最大の加工能率を備えたNCデータを設定することが可能で、加工時間が短縮できる。
【0008】
請求項2に係る発明によれば、不安定NCデータ区分のNCデータをびびり振動の発生しない最少数の補正NCデータに分割することができる。このため、不安定NCデータ区分を最短時間で加工できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本実施形態の工作機械の概要を示す図である。
【図2】本実施形態の工具接触角度を示す図である。
【図3】NCデータを修正する工程を示す工程図である。
【図4】主軸系のコンプライアンスの周波数応答を示す図である。
【図5】工具経路を示す図である。
【図6】補正工具経路を示す図である。
【図7】変形態様の補正工具経路を示す図である。
【図8】びびり振動安定限界角度線図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明のNCデータ補正装置を工作機械に組み込んだ実施形態について説明する。
図1において、工作機械1は、ベッド2上にZ軸方向へ前後進するコラム3と、コラム3によりY軸方向へ上下可動に支持された主軸6と、Z軸とY軸に直角な方向であるX軸方向(紙面に垂直な方向)に移動可能なテーブル4を備え、テーブル4上には工作物Wが固定されている。主軸6は回転自在に保持されモータ8により回転駆動されるスピンドル7を備え、スピンドル7の先端には工具5が装着されている。工具5と工作物Wは、図示しない送り装置によりX軸方向、Y軸方向、Z軸方向の相対運動が可能で、この相対運動により加工が行われる。
【0011】
NC制御装置9は、NCデータ補正装置91、図示されない入力装置により入力されたNCデータやNC制御プログラム、比切削抵抗K、主軸系の質量m、減衰係数c、剛性kの値などを記録しておくデータ記録部92、X軸・Y軸・Z軸の送りを制御する駆動軸制御装置93等を備えている。NCデータ補正装置91は限界工具接触角度演算手段911、工具経路形状と半径切込み深さから工具接触角度を演算する工具接触角度演算手段912、工具接触角度がびびり振動を発生させる限界工具接触角度より大きいか否かを判定する判定手段913、びびり振動が発生する工具経路の部分の半径切込み深さを減少させる工具経路補正手段914を備えている。
ここで、図2において、工具接触角度とはΘであり、加工中に工具5の1つの刃先5aが工作物に連続的に加工作用をする工具5の回転角度である。また、工具経路とは工具の回転中心の移動する経路のことでありNCデータにはこの経路が記述されている。工具刃先経路とは工作物の加工表面における工具刃先の包絡線のことで工具経路に工具の回転半径の値rをオフセットして一義的に得られる。以下の説明では、工具経路番号と工具刃先経路番号は同一であるとして説明する。
【0012】
以下に、図3の工程図に基づき実施形態のNCデータ補正装置91がNCデータを補正する手順を説明する。
はじめに、補正対象となるNCデータ、加工前工作物形状および、あらかじめ測定した、所定の工具を用いて工作部Wを切削したときの比切削抵抗Kと、所定の工具を主軸に装着した主軸系の質量m、減衰係数c、剛性kの値をデータ記録部92へ記録する。これらの測定は公知の測定方法で測定可能である。たとえば、主軸系の質量m、減衰係数c、剛性kについては、図4に示すように、加振テストにより測定したコンプライアンスの周波数応答の最大ピークに対して、最適フィッティングする伝達関数φ(s)=1/(ms+cs+k)の質量m、減衰係数c、剛性kから求めることができる(S1)。NCデータの工具経路と加工前工作物形状から決まる軸切込み深さとNCデータに指示された主軸回転速度における限界工具接触角度Θを、比切削抵抗Kと、主軸系の質量m、減衰係数c、剛性kの値と、たとえば2010年3月4日、日本機械学会No.10−24講習会−生産加工基礎講座−実習で学ぼう「切削加工、びびり振動の基礎知識」、講習会テキスト、pp、1−12に示されるようなびびり安定限界の求め方を用いて演算する(S2)。NCデータのデータ区分の総数Nを記録するとともに、NCデータ区分番号のカウンターC0を1とする。ここで、NCデータ区分番号とは、NCデータにより定まる工具経路の直線部または一定の曲率半径を備えた曲線部毎に区切られたNCデータ区分毎に1から最終のNまで順番に付与された番号である(S3)。NCデータ区分番号C0の工具経路KC0による工具刃先経路PC0おける工具接触角度ΘC0を以下の式で演算する。図5において、工具の回転半径をr、点mから点nまでの工具刃先経路PC0の曲率半径をRC0、加工前工作物形状の表面fからの半径切込み深さをtとすると、幾何学的な関係から工具接触角度ΘC0はΘC0=cos−1(t-2・RC0・t−2・r+2・RC0・r)/(2(RC0−r)r)となる(S4)。工具接触角度ΘC0が限界工具接触角度Θより大きいか否かを判定する。ΘC0>ΘであればステップS6へ移動し、そうでないならステップS12へ移動する(S5)。
【0013】
補正NCデータの補正回数のカウンターC1を2とする(S6)。工具刃先経路PC0おける半径切込み深さtを1/C1にした補正NCデータを作成する。図6にC1=2の例を示す、工具刃先経路PC0の曲率半径RC0に対してt/2小さな曲率半径RC01を備えた点oから点qまでの工具刃先経路PC01をなす補正工具経路KC01を作成し工具経路補正手段914に記録する(S7)。補正工具刃先経路PC01における工具接触角度Θを演算する。図6において、工具の回転半径をr、補正工具刃先経路PC01の曲率半径をRC01、半径切込み深さをt/2とすると、幾何学的な関係から工具接触角度Θは式Θ=cos−1(t/4-RC01・t−2・r+2・RC01・r)/(2(RC01−r)r)を用いて演算できる(S8)。工具接触角度Θが限界工具接触角度Θより大きいか否かを判定する。Θ>ΘであればステップS10へ移動し、そうでないならステップS11へ移動する(S9)。補正回数のカウンターC1に1を加算した後にステップS7へ移動する(S10)。NCデータ区分番号C0における半径切込み深さtを1/C1にしたC1個の補正工具経路からなる補正NCデータを、新たなNCデータ区分番号C0のNCデータとしてデータ記録部に記録する(S11)。データ区分番号のカウンターC0に1を加算する(S12)。全てのデータ区分の判定は終了したか確認する。具体的には、データ区分番号のカウンターC0の値が最終のN以上であればすべてのNCデータ区分の判定が終了したので終了し、そうでないならステップS4へ移動する(S13)。
【0014】
以上のように、本発明のNCデータ補正装置91を用いて、大きな半径切込み深さを設定した高能率の等高線加工用NCデータの、NCデータ区分毎に工具接触角度が限界工具接触角度を超えてか否かを判定し、びびり振動発生が予測される不安定NCデータ区分の半径切込み深さを1/C1に小さくしたびびり振動の発生しない補正NCデータを自動で作成することがでる。このため、びびり振動が発生しない最大の加工能率を設定することが可能で、加工時間が短縮できる。
【0015】
上記の説明では、不安定NCデータ部のみの工具刃先経路PC0を補正したが、不安定NCデータ部の直前のNCデータ部の工具刃先経路PC0−1を含めて補正してもよい。これは、図5に示すように、工具刃先経路PC0−1の終了端部mにおいては、工具接触角度ΘC0が限界工具接触角度Θより大きくなるため、びびり振動が時間経過につれて成長して悪影響を及ぼす恐れがあるためである。具体的には、図7に示すように工具刃先経路PC0−1の終了点を工具接触角度ΘC0−1が限界工具接触角度Θと等しい点である点uに変更し、工具刃先経路PC0の開始点を点uに変更する。補正工具刃先経路PC0の最初の工具刃先経路を点uから点0を経由して点qまでとし、最後の工具刃先経路を点uから点mを経由して点nまでとする。
また、主軸回転速度はあらかじめ設定された所定の主軸回転速度を用いてNCデータ補正工程内で限界工具接触角度Θを演算したが、図8に示すびびり振動安定限界角度線図をあらかじめ作成してデータ記録部へ記録しておき、安定限界がピークとなる位置の主軸回転速度を選択するようにしてもよい。このびびり振動安定限界角度線図は横軸に主軸回転速度、縦軸に工具接触角度を表し、主軸回転速度に対応したびびり振動が発生する限界の限界工具接触角度Θの点群をプロットしたものである。
【符号の説明】
【0016】
5:工具 W:工作物 6:主軸 9:NC制御装置 91:NCデータ補正装置 911:限界工具接触角度演算手段 912:工具接触角度演算手段 913:判定手段 914:工具経路補正手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主軸に装着した回転する工具により工作物を切削する工作機械のNCデータを補正するNCデータ補正装置であって、
前記NCデータと工作物の加工前形状データを用いて、前記NCデータに示された工具経路の形状の曲率半径が同一である区分毎に区切られた前記NCデータの一部であるデータ区分における、前記工具の同一の刃先が前記工作物に連続的に加工作用をする前記工具の回転角度である工具接触角度を演算する工具接触角度演算手段と、
工具回転軸方向の前記工具の前記工作物への切込み深さである所定の軸切込み深さと所定の主軸回転速度におけるびびり振動発生限界の前記工具接触角度である限界工具接触角度を演算する限界工具接触角度演算手段と、
前記所定の軸切込み深さと前記所定の主軸回転速度を備えるNCデータにおける前記工具接触角度演算手段により演算された工具接触角度が、前記限界工具接触角度より大きいか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段で工具接触角度が前記限界工具接触角度より大きいと判定されたデータ区分である不安定NCデータ区分がある場合は、前記不安定NCデータ区分のNCデータにおける前記工具の回転半径方向の切込み深さである半径切込み深さを減じて、前記工具接触角度が前記限界工具接触角度より小さくなる補正半径切込み深さを備えた複数の補正NCデータに分割する工具経路補正手段と、を備えるNCデータ補正装置。
【請求項2】
所定不安定NCデータ区分の補正NCデータの前記補正半径切込み深さが、前記所定不安定NCデータ区分のNCデータにおける半径切込み深さを2以上の整数で除した値である、請求項1に記載のNCデータ補正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−63491(P2013−63491A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−203929(P2011−203929)
【出願日】平成23年9月19日(2011.9.19)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】