説明

Nb3Sn超電導線材およびそのための前駆体

【課題】拡散障壁層の素材としてNbを用いて減面加工時における加工性を良好に維持すると共に、前駆体の断面構成の適正化を図ることによって、交流損失の低減を図り、且つ良好な超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材製造用前駆体の構成、およびこうした前駆体によって製造されるNb3Sn超電導線材を提供する。
【解決手段】Cu−Sn基合金中に、複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントが配置された超電導マトリックス部と、その外周にNbまたはNb基合金からなる拡散障壁層および安定化銅層を有する超電導線材製造用前駆体において、前記拡散障壁層と超電導マトリックス部の間には、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で0.1%(質量%の意味、以下同じ)以上、10%以下で含有するCu基合金からなり、減面加工後の最終形状での平均厚さdが3μm以上、20μm以下となるCu基合金層を介在させたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Nb3Sn超電導線材をブロンズ法によって製造するための前駆体(超電導線材製造用前駆体)およびこうした前駆体によって製造されるNb3Sn超電導線材に関するものであり、殊に高い臨界電流密度を有し且つ交流損失を極力低減することが要求されるような用途に用いられる超電導マグネットの素材として有用なNb3Sn超電導線材等の技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導線材を巻回したコイルに大電流を流して強磁場を発生させる超電導マグネットは、核磁気共鳴(NMR)分析装置や物性評価装置の他に、電力貯蔵や核融合炉等への応用を目指して、その開発が進められている。金属系の超電導線材を用いて構成される超電導マグネットは、これまで液体ヘリウムを用いて冷却されることが多かったが、近年では液体ヘリウムを用いずに冷凍機によって冷却する構成の超電導マグネットが汎用される傾向がある。
【0003】
超電導線材に臨界電流よりも小さい電流を流した場合には、電気抵抗はゼロとなるので、損失熱は発生しないがことになる。しかしながら、超電導線材に時間的に大きさが変化する変動電流を流した場合には、交流損失が発生して発熱することになる。
【0004】
超電導磁気エネルギー貯蔵(SMES)装置や核融合実験炉等に適用される超電導線材には、時間的に変動する電流が流れるので、このとき発生する交流損失を極力低減することは、安定操業を行うためにも重要な要件となる。また、超電導マグネットに一定の電流を流す場合であっても、その電流値に到達するまで(励磁中)は時間的に変動する電流が流れることになるので、その間に交流損失が発生することになる。
【0005】
特に、上記した冷凍機冷却型の超電導マグネットでは、この励磁中の発熱が冷却上大きな問題になることが多く、こうしたときでも交流損失を低く抑えることが重要な課題となる。その一方で、上記各種装置の性能を高くする上で臨界電流密度をより高くすることが望まれている。即ち、上記のような各種分析装置に用いられる超電導マグネットにおいては、高い臨界電流密度と低い交流損失を両立させることのできる超電導線材の実現が望まれているのが実情である。
【0006】
このような超電導マグネットに使用される金属系の超電導線材としては、Nb3Sn線材が実用化されており、このNb3Sn超電導線材の製造には主にブロンズ法が採用されている。このブロンズ法では、図1(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体の模式図)に示すように、Cu−Sn基合金(ブロンズ)マトリックス1中に複数(図では7)のNb若しくはNb基合金(例えば、Nb−Ta合金)からなる芯材2を埋設して一次スタック材3が構成される。尚、この一次スタック材3は、図1に示すように断面形状が六角形になるようにされる。
【0007】
上記一次スタック材3を、伸線や押し出し等の減面加工することによって上記芯材2を細径化してフィラメント(以下、「Nb基フィラメント」と呼ぶことがある)とし、このNb基フィラメントとブロンズとからなる一次スタック材3を複数束ねて線材群となし、これを拡散障壁層4としてのNbシートやTaシートを巻いたパイプ形状のCu−Sn合金5内に挿入し、或いは次スタック材3を複数束ねた線材群にNbシートやTaシートを直接巻き、その外周に安定化銅6を配置することによって二次多芯ビレット7を組み立てる。
【0008】
上記のような二次多芯ビレット7を静水圧押し出しし、続いて引き抜き加工等による減面加工を施し、図1の断面形状を維持したまま保持された前駆体や、図2に示すような断面矩形状の平角線材の前駆体に加工される。
【0009】
上記のような前駆体(伸線加工後の線材)を650〜720℃付近の温度で80〜150時間程度の拡散熱処理(Nb3Sn生成熱処理)をすることにより、Nb基フィラメントとブロンズマトリックスの界面にNb3Sn化合物層を生成させて超電導線材とする。
【0010】
上記のような前駆体においては、図1、2に示すように、Cu−Sn基合金(ブロンズ)マトリックス1中に複数のNb基フィラメントが配置された部分(以下、「超電導マトリックス部」と呼ぶことがある)と安定化銅6の間に拡散障壁層4を配置した構成とするのが一般的である(例えば、特許文献1)。この拡散障壁層4は、例えばNb層またはTa層、或いはNb層とTa層の2層からなり、拡散熱処理の際に超電導マトリックス部内のSnが外部に拡散してしまうことを防止し、安定化銅6へのSnの拡散を抑える作用を発揮するものである。
【0011】
上記のような拡散障壁層4の素材としてTaを用いた場合は、Taは非常に加工性に乏しい金属であるので、前駆体の線材を縮径加工する段階で、Ta層の厚さが不均一な加工となり易い傾向がある。拡散障壁層4の厚さが不均一になると、破損したり最悪の場合には断線を生じることになる。
【0012】
安定化銅6と反応させずに或る程度の加工性も確保できるという観点から、拡散障壁層4の素材としては、Nbが用いられることが多い。しかしながら、拡散障壁層4の素材としてNbを用いた場合には、Snを拡散する熱処理の際に、NbフィラメントにNb3Sn相が生成すると共に、拡散障壁層であるNb層にもNb3Sn相が生成することになる。拡散障壁層に生成したNb3Sn相には、ヒステリシス損失という交流損失が生じることになる。また、臨界電流密度を高めるためにNb基フィラメントをできるだけ多く配置した場合には、拡散障壁層4内に生成したNb3Sn相とNb基フィラメントに生成したNb3Sn相との間に磁気的な結合が生じ、結合損失という交流損失をも発生することになる。
【0013】
拡散障壁層の素材としてTaを用いた場合は、拡散障壁層4内にはNb3Sn相が生じないので、Nbを拡散障壁層の素材として用いる場合に比べて交流損失を低減することができる。しかしながら、拡散障壁層4の素材としてTaを用いた場合には、上記のように加工性の点で問題がある。こうしたことから、超電導マトリックス部側にTa層、安定化銅6側にNb層となるような複合層を拡散障壁層4として配置することも提案されている(例えば、特許文献2)。しかしながら、NbとTaはいずれも高融点金属であり、金属結合しにくいものであるので、相互の密着性に問題があり、やはり均一加工が困難である。
【0014】
一方、拡散障壁層4の素材としてNb基合金を用いることを前提とし、このNb基合金中に0.01〜1%程度のPを含有させることによって拡散障壁中でのNb3Snの生成を抑制する技術も提案されている(例えば、特許文献3)。この技術では、拡散障壁中でのNb3Snの生成を或る程度抑制することができるのであるが、Nb3Snの生成を抑制して交流損失を低減することには限界があった。
【特許文献1】特開昭51−61794号公報
【特許文献2】特開昭60−253114号公報
【特許文献3】特開平8−339728号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、拡散障壁層の素材としてNbまたはNb基合金を用いて減面加工時における加工性を良好に維持すると共に、前駆体の断面構成の適正化を図ることによって、交流損失の低減を図り、且つ良好な超電導特性を発揮できるようなNb3Sn超電導線材製造用前駆体の構成、およびこうした前駆体によって製造されるNb3Sn超電導線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成することのできた本発明の超電導線材製造用前駆体とは、Nb3Sn超電導線材を製造する際に用いる超電導線材製造用前駆体であって、Cu−Sn基合金中に、複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントが配置された超電導マトリックス部と、その外周にNbまたはNb基合金からなる拡散障壁層および安定化銅層を有する超電導線材製造用前駆体において、前記拡散障壁層と超電導マトリックス部の間には、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で0.1%(質量%の意味、以下同じ)以上、10%以下で含有するCu基合金からなり、減面加工後の最終形状での平均厚さdが3μm以上、20μm以下となるCu基合金層を介在させたものである点に要旨を有するものである。
【0017】
こうした構成の前駆体においては、(a)前記Cu基合金層は、9.5%以下(0%を含まない)でSnを含有することや、(b)前記拡散障壁層の平均厚さDに対するCu基合金層の平均厚さdの比(d/D)が0.1以上、2.0以下である、等の要件を満足するものが好ましい。
【0018】
本発明Nb3Sn超電導線材製造用前駆体においては、前記超電導マトリックス部を構成するCu−Sn基合金は、Snを13〜16%で含有するものを用いることができる。
【0019】
上記のような超電導線材製造用前駆体に対して、NbSn生成熱処理を施すことによって希望する特性を発揮するNbSn系超電導線材を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、拡散障壁層と超電導マトリックス部の間に、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で所定量含有するCu基合金からなり、減面加工後の最終形状での平均厚さdが3μm以上、20μm以下となるCu基合金層を介在させることによって、交流損失が抑制でき、良好な超電導特性を発揮できるようなNbSn超電導線材製造用前駆体の構成が実現できた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明者らは、上記目的を達成するために様々な角度から検討した。その結果、拡散障壁層と超電導マトリックス部の間に、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で所定量含有するCu基合金層を、減面加工後の最終形状での平均厚さdを適正化して介在させれば、交流損失を効果的に抑制でき、良好な超電導特性を発揮するNb3Sn超電導線材を得ることのできる前駆体が実現できることを見出し、本発明を完成した。以下、本発明の前駆体の構成を説明する。
【0022】
本発明の前駆体の基本的な構成は前記図1、2に示したものとなるが、要するに、Nbからなる拡散障壁層4と超電導マトリックス部の間に、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で所定量含有するCu基合金からなり、減面加工後の最終形状での平均厚さdが3μm以上、20μm以下となるCu基合金層を介在させる構成を採用したものである。
【0023】
こうした構成を採用することによって、拡散熱処理後に拡散障壁層に生成したNb3Sn相と、Nb基フィラメントに生成したNb3Sn相との間に間隔が保たれ、磁気的結合が弱くなって前述したような結合損失を抑制することが可能となる。
【0024】
また、Zn,Al,Mn,Pb,P等を適量含むCu基合金層を、拡散障壁層4と超電導マトリックス部の間に介在させることによって、超電導マトリックス中のSnが拡散してNbまたはNb合金層(拡散障壁層4)に到達する時間が長くなって、拡散障壁層4にNb3Snを生成させるSnの移動を抑制することができる。
【0025】
上記Cu基合金層はこうした機能を発揮するものであるので、このCu基合金層の厚さを適切に調整することによって、拡散障壁層内でNb3Sn相が生成されることを抑制して、ヒステリシス損失を低減することができる。こうしたCu基合金層を介在させることは超電導線材の臨界電流密度を低減する可能性があるが、臨界電流密度とヒステリシス損失のどちらを優先するかによって、両者のバランスを制御しつつ良好な超電導特性が発揮できるものとなる。
【0026】
上記のような効果を発揮させるためには、Cu基合金層の平均厚さは3μm以上、20μm以下とする必要がある。Cu基合金層の平均厚さが3μm未満となると、Zn,Al,Mn,Pb,P等の元素のCu基合金中での総量が少なくなるので、拡散障壁層へのSnの拡散によるNb3Sn相の生成を抑制することができず、ヒステリシス損失が大きくなる。また拡散障壁層に生成したNb3Sn相とNb基フィラメントに生成したNb3Sn相との間の間隔が不十分なものとなり、結合損失も大きなものとなる。一方、Cu基合金層の平均厚さが20μmを超えると、Nb芯(図1、2に示した前記芯材2)の数が減少するので、臨界電流密度の低下が大きくなるので好ましくない。Cu基合金層の平均厚さの好ましい下限は4μmであり、好ましい上限は12μmである。尚、Cu基合金層の「平均厚さ」とは、周方向に連続して100μm以上の長さのCu基合金層厚において、その両端部を含む10点以上のポイントでのCu基合金層厚さの平均値を意味し、周方向での厚さのバラツキを考慮したものである。
【0027】
上記Cu基合金層は、Zn,Al,Mn,Pb,P等の元素を合計(1種または2種以上)で0.1%以上、10%以下で含有する必要がある。これらの元素の含有量が0.1%未満になると、これらの元素によるSnの拡散防止効果が十分でなくなる。しかしながら、これらの元素の含有量が10%を超えると、Cu基合金の加工性が乏しくなって、伸線加工が困難となる。尚、これらの元素含有量の好ましい下限は1.0%超であり、より好ましくは1.5%以上とするのがよい。
【0028】
上記Cu基合金層は、上記した元素の他は基本的にCuからなるものであるが(Cuおよび不可避不純物)、必要によって9.5%以下のSnを含有させることもできる。Cu基合金層中にSnを含有させると、超電導マトリックス部とCu基合金層の結合を強める働きがあり、超電導マトリックス部とCu基合金層が一体となって加工され、断線等の異常加工が生じる確率を大幅に低減できるという利点がある。こうした効果は、Snの含有量が増加するにつれて増大するが、9.5%を超えて過剰に含有されると、他の元素(Zn,Al,Mn,Pb,P等の元素)を含有することによるSn拡散防止効果を阻害することになる。尚、Snを含有させるときの好ましい下限は2.5%であり、好ましい上限は8.5%である。
【0029】
本発明の前駆体は、上記のようなCu基合金層を、超電導マトリックス部と拡散障壁層の間に介在させたことを特徴とするものであるが、本発明者らが検討したところによると、減面加工後の形状(最終形状)において、拡散障壁層の平均厚さDに対するCu基合金層の厚さdの比(d/D)を適切にすることは、拡散障壁層の厚さのバラツキを抑制し、健全な加工を行う上で有用であることをも見出した。即ち、上記比(d/D)の値を0.1以上、2.0以下となるように制御することによって、拡散障壁層の厚さの均一性を高く維持することができるのである。こうした要件を満足させることによって、拡散障壁層に生成するNb3Sn相の厚さを均一にできて、ヒステリシス損失の低減に寄与できるものとなる。
【0030】
上記比(d/D)の値が0.1よりも小さくなると、超電導マトリックス部中のブロンズが加工硬化して拡散障壁層よりも硬くなったときに、Cu基合金層の厚さdが薄過ぎるので、硬さの差を緩衝する効果が得られなくなって、加工後の拡散障壁層の厚さが不均一なものとなる。一方、上記比(d/D)の値が2.0よりも大きくなると、逆にCu基合金層の厚さが厚くなり過ぎるため、加工プロセス中の焼鈍時に拡散障壁層(NbまたはNb基合金層)とCu基合金層の熱膨張率の差に起因して、拡散障壁層に引張り歪みが負荷され、拡散障壁層に割れ等が発生する可能性が高くなる。尚、上記比(d/D)の値のより好ましい下限は0.6であり、より好ましい上限は1.5である。
【0031】
上記のような機能を発揮するCu基合金層は、超電導マトリックス部の全周を覆う構成とするのが最も好ましいのであるが、Nb3Snのループが生じないように、部分的、断続的な複数配置(例えば、周方向に分割した構成)することもできる。こうした構成を採用する場合には、Cu基合金層の周長(周囲方向の合計長さ)は、全周長さの2/3以上は必要であり、好ましくは4/5以上とするのが良い。こうした配置構成とすることは、Cu基合金中の合金元素(Zn,Al,Mn,PbおよびP等)は周方向にも拡散することになるので、実質的にCu基合金層を全周に配置したものと同様の機能的を発揮することになる。
【0032】
こうした構成を採用するに当たっては、Cu基合金層相互の距離(分割されたCu基合金層相互の距離)はできるだけ小さい方が好ましく、その部分(Cu基合金層が存在しない部分)にNb3Sn相が部分的に生成したとしても、大きなループは発生しないので、交流損失を低減することができる。また、Cu基合金層が存在しない部分に、上記のような合金元素を含有させていない純Cuを介在させる構成とすることもできる(この場合にも、上記合金元素が純Cu部分に拡散することになる)。
【0033】
本発明の前駆体では、ブロンズ法に適用されることを想定したものであって、Cu―Sn合金中に複数本のNb基フィラメントを配置した超電導マトリックス部を有するものであるが、上記Cu―Sn合金中のSn含有量は13〜16%程度であることが好ましい。こうした含有量とすることで、臨界電流密度Jcをできるだけ高めることができる。このSn含有量が、13質量%未満では、Sn濃度を高める効果が発揮されず、17質量%を超えると、Cu−Sn化合物が多量に析出して線材の均一加工が困難になる。
【0034】
また上記Nb基フィラメントまたは拡散障壁層に用いるNb基合金としては、Ta,Hf,Zr,Ti等の添加元素を10質量%程度以下含有させたものを使用することができる。
【0035】
本発明においては、上記のような前駆体を構成し、これに対して焼鈍と伸線加工を行い、その後拡散熱処理(通常650℃以上、720℃以下)することによって、良好な特性を発揮する超電導線材を得ることができるのであるが、Cu基合金層によるSn拡散防止効果を有効に発揮させるためには、その熱処理時間も適切に制御することが好ましい。即ち、この熱処理時間が短いと拡散熱処理として工程が有効に達成されず、Nb基フィラメントに形成されるNb3Sn相の量が少なくなり、熱処理時間が長くなると、Cu基合金層の形成によっても拡散障壁層へのSnの拡散が多くなって拡散障壁層に形成されるNb3Sn相の量が多くなる。こうした観点から、熱処理時間は30〜300時間程度であることが好ましい。尚、熱処理時間のより好ましい下限は50時間程度であり、より好ましい上限は200時間程度である。
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0037】
[比較例1](下記表1、2の試験No.1に対応)
直径:67mmのCu−15%−0.3%Snインゴットに、直径:8.0mmの穴を19箇所形成し、この穴にNb棒を挿入して電子ビーム溶接によって端部を封止し、一次スタック材用の押出しビレットを作製した。この押出しビレットを、熱間押出しし、途中で焼鈍を行いながら(400〜600℃で2時間)、縮径加工して、六角断面形状のCu−Sn/Nb複合線(一次スタック材、六角対辺:2.0mm)とした。
【0038】
この一次スタック材を433本束ねて、その外周に厚さ:0.1mmのNbシートを8回巻き(拡散障壁層)、これらを一体化して、外径:67mm、内径:47mmのCu製パイプ(安定化銅層)に挿入して、電子ビーム溶接によって端部を封止し、二次スタック材のビレット(多芯型ビレット)とした。
【0039】
得られたビレットを、熱間静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら(400〜600℃で2時間)縮径加工して、直径が0.80mmの丸線材前駆体に加工した。
【0040】
得られた前駆体の断面を顕微鏡観察して、拡散障壁層の平均厚さを測定した。この拡散障壁層の平均厚さは、断面において無作為に8箇所以上の場所を選び、各場所の厚さを測定して加算し、測定箇所数で除することによって求めた。
【0041】
上記前駆体に、650℃で100時間の拡散熱処理を施して、Nb3Sn超電導線材としたときの、交流損失(Q)と臨界電流密度(Jc)について、下記の条件で測定した。
【0042】
[交流損失の測定]
交流損失(ヒステリシス損失と結合損失を加算したもの)は、ピックアップコイル法によって、液体ヘリウム中(温度4.2K)で±3T(テスラ)の変動磁場中で測定した。ピックアップコイル法によって交流損失を測定するに当たっては、変動磁場印加用のマグネット内に置かれた検出コイルの中に、線材試料を挿入し、マグネットの磁場の極性を交互に変えながら、励減磁を繰り返すと、磁化と磁界の関係を表すループ状の磁化曲線が得られる。この磁化曲線に囲まれた面積を線材の体積で除することによって、交流損失が求められる。
【0043】
[臨界電流密度Jcの測定]
液体ヘリウム中(温度4.2K)で、12T(テスラ)の外部磁場の下、10μV/mの電界基準を用いて臨界電流Icを測定し、この電流値を、線材の非Cu部当りの断面積で除して臨界電流密度Jcを求めた。
【0044】
その結果、交流損失は1450μJ/mm3であり、非Cu部当りの臨界電流密度Jcが850A/mm2であった。また、交流損失と臨界電流密度の総合的な指標である比(Jc/Q)の値は、0.586と低くなっていた(下記表1の試験No.1)。
【0045】
このとき得られた超電導線材の要部(拡散障壁層近傍)の断面構造を、顕微鏡で観察した結果を、図3(図面代用顕微鏡写真)に示す。この図から明らかなように、拡散障壁層(拡散障壁Nb層)にもNb3Snが生成しており、これらヒステリシス損失増大の原因になっているものと思われた。
【0046】
[比較例2](下記表1、2の試験No.2に対応)
上記比較例1と同様にして、一次スタック材を作製し、この一次スタック材を433本束ねて、その外周に厚さ:0.1mmの純Cuシートを4回巻き、その外周に厚さ0.1mmのNbシートを4回巻き(拡散障壁層)、これらを一体化して、比較例1と同様にして二次スタック材のビレット(多芯型ビレット)とした。
【0047】
得られたビレットを、熱間静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら(400〜600℃で2時間)縮径加工して、直径が0.80mmの丸線材前駆体に加工した。得られた前駆体の断面を顕微鏡観察して、比較例1と同様にして拡散障壁層の平均厚さを測定すると共に、純Cu層の平均厚さも測定した。
【0048】
上記前駆体に、650℃で100時間の拡散熱処理を施して、Nb3Sn超電導線材としたときの、交流損失(Q)と臨界電流密度(Jc)について、比較例1と同様にして求めた。
【0049】
その結果、交流損失は951μJ/mm3であり、非Cu部当りの臨界電流密度Jcが833A/mm2であった。比較例1と比べて結合損失が低減できたため、交流損失は低減できたが、交流損失と臨界電流密度の総合的な指標である比(Jc/Q)の値は、0.876と依然として低い値であった(下記表1、2の試験No.2)。
【0050】
このとき得られた超電導線材の要部(拡散障壁層近傍)の断面構造を、顕微鏡で観察した結果を、図4(図面代用顕微鏡写真)に示す。この図から明らかなように、拡散障壁層(拡散障壁Nb層)にもNb3Snが生成しており、これらヒステリシス損失増大の原因になっているものと思われた。
【0051】
[実施例1](下記表1、2の試験No.3〜9に対応)
上記比較例1と同様にして、一次スタック材を作製し、この一次スタック材を433本束ねて、その外周に厚さ:0.1mmのCu基合金シート(Cu−5.0%Al)を、その外周に厚さ0.1mmのNbシート(拡散障壁層)を、夫々下記表1に示す条件で巻き(下記表1の試験No.3〜9)、これらを一体化して、比較例1と同様にして二次スタック材のビレット(多芯型ビレット)とした。
【0052】
得られたビレットを、熱間静水圧押出しし、途中で焼鈍を行いながら(400〜600℃で2時間)縮径加工して、直径が0.80mmの丸線材前駆体に加工した。得られた前駆体の断面を顕微鏡観察して、比較例1と同様にして拡散障壁層(Nb層)の平均厚さを測定した。また、X線マイクロアナリシスを用いて、組成分析よりCu基合金層の平均厚さも測定した。
【0053】
上記前駆体に、650℃で100時間の拡散熱処理を施して、Nb3Sn超電導線材としたときの、交流損失(Q)と臨界電流密度(Jc)、およびこれらの比(Jc/Q)について、比較例1と同様にして求めた。
【0054】
[実施例2](下記表1、2の試験No.10〜19に対応)
試験No.10〜17では、実施例1で用いたCu−5.0%Alシートの代りに、Cu−1.0%Sn−0.3%Mn(試験No.10)、Cu−1.0%Pb(試験No.11)、Cu−5.0%Zn−0.25%P(試験No.12)、Cu−8.0%Zn−0.25%P(試験No.13)、Cu−5.0%Sn−0.25%P(試験No.14)、Cu−8.0%Sn−0.25%P(試験No.15)、Cu−5.0%Zn−2.0%P(試験No.16)、Cu−5.0%Sn−2.0%P(試験No.17)の夫々のシートを用いて、試験No.5と同様にして組み立て、実施例1と同様にして丸線材前駆体を作製し、熱処理してその特性について評価した。また試験No.18、19のものは、試験No.14、15の夫々について、Cu基合金層の平均厚さを20μmよりも大きくしたものである。
【0055】
これらの結果を一括して、下記表1、2に示す(表1は前駆体構成、表2は測定結果)。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
これらの結果から、次のように考察できる。試験No.3と8では、Cu基合金層の平均厚さが3μm未満または20μmよりも大きくなっていて、得られたJc/Qの値が1.3を下回ったものとなっている(合格基準:1.3以上)。これに対して、試験No.4〜7、9では、Cu基合金層の平均厚さが3μm以上、20μm以下となっていて、(Jc/Q)の値が1.3以上の高い値が得られている。
【0059】
このうち、特にCu基合金層の厚さが5μm以上、10μm以下の試験No.5、6のものでは、(Jc/Q)の値が1.7以上の高い値が得られていることが分かる。試験No.5によって得られた超電導線材の要部(拡散障壁層近傍)の断面構造を、顕微鏡で観察した結果を、図5(図面代用顕微鏡写真)に示す。この図から明らかなように、拡散障壁層(拡散障壁Nb層)にはNb3Snの生成が見られず、効果的に抑制されていることが分かる。
【0060】
試験No.10〜17のものでは、試験No.5と同等の(Jc/Q)の値が得られていることが分かる。また試験No.18、19では、Cu基合金層の平均厚さが20μmよりも大きくなっていて、(Jc/Q)の値が1.7よりも小さい値となっていることが分かる。尚、Sn含有量が9.5%以下であり、且つZn,Al,Mn,Pb,P等の元素を所定量含むCu合金層を用いた場合には、上記以外の組成であっても、上記と同様の効果が発揮できることも確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】ブロンズ法に適用される超電導線材製造用前駆体の構成例を模式的に示した断面図である。
【図2】ブロンズ法に適用される超電導線材製造用前駆体の他の構成例を模式的に示した断面図である。
【図3】比較例1で作製した前駆体を熱処理した後の断面構造を示す図面代用顕微鏡写真である。
【図4】比較例2で作製した前駆体を熱処理した後の断面構造を示す図面代用顕微鏡写真である。
【図5】試験No.5で作製した前駆体を熱処理した後の断面構造を示す図面代用顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0062】
1 Cu−Sn基合金マトリックス
2 Nb若しくはNb基合金からなる芯材
3 一次スタック材
4 拡散障壁層
5 パイプ形状のCu−Sn合金
6 安定化銅層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nb3Sn超電導線材を製造する際に用いる超電導線材製造用前駆体であって、Cu−Sn基合金中に、複数本のNbまたはNb基合金からなるNb基フィラメントが配置された超電導マトリックス部と、その外周にNbまたはNb基合金からなる拡散障壁層および安定化銅層を有する超電導線材製造用前駆体において、
前記拡散障壁層と超電導マトリックス部の間には、Zn,Al,Mn,PbおよびPよりなる群から選ばれる1種以上を合計で0.1%(質量%の意味、以下同じ)以上、10%以下で含有するCu基合金からなり、減面加工後の最終形状での平均厚さdが3μm以上、20μm以下となるCu基合金層を介在させたものであることを特徴とするNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項2】
前記Cu基合金層は、9.5%以下(0%を含まない)でSnを含有するものである請求項1に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項3】
前記拡散障壁層の平均厚さDに対するCu基合金層の平均厚さdの比(d/D)が0.1以上、2.0以下である請求項1または2に記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項4】
前記超電導マトリックス部を構成するCu−Sn基合金は、Snを13〜16%で含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載のNb3Sn超電導線材製造用前駆体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の超電導線材製造用前駆体に対して、NbSn生成熱処理を施すことによってNbSn系超電導相を形成したものであるNb3Sn超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−192352(P2008−192352A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−22995(P2007−22995)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(502147465)ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社 (56)
【Fターム(参考)】