PVD法のための基材前処理方法
【課題】アーク蒸発ソースに基づいた製造システムに使用することができる経済的な問題を解決する。
【解決手段】本発明は、ターゲットとして実施され、アーク蒸発ソースの一部である第1の電極を有する真空処理システム内でワークピースを表面処理する方法であって、第1の電極によって、アーク電流を用いてアークを動作させ、ターゲットから、ワークピース上に少なくとも部分的に、かつ断続的に堆積させる材料を蒸発させ、ワークピースホルダとして実施され、ワークピースと共にバイアス電極を構成する第2の電極を有し、電圧供給部によって、バイアス電極にアーク電流と整合するようにバイアス電圧を印加し、したがって本質的に、表面上に材料が正味で蓄積されない方法に関する。
【解決手段】本発明は、ターゲットとして実施され、アーク蒸発ソースの一部である第1の電極を有する真空処理システム内でワークピースを表面処理する方法であって、第1の電極によって、アーク電流を用いてアークを動作させ、ターゲットから、ワークピース上に少なくとも部分的に、かつ断続的に堆積させる材料を蒸発させ、ワークピースホルダとして実施され、ワークピースと共にバイアス電極を構成する第2の電極を有し、電圧供給部によって、バイアス電極にアーク電流と整合するようにバイアス電圧を印加し、したがって本質的に、表面上に材料が正味で蓄積されない方法に関する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PVD法によって基材上に層堆積させる前に、通常の形で実施することができるタイプの基材前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陰極アーク堆積は、長年にわたって確立されてきた方法であり、この方法は、工具および部品への層堆積に使用され、また、多種多様な金属層、ならびに金属窒化物、金属炭化物、および金属炭窒化物を堆積させるために使用されている。この方法では、ターゲットは、低電圧かつ高電流で動作させるアーク放電工程のアーク陰極であり、この工程によってターゲット(陰極)材料を蒸発させる。アーク放電工程の動作には、DC電力供給部が、最も簡単かつ最も安価な電力供給部として使用される。
【0003】
陰極アーク放電によって蒸発した材料には、イオンが高比率で含まれることが知られている。ジョンソン(Johnson)、「P.C.in Physics of Thin Films」第14巻、Academic Press、1989年、129〜199頁には、陰極材料および放電電流の大きさに依存して、こうしたイオンが30%〜100%の値になることが記載されている。この高比率のイオン化蒸気は、層合成に望ましい。
【0004】
高度のイオン化は、基材の負バイアスと結合する際の層合成に特に有利であることが判明しており、したがって、イオンが基材に向かう加速度およびエネルギーを増大させ、変動させることが可能である。このようにして合成された層は、より高い密度を有し、バイアス電圧を変えることによって、層応力や層モフォロジなどのいくつかの層特性に影響を及ぼすことが可能である。
【0005】
しかし、アーク蒸発ではまた、蒸発材料の融点に依存して溶滴が多少とも生じることも知られており、こうした溶滴は基本的に望ましくない。この溶滴の比率は通常、蒸発材料のイオン化度を示す際に考慮に入れられないが、層品質にかなりの影響を及ぼし得る。したがって、特殊なソース磁場または追加のフィルタ(アクセノフ(Aksenov),I.I.他、Sov.J.Plasma Phys.4(4)(1978)425に記載のような機械式および電磁式フィルタ)を用いて蒸発材料の溶滴率を低減させる、または相対的なガス圧力を増大させるなど、他の工程パラメータによって蒸発材料の溶滴率を低減させることが望ましい。また、溶滴の数および寸法を低減させるために、融点のより高い材料を使用することも提案されている。
【0006】
アーク蒸発で観察される蒸発材料のイオン化部分はまた、基材の前処理にも使用することができる。基材バイアス電圧を順次増大させることにより、蒸発材料の蒸気イオンおよび作動ガスと基材との衝撃によって、基材のスパッタリングおよび/または高温加熱が可能な程度にまで駆動することができる。
【0007】
通常、この工程段階は、金属イオンエッチング(metal ion etching)という、幾分不正確な名称で称され、というのは、この名称では、作動ガスまたは反応性ガスを慣習的または必然的に使用することによって生じるイオンが概念上含まれていないからである。しかし、一般に、作動ガス(アルゴンなどの不活性ガスが使用されることが多い)のイオン比率を低減させる、または作動ガスを完全に排除することが望ましい。上記の理由の1つは、不活性ガスは結合しないため、層内に安定した形で組み込むことができず、さらには、応力となるためである。しかし、一般に、ガス(作動ガスまたは反応性ガス)を供給せずに、アークソースを絶えず動作させることは容易に可能ではない。アークソースを作動ガスなしで動作させなければならない場合、例えばイオン注入の場合のイオンソースでは、アークはガスを加えないと短時間しか「存続(live)」できないので、ソースをパルス状で動作させることになり、すなわちアークソースを絶えず再点火させなければならない。かかる方法の例が、特開平01−042574号に記載されている。
【0008】
イオンならびに基材の加熱を用いた、基材のイオン衝撃およびそれに伴う基材エッチングによる基材前処理が、米国特許第4734178号に既に記載されている。
【0009】
金属イオンによるエッチングによって、基材の単なる加熱によって得られる処理結果、または、例えばサブレブ(Sablev)の米国特許第05503725号に記載のように電子衝撃による基材の加熱によって得られる処理結果とは異なる、基材表面の処理結果が得られることを加えることが重要である。単に金属イオンを使用するだけでも、不活性ガスイオンを用いた場合に比べて、新しい反応、例えば炭化物または混晶形成の可能性が生じる。
【0010】
注入工程と拡散工程とを組み合わせることによって、金属イオンが基材表面に組み込まれ、したがって、後続の蒸着層の良好な結合が得られることが文献に記載されている(メンツ(Muenz),W.D.他、Surf.Coat.Technol.49(1991)161、ショーンジャン,シー(Schonjahn,C.)他、J.Vac.Sci.Technol.A19(4)(2001)1415)。
【0011】
しかし、この工程段階に伴う主な問題に、原子質量の数倍の質量の金属溶滴が存在するという問題があり、こうした金属液滴は、基材表面と接触し、そこで凝結すると、通常はエッチング段階によっても二度と除去することができない。
【0012】
この状況を打開する方策の1つに、溶滴をイオンから分離するフィルタをアークソースに設けることがある。
【0013】
アクセノフ,I.I.他の論文Sov.J.Plasma Phys.4(4)(1978)425に基づいたフィルタ設計が知られ、この設計では、アークソースが、磁場を取り囲み、90°の曲げ部を有するチューブを介して堆積チャンバに連結されている。磁場によって、電子が湾曲した経路に沿って誘導され、これらの電子により、イオンが電気力によって同様の湾曲した経路を辿ることになる。しかし、荷電していない溶滴は、チューブの内壁に衝突し、したがって基材に到達することが阻止される。その結果生じる減速は、金属イオンエッチングの目的で副次的役割を果たす。しかし、チューブから出て堆積チャンバに入る使用可能なイオンビームの直径は、わずか数センチメートルから約10cmであることが非常に不利である。このため、多くの用途で、エッチング工程の均一性を十分保証するために、基材をソースの前に移動させる必要がある。このため、上記方法を、従来から製造に使用されているタイプの通常のバッチ堆積システムで使用することができない。
【0014】
極めて簡単な手法として、サブレブの米国特許第05503725号で原理の概略が既に基本的に記載されているように、アークソースの前にバッフル板を用い、陽極を基材のほぼ後ろにオフセットさせて配置する(例えば、チャンバの反対側で、別のソースを陽極として使用する)手法があるが、MIE工程(MIE=金属イオンエッチング)については具体的に記載されていない。電子の経路は、次いでチャンバ中を通過し、基材を通過するように向けられる。また電界によってもやはり、イオンは電子に似た経路を辿ることになり、したがって基材付近でのエッチング工程にイオンを利用することが可能となる。溶滴は、バッフル板で主に捕捉される。この工程要領では、イオン化した材料までも、バッフル板、および縁部領域で喪失されるので、堆積工程には極めて効果がない。しかし、従来技術では、金属イオンエッチングの典型的な工程にはほんの数アンペアの低電流しか必要でなく、また、エッチングはほんの数分間しか行われないので、実際にはかかる動作でも製造工程に差し支えなく使用することができる。しかし、基材ホルダによってイオンを電子経路に向けるかかる動作では、チャンバ電位とは別の陽極が必要となる。これには、チャンバ内に追加の空間が必要となり、したがってシステムの生産性が低減することになる。上述のように別のアークソースを陽極として間欠的に使用すると、このソースは詰まり、「アーク停止(free arcing)」して洗浄しないと再度使用できなくなるという欠点が生じ、このアーク停止は望ましくない。
【0015】
要約すると、MIEにおいて、バッフル板をなくすことができ、別個の陽極によってアークソースを動作させる必要がもはやなく、その代わりに、基材チャンバを陽極(グランド)として機能させてアークソースを動作させ、主に大径の溶滴を過剰量発生させないことができると望ましい。さらに、既に中程度の基材バイアス(1500V未満、好ましくは800V未満)になっている基材上で層成長をゼロにし、かつ基材バイアスを変えることによって、層堆積段階からエッチング段階に、およびその逆にシフトさせることができると望ましい。
【0016】
アーク法では溶滴が形成されるため、欧州特許第01260603号に記載のように、アークソースによってではなく、スパッタソースによってイオンを生成する試みがなされてきている。スパッタリング工程では、遙かに少数の溶滴しか生じないことが知られている。しかし、従来のスパッタソースでは、遙かに少量のイオンしか生じないこともやはり知られている。しかし、パルス化させた電力供給部を用いてスパッタソースを動作させることによって、パルス中のイオン密度が大幅に増大することがうまく実証されてきている。この「High Power Pulsed Magnetron Sputter Method」(HIPIMS), エヒアサリアン,エイ,ピー(Ehiasarian,A.P.)他、45th Annual Technical Conference Proceedings,Society of Vacuum Coaters(2002)328は、主に金属イオンでも、通常のスパッタリング法で生成されるイオンよりもかなり多くのイオンを生成するのに良く適しているように思われる。
【0017】
しかし、この方法の欠点は、マグネトロン放電を引き起こすために、ターゲットに極めて強力な磁場が必要となる点である。しかし、このより強力な磁場によって、高エネルギーパルスで生成されたイオンが捕捉されることになり、したがって生成されたイオンのごく一部分しか基材に到達できないという欠点がある。
【0018】
しかし、この方法の遙かに大きな欠点は、多くの場合で、これらのソースを実際の堆積に使用することができないという意味で、HIPIMS−MIE法とPVD堆積法とを適合させることができないという点である。
【0019】
HIPIMS法を用いた堆積速度は非常に低く、多くの場合、層堆積に追加のソースを使用しなければならず、層堆積にHIPIMSソースを使用することはできない。これでは、製造システムの生産性向上に相反する。最後に、スパッタ法でも、アルゴンなどの不活性ガスが作動ガスとして同様に必要となる。
【0020】
陰極アーク蒸発に基づいた、従来から使用されている金属イオンエッチング法の欠点は、以下に要約することができる。
1.ターゲット材料に依存して、アークソースがフィルタリングされていない場合に大量の溶滴が生じ、それらの溶滴のいくつかは大径を有する。これらの溶滴は、基材表面の成分と完全に化学反応できる、または基材表面に組み込まれるのに十分なほどのエネルギーを有しない。
2.融点のより高いターゲット材料を使用することによって、溶滴発生を低減させると、材料費用が増大し、また、アーク発生に必要となる動作がより複雑になる。
融点のより高い材料に必要となるより高いソース電流および放電電圧を実現するために、アークソースの設計がより複雑になり、また、電気供給部も同様により高価になる。
3.融点のより高い材料は一般に、化学的により不活性であるため、これらの高融点材料と基材表面の成分との所望の化学反応(例えば炭化物形成)は、通常より高い温度でしか起こらない。
4.アークソースと、溶滴を減少させるための電磁式および/または機械式フィルタとの組合せによって、基材のイオン電流が損なわれる。さらに重要なことに、かかる処理の均一性は、製造システムで通常見受けられる種類の広い基材領域上では保証することができない。
5.基材のイオン電流の損失に加えて、フィルタの使用によってもまた、多価イオンの比率が低減することになる。多価イオンは、(熱誘導)化学反応の確率を増大させるものであり、多価イオンは、対応して増大したエネルギーで基材に衝突し、したがって高温安定結合の形成に重要な役割を果たすからである。実際には、基材バイアスを増大させることによって、多価イオンの損失を補償することが考えられるが、アーク発生を低減させるためだけでなく、安全面の理由からも、一般に1,000Vよりも高い電圧は避けることが賢明である。
6.工程ガス圧力を高くすると、溶滴は減少することになるが、基材電流もやはり大幅に低減することになり、したがって多価金属イオンの比率も主に低減することになる。しかし、工程適合性の理由で、反応性ガス内でアークを生じるためにもやはり十分に高い基材イオン電流を実現することが望ましい。
【0021】
HIPIMSを用いたスパッタ法に基づいたMIEの欠点は、以下に要約することができる。
1.堆積速度が低すぎるため、アーク層堆積ソースと適合性がなく、すなわちスパッタソースの動作用に特別なソースおよび電気供給部が必要となる。
2.基材イオン電流は、パルス中にしか生成されない。イオンの大部分は、マグネトロン磁場によって捕捉され、基材には到達しない(メンツ、W.D.他、Vacuum in Research and Practice,19(2007)12)。
3.スパッタソースの動作には作動ガスが常に必要となり、この作動ガスは基材表面に組み込まれ、ほとんどの場合、望ましくない応力を生じ、基材表面が不安定になる。
4.スパッタ動作における反応性ガスを用いた加工は、制御が困難である。
【0022】
上記に基づいて、MIEの使用に関して以下の結論を導くことができる。
アークソースに関して重要な課題は、問題を引き起こす大きな溶滴であり、これらの溶滴は、基材表面に衝突した後、基材中にさらに拡散できるのに十分なほどのエネルギー、または基材表面の成分と化学反応するのに十分なほどのエネルギーを有しないからである。上記以外の点では、アーク蒸発は、多価イオンを生成する潜在能力を備え、金属イオンエッチングによる基材前処理を実施するのに最適である。
【0023】
ビューシェル,エム(Buschel,M.)他、Surf.Coat.Technol.142〜144(2001)665にもやはり、アーク蒸発ソースを、層堆積させるためにパルス状に動作させることもできることが開示されている。この方法では、連続した保持電流を、パルス電流と重畳(overlap)させている。この例では、ソースのパルス化によって、層堆積時に主に大きな溶滴が減少していることにも留意されたい。
【0024】
陰極アークソースを絶えず動作させるのではなく、パルス化させること、すなわち各パルスを用いて絶えず再点火することによって、多価イオン比率が主に増大するため、より高いイオン電流が得られることもまた、文献から知られている(オークス,イー,エム(Oks,E.M.)他、Rev.Sci.Instrum.77(2006)03B504)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の目的は、アーク堆積ソースを動作可能としながらも、層堆積速度をゼロにすること、すなわち表面への材料蓄積と、表面からの材料除去との平衡状態を生じ、基材バイアスによってこの平衡状態を制御することを可能とすることである。本発明の別の目的は、基材表面のイオンとの衝撃に基づき、基材前処理を行うことであり、イオンは、大部分が金属イオンおよび反応性ガスイオンであり、極端なケースでは、作動ガスを完全に排除することが可能である。
【0026】
本発明の別の目的は、これらのイオンを基材表面中に拡散させ、これらのイオンを基材表面の成分と化学反応させることである。
【0027】
本発明の別の目的は、先行する段階によって生じた基材変化、例えば、ウェット化学基材洗浄による基材表面の脱コバルト化を修復することである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
上記目的は、請求項1に記載の特徴によって実現される。有利な変形を従属請求項に開示する。
【0029】
本発明は、ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電流を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースをコーティングする方法であって、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面へ注入し、前記注入される金属イオンは、適用される層の成分である金属のイオンを含むように金属イオン衝撃によって前記ワークピースを前処理するステップと、前記層を前記前処理した基材表面へ直接堆積させるステップと、を有する方法である。
【0030】
本発明は、ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電極を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースに多層システムを生成する方法であって、前記多層システムの1つの層から隣接層への少なくとも1つの遷移において、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面または前記多層システムの1つの層へ注入し、前記金属イオンは、前記基材表面または前記多層システムの次の層の成分である金属のイオンを含む前記多層システムの1つの層へ注入されることを特徴とする方法である。
【0031】
ここで、前記層または前記多層システムの1つの層は、炭化物層、酸化物層及び窒化物層の少なくとも1つであることが好適である。
【0032】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、単数または複数の金属成分を含むことが好適である。
【0033】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、Ti、Al、B、Si、TiAl及びAlCrの少なくとも1つを含むことが好適である。
【0034】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、窒化チタン、炭窒化チタン、窒化チタンアルミニウム、酸化アルミニウム、酸化クロムアルミニウム、窒化ホウ素及び窒化ケイ素の少なくとも1つであることが好適である。
【0035】
また、前記注入される金属イオンは、前記基材表面に堆積される前記層の前記金属成分または多層システムの次の層の前記金属成分であることが好適である。
【0036】
また、前記アーク蒸発ソースはパルス状で動作することが好適である。
【0037】
また、前記前処理中、酸素を含む反応性ガスが前記真空処理システム内に入れられることが好適である。
【0038】
また、前記前処理にはターゲットが使用され、前記ターゲットは次に前記酸化物層を合成するためにも使用される材料によって構成されることが好適である。
【0039】
また、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理には合金ターゲットが使用されることが好適である。
【0040】
また、前記イオンの前記基材へ向かう加速によって、このように合成された前記層がこれによって高い密度と高い圧力になるように前記バイアス電圧が選択されることが好適である。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、アーク蒸発ソースに基づいた製造システムに使用することができる経済的な解決策が実現される。
【0042】
本発明によって、アークソース動作中の主に巨視的な溶滴の発生を低減させることが可能になる。この点について、本発明による本方法は、広く、容易に制御可能な処理ウィンドウ(processing window)を有する。
【0043】
本発明を、図面を参照しながら例によって説明する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】固有にパルス化させた各アークソースを有するPVD堆積システムを示す図である。
【図2a】DCアーク電流を示す図である。
【図2b】パルス化アーク電流を示す図である。
【図3a】DCアーク電流を使用した場合の基材電流を示す図である。
【図3b】パルス化アーク電流を使用した場合の基材電流を示す図である。
【図4】二重パルス法によるPVD堆積システムを示す図である。
【図5a】DC動作中にアークソースを流れるアーク電流を示す図である。
【図5b】アークソースを双極パルスで重畳させたアーク電流を示す図である。
【図6a】DCアーク動作中の基材イオン電流を示す図である。
【図6b】双極動作中の基材イオン電流を示す図である。
【図7】アーク電流および基材バイアスに依存した、材料蓄積と材料除去との関係を示す概略図である。
【図8】パルス化アーク電流に関する測定表である。
【図9】パルス化アーク電流に関する測定表である。
【図10】平均イオン電流、および蒸発速度を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明を明確に示すために、まず、各アークソースを個別にパルス化させる動作モードについて考察すると有利であり、この動作モードを図1に示す。図1は、アークソースを使用した層堆積に使用される種類のPVD層堆積システム(1、バッチシステム)を示す。この層堆積システム1は、ポンプ基4(図示せず)に接続されており、このポンプ基4によって、工程に関連する真空状態をシステム内で生じさせる。基材ホルダ2および3を用いて基材(工具または部品またはその他の構成要素)をピックアップし、前処理および層堆積中、保持する。基材ホルダ、したがって基材自体にも、前処理および層堆積中、基材バイアス電圧供給部5によって電圧を印加しておくことができ、したがって基材はイオン衝撃(負の電圧)、または電子衝撃(正の電圧)のいずれかを受けることになる。基材バイアス電圧供給部は、DC、AC、双極性、または単極性基材電圧供給部でよい。層堆積は、アークソースによって実施する。これらのアークソースは、ターゲット6を含み、その材料はアークによって蒸発する。磁石7によって生じるソース磁場によって、例えば、溶滴の発生を低減させるために、アークが特定の経路に沿って誘導される(いわゆる「制御アーク」)か、またはアークがターゲット表面上を多少とも自由に動くことが可能となる(いわゆる「ランダムアーク(random arc)」)かが決まり、後者では、多くの場合、ターゲットがより多く使用されることになり、より高い蒸発速度が得られる。アークの動作は作動ガス内で行うことができ、作動ガスは通常、不活性ガスである。通常は、アルゴンがこの目的で使用される。しかし、動作はまた、作動ガスと反応性ガスとの混合物を用いて、または反応性ガス中だけでも実施することができる。反応性ガスは、アークによって蒸発したターゲット材料と反応し、したがって対応する窒化物、酸化物、炭化物、およびそれらの混合物が形成される。ガスは、共用ガス入口8から、またはシステム全体にわたって分散配置された様々なガス入口から入ることができ、処理チャンバ内の工程圧力およびガス組成は、ガス流量計によって制御することができる。点火プローブ9、または別の電気点火装置を用いて、ターゲットにアークを点火することができる。バッフル板10を用いてターゲットを孤立させる(close off)ことができ、したがってアーク蒸発にもかかわらず、蒸発したターゲット材料は基材に到達しない。アーク蒸発用のアーク電流は、電力供給部11によって供給される。通常、電力供給部は、従来のDC電力供給部である。本明細書の実験では、パルス溶接でも一般に使用されている種類のパルス化電力供給部を使用した。したがって、一定のDC電流に、追加のパルス電流を重畳させることが可能である。この場合、休止中でも電流は完全にゼロに戻るのではなく、アークが消えてしまわないレベル(休止電流)で留まっていることが重要である。
【0046】
基材イオン電流に対する、アーク電流パルス化の効果をより徹底して調べることができるように、これらの実験では、ただ1つのソースだけを使用した。この材料だけに限られるものではないが、アーク蒸発にCrターゲットをまず選択した。Crターゲットを、作動ガスとしてアルゴン中で、アルゴンガス流量300sccm、DCソース電流140Aで動作させた。電流上昇時間は、電力供給部で1,000A/msの設定を選択することによって、一定に保持した。以下の実験全てにおいて、基材イオン電流は、典型的な、変形させていない基材ホルダで測定し、すなわち全体として測定した。総(積算)電流の測定値にはわずかな誤差が生じることがあり、その結果全てのイオンが基材ホルダで捕捉されるわけではなく、例えばチャンバ壁に衝突することもあることをここに書き添えておきたい。しかし、比較測定、および基材の高密度パッキング(dense substrate packing)のため、この誤差を考慮に入れることができ、その理由は、この誤差は、測定値の一般的傾向を不正確にするものではないと考えられるからであり、本明細書では単なる関連情報として理解されたい。DCソース電流を使用すると、平均基材イオン電流4.5Aが測定された(表1参照)。一方、パルス時600Aでパルス長0.5ms、パルス休止時50Aで休止長3.4msのパルス化ソース電流の場合、平均基材イオン電流7.8Aが測定された。この場合もやはり、時間平均アーク電流は同様に140Aであった。この場合、基材のイオン電流ピークは、実際には57.8Aであった。
【0047】
表1(図8)から以下の傾向を確認することができる。
アーク電流のパルス化によって、基材電流が増大する。
パルス電流と休止電流との差が大きいほど、パルス中の基材電流、および時間平均基材電流のどちらもより大きくなる。
【0048】
純粋な反応性ガス中、この場合は酸素中でのアークソース動作に関しても、基材電流に対する、アーク電流のパルス化による影響について調べた。比較として、ここでもやはりアークソースをDC電圧で動作させ、Crターゲットを用い、酸素流量を250sccmとした。上記によって、平均基材イオン電流1.7Aが得られた(同じく表1参照)。一方、パルス時600Aでパルス長0.5ms、パルス休止時50Aで休止長3.4msのパルス化ソース電流の場合、平均基材イオン電流3.5Aが測定された。この場合もやはり、DCの平均アーク電流と、パルス時の平均アーク電流とは同じ、すなわち140Aであった。この場合の基材イオン電流ピークは58Aであった。アルゴン中での動作で生じた傾向と同じ傾向が、反応性ガス中での動作においてもやはり認められる。純粋な酸素中での動作では、基材電流は、アルゴン中での動作に比べて低減する。アークソースのパルス化によって、この基材電流低減を少なくとも部分的に補償することができ、したがって、純粋な反応性ガス中で加工する場合でも、高い基材電流を実現することが可能となり、すなわち、作動(不活性)ガスを省略することができ、これは実際上、本明細書で対象とする前処理に有利である。
【0049】
この挙動は、単一元素のターゲットだけでなく、合金ターゲットにも当てはまることを実証するために、Al−Crターゲット、この場合、例えば、70at%/30at%の組成のAl/Crから構成されたターゲットを用いてさらなる試験を実施した。この場合もやはり、DCアーク動作をパルス化アーク動作と比較した。加工は、純粋な酸素雰囲気中で平均アーク電流200A、酸素流量400sccmの設定で実施した。次いで、比較として、アーク電流を休止時50Aと、パルス時約470Aとの間でパルス化させた。このパルス電流もやはり、時間平均200Aとなり、すなわちDCアーク電流に匹敵する。図2aおよび図2bは、これら2つの電流の経時的シーケンスを示し、これらの図では、アーク電流を負として任意にプロットした。図2aはDCアーク電流を示し、図2bはパルス化アーク電流を示す。
【0050】
この動作について測定した総基材イオン電流を図3aおよび3bに示し、この図では、基材電流のイオン電流部分を負として示し、電子電流を正として示している。図3aは、DCアーク電流を使用した場合の基材電流を示し、図3bは、ACアーク電流を使用した場合の基材電流を示している。
【0051】
Al/Crターゲットを酸素雰囲気中で使用すると、酸化物層が形成されることになるので、基材の加工は、双極基材バイアス(約25kHz)を用いて実施した。DC動作中、イオン流(負として示す)は、電子流(正軸)とは明らかに見分けることができる。基材イオン電流全体(すなわち負に示した電流全体)を積算すると、時間平均2.8Aとなる。パルス化アーク電流を用いた動作では、アーク電流周波数(約700Hz)と、基材バイアスのパルス周波数との重畳が、基材電流の電流曲線に反映される。この場合も同様に、基材イオン電流全体(負値範囲)から平均を取ると、平均イオン電流4.9Aとなり、すなわち基材イオン電流は、アークソースのパルス化によってほぼ2倍にすることができる。
【0052】
記載の例では、ソース供給部および基材バイアス供給部の動作は、これら2つの供給部を同期させないとして記載している。約25kHzでは、基材バイアス供給部の周波数は、ソース電流供給部の周波数(約700Hz)よりもかなり高い。ソース電流供給部の妥当なパルス周波数は、1Hz〜5kHzである。好ましくは、500Hz〜2kHzのパルス周波数が使用される。こうした重畳はまた、ソース電流のパルス化中にも基材電流に見られる。双極パルス化バイアスでは、DCバイアスに比べて総基材電流がわずかに低減する。
【0053】
2つの供給部を同期させた場合、(時間平均ではなく)パルスピークで、基材電流が急激に増大する。言い換えれば、バイアス電圧の周波数について、ソース電流に対応した周波数、またはその整数倍の周波数を選択する。しかし、負のピークでは、イオンがターゲットから基材に至る飛翔時間を考慮に入れるために、バイアス電圧を、ソース電流のピークに対して時間シフト(time−shift)させなければならない。この動作は、非常に高いエネルギーで短時間のイオン衝撃を実現する必要があるMIEにとって有利である。しかし、この動作には、主に、バッチシステムにおいて異なるバッチ負荷で動作させる場合、供給部を同期させる追加のいくつかの労力が伴う。この理由で、一般に、工程において認識され得るいかなる不都合も生じない限り、同期化は省略される。
【0054】
要約すると、アークソースのパルス化動作では、平均電流から明示されるように、ほぼ同じ蒸発電力で、除去速度を大幅に増大させることが遙かに容易であり、したがって層成長ゼロの範囲に容易にシフトできるという結果が得られた。
【0055】
上記を考慮すると、層厚成長がゼロの範囲では、双極基材バイアス供給部のデューティサイクル設定を用いて、実際には同じ基材電圧を維持しながらも、エッチング範囲から層堆積範囲にシフトさせるのに、追加のパラメータが利用可能となることもやはり明白である。本発明による方法では、基材バイアスは、DC電圧として動作させることができる。AC動作では、原則として実際には基材電流がわずかに低減するが、AC動作を用いると、基材から望ましくないアークが引き出されることを効果的に防止することができる。特に、低デューティサイクルによって、かかる望ましくないアーク発生を防止しやすくなる。
【0056】
以上、単一元素ターゲット、および合金ターゲットについて、不活性ガス中でのアークソースのパルス化動作によって、酸素中での動作結果と同様に、基材イオン電流が増大することを実証してきた。純粋な窒素反応性ガス中でのアークソース動作について、以下の別の実験でさらに調べるべきである。これに関する実験を表3にまとめている。まず、アーク電流200Aで、DC動作をパルス化動作と比較した。この例では、50at%/50at%のTi/Al組成を有するTi/Alターゲットを使用した(このターゲット材料、およびその組成に限定されるものではない)。アーク蒸発中、堆積チャンバ内の工程圧力が3.5Paとなるように窒素流量を調節した。DC動作では、基材電流は6.5Aとなった。パルス化動作の場合、同じ平均アーク電流200Aで、基材イオン電流17Aを実現することが可能であった。これらの試験は、アークを所定の経路に沿って誘導して、いわゆる「制御アーク」を生じるのに十分なほど強いターゲット磁場(MAG A)を用いて実施した。この種の動作の結果、アークが1カ所に留まる時間がより短時間となり、したがってアーク発生領域の溶融を最小限に保つことができるため、溶滴の形成が大幅に低減することが当業者には理解されよう。この例でもやはり、パルス化動作では、中程度の基材バイアス電圧でも、基材イオン電流を増大させ、この増大した基材イオン電流を用いて層厚成長をゼロとすることが可能であることが明白である。
【0057】
基材イオン電流に対する、反応性ガス圧力の影響を調べるために、同じターゲットをより高いアーク電流で用いて工程を実施した。ここでは、アークを特定のターゲット経路に沿わせない(ランダムアーク)弱いターゲット磁場(MAG B)を使用した。窒素圧力9Paでの動作で、基材イオン電流を8.7Aから12Aまで増大させることが可能であった。圧力3.5Paでは、基材電流は、19Aから25Aまで増大した。この場合もやはり、パルス化アーク電流の基材イオン電流の増大に対する肯定的な影響が明白に実証されている。
【0058】
表3(図10)の結果に照らして、本方法の目標を再検討したところ、以下の結果が得られる。
反応性ガス窒素中でも、アークソースのパルス化動作によって、基材イオン電流が増大する。
基材電流の増大は、ランダムアークよりも、制御アークの場合の方が遙かに顕著である。
制御アークでは、パルス化によって、蒸発速度および基材イオン電流のどちらも増大するが、基材イオン電流の増大の方が比較的大きい。
ランダムアークでは、蒸発速度の変化はほんのわずかであるが、基材イオン電流はかなり増大している。
要約すると、ここでもやはり、パルス化動作によって、基材バイアスが低くても、基材イオン電流を増大させることが可能であるので、パルス化動作は層成長ゼロの実現に寄与すると言える。
【0059】
パルス化動作における電流上昇の勾配もやはり、基材電流に影響を及ぼし得ることが、表1の結果から示唆される。したがって、研究を実施し、これらの研究結果を表2に示す。各試験は常に、同じ休止時アーク電流(70A)から開始し、次いで、パルス電流まで急上昇させた。急上昇の様々な勾配を、電力供給部で設定した。基材ピークイオン電流を、パルスの様々な勾配の関数として、また、パルス電流の関数として測定した。表の1行目と2行目を比較すると、パルスの勾配がより大きくなると、ピーク基材イオン電流が35Aから40Aに増大することが明らかに示されている。表2はまた、約1,000A/msでは、電流上昇の勾配によって、基材イオン電流が大幅に増大することを示している。250A/ms〜750A/msのより短い上昇時間では、ほとんど影響がない。
【0060】
上記結果に基づくと、電流上昇時間の増大は、基材電流の増大に重大な影響を及ぼし得ることが理解できよう。しかし、上記を図1に示す種類のパルス化電力供給部として使用する電力供給部によって実施しなければならない場合、これは技術的に困難である。今日市販されている電力供給部では、電流上昇時間を約50,000A/ms、すなわち表2(図9)に示す最大値の50倍まで増大させるには、大規模な技術的および経済的投資が必要となり、一般には実現が困難である。さらに、こうした電流上昇時間では、電力ケーブルのケーブルインピーダンスが重要な役割を果たし、パルス波形に影響を及ぼし、すなわち勾配を低減させる。
【0061】
図4は、高電流でも非常に高いパルス周波数を実施するのに適した工程手法(「二重パルス法」)を示す。この手法では、双極電圧または電力供給部(13、双極基材バイアス供給部と混同のないよう留意されたい)を2つのアークソースの間で動作させ、これらのアークソースはそれぞれ、通常のDC電力供給部(12)によってさらに電力供給される。かかる構成の利点は、双極供給部を、2つのアーク蒸発ソースのイオン化前プラズマ中で動作させるという点にある。上記によって、プラズマを数百キロヘルツの範囲の周波数で非常に高速にパルス化することが可能となり、本質的にソース電力供給部の電流の大きさに相当する電流が可能となる。供給部13の双極電流の大きさは、アークソースを流れる総電流が保持電流を下回ることがないように、すなわちアークが消えることはなく、絶えず動作させることができるように適合させるだけでよい。
【0062】
図5aの例は再度、DC動作でアークソースを流れるアーク電流を示している。この場合もやはり、純粋な酸素反応性ガス中で、200Aで、70at%/30at%の比率のAl/Crから構成されたターゲットをやはり用いて動作を実施した。図5bは、アークソースを双極パルスと重畳させた際のアーク電流を示し、このアークは、周波数25kHzで50Aと350Aとの間でパルス化させていることが明白である。これは、時間平均200Aの電流に相当する。この場合もやはり、DCアーク動作を用いた対応する基材イオン電流(図6a)を、双極動作での基材イオン電流(図6b)と比較した。ここでは、電流上昇速度を周波数によって示し、この周波数は、106A/s程度である。しかし、この電流上昇速度は、周波数を100kHzまたは500kHzに増大させることによって容易にさらに増大させることができる。
【0063】
図6aおよび6bの比較によって実証されるように、ソースの「二重パルス化」によっても同様に、基材電流が大幅に増大することになる。平均基材電流は、アークソースのDC動作時の3.8Aから、パルス化動作時では6Aに増大し、すなわち約50%増大している。
【0064】
上記から、基材イオン電流の増大は、単にパルスパラメータを変えることによって行うことができ、すなわち電気的に容易に調整することができ、したがって、例えばバイアス電圧、またはソース電流、またはガス圧力を変動させる必要のないパラメータを自由に選択することができる。この工程手法は、対応する電力供給部を用いて容易に実施でき、システムに追加のソースは必要でなく、通常のアークソースを使用することができる。作動ガスを排除し、反応性ガス中だけで動作を実施することが可能である。
【0065】
次いで、アークソースをパルス化させる両動作モードを基材の前処理に使用した。両動作モードとも、(少なくともランダムアーク動作では)陰極材料の蒸発速度は、DCでの蒸発速度とそれほど変わらないので、これらの動作モードでは、アークソースのパルスによって多価金属イオンがまず生成され、こうした多価金属イオンによって基材電流が増大すると仮定することができる。この仮定はまた、Oks,E.M.他、Rev.Sci.Instrum.77(2006)03B504などの刊行物によっても支持されている。しかし、アークソースをパルス化すると、主に反応性ガスによって単一イオン化もさらに生じる。
【0066】
蒸発速度を大幅に増大させずに、基材イオン電流を増大させることによって、より優れたエッチング効率が得られる。言い換えれば、同じ基材バイアスで、より高速のエッチングを実現することができる、またはより低いバイアスで同じエッチング速度を実現することができる。電流120AでアークソースをDC動作させる際、基材バイアス800Vで加工すると、例えば、デュアルローテーション(dual rotation)で基材エッチング速度14nm/minが得られる。こうした条件下では、バイアス300Vで、この工程は、層堆積とエッチングとがほぼ平衡に近くなる。
【0067】
同じ平均アーク電流であれば、パルスパラメータを用いて、基材イオン電流を50%増大させるように設定すると、基材バイアス800Vでエッチング速度が23nm/minまで増大し、あるいは、層堆積とエッチングとが平衡に達するように、基材バイアス約200Vを使用してもよい。
【0068】
また、工程を800Vではあるが、50%のデューティサイクルだけで動作させるように、基材バイアス供給部のデューティサイクルを変えることも可能であり、このように、より高い電圧でも、すなわち高いイオンエネルギーでも、エッチングと層堆積との平衡が実現され、したがってイオンエネルギーに依存した基材表面上の事象を制御することができる。
【0069】
製造バッチのエッチング速度を数学的に推定するのは困難であるので、所定の蒸発器出力によって、層堆積とエッチングとの平衡を識別するのが賢明である。3分の基材前処理で、PVD層の接着性が大幅に改善することが既に実現されている。この点について、当業者に既知のスクラッチ試験を用いて、接着性を測定した(ISO1071、ASTM G171参照)。
【0070】
しかし、ソースのパルス化は、基材電流を増大させるだけでなく、陰極点の運動にも影響を及ぼし、パルス化によって、陰極点に偏向が生じる。パルス化中の電流の強力な変動によって、アーク経路に影響を及ぼすのに十分なほど強力な電磁界が生じる。上記の肯定的側面は、アークが特定の位置に留まる時間が短縮されるため、主に大きな金属溶滴の数が減少することである。
【0071】
基材イオン電流の増大はまた、より低い平均ソース電流で動作させることが可能であるという点からも有利である。ソース電流もまた、溶滴形成の減少と同調して低減することが当業者には理解されよう。
【0072】
国際公開WO2006099760号には、酸化物堆積法に制御アークを使用可能とするためのソース電流のパルス化について記載されている。アークが制御経路だけを進み、ターゲット表面がこの経路外では完全に酸化し、それによってアーク動作が不安定になることを防止するために、アーク発生をパルス化させた。その結果、ターゲットの制御アーク領域以外での酸化が防止された。ここで、同様に制御アークをパルス化と組み合わせると、以下の実験的観測が得られる。
・制御アークでは、ターゲット材料の蒸発速度は低くなるが、溶滴形成の頻度が激減する。
・制御アークのパルス化によって、ターゲット材料の蒸発速度は確かに増大するが、それよりも基材イオン電流の方が遙かに増大する。
【0073】
このように、基材の前処理に理想的な状態を実現することが可能であり、この状態では、溶滴形成の頻度が大幅に減少する。
【0074】
上記で既に実証してきたように、陰極アーク蒸発は、反応性工程に極めて良く適している。スパッタ法とは対照的に、反応性ガスを極めて容易に調節することができ、ターゲットを汚染することなく、余剰の反応性ガスを用いて動作させることが可能である。さらに、反応性ガス工程では、アルゴンなどの作動ガスを排除し、窒素または酸素などの純粋な反応性ガス中で動作させることが可能である。したがって、不活性ガスが基材表面に組み込まれる危険がない。上記によって、応力による基材表面の脆弱化だけでなく、不活性ガスの層中への拡散または組込みによる不安定性もまた回避される。
【0075】
金属のイオン化に加えて、ソースのパルス化もやはり、反応性ガスをイオン化させ、これらも同様に用いて基材表面を「処理する」ことができる。冒頭で述べたように、前処理の目標は、顕著な材料除去でも顕著な層成長でもないので、本明細書では、エッチング段階については意図的に言及していないことを強調しておきたい。本工程は、エッチングと層堆積との間である種の平衡が保証され、金属イオンが基材表面中に拡散し、表面上の「不安定な」基材成分に注入される、または反応することができるように、できる限り多くのエネルギーを基材表面中に導入するイオン衝撃が生じるように正確に設定される。
【0076】
この工程は、特にバッチシステムでの製造条件下では、容易に制御することができない。原理上、バッチ負荷が変動すると、層堆積/エッチング率が新しくなる。鋭利な縁部では、基材はより強力な電界を有し、したがってエッチングが強化されることにも留意する必要がある。この理由からも、ソースによって発生する蒸気が、最も高いイオン比率、主に高荷電イオンを有することができる場合、ソースを層堆積ゼロの範囲内で容易に動作させることができ、これには比較的低い基材バイアスの境界条件(boundary condition)で十分であるので、この工程は有利である。
【0077】
金属イオンエッチングは、少なくともアークソースのパルス化動作で生じる多価イオンに関しては、拡散工程を用いたスパッタ効果、基材の最外表面への注入、および主に多価イオンの基材表面に対する互いの反応を評価できる理論的見地からはまだ十分に研究されてきてはいない。しかし、全くの経験的見地から、本工程の結果として、PVD層の金属基材への接着性が大幅に改善されることが観察できる。これは、特にHSS、特に硬金属基材に当てはまる。
【0078】
したがって、基材前処理の工程パラメータを適合させる際、第1の段階は、常に較正を実施して、あるターゲット材料、ソース電流、ソース電流のパルス波形、ソース磁場、基材バイアス、作動ガス圧力、および/または反応性ガス圧力に関して、システムのバッチ負荷に依存して30秒〜10分の間、基材上で層成長が生じないか、または20nm未満の層成長しか測定されないように工程ウィンドウを確立することであった。上記を実現するために、金属基材だけでなく、分析の目的で、シリコンウェハ試料もこのシステムで処理した。シリコンウェハでは、当業者には既知であるRBS分析を使用すると、わずかな層厚でも特に容易に測定することができる。
【0079】
多価イオンを多く得るために、大部分の時間、動作を、できる限り低いソース電流で、できる限り急勾配のパルスを用いて実施した。次いで、ソース(複数可)のかかる動作から得られる層を、様々なバイアス電圧、典型的には40V〜1,200Vのバイアス電圧について測定した。次いで、結果として得られた依存関係を用いて、基材上の成長をほぼゼロ(±5nm)に設定するように工程パラメータを選択した。
【0080】
この種の基材前処理では、基材表面に導入された主に多価イオンの高エネルギーによって、基材の成分と化学反応する可能性、または基材表面領域において拡散工程が誘発される可能性があることが重要であると思われる。
【0081】
それだけに限定されるものではないが、クロムから構成されたターゲットソースのイオンとの炭化物の形成は、特に重要であることをここで明記しておきたい。アルゴンガスを用いた従来のエッチング工程の場合、その目的は、基材表面の遊離粒子、例えば研磨工程の残留物を、実際の堆積工程を開始する前に除去するように、基材表面から材料を除去することである。多くの場合、この従来の方法は、上記で簡単に説明した基材前処理を実際に開始する前に行われ、その理由は、基材前処理は、残留している粗大残留異物が基材表面から除去されている場合にのみ、意味を成すことは自明であるからである。本明細書で対象とする基材前処理段階では、多価クロムイオンが基材表面に衝突する場合、当然ながらスパッタリング工程も生じる。しかし、多価イオンによる数倍のエネルギー入力によって、化学反応も同時に引き起こされる。しかし、上述のように、本発明の基材前処理の目標は、材料の除去ではなく、化学反応の促進にある。クロムイオンが今や十分に高いエネルギーを有する場合、例えば、主に炭化タングステン、ならびに少量のタングステン元素および炭素から構成され、典型的には結合剤としてコバルトも含有する硬金属基材(ねじ切りインサート)では、炭化クロムおよび/またはCr、Co、およびWの混晶を形成することができる。クロムイオンの比率が高いほど、炭化物がより多く形成されることになる。多価イオンの比率が大きく関与し、その理由は、多価イオンによって事実上数倍のエネルギーが導入され、したがって、基材中に浸透し、幾分深いレベルに位置する成分とも反応することができるからである。
【0082】
X−TEMによる位相分析によって、クロムを含有した炭化物相の存在が確証された。こうしたクロム炭化物相は、基材電流のわずかな増大に伴って既に見られたが、チタンの場合、いかなる炭化物の形成も検出するために、より高い基材イオン電流およびより高い基材バイアスで加工する必要があった。
【0083】
イオンによる基材表面へのエネルギー入力によって促進される拡散工程に関して、追加の実験結果について1つ言及しておきたい。RBSおよびSIMSを用いた観察によって、基材前処理後、コバルト(結合剤)が基材表面中に著しく拡散したことが実証された。接着性の線形改善、および工具のより優れた性能もやはり、ウェット洗浄段階によって脱コバルト化した硬金属表面を再度「修復」し、コバルトを表面の方に拡散させることによって十分な強度を回復することによって得られた。
【0084】
反応性ガス単独中でのアークソースの動作もやはり可能であることは、上記で既に述べた通りである。しかし、反応性ガス中で、主により高い圧力で動作させると、基材電流が低減する可能性がある。この低減は、多価金属(ソース)イオンと、反応性ガス原子との電荷移動反応によるものである。この場合、アークソースのパルス化動作が、2つの見地から役立つ。一方では、アークソースのパルス化によって多価金属イオンが生じるため、基材電流が増大し、他方では、アークソースのパルス化によってイオン化が高くなるため、反応性ガスの化学反応性もやはり増大する。その結果、金属ガスイオンと、基材表面の成分との化学反応が生じるだけでなく、例えば窒素と基材表面の成分との反応も生じ、したがって窒化物が形成される。
【0085】
とりわけ酸化セラミクスなどの非金属基材についても、反応性ガスとして酸素を用いた基材前処理では、主に酸化物層を堆積させる際に、層接着性に大幅な改善が実証された。この工程は、RF基材バイアスの印加によって、さらに強化することができる。
【0086】
最後に、より高い反応性ガス圧力によって、溶滴形成がさらに低減するが、ソースのパルス化によって、基材電流の損失を補償することが可能となることも書き添えておきたい。
特に、ねじ切りインサートまたはある種のHSSなどの硬金属基材の通常のウェット化学前処理では、特定の材料成分が基材表面で欠乏する(例えば、硬金属の結合剤の欠乏、硬金属では結合剤にコバルトが多用される)結果となることがある。これは、特に、その後付着させる硬材料層(TiC、TiCN、Al2O3)をより良く支持するために刃先により高い強度を与えるように、基材表面に向けてコバルト濃度を増大させているねじ切りインサートでは重大である(米国特許第04497874号参照)。本発明者は、本発明による上述の方法が、コバルトの基材表面に向けた拡散を引き起こし、したがって、ウェット化学前処理によって生じた損傷をほぼ補償することができる一助となることを見出すことができた。これまでは、層の接着性を保証するために、堆積チャンバ内でより長いエッチング段階によって損傷層を除去しなければならなかった。本発明者はまた、この修復工程は、特に刃先、特にねじ切りインサートの場合、基材の刃先でイオン衝撃が増大するため、非常に有効であることを確証することができた。これは、1つには、イオン衝撃の増大は、縁部半径が小さい幾何形状にバイアスを印加したときに生じる電界強化によって引き起こされることから説明できる。本明細書ではコバルト拡散の例で説明してきたが、上記は、基材表面を熱的に制御する他のタイプの「修復工程」にも本質的に関連する。
【0087】
別の有利な実施形態は、タングステンの炭化物相に関する。この点について、タングステンのかかる炭化物相(いわゆるイータ相、米国特許第04830886号参照)は脆弱で、その後付着させる硬材料層の接着不良の原因となることがCVD技術から知られている。本発明者は、本発明による方法を用いると、本方法で使用する高エネルギー金属イオンによって、不安定な炭素化合物および未結合の炭素を、安定した炭化物または混合結晶にうまく変換させることが可能であることを確証した。
【0088】
上述の化学反応の誘発に加えて、主にやはり多価イオンによって、基材表面、特に工具の刃先で生じるイオン衝撃が高温であることによっても、使用したターゲット材料および基材材料両方の拡散工程が促進される。本発明者は、例えばTiの基材表面の最外層中への拡散が、同様にTi、例えばTiN、TiCNまたはTiAlNを含む硬材料層の接着性に有利であることを確証した。基材中へのターゲット原子のこうした拡散は、非常に異なる物理的特性、および機械的特性を備えた硬材料層同士の好ましい接着性遷移(adhesive transition)を実施したい場合、例えば、酸化アルミニウムまたは酸化アルミニウムクロムまたは窒化ボロンまたは窒化シリコンを硬金属上に直接堆積させたい場合、特に有利である。したがって、本発明は、これらの層を硬金属上に堆積させる非常に優れた方法を提供する。
【0089】
本発明者はまた、この拡散方法を多層システムの遷移にも使用できることを確証した。この点について、到来するイオンのエネルギーを、主に基材表面領域に限定することができ、また、従来の処理前段階は通常、ほんの数分しか持続せず、事実上、基材表面、およびこの場合もやはり特に刃先が高温になるが、基材全体が過剰な熱応力を受けることはない点が大変有利である。
【0090】
上述の拡散工程は、イオン衝撃中の局所的な温度上昇によって引き起こされるので、処理後は、基材層の遷移領域は、その後切断を行う際にも熱的に安定であり、切断に伴う基材の温度上昇でも、それに対応して工具使用中の望ましくない拡散工程が低減する。
【0091】
上述の事実に基づいて、本方法は、硬質材料層の合成に使用することができる材料から構成されたターゲットを使用することが可能であり、すなわち、拡散工程および化学反応は、その後層に戻る材料を用いて実施されるという別の利点を有する。したがって、本方法を用いると、化学反応工程および拡散工程を意図的に引き起こすために、合金ターゲットおよび様々な反応性ガスを使用することも可能である。
【0092】
処理前段階をやはり、反応性ガスと共に使用して、例えば基材表面中の金属成分を、高温安定であり、かつその後堆積させたい層の核生成挙動に対して所望の影響を及ぼす化合物に変換させることができる。アルミニウムまたはクロムのコランダム相の形成を、この例として挙げておきたい。
【技術分野】
【0001】
本発明は、PVD法によって基材上に層堆積させる前に、通常の形で実施することができるタイプの基材前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陰極アーク堆積は、長年にわたって確立されてきた方法であり、この方法は、工具および部品への層堆積に使用され、また、多種多様な金属層、ならびに金属窒化物、金属炭化物、および金属炭窒化物を堆積させるために使用されている。この方法では、ターゲットは、低電圧かつ高電流で動作させるアーク放電工程のアーク陰極であり、この工程によってターゲット(陰極)材料を蒸発させる。アーク放電工程の動作には、DC電力供給部が、最も簡単かつ最も安価な電力供給部として使用される。
【0003】
陰極アーク放電によって蒸発した材料には、イオンが高比率で含まれることが知られている。ジョンソン(Johnson)、「P.C.in Physics of Thin Films」第14巻、Academic Press、1989年、129〜199頁には、陰極材料および放電電流の大きさに依存して、こうしたイオンが30%〜100%の値になることが記載されている。この高比率のイオン化蒸気は、層合成に望ましい。
【0004】
高度のイオン化は、基材の負バイアスと結合する際の層合成に特に有利であることが判明しており、したがって、イオンが基材に向かう加速度およびエネルギーを増大させ、変動させることが可能である。このようにして合成された層は、より高い密度を有し、バイアス電圧を変えることによって、層応力や層モフォロジなどのいくつかの層特性に影響を及ぼすことが可能である。
【0005】
しかし、アーク蒸発ではまた、蒸発材料の融点に依存して溶滴が多少とも生じることも知られており、こうした溶滴は基本的に望ましくない。この溶滴の比率は通常、蒸発材料のイオン化度を示す際に考慮に入れられないが、層品質にかなりの影響を及ぼし得る。したがって、特殊なソース磁場または追加のフィルタ(アクセノフ(Aksenov),I.I.他、Sov.J.Plasma Phys.4(4)(1978)425に記載のような機械式および電磁式フィルタ)を用いて蒸発材料の溶滴率を低減させる、または相対的なガス圧力を増大させるなど、他の工程パラメータによって蒸発材料の溶滴率を低減させることが望ましい。また、溶滴の数および寸法を低減させるために、融点のより高い材料を使用することも提案されている。
【0006】
アーク蒸発で観察される蒸発材料のイオン化部分はまた、基材の前処理にも使用することができる。基材バイアス電圧を順次増大させることにより、蒸発材料の蒸気イオンおよび作動ガスと基材との衝撃によって、基材のスパッタリングおよび/または高温加熱が可能な程度にまで駆動することができる。
【0007】
通常、この工程段階は、金属イオンエッチング(metal ion etching)という、幾分不正確な名称で称され、というのは、この名称では、作動ガスまたは反応性ガスを慣習的または必然的に使用することによって生じるイオンが概念上含まれていないからである。しかし、一般に、作動ガス(アルゴンなどの不活性ガスが使用されることが多い)のイオン比率を低減させる、または作動ガスを完全に排除することが望ましい。上記の理由の1つは、不活性ガスは結合しないため、層内に安定した形で組み込むことができず、さらには、応力となるためである。しかし、一般に、ガス(作動ガスまたは反応性ガス)を供給せずに、アークソースを絶えず動作させることは容易に可能ではない。アークソースを作動ガスなしで動作させなければならない場合、例えばイオン注入の場合のイオンソースでは、アークはガスを加えないと短時間しか「存続(live)」できないので、ソースをパルス状で動作させることになり、すなわちアークソースを絶えず再点火させなければならない。かかる方法の例が、特開平01−042574号に記載されている。
【0008】
イオンならびに基材の加熱を用いた、基材のイオン衝撃およびそれに伴う基材エッチングによる基材前処理が、米国特許第4734178号に既に記載されている。
【0009】
金属イオンによるエッチングによって、基材の単なる加熱によって得られる処理結果、または、例えばサブレブ(Sablev)の米国特許第05503725号に記載のように電子衝撃による基材の加熱によって得られる処理結果とは異なる、基材表面の処理結果が得られることを加えることが重要である。単に金属イオンを使用するだけでも、不活性ガスイオンを用いた場合に比べて、新しい反応、例えば炭化物または混晶形成の可能性が生じる。
【0010】
注入工程と拡散工程とを組み合わせることによって、金属イオンが基材表面に組み込まれ、したがって、後続の蒸着層の良好な結合が得られることが文献に記載されている(メンツ(Muenz),W.D.他、Surf.Coat.Technol.49(1991)161、ショーンジャン,シー(Schonjahn,C.)他、J.Vac.Sci.Technol.A19(4)(2001)1415)。
【0011】
しかし、この工程段階に伴う主な問題に、原子質量の数倍の質量の金属溶滴が存在するという問題があり、こうした金属液滴は、基材表面と接触し、そこで凝結すると、通常はエッチング段階によっても二度と除去することができない。
【0012】
この状況を打開する方策の1つに、溶滴をイオンから分離するフィルタをアークソースに設けることがある。
【0013】
アクセノフ,I.I.他の論文Sov.J.Plasma Phys.4(4)(1978)425に基づいたフィルタ設計が知られ、この設計では、アークソースが、磁場を取り囲み、90°の曲げ部を有するチューブを介して堆積チャンバに連結されている。磁場によって、電子が湾曲した経路に沿って誘導され、これらの電子により、イオンが電気力によって同様の湾曲した経路を辿ることになる。しかし、荷電していない溶滴は、チューブの内壁に衝突し、したがって基材に到達することが阻止される。その結果生じる減速は、金属イオンエッチングの目的で副次的役割を果たす。しかし、チューブから出て堆積チャンバに入る使用可能なイオンビームの直径は、わずか数センチメートルから約10cmであることが非常に不利である。このため、多くの用途で、エッチング工程の均一性を十分保証するために、基材をソースの前に移動させる必要がある。このため、上記方法を、従来から製造に使用されているタイプの通常のバッチ堆積システムで使用することができない。
【0014】
極めて簡単な手法として、サブレブの米国特許第05503725号で原理の概略が既に基本的に記載されているように、アークソースの前にバッフル板を用い、陽極を基材のほぼ後ろにオフセットさせて配置する(例えば、チャンバの反対側で、別のソースを陽極として使用する)手法があるが、MIE工程(MIE=金属イオンエッチング)については具体的に記載されていない。電子の経路は、次いでチャンバ中を通過し、基材を通過するように向けられる。また電界によってもやはり、イオンは電子に似た経路を辿ることになり、したがって基材付近でのエッチング工程にイオンを利用することが可能となる。溶滴は、バッフル板で主に捕捉される。この工程要領では、イオン化した材料までも、バッフル板、および縁部領域で喪失されるので、堆積工程には極めて効果がない。しかし、従来技術では、金属イオンエッチングの典型的な工程にはほんの数アンペアの低電流しか必要でなく、また、エッチングはほんの数分間しか行われないので、実際にはかかる動作でも製造工程に差し支えなく使用することができる。しかし、基材ホルダによってイオンを電子経路に向けるかかる動作では、チャンバ電位とは別の陽極が必要となる。これには、チャンバ内に追加の空間が必要となり、したがってシステムの生産性が低減することになる。上述のように別のアークソースを陽極として間欠的に使用すると、このソースは詰まり、「アーク停止(free arcing)」して洗浄しないと再度使用できなくなるという欠点が生じ、このアーク停止は望ましくない。
【0015】
要約すると、MIEにおいて、バッフル板をなくすことができ、別個の陽極によってアークソースを動作させる必要がもはやなく、その代わりに、基材チャンバを陽極(グランド)として機能させてアークソースを動作させ、主に大径の溶滴を過剰量発生させないことができると望ましい。さらに、既に中程度の基材バイアス(1500V未満、好ましくは800V未満)になっている基材上で層成長をゼロにし、かつ基材バイアスを変えることによって、層堆積段階からエッチング段階に、およびその逆にシフトさせることができると望ましい。
【0016】
アーク法では溶滴が形成されるため、欧州特許第01260603号に記載のように、アークソースによってではなく、スパッタソースによってイオンを生成する試みがなされてきている。スパッタリング工程では、遙かに少数の溶滴しか生じないことが知られている。しかし、従来のスパッタソースでは、遙かに少量のイオンしか生じないこともやはり知られている。しかし、パルス化させた電力供給部を用いてスパッタソースを動作させることによって、パルス中のイオン密度が大幅に増大することがうまく実証されてきている。この「High Power Pulsed Magnetron Sputter Method」(HIPIMS), エヒアサリアン,エイ,ピー(Ehiasarian,A.P.)他、45th Annual Technical Conference Proceedings,Society of Vacuum Coaters(2002)328は、主に金属イオンでも、通常のスパッタリング法で生成されるイオンよりもかなり多くのイオンを生成するのに良く適しているように思われる。
【0017】
しかし、この方法の欠点は、マグネトロン放電を引き起こすために、ターゲットに極めて強力な磁場が必要となる点である。しかし、このより強力な磁場によって、高エネルギーパルスで生成されたイオンが捕捉されることになり、したがって生成されたイオンのごく一部分しか基材に到達できないという欠点がある。
【0018】
しかし、この方法の遙かに大きな欠点は、多くの場合で、これらのソースを実際の堆積に使用することができないという意味で、HIPIMS−MIE法とPVD堆積法とを適合させることができないという点である。
【0019】
HIPIMS法を用いた堆積速度は非常に低く、多くの場合、層堆積に追加のソースを使用しなければならず、層堆積にHIPIMSソースを使用することはできない。これでは、製造システムの生産性向上に相反する。最後に、スパッタ法でも、アルゴンなどの不活性ガスが作動ガスとして同様に必要となる。
【0020】
陰極アーク蒸発に基づいた、従来から使用されている金属イオンエッチング法の欠点は、以下に要約することができる。
1.ターゲット材料に依存して、アークソースがフィルタリングされていない場合に大量の溶滴が生じ、それらの溶滴のいくつかは大径を有する。これらの溶滴は、基材表面の成分と完全に化学反応できる、または基材表面に組み込まれるのに十分なほどのエネルギーを有しない。
2.融点のより高いターゲット材料を使用することによって、溶滴発生を低減させると、材料費用が増大し、また、アーク発生に必要となる動作がより複雑になる。
融点のより高い材料に必要となるより高いソース電流および放電電圧を実現するために、アークソースの設計がより複雑になり、また、電気供給部も同様により高価になる。
3.融点のより高い材料は一般に、化学的により不活性であるため、これらの高融点材料と基材表面の成分との所望の化学反応(例えば炭化物形成)は、通常より高い温度でしか起こらない。
4.アークソースと、溶滴を減少させるための電磁式および/または機械式フィルタとの組合せによって、基材のイオン電流が損なわれる。さらに重要なことに、かかる処理の均一性は、製造システムで通常見受けられる種類の広い基材領域上では保証することができない。
5.基材のイオン電流の損失に加えて、フィルタの使用によってもまた、多価イオンの比率が低減することになる。多価イオンは、(熱誘導)化学反応の確率を増大させるものであり、多価イオンは、対応して増大したエネルギーで基材に衝突し、したがって高温安定結合の形成に重要な役割を果たすからである。実際には、基材バイアスを増大させることによって、多価イオンの損失を補償することが考えられるが、アーク発生を低減させるためだけでなく、安全面の理由からも、一般に1,000Vよりも高い電圧は避けることが賢明である。
6.工程ガス圧力を高くすると、溶滴は減少することになるが、基材電流もやはり大幅に低減することになり、したがって多価金属イオンの比率も主に低減することになる。しかし、工程適合性の理由で、反応性ガス内でアークを生じるためにもやはり十分に高い基材イオン電流を実現することが望ましい。
【0021】
HIPIMSを用いたスパッタ法に基づいたMIEの欠点は、以下に要約することができる。
1.堆積速度が低すぎるため、アーク層堆積ソースと適合性がなく、すなわちスパッタソースの動作用に特別なソースおよび電気供給部が必要となる。
2.基材イオン電流は、パルス中にしか生成されない。イオンの大部分は、マグネトロン磁場によって捕捉され、基材には到達しない(メンツ、W.D.他、Vacuum in Research and Practice,19(2007)12)。
3.スパッタソースの動作には作動ガスが常に必要となり、この作動ガスは基材表面に組み込まれ、ほとんどの場合、望ましくない応力を生じ、基材表面が不安定になる。
4.スパッタ動作における反応性ガスを用いた加工は、制御が困難である。
【0022】
上記に基づいて、MIEの使用に関して以下の結論を導くことができる。
アークソースに関して重要な課題は、問題を引き起こす大きな溶滴であり、これらの溶滴は、基材表面に衝突した後、基材中にさらに拡散できるのに十分なほどのエネルギー、または基材表面の成分と化学反応するのに十分なほどのエネルギーを有しないからである。上記以外の点では、アーク蒸発は、多価イオンを生成する潜在能力を備え、金属イオンエッチングによる基材前処理を実施するのに最適である。
【0023】
ビューシェル,エム(Buschel,M.)他、Surf.Coat.Technol.142〜144(2001)665にもやはり、アーク蒸発ソースを、層堆積させるためにパルス状に動作させることもできることが開示されている。この方法では、連続した保持電流を、パルス電流と重畳(overlap)させている。この例では、ソースのパルス化によって、層堆積時に主に大きな溶滴が減少していることにも留意されたい。
【0024】
陰極アークソースを絶えず動作させるのではなく、パルス化させること、すなわち各パルスを用いて絶えず再点火することによって、多価イオン比率が主に増大するため、より高いイオン電流が得られることもまた、文献から知られている(オークス,イー,エム(Oks,E.M.)他、Rev.Sci.Instrum.77(2006)03B504)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の目的は、アーク堆積ソースを動作可能としながらも、層堆積速度をゼロにすること、すなわち表面への材料蓄積と、表面からの材料除去との平衡状態を生じ、基材バイアスによってこの平衡状態を制御することを可能とすることである。本発明の別の目的は、基材表面のイオンとの衝撃に基づき、基材前処理を行うことであり、イオンは、大部分が金属イオンおよび反応性ガスイオンであり、極端なケースでは、作動ガスを完全に排除することが可能である。
【0026】
本発明の別の目的は、これらのイオンを基材表面中に拡散させ、これらのイオンを基材表面の成分と化学反応させることである。
【0027】
本発明の別の目的は、先行する段階によって生じた基材変化、例えば、ウェット化学基材洗浄による基材表面の脱コバルト化を修復することである。
【課題を解決するための手段】
【0028】
上記目的は、請求項1に記載の特徴によって実現される。有利な変形を従属請求項に開示する。
【0029】
本発明は、ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電流を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースをコーティングする方法であって、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面へ注入し、前記注入される金属イオンは、適用される層の成分である金属のイオンを含むように金属イオン衝撃によって前記ワークピースを前処理するステップと、前記層を前記前処理した基材表面へ直接堆積させるステップと、を有する方法である。
【0030】
本発明は、ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電極を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースに多層システムを生成する方法であって、前記多層システムの1つの層から隣接層への少なくとも1つの遷移において、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面または前記多層システムの1つの層へ注入し、前記金属イオンは、前記基材表面または前記多層システムの次の層の成分である金属のイオンを含む前記多層システムの1つの層へ注入されることを特徴とする方法である。
【0031】
ここで、前記層または前記多層システムの1つの層は、炭化物層、酸化物層及び窒化物層の少なくとも1つであることが好適である。
【0032】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、単数または複数の金属成分を含むことが好適である。
【0033】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、Ti、Al、B、Si、TiAl及びAlCrの少なくとも1つを含むことが好適である。
【0034】
また、前記層または前記多層システムの1つの層は、窒化チタン、炭窒化チタン、窒化チタンアルミニウム、酸化アルミニウム、酸化クロムアルミニウム、窒化ホウ素及び窒化ケイ素の少なくとも1つであることが好適である。
【0035】
また、前記注入される金属イオンは、前記基材表面に堆積される前記層の前記金属成分または多層システムの次の層の前記金属成分であることが好適である。
【0036】
また、前記アーク蒸発ソースはパルス状で動作することが好適である。
【0037】
また、前記前処理中、酸素を含む反応性ガスが前記真空処理システム内に入れられることが好適である。
【0038】
また、前記前処理にはターゲットが使用され、前記ターゲットは次に前記酸化物層を合成するためにも使用される材料によって構成されることが好適である。
【0039】
また、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理には合金ターゲットが使用されることが好適である。
【0040】
また、前記イオンの前記基材へ向かう加速によって、このように合成された前記層がこれによって高い密度と高い圧力になるように前記バイアス電圧が選択されることが好適である。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、アーク蒸発ソースに基づいた製造システムに使用することができる経済的な解決策が実現される。
【0042】
本発明によって、アークソース動作中の主に巨視的な溶滴の発生を低減させることが可能になる。この点について、本発明による本方法は、広く、容易に制御可能な処理ウィンドウ(processing window)を有する。
【0043】
本発明を、図面を参照しながら例によって説明する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】固有にパルス化させた各アークソースを有するPVD堆積システムを示す図である。
【図2a】DCアーク電流を示す図である。
【図2b】パルス化アーク電流を示す図である。
【図3a】DCアーク電流を使用した場合の基材電流を示す図である。
【図3b】パルス化アーク電流を使用した場合の基材電流を示す図である。
【図4】二重パルス法によるPVD堆積システムを示す図である。
【図5a】DC動作中にアークソースを流れるアーク電流を示す図である。
【図5b】アークソースを双極パルスで重畳させたアーク電流を示す図である。
【図6a】DCアーク動作中の基材イオン電流を示す図である。
【図6b】双極動作中の基材イオン電流を示す図である。
【図7】アーク電流および基材バイアスに依存した、材料蓄積と材料除去との関係を示す概略図である。
【図8】パルス化アーク電流に関する測定表である。
【図9】パルス化アーク電流に関する測定表である。
【図10】平均イオン電流、および蒸発速度を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本発明を明確に示すために、まず、各アークソースを個別にパルス化させる動作モードについて考察すると有利であり、この動作モードを図1に示す。図1は、アークソースを使用した層堆積に使用される種類のPVD層堆積システム(1、バッチシステム)を示す。この層堆積システム1は、ポンプ基4(図示せず)に接続されており、このポンプ基4によって、工程に関連する真空状態をシステム内で生じさせる。基材ホルダ2および3を用いて基材(工具または部品またはその他の構成要素)をピックアップし、前処理および層堆積中、保持する。基材ホルダ、したがって基材自体にも、前処理および層堆積中、基材バイアス電圧供給部5によって電圧を印加しておくことができ、したがって基材はイオン衝撃(負の電圧)、または電子衝撃(正の電圧)のいずれかを受けることになる。基材バイアス電圧供給部は、DC、AC、双極性、または単極性基材電圧供給部でよい。層堆積は、アークソースによって実施する。これらのアークソースは、ターゲット6を含み、その材料はアークによって蒸発する。磁石7によって生じるソース磁場によって、例えば、溶滴の発生を低減させるために、アークが特定の経路に沿って誘導される(いわゆる「制御アーク」)か、またはアークがターゲット表面上を多少とも自由に動くことが可能となる(いわゆる「ランダムアーク(random arc)」)かが決まり、後者では、多くの場合、ターゲットがより多く使用されることになり、より高い蒸発速度が得られる。アークの動作は作動ガス内で行うことができ、作動ガスは通常、不活性ガスである。通常は、アルゴンがこの目的で使用される。しかし、動作はまた、作動ガスと反応性ガスとの混合物を用いて、または反応性ガス中だけでも実施することができる。反応性ガスは、アークによって蒸発したターゲット材料と反応し、したがって対応する窒化物、酸化物、炭化物、およびそれらの混合物が形成される。ガスは、共用ガス入口8から、またはシステム全体にわたって分散配置された様々なガス入口から入ることができ、処理チャンバ内の工程圧力およびガス組成は、ガス流量計によって制御することができる。点火プローブ9、または別の電気点火装置を用いて、ターゲットにアークを点火することができる。バッフル板10を用いてターゲットを孤立させる(close off)ことができ、したがってアーク蒸発にもかかわらず、蒸発したターゲット材料は基材に到達しない。アーク蒸発用のアーク電流は、電力供給部11によって供給される。通常、電力供給部は、従来のDC電力供給部である。本明細書の実験では、パルス溶接でも一般に使用されている種類のパルス化電力供給部を使用した。したがって、一定のDC電流に、追加のパルス電流を重畳させることが可能である。この場合、休止中でも電流は完全にゼロに戻るのではなく、アークが消えてしまわないレベル(休止電流)で留まっていることが重要である。
【0046】
基材イオン電流に対する、アーク電流パルス化の効果をより徹底して調べることができるように、これらの実験では、ただ1つのソースだけを使用した。この材料だけに限られるものではないが、アーク蒸発にCrターゲットをまず選択した。Crターゲットを、作動ガスとしてアルゴン中で、アルゴンガス流量300sccm、DCソース電流140Aで動作させた。電流上昇時間は、電力供給部で1,000A/msの設定を選択することによって、一定に保持した。以下の実験全てにおいて、基材イオン電流は、典型的な、変形させていない基材ホルダで測定し、すなわち全体として測定した。総(積算)電流の測定値にはわずかな誤差が生じることがあり、その結果全てのイオンが基材ホルダで捕捉されるわけではなく、例えばチャンバ壁に衝突することもあることをここに書き添えておきたい。しかし、比較測定、および基材の高密度パッキング(dense substrate packing)のため、この誤差を考慮に入れることができ、その理由は、この誤差は、測定値の一般的傾向を不正確にするものではないと考えられるからであり、本明細書では単なる関連情報として理解されたい。DCソース電流を使用すると、平均基材イオン電流4.5Aが測定された(表1参照)。一方、パルス時600Aでパルス長0.5ms、パルス休止時50Aで休止長3.4msのパルス化ソース電流の場合、平均基材イオン電流7.8Aが測定された。この場合もやはり、時間平均アーク電流は同様に140Aであった。この場合、基材のイオン電流ピークは、実際には57.8Aであった。
【0047】
表1(図8)から以下の傾向を確認することができる。
アーク電流のパルス化によって、基材電流が増大する。
パルス電流と休止電流との差が大きいほど、パルス中の基材電流、および時間平均基材電流のどちらもより大きくなる。
【0048】
純粋な反応性ガス中、この場合は酸素中でのアークソース動作に関しても、基材電流に対する、アーク電流のパルス化による影響について調べた。比較として、ここでもやはりアークソースをDC電圧で動作させ、Crターゲットを用い、酸素流量を250sccmとした。上記によって、平均基材イオン電流1.7Aが得られた(同じく表1参照)。一方、パルス時600Aでパルス長0.5ms、パルス休止時50Aで休止長3.4msのパルス化ソース電流の場合、平均基材イオン電流3.5Aが測定された。この場合もやはり、DCの平均アーク電流と、パルス時の平均アーク電流とは同じ、すなわち140Aであった。この場合の基材イオン電流ピークは58Aであった。アルゴン中での動作で生じた傾向と同じ傾向が、反応性ガス中での動作においてもやはり認められる。純粋な酸素中での動作では、基材電流は、アルゴン中での動作に比べて低減する。アークソースのパルス化によって、この基材電流低減を少なくとも部分的に補償することができ、したがって、純粋な反応性ガス中で加工する場合でも、高い基材電流を実現することが可能となり、すなわち、作動(不活性)ガスを省略することができ、これは実際上、本明細書で対象とする前処理に有利である。
【0049】
この挙動は、単一元素のターゲットだけでなく、合金ターゲットにも当てはまることを実証するために、Al−Crターゲット、この場合、例えば、70at%/30at%の組成のAl/Crから構成されたターゲットを用いてさらなる試験を実施した。この場合もやはり、DCアーク動作をパルス化アーク動作と比較した。加工は、純粋な酸素雰囲気中で平均アーク電流200A、酸素流量400sccmの設定で実施した。次いで、比較として、アーク電流を休止時50Aと、パルス時約470Aとの間でパルス化させた。このパルス電流もやはり、時間平均200Aとなり、すなわちDCアーク電流に匹敵する。図2aおよび図2bは、これら2つの電流の経時的シーケンスを示し、これらの図では、アーク電流を負として任意にプロットした。図2aはDCアーク電流を示し、図2bはパルス化アーク電流を示す。
【0050】
この動作について測定した総基材イオン電流を図3aおよび3bに示し、この図では、基材電流のイオン電流部分を負として示し、電子電流を正として示している。図3aは、DCアーク電流を使用した場合の基材電流を示し、図3bは、ACアーク電流を使用した場合の基材電流を示している。
【0051】
Al/Crターゲットを酸素雰囲気中で使用すると、酸化物層が形成されることになるので、基材の加工は、双極基材バイアス(約25kHz)を用いて実施した。DC動作中、イオン流(負として示す)は、電子流(正軸)とは明らかに見分けることができる。基材イオン電流全体(すなわち負に示した電流全体)を積算すると、時間平均2.8Aとなる。パルス化アーク電流を用いた動作では、アーク電流周波数(約700Hz)と、基材バイアスのパルス周波数との重畳が、基材電流の電流曲線に反映される。この場合も同様に、基材イオン電流全体(負値範囲)から平均を取ると、平均イオン電流4.9Aとなり、すなわち基材イオン電流は、アークソースのパルス化によってほぼ2倍にすることができる。
【0052】
記載の例では、ソース供給部および基材バイアス供給部の動作は、これら2つの供給部を同期させないとして記載している。約25kHzでは、基材バイアス供給部の周波数は、ソース電流供給部の周波数(約700Hz)よりもかなり高い。ソース電流供給部の妥当なパルス周波数は、1Hz〜5kHzである。好ましくは、500Hz〜2kHzのパルス周波数が使用される。こうした重畳はまた、ソース電流のパルス化中にも基材電流に見られる。双極パルス化バイアスでは、DCバイアスに比べて総基材電流がわずかに低減する。
【0053】
2つの供給部を同期させた場合、(時間平均ではなく)パルスピークで、基材電流が急激に増大する。言い換えれば、バイアス電圧の周波数について、ソース電流に対応した周波数、またはその整数倍の周波数を選択する。しかし、負のピークでは、イオンがターゲットから基材に至る飛翔時間を考慮に入れるために、バイアス電圧を、ソース電流のピークに対して時間シフト(time−shift)させなければならない。この動作は、非常に高いエネルギーで短時間のイオン衝撃を実現する必要があるMIEにとって有利である。しかし、この動作には、主に、バッチシステムにおいて異なるバッチ負荷で動作させる場合、供給部を同期させる追加のいくつかの労力が伴う。この理由で、一般に、工程において認識され得るいかなる不都合も生じない限り、同期化は省略される。
【0054】
要約すると、アークソースのパルス化動作では、平均電流から明示されるように、ほぼ同じ蒸発電力で、除去速度を大幅に増大させることが遙かに容易であり、したがって層成長ゼロの範囲に容易にシフトできるという結果が得られた。
【0055】
上記を考慮すると、層厚成長がゼロの範囲では、双極基材バイアス供給部のデューティサイクル設定を用いて、実際には同じ基材電圧を維持しながらも、エッチング範囲から層堆積範囲にシフトさせるのに、追加のパラメータが利用可能となることもやはり明白である。本発明による方法では、基材バイアスは、DC電圧として動作させることができる。AC動作では、原則として実際には基材電流がわずかに低減するが、AC動作を用いると、基材から望ましくないアークが引き出されることを効果的に防止することができる。特に、低デューティサイクルによって、かかる望ましくないアーク発生を防止しやすくなる。
【0056】
以上、単一元素ターゲット、および合金ターゲットについて、不活性ガス中でのアークソースのパルス化動作によって、酸素中での動作結果と同様に、基材イオン電流が増大することを実証してきた。純粋な窒素反応性ガス中でのアークソース動作について、以下の別の実験でさらに調べるべきである。これに関する実験を表3にまとめている。まず、アーク電流200Aで、DC動作をパルス化動作と比較した。この例では、50at%/50at%のTi/Al組成を有するTi/Alターゲットを使用した(このターゲット材料、およびその組成に限定されるものではない)。アーク蒸発中、堆積チャンバ内の工程圧力が3.5Paとなるように窒素流量を調節した。DC動作では、基材電流は6.5Aとなった。パルス化動作の場合、同じ平均アーク電流200Aで、基材イオン電流17Aを実現することが可能であった。これらの試験は、アークを所定の経路に沿って誘導して、いわゆる「制御アーク」を生じるのに十分なほど強いターゲット磁場(MAG A)を用いて実施した。この種の動作の結果、アークが1カ所に留まる時間がより短時間となり、したがってアーク発生領域の溶融を最小限に保つことができるため、溶滴の形成が大幅に低減することが当業者には理解されよう。この例でもやはり、パルス化動作では、中程度の基材バイアス電圧でも、基材イオン電流を増大させ、この増大した基材イオン電流を用いて層厚成長をゼロとすることが可能であることが明白である。
【0057】
基材イオン電流に対する、反応性ガス圧力の影響を調べるために、同じターゲットをより高いアーク電流で用いて工程を実施した。ここでは、アークを特定のターゲット経路に沿わせない(ランダムアーク)弱いターゲット磁場(MAG B)を使用した。窒素圧力9Paでの動作で、基材イオン電流を8.7Aから12Aまで増大させることが可能であった。圧力3.5Paでは、基材電流は、19Aから25Aまで増大した。この場合もやはり、パルス化アーク電流の基材イオン電流の増大に対する肯定的な影響が明白に実証されている。
【0058】
表3(図10)の結果に照らして、本方法の目標を再検討したところ、以下の結果が得られる。
反応性ガス窒素中でも、アークソースのパルス化動作によって、基材イオン電流が増大する。
基材電流の増大は、ランダムアークよりも、制御アークの場合の方が遙かに顕著である。
制御アークでは、パルス化によって、蒸発速度および基材イオン電流のどちらも増大するが、基材イオン電流の増大の方が比較的大きい。
ランダムアークでは、蒸発速度の変化はほんのわずかであるが、基材イオン電流はかなり増大している。
要約すると、ここでもやはり、パルス化動作によって、基材バイアスが低くても、基材イオン電流を増大させることが可能であるので、パルス化動作は層成長ゼロの実現に寄与すると言える。
【0059】
パルス化動作における電流上昇の勾配もやはり、基材電流に影響を及ぼし得ることが、表1の結果から示唆される。したがって、研究を実施し、これらの研究結果を表2に示す。各試験は常に、同じ休止時アーク電流(70A)から開始し、次いで、パルス電流まで急上昇させた。急上昇の様々な勾配を、電力供給部で設定した。基材ピークイオン電流を、パルスの様々な勾配の関数として、また、パルス電流の関数として測定した。表の1行目と2行目を比較すると、パルスの勾配がより大きくなると、ピーク基材イオン電流が35Aから40Aに増大することが明らかに示されている。表2はまた、約1,000A/msでは、電流上昇の勾配によって、基材イオン電流が大幅に増大することを示している。250A/ms〜750A/msのより短い上昇時間では、ほとんど影響がない。
【0060】
上記結果に基づくと、電流上昇時間の増大は、基材電流の増大に重大な影響を及ぼし得ることが理解できよう。しかし、上記を図1に示す種類のパルス化電力供給部として使用する電力供給部によって実施しなければならない場合、これは技術的に困難である。今日市販されている電力供給部では、電流上昇時間を約50,000A/ms、すなわち表2(図9)に示す最大値の50倍まで増大させるには、大規模な技術的および経済的投資が必要となり、一般には実現が困難である。さらに、こうした電流上昇時間では、電力ケーブルのケーブルインピーダンスが重要な役割を果たし、パルス波形に影響を及ぼし、すなわち勾配を低減させる。
【0061】
図4は、高電流でも非常に高いパルス周波数を実施するのに適した工程手法(「二重パルス法」)を示す。この手法では、双極電圧または電力供給部(13、双極基材バイアス供給部と混同のないよう留意されたい)を2つのアークソースの間で動作させ、これらのアークソースはそれぞれ、通常のDC電力供給部(12)によってさらに電力供給される。かかる構成の利点は、双極供給部を、2つのアーク蒸発ソースのイオン化前プラズマ中で動作させるという点にある。上記によって、プラズマを数百キロヘルツの範囲の周波数で非常に高速にパルス化することが可能となり、本質的にソース電力供給部の電流の大きさに相当する電流が可能となる。供給部13の双極電流の大きさは、アークソースを流れる総電流が保持電流を下回ることがないように、すなわちアークが消えることはなく、絶えず動作させることができるように適合させるだけでよい。
【0062】
図5aの例は再度、DC動作でアークソースを流れるアーク電流を示している。この場合もやはり、純粋な酸素反応性ガス中で、200Aで、70at%/30at%の比率のAl/Crから構成されたターゲットをやはり用いて動作を実施した。図5bは、アークソースを双極パルスと重畳させた際のアーク電流を示し、このアークは、周波数25kHzで50Aと350Aとの間でパルス化させていることが明白である。これは、時間平均200Aの電流に相当する。この場合もやはり、DCアーク動作を用いた対応する基材イオン電流(図6a)を、双極動作での基材イオン電流(図6b)と比較した。ここでは、電流上昇速度を周波数によって示し、この周波数は、106A/s程度である。しかし、この電流上昇速度は、周波数を100kHzまたは500kHzに増大させることによって容易にさらに増大させることができる。
【0063】
図6aおよび6bの比較によって実証されるように、ソースの「二重パルス化」によっても同様に、基材電流が大幅に増大することになる。平均基材電流は、アークソースのDC動作時の3.8Aから、パルス化動作時では6Aに増大し、すなわち約50%増大している。
【0064】
上記から、基材イオン電流の増大は、単にパルスパラメータを変えることによって行うことができ、すなわち電気的に容易に調整することができ、したがって、例えばバイアス電圧、またはソース電流、またはガス圧力を変動させる必要のないパラメータを自由に選択することができる。この工程手法は、対応する電力供給部を用いて容易に実施でき、システムに追加のソースは必要でなく、通常のアークソースを使用することができる。作動ガスを排除し、反応性ガス中だけで動作を実施することが可能である。
【0065】
次いで、アークソースをパルス化させる両動作モードを基材の前処理に使用した。両動作モードとも、(少なくともランダムアーク動作では)陰極材料の蒸発速度は、DCでの蒸発速度とそれほど変わらないので、これらの動作モードでは、アークソースのパルスによって多価金属イオンがまず生成され、こうした多価金属イオンによって基材電流が増大すると仮定することができる。この仮定はまた、Oks,E.M.他、Rev.Sci.Instrum.77(2006)03B504などの刊行物によっても支持されている。しかし、アークソースをパルス化すると、主に反応性ガスによって単一イオン化もさらに生じる。
【0066】
蒸発速度を大幅に増大させずに、基材イオン電流を増大させることによって、より優れたエッチング効率が得られる。言い換えれば、同じ基材バイアスで、より高速のエッチングを実現することができる、またはより低いバイアスで同じエッチング速度を実現することができる。電流120AでアークソースをDC動作させる際、基材バイアス800Vで加工すると、例えば、デュアルローテーション(dual rotation)で基材エッチング速度14nm/minが得られる。こうした条件下では、バイアス300Vで、この工程は、層堆積とエッチングとがほぼ平衡に近くなる。
【0067】
同じ平均アーク電流であれば、パルスパラメータを用いて、基材イオン電流を50%増大させるように設定すると、基材バイアス800Vでエッチング速度が23nm/minまで増大し、あるいは、層堆積とエッチングとが平衡に達するように、基材バイアス約200Vを使用してもよい。
【0068】
また、工程を800Vではあるが、50%のデューティサイクルだけで動作させるように、基材バイアス供給部のデューティサイクルを変えることも可能であり、このように、より高い電圧でも、すなわち高いイオンエネルギーでも、エッチングと層堆積との平衡が実現され、したがってイオンエネルギーに依存した基材表面上の事象を制御することができる。
【0069】
製造バッチのエッチング速度を数学的に推定するのは困難であるので、所定の蒸発器出力によって、層堆積とエッチングとの平衡を識別するのが賢明である。3分の基材前処理で、PVD層の接着性が大幅に改善することが既に実現されている。この点について、当業者に既知のスクラッチ試験を用いて、接着性を測定した(ISO1071、ASTM G171参照)。
【0070】
しかし、ソースのパルス化は、基材電流を増大させるだけでなく、陰極点の運動にも影響を及ぼし、パルス化によって、陰極点に偏向が生じる。パルス化中の電流の強力な変動によって、アーク経路に影響を及ぼすのに十分なほど強力な電磁界が生じる。上記の肯定的側面は、アークが特定の位置に留まる時間が短縮されるため、主に大きな金属溶滴の数が減少することである。
【0071】
基材イオン電流の増大はまた、より低い平均ソース電流で動作させることが可能であるという点からも有利である。ソース電流もまた、溶滴形成の減少と同調して低減することが当業者には理解されよう。
【0072】
国際公開WO2006099760号には、酸化物堆積法に制御アークを使用可能とするためのソース電流のパルス化について記載されている。アークが制御経路だけを進み、ターゲット表面がこの経路外では完全に酸化し、それによってアーク動作が不安定になることを防止するために、アーク発生をパルス化させた。その結果、ターゲットの制御アーク領域以外での酸化が防止された。ここで、同様に制御アークをパルス化と組み合わせると、以下の実験的観測が得られる。
・制御アークでは、ターゲット材料の蒸発速度は低くなるが、溶滴形成の頻度が激減する。
・制御アークのパルス化によって、ターゲット材料の蒸発速度は確かに増大するが、それよりも基材イオン電流の方が遙かに増大する。
【0073】
このように、基材の前処理に理想的な状態を実現することが可能であり、この状態では、溶滴形成の頻度が大幅に減少する。
【0074】
上記で既に実証してきたように、陰極アーク蒸発は、反応性工程に極めて良く適している。スパッタ法とは対照的に、反応性ガスを極めて容易に調節することができ、ターゲットを汚染することなく、余剰の反応性ガスを用いて動作させることが可能である。さらに、反応性ガス工程では、アルゴンなどの作動ガスを排除し、窒素または酸素などの純粋な反応性ガス中で動作させることが可能である。したがって、不活性ガスが基材表面に組み込まれる危険がない。上記によって、応力による基材表面の脆弱化だけでなく、不活性ガスの層中への拡散または組込みによる不安定性もまた回避される。
【0075】
金属のイオン化に加えて、ソースのパルス化もやはり、反応性ガスをイオン化させ、これらも同様に用いて基材表面を「処理する」ことができる。冒頭で述べたように、前処理の目標は、顕著な材料除去でも顕著な層成長でもないので、本明細書では、エッチング段階については意図的に言及していないことを強調しておきたい。本工程は、エッチングと層堆積との間である種の平衡が保証され、金属イオンが基材表面中に拡散し、表面上の「不安定な」基材成分に注入される、または反応することができるように、できる限り多くのエネルギーを基材表面中に導入するイオン衝撃が生じるように正確に設定される。
【0076】
この工程は、特にバッチシステムでの製造条件下では、容易に制御することができない。原理上、バッチ負荷が変動すると、層堆積/エッチング率が新しくなる。鋭利な縁部では、基材はより強力な電界を有し、したがってエッチングが強化されることにも留意する必要がある。この理由からも、ソースによって発生する蒸気が、最も高いイオン比率、主に高荷電イオンを有することができる場合、ソースを層堆積ゼロの範囲内で容易に動作させることができ、これには比較的低い基材バイアスの境界条件(boundary condition)で十分であるので、この工程は有利である。
【0077】
金属イオンエッチングは、少なくともアークソースのパルス化動作で生じる多価イオンに関しては、拡散工程を用いたスパッタ効果、基材の最外表面への注入、および主に多価イオンの基材表面に対する互いの反応を評価できる理論的見地からはまだ十分に研究されてきてはいない。しかし、全くの経験的見地から、本工程の結果として、PVD層の金属基材への接着性が大幅に改善されることが観察できる。これは、特にHSS、特に硬金属基材に当てはまる。
【0078】
したがって、基材前処理の工程パラメータを適合させる際、第1の段階は、常に較正を実施して、あるターゲット材料、ソース電流、ソース電流のパルス波形、ソース磁場、基材バイアス、作動ガス圧力、および/または反応性ガス圧力に関して、システムのバッチ負荷に依存して30秒〜10分の間、基材上で層成長が生じないか、または20nm未満の層成長しか測定されないように工程ウィンドウを確立することであった。上記を実現するために、金属基材だけでなく、分析の目的で、シリコンウェハ試料もこのシステムで処理した。シリコンウェハでは、当業者には既知であるRBS分析を使用すると、わずかな層厚でも特に容易に測定することができる。
【0079】
多価イオンを多く得るために、大部分の時間、動作を、できる限り低いソース電流で、できる限り急勾配のパルスを用いて実施した。次いで、ソース(複数可)のかかる動作から得られる層を、様々なバイアス電圧、典型的には40V〜1,200Vのバイアス電圧について測定した。次いで、結果として得られた依存関係を用いて、基材上の成長をほぼゼロ(±5nm)に設定するように工程パラメータを選択した。
【0080】
この種の基材前処理では、基材表面に導入された主に多価イオンの高エネルギーによって、基材の成分と化学反応する可能性、または基材表面領域において拡散工程が誘発される可能性があることが重要であると思われる。
【0081】
それだけに限定されるものではないが、クロムから構成されたターゲットソースのイオンとの炭化物の形成は、特に重要であることをここで明記しておきたい。アルゴンガスを用いた従来のエッチング工程の場合、その目的は、基材表面の遊離粒子、例えば研磨工程の残留物を、実際の堆積工程を開始する前に除去するように、基材表面から材料を除去することである。多くの場合、この従来の方法は、上記で簡単に説明した基材前処理を実際に開始する前に行われ、その理由は、基材前処理は、残留している粗大残留異物が基材表面から除去されている場合にのみ、意味を成すことは自明であるからである。本明細書で対象とする基材前処理段階では、多価クロムイオンが基材表面に衝突する場合、当然ながらスパッタリング工程も生じる。しかし、多価イオンによる数倍のエネルギー入力によって、化学反応も同時に引き起こされる。しかし、上述のように、本発明の基材前処理の目標は、材料の除去ではなく、化学反応の促進にある。クロムイオンが今や十分に高いエネルギーを有する場合、例えば、主に炭化タングステン、ならびに少量のタングステン元素および炭素から構成され、典型的には結合剤としてコバルトも含有する硬金属基材(ねじ切りインサート)では、炭化クロムおよび/またはCr、Co、およびWの混晶を形成することができる。クロムイオンの比率が高いほど、炭化物がより多く形成されることになる。多価イオンの比率が大きく関与し、その理由は、多価イオンによって事実上数倍のエネルギーが導入され、したがって、基材中に浸透し、幾分深いレベルに位置する成分とも反応することができるからである。
【0082】
X−TEMによる位相分析によって、クロムを含有した炭化物相の存在が確証された。こうしたクロム炭化物相は、基材電流のわずかな増大に伴って既に見られたが、チタンの場合、いかなる炭化物の形成も検出するために、より高い基材イオン電流およびより高い基材バイアスで加工する必要があった。
【0083】
イオンによる基材表面へのエネルギー入力によって促進される拡散工程に関して、追加の実験結果について1つ言及しておきたい。RBSおよびSIMSを用いた観察によって、基材前処理後、コバルト(結合剤)が基材表面中に著しく拡散したことが実証された。接着性の線形改善、および工具のより優れた性能もやはり、ウェット洗浄段階によって脱コバルト化した硬金属表面を再度「修復」し、コバルトを表面の方に拡散させることによって十分な強度を回復することによって得られた。
【0084】
反応性ガス単独中でのアークソースの動作もやはり可能であることは、上記で既に述べた通りである。しかし、反応性ガス中で、主により高い圧力で動作させると、基材電流が低減する可能性がある。この低減は、多価金属(ソース)イオンと、反応性ガス原子との電荷移動反応によるものである。この場合、アークソースのパルス化動作が、2つの見地から役立つ。一方では、アークソースのパルス化によって多価金属イオンが生じるため、基材電流が増大し、他方では、アークソースのパルス化によってイオン化が高くなるため、反応性ガスの化学反応性もやはり増大する。その結果、金属ガスイオンと、基材表面の成分との化学反応が生じるだけでなく、例えば窒素と基材表面の成分との反応も生じ、したがって窒化物が形成される。
【0085】
とりわけ酸化セラミクスなどの非金属基材についても、反応性ガスとして酸素を用いた基材前処理では、主に酸化物層を堆積させる際に、層接着性に大幅な改善が実証された。この工程は、RF基材バイアスの印加によって、さらに強化することができる。
【0086】
最後に、より高い反応性ガス圧力によって、溶滴形成がさらに低減するが、ソースのパルス化によって、基材電流の損失を補償することが可能となることも書き添えておきたい。
特に、ねじ切りインサートまたはある種のHSSなどの硬金属基材の通常のウェット化学前処理では、特定の材料成分が基材表面で欠乏する(例えば、硬金属の結合剤の欠乏、硬金属では結合剤にコバルトが多用される)結果となることがある。これは、特に、その後付着させる硬材料層(TiC、TiCN、Al2O3)をより良く支持するために刃先により高い強度を与えるように、基材表面に向けてコバルト濃度を増大させているねじ切りインサートでは重大である(米国特許第04497874号参照)。本発明者は、本発明による上述の方法が、コバルトの基材表面に向けた拡散を引き起こし、したがって、ウェット化学前処理によって生じた損傷をほぼ補償することができる一助となることを見出すことができた。これまでは、層の接着性を保証するために、堆積チャンバ内でより長いエッチング段階によって損傷層を除去しなければならなかった。本発明者はまた、この修復工程は、特に刃先、特にねじ切りインサートの場合、基材の刃先でイオン衝撃が増大するため、非常に有効であることを確証することができた。これは、1つには、イオン衝撃の増大は、縁部半径が小さい幾何形状にバイアスを印加したときに生じる電界強化によって引き起こされることから説明できる。本明細書ではコバルト拡散の例で説明してきたが、上記は、基材表面を熱的に制御する他のタイプの「修復工程」にも本質的に関連する。
【0087】
別の有利な実施形態は、タングステンの炭化物相に関する。この点について、タングステンのかかる炭化物相(いわゆるイータ相、米国特許第04830886号参照)は脆弱で、その後付着させる硬材料層の接着不良の原因となることがCVD技術から知られている。本発明者は、本発明による方法を用いると、本方法で使用する高エネルギー金属イオンによって、不安定な炭素化合物および未結合の炭素を、安定した炭化物または混合結晶にうまく変換させることが可能であることを確証した。
【0088】
上述の化学反応の誘発に加えて、主にやはり多価イオンによって、基材表面、特に工具の刃先で生じるイオン衝撃が高温であることによっても、使用したターゲット材料および基材材料両方の拡散工程が促進される。本発明者は、例えばTiの基材表面の最外層中への拡散が、同様にTi、例えばTiN、TiCNまたはTiAlNを含む硬材料層の接着性に有利であることを確証した。基材中へのターゲット原子のこうした拡散は、非常に異なる物理的特性、および機械的特性を備えた硬材料層同士の好ましい接着性遷移(adhesive transition)を実施したい場合、例えば、酸化アルミニウムまたは酸化アルミニウムクロムまたは窒化ボロンまたは窒化シリコンを硬金属上に直接堆積させたい場合、特に有利である。したがって、本発明は、これらの層を硬金属上に堆積させる非常に優れた方法を提供する。
【0089】
本発明者はまた、この拡散方法を多層システムの遷移にも使用できることを確証した。この点について、到来するイオンのエネルギーを、主に基材表面領域に限定することができ、また、従来の処理前段階は通常、ほんの数分しか持続せず、事実上、基材表面、およびこの場合もやはり特に刃先が高温になるが、基材全体が過剰な熱応力を受けることはない点が大変有利である。
【0090】
上述の拡散工程は、イオン衝撃中の局所的な温度上昇によって引き起こされるので、処理後は、基材層の遷移領域は、その後切断を行う際にも熱的に安定であり、切断に伴う基材の温度上昇でも、それに対応して工具使用中の望ましくない拡散工程が低減する。
【0091】
上述の事実に基づいて、本方法は、硬質材料層の合成に使用することができる材料から構成されたターゲットを使用することが可能であり、すなわち、拡散工程および化学反応は、その後層に戻る材料を用いて実施されるという別の利点を有する。したがって、本方法を用いると、化学反応工程および拡散工程を意図的に引き起こすために、合金ターゲットおよび様々な反応性ガスを使用することも可能である。
【0092】
処理前段階をやはり、反応性ガスと共に使用して、例えば基材表面中の金属成分を、高温安定であり、かつその後堆積させたい層の核生成挙動に対して所望の影響を及ぼす化合物に変換させることができる。アルミニウムまたはクロムのコランダム相の形成を、この例として挙げておきたい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電流を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースをコーティングする方法であって、
材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面へ注入し、前記注入される金属イオンは、適用される層の成分である金属のイオンを含むように金属イオン衝撃によって前記ワークピースを前処理するステップと、
前記層を前記前処理した基材表面へ直接堆積させるステップと、
を有する方法。
【請求項2】
ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電極を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースに多層システムを生成する方法であって、
前記多層システムの1つの層から隣接層への少なくとも1つの遷移において、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面または前記多層システムの1つの層へ注入し、前記金属イオンは、前記基材表面または前記多層システムの次の層の成分である金属のイオンを含む前記多層システムの1つの層へ注入されることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、炭化物層、酸化物層及び窒化物層の少なくとも1つであることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、単数または複数の金属成分を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、Ti、Al、B、Si、TiAl及びAlCrの少なくとも1つを含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、窒化チタン、炭窒化チタン、窒化チタンアルミニウム、酸化アルミニウム、酸化クロムアルミニウム、窒化ホウ素及び窒化ケイ素の少なくとも1つであることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法であって、前記注入される金属イオンは、前記基材表面に堆積される前記層の前記金属成分または多層システムの次の層の前記金属成分であることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法であって、前記アーク蒸発ソースはパルス状で動作することを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理中、酸素を含む反応性ガスが前記真空処理システム内に入れられることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理にはターゲットが使用され、前記ターゲットは次に前記酸化物層を合成するためにも使用される材料によって構成されることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理には合金ターゲットが使用されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法であって、前記イオンの前記基材へ向かう加速によって、このように合成された前記層がこれによって高い密度と高い圧力になるように前記バイアス電圧が選択されることを特徴とする方法。
【請求項1】
ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電流を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースをコーティングする方法であって、
材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面へ注入し、前記注入される金属イオンは、適用される層の成分である金属のイオンを含むように金属イオン衝撃によって前記ワークピースを前処理するステップと、
前記層を前記前処理した基材表面へ直接堆積させるステップと、
を有する方法。
【請求項2】
ターゲットとして実装され、アーク蒸発ソースの一部である第1電極であって、前記第1電極によってアーク電極を用いて動作し、材料を蒸発させるアークを有する第1電極と、ワークピースホルダとして実装される第2電極であって、前記ワークピースと共にバイアス電極を構成し、前記バイアス電極にはバイアス電圧が印加される第2電極と、を有する真空処理システム内でワークピースに多層システムを生成する方法であって、
前記多層システムの1つの層から隣接層への少なくとも1つの遷移において、材料の大幅な除去または材料の大幅な積層を起こさずに、金属イオンを基材表面または前記多層システムの1つの層へ注入し、前記金属イオンは、前記基材表面または前記多層システムの次の層の成分である金属のイオンを含む前記多層システムの1つの層へ注入されることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、炭化物層、酸化物層及び窒化物層の少なくとも1つであることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、単数または複数の金属成分を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、Ti、Al、B、Si、TiAl及びAlCrの少なくとも1つを含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法であって、前記層または前記多層システムの1つの層は、窒化チタン、炭窒化チタン、窒化チタンアルミニウム、酸化アルミニウム、酸化クロムアルミニウム、窒化ホウ素及び窒化ケイ素の少なくとも1つであることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法であって、前記注入される金属イオンは、前記基材表面に堆積される前記層の前記金属成分または多層システムの次の層の前記金属成分であることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法であって、前記アーク蒸発ソースはパルス状で動作することを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理中、酸素を含む反応性ガスが前記真空処理システム内に入れられることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理にはターゲットが使用され、前記ターゲットは次に前記酸化物層を合成するためにも使用される材料によって構成されることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法であって、前記前処理には合金ターゲットが使用されることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法であって、前記イオンの前記基材へ向かう加速によって、このように合成された前記層がこれによって高い密度と高い圧力になるように前記バイアス電圧が選択されることを特徴とする方法。
【図1】
【図2a】
【図2b】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2a】
【図2b】
【図3a】
【図3b】
【図4】
【図5a】
【図5b】
【図6a】
【図6b】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2012−177198(P2012−177198A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−90972(P2012−90972)
【出願日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【分割の表示】特願2011−536809(P2011−536809)の分割
【原出願日】平成21年10月27日(2009.10.27)
【出願人】(598051691)エリコン・トレーディング・アクチェンゲゼルシャフト,トリュープバッハ (44)
【氏名又は名称原語表記】Oerlikon Trading AG,Truebbach
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【分割の表示】特願2011−536809(P2011−536809)の分割
【原出願日】平成21年10月27日(2009.10.27)
【出願人】(598051691)エリコン・トレーディング・アクチェンゲゼルシャフト,トリュープバッハ (44)
【氏名又は名称原語表記】Oerlikon Trading AG,Truebbach
【Fターム(参考)】
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