説明

SARSコロナウイルスのmembrane(M)蛋白質に結合し、M蛋白質とnucleocapsid(N)蛋白質の結合を阻害するペプチド、およびM蛋白質とN蛋白質との相互作用解析システム

【課題】SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害し、ウイルス粒子の形成を阻害する物質、および該物質のスクリーニング方法の提供。
【解決手段】特定のアミノ酸配列を有するペプチドならびに基板上に固相化したM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドに、固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとM蛋白質とN蛋白質の結合阻害候補物質を添加し、固相化した蛋白質またはペプチドと固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとの結合が阻害する物質をM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質として選択する、SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーズコロナウイルス(SARS coronavirus)由来のN蛋白質とM蛋白質の相互作用解析システム、M蛋白質とN蛋白質との相互作用を阻害するペプチド、該ペプチドおよび該ペプチドの構造情報を基に作製された化合物、ならびに該ペプチドを認識する抗体を用いた上記ウイルス感染症の治療・診断・予防に関する。
【背景技術】
【0002】
SARSコロナウイルスが関与する重症急性呼吸器症候群(SARS)は致死率の高い疾患であるが、その重症化の機構は明らかになっていない。SARSコロナウイルス(SARS-CoV)の増殖に必須なウイルス粒子形成には同ウイルスのM蛋白質およびN蛋白質の相互作用が必要である(非特許文献1)。またM蛋白質はウイルス粒子表面上に発現する蛋白質であり、ウイルス検出の標的として好適である。SARSウイルス患者体内には、M蛋白質またはN蛋白質の部分ペプチドを認識する抗体が存在することが報告されている(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、SARSコロナウイルスにおけるM蛋白質とN蛋白質との相互作用を的確に解析するシステムは構築されていなかった。
【0004】
【特許文献1】特開2005-263773号公報
【非特許文献1】Huang Y, Yang ZY, Kong WP, Nabel GJ. Generation of synthetic severe acute respiratory syndrome coronavirus pseudoparticles: implications for assembly and vaccine production. J Virol. 2004 78(22):12557-65.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術からはSARS-CoVの粒子形成にM蛋白質とN蛋白質の相互作用が重要であることが示唆されていた。しかし、従来の知見からはM蛋白質とN蛋白質の結合様式、例えばそれぞれの蛋白質のどの部位が結合に関わっているのかは明らかにされていなかった。本発明者は、SARS-CoVの感染後の増殖はM蛋白質とN蛋白質の相互作用を阻害することによって抑制され得ると考えた。本発明は、M蛋白質およびN蛋白質の相互作用の解析方法、および同方法を用いたウイルス粒子形成阻害物質スクリーニング方法の提供、ウイルス粒子形成阻害ペプチド、該ペプチドを認識する抗体もしくは該ペプチドの構造情報に基づいて作製した化合物の提供、ならびに該ペプチド、該ペプチドを認識する抗体もしくは該ペプチドの構造情報に基づいて作製した化合物を利用したSARSコロナウイルス感染症の診断・予防・治療法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、SARSコロナウイルスによるSARSの発症機序を解明し、さらに診断、予防および治療法を確立するために、SARSコロナウイルス感染患者由来の抗体が結合するM蛋白質部分ペプチドを活用し、M蛋白質とN蛋白質相互作用解析システムを確立し本発明を完成させた。
【0007】
本発明は配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチド、あるいは配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドであって、全長のN蛋白質ではないペプチドである。本発明のペプチドには生体内に投与した場合に安定性を向上させるため、または標的細胞に効率的に送達させるため、あるいは治療に有利な他の理由により、他のペプチドを付加した改変誘導体も含まれる。
【0008】
さらに、本発明は、上記のペプチド等の化合物を提供するための、配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドをコードするポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクター、および該発現ベクターを含む宿主細胞である。
【0009】
組換えDNA技術により配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチド等の製造方法は、ポリヌクレオチドを含む上記のベクターによって形質転換された宿主細胞を培養する工程と、上記宿主細胞が産生するペプチドを回収し精製する工程が必要である。本発明はこれらの各工程および製造方法を含む。
【0010】
さらに、本発明は、N蛋白質とM蛋白質の相互作用解析方法およびこれを応用した相互作用阻害物質スクリーニング方法である。一例として、SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法であり、基板上に固相化したM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドに、固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとM蛋白質とN蛋白質の結合阻害候補物質を添加し、固相化した蛋白質またはペプチドと固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとの結合が阻害する物質をM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質として選択する、SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法がある。基板上に固相化するペプチドとしては、配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドおよび配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドであって、全長N蛋白質を除くペプチドが挙げられる。スクリーニングは、ELISAまたは表面プラズモン共鳴法で行うことができる。例えば、以下の工程を含む方法がある。
【0011】
1)M蛋白質またはN蛋白質の全長を網羅した10〜20残基のアミノ酸を有する複数のペプチドを基板に固相化し、SARSウイルス感染患者体内で産生される、N蛋白質またはM蛋白質に対する抗体が認識し得るN蛋白質またはM蛋白質の全長または部分ペプチドを添加する工程、
2)1)の工程で用いたSARSウイルス感染患者由来抗体を用いて、固相化したM蛋白質またはN蛋白質の部分ペプチドに結合したN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドを検出する工程、
3)2)の工程の結果、添加したM蛋白質あるいはN蛋白質が最も多く結合した固相化N蛋白質の部分ペプチドまたはM蛋白質の部分ペプチドを、M蛋白質とN蛋白質の阻害物質候補ペプチドとする工程、ならびに
4)M蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドを固相化し、2)の工程で用いた抗体が結合するN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドならびに3)の工程で同定した阻害物質候補ペプチドを添加し、2)の工程で用いた抗体を用いて、上記阻害物質候補ペプチドのうちM蛋白質またはその部分ペプチドとN蛋白質またはその部分ペプチドとの結合を阻害する候補物質をM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質とする工程。
【0012】
さらに、本発明は、上記の方法によって同定したSARS-CoVのM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質である。
【0013】
上記の配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチド等の阻害物質は、上記のM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質の同定方法によりM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質をスクリーニングする場合に、陽性対照物質として用いることができる。
【0014】
さらに、本発明は、上記のM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質を有効成分として含む、SARS-CoVに感染した患者の治療のための医薬組成物である。この医薬組成物をSARS-CoVに感染した患者体内に投与することにより、M蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する。その結果SARS-CoVの粒子形成を阻害することによって、患者体内で当該ウイルスの増殖が抑制されることが期待できる。
【0015】
さらに、本発明は、SARS-CoV感染患者へ適用する治療のための組成物として、本発明のポリヌクレオチドを含むベクターを含む発抗SARS-CoV DNAワクチンである。該ワクチンの詳細については実施例3に記す。
さらに、本発明は、上記発現ベクターを含む遺伝子治療用医薬組成物である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のM蛋白質およびN蛋白質の相互作用解析システムならびにM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害するペプチドは、SARS-CoVのかかわる疾病のメカニズム研究、診断、および治療に役立てることができ、さらに診断法、診断キット、治療法および治療薬の開発に役立てることができる。
【0017】
特に治療についての効果としては下記実施例4に記載したように、本発明ペプチドを用いることによりM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害し、SARS-CoVのウイルス粒子形成を阻害することができ、その結果SARS-CoV増殖を阻害することが期待できる。また、実施例3に記載したように、本発明のペプチドをコードするDNAをベクターに挿入し、SARS-CoVに感染した哺乳動物に投与することによって生体内にN蛋白質に対する抗体を形成せしめ、SARS-CoVのかかわる疾病に対する治療効果を期待することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質は、M蛋白質またはN蛋白質のそれぞれN蛋白質またはM蛋白質と結合する部位に結合し、競合的にM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質である。物質の種類は限定されないが、例えば、M蛋白質とN蛋白質の結合を阻害するペプチドであり、M蛋白質またはN蛋白質のそれぞれN蛋白質またはM蛋白質との結合部位に結合し、競合的にM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害するペプチドである。このような、ペプチドとして例えば、M蛋白質またはN蛋白質のそれぞれN蛋白質またはM蛋白質との結合部位に結合する部分ペプチドが挙げられる。一例として、配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドがある。また、本発明のペプチドは、配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドであり、N蛋白質の全長配列からなるペプチドを除くペプチドである。このようなペプチドとして、例えば、配列番号1に表されるN蛋白質のアミノ酸配列の連続した部分アミノ酸配列であって、配列番号12に表される部分を含むアミノ酸残基数15から421、15から400、15から350、15から300、15から250、15から200、15から150、15から100、15から90、15から80、15から70、15から60、15から50、15から40、15から30、15から25または15から20のアミノ酸配列からなるペプチドが挙げられる。
【0019】
さらに、本発明の配列番号12に表されるアミノ酸配列を含み、配列番号1に表されるN蛋白質のアミノ酸配列の連続した部分アミノ酸配列からなるペプチドにおいて、配列番号12に表されるアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換または付加されていてもよい。1個または数個のアミノ酸の欠失、置換または付加とは、1〜10個、好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1個または2個のアミノ酸の欠失、置換または付加をいう。
【0020】
上記の本発明のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合の阻害ペプチドは上記のぺプチド合成法のみならず、公知の組換えDNA技術を用いて形質転換した宿主細胞を用いても作製することができる。このためには、ペプチドをコードするDNAやRNAの組換え核酸分子を作製する。組換えDNA及び/又はRNA分子の作製方法は当業界で公知である。例えば、本発明のペプチドをコードする塩基配列を適当な制限酵素を用いてDNAから切り出し、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によりその後のクローニングのために有用な制限部位を挿入した関連配列を作製することができる。また、本発明のペプチドをコードするDNA/RNA分子はホスホルアミダイト法のような化学合成技術を用いて合成することができる。
【0021】
本発明は、M蛋白質とN蛋白質の結合を阻害するペプチドをコードするDNAを含むベクターおよび該ベクターを含む宿主細胞をも包含する。前記ベクターは適当な発現制御配列に作動的に連結した本発明のペプチドをコードするDNA分子を含む。発現制御配列には、プロモーター、アクチベータ、エンハンサー、オペレーター、リボソーム結合部位、開始シグナル、終止シグナル、キャップシグナル、ポリアデニル化シグナル、及び転写または翻訳の制御に関与する他のシグナルが含まれ、これらの発現制御配列は公知の方法により、本発明のペプチドをコードするDNAと連結し、ベクターに組込むことができる。
【0022】
本発明のペプチドをコードするDNA分子を含むベクターを用いて適当な宿主を形質転換することができる。形質転換は公知の方法を用いて行うことができる。
【0023】
宿主細胞としては、多数の市販されている公知の宿主細胞を使用することができる。宿主細胞は、複数の要因に依存して選択すればよい。これらの要因には、例えば選択発現ベクターとの適合性、DNA分子によりコードされるペプチドの宿主細胞への毒性、形質転換効率、ペプチドの回収の容易さ、発現特性、生物安全性及びコスト等が含まれる。宿主によりこれらの要因を適宜変更することにより、DNA分子を効率的に発現させることができる。
【0024】
本発明で用いる微生物宿主には細菌(例えば、大腸菌)、酵母(例えば、Saccharomyces sp.及びPichia pastoris)、真菌、昆虫、植物、哺乳動物(ヒトを含む)細胞および当業界で公知の他の宿主が含まれる。形質転換した細胞を所望のペプチドが発現するように公知の発酵条件下で培養すればよい。その後、ペプチドが発現している発酵培養物または宿主細胞からペプチドを公知の方法により精製することができる。
【0025】
本発明は、さらにSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質を同定する方法を包含する。該方法は、N蛋白質またはM蛋白質由来のペプチドライブラリーを用いて行うことができる。ここで、ペプチドライブラリーとは、M蛋白質またはN蛋白質の全長アミノ酸配列を網羅した部分ペプチドの集まりをいい、ペプチドの両側末端の数アミノ酸がオーバーラップするようにデザインした6〜20アミノ酸、好ましくは10〜20アミノ酸の部分ペプチドからなる。例えば、N蛋白質について、15アミノ酸のペプチド42種類からなるペプチドライブラリーを用いることができる。ペプチドライブラリーの各ペプチドは、ELISAの固相化に使用することができる。
【0026】
本発明のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質を同定する方法で用いる抗体は、M蛋白質またはN蛋白質の部分ペプチドであって、SARSコロナウイルス感染患者体内で産生される抗体が認識する部分ペプチドを認識する抗体である。該抗体が認識する部分ペプチドは、M蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドと抗体の複合体がM蛋白質もしくはその部分ペプチド-N蛋白質もしくはその部分ペプチド-抗体、またはN蛋白質もしくはその部分ペプチド-M蛋白質もしくはその部分ペプチド-抗体の形態で形成される限り、限定されない。SARS-CoV感染患者より採取した血液試料と特開2005-263773号公報に記載の数種のM蛋白質部分ペプチドとの反応性を調べ、該患者体内に存在する抗体が認識する部分ペプチドを免疫原として本発明の方法に用いる抗体を作製することができる。抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよく、公知の方法で作製することができる。このような抗体として、例えば、SARSコロナウイルスのM蛋白質断片ペプチドの中のC末端部分ペプチド(M63)を認識する抗体が挙げられる。SARSコロナウイルスのM蛋白質のアミノ酸配列を配列番号44に示す。
【0027】
上記のN蛋白質由来ペプチドや本発明のペプチドは、ペプチド化学において通常用いられる方法に従って合成することができる。既知の方法の例は、「Peptide Synthesis」、Interscience, New York, 1996; 「The protein」, vol. 2, Academic Press Inc., New York, 1976; 「ペプチド合成」(丸善株式会社、1975)等の文献に記載されているものである。
【0028】
本発明のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害するペプチドの同定は、例えば、以下のようにして行う。M蛋白質またはN蛋白質のペプチドライブラリーの各ペプチドをELISA用マイクロプレートに固相化し、該固相化ペプチドに、ペプチドライブラリーがM蛋白質由来の場合はN蛋白質またはその部分ペプチドを、ペプチドライブラリーがN蛋白質由来の場合はM蛋白質またはその部分ペプチドを反応させる。この際、ペプチドライブラリーの各ペプチドに結合させるN蛋白質の部分ペプチドまたはM蛋白質の部分ペプチドは、SARSコロナウイルスがヒトに感染した場合に、ヒト体内で特異的抗体が産生される部分ペプチド、すなわちエピトープを含む部分ペプチドである。このようなペプチドは、SARSコロナウイルスに感染したヒトの血液中に存在するSARSコロナウイルスに対する抗体に反応するペプチドを前記のペプチドライブラリーから選択することにより得ることができる。次いで、上記のM蛋白質またはN蛋白質の部分ペプチドであって、SARSコロナウイルス感染患者体内で産生される抗体が認識する部分ペプチドを認識する抗体を添加する。この際、抗体はアルカリホスファターゼ、ホースラディッシュペプオキシダーゼ等の酵素で標識しておく。次に、基質を添加し、酵素反応を起こさせ発色が認められたウェルに固相化したペプチドをM蛋白質とN蛋白質の結合阻害ペプチドとする。
【0029】
さらに、該結合阻害ペプチドを用いて、他のM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質を同定することができる。結合阻害ペプチドをELISAマイクロプレートに固相化し、M蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドと結合阻害候補物質を添加する。さらに、SARSコロナウイルスのM蛋白質またはN蛋白質を認識する抗体であって酵素で標識した抗体を添加し、上記のように酵素作用により発色させる。上記結合阻害ペプチドとM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドとの結合を阻害する物質をM蛋白質およびN蛋白質の結合阻害物質として同定することができる。本発明は、M蛋白質およびN蛋白質の結合阻害物質をスクリーニングする方法でもある。ペプチド以外のM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質としては例えば、低分子化合物が挙げられる。
【0030】
なお、上記例では、酵素標識した抗体を用いたELISAについて詳述しているが、固相化したM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドとN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとの結合を測定することができる方法ならば、ELISA以外の方法でもよい。この場合、M蛋白質もしくはN蛋白質またはその部分ペプチドを各種基板に固相化して用いればよい。また、検出には蛍光物質または放射性同位元素で標識した抗体を用いることもできるし、また後記のように、抗体を用いず、表面プラズモン共鳴法等でM蛋白質とN蛋白質の結合を検出することもできる。
ELISA法および固相法自体は、例えば臨床検査 47巻13号 page1611-1618に詳細に記載されている。
【0031】
本発明は、表面プラズモン共鳴法(SPR)によるSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合解析方法およびシステムを包含する。
【0032】
SPRは金属に照射する偏光光束によってエバネッセント波が生じて表面ににじみだし、表面波である表面プラズモンを励起し、光のエネルギーを消費して反射光強度を低下させることを利用する。反射光強度が著しく低下する共鳴角は金属の表面に形成される層の厚みによって変化する。よって、測定する物質を金属薄膜の表面に固定化し、サンプル中の物質との相互作用を共鳴角の変化、またはある角度での反射光強度の変化を測定することにより検出可能である。したがって、SPRは蛍光物質、放射性物質などによる標識が不要である。SPRは市販のSPR検出装置を用いて行うことができる。
【0033】
SPRを用いて結合解析を行う場合は、金属薄膜を形成させた基板を用いる必要がある。金属としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金等を用いることができ、これらを単独または組合せて基板上に薄膜を形成させればよい。金属薄膜の形成方法は限定されず、蒸着法、スパッタ法、イオンコーティング法等の公知の方法を用いて行えばよい。このなかでも、蒸着による方法が好ましい。金属薄膜の厚さは、10〜3000Å、好ましくは100〜600Åである。公知の基板は透明なものが好ましく、ガラス、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂でできた基板等を用いればよい。SPRに用いる基板の厚さは、0.1〜20mm程度、好ましくは1〜2mm程度である。SPRにおいては、金属薄膜からの反射像を得るため、SPR共鳴角は小さい方が望ましい。金属薄膜を形成させた基板にSARSコロナウイルスのM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドを固相化する。基板へのペプチドの固相化は、基板上にアミノ基、カルボキシル基、メルカプト基、アルデヒド基等の官能基を導入し、該官能基とペプチドを結合させればよい。基板への官能基の導入、ペプチドと官能基の結合は公知の方法で行うことができる。さらに、市販のSPR用の金属薄膜が形成されたガラス製基板を用いてもよい。
【0034】
上記のSPRにより、固相化したM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの断片とN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの断片との結合を解析することができる。この際、M蛋白質とN蛋白質の結合阻害候補物質を添加することにより、結合が形成されるか否かを測定し該結合阻害候補物質が結合阻害物質として機能を有するかどうかを決定することができる。すなわち、上記のSPRによりM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質をスクリーニングすることができる。
【0035】
さらに、本発明は本発明のSARSコロナウイルスのM蛋白質もしくはN蛋白質の部分ペプチドを有効成分として含む医薬組成物ならびにSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質を有効成分として含む医薬組成物を包含する。この際、本発明の部分ペプチドを細胞内で作用させる必要がある。
【0036】
あるペプチドを細胞内で作用させる手段としては、Human immunodeficiency virusのTAT蛋白中のprotein transduction domain (以下PTD)を細胞内に到達させたいペプチドまたは蛋白質に結合させる方法が報告されている(Cancer Research, 61: 474-477, (2001))。また、TAT蛋白中のPTD以外にも、細胞内に所望のペプチドを送達させ得る種々のペプチドが知られており、本発明においてはそれらのペプチドを用いることができる。PTDを本発明の阻害ペプチドに結合させ、SARS-CoVに感染した患者に投与することにより細胞内のM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害し、結果としてSARS-CoV増殖を抑制することができる。
【0037】
本発明の阻害ペプチドまたは医薬組成物はSARS-CoVに感染した患者に適用しうる。SARS-CoV感染患者の診断などに関しては、例えば文献インフルエンザ(5巻、4号、p321-327)に記載されている。こうした患者に対して本発明のペプチドまたは該ペプチドを含む医薬組成物を治療用途として用いることができる。
【0038】
本発明の医薬組成物は、有効量の本発明のぺプチドならびに医薬的に許容され得る希釈剤、保存剤、可溶化剤、乳化剤、助剤及び/または担体を含む。一般的に、該医薬組成物は、緩衝剤、特定のpH及びイオン強度を有する希釈剤(例えば、トリス-HCl、酢酸塩、リン酸塩)、添加剤(例えばツイーン80、ポリソルベート80等の洗剤及び可溶化剤))、酸化防止剤(例えば、アスコルビン酸、メタ重亜硫酸ナトリウム)、保存剤(例えば、チメルソール、ベンジルアルコール)または増量剤(例えば、ラクトース、マンニトール)を含んでいてもよい。さらに、これらの物質をポリマー化合物(例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸等)の粒状調製物またはリポソームへ配合させてもよい。この際、ヒアルロン酸も使用可能であり、これは循環中の持続時間を延長させる効果を有し得る。さらに、本発明の医薬組成物は、他の医薬的に許容される医薬用ベヒクル、賦形剤もしくは媒体として機能する液体、または半固体もしくは固体希釈剤を含んでいてもよい。これらには、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ステアリン酸マグネシウム、メチル−及びプロピル−ヒドロキシベンゾエート、スターチ、スクロース、デキストロース、アカシアガム、リン酸カルシウム、鉱油、カカオ脂及びカカオ油が含まれるが、これらに限定されない。本発明の医薬組成物に含まれる物質は、本発明のペプチドの物理的状態、安定性、インビボ放出速度及びインビボクリアランス速度に影響を与え得る。例えば、援用により本明細書に含まれるとするRemington’s Pharmaceutical Sciences,第18版,p.1435-1712,ペンシルバニア州イーストンに所在のMack Publishing Co.(1990年)発行を参照されたい。本発明の医薬組成物は液体形態で製造されても、乾燥粉末(例えば、凍結乾燥形態)であってもよく、また皮下処方物のような移植可能な徐放性処方物であってもよい。
【0039】
本発明の医薬組成物は、例えば静脈内、皮内、筋肉内、乳房内、腹腔内、鞘内、眼内、眼球後、肺内(例えば、エーロゾル化薬物)または(長時間放出させるための蓄積投与を含めた)皮下注射により;舌下、肛門、膣を介して;または脾膜下、脳下または角膜内に埋め込むような外科移植を含めた注射、或いは経口、点鼻、経皮膚または他の投与形態で投与することができる。
【0040】
本発明では、本発明のペプチドまたは医薬組成物の肺デリバリーも意図される。ポリペプチドあるいはそれを含む化合物は吸入しながら哺乳動物の肺にデリバリーされ、肺上皮内層を横切って血流に運ばれる。肺デリバリーは、Adjeiら,Pharmaceutical Research,7:565-569(1990);Adjeiら,International Journal of Pharmaceutics,63:135-144(1990)(酢酸リュープロリド);Braquetら,Journal of Cardiovascular Pharmacology,13(補遺5):s.143-146(1989)(エント゛セリン-1);Hubbardら,Anals of Internal Medicine,3:206-212(1989)(1−アンチトリプシン);Smithら,J.Clin.Invest.,84:1145-1146(1989)(1−プロテイナーゼ);Osweinら,「タンパク質のエアゾール化(Aerosolization of Proteins)」,1990年3月にコロラド州キーストンで開催された呼吸薬デリバリーに関するシンポジウムの議事録(Proceedings of Symposium of Respiratory Drug Delivery)II(組換えヒト成長ホルモン);Debsら,The Journal of Immunology,140:3482-3488(1988)(インターフェロン及び腫瘍壊死因子)及びPlatzらの米国特許第5,284,656号明細書(顆粒球コロニー刺激因子)等の記載に基づいて行うことができる。
【0041】
肺デリバリーによる投与は、治療薬の肺デリバリー用に設計された各種機械的デバイスを用いて行うこともできる。該デバイスには、当業者に周知のネブライザー、定量吸入器及び粉末吸入器が含まれるが、これらに限定されない。
【0042】
前記デバイスではすべて本発明の医薬組成物を分配するのに適した処方物を使用しなければならない。典型的には、各処方物は使用するデバイスのタイプに特異的であり、治療に有用な希釈剤、アジュバント及び/または担体以外に適当な噴射剤を使用すればよい。
【0043】
担体には、トレハロース、マンニトール、キシリトール、スクロース、ラクトースやソルビトールのような炭水化物が含まれる。処方物中に使用される他の成分には、DPEC、DOPE、DSPC及びDOPCが含まれ得る。また、天然または合成界面活性剤を含んでいてもよい。さらに、ポリエチレングリコール、シクロデキストランのようなデキストランを含んでいてもよい。さらに、胆汁酸塩及び他の関連エンハンサー、セルロース及びセルロース誘導体または緩衝剤処方物中に使用されるようなアミノ酸を含んでいてもよい。
【0044】
また、本発明の医薬組成物の投与には、リポソーム、マイクロカプセルまたはマイクロスフェア、封入複合体または他のタイプの担体を使用することもできる。
【0045】
SARSコロナウイルス感染を予防または治療する方法に関する用量レジメは、薬物の作用を変化させる各種要因、例えば患者の年齢,状態,体重,性別及び食事、感染の重篤度、投与時期及び他の臨床要因を考慮して担当医により決定される。
【0046】
本発明の医薬組成物はまずボーラス注射後薬物の治療循環レベルを維持するために連続注入することにより投与され得る。別の例として、本発明医薬組成物は1回投与として投与され得る。当業者は、良好な医学的プラクティス及び各患者の臨床状態により決定される有効用量及び投与レジメを容易に最適化することができる。投与頻度は薬剤の薬物動態パラメーター及び投与ルートに依存して決定すればよい。また、最適な医薬処方物は、投与ルート及び所望用量に依存して当業者により決定される。例えば、援用により本明細書に含まれるRemington’s Pharmaceutical Sciences,第18版,p.1435-1712,ペンシルバニア州イーストンに所在のMack Publishing Co.(1990年)発行を参照されたい。前記処方物は、投与する薬物の物理的状態、安定性、インビボ放出速度及びインビボクリアランス速度に影響を与え得る。投与ルートに応じて、適当な用量は体重、体表面積または臓器サイズに従って計算され得る。上記した各処方物を含む治療のための適切な用量を決定するために必要な計算は過度の実験を実施することなく、特に本明細書に記載されている用量情報及びアッセイ並びに上記したヒト臨床試験で見られる薬物動態的データに照らして当業者が日常的に更に精査し得る。適当な用量は血液レベル用量を決定するための確立されたアッセイ及び適当な用量−応答データを用いて決定され得る。最終投与レジメは、薬物の作用を変化させる各種要因、例えば薬物の特定活性、ダメージの重篤度及び患者の応答性、患者の年齢,状態,体重,性別及び食事、感染の重篤度、投与時期及び他の臨床要因を考慮して担当医により決定される。
【0047】
例えば、有効用量は、一般的には1 ng〜1 mg/1kg体重の範囲で投与されることが望ましい。SARSコロナウイルス感染の治療においては、ある期間に亘って1回または複数回投与すればよい。
【0048】
さらに、本発明の配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドまたは配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドであって、全長N蛋白質を除くペプチドをコードするポリヌクレオチドを遺伝子治療に利用することができる。例えば、生体中で本発明のペプチドを発現させることにより、SARSコロナウイルスの粒子形成を阻害し、SARSコロナウイルス感染症を治療することができる。遺伝子治療における目的の遺伝子の被験体への導入は公知の方法により行うことができる。遺伝子を被験体へ導入する方法として、ウイルスベクターを用いる方法および非ウイルスベクターを用いる方法があり、種々の方法が公知である(別冊実験医学、遺伝子治療の基礎技術、羊土社、1996;別冊実験医学、遺伝子導入&発現解析実験法、羊土社、1997;日本遺伝子治療学会編、遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス、1999)。
【0049】
遺伝子導入のためのウイルスベクターとしては、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レトロウイルス等のウイルスベクターを用いた方法が代表的なものである。無毒化したレトロウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、センダイウイルス、SV40、免疫不全症ウイルス(HIV)等のDNAウイルスまたはRNAウイルスに目的とする遺伝子を導入し、細胞に組換えウイルスを感染させることによって、細胞内に遺伝子を導入することが可能である。本発明に係る遺伝子をウイルスを用いた遺伝子治療に使用するとき、アデノウイルスベクターが好ましく用いられる。遺伝子治療用のアデノウイルスとしては、E1/E3領域を欠失させた第1世代のアデノウイルスベクター(Miyake,S.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,93,1320,1996)から、E1/E3領域に加え、E2もしくはE4領域を欠失させた第2世代のアデノウイルスベクター(Lieber,A.,et al.,J.Virol.,70,8944,1996;Mizuguchi,H.&Kay,M.A.,Hum.Gene Ther.,10,2013,1999)、アデノウイルスゲノムをほぼ完全に欠失させた(GUTLESS)第3世代のアデノウイルスベクター(Steinwaerder,D.S.,et al.,J.Virol.,73,9303,1999)がある。本発明のポリヌクレオチドを用いた遺伝子治療には、いずれのアデノウイルスベクターも利用できる。さらに、AAVの染色体に組み込み能を付与したアデノ-AAVハイブリッドベクター(Recchia,A.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA.,96,2615,1999)や、トランスポゾンの遺伝子を用いることにより染色体に組み込む能力を有したアデノウイルスベクターを用いることも可能である。また、アデノウイルスファイバーのH1ループに組織特異的なペプチド配列を挿入することにより、アデノウイルスベクターを組織特異的にデリバリーすることも可能である(Mizuguchi,H.&Hayakawa,T.,Nippon Rinsho,7,1544,2000)。
【0050】
また、上記ウイルスを用いることなく、プラスミドベクター等の遺伝子発現ベクターが組み込まれた組換え発現ベクターを用いて、目的遺伝子を細胞や組織に導入することも可能である。例えば、リポフェクション法、リン酸-カルシウム共沈法、DEAE-デキストラン法、微小ガラス管を用いたDNAの直接注入法などにより細胞内へ遺伝子を導入することができる。また、内包型リポソーム(internal liposome)による遺伝子導入法、静電気型リポソーム(electorostatic type liposome)による遺伝子導入法、HVJ-リポソーム法、改良型HVJ-リポソーム法(HVJ-AVEリポソーム法)、HVJ-E(エンベロープ)ベクターを用いた方法、レセプター介在性遺伝子導入法、パーティクル銃で担体(金属粒子)とともにDNA分子を細胞に移入する方法、naked-DNAの直接導入法、種々のポリマーによる導入法等によっても、組換え発現ベクターを細胞内に取り込ませることが可能である。この場合に用いる発現ベクターとしては、生体内で目的遺伝子を発現させることのできるベクターであれば如何なる発現ベクターも用いることができるが、例えばpCAGGS(Gene 108, 193-200(1991))や、pBK-CMV、pcDNA3、1、pZeoSV(インビトロゲン社、ストラタジーン社)、pVAX1などの発現ベクターが挙げられる。
【実施例1】
【0051】
ELISAによるM蛋白質とN蛋白質の結合検出システムの構築、および本発明の両蛋白質結合阻害ペプチドを陽性コントロールとするM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質のスクリーニング
N蛋白質由来ペプチド(10μg/mL、50μL、希釈buffer; 50mM NaCO3 pH9.0)を96穴マイクロプレートに固相化し、ブロッキング後、組換えM蛋白質(1μg/mL、50μL、希釈buffer; PBST)を添加して結合させた。用いたN蛋白質由来ペプチド42種類は下記表1に示した。結合したM蛋白質を抗M蛋白質抗体により検出した。M蛋白質溶液に予め一定量の本発明ペプチドを添加し30分間インキュベーション後にN蛋白質固相化プレートに添加した場合には、本発明ペプチド添加量が0.01μgの時を50%阻害濃度とした、N蛋白質のM蛋白質への結合阻害を決定した(図1)。
【0052】
【表1】

【実施例2】
【0053】
表面プラズモン共鳴法を用いたM蛋白質と本発明ペプチドまたはN蛋白質の結合解析システムの構築
(1)BIACOREによるM蛋白質へのN蛋白質本体またはN蛋白質由来ペプチドの結合解析
BIACORE社のBIACORE3000バイオアフィニティセンサのセンサチップに組換え型M蛋白質(100μg/mL、希釈buffer;10mM Na-Acetate pH5.0)を共有結合させた(アミンカップリングキット使用)。同チップ上に、図2に示した濃度のN蛋白質(希釈buffer; HBS-P)を負荷し、N蛋白質のM蛋白質への結合の解離定数を測定した。解離定数は2.5nMと算出された。BIACORE3000において使用したbufferは、AはHBS-EP、BはHBS-P(BIAcore社製)であった。
【0054】
(2)組換え型M蛋白質を共有結合させた(1)で用いたチップと同じセンサチップに対照ペプチドまたは配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる本発明ペプチド(10μg/mL、70μL、希釈buffer; HBS-P)を負荷し、その結合を解析した。図3に示すようにBIACORE3000システムにてM蛋白質固定化センサチップに上記ペプチドを添加した場合(図3中の最上部の線)、M蛋白質との明確な結合を認めた。BIACORE3000システムにてM蛋白質固定化センサチップに本発明ペプチドを濃度を変えて添加し、M蛋白質と本発明ペプチドの解離定数を計測したところ、1.41μMだった(図4)。
【実施例3】
【0055】
プラスミドDNAワクチン(pcDNA3.2-Npep)の構築
配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる本発明ペプチドをコードするDNAをPCRにより増幅し、ほ乳動物細胞発現用プラスミドpCDNA3.2/V5-DEST(Invitogen)のサイトメガルウイルスのエンハンサー/プロモーター領域の下流に、Gatewayシステム(Invitrogen)を利用して直接挿入した。
【0056】
マウスの免疫
上記pcDNA3.2-NpepをBalb/Cマウスに遺伝子銃(Bio Rad Laboratories)を用いて導入した。2μgのプラスミドで1mgの金粒子をコートし、マウス腹部に、1度に0.5mgの金粒子を2回打ち込んだ。同操作を一週間毎に4回実施した。
【0057】
マウス免疫状態の評価
プラスミドDNAワクチンで免疫したマウスに組換えN蛋白質50μgを尾静脈より投与した。5日後に同マウス尾静脈より採取した血液より血清を調製した。
96well ELISAプレートに50mM炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.0)中で組換えN蛋白質を50ng/wellとなるように固相化した。Superblock溶液(Bio-rad)にて30分間ブロッキング後、100、1000および10000倍に希釈したマウス血清および対照血清(非免疫マウスより採取)を50μl添加して、室温で1時間インキュベーション後、定法に従い、HRP標識抗マウスIgG抗体により、N蛋白質に結合したマウス免疫グロブリン量を測定した。免疫マウス血清では1000倍希釈でも顕著な抗体価上昇を認めたが、非免疫マウスでは抗体価上昇を認めなかった。
【実施例4】
【0058】
本発明ペプチドによるSARS-CoVウイルス疑似粒子の形成阻害
本発明のポリペプチドを用いることにより、N蛋白質とM蛋白質の結合を阻害する結果、SARS-CoVのウイルス粒子形成阻害効果を得ることができる。以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【0059】
M蛋白質をコードするDNAを組み込んだ哺乳動物細胞発現用プラスミドであるpcDNA3.2/V5-DEST(Invitrogen)およびN蛋白質をコードするDNAを組み込んだpcDNA3.2/V5-DEST(Invitrogen)をそれぞれ3μgずつ、10cmペトリ皿に10%FCSを含むDMEM培地中で培養した3×106個の293細胞にFugene6 Transfection Reagent(Roche)を用いたリポフェクション法により導入する。
【0060】
1日後、50μgの本発明ペプチドをBioPORTER Reagent(Gene Therapy systems)を用いたリポフェクション法により前述の細胞に導入する。対照として本発明ペプチドを含まないリポフェクションを実施する。
培養第3日に培地を除去し、ペトリ皿に2.5mlのPBSを添加して、3回の凍結融解を行い細胞を破壊する。
【0061】
得られた細胞破壊液の細胞残渣を1000rpm、5分間の遠心で除去後、その2.1mlをOptiPrep(AXIS-SHIELD)の2.1mlと混合し、Beckman社VTi65.1超遠心ロータ用チューブに封入し、350,000×g、3.5時間遠心する。
遠心後、チューブを開き、内容液を上層から0.4mlずつ分画し(それぞれ分画1〜11)、それぞれの分画の20μlをとって、一般的なSDS-PAGEとウエスタンブロッティングを実施する。
【0062】
抗N蛋白質抗体または抗M蛋白質抗体により、それぞれの蛋白質の検出を一般的な方法で行う。ペプチドを導入しなかった場合、N蛋白質とM蛋白質は分画1に少量検出される他、分画5〜6を中心に大量に検出されるが、導入した場合には、分画1に大量に検出される。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明のM蛋白質およびN蛋白質の結合測定システムおよびペプチド配列はSARS-CoVのかかわる疾病の治療、治療法の開発ならびに治療薬の開発に役立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】ELISAでのM蛋白質とN蛋白質の結合解析システムの構築と本発明ペプチドによる両蛋白質の結合の特異的な阻害を示す図である。
【図2】M蛋白質とN蛋白質の相互作用の解離定数の測定:BIACORE3000システムにてM蛋白質固定化センサチップにN蛋白質を濃度を変えて添加し、両者の結合の解離定数を測定した結果を示す図である。
【図3】M蛋白質への本発明ペプチドの特異的結合を示す図である。
【図4】M蛋白質と発明ペプチドの相互作用の解離定数の測定の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチド。
【請求項2】
配列番号12に表されるアミノ酸配列を含むペプチドであって、全長N蛋白質を除くペプチド。
【請求項3】
請求項2記載のペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項3記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項5】
請求項4記載の発現ベクターを含む宿主細胞。
【請求項6】
請求項1または2に記載のペプチドの製造方法であって、請求項3に記載のポリヌクレオチドを含むベクターによって形質転換された宿主細胞を培養する工程と、該宿主細胞が産生するポリペプチドを回収し精製する工程とを含む製造方法。
【請求項7】
SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、基板上に固相化したM蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドに、固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとM蛋白質とN蛋白質の結合阻害候補物質を添加し、固相化した蛋白質またはペプチドと固相化した蛋白質またはペプチドに結合し得るN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドとの結合を阻害する物質をM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質として選択することを含む、SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項8】
請求項1または2に記載のペプチドを基板上に固相化し、M蛋白質またはその部分ペプチドとM蛋白質とN蛋白質の結合阻害候補物質を添加することを含む、請求項7記載のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項9】
SARSコロナウイルスのM蛋白質またはN蛋白質を認識する抗体を用いたELISAにより行う、請求項7または8に記載のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項10】
M蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドを固相化した基板を用いた表面プラズモン共鳴法により行う、請求項7または8に記載のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質をスクリーニングする方法。
【請求項11】
SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合を阻害する物質のスクリーニング方法で、以下の工程を含む方法:
1)M蛋白質またはN蛋白質の全長を網羅した10〜20残基のアミノ酸を有する複数のペプチドを基板に固相化し、SARSウイルス感染患者体内で産生される、N蛋白質またはM蛋白質に対する抗体が認識し得るN蛋白質またはM蛋白質の全長または部分ペプチドを添加する工程、
2)1)の工程で用いたSARSウイルス感染患者由来抗体を用いて、固相化したM蛋白質またはN蛋白質の部分ペプチドに結合したN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドを検出する工程、
3)2)の工程の結果、添加したM蛋白質またはN蛋白質が最も多く結合した固相化N蛋白質の部分ペプチドまたはM蛋白質の部分ペプチドを、M蛋白質とN蛋白質の阻害物質候補ペプチドとする工程、
4)M蛋白質もしくはN蛋白質またはそれらの部分ペプチドを固相化し、2)の工程で用いた抗体が結合するN蛋白質もしくはM蛋白質またはそれらの部分ペプチドならびに3)の工程で同定した阻害物質候補ペプチドを添加し、2)の工程で用いた抗体を用いて、上記阻害物質候補ペプチドのうちM蛋白質またはその部分ペプチドとN蛋白質またはその部分ペプチドとの結合を阻害する候補物質をM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質とする工程。
【請求項12】
ELISAで行う、請求項11記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
請求項7〜12のいずれか1項に記載の方法を用いて選択した、SARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質。
【請求項14】
請求項1または2に記載のペプチドを有効成分として含む、SARSウイルス感染症の予防または治療のための医薬組成物。
【請求項15】
請求項13記載のSARSコロナウイルスのM蛋白質とN蛋白質の結合阻害物質を有効成分として含む、SARSウイルス感染症の予防または治療のための医薬組成物。
【請求項16】
請求項4記載の発現ベクターを含む遺伝子治療用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−129942(P2007−129942A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−325436(P2005−325436)
【出願日】平成17年11月9日(2005.11.9)
【出願人】(000253503)麒麟麦酒株式会社 (247)
【出願人】(501372514)国立国際医療センター総長 (11)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【Fターム(参考)】