説明

ST合剤の副作用の危険性の判定方法

【課題】 ST合剤およびそれを含む薬剤投与の副作用の危険性を判定する方法の提供。
【解決手段】 最尤法を用いNAT2遺伝子の個人のディプロタイプ形の確率を計算する事によりST合剤およびそれを含む薬剤投与の副作用の危険性を判定する方法を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニューモシスティス肺炎などの予防薬および治療薬として有効なST合剤(sulfamethoxazole-trimethoprim合剤)、およびそれを含む薬剤投与の副作用の危険性を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ST合剤(sulfamethoxazole−trimethoprim合剤、トリメトプリム−スルファメトキサゾール、商品名バクタ、バクトラミン等、以下ST合剤とする)は、ニューモシスティス肺炎(pneumocystis pneumonia)の有効な予防薬および治療薬である(非特許文献1−9)。さらにST合剤のニューモシスティス肺炎以外の細菌感染症の治療薬としての有効性も示されている(非特許文献10)。ニューモシスティス肺炎は、例えば後天性免疫不全症候群(AIDS)の患者、臓器移植を行われた患者、副腎皮質ステロイド薬などの免疫抑制効果を持つ薬物を投与された膠原病、あるいは自己免疫疾患などの患者、悪性腫瘍の患者、抗腫瘍薬を投与された患者等の免疫力の低下した個体がしばしば罹患する疾患であり、場合によっては致命的である。これらの、免疫力の低下した個体には日和見感染が起きやすいが、中でもニューモシスティス肺炎はもっとも罹患しやすい感染症の一つで、しかも致命度が高い。ニューモシスティス肺炎と診断されたり、あるいはその疑いが強いとされた患者には第一選択としてST合剤が投与されたりすることが多い。また、例えば、後天性免疫不全症、臓器移植後、副腎皮質ステロイドを投与された患者等の免疫力の低下した患者においてニューモシスティス肺炎発生の予防のためにST合剤が投与されることもしばしばある。
【0003】
しかし、ST合剤を投与された患者に皮疹、造血障害、肝障害、低血糖、横紋筋融解、高カリウム、低ナトリウム血症等の副作用が起きることがある。ST合剤は二つの異なった化合物、トリメトプリム(trimethoprim)とスルファメトキサゾール(sulfamethoxazole)の合剤である。副作用は後者のサルファ剤であるスルファメトキサゾールに起因するものが多い。
スルファメトキサゾールはNAT2(N−acetyltransferases 2、N−アセチル化転移酵素2)により体内でアセチル化され、無毒化されると考えられる。そして、ヒトにはNAT2活性の低い個体の存在が知られており、これらの個体ではスルファメトキサゾールの無毒化が障害され、副作用が出やすい可能性が考えられる。しかし、これらの可能性を確かめるためには、実際にNAT2の低下した個体でスルファメトキサゾールの副作用が多いことを示す必要がある。
【0004】
ST合剤の副作用と、患者のアセチル化表現型との関係を調べた研究として、ヒトには肝臓におけるNAT2の活性が高いタイプ(rapid acetylator)と低いタイプ(slow acetylator)の違いにより、slow acetylatorでは抗結核薬イソニアジッド(INH)などの代謝が遅延することがわかっている(非特許文献11)。しかし、多くの人で肝臓を採取し、その酵素を測定することは困難である。従って、rapid acetylatorとslow acetylatorを個人レベルで調べるためにはINHあるいは、より簡便にカフェイン(非特許文献12)などを投与して尿中の代謝物の濃度を測定し確かめる必要があった。
【0005】
また、個人ごとのアセチル化型表現型の違いはゲノム上の配列の違いであるSNP(single−nucleotide polymorphism)によることがわかっている(非特許文献13−16)。そこで、肝臓以外の細胞の遺伝子を調べることにより容易にアセチル化型表現型がわかると考えられた。
ゲノムのNAT2遺伝子のアミノ酸のコード領域には表1に示すような多型座位がある。ヌクレオチド191位でGからA(SNP1、アルギニンからグルタミン酸)、ヌクレオチド282位でCからT(SNP2、チロシンで変化無し)ヌクレオチド341位でTからC(SNP3、イソロイシンからトレオニン)、ヌクレオチド481位でCからT(SNP4、ロイシンで変化無し)、ヌクレオチド590位でGからA(SNP5、アルギニンからグルタミン)、ヌクレオチド803位でAからG(SNP6、リジンからアルギニン)、およびヌクレオチド857位でGからA(SNP7、グリシンからグルタミン酸)である(非特許文献17−20)。
【0006】
【表1】

【0007】
これらの7箇所のSNPについて、酵素活性が正常のNAT2をコードしている遺伝子(野生型遺伝子)はSNP1234567の順にGCTCGAGの塩基で構成されている。このように塩基を各SNP座位に持った遺伝子を一般に「アレル」といい、NAT2*3、NAT2*4などの記号で示す。そして、酵素活性が正常のNAT2をコードしている遺伝子(すなわち、GCTCGAGを各SNPに持った遺伝子)をNAT2*4という記号で示す。これを野生型(wild−type)の「アレル」という。これまで遺伝情報からアセチル化表現型を調べるために取られたほとんどの方法は、NAT2遺伝子の上記の複数の座位においてRFLP(restriction fragment length polymorphism)などの方法で遺伝子型を調べ、これまで存在が確認されている「アレル」をもとに直感的に個人を構成する二つの「アレル」を推定する手法であった。これまで存在が確認されている「アレル」とは、ヒトのNAT2遺伝子をクローニングし、その配列を決定すること、あるいはRFLPなどによりSNPを確認することにより行われた一つの染色体上の配列をさす。これまでのいくつかの研究から、被検者に少なくとも1つのwild−typeの「アレル」が存在すれば、速いアセチル化表現型となるが、wild−type「アレル」が一つもなければ、遅いアセチル化表現型となることが報告されている(非特許文献17−20)。
【0008】
なお、これまでのNAT2遺伝子に関する論文で用いられている「アレル」という表現は、遺伝学上はハプロタイプと称されるべきものであった。すなわち、これまでNAT2に関係する他の論文で用いられているNAT2*3、NAT2*4、NAT2*5などの記号はそれらの論文では「アレル」の名前として用いられているが、実際にはハプロタイプの名前である。そこで本発明においては、混乱を避けるため、遺伝学上の用語と概念の方法でアレルとハプロタイプを用いる。すなわち、アレル(allele)とは一つの座位を占めることの出来る遺伝情報であるが、ハプロタイプは連鎖した複数の座位について、一つの配偶子に由来するアレルのリストである。座位とは染色体上の多型部位で、この場合は一つのSNPを一つの座位とする。すなわち、表1にリストされた一つ一つのSNPが座位である。例えば、前述のNAT2遺伝子のwild typeの遺伝子(NAT2*4)は7つの座位、SNP1234567の順にGCTCGAGの7つのアレルを持つものである。この中の、G、Cなど一つ一つがアレルであり、GCTCGAGのリストはハプロタイプである。
一つの個体は二つの配偶子を受け取るので、一つの領域について一つの個体は二つのハプロタイプを持ち、この二つのハプロタイプの組み合わせをディプロタイプ形という。上記の表現型と「アレル」の関係を遺伝学上の表現に直せば、ディプロタイプ形を形成する二つのハプロタイプの内、一つでもNAT2*4であれば個体はrapid acetylator、それ以外はslow acetylator表現型を取るのである。従って、個体がNAT2*4を持っているかどうかを正確に判定できるテストがあればよい。しかし、これが極めて困難である。なぜなら、ハプロタイプは一般に観察できず、分子生物学的に可能であるが現状では実際的ではないからである(非特許文献21、22)。
【0009】
同一集団から得られた多くの個人のサンプルにより集団のハプロタイプ頻度が推定できる。連鎖した複数の座位の遺伝子型情報を多くの個人に対し決定することにより集団のハプロタイプ頻度を決定できるのである。その手法としては、分析的解決法(非特許文献23、24)、逐次的ハプロタイプ推測アルゴリズム(非特許文献25)、最尤法(非特許文献26−29)を挙げることができる。
また、集団のハプロタイプ頻度だけではなく、個人のディプロタイプ形を推定する手法も開発されている(非特許文献25,26)。いずれも最尤法により個人のディプロタイプ形、すなわち二つのハプロタイプの組み合わせを推定する。個人の遺伝子情報について、実際に観察できる遺伝情報のデータは遺伝子型である。これは各座位における二つのアレルの組み合わせである。しかし、例えば前述の7つの座位についての個体のすべてのSNP座位の遺伝子型がわかっても、ディプロタイプ形を決定することは、少なくとも2箇所以上のSNP座位でヘテロ接合のときは不可能である。すなわち、2箇所以上のSNP座位でヘテロ接合の場合は、すべての座位について全く同じ遺伝子型を持つ二人の個体が異なったディプロタイプ形を持つ可能性があるのである。しかし、それぞれのディプロタイプ形の可能性が同じ確率であるのではなく、大きく偏りがある事が多い。集団の同じ座位の遺伝子型データが大量にあれば、極めて効率よく個人のディプロタイプ形を推定することが可能なのである(非特許文献30、31)。
【0010】
同一集団の複数の連鎖した座位の遺伝子型データから個人のディプロタイプ形を推定する方法として優れた方法は最尤法(maximum likelihood method)である。既に、最尤法を用いて多数の個体のNAT2遺伝子の複数の座位の遺伝子型データから個人のディプロタイプ形を推定し、NAT2遺伝子のディプロタイプ形と関節リウマチ患者に投与されるスルファサラジンの副作用の間に関連があるか検定する方法が田中他(非特許文献32)により発表されている。この方法によれば、関節リウマチ患者のNAT2遺伝子の4または5個のSNPと多数の同一集団内の個体のデータを用いて、それぞれの関節リウマチ患者のディプロタイプ形を推定でき、スルファサラジンの副作用が多いかどうかを推定できる。その結果、NAT2*4のハプロタイプを持たない個体は持つ個体に比べ7.73倍(P<0.001)副作用が起きやすいことが報告されている。Sabbagh A他はEMアルゴリズムを含めた複数の方法によりNAT2のハプロタイプをアルゴリズムにより推定し、正確な推定ができたことを報告した(非特許文献33)。しかし、この報告ではNAT2遺伝子のハプロタイプは推定したが、表現型との関連は検討していない。
ST合剤の副作用についてもNAT2遺伝子との関係が報告されている。すなわち、slow acetylatorはrapid acetylatorに比較してST合剤により副作用が起きやすい(非特許34−36)。しかし、これらの発表ではNAT2遺伝子に関して適当なハプロタイプとしての処理をしていない。従来の方法と同様に、既に存在すると確認されたハプロタイプの情報と、個人の遺伝子型の情報から直感的に個人のディプロタイプ形を推定しているのである。
【非特許文献1】Ioannidis JP, Cappelleri JC, Skolnik PR, Lau J, Sacks HS. A meta-analysis of the relative efficacy and toxicity of Pneumocystis carinii prophylactic regimens. Arch Intern Med. 1996 Jan 22;156(2):177-88.
【非特許文献2】Podzamczer D, Salazar A, Jimenez J, Consiglio E, Santin M, Casanova A, Rufi G, Gudiol F. Intermittent sulfamethoxazole-trimethoprim compared with dapsone-pyrimethamine for the simultaneous primary prophylaxis of Pneumocystis pneumonia and toxoplasmosis in patients infected with HIV. Ann Intern Med. 1995 May 15;122(10):755-61.
【非特許文献3】Bozzette SA, Finkelstein DM, Spector SA, Frame P, Powderly WG, He W, Phillips L, Craven D, van der Horst C, Feinberg J. A randomized trial of three antipneumocystis agents in patients with advanced human immunodeficiency virus infection. NIAID AIDS Clinical Trials Group. N Engl J Med. 1995 Mar 16;332(11):693-9.
【非特許文献4】Fox BC, Sollinger HW, Belzer FO, Maki DG. A prospective, randomized, double-blind study of sulfamethoxazole-trimethoprimfor prophylaxis of infection in renal transplantation: clinical efficacy, absorption of sulfamethoxazole-trimethoprim, effects on the microflora, and the cost-benefit of prophylaxis. Am J Med. 1990 Sep;89(3):255-74.
【非特許文献5】Sattler FR, Cowan R, Nielsen DM, Ruskin J. Sulfamethoxazole-trimethoprimcompared with pentamidine for treatment of Pneumocystis carinii pneumonia in the acquired immunodeficiency syndrome. A prospective, noncrossoverstudy. Ann Intern Med. 1988 Aug 15;109(4):280-7.
【非特許文献6】Hughes WT, Rivera GK, Schell MJ, Thornton D, Lott L. Successful intermittent chemoprophylaxis for Pneumocystis carinii pneumonitis. N Engl J Med. 1987 Jun 25;316(26):1627-32.
【非特許文献7】Young LS. Treatment of respiratory infections in the patient at risk. Am J Med. 1984 May 15;76(5A):61-8. Review. PMID: 6372480 [PubMed - indexed for MEDLINE]
【非特許文献8】Hughes WT, Feldman S, Chaudhary SC, Ossi MJ, Cox F, Sanyal SK. Comparison of pentamidine isethionateand sulfamethoxazole-trimethoprim in thetreatment of Pneumocystis carinii pneumonia. J Pediatr. 1978 Feb;92(2):285-91. PMID: 304478 [PubMed - indexed for MEDLINE]
【非特許文献9】Hughes WT, Kuhn S, Chaudhary S, Feldman S, VerzosaM, Aur RJ, Pratt C,GeorgeSL. Successful chemoprophylaxis for Pneumocystis carinii pneumonitis.N Engl J Med. 1977 Dec 29;297(26):1419-26. PMID: 412099 [PubMed - indexed for MEDLINE]
【非特許文献10】Goorin AM, Hershey BJ, Levin MJ, Siber GR, Gelber RD, Flynn K, Lew M, Beckett K, Blanding P, Sallan SE. Use of sulfamethoxazole-trimethoprim to prevent bacterial infections in children with acute lymphoblasticleukemia. Pediatr Infect Dis. 1985 May-Jun;4(3):265-9.
【非特許文献11】Weber WW, Hein DW. Clinical pharmacokinetics of isoniazid. ClinPharmacokinet. 1979 Nov-Dec;4(6):401-22.
【非特許文献12】Grant DM, Tang BK, Kalow W. A simple test for acetylatorphenotype using caffeine. Br J Clin Pharmacol. 1984 Apr;17(4):459-64.
【非特許文献13】Evans DA. N-acetyltransferase. Pharmacol Therapy 42: 157-234 (1989)
【非特許文献14】Spielberg SP. N-acetyltransferases: pharmacogeneticsand clinical consequences of polymorphic drug metabolism. J PharmacokinetBiopharm. 1996 Oct;24(5):509-19.
【非特許文献15】Vatsis KP, Weber WW, Bell DA, Dupret JM, Evans DA, Grant DM, Hein DW, Lin HJ, Meyer UA, Relling MV, et al. Nomenclature for N-acetyltransferases. Pharmacogenetics. 1995 Feb;5(1):1-17.
【非特許文献16】Grant DM, Hughes NC, Janezic SA, Goodfellow GH, Chen HJ, Gaedigk A, Yu VL, GrewalR. Human acetyltransferase polymorphisms. Mutat Res. 1997 May 12;376(1-2):61-70.
【非特許文献17】Blum M, Grant DM, McBride W, Heim M, Meyer UA. Human arylamine N-acetyltransferase genes: isolation, chromosomal localization, and functional expression. DNA Cell Biol. 1990 Apr;9(3):193-203.
【非特許文献18】Deguchi T, Mashimo M, Suzuki T. Correlation between acetylator phenotypes and genotypes of polymorphic arylamine N-acetyltransferasein human liver. J Biol Chem. 1990 Aug 5;265(22):12757-60.
【非特許文献19】Bell DA, Taylor JA, Butler MA, Stephens EA, Wiest J, Brubaker LH, Kadlubar FF, Lucier GW. Genotype/phenotype discordance for human arylamine N-acetyltransferase (NAT2) reveals a new slow-acetylator allele common in African-Americans. Carcinogenesis. 1993 Aug;14(8):1689-92.
【非特許文献20】VatsisKP, Martell KJ, Weber WW. Diverse point mutations in the human gene for polymorphic N-acetyltransferase. Proc Natl Acad SciU S A. 1991 Jul 15;88(14):6333-7.
【非特許文献21】Proudnikov D, Laforge KS, Hofflich H, Levenstien M, Gordon D, Barral S, Ott J, Kreek MJ. Association analysis of polymorphisms in serotonin 1B receptor (HTR1B) gene with heroin addiction: a comparison of molecular and statistically estimated haplotypes. Pharmacogenet Genomics. 2006 Jan;16(1):25-36.
【非特許文献22】Szantai E, Kiraly O, Nemoda Z, Kereszturi E, Csapo Z, Sasvari-Szekely M, Gervai J, Ronai Z. Linkage analysis and molecular haplotypingof the dopamine D4 receptor gene promoter region. PsychiatrGenet. 2005 Dec;15(4):259-270.
【非特許文献23】Elandt-Johnson RC. Complex segregation analysis. II. Multiple classification. Am J Hum Genet. 1971 Jan;23(1):17-32.
【非特許文献24】Yasuda N. Estimation of haplotypefrequency and linkage disequilibrium parameter in the HLA system. Tissue Antigens. 1978 Nov;12(5):315-22.
【非特許文献25】Clark AG. Inference of haplotypesfrom PCR-amplified samples of diploid populations. Mol BiolEvol. 1990 Mar;7(2):111-22.
【非特許文献26】Excoffier L, Slatkin M. Maximum-likelihood estimation of molecular haplotype frequencies in a diploid population. Mol Biol Evol. 1995 Sep;12(5):921-7.
【非特許文献27】Hawley ME, Kidd KK. HAPLO: a program using the EM algorithm to estimate the frequencies of multi-site haplotypes. J Hered. 1995 Sep-Oct;86(5):409-11.
【非特許文献28】Long JC, Williams RC, UrbanekM. An E-M algorithm and testing strategy for multiple-locus haplotypes. Am J Hum Genet. 1995 Mar;56(3):799-810.
【非特許文献29】Fallin D, Schork NJ. Accuracy of haplotypefrequency estimation for biallelic loci, via the expectation-maximization algorithm for unphaseddiploid genotype data. Am J Hum Genet. 2000 Oct;67(4):947-59.
【非特許文献30】Kitamura Y, Moriguchi M, Kaneko H, Morisaki H, MorisakiT, Toyama K, Kamatani N. Determination of probability distribution of diplotype configuration (diplotype distribution) for each subject from genotypic data using the EM algorithm. Ann Hum Genet. 66, 183-93, 2002
【非特許文献31】Xu CF, Lewis K, Cantone KL, Khan P, Donnelly C, White N, Crocker N, Boyd PR, Zaykin DV, Purvis IJ. Effectiveness of computational methods in haplotype prediction. Hum Genet. 2002 Feb;110(2):148-56.
【非特許文献32】Tanaka E, Taniguchi A, UranoW, Nakajima H, Matsuda Y, Kitamura Y, Saito M, Yamanaka H, Saito T, Kamatani N. Adverse effects of sulfasalazinein patients with rheumatoid arthritis are associated with diplotypeconfiguration at the N-acetyltransferase 2 gene. J Rheumatol. 2002 Dec;29(12):2492-9.
【非特許文献33】SabbaghA, Darlu P. Inferring haplotypesat the NAT2 locus: the computational approach. BMC Genet. 2005 Jun 2;6(1):30.
【非特許文献34】Carr A, Gross AS, Hoskins JM, Penny R and Cooper DA. Acetylation phenotype and cutaneoushypersensitivity to trimethoprim-sulphamethoxazole in HIV-infected patients. AIDS 8: 333-337, 1994
【非特許文献35】Zielinska E, Niewiarowski W, Bodalski J. The arylamine N-acetyltransferase(NAT2) polymorphism and the risk of adverse reactions to co-trimoxazolein children. Eur J Clin Pharmacol 54: 779-785, 1998
【非特許文献36】Wolkensterin P, Carriere V, Charue D, Bastuji-Garin S, Revuz J, Roujeau J-C, Beaune P and Bagot M. A slow acetylatorgenotype is a risk factor for sulphonamide-induced toxic epidermal necrolysis and Stevens-Johnson syndrome. Pharmacogenetics 5: 255-258, 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ST合剤およびそれを含む薬剤投与の副作用の危険性を判定する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、ST合剤の副作用の起こしやすさが、これまでのような直感的なディプロタイプ形推定法ではなく、最尤法を用いたディプロタイプ形推定法により推定する方法で、より正確に判定できるのではないかと考え鋭意研究を行った。その結果、最尤法を用いNAT2遺伝子の個人のディプロタイプ形の確率を計算する事によりST合剤の副作用がよりよく推定できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、NAT2遺伝子についての個人のディプロタイプ形を決定することにより、個人のST合剤の副作用の危険性を判定する方法に関し、より具体的には、次の(1)〜(6)に関する。
(1)以下の(a)および(b)の工程を含む、個人についてのST合剤の副作用の危険性を判定する方法。
(a)N−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)遺伝子における個人のディプロタイプ形を決定する工程
(b)工程(a)によって決定したディプロタイプ形において、M/Mのディプロタイプ形の個人に対して、ST合剤の副作用の危険性があるものと判定する工程
(2)ディプロタイプ形の決定が以下の(a)および(b)の工程を含む方法によって行われる上記(1)に記載の方法。
(a)集団における各個人のN−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)遺伝子についての遺伝子型情報から、該集団におけるハプロタイプ頻度を算出する工程
(b)工程(a)により算出されるハプロタイプ頻度、および各個人の遺伝子型情報から、各個人のディプロタイプ形を決定する工程
(3)ハプロタイプ頻度の算出が、EMアルゴリズムにより行われる上記(2)に記載の方法。
(4)遺伝子型情報が一塩基多型(SNP)からなる群より選択される多型である、上記(2)または(3)に記載の方法。
(5)ST合剤がN−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)により主に代謝される場合についての上記(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記(1)から(5)のいずれかに記載の方法によりST合剤の副作用の危険があると判定された個人に、スルファメトキサゾール(sulfamethoxazole)の量を減量して投与する手法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって提供された個人についてのST合剤の副作用の危険性を判定する方法により、医療の現場において、患者個人のST合剤の投与可否や投与量等を適切に判断することができ、患者にとって有効な治療を施すことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明においてディプロタイプ形の決定を行うNAT2遺伝子は、公知の塩基配列(GenBankアクセションナンバーAF348074;MIMナンバーMIM243400)を用いることが好ましい。本発明の方法により副作用の危険性の判定が可能な薬剤はST合剤であるが、この薬剤は二つの化合物の合剤である。この二つの内、本発明によって判定される危険性がどちらの副作用に関係するか完全にはわからない。しかし、sulfadiazine、sulfamethazine、sulfasalazineなど、一般にサルファ剤がアセチルトランスフェラーゼによるアセチル化により主として代謝されるという報告から(参考文献1−3)、trimethoprimではなくsulfamethoxazoleの副作用判定にNAT2遺伝子のハプロタイプ推定が有効であると考えられる。なお、本発明の副作用の危険性の判定方法において、上記薬剤の投与形態は、特に限定されるものではない。
参考文献1; Frymoyer, J. W.; Jacox, R. F. Studies of genetically controlled sulfadiazine acetylation in rabbit livers: possible identification of the heterozygous trait. J. Lab. Clin. Med. 62: 905-909, 1963.
参考文献2; Parker, J. M. Human variability in the metabolism of sulfamethazine. Hum. Hered. 19: 402-409, 1969.
参考文献3; Evans, D. A. P.; White, T. A. Human acetylation polymorphism. J. Lab. Clin. Med. 63: 394-403, 1964.
【0016】
本発明の副作用の危険性の判定の対象となる疾患はニューモシスティス肺炎に限られるものではない。種々の細菌による尿路感染症にも用いられるので、ST合剤が用いられるすべての疾患の患者にST合剤が投与された場合も本発明による副作用予測が関係する。患者としては、例えば後天性免疫不全症候群(AIDS)の患者、臓器移植を行われた患者、副腎皮質ステロイド薬などの免疫抑制効果を持つ薬物を投与された膠原病、あるいは自己免疫疾患などの患者、悪性腫瘍の患者、抗腫瘍薬を投与された患者等も本発明の副作用の危険性の判定の対象に含まれる。
【0017】
本発明の上記工程におけるNAT2遺伝子における個人のディプロタイプ形の決定は、例えば、複数の個人の遺伝子型情報からハプロタイプ頻度を算出し、それに基づいて個人のディプロタイプ形を決定する方法、集団の遺伝子型情報を基にして既に算出されたハプロタイプ頻度を基に個人のディプロタイプ形を決定する方法などにより行うことができる。
以下の方法により、NAT2遺伝子における個人のディプロタイプ形を決定することができることが最も望ましい。まず、集団における各個人のN−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)遺伝子についての遺伝子型情報から、該集団におけるハプロタイプ頻度を算出する。次いで、算出されるハプロタイプ頻度、および各個人の遺伝子型情報から、各個人のディプロタイプ形を決定する。本発明の方法における遺伝子型情報は、表1のNAT2遺伝子上の表1に示した多型部位に関する遺伝子型情報のうち、SNP IDのいずれかまたはそのいずれの組み合わせであっても良いが、SNP IDが、2、4、5、7の4つであることが好ましい。
【0018】
本発明における「集団」とは、遺伝子型情報を提供する個人の集まりを意味する。集団の人数は、本発明により決定されるディプロタイプ形の信頼性を高めるために、なるべく多くの人数から構成されることが好ましい。例えば、集団の人数が25名(ハプロタイプ数は50)以上であれば、希少なハプロタイプが集団に含まれない場合は、本発明の方法により比較的正確に個人のディプロタイプ形の決定を行うことができる。従って、本発明の集団は、25名以上であることが好ましいが、集団を構成する人数は、特に制限されない。また、集団は均一(遺伝的背景が近接)であることが好ましい。例えば、ディプロタイプ形の決定を行う個人が日本人であるならば、遺伝子型情報を取得すべき「集団」は、日本人から構成される集団であることが好ましい。集団が均一か否かについては、それぞれの座位において、ハーディー・ワインバーグ平衡が達成されているか否かを検定することにより調べることができる。
【0019】
ハプロタイプは狭い遺伝子領域に含まれる場合は、世代交代によっても変化することは少ない。ハプロタイプは、その遺伝子領域内に交差が起きることにより変化するが、狭い遺伝子領域内に交差が起きる確率は極めて低い(1世代あたり、100,000kbに1回に過ぎない)からである。そのため特定の集団内、例えば日本人では、それぞれのハプロタイプの頻度が決まっている場合が多い。これをハプロタイプ頻度という。このハプロタイプ頻度は、集団ごとに異なる場合が多い。
【0020】
本発明のハプロタイプ頻度の算出には、公知の方法を利用することができる。ハプロタイプ頻度の算出のための好ましい方法としては、例えば、分析的解決法(非特許文献23、24)、逐次的ハプロタイプ推測アルゴリズム(非特許文献25)、EMアルゴリズムを用いた最尤法(非特許文献26−29)等の方法を挙げることができる。
EMアルゴリズムを使用した場合、遺伝子型情報からハプロタイプ頻度を、例えば以下のようにして算出することができる。これは変数が違っていても基本的には公知の方法である。
まず、集団のハプロタイプ頻度ベクトル(すべてのハプロタイプの頻度のベクトル)をΘとし、個人個人の複数の座位における遺伝子型をg,g,…,g,…,gとすると、尤度は
【0021】

この式の中で、ハプロタイプ頻度ベクトルΘの下で、k番目の個人の遺伝子型gが得られる確率は、
【0022】

ただし、(i,j)はここでiおよびj番目のハプロタイプで(この順番で)構成される順列ディプロタイプ形(ordered diplotype configuration)とする。i≠jなら(i,j)≠(j,i)である。θ,θはiおよびj番目のハプロタイプの頻度であり、Qはgの遺伝子型に合致する順列ディプロタイプ形の集合である。以上より尤度関数は以下のようになる。
【0023】

これはΘの関数であるが、この関数をΘを動かすことにより最大化したものが最大尤度であり、その時のΘが最尤推定値のベクトルである。これが最尤推定された集団のハプロタイプ頻度である。
【0024】
以上の最尤推定値を算出するためのExpectation−Maximization(EM)アルゴリズムの手順は次の通りである。
1)k番目の個人の与えられた座位(複数)の遺伝子型gから可能な順列ディプロタイプ形d,d,…,dを構成するハプロタイプをすべてリストアップする。
2)すべての個体についてリストアップされたハプロタイプの総数をHとし、それぞれのハプロタイプに
【0025】

となるような適当な非負の実数

を与える。
3)特定の個体kの特定の可能な順列ディプロタイプ形dが(i,j)であるとすると、その尤度は

個体kの尤度は
【0026】

ただし、Qはk番目の個体で可能な順列ディプロタイプ形 (i,j)の集合である。個体kの可能なディプロタイプ形について含まれるh番目のハプロタイプの個数の期待値を以下の式で計算する。
【0027】

ただし、

はディプロタイプ形(i,j)に含まれるhハプロタイプの数(0、1、2)である。
4)引き続きh番目のハプロタイプのサンプルにおける個数の期待値は、
【0028】

であり、サンプル内のハプロタイプhの割合の期待値は
【0029】

5)ハプロタイプ頻度をサンプルのハプロタイプの割合の期待値で更新する。
【0030】

6)ステップ(3)−(5)を収束するまで繰り返す。
7)収束したときの

を最尤推定値

とする。
上記の計算の結果として、集団内でのハプロタイプの頻度の最尤推定値が得られる。
【0031】
これに基づき、個人kのディプロタイプ形を推定する。一般に、表現型との関連にとっては順列ディプロタイプ形より、組み合わせディプロタイプ形の方が有益である。i番目とj番目のハプロタイプにより構成される組み合わせディプロタイプ形を[i,j]とする。[i,j]=[j,i]である。
個人kの組み合わせディプロタイプ形[i,j]の事後確率を以下のように計算する。
i≠jのとき
【0032】

i=jのとき
【0033】

これを個人kについて、すべての[i,j]について計算し、Pijをkのディプロタイプ分布とする。
【0034】
一般にディプロタイプ分布は1つのディプロタイプ形に集中する場合が多いことが示されている。従って、上記工程(b)により算出されるディプロタイプ分布が1つのディプロタイプ形に集中する場合には、個人の有するディプロタイプ形は、この1つに集中したディプロタイプ形であるものと決定される。ディプロタイプ形が1つに集中しない場合には、複数のディプロタイプ形のそれぞれについて、個人が有する確率がディプロタイプ分布として算出される。例えば、ある個人についてディプロタイプ形Aを有する確率はXであり、ディプロタイプ形Bを有する確率はYであると算出される。
また本発明におけるディプロタイプ分布の算出には、上記の方法により集団における各個人の遺伝子型情報から算出されるハプロタイプ頻度を用いる以外に、既に推定または決定されたハプロタイプ頻度を用いることもできる。
本発明においては、次いで、工程(a)によって決定したディプロタイプ形において、野生型ハプロタイプNAT2*4を持たない個人に対して、ST合剤の副作用の危険性があるものと判定する(工程(b))。
【0035】
本発明において、NAT2遺伝子についての野生型ハプロタイプとは、NAT2遺伝子の塩基配列において(1)191位がG、(2)282位がC、(3)341位がT、(4)481位がC、(5)590位がG、(6)803位がA、(7)857位がGであるような配列を言う。野生型以外のハプロタイプとは、上記のいずれかの位置が野生型とは異なった塩基を持つような配列のことである。野生型ハプロタイプの有無を調べるためには日本人においては必ずしも7つのSNP全部を調べる必要は無く、4個(表1のSNP 2、4、5、7)で100%近く推定できる。
ここで、野生型ハプロタイプをW、野生型ではないハプロタイプをMとすると、個人におけるディプロタイプ形は、W/W、W/M、M/Mの3通りの可能性が考えられる。野生型ではないハプロタイプとは、上記の野生型ハプロタイプ以外のハプロタイプを言う。
【0036】
本発明においては、上記の方法によって決定された個人のディプロタイプ形がM/M(野生型ハプロタイプを持たない)であった場合、該個人(野生型ハプロタイプを持たない個人)に対して、ST合剤の副作用の危険性があるものと判定される。個人のディプロタイプ形が一つに集中しなかった場合、その個体のディプロタイプ形の事後確率分布において、M/Mの事後確率が高いほどRA治療薬の副作用の危険性が高いと判定される。この基準はM/Mの事後確率が50%以上の場合に置くが、かならずしもその値に限定されるものではない。
【0037】
本発明の上記判定方法によって、各個人のST合剤投与に対する副作用の危険性を予め知ることができる。従って、本発明の方法によって得られた情報を基に、ST合剤の投与の可否や、M/Mのディプロタイプ形を有する個人には少量の投与量を用いることで、投与量等を個人単位で適切に判断することが可能となる。これにより、個人の遺伝的基盤に応じて、ST合剤に対して副作用の少ない、有効な治療を施すことが可能となる。
【0038】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0039】
1.日本人集団におけるNAT2遺伝子多型
東京女子医科大学においてすべて日本国籍の330人の関節リウマチ患者(NAT2遺伝子多型と関節リウマチの間に関連があるという証拠は無いため、関節リウマチ患者におけるNAT2遺伝子多型データを日本人一般人におけるデータとみなした)から、インフォームドコンセントを得た後、末梢血試料を採取して、ウィザードゲノムDNA精製キット(プロメガ社、カタログ番号A1620)を用いてゲノムDNAを抽出した。配列表配列番号1および2のPCRプライマーを用いてPCRを1回実施した。NAT2遺伝子のヌクレオチド481位(SNP4)、590位(SNP5)、および857位(SNP7)のSNP部位3箇所での遺伝子型は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)−制限断片長多形(RFLP)法を用いて決定した。
【0040】
図1に第8番染色体に存在する、ヒトのNAT2遺伝子の構造を略図で示した。Coding regionはコード領域を示し、G191Aなどの文字はSNPの場所を示す。PCRによって増幅した815bp DNA断片にKpn I、Taq I、またはBam HI消化のいずれかを行った。481位にCを含むアレルは、Kpn Iによって消化させると659bpおよび156bp断片を生じ、一方Tを含むアレルは同じ酵素によって消化されなかった。815bp断片は、Gが590位に存在する場合、41bp、226bp、170bp、および377bp断片に消化され、同じ位置にAが存在する場合は41bp、396bp、および377bp断片に消化された。857位でGを有するアレルは、Bam HI部位を生じ、この酵素による消化によって536bpおよび279bp断片を生じたのに対し、同じ位置のAは、消化に対してアレルを抵抗性にした。このようにして、NAT2の481位、590位、および857位(SNP4、5および7)での遺伝子型に関するデータを得た。3つのSNP部位の他に、さらに1つの部位(SNP2)で遺伝子タイピングした。ヌクレオチド282位(SNP2)での遺伝子型は、非特許文献30に記載のカスコルビ(Cascorbi)らの方法に従ってPCRによって増幅した1211bp DNA断片を用いて決定した。このようにして、SNP2、4、5、7の4つのSNP座位の遺伝子型を決定した。
【0041】
この330名の4SNP座位の遺伝子型の情報を前述のディプロタイプ形の確率を計算するためのアルゴリズムにかけたところ、全員でディプロタイプ形が決定できた。その計算法は、公知の方法であるEMアルゴリズムを用いた最尤法による個人のディプロタイプ形推定法である(非特許文献30参照)。すなわち、上記のEMアルゴリズムをC言語により書かれたコンピュータプログラムに搭載し、linuxを用いたパーソナルコンピュータを用いて実行した。その結果ディプロタイプ形の決定ができたが、その内訳は309名がNAT2*4、すなわち野生型のハプロタイプを持ち、21名が野生型のハプロタイプを持たなかった。これにより330名の中の野生型ハプロタイプを持たない個人(すなわちM/Mの遺伝子型を持つ個人)の割合は21/330=6.4%であることがわかった。
【0042】
2.ST合剤投与群におけるNAT2遺伝子多型
東京女子医科大学においてすべて日本国籍の59人のST合剤投与患者(全身性エリテマトーデス41名、皮膚筋炎ないし多発性筋炎12名、関節リウマチ2名、成人発症スティル病1名、強皮症1名、動脈炎症候群症候群1名、ウェジナー肉芽腫症1名)から、インフォームドコンセントを得た後、上記1と同様の方法でゲノムDNAを抽出し、NAT2遺伝子の4つのSNPの遺伝子型(表1のSNP2、4、5、7)を決定した。
これらの患者は、原疾患の治療のためにプレドニゾロン等の免疫抑制効果を持った薬物を用いるため、免疫不全状態にあり、ニューモシスティス肺炎の予防と治療のためにST合剤を用いていた。ST合剤はスルファメトキサゾール400 mgとトリメトプリム80 mgを1錠に含有する合剤であり、予防のためには1回1錠、一日1-2回程度服用していた。このうち、ST合剤を服用中に重症の副作用を来たした患者が6名で、副作用を来たさなかった患者が53名であった。
【0043】
3.NAT2遺伝子多型におけるディプロタイプ形
これらの遺伝子型データを、これまでNAT2の4つのSNPの遺伝子型を調べた330名のSNPの情報とあわせ解析することにより、すべての個体のディプロタイプ形の確率を計算した。この手法により各個体が野生型ハプロタイプNAT2*4を保有している確率が算定された。ほとんどの個体でディプロタイプ形は一つに集中し、二つ以上のディプロタイプ形の可能性が示されなかった。しかし、一部の個体で二つ以上のディプロタイプ形の可能性が示唆されたが、一つのディプロタイプ形の確率が50%以上あるときは、そのディプロタイプ形であると判断した。
【0044】
ST合剤により重症の副作用を来たした6名の患者の病名とディプロタイプ形の内訳は表2に述べるとおりである。すなわち、ST合剤により重症の副作用を来たした6人の患者中3名がNAT2*4ハプロタイプを持たず、ST合剤により副作用を来たす危険性があると判定された。これに比べ、ST合剤により副作用を来たさなかった53名中4名がNAT2*4ハプロタイプを持たず、ST合剤により副作用を来たす危険性があると判定された。
【0045】
【表2】

【0046】
このデータに基づいてST合剤により重症副作用を来たした6名の患者と来たさなかった53名の患者の間で、NAT2*4ハプロタイプを有さない個体の割合に違いがあるかを統計的に検定した。この検定の為には、表3のようなデータを作り、それをFisherの正確確率検定法により検定した。その結果、重症副作用を起こすという属性と、NAT2*4ハプロタイプを有さないという属性の間に統計的に有意の違いがあることがわかった[P=0.021、Fisherの正確法、OR(オッズ比)=11.5(95%CI 1.7−77)]。ここで、95%CIはオッズ比の95%信頼区間を示す。すなわち、重症副作用を起こした個体の間で、副作用を起こさなかった個体の間より、NAT2*4ハプロタイプを有さない個体(すなわちM/Mのディプロタイプ形の個体)の割合が統計的に有意に多かった。
【0047】
【表3】

【0048】
また、ST合剤により重症の副作用を来たした6名の患者のM/Mディプロタイプ形の割合を、330名の関節リウマチ患者と比べても大きな違いがある事がわかった。これらの330名の関節リウマチの患者はST合剤を服用していないので、これにより副作用が出るかどうか不明である。しかし、もしNAT2のディプロタイプ形とST合剤の副作用との間に関連がないならば、この二つの集団の間にもM/Mディプロタイプ形の割合に違いは無いはずである。表4のようなデータを作り、それをFisherの正確確率検定法により検定した。その結果、重症副作用を起こすという属性と、NAT2*4ハプロタイプを有さないという属性の間に統計的に有意の違いがあることがわかった[P=0.0056、Fisherの正確法、OR(オッズ比)=14.7(95%CI 2.8−77)。この結果は、前述の重症副作用を起こした6名の患者と起こさなかった50名の患者の比較による結論を支持するものである。
【0049】
【表4】

【0050】
以上のように、本発明者らにより、NAT2遺伝子についての個人のディプロタイプ形において、そのディプロタイプ形を構成する2つのハプロタイプのうち、野生型NAT2*4のハプロタイプを持たない個人は、ST合剤に対して副作用の危険性が高いことが明らかとなった。従って、本発明は、NAT2遺伝子についての個人のディプロタイプ形を決定することによる、個人のST合剤の副作用の危険性を判定する方法を提供する。M/Mのディプロタイプ形を有する患者にST合剤を投与する必要があるときは、通常より少量のスルファメトキサゾールを含んだ薬剤を投与することにより、有効性を保ち重症副作用を防ぐことが可能になる。
【実施例2】
【0051】
全身性エリテマトーデスの患者に原病の治療のため一日60mgのプレドニン(プレドニゾロン)が投与された。プレドニンの投与は3ヶ月続けられたが末梢リンパ球数が低下し、免疫グロブリンが減少したためニューモシスティス肺炎の危険があると判断し、その予防のためにST合剤を投与することが検討された。そこで患者からDNAを採取し、NAT2遺伝子の4つのSNP(SNP2、4、5、7)の遺伝型が上記の方法で決定された。この患者の遺伝子型の情報と、実施例1で用いた330人分のNAT2遺伝子の4つのSNPの遺伝子型の情報を加え、EMアルゴリズムを用いて患者のディプロタイプ分布が決定された。その結果、NAT4*4ハプロタイプを有することが判明し、ST合剤の副作用の危険性が低いと判断し、ST合剤(S400mg, T80mg)の毎日2錠(分2)の投与を開始した。副作用は出なかった。
【産業上の利用の可能性】
【0052】
本発明により、個人についてのST合剤の副作用の危険性を判定する方法が提供された。本発明の判定方法によって、各個人のST合剤投与に対する副作用の危険性を予め知ることができる。従って、医師がST合剤を投与する前に、NAT2遺伝子について遺伝子タイピングして、患者のディプロタイプ形を決定することにより、ST合剤の投与の可否や、投与量等を適切に判断することができる。これにより、副作用の危険を低下させることができ、患者にとって有効な治療を施すことが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】NAT2遺伝子の構造を模式的に示した図である(実施例1)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)および(b)の工程を含む、個人についてのST合剤の副作用の危険性を判定する方法。
(a)N−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)遺伝子における個人のディプロタイプ形を決定する工程
(b)工程(a)によって決定したディプロタイプ形において、M/Mのディプロタイプ形の個人に対して、ST合剤の副作用の危険性があるものと判定する工程
【請求項2】
ディプロタイプ形の決定が以下の(a)および(b)の工程を含む方法によって行われる請求項1に記載の方法。
(a)集団における各個人のN−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)遺伝子についての遺伝子型情報から、該集団におけるハプロタイプ頻度を算出する工程
(b)工程(a)により算出されるハプロタイプ頻度、および各個人の遺伝子型情報から、各個人のディプロタイプ形を決定する工程
【請求項3】
ハプロタイプ頻度の算出が、EMアルゴリズムにより行われる請求項2に記載の方法。
【請求項4】
遺伝子型情報が一塩基多型(SNP)からなる群より選択される多型である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
ST合剤がN−アセチルトランスフェラーゼ2(NAT2)により主に代謝される場合についての請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の方法によりST合剤の副作用の危険があると判定された個人に、スルファメトキサゾール(sulfamethoxazole)の量を減量して投与する手法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−209286(P2007−209286A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−34390(P2006−34390)
【出願日】平成18年2月10日(2006.2.10)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Linux
【出願人】(503168256)株式会社スタージェン (8)
【Fターム(参考)】